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Chapter11 - Side:Salt - C
174 > 覚醒 ー2(幸せ)
しおりを挟む〝ケッコンシナケレバ、イミガナイ〟
〝そうなの?〟
「ちがう……そういう、意味じゃない……」
オレは本格的に話し始めた2人の声と自分の思考を分別する処理を始める。
〝違う……そういう意味で言われたんじゃない……〟
そういうことを言われた時の状況を思い出す。
あれは学校を休んで予備校に通い続けて1週間ほど経った頃だった。体調があまり良くなかったから、久しぶりに予備校を休んで家でゆっくりしていた。遅い朝ごはん兼お昼を、ばあちゃんと食卓を囲んで食べていた時だ。
ふと加藤の家でのやりとりを一部始終見ていたばあちゃんのことが気になって聞いてみた。
『ばあちゃんも……オレに、同性と付き合うな、って言うか?』
それを聞いたばあちゃんは箸を止めて、オレの顔をまじまじと見て、そしてこう言った。
『同性と……そうだねぇ……私たちの年代だと、そういうことを言う人の方が多いんだろうねぇ』
『……ばあちゃんは?』
『……あたしは……お前が好きな人と結婚してほしいと思うよ』
ばあちゃんがさりげなくその問題の核心を避けたのがわかった。
哀しげに笑ったばあちゃんは顔の皺と白い頭髪に相応の年輪を感じさせる。この年までオレのために短時間とはいえ、毎日働いてくれるばあちゃんにはいつも感謝している。
そのばあちゃんにまでそういうことを言われたら、オレは正直、キツいだろうと思った。
『結婚して、子供を作って……そうだねぇ、1人でもひ孫の顔を見てから死にたいねぇ』
『ひ孫って……』
『……相手が同性だと、子供は作れないさね……でも……どうにかそういう方法があれば、ねぇ…………まぁでもね』
そう言ってばあちゃんはオレに話すように食卓に座り直して続けた。
『好きあって結婚した男女でも、子供を授かるかどうかはわからないんだ。神様が決めることだからね』
遠い目をするようにばあちゃんが言った。
『結婚して子供を持つことだけが人生でもない。……私の同級生にね、子供がいない夫婦がいるよ。大変な思いをしたって笑ってた。でも今は夫と2人の人生も悪くないって思うわ、って言ってたんだよ。そう言えるようになったのは最近だけどね、ってさ』
オレは驚いた。ばあちゃんはもう80に手が届く年齢だ。その同級生ってことは……
『結婚して子供ができても幸せじゃない夫婦もいる。子供がいたところで子供を虐げる親もいる。なんだったら夫に毎日殴られて一緒にいる妻もいる。だからね……』
ばあちゃんが、テーブルにある湯飲みからお茶をすすった。
『そうじゃない人を……自分が一緒にいて安心できる人、この人といると癒される、満たされる、幸せを感じる、そういう相手を選ぶのが、正解さね』
『……』
『少なくとも、その人といて不安になるようなら、その相手は、間違い、だね』
ばあちゃんが懐かしむように言った。
『まぁ、癒されることは少なかったし、ちょくちょく不安になることもあったけど、少なくとも安心感があったから死んだじいちゃんと一緒になったんよ?』
『でも……父さんと大喧嘩して、父さんが家を出たって』
『あれは2人とも悪い。……和解しないまま2人ともおっ死んじまったのはバカだよねぇ、とは思うけどさ』
そして、オレの目を真っ直ぐに見たばあちゃんはこう言ったんだ。
『いいかい。潮。自分の心が正しいと思う方を選ぶんだよ。それを選択して前に進むんだ。世の中にはね、結婚することが1番の幸せだとか、子供を持たなければ生きてる意味がないって言う人もたくさんいるけどね。そんなのどうだっていいんだ。あんた自身が安心して幸せと思えるかどうか、それをあんた自身が間違えずに感じられるか、ただそれだけなんだ』
『……』
『その先にどれだけの苦しいことや辛いことがあっても、自分で選んだ道なら後悔は少なくてすむ。間違わないこと、間違った道だと感じたらすぐに引き返すこと。これが重要さね、わかったかい?』
『……わかった……』
かすかに笑ったばあちゃんが、その話の最後にオレに送った言葉はこうだった。
『思ったよりも人生は短いんだ。自分の好きなことをしてる時間しか、ないんだよ。自分の本当に好きな人といる時間を、たくさん……そういう時間を作るんだよ』
〝そうだ。ばあちゃんは、オレに結婚しなさい、とは一言も……言わなかった……〟
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