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Chapter08 - Side:EachOther - C
126 > 午後の病院 [Side:Other]
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【Side:Other】
6月30日(木)の朝。
爽快とは言わないまでもゆっくり眠ったおかげで汐見に疲労感はなかった。
一人で自分の家で寝ている時よりも安心できたのは不思議ではない。
佐藤の心情を察するにもう同衾するのは止めた方がいいと感じて自分から言い出したことだが、佐藤がいつものように同じベッドにいないことを確認して汐見は少し感傷的になった。
〝ちょっと……さみしい、のか……? オレは……〟
だが、佐藤の家にいるという安心感は何者にも代え難かった。
起き出すと、先に起きていた佐藤が朝食の用意をしてくれていたので、いつものようにソファ前のローテーブルにそれらを並べ、朝のテレビ番組を見ながら一緒に食べた。
佐藤は終始笑顔だったが、内心は変更に迫られている計画について練りに練っていた。
そんな佐藤の思惑とは別に、汐見は汐見で今日の予定を考えていた。
〝今日は午前中まったりして、午後病院、それから事務所に行って、佐藤と話して……オレは、帰るんだ……〟
少しの寂謬を感じつつ、汐見は甲斐甲斐しく動き回る佐藤を眺めていた。
午後。
病院と弁護士事務所を梯子する予定だったため、汐見は白い無地のカットソーに七分袖の黒のカジュアルジャケットを羽織り、濃いネイビーのチノパンという出立ち。佐藤は下からネイビーのカットソーを着た上から5分丈濃灰色のテーラードジャケット、ボトムは黒のジャケットパンツという汐見と似たような格好で外出した。
予定通り予約時間30分前に病院に到着した。
総合受付に設置されている5台の自動受付機の一つに診察券を差し込むと、診察室番号と担当医師名と受付番号が印刷された紙が出てきた。
それを取った汐見が、書かれた番号札を見ながら佐藤と二人でフロアを見て回る。
「大きい病院だとは思ってたけど……結構大掛かりだな……」
「まぁ、移設した時に5倍くらい規模でかくしたって言ってたからな」
「よく知ってるな?」
「ああ、この病院のITインフラ設置したやつと知り合いだから」
「……そういうとこな」
「?」
佐藤の知らない知り合いが大量にいる汐見の決断と歩みを止めることなど、佐藤にはできない。汐見の知り合いは主に仕事の結びつきで広がっていくからだ。しかもネット上でアフターフォローをし続けるものだから彼の元には優秀な人材からの貴重な情報が常に流れ込んでくる。本人が意図していなくても。
〝そんなことが当たり前にできるお前みたいな奴、営業だったら喉から手が出るほど欲しい人材なんだぞ……〟
受付を済ませて、待合室で1時間程度待機した後、汐見は佐々木医師からの検診を受けていた。
「傷口も癒合しつつありますし、あまり心配することはないみたいですね。外部、内部ともに傷んだりするようなことは?」
「捻ったりすると引き攣れて若干痛みを感じますが……」
「ああ、それは治癒過程でも普通にあります。開いたりする感覚はありますか?」
「いや、それはないです」
「他に何か違和感とか」
「……ちょっと疲れやすいかな、と……」
移動に少し時間がかかると体が億劫がるのを感じていた。
「まぁ、まだ完全ではありませんからね。無理はしないでください」
「そう、ですよね……」
「じゃあ、とりあえず内服と外用薬の塗布は続けてもらって、また1週間後に来れますか?」
「はい。わかりました」
佐々木はカルテを閉じ、手前のプリンターで打ち出した紙をクリアファイルに入れて汐見に手渡した。
「えーと、じゃあ、これを持って院内処方の方へ」
「はい。……あの……」
「なんでしょう?」
「さ、佐々木先生は、その……妻のこと、何か聞いてます、か?」
聞かれて、佐々木は右手で顎を摘んだ。
「……奥さん、そういえば。昨日かな?療養棟の方に移動されたようです」
「療養棟?」
「連絡、来てなかったですか?」
「いえ、その……」
バタついていたし、この2日くらいは佐藤の件で汐見は何も手につかなかった。連絡が来たところで対応できたかどうかすら怪しい。
「そうですか……まぁ汐見さん自身も怪我してて療養が必要なので負担をかけないよう配慮したのかもしれません。今後何かあれば連絡するように私からも伝えておきます」
「……その、療養棟って?」
「精神疾患の患者さんの中でも比較的軽度の方が入院される病棟で。ただ、うちは総合病院なのであまり対応が行き届かないんですよね。彼女はまだ若いですし……近く専門の病院に転院してもらうかもしれない、と原口は言ってました」
「専門……」
「ああ、心配しないでください。ああ見えて彼女、多岐に渡るコネクション持ってるので奥さんの治療に合う場所を探してるんだと思いますよ」
「は、はぁ……」
精神科の病院のことなど何も知らない汐見はただ聞くしかなかった。
「あ、あの、その今から面会とかって……」
「……今すぐというのは難しいと思いますよ。おそらく担当の原口と日程調整が必要だと思います」
「……」
「原口はこちらの専属ではないので、きちんと予約してから再度来院した方が。汐見さん自身もまだ完全ではないですし」
担当医師である佐々木にそう言われ、汐見は二の句を告げることができなかった。
「……今日は、ご友人の方は?」
「あ、待合室で待機してます」
「……献身的な方ですね」
「はい……助かってます」
「……私が言うのもなんですが、そういうご友人は大事にしてくださいね」
「? はい」
「大変な時期に、相手が大変なことを知ってて協力してくれる人なんて……そうそういないですよ」
「はぁ……」
なぜ突然そんなことを言われたのか汐見にはわからなかっただったが、目が隠れそうな前髪の隙間からにっこりと佐々木が笑ったのが見えた。
「僕はそういう人を失ったので」
「?!」
「……汐見さんにはそういうことになって欲しくないな、と思います。以上です。他に何か質問は?」
今の話をもっと突っ込んで聞きたいと思ったがそれに関しては答えてくれないだろうという雰囲気を醸し出していた。
「いえ、大丈夫です」
6月30日(木)の朝。
爽快とは言わないまでもゆっくり眠ったおかげで汐見に疲労感はなかった。
一人で自分の家で寝ている時よりも安心できたのは不思議ではない。
佐藤の心情を察するにもう同衾するのは止めた方がいいと感じて自分から言い出したことだが、佐藤がいつものように同じベッドにいないことを確認して汐見は少し感傷的になった。
〝ちょっと……さみしい、のか……? オレは……〟
だが、佐藤の家にいるという安心感は何者にも代え難かった。
起き出すと、先に起きていた佐藤が朝食の用意をしてくれていたので、いつものようにソファ前のローテーブルにそれらを並べ、朝のテレビ番組を見ながら一緒に食べた。
佐藤は終始笑顔だったが、内心は変更に迫られている計画について練りに練っていた。
そんな佐藤の思惑とは別に、汐見は汐見で今日の予定を考えていた。
〝今日は午前中まったりして、午後病院、それから事務所に行って、佐藤と話して……オレは、帰るんだ……〟
少しの寂謬を感じつつ、汐見は甲斐甲斐しく動き回る佐藤を眺めていた。
午後。
病院と弁護士事務所を梯子する予定だったため、汐見は白い無地のカットソーに七分袖の黒のカジュアルジャケットを羽織り、濃いネイビーのチノパンという出立ち。佐藤は下からネイビーのカットソーを着た上から5分丈濃灰色のテーラードジャケット、ボトムは黒のジャケットパンツという汐見と似たような格好で外出した。
予定通り予約時間30分前に病院に到着した。
総合受付に設置されている5台の自動受付機の一つに診察券を差し込むと、診察室番号と担当医師名と受付番号が印刷された紙が出てきた。
それを取った汐見が、書かれた番号札を見ながら佐藤と二人でフロアを見て回る。
「大きい病院だとは思ってたけど……結構大掛かりだな……」
「まぁ、移設した時に5倍くらい規模でかくしたって言ってたからな」
「よく知ってるな?」
「ああ、この病院のITインフラ設置したやつと知り合いだから」
「……そういうとこな」
「?」
佐藤の知らない知り合いが大量にいる汐見の決断と歩みを止めることなど、佐藤にはできない。汐見の知り合いは主に仕事の結びつきで広がっていくからだ。しかもネット上でアフターフォローをし続けるものだから彼の元には優秀な人材からの貴重な情報が常に流れ込んでくる。本人が意図していなくても。
〝そんなことが当たり前にできるお前みたいな奴、営業だったら喉から手が出るほど欲しい人材なんだぞ……〟
受付を済ませて、待合室で1時間程度待機した後、汐見は佐々木医師からの検診を受けていた。
「傷口も癒合しつつありますし、あまり心配することはないみたいですね。外部、内部ともに傷んだりするようなことは?」
「捻ったりすると引き攣れて若干痛みを感じますが……」
「ああ、それは治癒過程でも普通にあります。開いたりする感覚はありますか?」
「いや、それはないです」
「他に何か違和感とか」
「……ちょっと疲れやすいかな、と……」
移動に少し時間がかかると体が億劫がるのを感じていた。
「まぁ、まだ完全ではありませんからね。無理はしないでください」
「そう、ですよね……」
「じゃあ、とりあえず内服と外用薬の塗布は続けてもらって、また1週間後に来れますか?」
「はい。わかりました」
佐々木はカルテを閉じ、手前のプリンターで打ち出した紙をクリアファイルに入れて汐見に手渡した。
「えーと、じゃあ、これを持って院内処方の方へ」
「はい。……あの……」
「なんでしょう?」
「さ、佐々木先生は、その……妻のこと、何か聞いてます、か?」
聞かれて、佐々木は右手で顎を摘んだ。
「……奥さん、そういえば。昨日かな?療養棟の方に移動されたようです」
「療養棟?」
「連絡、来てなかったですか?」
「いえ、その……」
バタついていたし、この2日くらいは佐藤の件で汐見は何も手につかなかった。連絡が来たところで対応できたかどうかすら怪しい。
「そうですか……まぁ汐見さん自身も怪我してて療養が必要なので負担をかけないよう配慮したのかもしれません。今後何かあれば連絡するように私からも伝えておきます」
「……その、療養棟って?」
「精神疾患の患者さんの中でも比較的軽度の方が入院される病棟で。ただ、うちは総合病院なのであまり対応が行き届かないんですよね。彼女はまだ若いですし……近く専門の病院に転院してもらうかもしれない、と原口は言ってました」
「専門……」
「ああ、心配しないでください。ああ見えて彼女、多岐に渡るコネクション持ってるので奥さんの治療に合う場所を探してるんだと思いますよ」
「は、はぁ……」
精神科の病院のことなど何も知らない汐見はただ聞くしかなかった。
「あ、あの、その今から面会とかって……」
「……今すぐというのは難しいと思いますよ。おそらく担当の原口と日程調整が必要だと思います」
「……」
「原口はこちらの専属ではないので、きちんと予約してから再度来院した方が。汐見さん自身もまだ完全ではないですし」
担当医師である佐々木にそう言われ、汐見は二の句を告げることができなかった。
「……今日は、ご友人の方は?」
「あ、待合室で待機してます」
「……献身的な方ですね」
「はい……助かってます」
「……私が言うのもなんですが、そういうご友人は大事にしてくださいね」
「? はい」
「大変な時期に、相手が大変なことを知ってて協力してくれる人なんて……そうそういないですよ」
「はぁ……」
なぜ突然そんなことを言われたのか汐見にはわからなかっただったが、目が隠れそうな前髪の隙間からにっこりと佐々木が笑ったのが見えた。
「僕はそういう人を失ったので」
「?!」
「……汐見さんにはそういうことになって欲しくないな、と思います。以上です。他に何か質問は?」
今の話をもっと突っ込んで聞きたいと思ったがそれに関しては答えてくれないだろうという雰囲気を醸し出していた。
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