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第九章:工房
51話
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ソルトはバニラが立ち去ったことにも気づかず、しばらくそのまま魔道具の準備を続けていた。
が、やがて細く長い息を吐いて全身から余分な力を抜いた。
作業台の上には魔道具の部品は置かれておらず、使い終えた工具しか残っていない。
どうやら、一段落が着いたようである。
「お疲れ様! ソルトくん!」
「……あれ、シュガー?」
ソルトは辺りをきょろきょろと見渡すが、先ほどまでいたはずの、魔法使いの先輩の姿はない。
どうやら明日に備えて帰ったようで、思えば声を掛けられたような気がしないでもない。
シュガーに聞いても見なかったというから、集中している間に去ったのだろう。
「それにしても、上級冒険者がソルトくんの工房にねぇ……スカウトとかされなかった?」
「いや、別に」
「むむう、そっかー……」
首を傾げるソルトを横目に、シュガーは軽く息を吐いた。
もし上級冒険者に彼が見出されていれば、と悔しく思う気持ちと同時に、どこかホッとした気分も浮かんでくるのである。
その自身の内心に生じている微妙な泡立ちに目を背け、「そうそう、冒険者と言えばさ――」と彼女は話題を僅かに転じた。
「私も、明日の討伐作戦に参加することになったんだよ!」
「……はい?」
さらに彼女が言うところによると、魔物を追跡及び討伐する戦闘部隊の先導であるらしい。
狩人の中でも森の地理に最も詳しい人材であると見込まれ、その大役を任されることになったとのことである。
「大丈夫なの? ただの獣と違って、魔物は襲ってくるんだよ? 命を失うことだってあるかも知れないし」
「大丈夫大丈夫。私だって命は惜しいからね、用心に用心を重ねるつもりさ!」
手をひらひらと軽く振りつつ屈託のない笑みを浮かべるシュガーであったが、しかしその実、内心では不安の雲が広がっていることをソルトは見抜いていた。
長じてからは離れて暮らしていたとはいえ、幼い頃に培った経験と記憶は意識せずとも自然と身に着いているものである。
彼は姉貴分たる彼女の仕草に僅かなぎこちなさを見出し、その心中が緊張以外の理由によって穏やかならざることに気づいたのだ。
恐怖に準じた感情を持て余しているであろう彼女に対して、どういった言葉を送るべきか、などという懊悩が彼の心をざわめかせることはなかった。
なぜなら、ソルトはシュガーが狩人として作戦に参加するだろうときのことを考え、平常心の奥に不安を抱くであろうという予想をつけていたからである。
無論、シュガーが抱くであろう不安における対抗策についても、しっかりと練り終えていたのであった。
彼はいつものそっけないような口調で、笑みを湛える彼女に軽く声を掛ける。
「ま、無理しないで頑張ってね、シュガー。これは僕からの餞別」
「えっ、これは?」
シュガーがソルトから受け取ったのは、謹製のお守りであった。
手の平に収まる程度の朱色の布袋に、蒼の刺繍糸で『守護』と縫われている。
持つだけで全身が優しく包まれるような、不思議な温かさがあり、心に安堵の気持ちがゆっくりと広がっていくのが分かる。
「見ての通り、お守り。
肝心なときに緊張しすぎないように、魔法を込めてある。
無くさないように気をつけてね」
「ありがとう……大切にするね」
手の中のお守りを大事そうに両手で包み込み、シュガーは儚げな微笑みを見せた。
それは、幼い頃から彼女が困った時にする癖のような表情だったと彼は後に思い出し、時折、このときに作戦の参加をなんとしても止めるべきだったのではないだろうかと、悔やむことになるのである。
が、やがて細く長い息を吐いて全身から余分な力を抜いた。
作業台の上には魔道具の部品は置かれておらず、使い終えた工具しか残っていない。
どうやら、一段落が着いたようである。
「お疲れ様! ソルトくん!」
「……あれ、シュガー?」
ソルトは辺りをきょろきょろと見渡すが、先ほどまでいたはずの、魔法使いの先輩の姿はない。
どうやら明日に備えて帰ったようで、思えば声を掛けられたような気がしないでもない。
シュガーに聞いても見なかったというから、集中している間に去ったのだろう。
「それにしても、上級冒険者がソルトくんの工房にねぇ……スカウトとかされなかった?」
「いや、別に」
「むむう、そっかー……」
首を傾げるソルトを横目に、シュガーは軽く息を吐いた。
もし上級冒険者に彼が見出されていれば、と悔しく思う気持ちと同時に、どこかホッとした気分も浮かんでくるのである。
その自身の内心に生じている微妙な泡立ちに目を背け、「そうそう、冒険者と言えばさ――」と彼女は話題を僅かに転じた。
「私も、明日の討伐作戦に参加することになったんだよ!」
「……はい?」
さらに彼女が言うところによると、魔物を追跡及び討伐する戦闘部隊の先導であるらしい。
狩人の中でも森の地理に最も詳しい人材であると見込まれ、その大役を任されることになったとのことである。
「大丈夫なの? ただの獣と違って、魔物は襲ってくるんだよ? 命を失うことだってあるかも知れないし」
「大丈夫大丈夫。私だって命は惜しいからね、用心に用心を重ねるつもりさ!」
手をひらひらと軽く振りつつ屈託のない笑みを浮かべるシュガーであったが、しかしその実、内心では不安の雲が広がっていることをソルトは見抜いていた。
長じてからは離れて暮らしていたとはいえ、幼い頃に培った経験と記憶は意識せずとも自然と身に着いているものである。
彼は姉貴分たる彼女の仕草に僅かなぎこちなさを見出し、その心中が緊張以外の理由によって穏やかならざることに気づいたのだ。
恐怖に準じた感情を持て余しているであろう彼女に対して、どういった言葉を送るべきか、などという懊悩が彼の心をざわめかせることはなかった。
なぜなら、ソルトはシュガーが狩人として作戦に参加するだろうときのことを考え、平常心の奥に不安を抱くであろうという予想をつけていたからである。
無論、シュガーが抱くであろう不安における対抗策についても、しっかりと練り終えていたのであった。
彼はいつものそっけないような口調で、笑みを湛える彼女に軽く声を掛ける。
「ま、無理しないで頑張ってね、シュガー。これは僕からの餞別」
「えっ、これは?」
シュガーがソルトから受け取ったのは、謹製のお守りであった。
手の平に収まる程度の朱色の布袋に、蒼の刺繍糸で『守護』と縫われている。
持つだけで全身が優しく包まれるような、不思議な温かさがあり、心に安堵の気持ちがゆっくりと広がっていくのが分かる。
「見ての通り、お守り。
肝心なときに緊張しすぎないように、魔法を込めてある。
無くさないように気をつけてね」
「ありがとう……大切にするね」
手の中のお守りを大事そうに両手で包み込み、シュガーは儚げな微笑みを見せた。
それは、幼い頃から彼女が困った時にする癖のような表情だったと彼は後に思い出し、時折、このときに作戦の参加をなんとしても止めるべきだったのではないだろうかと、悔やむことになるのである。
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