完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ

文字の大きさ
上 下
6 / 9

過去の愚王と王妃

しおりを挟む


当時初めて会ったあの人は特に特筆するようなものはなく、平凡な男性だった。

今まで語られてきた愚かさも当時は欠片もなく、見た目も性格も平凡だった。

婚約者に決まりささやかな交流が始まって照れたように私の名を呼ぶあの人に恋をしたかと聞かれれば首を傾げてしまうが、愛は感じていた。この人の隣を歩んでいこうと思っていた。

婚礼をあげ初夜も初めて同士戸惑いながら拙いながらも私は大切に抱かれ何も不満もなかった。

けれど数週間したあたりからあの人は変わってしまった。

見境なく女性に手を出し執務を宰相など部下に任せ自分は賭博に出向くなど王とも呼べぬような人になってしまった。

私との夜枷では決まって辛そうに行為をするだけ。寄り添いたくて顔に手を寄せようとしても顔を振られ終わればすぐに夫婦の寝室を出てしまう。

どう正せばいいのか分からなかった。どんな言葉をかければ良かったのか。

悩んでいるうちに妊娠が発覚した。

「これから寒くなる、暖かくして過ごしてくれ」

そう言ってブランケットをすっぽりとお腹を覆うようにかけてくれたのを覚えている。

妊娠を機に変わるかと予想したとは裏腹にエドガーを出産してもあの人の行動は変わらなかった。側室を何人も娶り平凡だった見た目も段々肥えだした。

肥えていくごとに性格も荒々しくなっていったように思う。

私では変えられないのだと諦めてしまった。

側室同士の争いも激しく王妃である私は争い事に向いていない性格もあって逃げるように離宮に逃げた。極力関わらないように、息を潜めるように過ごした。

思えばその頃からエドガーが誕生日に花を贈ってくれたように思う。

エドガーは当時から鍛えていて10歳の少年とは思えないほど大人びた思考と体格の持ち主だった。

そんなエドガーがムスッとした顔で花を贈ってくれるのだ。我が子ながら可愛いと毎年受け取った。

晩年になってからはあの人と会うのもめっきりなくなってしまった。変わらないあの人と諦めてしまった私。

今更何を言っても…と思っていた罰だろうか。あの人が倒れたと知らせを受け急いで王の寝室に向かうと最後に記憶していたよりも痩せ憔悴して寝ていた。

あまりの姿に呆然としていると、ずっと前から病に臥せっていること、生きられる時間も少ないこともずっと陛下に口止めをされていたと医師から申し訳なさそうに告げられた。

「あなた…陛下…」

声をかけるとゆっくりと瞼が開き私を見た。眩しそうに目を細め指の背で優しく頬を撫でられる。

それは婚約時代幾度なくされた仕草だった。

「あなた…」

なんと声をかければ良いのか。言いたいことが沢山あるのに涙が溢れるだけで言葉として出てこなかった。

でもこのままでは私はまた後悔するだろうと自分を奮い立たせ、私も陛下の頬に手を添えればあの時とは違い私の手に擦り寄ってくれた。

「こんな時になってやっと言うことになるなんて…、陛下、辛い思いをしたこともあるけれど、あなたを愛しているわ」

陛下を見ればわずかに目を開き涙を流していた。それを見てもっと早く伝えればよかったと後悔し同時に私は自分から想いを伝えていなかったのだと気付いた。

「エドガーを妊娠した時、プレゼントしてくれたブランケットは今でも大切に使っているわ」

お互いボロボロと泣きながら私は必死に言葉を紡ぐ。

「あなたは初めて会った時からずっと私に優しかったわ」

長いすれ違いがあったけれど、最後の時になってやっと言葉にしたけれど。

「…愛している…すまなかった、愛しているのに、冷たくして…」

喋るのは辛そうで途切れ途切れだったがそれでも聞き取れた。ふるふると首を振り陛下の唇に自分の唇を重ねる。

「天寿を全うしたら、私もあなたの元に行くわ」

「あぁ…次は、一緒に…」

「えぇ、一緒に手を繋いで世界を見たいわね」

婚約者時代どんな老後過ごしたいか話し合ったことがある。私は孫たちに囲まれ色んな花や癒しの物に囲まれたいと話し、彼は王位を子どもに譲り一緒に手を繋いで世界を見て回りたいと話した。

途切れ途切れではあるものの話しながら陛下の鼓動が消えるまで私はずっとそばに居た。

そして今私の目の前には色んな花がある。息子のお嫁さんであるティアナが言うにはほぼ全部恋の花だという。

「…あの人は覚えててくれてたのね、色んな花に囲まれたいという言葉を」

花言葉を勉強していればよかったわ。と苦笑していると、侍女が肩にあの人がくれたブランケットをかけてくれ気を遣ってか静かに部屋を退出した。

愛に囲まれながら目を閉じた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

結婚二年目、社交界で離婚を宣言されました。

松茸
恋愛
結婚二年目に、社交界で告げられたのは離婚宣言。 全面的に私が悪いと言う夫は、私のことなど愛していないよう。 しかしそれは私も同じですよ。

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

「あなたの好きなひとを盗るつもりなんてなかった。どうか許して」と親友に謝られたけど、その男性は私の好きなひとではありません。まあいっか。

石河 翠
恋愛
真面目が取り柄のハリエットには、同い年の従姉妹エミリーがいる。母親同士の仲が悪く、二人は何かにつけ比較されてきた。 ある日招待されたお茶会にて、ハリエットは突然エミリーから謝られる。なんとエミリーは、ハリエットの好きなひとを盗ってしまったのだという。エミリーの母親は、ハリエットを出し抜けてご機嫌の様子。 ところが、紹介された男性はハリエットの好きなひととは全くの別人。しかもエミリーは勘違いしているわけではないらしい。そこでハリエットは伯母の誤解を解かないまま、エミリーの結婚式への出席を希望し……。 母親の束縛から逃れて初恋を叶えるしたたかなヒロインと恋人を溺愛する腹黒ヒーローの恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:23852097)をお借りしております。

初恋の人と再会したら、妹の取り巻きになっていました

山科ひさき
恋愛
物心ついた頃から美しい双子の妹の陰に隠れ、実の両親にすら愛されることのなかったエミリー。彼女は妹のみの誕生日会を開いている最中の家から抜け出し、その先で出会った少年に恋をする。 だが再会した彼は美しい妹の言葉を信じ、エミリーを「妹を執拗にいじめる最低な姉」だと思い込んでいた。 なろうにも投稿しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

処理中です...