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Chapter05 - Side:Other - B

63 > ICU ー 子鳥の記憶 ー2

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「汐見?」

 一瞬で硬直した汐見に気づいた佐藤が声をかけた。

「……あきひこ、さん、が……」
「おじちゃん、あきにいちゃんと、しぃあい?」

 その人物は、汐見の記憶に新しい男性だった───

「うん……知り合いだよ。ママ以外に覚えてる人、いる?」
「まーまーいがい? いがいってなぁに?」

 今の紗妃がどういう状態なのか、専門家でない汐見にはわからなかった。だから、専門家としての対応の仕方を知ろうと思い、原口医師の方を見ると

「先生、紗妃は……」

 原口医師の方は、汐見の担当医を向いて声を掛けた。

「……佐々木先生?」
 
 原口の質問の意図を察した汐見担当医の佐々木が答える。

「あぁ、旦那さんの方は正常だし、もう大丈夫。明日退院させる予定だ」
「そうでしたか」

 佐々木が、紗妃のベッドの脇に座り込んで視線を合わせる。

「紗妃さん。汐見っておじさんもな、同じように怪我してこの病院に来たんだ。ここでただ1人、君を知ってるおじさんなんだ。原口先生とお話するとき、このおじさんも一緒じゃダメか?」

 その発言を聞いた紗妃が不安そうな顔をして原口医師の方を見たので、原口が応えた。

「大丈夫。怖いおじさんはここにはいないからね」
「ほんと?」

「うん、ほんと。怖かったら私とお手てつないでおこう?」
「……うん」

 微笑んだ原口医師が、紗妃の方に向いてしゃがみ込む。

「そうね、紗妃さんはお利口さんみたいだから、私のいうこと一つ聞いてくれたら、この飴玉あげちゃうけど。聞いてくれるかな?」

 そう言うと原口は白衣のポケットから取り出した『いちごミルク味の飴玉』を紗妃に見せた。

「きく! さき、そぇ、だいすき!」

 ぱあぁっ! と笑顔の表情を見せた紗妃に、汐見が哀しそうな顔をした。

「そう? 良かったぁ。じゃあね、ちょっと準備をしてから、私と、そこのおじさんと……えっと」

 そう言って、佐藤の方を伺った。

「あ、申し遅れました。僕、汐見の友人の佐藤と言います」
「佐藤さん、汐見さんに付き添って昨夜は泊まっていただいてたんです」

 すかさず助け舟を出した柳瀬に佐藤はペコ、と小さく頭を下げた。

「そうでしたか。えっと、じゃあ、そこの、『汐見』っておじさんと『佐藤』っておじさんと私。この3人とお話、できるかな?」
「……ぶったぃしない?」

「ぶったりする人はここにはいないよ」

 柳瀬がやさしい柔らかな声と微笑みで紗妃に答えると、紗妃はへにょっと表情を崩して

「だったぁいいよ。さき、おはなしすぅ、できぅ」
「そう。紗妃さんはえらいね。じゃあね、ちょっとお部屋を移動したりとか、やることあるから、準備ができたらもう一回、ここに来るからね。ちょっと待っててくれるかな?」

「わかったぁ……はぁぐちせんせぇが、くぅんだよ、ね?」
「そうよ。私が紗妃さんの先生なんだから」

「うん。じゃあ、さき、まってぅ」
「オッケー。じゃあね、後でね」

「うん!」

 そう言うと、原口医師が横目で目配せしつつ、他の男ども4人も一緒に出て行くよう指示されたが

「ちょっと、まって。……しおみ、おじさん?」

 汐見だけ紗妃に呼び止められた。

「……どうした?」
「さきね、おじさんとあったことあぅようなかんじすぅの。でもね、おもいだせないの」

「そう、か……」

 哀しげに笑う汐見の顔が、出口に向かって歩いていた佐藤が振り向いた視界に飛び込んでくる。

「でもね、さき、おじさん、こわいひとじゃないってわかってぅよ」
「……」

「さきね…………うぅん、あとでね、おはなししようね」
「そうだな、うん……」

 あまりにも残酷な事実に打ちひしがれ、内心の暗澹あんたんたる思いを抱くも、それを表面に出すことすらはばかられた。
 
 こんな小さな紗妃に、何を話せばいいんだろう。何を聞けば良いんだろう。

"オレに……今の紗妃に……何ができるんだろう……"

 紗妃を残し、2人の医者と1人の看護師、そして2人の男はICUを後にした。





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