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それぞれのリスク

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前回の夜会から数日経った頃、まことしやかに王太子の婚約者を見直すという噂が流れた。

それをいち早く掴んだ情報収集に長けている男に聞いた私はカタリーナ様の協力の元、ヴィオラ様をカフェに呼び出すことに成功した。

女子受け良さそうなカフェの2階を貸し切り指定した時間よりも早く来た私はゆっくりとお茶を楽しみながら、離れたテーブルに目を向ける。そこには2人が心なしか気まずそうにお茶をしていた。

コツコツと数人歩く音がすると

「あら?もしかしてマリアンヌ様でしょうか?」

ヴィオラ様の声にスッと立ち上がりお辞儀をする。

「えぇ、先日の夜会以来ですね。実は話したいことがあってお母様に協力してもらいました」

前の席を勧めると戸惑いながらも座る。すぐにドリンクのメニューを持った給仕が寄りヴィオラ様は紅茶を注文する。

程なくして運ばれた紅茶を一口飲みヴィオラ様は私を見た。

「話、とは?」

「私が平民として育ちながら最近貴族の父に引き取られたのはご存知ですよね」

「えぇ、みんな驚いたと思いますわ」

驚いた、というのは王妹を妻にしながら他の女との間に子どもがいた事だろう。

カタリーナ様が愉快に教えてくれたが父と子作りしないという条件だったが、それを知らない他の人間はあらぬ憶測も考える。男色の噂まであったらしい。

それと同時に驚いたのは母以外にそういう女性がいなかった事だが。やはり性格が問題だったのかしら。

「まぁ想像出来ます。父は私に言いました。ある目的を果たせと」

ヴィオラ様は訝しげに眉を顰めた。

「王太子殿下の婚約者になれと」

その言葉にアメジストの瞳が見開き段々ヴィオラ様の顔が青くなるのがわかる。

「だが私はそれをぶっ壊したい」

「……へっ?」

簡潔に言ったが予想外の言葉だったのだろう。ポカンとした顔でしばらくフリーズした。

その様子にニコッと笑い少しでも賑やかな空気になるようにわざと明るく言った。

「私は王太子の婚約者になるつもりはありません。そもそも望んで令嬢になったわけでもない。信用にも値しない人間の言うことなんて死んでも聞きません。なので、ヴィオラ様に聞きます」

一旦止まり真面目な顔で問う。

「王太子殿下のことどう思われていますか?返答次第では前言撤回もあり得ます」

本当はそんな気は更々ないのだがこうでも言わなければヴィオラ様の本心がわからないと思った。

真剣さは伝わったのだろう。また顔が青くなる。

「…あ、……わ、私は、ずっと。……ずっと以前から殿下のことをお慕いしているわ。そう、たとえ殿下に他に好きな方がいても」

「俺にはヴィーしかいない!」

突如として現れた声にヴィオラ様が「殿下…?なぜここに」と心底驚いた顔で、背後を振り返る。離れたテーブルに座っていた男がこちらに近寄ってきた。

特徴ある銀髪は茶髪のカツラで隠されている。もう1人の男もそうだ。切羽詰まった顔の王太子の隣には男装の麗人カタリーナ様も今回はるばる駆けつけてきた。

「やあヴィオラ嬢。久しぶりだね」

「カタリーナ様も、なぜ……」

「すれ違う君達2人のために娘から協力してほしいとお願いされてね、私も心配していたし喜んで協力したんだ。マリー、今日も可愛いね!」

寄ってきたカタリーナ様にスリスリと頬擦りされるのを受け入れながら、ある物を机に置く。

「お二方のすれ違いの原因がこれです」

広くしたテーブルに4人腰掛けながら、写真を並べる。

「これは、リリーだわ」

「男の方は父上の側近だ。だがこの人は結婚しているはず。愛妻家で有名だったが不倫していたとは……」

えぇしかも誰が見てるか分からない、結構目立つガボゼの中で熱烈にキスを交わしているのだ。

もう一枚出す。あのでっぷり、いえいえ恰幅の良い男から金銭を受け取っている写真だ。

見るや否や、王太子の顔が険しさを増した。

「この男は執拗に自分の娘を私の婚約者候補にと薦めてくる男だ。あまりにも執拗だったから俺の宮への出禁を命じた程だ」

「おや、こいつは今でもそんな事をしているのか。お兄様が王太子だった頃妹を側室で構わないからとしつこく迫っていたよ。若くして爵位を継いだものだから無謀で野心が溢れまくっていたが現在も変わらずとは……」

「このおデブさんはおそらく2人が不倫関係なのを掴んでいるのでしょう」

「ですがマリアンヌ様、なぜこのおデブさんはお金を2人に渡しているのです?普通弱みを握られている者が口止めとして渡すのでは?」

デブという単語を言わせたくなかったのか王太子の恨みがましい目線を受ける。だがまあ視線で怯えるほど繊細な神経はしていないので受け流す。

「この側近は財務に携わっています。考えられるとしたらおデブさんの羽振りの良さに疑問を抱いて調べたら闇カジノに関わっていたとか?」

ペランと数字が並んで眠くなるような紙を王太子に渡す。ザッと目を通してますます険しくなる顔になる。

「なるほど。闇カジノを経営していたとなれば顧客も摘発され大損害を受けると考えたわけだ、このデブは」

あ、王太子までデブって言っちゃった。

「まぁ不倫関係の事が先なのか後なのかは分かりませんが、お互い黙っている代わりに婚約者候補の見直しをし自分の娘を入れろ金もやる、って具合かしら」

「リリーは公爵令嬢。こんな醜聞をすればリリーの父親は黙っていませんわ。最悪、身一つで勘当もあり得るほど冷酷な人ですから」

「側近も、国王である父上の信用を失うのはとても痛手だろう。家庭問題も泥沼だな」

「なるほどねぇ。側近と令嬢は地位の高さ故に、このデブは違法経営故にっていうわけか。リスキーなことするねぇ」

「これらはお渡しします。これをどうするかは自分たちで決めてください。私からの話はこれで以上です。これからはしっかり向き合って歳を取ってもたくさん話し合ってくださいね」

話し合わなければ分かり合えない。身を持って実感した2人は苦笑いして感謝を述べる。顔を見合わせ微笑み合う2人の宝石のような瞳は涙で滲んでいた。

イザベラ様の方も平民にならず幸せになれる方法を探してなんとかしなきゃね、と内心呟きながら冷めた紅茶を飲んだ。




だがこの数日後、婚約者候補の見直しという噂を聞きつけたロアンは可憐に変貌を遂げたイザベラが1番に選ばれると思い急いで自身との婚約を結ばせたのだ。

城下町で平民の暮らしを見て回り帰宅したイザベラが父から聞き驚きのあまり先触れもなしに突然マリアンヌの家まで押しかけた事で知る事となった。
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