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Chapter11 - Side:Salt - C

173 > 覚醒 −1(結婚と)

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 闇の中、急速に浮上する身体感覚を感じて、オレはゆっくりと目覚めた。

 目覚めると、オレは……泣いていた───

「ゆ、め……」

 涙を拭って、仰向けのまま、寝室の天井を眺める。
 いや、夢なんかじゃない。あれは……

「過去……だ……」

 ここ10年ほどは、思い出すこともほとんどなかった。

〝顔なんて……もう、忘れてる……〟

 記憶に蓋をして、感情に蓋をして、何も感じないように、簡単に動じないように

〝流されない、ように……〟

 思い出せなかったんじゃない、思い出さないように、心に鍵をかけていた。
 もう2度と、あんな思いはしたくなかった……

〝……紗妃のこと、言えない、よな……〟

 紗妃が苦しかった幼少期のことを覚えていないと言ったように、オレも、高校卒業間際の記憶が曖昧だった。

〝思い出したくなかった……〟

 人間の心理的な防衛本能として、嫌な記憶を忘却するという作用があると聞いたことがある。
 嫌な記憶……

〝……加藤……あの後、どうなったんだ……〟

 高校の3年間、あれほど密な親友関係だったにもかかわらず、オレの記憶の中から加藤の姿が、主に加藤の顔の記憶がぽっかり抜けていた。

〝大学は、卒業、したはずだ……〟

 少しずつ断片的に思い出してきた。
 加藤は、大学野球で割といい成績を出していた。なので、卒業後はプロ入り確定とまで噂されていて、だが……

〝プロ野球で見たことは、ない……〟

 なぜか、そのことを疑問に思ったことがなかった。なぜだか。

〝カトウ、のこと、コウカイしてる?〟

 そうだ、加藤のことを考えると、こいつらが……

〝コイツラ、ジャナイダロウ〟

「オレの思考を邪魔するな」

〝ジャマなんか、してナイ〟
〝オマエニ、チュウイヲウナガシテル、ダケダ〟

 自分の頭の中で二重音声が響き出し、急に騒がしくなり始めた。

〝ネェ、サトウは、サトウはどうするの?〟

 現実問題、佐藤と加藤の行動は本質的にはあまり変わらないんじゃないかと思う。
 だが、過去の加藤より、今の佐藤の方に気持ちが傾くのはなぜなんだろう……

〝サトウは、チガう、ね?〟
〝サトウモ、カトウモ、カワラン〟

〝そう、カナ?〟

「……」

 オレは、よく言えないが、加藤と佐藤の行動の理由は、根本的に何かが違うんじゃないかと感じていた。

〝シオミ、カトウに、コタえなかった。だからサトウも?〟

 子供は、親の顔をよく見ている。こいつら、特にこの子供の声の方は、オレの無意識の、それでいて幼児のようなわがままを代弁する。
 オレの顔に走る表情から、オレの真意を見抜いている。

〝加藤には……あの時のオレには……応えられなかった……〟

 将来を嘱望されている人間を、古くからの家系を背負って立つ同じ男である加藤を、あの時のオレは丸ごと受け止めるだけの力も勇気もなかった。

 加藤の将来を思えば、その選択と決断は間違ってなかったと、今でも思う。
 無力だと絶望して惨めな気持ちになりながら、オレは……

「逃げた……んだ…………」

 本当は救いたかった。
 加藤を助けたかった。

 だけどただの高校生こどもだったオレは──これから大学に行こうとするオレたち2人で、何も持たずに逃避行したところで、2人とも不幸になるだけだ──冷えた頭の中で誰かがそう叫んでいるのが聞こえた。

 今のオレならわかる。
 あの時オレの中で叫んでいたのは、こいつだったんだと。

〝トウゼンダロウ。オマエダッテ、イマノオマエガイルノハ、オレノオカゲダ〟

 おかげだなどと、言いたくない。
 だが、オレが加藤から逃げたのは事実だった。

 そしてそれを……

「佐藤には、知られたくない……」

 両手で顔を覆う。

 じわりとまた新しく熱いものが目尻を滑る。

 逃げたなんて、卑怯な真似、オレがしていたことを知ったら、佐藤はオレに失望するだろう。

「こわい……」

〝イマサラ、シツボウサレテモ、ドウッテコトナイ〟
〝ナンで?〟

〝サトウガ、オトコダカラダ〟
〝? ナンで? オンナだったら、シツボウされないホウがイイの?〟

〝ケッコンヲ、ノゾムアイテナラナ〟
〝……ケッコンって、しなきゃいけない、の?〟

〝アタリマエダ〟

「……そんなこと、ない…………」









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