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青い薔薇
しおりを挟む私は平凡だった。
王の器でないことは周りを見れば明らかだったし何より後に宰相になる男の方が優秀だった。
父上の子は他にもいたが殆どが王女でただ1人の異母弟は幼い頃から病弱だった。生きられるのもあと数年という。
私は身体だけは健康な男で必然的に王位を継ぐことが決まっていた。
王位という重責も周りの目も嫌というほど感じていた中で、癒されるものもあった。
自分の婚約者だ。
他にも候補はいたがデビュタントに来た彼女を見た時から一目惚れだった。
父上に打診して会えることが決まった時は何を話そうどういう贈り物をしよういやまだ決まっていないのだからさすがに気が早い、などグルグル考えていた。
2人で会えた彼女はとても可愛かった。
花が好きでアクセサリーも花をモチーフにした物が多かった。
なにより私の話を笑ったり真剣に頷いたりしてくれる姿にあんなに嫌だった人の目も彼女の目ならずっと見ていたいと思った。
「女は気をつけねばなりません、殿下。可憐な姿でも人は分かりません」
宰相になることが決まった男にそう言われても彼女を愛そうと決めた。手を取り合い国を支えたかった。
なのにどうして間違ったのだろう。
王位を継ぎ彼女と結婚して数週間経った頃だろうか、宰相から内密に話があると言われた。王妃のことを前々から苦言することが多々ある男の言葉を真剣に聞くことはないと今回も思っていた。
なのに出された書類の中身は王妃の不義の証拠ばかりだった。
自分でも調べた。だが余計に確信が深まるばかりだった。
一言、王妃に聞けばいい。
それに彼女は交友関係に関しては必要最低限の付き合いしかしなかった。宰相の苦言もこのことが多い。確かに貴族間の繋がりを多く保つようにするのが仕事の王妃としてはいささか問題でもあるが公務に関してはとても勤勉で丁寧だった。
孤児院などの慰問も欠かさずに行なっていたし付き合いに関しては私も似たようなものだから特に問題視していなかった。
確信できているのに、王妃のことを誰より信じているのに。
でも結局、疑心暗鬼だった。
私は平凡な男だ。健康だけが取り柄の。
そうよ、と頷かれるのが嫌だった。かといって不義を暴いて離縁するのも嫌だった。
妊娠が発覚した時も自分の子だと分かっているのに表面上に祝うことしかできない自分に嫌気が差した。
王妃のことを内密にする代わりに宰相が連れてきた女性を4人ほど側室に向かえるという提案も苦痛だったが、それで王妃を護れるのならと受け入れた。
何の因果か王妃が産んだ子は健康な男児、生まれた子達は皆女児だった。
彼女の子は特別可愛かった。私みたいに平凡であってはいけない。その思いで早くから剣や勉学の教師を付けた。宰相も乗り気だったのが救いだ。
やがて大きくなり年齢にしては冷静な性格の息子に頼み事をした。王妃の不義の無実を晴らして欲しいと。後から思えば子どもに何てことを言うのだろうと後悔に苛まれたが、常に宰相の目が注いでいる私よりも適任だと思えた。
数年がかりで調査をしていた息子から宰相の仕業で全員グルだったことが判明した。そして一斉粛清するという言葉にあえて自分も対象に加わった。
王妃を信じていながら冷たくしたのは私だ。寄り添おうとする王妃に何度突き放しただろう。守るためだったというのは言い訳でしかない。
息子から言い渡された罰は愚王になることだった。
自分に罰が下った安心からかストレスで食べ続け急激に肥えた身体はあっという間に病に侵され、立ち上がることもままならない身体になった。
王妃が離宮に入ってから欠かさず贈っている様々な花を息子に注文する。唯一許された王妃への贈り物だ。仏頂面で分かったという息子は私の付き侍従に何か言付け部屋を出ていく。
それを横目に見ながら深く呼吸をした。最近めっきり力が入らなくなった。疲れたように目を閉じて、綺麗な笑みを浮かべる出会った頃の王妃を思い出す。
王妃に会うことは許されない。
花の意味も知らなくていい。
私は1人で逝くのだから。
「よろしかったのですか、エドガー殿下。陛下の容態は悪くなるばかり。王妃様には最期の時まで黙っておられるのですか?」
そう聞くのは幼い頃から侍従として支えてくれる乳兄弟だ。
「粛清の時に王自らその対象に入った。その最期の時でさえ黙っていようと思っていたが、あの宰相の尋問の最中、考えを変えた」
「尋問ですか。騎士団長から聞いたところでは今まで関わった尋問の中で特に胸糞悪かったとか」
「……あぁ本当に思わず手が出そうになるほど酷かったな。お前は遠いとは言え一応親族だから聞き心地が良いものではないが」
「そこはお気になさらず、構いません。祖母が曽祖父に勘当された時からあの家とは関わりがありませんので」
「もしあったらお前ほど手強い相手はいなかっただろうな」
「お互い様ですね」
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