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祈る母 身勝手な父
しおりを挟むいつも通りの時間に目を覚まし、大きく体を伸ばす。何気なしにベッドのそばに立てられている小さな写真立てを見つめればそこに写るのは私の母で、最近この世を去った。
母はいわゆる未婚の母で若い頃ある紳士に出会い『自分は貴族だ、だから幸せになるために駆け落ちしよう、そしていつか結婚しよう』とプロポーズされたらしい。だから体の関係もあった母は私を妊娠した時相手は喜んでくれる、と勘違いしてしまったんだろう。
2人で立てた予定より早かったがその分早く一緒になれると夢を見てしまったんだろう。
けれど相手の男は妊娠報告の後、母の元に来なくなった。
母はいつも願っていた。
「約束したんだもの、もう少ししたら迎えに来てくれるわ」
けれど月日が経っても金髪に緑の瞳の紳士は来ない。
母は歳を重ねても夢見がちな少女のようだった。
すぐそばに母の事を想ってくれる家職人で幼馴染の男がいるのに、何年経ってもいつも紳士の男のことばかり。一途と言えば聞こえはいいが娘の私からすれば「いつか〇〇しよう」という漠然とした言葉を何故そこまで信じれるのか不思議で仕方ない。
一度母に幼馴染のことを夫にする気はないのかと聞いたことがある。
父親がいようがいまいがどうでもいいほど私は冷めていたが間接的とは言え、いい加減三角関係の間に自分がいる状況が嫌だったのだ。そんな私の思いとは裏腹に母は困った顔で言うのだ。
「どうしてあの人と結婚しなきゃいけないの?私にはもう決めた人がいるのに」
「迎えに来てくれるとか言って待ち続けてもう13年も経ってるのよ?ここまできてなんで分からないの?結局貴族の暮らしから逃げたくないのよ!」
「違うわ!絶対に違う!!約束したもの!!私と結婚しようって!愛しているって!」
迎えに来てくれる
結婚しようと愛していると言ってくれた
約束した
聞き飽きた言葉に私は苛ついた。散々聞いた言葉だ。
幼い頃母と一緒に願ったこともあった。
「手紙ひとつ寄越さない人の事を想って何か変わったことがあった?!相手の愛称と容姿だけ覚えていたってフルネームも知らない!相手の家も知らない!そもそも貴族なら自分とは火遊びだったと想像もできない訳!?」
言ってしまった後で我に返った。
ずっと言わなかったのに。言わないようにしていたのに。
でも後悔はしなかった。やっと言えたのだ。もうこんな無謀な希望を抱えてほしくなかった。何度も期待を裏切られる母を見たくなかった。
ポロポロと静かに涙を流す母を見て謝りそうになる気持ちを振り払って家を飛び出した。
通りすがりに近所の人に声をかけられても気にせずにひたすたら走った。
なぜ母に愛していると言ったの?
なぜ母に結婚しようと誓ったの?
なぜ母を迎えに来なかったの?
なぜ母を裏切ったのだ!!
とどめなく流れる涙を乱暴に袖で拭う。
「くそったれがっ!!」
なぜ母に夢を魅せたのだ。おかげで縛られたまま現実を見ようとしない。
なぜなぜと父を罵倒したからかほぼ喧嘩別れのように、数日後母が亡くなった。
最後まで母は父に恋をしていた。
パタンと写真立てを倒してご飯を作るために立ち上がる。
「お前がアリサの娘か」
仕事終わりに歩きながら夕飯の献立を考えていると不意に声をかけられて振り向けば身なりの良い服を着た男がいた。近くには護衛らしき男が何人かいて腰には帯剣している。
近所の筋肉自慢のおじさん達より体格は普通だが鋭利な緑の瞳に顔に少しシワがあるだけで気難しそうな印象だ。だが白っぽい金髪を適当に撫でつけているからかどことなく色気がある。
「お貴族様が私になんの用でしょう?」
「質問を質問で返すな」
近くにいた護衛の大柄な男がカチャリと剣の柄の先に手を置いて一歩前に出てきた。
平民などいつでも斬れると言う脅しのつもりなんだろうが貴族の暮らしを支えているのは平民の血税だ。その支えがなかったらお前など雇えまい。
遠慮なしに護衛の目を見て睨みつけ鼻先でふんと笑う。苛立った護衛を無視して貴族の質問に答えた。
「確かに私はアリサの娘ですが」
値踏みするような視線を受けるがこちらも負けじと男を見返した。
容姿の一致や貴族なのに平民の母の名前を知っていることからして大方こいつが父親なのだろう。
「頭の中がお花畑の母親がいるとは思えないほど冷静な娘だな」
「夢見がちな母を裏切れる冷酷な父に似たのでしょう」
すっと鋭利な瞳が細められ口元がニヤリと歪んだ。
「これは嬉しい誤算だな」
訝しげに睨みつけると男は馬車を呼びつけ中に乗り込んで言った。
「また日を改めて来る。なにせ成人前のお前を引き取る手続きをしなければならないからな」
「引き取る必要はない、貴族になるつもりはない」
思わず敬語を使わずに喋ったが男は気にしなかったかのように続けた。
「ある目的のために一時的に引き取るだけだ。達成すればどこでも自由に行け」
もう話は終わりだとばかりにコンコンとノックして馬車を走らせた。
小さくなっていく馬車を睨みつけながらフツフツと怒りが湧いてくる。ぎゅうっと胸ぐらを掴み、物に当たりたくなる衝動を抑えながら呪詛のように呟いた。
「ふざけるな」
母があんなにも熱望していたというのに父親だと言う男は今更やって来た。本当に身勝手で反吐が出る。
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