コマンド探偵K&W

なべのすけ

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第10章 笑み

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 ならば、自分が最高の力を出せる時に、動き出す。

 二人は、ほぼ同時に動き出した。
 Wはパラ・オーディナンスを構え、狙いを素早くFIRE HAMMERの心臓付近に合わせ、引き金を引く。
 FIRE HAMMERはコートから、鉄板に盾のような握り手のついたものを取り出し、前方に構える。
 鉄板は二つ折りした新聞紙ほどの大きさだったが、取り出してる途中で、内部に畳まれていた部分が上下に伸び出し、それこそ全身を隠せる程の大盾となった。
 動き出しはFIRE HAMMERが一瞬速く、Wの射撃は、狙いをつけるという一瞬の過程を要した。
 その差が現れたのか、Wの放った銃弾の一発目は、構えている途中の盾の端に弾かれた。二発目は言わずもがな、大盾中央部に走る曲線に弾かれる。
 二人の間には八mほどの距離があった。だから、狙いをつけるのが数瞬だけ遅れたのだ。
 銃撃が失敗した。それを確認するや否や、Wは横に走り出した。開きっ放しのブリーフケースを引きずる音が、倉庫内に響き渡る。
 攻撃に失敗した。なら、今度はFIRE HAMMERの手投げ弾か銃弾、グレネード弾が飛んでくる。そう思ったのだ。
 そして事実、金属製の外装に包まれた手投げ弾が二つ、大盾の向こうから投げ込まれていた。
 Wは、FIRE HAMMERを大きく回り込むように、横へ走っている。故に、この手投げ弾の爆発は回避出来るだろう。
 しかし、この状況。Wにとって明らかな不利。
 最も厄介なのは、あの大盾だ。FIRE HAMMERのコートの裏に隠されているのは尋常の武器ではない。それは十分覚悟していたWであったが、よもや大盾なんてものを持ってきているとは夢にも思わなかった。
 こちらの銃撃は、全てあの盾に防がれる。足を狙おうにも、今はその足すら防御されている。更に、手投げ弾攻撃は全身を大盾に隠しながらでも可能であり、相手の挙動は、大盾上部の覗き窓から逐一確認できる。無論、覗き窓も防弾仕様であろう。
 そしてあの大盾は、接近戦になったとき、自分の使用した爆弾の爆風や爆片を防ぐ役目も兼ねるはずだ。
 FIRE HAMMERの使用する大盾は、盲点でありながら、一対一という局面に於いて、自らの戦闘様式と完璧に合致していた。
 恐らく、以前から考案し、実際に使用する中で改良を重ねていったのだろう。大盾と手投げ弾の連携は、非常にこなれたものであった。
 二つの炸裂音がWの背後で響く。衝撃波が背中を叩いたが、距離があったため、爆片の威力は削がれており、大体がコートと防弾装備に防がれた。
 が、間髪入れず次の手投げ弾が投擲された。今度は一発だけである。
 Wは、上半身を捻りながら強く踏み込むと、パラ・オーディナンスの照準を手投げ弾に合わせた。そして、素早く引き金を二回引く。
 二発の銃弾の内、一発が、手投げ弾をFIRE HAMMERの方へと弾き返した。
 手投げ弾は、銃で撃ったぐらいでは暴発しない。外部からのショックで容易く爆発するようでは、とても携行など出来ないのだ。ましてやFIRE HAMMERの作ならば、その精密さは折り紙付きのはずである。
 投擲した手投げ弾が撃ち返され、突如として自分の頭上から襲い来る。そんな異常事態を前にすれば、咄嗟に上方を防御してしまうというものである。
 だが、FIRE HAMMERは大盾を上に向けるなどというミスは犯さなかった。慌てず、前方をガードしたまま後退する。飛んできたものに対しては、これで十分に対応できる。
 炸裂音が響き、大盾が一瞬爆煙に覆われる。だが、爆風と爆片は全て大盾に防がれている。
 FIRE HAMMERは、煙の中から脱出するため、今度は前進した。煙の量は大した事なかったのだが、小さな覗き窓に視覚を頼っているため、ちょっとした煙が大きな妨げになるのだ。
 だが、Wはその時既にFIRE HAMMERに肉薄していた。手投げ弾が爆発した直後に、進路を変えてFIRE HAMMERに向かっていたのである。
 この奇襲のために、Wは手投げ弾を撃ったのだ。
 Wは、とにかく速度を重視した。FIRE HAMMERが振り向くよりも速く、回り込む必要があったからだ。
 WはFIRE HAMMERの真横をすり抜けるようにヘッドスライディングをしつつ、空中で無理矢理体をねじって銃口をFIRE HAMMERの片腕へ向ける。どちらか片方の腕を潰せば、FIRE HAMMERの戦略は破綻するからだ。
 爆発の煙と、覗き窓の視界の悪さを利用したこの奇襲。タイミングで言えば、確実に虚を衝いているはず。
 だった。
 パラ・オーディナンスの銃口を向けた瞬間、FIRE HAMMERは大盾を振り、盾の下部でWの手首を弾いたのだ。
 Wの心の中に驚愕が生まれた。このスピードとタイミング。明らかに、虚を衝いたはず。なのに、防がれた。
 それはつまり、Wの作戦が読まれていた、ということだった。
 FIRE HAMMERは、Wが手投げ弾を撃ち返してきた時点で、Wのこの一連の奇襲作戦を読んでいたのだ。
 この大盾を破るには、回り込むしかない。それなら、何かで視界を一瞬だけでも奪ったあと、即座に接近して、すれ違いざまに攻撃するのが最も効率的だ。
 FIRE HAMMERは、その思考によってWの手を既に読んでいた。
 奇襲も失敗に終わり、頭から飛び込んだ勢いで地面に倒れ、慣性によってごろごろと転がるW。無論、FIRE HAMMERは既に大盾の方向を修正した上で、手投げ弾を二発投擲している。
 地面に手首をつき、直ぐに起き上がろうとする。そんなWの耳に、キーホルダーを落としたような、軽い金属音が飛び込んだ。
 音は、頭から少し離れた所で聞こえたが、Wはその音を聞いた瞬間に、音源の正体を知った。
 立ち上がろうとする動作を中断し、すぐさま体をひん曲げて、音源にパラ・オーディナンスを向ける。
 そこには、突起によって地面に突き刺さっている手投げ弾と、傍らに落ちているピンがあった。ピンには黒い紐が結んであり、その先端はFIRE HAMMERのいる方へと伸びていた。
 手投げ弾を撃ち、吹き飛ばす。地面を転がっていく手投げ弾だったが、そのスピードは心許なく思えた。故に、もう一発弾丸をぶち込む。これで、なんとか地雷は回避した。
 だが、目玉だけを動かして、FIRE HAMMERが今さっき投げた二発の所在を確認すると、それは既に回避不可能なところまで迫っていた。
 Wは、罠に嵌ってしまったのだ。
 飛んでくる手投げ弾二発を撃ち落とす事は、現実的ではない。一発一発をよく狙っている暇などないし、仮に出来たとして、そんな事をすればFIRE HAMMERを撃つ弾が足りなくなるからだ。
 仕方なく、Wは最終兵器を使う事にした。
 腹筋を使い、上半身を回転させ、左腕を振るう。
 そうして、開けっ放しのブリーフケースを手投げ弾二発に向けてぶん投げた。
 これなら正確に、慎重に狙いをつける必要はない。しかも、面積が広いので、二発を同時にカバーする事ができる。
 ただ、問題は手投げ弾との距離が近すぎる事だった。
 二発の手投げ弾は同時に爆発し、重なった爆発音が一つの大音量として、倉庫内の空気を揺らす。
 煙と埃が広がり、ズタボロになったブリーフケースの破片が雨のように降り注いだ。
 時間と共にそれらは治まり、やがて本来の姿を取り戻していく。
 そこには、砕けたブリーフケースのフレームと金属板、そして蹲るようにして倒れているWが残った。
 彼の背には幾つも爆片が突き刺さっており、コートからは硝煙が上がっている。それでも、右手のパラ・オーディナンスを手放さなかったのは、彼の意地か。
 だが、その指先が引き金にかかる事はなかった。
 FIRE HAMMERは、大盾の覗き窓からその様子を見ていた。
 Wは既にピクリとも動かず、物も言わない。しかし大盾を仕舞わず、構えたまま少しずつWの元へと歩いていく。
 あれだけの至近距離で二発爆発したのだから、当然死んでいる。とは言え、それにしてはWの死体はあまりにも原形を留めていた。
 破片と残留硝煙をかきわけ、Wへと近付く。
 と、その距離が一mを切った瞬間に、突如Wの体がガバッと起き上がった。
 彼は起き上がった勢いのまま立ち上がり、同時に大きく一歩前に踏み込む。
 そして左手で大盾の縁を掴み、柔道の崩しのようにぐいと引き寄せると、大盾とFIRE HAMMERの体の間に隙間が出来た。そこに右手をねじ込み、銃口をやや下へ向けて、引き金を二度、引く。
「ぅがっ」
 大盾の向こうで苦しげな呻きをあげる。
 身を擦り合わせて立ち技を駆使し合うような状況下では、Wの馬鹿力と体術はFIRE HAMMERを圧倒していた。
 FIRE HAMMERは尻餅をつくように倒れ、手放された大盾は、がらんと重苦しい音を立てて、その横に転がった。反射的に首から下げていたAK47を構えようとしたが、どこからともなく、五回の銃声が響いて、AK47が真っ二つに折れて破壊された。AKの破片と部品、弾丸が宙を舞って地面に落ちて音を立てる。何が起きたのか分からなかった。
 WはFIRE HAMMERにパラ・オーディナンスを向けて牽制しながら、額の脂汗を左袖で拭った。
 武運は、Wの方にあった。
 ブリーフケースは、手投げ弾を弾き飛ばす役割は果たせなかった。弾き飛ばす前に、手投げ弾が空中で爆発してしまったのである。
 しかし、盾として爆片の威力を殺す役割は、十二分に果たしてくれていた。ブリーフケースの中に仕込まれている金属板が、爆風と爆片を受け止め、威力を緩和させる助けをしたのである。
 それでもWは傷を負ってしまったが、残った爆片は背中で受け止め、背中には防弾のための装備が仕込んであった。見た目よりは、深手ではなかったのである。
 FIRE HAMMERは、左足と左腕を撃たれていた。上手い具合にそうなるよう、撃つときに銃口の角度を調節したのである。
 FIRE HAMMERの、火傷のない部分の肌から脂汗が滲み出ている。
 パラ・オーディナンスの銃口は、既にFIRE HAMMERの眉間に向いていた。FIRE HAMMERは武器を持っておらず、あとは引き金を引くだけで、戦いは終わる。
 そしてその瞬間、FIRE HAMMERは、笑みを浮かべていた。
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