【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜

有島

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Chapter11 - Side:Salt - C

172 > 追憶 ー19(卒業)

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 家に帰ったオレとばあちゃんは、2人で封筒の中身を確認した。
 その中には

『百万……』

 高校生相手の手切金?としては法外な金額が入っていた。

 それをポンと出すことができる加藤の父が【金】という権力で家庭内絶対君主制をいていることを想像してゾッとした。

『はぁ……あるところにはあるもんなんだねぇ……』
『……』

 ばあちゃんのパート代と年金、会社員だったじいちゃんの遺族年金、オレの奨学金、そしてじいちゃんが残してくれた少しの預金を食い潰すようにして生活していた。

 貧乏といえば貧乏だったのかもしれないが、家賃を払わなくて済む持ち家はあったし、ばあちゃんと2人分の食事で贅沢することもなかったから質素ながらも普通に生活できていた。

『潮。あんた、これで行きたい大学に行きなさい』
『え?』

『本当に行きたかったのは、地元の大学じゃないんだろ?』
『なんで知って……』

『せっかくもらったんだ。あんたが有効に使いなさい。仕送りはそんなにできないかもしれないけど、これだけあれば、あんただったらなんとかなるだろ?』
『……』

 オレが今まで地元の国立大学を志望していたのも、学費が安いから、というただそれだけの理由だった。
 だが、できることなら本当に希望する大学に行ってみたいとも思っていた。

 本当の本当に行きたかった大学は、東京にある理系の国立大学だ。最先端の技術を学べるし、なんと言っても、面白そうな教授も環境も揃っていたから。
 だが、先立つものがなければそんなところに行けるはずがないと思っていた。

〝百万もあれば……〟

 悲しいかな、加藤の父からのその金が、希望大学進学につながる形になったのは事実だった。


 週明け、早めに家を出て担任を捕まえ、ばあちゃんが入院して数ヶ月介護が必要だと嘘をでっち上げ、その日から学校に行くのをやめた。もちろんばあちゃんとの口裏合わせはばっちりだ。

 ばあちゃんに新規で携帯電話を契約して固定電話の回線を切り、オレの携帯は加藤家と加藤の携帯番号とメアドを着信拒否設定にして、加藤からの連絡が直接こないようにした。

 偏差値50スレスレだったオレが目指したその東京の理系大学は偏差値65とハードルが高かったため、学校に行かない理由もできたことだし、と丸一日受験勉強に没頭することにして、家で勉強するよりは、と通っていた予備校にこもる日々を送ることにしたのだ。

 もちろん、志望大学の変更については担任にも話さなかった。

 朝早く、暗い時間から家を出て予備校が開くまで近くのコンビニの明かりで単語帳片手に時間を潰し、帰宅も夜10時すぎが日課になったので加藤の生活リズムからすると、オレたちがかち合うことはなかった。

 それに毎日家の出入り時には加藤がいないかどうか確認してから素早く行動していたから、偶然の接触も回避できた。

〝加藤が同じ予備校に通ってなくてよかったな……〟

 この予備校の建物は最新設備が整っていたため、学生証をキー代わりに差し込まないと建物自体に入れない仕組みだったから、部外者である加藤がこの予備校に入ってくる可能性すらなかった。オレと同じ予備校に通ってる加藤の知り合いがいなかったのも幸いした。

 学校の下校時間を過ぎた頃、予備校の前をうろついてる加藤を見かけることが何度かあったが、それに警戒していたオレが、加藤との偶然の遭遇そうぐうを毎回かわしていた。

 そういう攻防もありつつ、1ヶ月も過ぎると加藤は予備校周辺で姿を見せなくなった。
 オレはというと2ヶ月半、終日予備校に通い詰めたおかげで偏差値も一気に上昇し、合格射程圏に入っていた。

 センター本番が目前に差し迫った頃、加藤とは別経路の友人から加藤が無事、推薦合格したことを知らされてホッとした。

 そして。
 センター本番、二次試験とスレスレではあったが、第一希望の大学に合格したオレは、担任にすら合格した大学を地元の大学だと偽って報告した。

 加藤と共通の友人の中にはオレと同じ地元大学志望のやつもいたから、受験日と合格発表日の現場にオレがいなかったことに気づいたやつがいたかもしれない。
 だけど、オレたちが通っていた公立高校は特に進学校でもなかったし、良くも悪くも放任主義だったため、本当にオレが合格した大学がどこなのか、加藤はおろか担任も知ることはできなかったと思う。



 3月1日、卒業式の日。

 ───オレは結局、卒業式には、出なかった。

 急に発熱したと嘘をついて。

 卒業証書は後日受け取りに行きます、と担任に連絡しておいたのでさほど怪しまれなかったと思う。

 東京への引っ越しの手続きやら何やらでバタバタして、結局直接取りに行くこともできなかったため、ばあちゃんに頼んで取りに行ってもらった。





 その後───オレが加藤と会うことはなかった。


 ただ。
 野球部の後輩経由でオレのメアドを知った加藤の弟・京太郎が、年度明けから兄の件で話したい、と何度か連絡があった。

 そのメールの中で、家族のこと、父のこと、母の事。
 兄がどれだけ沈んでいるか、妹も心配している、などなどの連絡を寄越してきた。

 だがオレは、受信するだけで、そのメールに一度として返信しなかった。


 それが、加藤から逃げたオレができる、最大限の誠意だと思ったから───







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