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第4章 FIRE HAMMER
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はんだを熱し、電子部品と基盤を固定する。これで基盤は完成する、後は爆薬の調合だけだった。これを済ませれば、爆弾は完成する。
世界の全ての物を壊すのに爆弾は必要なのだ、FIRE HAMMERにとって爆弾はただ、壊すだけのものではない。
芸術なのだ、全てを破壊し、阿鼻叫喚の地獄絵図をもたらす。芸術なのだ。どんな芸術家にも表現することが出来ない、素晴らしい作品を作りだしてくれる。
FIRE HAMMERは、調合に取りかかろうとした時に、手を置いて、壁にかけてある工具から、ナイフを取り、作業台の後ろにある、黄色いゴムシートで梱包された長方形の物体に向かっていた。
手に持ったナイフで黄色いゴムシートを切り裂く、中には堅牢な木箱があり、上蓋は釘で止められている。ナイフを置いて、近くにあるバールでこじ開けた。オイルを含んだウェスで包まれていた中には、旧ソ連製AK47アサルトライフル三挺、予備マガジン四十個、AK47に装着可能なグレネードランチャー、GP30が二挺。
AK47の弾丸、七、六二ミリ×三九弾、三千発とGP30グレネードランチャー五十発が収納されていた。
そこから二挺のAK47と予備マガジン、GP30とグレネード。二挺のAKの内、一挺は予備とする。
この銃も、自分の芸術を完成させてくれる道具の一つだ、これで全てがそろった。
FIRE HAMMERは、ほくそ微笑むと、爆弾の制作を続けた。
「おかえり」
事務所に戻ってきたWを、大量の書類を抱えたKが出迎えた。
「もう情報は集まったのか?」
「ただいま、ぐらい言えよ。まぁ大体集まった」
互いに対面するように、ソファに腰掛ける。Kは書類を机の上に置くと、大体の成果を報告し始めた。
「小林さんね、シロだった。出身は日本州の和歌山県で実家は裕福。何不自由なく育ち、逮捕、補導歴はゼロ。一流大学卒業後すぐにアークランドグループに入社して、特務課という名前の何でも屋として世界中を飛び回っている。かなり優秀で、忠実って評価を受けてる。
今回の一連のテロ事件にも、現場を駆け回って事態の収拾に努めたって」
Wは書類の内容を、Kの解説と共に頭の中に叩き込んでいく。
「それでテロ事件の方だけど、最新の事件は三日前のワシントンのショッピングモール爆破事件。このモールはチェーン店で、アークランドグループが直接的に経営していた。死者と負傷者数は書いてある通り、大惨事。事件現場は本当に世界中に分布してるわね。全て挙げると。
ザイールのキンシャサ。
モロッコのラバト。
スペインのマドリード。
リビアのトリポリ。
イタリアのローマ。
ポーランドのワルシャワ。
カタールのドーハ。
イラクのバグダッド。
ロシアのモスクワ。
アフガニスタンのカブール。
カザフスタンのアルマトゥイ。
モンゴルのウランバートル。
インドのニューデリー、同じくインドでハイデラバード。
中国の成都、北京、南京の三つ。
台湾の台北。
ベトナムのハノイ。
韓国のソウル。
シンガポール。
パプアニューギニアのポートモレスビー。
オーストラリアのシドニー。
フィリピンのマニラ。
カナダのバンクーバー。
メキシコのメキシコシティー。
キューバのハバナ。
ペルーのリマ。
ブラジルのブラジリア。
そして三日前のワシントンだね」
「首都が多いのはなぜだ?」
「目立つし、外資のアークランドグループとしては首都に拠点を置きたいんじゃないのか? アークランドグループの関連施設が、こんな世界中にあることの方に驚きだな」
「犯人に関してはどう思う?」
「なんとも言えないけど、個人的には、やっぱりFIRE HAMMERの仕業だと思うな。起爆装置の仕掛けの高度さとか、異常な凝り方とか、調べていて気味が悪くなったくらいだ」
Wが書類をめくる手を止めた。
「どんな仕掛けだ? 俺たちが、イラクでさんざん手こずらされたやつと同じか?」
「いいや違う、第一そんなのだったら、専門家にすぐわかってしまうだろ。監視カメラの回線に繋いでおくと、その監視カメラがある色を映した時、その色を表すための固有の電気信号に反応して起爆するものとか、X線で爆弾の構造を透視しようとした時に、そのX線に反応して起爆するようなものとか、そんなレベルのが毎回毎回趣向を凝らして、一つずつ違う起爆方法で仕掛けられてる。この異常性と技術力は、やっぱり彼に通じるものがあるんじゃないかね」
「なるほどな」
Wは書類の確認を再開する。Kは期待をこめた笑みを浮かべてきりだした。
「Wはどう思う?」
「何が」
Wは手を止めない。
「犯人、やっぱりFIRE HAMMER?」
「どうかな? あの事件で、FIRE HAMMERが死んだとは限らん。もしかしたら小林の言っていた事が本当かもしれない」
簡単に答えたWの言葉を聴いて、Kはソファの背もたれによりかかる。
「で、どう? 解決しそう?」
「どうだろうな。俺一人の頭じゃどうにもならん」
素っ気ない言葉に、Kは立ち上がると、自らの仕事場である隣室へと向かった。
「ああ、そうそう」
と、そこで、初めてWから感情のある声が聞こえてきた。
「カランが『銅線ありがとう』だとさ」
Wは、この言葉でKの雰囲気がぱっと明るくなったのを感じた。Kは何も言わずに隣室へ入っていったが、Wは今日も相棒の機嫌が良いことを確信し、安心して作業を続行した。
「おはようK」
翌日の朝、Kはその声で目覚めると、WはKの鳩尾に海兵隊時代に使っていたコンバットブーツを投げた。Kはくぐもった声を上げて、ベッドから転がり落ちる。
「なにしてんだよ、お前!」
つい声を荒げ、相棒をお前呼ばわりして抗議する。
「目覚ましと、気つけになると思ってな」
Wは陰のある表情で、目の下の隈を気にするふうもなく答えた。昨日は、あれからずっと資料に目を通すのに没頭していたのだ。しかし、眠さを感じてはいないようだ。
「いや、まあ、この上ない目覚ましにはなったよ。でも何もこんな起こし方しなくても」
文句を言いながら立ち上がり、寝巻きであるスウェットの乱れを直す。筋肉質で浅黒く焼けた肌が露になる。
「それより、朝食にしよう」
「で、どこまで進んだの?」
Kは目玉焼きの欠片を頬張りつつ、既に朝食を済ませたWに訊ねた。
「殆ど、何も」と、新聞紙越しに返事が来る。
「本当に何も?」
再び訊ねると、Wは広げていた新聞紙を畳み、少し憮然としたような表情を見せた。
「成果がなかった訳じゃない」
彼はそう言いながら、懐から一枚の紙切れを取り出し、それをKに向けて放った。
Kは器用にそれを受け取り、開いてみる。紙切れには、子供が書いたような拙い文字で「オレゴニアファミリー関係者との密会。施設移転先の土地買収を中央区にて展開中」と書かれていた。
「しっかり者のカランからの情報だ。恐らく、情報そのものは信頼できる」
Wが情報に補足を入れていく。オレゴニアファミリーというのは、この街に数多ある裏組織の一つだ。
「アークランドグループはそこそこ裏の世界と繋がりがあるようだな。オレゴニアファミリーはただの雑魚だが、密会が行われる程度の信頼関係にはあるようだ。おかげで、犯人の動機が大体掴めた」
「で、その心は?」
紙切れをテーブルに置き、Kは残った目玉焼きを一気に口に突っ込む。Wは少し鬱陶しそうにそれを眺めながらも、説明を更に加えていく。
「過去のFIRE HAMMER事件は異常なまでに無差別的で、快楽的だ。しかし今回の連続テロ事件は、アークランドグループの関連施設だけを狙っている。ヤツ自身の意思で、ヤツ自身の快楽のためだけにやるなら、執拗に狙ったりはしない。爆破するなら、その対象は本来ヤツにとってなんでもいいはずだ。だが、そうせずにアークランドグループを狙っているという事は」
「恨みを持ってる?」
「そうかもしれん」
「ふーん」
なんとなく納得したように唸ると、Kはコーヒーをぐいと飲み干し、再び疑問を口にした。
「でもさ、それとアークランドグループの裏世界との繋がりが、どう関係あんのさ」
「FIRE HAMMER事件の後、ヤツは十年間身を隠し続けた。恐らく、裏社会に身を投じることによって存在を隠したのだろう。あれ程の存在感がある人間が存在を消すにはそれしかない。ならば、十年前に急成長を始めたアークランドグループと、裏の世界で関わっていた可能性がある。あくまで、ただの可能性だが」
Wが言い終わるのとほぼ同時に、朝食を乗せるために端に寄せていた電話器が鳴り始めた。事務所は狭いので、二人は客の応対をするための机で食事をとっているのだ。
「はいもしもしK&W探偵事務所ですが」
Kが、目玉焼きを飲み込んでから電話に出た。そして二言か三言か適当な相槌を打ってから、「それではまた」と受話器を置いた。
「小林さんからだった」
食器とカップを片付けながら、Kは電話の内容をWに伝える。
「一時間前に、またアークランドグループ爆破事件。今度はパースだってさ」
「パース?」
「オーストラリア西部の都市だよ。そこにある観光事務所で、ある筈のないプロパンガスのタンクが床下で爆発したって。これから資料をメールで送るとさ」
まとめた食器を持って、彼女は隣室へと消えていった。隣室は資料室だが、キッチンでもあるのだ。
「オーストラリア。パースか」
Wはソファに腰掛けたまま、腕を組んで何やら考え込むような素振りを見せる。
半開きの目を更に細め、じっとしている様は、まるで瞑想中の僧侶のようでもある。
「はい、資料来たぞ」
五分ほどしてから、プリントアウトした資料を手にしたKが隣室から戻ってきた。そして、資料を机の上に広げようとしたその時、Kがおもむろに立ち上がって腕を解いた。
「資料はいい、後で見る。それより、ちょっと出かけねばならん」
「へ?」
突然のことに、Kは素っ頓狂な声をあげた。その間に、Wはさっさと出かける準備を進める。
「オレゴニアファミリーの頭と会う。いつもの酒場に呼び出しておいてくれ」
「そりゃいいけど、オレゴニアファミリー? 今回の事と関係あるのか?」
「それを今から確かめる。間違えるな、オレゴニア・ディートを呼び出すんだ」
コートと銃と財布を身に着けた彼は、しっかりと念を押すと、事務所から飛び出て行った。残されたKは少し困惑したように周囲を見回したが、直ぐに、彼から与えられた任務を遂行するため、隣室へ入っていった。
世界の全ての物を壊すのに爆弾は必要なのだ、FIRE HAMMERにとって爆弾はただ、壊すだけのものではない。
芸術なのだ、全てを破壊し、阿鼻叫喚の地獄絵図をもたらす。芸術なのだ。どんな芸術家にも表現することが出来ない、素晴らしい作品を作りだしてくれる。
FIRE HAMMERは、調合に取りかかろうとした時に、手を置いて、壁にかけてある工具から、ナイフを取り、作業台の後ろにある、黄色いゴムシートで梱包された長方形の物体に向かっていた。
手に持ったナイフで黄色いゴムシートを切り裂く、中には堅牢な木箱があり、上蓋は釘で止められている。ナイフを置いて、近くにあるバールでこじ開けた。オイルを含んだウェスで包まれていた中には、旧ソ連製AK47アサルトライフル三挺、予備マガジン四十個、AK47に装着可能なグレネードランチャー、GP30が二挺。
AK47の弾丸、七、六二ミリ×三九弾、三千発とGP30グレネードランチャー五十発が収納されていた。
そこから二挺のAK47と予備マガジン、GP30とグレネード。二挺のAKの内、一挺は予備とする。
この銃も、自分の芸術を完成させてくれる道具の一つだ、これで全てがそろった。
FIRE HAMMERは、ほくそ微笑むと、爆弾の制作を続けた。
「おかえり」
事務所に戻ってきたWを、大量の書類を抱えたKが出迎えた。
「もう情報は集まったのか?」
「ただいま、ぐらい言えよ。まぁ大体集まった」
互いに対面するように、ソファに腰掛ける。Kは書類を机の上に置くと、大体の成果を報告し始めた。
「小林さんね、シロだった。出身は日本州の和歌山県で実家は裕福。何不自由なく育ち、逮捕、補導歴はゼロ。一流大学卒業後すぐにアークランドグループに入社して、特務課という名前の何でも屋として世界中を飛び回っている。かなり優秀で、忠実って評価を受けてる。
今回の一連のテロ事件にも、現場を駆け回って事態の収拾に努めたって」
Wは書類の内容を、Kの解説と共に頭の中に叩き込んでいく。
「それでテロ事件の方だけど、最新の事件は三日前のワシントンのショッピングモール爆破事件。このモールはチェーン店で、アークランドグループが直接的に経営していた。死者と負傷者数は書いてある通り、大惨事。事件現場は本当に世界中に分布してるわね。全て挙げると。
ザイールのキンシャサ。
モロッコのラバト。
スペインのマドリード。
リビアのトリポリ。
イタリアのローマ。
ポーランドのワルシャワ。
カタールのドーハ。
イラクのバグダッド。
ロシアのモスクワ。
アフガニスタンのカブール。
カザフスタンのアルマトゥイ。
モンゴルのウランバートル。
インドのニューデリー、同じくインドでハイデラバード。
中国の成都、北京、南京の三つ。
台湾の台北。
ベトナムのハノイ。
韓国のソウル。
シンガポール。
パプアニューギニアのポートモレスビー。
オーストラリアのシドニー。
フィリピンのマニラ。
カナダのバンクーバー。
メキシコのメキシコシティー。
キューバのハバナ。
ペルーのリマ。
ブラジルのブラジリア。
そして三日前のワシントンだね」
「首都が多いのはなぜだ?」
「目立つし、外資のアークランドグループとしては首都に拠点を置きたいんじゃないのか? アークランドグループの関連施設が、こんな世界中にあることの方に驚きだな」
「犯人に関してはどう思う?」
「なんとも言えないけど、個人的には、やっぱりFIRE HAMMERの仕業だと思うな。起爆装置の仕掛けの高度さとか、異常な凝り方とか、調べていて気味が悪くなったくらいだ」
Wが書類をめくる手を止めた。
「どんな仕掛けだ? 俺たちが、イラクでさんざん手こずらされたやつと同じか?」
「いいや違う、第一そんなのだったら、専門家にすぐわかってしまうだろ。監視カメラの回線に繋いでおくと、その監視カメラがある色を映した時、その色を表すための固有の電気信号に反応して起爆するものとか、X線で爆弾の構造を透視しようとした時に、そのX線に反応して起爆するようなものとか、そんなレベルのが毎回毎回趣向を凝らして、一つずつ違う起爆方法で仕掛けられてる。この異常性と技術力は、やっぱり彼に通じるものがあるんじゃないかね」
「なるほどな」
Wは書類の確認を再開する。Kは期待をこめた笑みを浮かべてきりだした。
「Wはどう思う?」
「何が」
Wは手を止めない。
「犯人、やっぱりFIRE HAMMER?」
「どうかな? あの事件で、FIRE HAMMERが死んだとは限らん。もしかしたら小林の言っていた事が本当かもしれない」
簡単に答えたWの言葉を聴いて、Kはソファの背もたれによりかかる。
「で、どう? 解決しそう?」
「どうだろうな。俺一人の頭じゃどうにもならん」
素っ気ない言葉に、Kは立ち上がると、自らの仕事場である隣室へと向かった。
「ああ、そうそう」
と、そこで、初めてWから感情のある声が聞こえてきた。
「カランが『銅線ありがとう』だとさ」
Wは、この言葉でKの雰囲気がぱっと明るくなったのを感じた。Kは何も言わずに隣室へ入っていったが、Wは今日も相棒の機嫌が良いことを確信し、安心して作業を続行した。
「おはようK」
翌日の朝、Kはその声で目覚めると、WはKの鳩尾に海兵隊時代に使っていたコンバットブーツを投げた。Kはくぐもった声を上げて、ベッドから転がり落ちる。
「なにしてんだよ、お前!」
つい声を荒げ、相棒をお前呼ばわりして抗議する。
「目覚ましと、気つけになると思ってな」
Wは陰のある表情で、目の下の隈を気にするふうもなく答えた。昨日は、あれからずっと資料に目を通すのに没頭していたのだ。しかし、眠さを感じてはいないようだ。
「いや、まあ、この上ない目覚ましにはなったよ。でも何もこんな起こし方しなくても」
文句を言いながら立ち上がり、寝巻きであるスウェットの乱れを直す。筋肉質で浅黒く焼けた肌が露になる。
「それより、朝食にしよう」
「で、どこまで進んだの?」
Kは目玉焼きの欠片を頬張りつつ、既に朝食を済ませたWに訊ねた。
「殆ど、何も」と、新聞紙越しに返事が来る。
「本当に何も?」
再び訊ねると、Wは広げていた新聞紙を畳み、少し憮然としたような表情を見せた。
「成果がなかった訳じゃない」
彼はそう言いながら、懐から一枚の紙切れを取り出し、それをKに向けて放った。
Kは器用にそれを受け取り、開いてみる。紙切れには、子供が書いたような拙い文字で「オレゴニアファミリー関係者との密会。施設移転先の土地買収を中央区にて展開中」と書かれていた。
「しっかり者のカランからの情報だ。恐らく、情報そのものは信頼できる」
Wが情報に補足を入れていく。オレゴニアファミリーというのは、この街に数多ある裏組織の一つだ。
「アークランドグループはそこそこ裏の世界と繋がりがあるようだな。オレゴニアファミリーはただの雑魚だが、密会が行われる程度の信頼関係にはあるようだ。おかげで、犯人の動機が大体掴めた」
「で、その心は?」
紙切れをテーブルに置き、Kは残った目玉焼きを一気に口に突っ込む。Wは少し鬱陶しそうにそれを眺めながらも、説明を更に加えていく。
「過去のFIRE HAMMER事件は異常なまでに無差別的で、快楽的だ。しかし今回の連続テロ事件は、アークランドグループの関連施設だけを狙っている。ヤツ自身の意思で、ヤツ自身の快楽のためだけにやるなら、執拗に狙ったりはしない。爆破するなら、その対象は本来ヤツにとってなんでもいいはずだ。だが、そうせずにアークランドグループを狙っているという事は」
「恨みを持ってる?」
「そうかもしれん」
「ふーん」
なんとなく納得したように唸ると、Kはコーヒーをぐいと飲み干し、再び疑問を口にした。
「でもさ、それとアークランドグループの裏世界との繋がりが、どう関係あんのさ」
「FIRE HAMMER事件の後、ヤツは十年間身を隠し続けた。恐らく、裏社会に身を投じることによって存在を隠したのだろう。あれ程の存在感がある人間が存在を消すにはそれしかない。ならば、十年前に急成長を始めたアークランドグループと、裏の世界で関わっていた可能性がある。あくまで、ただの可能性だが」
Wが言い終わるのとほぼ同時に、朝食を乗せるために端に寄せていた電話器が鳴り始めた。事務所は狭いので、二人は客の応対をするための机で食事をとっているのだ。
「はいもしもしK&W探偵事務所ですが」
Kが、目玉焼きを飲み込んでから電話に出た。そして二言か三言か適当な相槌を打ってから、「それではまた」と受話器を置いた。
「小林さんからだった」
食器とカップを片付けながら、Kは電話の内容をWに伝える。
「一時間前に、またアークランドグループ爆破事件。今度はパースだってさ」
「パース?」
「オーストラリア西部の都市だよ。そこにある観光事務所で、ある筈のないプロパンガスのタンクが床下で爆発したって。これから資料をメールで送るとさ」
まとめた食器を持って、彼女は隣室へと消えていった。隣室は資料室だが、キッチンでもあるのだ。
「オーストラリア。パースか」
Wはソファに腰掛けたまま、腕を組んで何やら考え込むような素振りを見せる。
半開きの目を更に細め、じっとしている様は、まるで瞑想中の僧侶のようでもある。
「はい、資料来たぞ」
五分ほどしてから、プリントアウトした資料を手にしたKが隣室から戻ってきた。そして、資料を机の上に広げようとしたその時、Kがおもむろに立ち上がって腕を解いた。
「資料はいい、後で見る。それより、ちょっと出かけねばならん」
「へ?」
突然のことに、Kは素っ頓狂な声をあげた。その間に、Wはさっさと出かける準備を進める。
「オレゴニアファミリーの頭と会う。いつもの酒場に呼び出しておいてくれ」
「そりゃいいけど、オレゴニアファミリー? 今回の事と関係あるのか?」
「それを今から確かめる。間違えるな、オレゴニア・ディートを呼び出すんだ」
コートと銃と財布を身に着けた彼は、しっかりと念を押すと、事務所から飛び出て行った。残されたKは少し困惑したように周囲を見回したが、直ぐに、彼から与えられた任務を遂行するため、隣室へ入っていった。
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