上 下
14 / 16

それぞれのリスク

しおりを挟む


前回の夜会から数日経った頃、まことしやかに王太子の婚約者を見直すという噂が流れた。

それをいち早く掴んだ情報収集に長けている男に聞いた私はカタリーナ様の協力の元、ヴィオラ様をカフェに呼び出すことに成功した。

女子受け良さそうなカフェの2階を貸し切り指定した時間よりも早く来た私はゆっくりとお茶を楽しみながら、離れたテーブルに目を向ける。そこには2人が心なしか気まずそうにお茶をしていた。

コツコツと数人歩く音がすると

「あら?もしかしてマリアンヌ様でしょうか?」

ヴィオラ様の声にスッと立ち上がりお辞儀をする。

「えぇ、先日の夜会以来ですね。実は話したいことがあってお母様に協力してもらいました」

前の席を勧めると戸惑いながらも座る。すぐにドリンクのメニューを持った給仕が寄りヴィオラ様は紅茶を注文する。

程なくして運ばれた紅茶を一口飲みヴィオラ様は私を見た。

「話、とは?」

「私が平民として育ちながら最近貴族の父に引き取られたのはご存知ですよね」

「えぇ、みんな驚いたと思いますわ」

驚いた、というのは王妹を妻にしながら他の女との間に子どもがいた事だろう。

カタリーナ様が愉快に教えてくれたが父と子作りしないという条件だったが、それを知らない他の人間はあらぬ憶測も考える。男色の噂まであったらしい。

それと同時に驚いたのは母以外にそういう女性がいなかった事だが。やはり性格が問題だったのかしら。

「まぁ想像出来ます。父は私に言いました。ある目的を果たせと」

ヴィオラ様は訝しげに眉を顰めた。

「王太子殿下の婚約者になれと」

その言葉にアメジストの瞳が見開き段々ヴィオラ様の顔が青くなるのがわかる。

「だが私はそれをぶっ壊したい」

「……へっ?」

簡潔に言ったが予想外の言葉だったのだろう。ポカンとした顔でしばらくフリーズした。

その様子にニコッと笑い少しでも賑やかな空気になるようにわざと明るく言った。

「私は王太子の婚約者になるつもりはありません。そもそも望んで令嬢になったわけでもない。信用にも値しない人間の言うことなんて死んでも聞きません。なので、ヴィオラ様に聞きます」

一旦止まり真面目な顔で問う。

「王太子殿下のことどう思われていますか?返答次第では前言撤回もあり得ます」

本当はそんな気は更々ないのだがこうでも言わなければヴィオラ様の本心がわからないと思った。

真剣さは伝わったのだろう。また顔が青くなる。

「…あ、……わ、私は、ずっと。……ずっと以前から殿下のことをお慕いしているわ。そう、たとえ殿下に他に好きな方がいても」

「俺にはヴィーしかいない!」

突如として現れた声にヴィオラ様が「殿下…?なぜここに」と心底驚いた顔で、背後を振り返る。離れたテーブルに座っていた男がこちらに近寄ってきた。

特徴ある銀髪は茶髪のカツラで隠されている。もう1人の男もそうだ。切羽詰まった顔の王太子の隣には男装の麗人カタリーナ様も今回はるばる駆けつけてきた。

「やあヴィオラ嬢。久しぶりだね」

「カタリーナ様も、なぜ……」

「すれ違う君達2人のために娘から協力してほしいとお願いされてね、私も心配していたし喜んで協力したんだ。マリー、今日も可愛いね!」

寄ってきたカタリーナ様にスリスリと頬擦りされるのを受け入れながら、ある物を机に置く。

「お二方のすれ違いの原因がこれです」

広くしたテーブルに4人腰掛けながら、写真を並べる。

「これは、リリーだわ」

「男の方は父上の側近だ。だがこの人は結婚しているはず。愛妻家で有名だったが不倫していたとは……」

えぇしかも誰が見てるか分からない、結構目立つガボゼの中で熱烈にキスを交わしているのだ。

もう一枚出す。あのでっぷり、いえいえ恰幅の良い男から金銭を受け取っている写真だ。

見るや否や、王太子の顔が険しさを増した。

「この男は執拗に自分の娘を私の婚約者候補にと薦めてくる男だ。あまりにも執拗だったから俺の宮への出禁を命じた程だ」

「おや、こいつは今でもそんな事をしているのか。お兄様が王太子だった頃妹を側室で構わないからとしつこく迫っていたよ。若くして爵位を継いだものだから無謀で野心が溢れまくっていたが現在も変わらずとは……」

「このおデブさんはおそらく2人が不倫関係なのを掴んでいるのでしょう」

「ですがマリアンヌ様、なぜこのおデブさんはお金を2人に渡しているのです?普通弱みを握られている者が口止めとして渡すのでは?」

デブという単語を言わせたくなかったのか王太子の恨みがましい目線を受ける。だがまあ視線で怯えるほど繊細な神経はしていないので受け流す。

「この側近は財務に携わっています。考えられるとしたらおデブさんの羽振りの良さに疑問を抱いて調べたら闇カジノに関わっていたとか?」

ペランと数字が並んで眠くなるような紙を王太子に渡す。ザッと目を通してますます険しくなる顔になる。

「なるほど。闇カジノを経営していたとなれば顧客も摘発され大損害を受けると考えたわけだ、このデブは」

あ、王太子までデブって言っちゃった。

「まぁ不倫関係の事が先なのか後なのかは分かりませんが、お互い黙っている代わりに婚約者候補の見直しをし自分の娘を入れろ金もやる、って具合かしら」

「リリーは公爵令嬢。こんな醜聞をすればリリーの父親は黙っていませんわ。最悪、身一つで勘当もあり得るほど冷酷な人ですから」

「側近も、国王である父上の信用を失うのはとても痛手だろう。家庭問題も泥沼だな」

「なるほどねぇ。側近と令嬢は地位の高さ故に、このデブは違法経営故にっていうわけか。リスキーなことするねぇ」

「これらはお渡しします。これをどうするかは自分たちで決めてください。私からの話はこれで以上です。これからはしっかり向き合って歳を取ってもたくさん話し合ってくださいね」

話し合わなければ分かり合えない。身を持って実感した2人は苦笑いして感謝を述べる。顔を見合わせ微笑み合う2人の宝石のような瞳は涙で滲んでいた。

イザベラ様の方も平民にならず幸せになれる方法を探してなんとかしなきゃね、と内心呟きながら冷めた紅茶を飲んだ。




だがこの数日後、婚約者候補の見直しという噂を聞きつけたロアンは可憐に変貌を遂げたイザベラが1番に選ばれると思い急いで自身との婚約を結ばせたのだ。

城下町で平民の暮らしを見て回り帰宅したイザベラが父から聞き驚きのあまり先触れもなしに突然マリアンヌの家まで押しかけた事で知る事となった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

山に捨てられた令嬢! 私のスキルは結界なのに、王都がどうなっても、もう知りません!

甘い秋空
恋愛
婚約を破棄されて、山に捨てられました! 私のスキルは結界なので、私を王都の外に出せば、王都は結界が無くなりますよ? もう、どうなっても知りませんから! え? 助けに来たのは・・・

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...