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Chapter11 - Side:Salt - C
168 > 追憶 ー15(生産性)
しおりを挟む加藤の置かれた状況をようやく理解したオレは、加藤の父親を相手に完全に臨戦態勢に入りつつあった。
『世の親ならば当然やることです。子供が同性を好きになることを阻止するのは。同性で付き合ってどうする? その先に何がある? 子供を持てない恋人関係には生産性がない』
〝生産性? なんだそれ。そんなのあるとかないとか、それこそ関係ないだろ!〟
オレは重い口を開いて静かに言った。
『だったらなんですか? そんなの、当人同士の問題だ。親が干渉するようなことじゃない』
『親? 親ですか。潮くんにはいないでしょう。いるのはそこにいるおばあさまだけだ』
そう言って演技かかったようにばあちゃんに手を差し向ける。その眼差しには多少の皮肉と蔑みの色が滲んでいた。
『養親のおばあさまも心配なさる。こんなこと』
『こんなことってなんですか?』
頭は冷めているのに、煮えたぎるような青い炎がオレの胃の底から立ち上がってくるのが見える。
『同性愛ということです』
『同性愛、じゃない。オレたちは、ただ、お互いを思い合ってるだけだ……』
そうだ。加藤とオレには友情以上の気持ちがある。それは認める。
最初はそうじゃなかった。
でも加藤はもう、オレの親友で、それ以上になり得る存在で───
『思い合う? なんだそれは。同性に恋愛感情を抱くのは同性愛者だけだ』
『一括りにするな! 違う!』
『違わない。男同士で付き合うなんて、あり得ない』
そう断言した加藤の父親の侮蔑を孕んだ最低な表情を、オレは一生忘れることができないだろうと思った。
〝こんな……ただ、誰かを想う気持ちを……実の親に一方的に否定されるなんて!〟
『じゃあ貴方は、加藤が、付き合ってるのが女性だったら問題なかったと?!』
『当然でしょう? 女性なら問題ない。常識的に考えるとそうだろう? たとえ学生であっても、その先に子孫を残せない関係を持つなんて全くもって意味がない』
『!!!』
加藤の父親が唾棄したそのセリフは、まるで汚泥のようにオレの心に貼り付いた。
『貴方は! それを他の人にも言えるんですか?!』
『……他人はどうでもいい、とさっきも言ったはずだ。私の血筋には全く関係ない。それを他人にわざわざ言う必要もない』
『!!!』
あまりにも身勝手で、究極の利己主義的、血統主義的な、欺瞞に満ちたセリフに吐き気がした。
そんなことを、加藤の親が言うなんて、考えたくもなかった。
『生産性まで考えて恋愛する人間なんかいない! あんたが言うその価値観に縛られて、加藤は今、苦しんでいるじゃないか!』
『苦しんでいる? 私の息子が? ……そうなのか? 耕史?』
そうやって加藤の父親が加藤を見ても、加藤は沈黙して俯いたままだ。
『……』
『あんたを前にしてそんなこと言えるわけないだろ! なんでわからないんだ! 親なのに!』
『たかが子供の君に、庇護されている分際で何がわかる。私は耕史だけじゃない、君の未来をも憂いているんだ。こんな関係、長く続くわけがないだろう!』
『どうして……』
『同性で愛し合ったとしても、日本ではその先に結婚というゴールはない。そんな不毛な関係になんの意味がある?』
『不毛かどうかは本人同士が決めることだ! あんたが、親が決めるようなことじゃない!』
『それは、当事者としての貴重な意見と受け止めておこう。ただし、常識からすると、同性愛は異常だ』
オレは自分が同性愛者なのかどうか考えたこともなかった。
先週の金曜日から始まる……加藤の一連の行動に怖さを感じたのは本当だ。
だが、不思議と【嫌悪感】はなかった。
あそこまでされたら普通ならその後、近づきたくもないだろう。
なんだったら、他の友人に相談したりしたと思う。
だけど、あの時、自分が感じた恐怖以上に、加藤との関係を失いたくないと思ったのは確かだった。
なんなら、加藤自身から、あのことを「なかったことにしてほしい」と言われたなら。
親友の関係を継続できると思って───
自分の、その気持ちを信じて、オレは今日、加藤に誘われるままこの家に来た。
なのに──「一般常識」の代弁者を名乗る加藤の父親に【異常】と断言され──オレの背後にいる数多の……友人に友人以上の感情を持つ人たちのことを思った。
〝こんな……こんな馬鹿げた信念を持ってる人間が……〟
『あんたの常識は、あんた個人の偏見だ! 自分の偏見を【常識】だなんて堂々と言えるあんたの方がおかしい!』
『君に言われたくないな。耕史は、一時の感情の間違いだったと認めたよ』
『は?!』
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