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過去の愚王と王妃

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当時初めて会ったあの人は特に特筆するようなものはなく、平凡な男性だった。

今まで語られてきた愚かさも当時は欠片もなく、見た目も性格も平凡だった。

婚約者に決まりささやかな交流が始まって照れたように私の名を呼ぶあの人に恋をしたかと聞かれれば首を傾げてしまうが、愛は感じていた。この人の隣を歩んでいこうと思っていた。

婚礼をあげ初夜も初めて同士戸惑いながら拙いながらも私は大切に抱かれ何も不満もなかった。

けれど数週間したあたりからあの人は変わってしまった。

見境なく女性に手を出し執務を宰相など部下に任せ自分は賭博に出向くなど王とも呼べぬような人になってしまった。

私との夜枷では決まって辛そうに行為をするだけ。寄り添いたくて顔に手を寄せようとしても顔を振られ終わればすぐに夫婦の寝室を出てしまう。

どう正せばいいのか分からなかった。どんな言葉をかければ良かったのか。

悩んでいるうちに妊娠が発覚した。

「これから寒くなる、暖かくして過ごしてくれ」

そう言ってブランケットをすっぽりとお腹を覆うようにかけてくれたのを覚えている。

妊娠を機に変わるかと予想したとは裏腹にエドガーを出産してもあの人の行動は変わらなかった。側室を何人も娶り平凡だった見た目も段々肥えだした。

肥えていくごとに性格も荒々しくなっていったように思う。

私では変えられないのだと諦めてしまった。

側室同士の争いも激しく王妃である私は争い事に向いていない性格もあって逃げるように離宮に逃げた。極力関わらないように、息を潜めるように過ごした。

思えばその頃からエドガーが誕生日に花を贈ってくれたように思う。

エドガーは当時から鍛えていて10歳の少年とは思えないほど大人びた思考と体格の持ち主だった。

そんなエドガーがムスッとした顔で花を贈ってくれるのだ。我が子ながら可愛いと毎年受け取った。

晩年になってからはあの人と会うのもめっきりなくなってしまった。変わらないあの人と諦めてしまった私。

今更何を言っても…と思っていた罰だろうか。あの人が倒れたと知らせを受け急いで王の寝室に向かうと最後に記憶していたよりも痩せ憔悴して寝ていた。

あまりの姿に呆然としていると、ずっと前から病に臥せっていること、生きられる時間も少ないこともずっと陛下に口止めをされていたと医師から申し訳なさそうに告げられた。

「あなた…陛下…」

声をかけるとゆっくりと瞼が開き私を見た。眩しそうに目を細め指の背で優しく頬を撫でられる。

それは婚約時代幾度なくされた仕草だった。

「あなた…」

なんと声をかければ良いのか。言いたいことが沢山あるのに涙が溢れるだけで言葉として出てこなかった。

でもこのままでは私はまた後悔するだろうと自分を奮い立たせ、私も陛下の頬に手を添えればあの時とは違い私の手に擦り寄ってくれた。

「こんな時になってやっと言うことになるなんて…、陛下、辛い思いをしたこともあるけれど、あなたを愛しているわ」

陛下を見ればわずかに目を開き涙を流していた。それを見てもっと早く伝えればよかったと後悔し同時に私は自分から想いを伝えていなかったのだと気付いた。

「エドガーを妊娠した時、プレゼントしてくれたブランケットは今でも大切に使っているわ」

お互いボロボロと泣きながら私は必死に言葉を紡ぐ。

「あなたは初めて会った時からずっと私に優しかったわ」

長いすれ違いがあったけれど、最後の時になってやっと言葉にしたけれど。

「…愛している…すまなかった、愛しているのに、冷たくして…」

喋るのは辛そうで途切れ途切れだったがそれでも聞き取れた。ふるふると首を振り陛下の唇に自分の唇を重ねる。

「天寿を全うしたら、私もあなたの元に行くわ」

「あぁ…次は、一緒に…」

「えぇ、一緒に手を繋いで世界を見たいわね」

婚約者時代どんな老後過ごしたいか話し合ったことがある。私は孫たちに囲まれ色んな花や癒しの物に囲まれたいと話し、彼は王位を子どもに譲り一緒に手を繋いで世界を見て回りたいと話した。

途切れ途切れではあるものの話しながら陛下の鼓動が消えるまで私はずっとそばに居た。

そして今私の目の前には色んな花がある。息子のお嫁さんであるティアナが言うにはほぼ全部恋の花だという。

「…あの人は覚えててくれてたのね、色んな花に囲まれたいという言葉を」

花言葉を勉強していればよかったわ。と苦笑していると、侍女が肩にあの人がくれたブランケットをかけてくれ気を遣ってか静かに部屋を退出した。

愛に囲まれながら目を閉じた。
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