上 下
178 / 253
Chapter11 - Side:Salt - C

174 > 覚醒 ー2(幸せ)

しおりを挟む
 


〝ケッコンシナケレバ、イミガナイ〟
〝そうなの?〟

「ちがう……そういう、意味じゃない……」

 オレは本格的に話し始めた2人の声と自分の思考を分別する処理を始める。

〝違う……そういう意味で言われたんじゃない……〟

 そういうことを言われた時の状況を思い出す。




 あれは学校を休んで予備校に通い続けて1週間ほど経った頃だった。体調があまり良くなかったから、久しぶりに予備校を休んで家でゆっくりしていた。遅い朝ごはん兼お昼を、ばあちゃんと食卓を囲んで食べていた時だ。
 ふと加藤の家でのやりとりを一部始終見ていたばあちゃんのことが気になって聞いてみた。

『ばあちゃんも……オレに、同性と付き合うな、って言うか?』

 それを聞いたばあちゃんは箸を止めて、オレの顔をまじまじと見て、そしてこう言った。

『同性と……そうだねぇ……私たちの年代だと、そういうことを言う人の方が多いんだろうねぇ』
『……ばあちゃんは?』

『……あたしは……お前が好きな人と結婚してほしいと思うよ』

 ばあちゃんがさりげなくその問題の核心を避けたのがわかった。
 哀しげに笑ったばあちゃんは顔の皺と白い頭髪に相応の年輪を感じさせる。この年までオレのために短時間とはいえ、毎日働いてくれるばあちゃんにはいつも感謝している。

 そのばあちゃんにまでそういうことを言われたら、オレは正直、キツいだろうと思った。

『結婚して、子供を作って……そうだねぇ、1人でもひ孫の顔を見てから死にたいねぇ』
『ひ孫って……』

『……相手が同性だと、子供は作れないさね……でも……どうにかそういう方法があれば、ねぇ…………まぁでもね』

 そう言ってばあちゃんはオレに話すように食卓に座り直して続けた。

『好きあって結婚した男女でも、子供を授かるかどうかはわからないんだ。神様が決めることだからね』

 遠い目をするようにばあちゃんが言った。

『結婚して子供を持つことだけが人生でもない。……私の同級生にね、子供がいない夫婦がいるよ。大変な思いをしたって笑ってた。でも今は夫と2人の人生も悪くないって思うわ、って言ってたんだよ。そう言えるようになったのは最近だけどね、ってさ』

 オレは驚いた。ばあちゃんはもう80に手が届く年齢だ。その同級生ってことは……

『結婚して子供ができても幸せじゃない夫婦もいる。子供がいたところで子供を虐げる親もいる。なんだったら夫に毎日殴られて一緒にいる妻もいる。だからね……』

 ばあちゃんが、テーブルにある湯飲みからお茶をすすった。

『そうじゃない人を……自分が一緒にいて安心できる人、この人といると癒される、満たされる、幸せを感じる、そういう相手を選ぶのが、正解さね』
『……』

『少なくとも、その人といて不安になるようなら、その相手は、間違い、だね』

 ばあちゃんが懐かしむように言った。

『まぁ、癒されることは少なかったし、ちょくちょく不安になることもあったけど、少なくとも安心感があったから死んだじいちゃんと一緒になったんよ?』
『でも……父さんと大喧嘩して、父さんが家を出たって』

『あれは2人とも悪い。……和解しないまま2人ともおっんじまったのはバカだよねぇ、とは思うけどさ』

 そして、オレの目を真っ直ぐに見たばあちゃんはこう言ったんだ。

『いいかい。潮。自分の心が正しいと思う方を選ぶんだよ。それを選択して前に進むんだ。世の中にはね、結婚することが1番の幸せだとか、子供を持たなければ生きてる意味がないって言う人もたくさんいるけどね。そんなのどうだっていいんだ。あんた自身が安心して幸せと思えるかどうか、それをあんた自身が間違えずに感じられるか、ただそれだけなんだ』
『……』

『その先にどれだけの苦しいことや辛いことがあっても、自分で選んだ道なら後悔は少なくてすむ。間違わないこと、間違った道だと感じたらすぐに引き返すこと。これが重要さね、わかったかい?』
『……わかった……』

 かすかに笑ったばあちゃんが、その話の最後にオレに送った言葉はこうだった。
 
『思ったよりも人生は短いんだ。自分の好きなことをしてる時間しか、ないんだよ。自分の本当に好きな人といる時間を、たくさん……そういう時間を作るんだよ』



〝そうだ。ばあちゃんは、オレに結婚、とは一言も……言わなかった……〟









しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】別れ……ますよね?

325号室の住人
BL
☆全3話、完結済 僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。 ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

処理中です...