コマンド探偵K&W

なべのすけ

文字の大きさ
上 下
12 / 12

第11章 コマンド探偵

しおりを挟む

 パァン

 少し間延びしたような、気の抜けた銃声が響いた。
 旋状痕を受けながら銃身を抜け、銃口から放たれた銃弾は、空気を裂き、硝煙を越え、そして、FIRE HAMMERの――
「なんだ、殺さねェのか」
 ――頭の横の地面に、突き刺さっていた。
「やかましいのは嫌いだと言っただろう。俺らの目的は果たした。お前のゲームに付き合ってやる義理はない」
「もう終わったのか?」
 天井から声が聞こえて来た。
「終わった。降りてきていいぞ。K」
 そう言うと、天井から縄梯子を降ろして、Kが降りて来た。それを見てWは耳に付けているイヤーピース型の小型無線機を放り投げた。
「お前のサポートミスだな、かなりヤバかったぞ!」
 責めるような口調で、WがKに言う。
「わりぃ、ちょっと想定外な事が多くありすぎた。こっちだってサポートするのに大変だったんだぜ」
 懐から、PDAを出してWに見せる。そこにはWとFIRE HAMMERの戦いを創造した、CG映像が流れている。
「でも、お前のベレッタのおかげでAKは破壊出来たんだからな、一応は感謝する」
「それと、僕の考えたセリフちゃんと言えてたから、僕も感謝はする」
 PDAの画面を切り替えて、音声再生モードにすると、Wがゲトに言っていた台詞が流れて来た。
「なんだ、全部作っていたのか……」
 KとWのやり取りを、ぼやくような感じで、FIRE HAMMERが吐き捨てる。
「そう言う事」
 満面の笑みを浮かべながらKがFIRE HAMMERに返す。
 最初からKとWの役割分担だったのだ、WとKの情報を基にKがシナリオと台詞を作り、それをWに言わせ、Wがゲトを始末し、FIRE HAMMERと戦うのがシナリオであったが、FIRE HAMMERがゲトを始末したのが、Kに取っての想定外であり、不確定要素であった。WとFIRE HAMMERが戦うのも予想していたが、FIRE HAMMERが大盾を持っているのはKに取って想定外であった。
 パラ・オーディナンスを懐に仕舞い、FIRE HAMMERの傍らに屈み込むと、FIRE HAMMERの懐やポケットを漁って持ち物を検査し始めた。
 そして、凶器となりそうな物を見つけ次第、それを遠くへと放り投げていく。
「じき、警察が来る。お前は警察に逮捕され、刑務所にぶち込まれる。それで、お前を無力化したことにはなるだろう」
 爆弾、火薬、何かよくわからない装置から、ペンチや半田ゴテなどの工具まで捨てていく。
 FIRE HAMMERは一瞬だけ残念そうな顔をしたものの、直ぐにニタリと笑いかけた。
「ゲトの奴はやっぱり間違いだらけだったなァ。そういう所が、俺とあんたの違いだ。世界に、何の期待も抱いてないくせに」
 小馬鹿にするような笑みに、流石に腹が立ったか、WはぎろりとFIRE HAMMERを睨み付けた。
「俺達とお前の違いが、もう一つあるぞ」
 コートの内ポケットの一つに入っていた無線機を放り投げながら、静かに、それでいて力強く語る。それは矜持であり、事実であった。
「俺達は、もうどうでもいい」
 その言葉に、FIRE HAMMERは一瞬呆けたような表情を見せた。
 だが、ややあった沈黙の後、突然吹き出すと、そのまま傷の痛みも忘れたとばかりに大声で笑い始めた。
「ああ、そうか、そうとも、そうだろうさ、違ぇねェ。あんたらには、世界なんて関係ないもんな。あんたらは、壊すことで守る人間なんだな。まったくそうさ、まったく、そりゃ、何も言えねェ、参ったよ」
 炎が燃える音よりも、その笑い声は高らかに響いていた。だが、それらの音を上書きするように、遠くからパトカーのサイレン音が近付きつつあった。
 それでも構わず、FIRE HAMMERは笑い続けた。
 Wは検査を終えると立ち上がり、そのまま別れも言わずに、倉庫の入口――今は出口――へと向かう。
「W」
 その背中に向かって、FIRE HAMMERは笑いながら語りかける。Wは歩みを止めず振り向きもしなかったが、お構いなしに言葉を放つ。
「あんた、面白いな。俺が世界を壊さなくて、本当によかったぜ。こいつは傑作だ」
 Wは顔を顰めるが、その表情すらFIRE HAMMERには見せてやらなかった。
「また会おう、WとK」
 WとKは、そのまま姿を消した。
 FIRE HAMMERの笑い声は、いつまでも、いつまでも、業火の音と共に響き続けていた。

 翌日、探偵事務所のあるビルの屋上で、WとKは並んで座っていた。
 屋上の縁の部分に腰掛け、足を投げ出しながら、一緒に酒をあおる。それが、大仕事が終わった後の二人の習慣だった。
 そうして、毎回、片付けた事件のことを話すのだ。
「FIRE HAMMERの野郎、殺せたのに殺さなかったの? どうしてだ?」
 今回の事件に対し、Kは率直な疑問をぶつけた。
 既に日は傾きかけていて、少し肌寒い。なので今日の二人は、事件のことを話す手助けとしてジンを選んだ。
 WはKの疑問に対し、まずは沈黙した。逡巡しているのか焦らしているのか、遠くを見るような彼の目からは推し量れない。
 Kは、こういう時、待つという選択をする事に慣れていた。Wの相棒として、それは当然のことであった。
「FIRE HAMMERは、世界を持たない人間だ」
 やがて、Wはぼそりと呟いた。
 少しだけ、回答を諦めかけていたKは、意気揚々とする。まだ遠くをぼうっと見つめていた。
 Wはグラスを揺らし、中のジンをちびりと口に含む。アルコールの熱さを十分舌に染み込ませ、それから一息に飲み下すと、体全体が温まるような気がした。
「奴は言った。『チェルノブイリが、ソ連崩壊を招いた』と」
 Kにはその話がWとFIRE HAMMERの間でのみ通じたもので、しかも只聞いていただけなので、良く分からない。
 しかし、Kはここまで気の抜け切った表情をするWを初めて見た。普段の彼ならば、どんなに眠そうな顔をしていても、その目には鋭さがあった。
 ならば、Kに出来る事は、Wの話を黙って聞いてやることだけ。Kは、そう思っていた。
「チェルノブイリが、ソ連崩壊を招き、ロシア建国の引き金となったのは、歴史の示すとおりだ。だが、チェルノブイリ後、最初にソ連打倒のために立ち上がったのは、軍関係者でも、ゴルバチョフでもなかった。民衆だった。大きくて確かな存在。その基盤が傾いたとき、変革が起こる。その変革の中心にいたのは、いつだって民衆という存在だった」
 再び、ジンをあおる。Wが酔っているのかいないのか、それは、Kどころか本人も判らなかった。
「FIRE HAMMERは、世界を滅ぼす者じゃない。奴が世界を滅ぼそうと思ったら、簡単だ。爆破の標的を、そのまま世界中の原発にすり変えればいい。だが、奴はそうしなかった。奴は、全人類にとってのチェルノブイリだったんだ。そうあろうとしたんだ。世界という名のソ連を、全人類の手と意思でもって破壊するために。例えば、今回の件でアークランドグループが吊るし上げられ、壊滅的な打撃を受けるとしよう。なら、一体誰がロープを握る? 一体誰が、直に拳を叩きつける? 直接的にアークランドグループを壊すのは民衆であり、それによって苦しむのも民衆だ。俺は、アークランドグループを壊す切欠を提示したに過ぎないんだよ」
 口を挟まない。そう決心したKだったが、生来の好奇心がつい疼いてしまった。
「それで、具体的にFIRE HAMMERは何をやったんだい?」
 Wはグラスを置き、顔を右掌で拭った。右手には、微かな硝煙の臭いが未だ残っていた。
「世界中を飛び回りながら、奴は犯行を重ねていった。その行く先々で、地元のルサンチマンや危険人物と接触を試みていたとしたら? そいつらに、自らの人物像と工業技術の一端を伝えていたとしたら? 世界地図に描いていたFIRE HAMMERのサインの存在を教えていたとしたら?」
 かつて弱かった者が牙を剥き、かつて強かった者がその牙にかかる。これからは、そういう時代だ。
 FIRE HAMMERの言葉が、Wの耳と脳の中で繰り返し響いていた。
「そして、サインとメッセージは完成し、アークランドグループが潰れて世界は混乱の渦に呑まれる。そのタイミングで、もしFIRE HAMMERが死んでみろ。奴は殉教者となり、彼らは『FIRE HAMMERの子』となる。飛び散った火の粉が、一気に燃え上がっちまう。それこそが、今度は地球にとってのチェルノブイリになる」
 思わず、ため息が漏れた。Wは、理解していた。理解していたのに。
「そして、俺は一番最初の『FIRE HAMMERの子』だった」
 FIRE HAMMERは無力化した。己の心と行動を半ば支配していた虚像も、消え失せている。今、彼の心の中で響いているFIRE HAMMERの言葉は、全てそれらを客観視したものに過ぎない。
 だが、確かにWとFIRE HAMMERには、共鳴し合う何かが存在したのかもしれない。WがFIRE HAMMERに取り込まれかけたのも、それが原因となっている可能性がある。
「嘘こけ」
 だが、Kは軽く笑い飛ばしながら、それを否定した。さも当然のように。そして、ジンの入ったグラスを傾けるのだ。
「オレがKである限り、あんたはWだ。オレが保証する」
 Wは、笑った。
 そして、優しい微笑みをKに向けた。
 ここでこうしている時だけ、Wは優しい微笑みをKに見せる。やっといつも通りのWが見られて、Kも安心した。
「まあ、何にせよ、世界はこれから燃え上がる。奴が振り撒いた火の粉は、決して消えないだろうからな」
 FIRE HAMMERは、人間というよりもシステムだ。世界を、再建など不可能なほどまで粉々に破壊するための自動装置だ。だから、全人類の力を使わせようとしたのだ。
「でも、いっこの人間にとっちゃ、世界なんて自分の隣にいる人間までだろ」
 グラスを置きながら、Kはきっぱりと言い放つ。自分の言葉を何一つ疑っていないような、自信に溢れた声だった。
 Wは、笑ってそれに応える。
「今、ここにFIRE HAMMERが居たらきっとこう言うぞ。『人類にとってのチェルノブイリは起こったが、世界にとってのチェルノブイリはこれから始まる』とな」
「けっ、おととい来やがれってんだ。オレのせまっこい世界にチェルノブイリをねじ込めるもんなら、やってみろっつぅんだ」
 Wは笑いながら、グラスを持って立ち上がった。
「お前の頑強さには、アメリカ大統領も舌を巻くだろうよ。さて、そろそろ本当に冷えてきた。中に戻るぞ」
 そして階段に向かって歩き始めると、Kも慌ててグラスを持って後を追う。
 こうして、世界は夜になる。

 数日後、KとWは壁を見上げて突っ立っていた。
 正確には、壁に赤インクとスプレーで書かれている落書きを見上げながら立っていた。
 特に何をするでもないように見える彼は、実は今、人を待っていた。
 その暇潰しと言うにしては、彼は難しい顔で、落書きを見上げていた。
「なに、やってるの?」
 やがて、そこに一人の少女がやってきた。
 彼女こそ、KとWがここで待っていた人物、カランであった。
 彼女は二人に声をかけたが、彼は一切応えない。その様子を見て、何かを察したのか、カランは後ろ手を組んで少し俯きながら、Wの横に立った。
 見上げるKとW、俯くカラン。二つの姿は対照的であったが、静けさは、互いの共通項であった。
「あなたちなら、気付くとおもった」
 やがて、カランが口を開いた。いつもの、静かで、語りかけるような声だった。
「WとM」
 次いで、Kが呟くように言った。
「カラン。君が、FIRE HAMMERを解き放ったんだな」
 カランは、はいともいいえとも言わず、頷きも否定もしなかった。
 だが、それで十分な返答となっていた。
 FIRE HAMMERを単独犯とするのには、いくつかの無理があった。まず、逃げる際にすすきの支部で起こした二度の火事のこと。何故、二度なのかということ。
 次に、アポロ工業社でのこと。アークランドグループがゲトと繋がっていて、秘密を守りながらFIRE HAMMERを確保しようとしていたのならば、Wが次の犯行場所を日本州と特定したとき、ゲトの手勢が隠密裏に動き、日本州に、そしてアポロ工業社にも十分な警戒を敷いたはず。なのに、単独犯であるはずのFIRE HAMMERが何故逃れえたのか。
 次に、あまりにも移動が速やかすぎたこと。アークランドグループに長らく監禁されていたFIRE HAMMERが、世界中をこれだけの早さで飛びまわれるルートやコネを知っているのは、明らかにおかしい。それは、第三者が組織的なサポートを行わねば、とても不可能な芸当だ。
 次に、FIRE HAMMERの台詞。Wと相対して質問をぶつけた時、FIRE HAMMERはこう言った。「壊せりゃなんだっていい、俺はな」と。「壊せりゃなんだっていいんだ、俺は」でも「俺は、壊せりゃなんだっていい」でもなかった。「俺はな」であった。まるで、自分以外の誰かが、犯行に介在していたかのような物言いだ。
 特に、Kは最後の「俺はな」発言で、共犯者の存在を確信した。
 そうして、Kが推理を元に立てた仮説は、こうだ。
 まず、FIRE HAMMERは火事を起こして一度目の脱走を試みた。これは、純粋にちょっとした散歩のつもりだったのだろう。FIRE HAMMERはそれをやりかねない男だ。
 だが、カランはそれを目撃した。それは、全くの偶然であった。しかし、彼女はその偶然を利用して、FIRE HAMMERと接触してみる事にした。
 その方法は、至って簡単。どこかに暗号化したメッセージを残し、その場所にFIRE を誘導。そして、そこに残したメッセージでコンタクトを行うというもの。
 その場所とはここであり、そのメッセージとは、今Wが見上げている赤い落書きだ。
 暗号は、少し考えればすぐわかるもの。まずMの下にWがあり、Wにチェックマークがある。ここに於けるWとはアルファベットではなく、「Mの逆」という意味のWである。それにチェックマークが付いていると言う事は、「その横に書き殴ってある文章は、逆に読め」ということだ。ただ、逆立ちして読むわけでも、文末から文頭に向かって読むわけでもない。単語一つ一つを、その対義語に置き換えて読め、ということだ。
 それに従えば、最初の「アイスボックス」は「ファイアボール」となる。ボックスの対義語がボールかどうかは議論となる箇所かもしれないが、ここでは、相手に大体のニュアンスが伝われば良い。
 そして、その後に続く「私を閉じ込めて」は、「私」は「あなた」、「閉じ込める」は「解放する」、「閉じ込めて」という受動は、「解放する」という能動になる。
 完成した文章は、「FIRE HAMMER、あなたを解放する。あなたに、敵を与えてあげる」だ。これはペンキで書かれていて、カランが書いたもの。
 その下の、スプレーで書いたものは、FIRE HAMMERのものだろう。そこには「面白い。月が変わる頃、準備を整えて待っていろ」と書いてあった。
 第一の邂逅はこれで済み、FIRE HAMMERは一先ずすすきの支部に戻った。FIRE HAMMERにとって、これは元々単なる散歩であり、暗号もゲームのようなものであったからだ。
 だが、一ヵ月後、果たして本当にFIRE HAMMERはカランの前に姿を現した。カランは、そこで正式に、アークランドグループとゲトを潰す依頼をし、自分はそれをサポートすることを約束する。具体的なプランの立案を、全てFIRE HAMMERに託して。
 FIRE HAMMERはこれを、最初は遊びと認識していただろう。だが、正式に依頼されたことで、くすぶっていた心に火がついた。自らの快楽と本性のまま、カランの依頼を利用して自らの欲求を満たしていった。
 FIRE HAMMERにとって、自分の計画は全て本能であり、その本能も計画に織り込み済みだった。後は、外部からの刺激を待つばかりであったのである。
 しかし、WがFIRE HAMMER捜しに協力するらしいと言う事を知ると、Wの力量をよく知るカランは、FIRE HAMMERに厳重に注意勧告をした。WがFIRE HAMMERの居場所を見破るであろうことを、彼女は知っていたのである。
 そして、思ったとおりWはFIRE HAMMERの居場所を言い当て、それに基づいて、ゲトの手下達が迫ってきた。
 だが、事前にカランから注意勧告をされていたFIRE HAMMERは襲撃に備えており、なんとゲトの手勢の追跡を単独で振り切った。
 奇襲したとはいえ、倉庫を包囲しているゲトの手勢を一瞬で葬るような人間である。襲撃を予測さえしていれば、爆弾を殆ど使わずに、追跡をかわすことも出来るだろう。
 そうして、後はこの通り、だ。

 だが、何故カランが疑わしいのか。その理由は三つ。
 一つ目は、彼女の組織が営利団体ではない事。利益を目的とする組織や個人が、世界経済を担うアークランドグループを、完全壊滅に追いやるような真似をする筈がない。しかし彼女の組織は、最下層民であるストリートチルドレン達のための互助組織であり、世界経済が破綻しようとも影響は殆どないのだ。
 二つ目は、その組織がすすきのにあること。営利を目的としない組織はいくつかこの街にもあるが、彼女の組織以外は、スポンサーの存在、という形で多少なりとも世界経済の状況に影響を受ける。カランの組織だけは、経済から完全に独立した完全互助組織。そしてその組織は、FIRE HAMMERが監禁されている建物と、同じ街にあった。
 そして、三つ目は――

「カラン」
 再び少女の名を呼ぶ。すると、今度は「何?」という静かな反応が返ってきた。
 Kは数秒間を置くと、すっぱりと言い放つ。
「例の麻薬、ゲトとアークランドグループが流していたんだろう? ちゃんと、こっちでも調べはついてる」
 ――三つ目は、動機であった。
 この街には、近頃、大量の安価な麻薬が出回っていた。それらの全ては、一度ゲトの支配する組織を通っていた。
 安価な理由は、恐らくアークランドグループの流通ルートを利用していたためだろう。仲買人を一切使うことなく、殆ど無料みたいなルートで麻薬を仕入れていたのだから、それは安くて大量の麻薬が出回るというもの。
 ゲトはそういう手段でも、荒稼ぎをしていた。そして、その麻薬の犠牲になったのが、カランの束ねるストリートチルドレンのメンバー達だった。
「みんなを、守る。それが、わたしの役目」
 ストリートチルドレンでも常用が可能なほどの安価な麻薬。その、元を絶たねばならない。だが、相手は、自分以上の組織力を誇る裏組織を率いる大親分と、世界を股にかける大企業。かなうはずがない。
 だから、狂気の男を、燃える爆弾のような男を、解き放ったのだ。
「相談してくれりゃよかったのに」
 思わず愚痴っぽくこぼしてしまうW。
 だが、カランは首をふるふると振った。
「あなた一人じゃ、彼らはたおせない」
 全く以ってその通りだ。もし、FIRE HAMMER抜きの状況だったなら、Wは全く敵わなかった。
 FIRE HAMMERがアークランドグループの基礎を狂気と恐怖でガタガタにし、アークランドグループに『誰か』が止めを刺すよう、導いた。だから、倒すことが出来た。
 かと言って、FIRE HAMMERだけでも、アークランドグループは倒れなかっただろう。FIRE HAMMERが行使できる能力は、結局のところ爆弾だけ。
 世界中を包むほどに成長した組織は、単純な武力では決して倒れない。FIRE HAMMERの存在と、それに関わる一大スキャンダルに基づいて、大衆的な力を利用できる『誰か』の存在もまた、必要であった。
 FIRE HAMMERとK&W。この二人のどちらが欠けても、アークランドグループとゲトを倒すことは出来なかっただろう。
 ――ならば。
「カラン。お前は、俺がこの事件に首を突っ込むこと、知ってたんだな? 実は、それを知っててFIRE HAMMERを解き放ったんだろ?」
 見上げるのを止め、横に立つ少女の横顔を見つめる。その横顔に、表情は無かった。
「あなたは、この事件を放っておくはずない。そう、信じてた。あなたとFIRE HAMMERには、惹かれあうなにかがある」
 彼女は見抜いていた。
 K&WとFIRE HAMMERの同一性と、相違性。そして、完璧に同一であり、絶対的に相違であるからこそ、二つの存在は磁石のように惹かれ合う事を、知っていた。それは、運命ではなく必然である。
 アークランドグループからの依頼が無くとも、自分はFIRE HAMMERの事件に関わっただろう。Kは、そう思えて仕方が無いのだ。
「……ごめんなさい」
 カランが、やっと表情らしい表情を見せた。それは、心からの謝罪のように思えた。
「あなたを、こけにした」
「いや、いい。お前が奴を解放せずとも、いずれはこうなっただろう。FIRE HAMMERとはそういう男だ」
 FIRE HAMMERは、まさに爆弾であった。僅かの切欠で大爆発を起こす。しかも、鍵のついた箱に厳重に閉じ込めておいても、自らの気まぐれによって勝手に爆発するのだ。
 カランの行動も、ただFIRE HAMMERに切欠を与えただけだ。FIRE HAMMERの本質は、何一つ変化してはいない。
「だが」
 Kは、険しい表情でカランを見た。カランも、それを真正面から受け止める態勢に入った。
「お前は善悪や損得に惑わされない奴だ。しかし、自分の行いが、何を生み出したか。それを、忘れるな」
 カランがFIRE HAMMERを解き放った。そのために、一体どれだけの命が犠牲となったか。
 そしてアークランドグループとゲトが潰れたことによって、一体、これからどれだけの命が犠牲となるのか。
 仲間を守りたい。その純粋な想いが、世界を殺す。
「わかってる」
 強く二人を見つめ返しながら、カランは即答した。
 覚悟は、既に出来ていたようだ。
 K&Wもカランも神は信じないが、その両肩にのしかかる十字架の重みを忘れないだけの度量と罪はあった。
「よし、それでは本題だ。お前をここに呼び付けたのは、実は別の用件があったからでな。今の話は、ついでみたいなもんだ」
 Kは険しい表情を解き、いつもの、どこか鋭さを含んだ、笑顔の明るい表情となった。
 カランはため息をつきながら、緊張を解く。
「まあ、大した話じゃあない。以前、俺の財布をスろうとした、確かエリックって言ったか? そいつを、住み込みの雑用係として雇いたい」
 しかし、続いて放たれたWの言葉に、彼女は目を丸くした。雑用係として、雇う。そんな俗世間的な提案が、あの口から飛び出すとは思わなかったのだ。
「業務は単純だ。普段は事務所の外に立って、来客がある時は事前にそれを携帯で俺やKに報せる。後は届け物とかの使い走りだな。まあ、偶には掃除もしてもらう事になるだろうがな」
「どう、して?」
 何故、雑用係など雇うのか。それは、Wを信用していないという事ではなく、カランの素直な疑問なのであった。
「今回の件で、Kに大仕事を任せたんだがな。そうしたらいきなり手が足りなくなった。だから、雑用係として一人養う口が増えるぐらいなら、平気だろう」
 小林を騙すためのでっちあげ書類を作らせている間、雑用が物凄く滞ったのだ。結局、その後は暫く失踪して小林の尋問に明け暮れていたので、事件の間は、不便な日は短く済んでいたのだが。
「給料は月十ドル。子供の小遣い程度だが、衣食住は保証しよう」
 Wが全ての条件を提示し終えると、カランは「ちょっと待ってて」と言い含んでから、溜まり場の方へと消えていった。
 そして一分後、再び現れた彼女の傍らには、かつてWの財布をスろうとした少年、エリックがいた。
 彼は、事態が上手く呑み込めていない様子で、ぼんやりとWを見上げていた。
「Wさん、条件があります」
 カランはエリックの両肩に手を置くと、改まって言う。
「食事のときは、かならずエリックを同席させてください。それだけが、わたしからの条件です」
「心得た」
 Wは間髪入れずに即答した。そして、エリックに向けて手を伸ばす。エリック本人は未だ事態が呑みこめていないが、なんとなく雰囲気は察したのか、戸惑いを見せ始めている。
「K&Wだ。以後、よろしく頼む。エリック」
 二人の表情は変わらない。だが、自分に向けられた言葉というものに安心したのか、エリックは恐る恐るながらも手を伸ばし、二人の手を握った。
 その手には、少しだけ硝煙の臭いが残っていた。
 この日、小林は法廷で証言を行い、その八時間後に、アークランドグループは政府によって解体された。
 世界中で同時に起こった大量のデモや、諸外国や国連からの反発を受けての、素早い行動であった。
 FIRE HAMMERは、ただ押し殺したような笑い声をあげ続けるばかりで何も語らず、裁判は難航している。

 しかしそんな事は、KとWに取ってはもうどうでもいい事であった。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》

また読ませて戴きます✨🤗✨✨✨

解除
福ロバ
2021.05.07 福ロバ

rt企画で読ませていただいています。
 全体を見ての感想としては短いミステリーが綺麗にまとめられていて面白かったです。

ただ引っかかるところとしては
1.ところどころ鉤括弧のつけ忘れや誤字表現が見られる。
2.Kの性別が最後までわからない。
3.2話あたりの人物解説が強引にねじ込まれている感があり、違和感がある。

解除

あなたにおすすめの小説

クアドロフォニアは突然に

七星満実
ミステリー
過疎化の進む山奥の小さな集落、忍足(おしたり)村。 廃校寸前の地元中学校に通う有沢祐樹は、卒業を間近に控え、県を出るか、県に留まるか、同級生たちと同じく進路に迷っていた。 そんな時、東京から忍足中学へ転入生がやってくる。 どうしてこの時期に?そんな疑問をよそにやってきた彼は、祐樹達が想像していた東京人とは似ても似つかない、不気味な風貌の少年だった。 時を同じくして、耳を疑うニュースが忍足村に飛び込んでくる。そしてこの事をきっかけにして、かつてない凄惨な事件が次々と巻き起こり、忍足の村民達を恐怖と絶望に陥れるのであった。 自分たちの生まれ育った村で起こる数々の恐ろしく残忍な事件に対し、祐樹達は知恵を絞って懸命に立ち向かおうとするが、禁忌とされていた忍足村の過去を偶然知ってしまったことで、事件は思いもよらぬ展開を見せ始める……。 青春と戦慄が交錯する、プライマリーユースサスペンス。 どうぞ、ご期待ください。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

歪像の館と消えた令嬢

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽(しんどう はね)は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の親友である財閥令嬢、綺羅星天音(きらぼしてんね)が、曰くつきの洋館「視界館」で行われたパーティーの後、忽然と姿を消したというのだ。天音が最後に目撃されたのは、館の「歪みの部屋」。そこでは、目撃者たちの証言が奇妙に食い違い、まるで天音と瓜二つの誰かが入れ替わったかのような状況だった。葉羽は彩由美と共に視界館を訪れ、館に隠された恐るべき謎に挑む。視覚と認識を歪める館の構造、錯綜する証言、そして暗闇に蠢く不気味な影……葉羽は持ち前の推理力で真相を解き明かせるのか?それとも、館の闇に囚われ、永遠に迷い続けるのか?

Like

重過失
ミステリー
「私も有名になりたい」 密かにそう思っていた主人公、静は友人からの勧めでSNSでの活動を始める。しかし、人間の奥底に眠る憎悪、それが生み出すSNSの闇は、彼女が安易に足を踏み入れるにはあまりにも深く、暗く、重いモノだった。 ─── 著者が自身の感覚に任せ、初めて書いた小説。なのでクオリティは保証出来ませんが、それでもよければ読んでみてください。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

量子迷宮の探偵譚

葉羽
ミステリー
天才高校生の神藤葉羽は、ある日突然、量子力学によって生み出された並行世界の迷宮に閉じ込められてしまう。幼馴染の望月彩由美と共に、彼らは迷宮からの脱出を目指すが、そこには恐ろしい謎と危険が待ち受けていた。葉羽の推理力と彩由美の直感が試される中、二人の関係も徐々に変化していく。果たして彼らは迷宮を脱出し、現実世界に戻ることができるのか?そして、この迷宮の真の目的とは?

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

ヘリオポリスー九柱の神々ー

soltydog369
ミステリー
古代エジプト 名君オシリスが治めるその国は長らく平和な日々が続いていた——。 しかし「ある事件」によってその均衡は突如崩れた。 突如奪われた王の命。 取り残された兄弟は父の無念を晴らすべく熾烈な争いに身を投じていく。 それぞれの思いが交錯する中、2人が選ぶ未来とは——。 バトル×ミステリー 新感覚叙事詩、2人の復讐劇が幕を開ける。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。