MLG 嘘と進化のゲーム

なべのすけ

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第4章 独りきりの戦い

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  端末から次のゲームステージへ向かう旨が書かれた警告が届くまで、彰はその場から動く事すらできなかった。再三の警告がなされ、ようやく立ち上がり、次のステージに向かって歩き出す。
 絶望に囚われながらも進むのは、秋の犠牲を無駄にしないため。我が身を犠牲にしてまで自分を助けてくれた秋に報いるには、ゲームをクリアするしかない。
 次のゲームへの扉の数は二十近くもあり、他のプレイヤーが既にくぐっている扉には赤いペンキでバツがつけられている。
 彰はその中からまだ入られていない扉を適当に選ぶと、回転式になっているその扉をくぐり抜けた。
 扉の先は長い廊下になっていた。一本道で、奥の方は軽く道が曲がっている。
 廊下をしばらく進んで行くと、それなりのスペースがある部屋に辿り着いた。
 いままでのゲームとゲームの間にあった休憩所より少し狭いが、置いている物はほぼ同じ。冷蔵庫に食料、洗面台にトイレなどだ。追加されたのは休む用のベッドと腰掛け椅子といったところか。つまりまた、ここで次のゲームが始まるまでの時間を潰せという事なのだろう。
 彰がその部屋に足を踏み入れて全体を見渡すと、もう一つだけ今までにない物がある事に気がついた。
 テーブルの上に、小さな袋があったのだ。開いて中を確めてみると、多くのコインが詰まっている。さっきまで使っていたカジノのコインよりも小さく、そして材質も少し安物っぽい。
 おそらく次のステージで使うのだろうと、袋を元あった場所に戻して、ベッドに腰掛ける。
 出来る事なら横になって眠ってしまいたかったが、そうすると次のゲーム開始時には溜まりに溜まった疲労感が溢れ出してしまうのは想像に難くない。ここは疲れている身体に鞭打ってでも起きているべき場面だった。
 軽食を取って、何をするでもなくベッドに腰掛けていると、不意にポケットの端末から無機質な着信音が鳴り響いた。
 どうせ取らなくても繋がるだろうにと思いながらも、端末を取り出して通話に応じる。
『五分後にゲームが開始されます。その間、次のゲームの設定をご説明致しますので、まずはテーブルに置かれた袋をお持ちください』
 彰は言われるがままに、袋を手に取った。
『その中のコインは次のゲームでの資金となります。大切に保管ください。それでは、ゲームの説明に移りたいと思います』
 彰は息を呑んで、緊張感を高めた。
『まずはこちらの映像をごらん下さい』
 携帯端末に、何人もの顔写真が映し出される。その中には武長や三島、琴音や彰自身もいた。
『第五ゲームに参加するプレイヤーです。プレイヤー・彰、上野、牧、鹿島、岸、国広、雫、武長、島、牧大、三島、佐古田、木原。以上十三名となります』
 端末に映し出された顔写真の下には名前も載っていたが、彰は興味がなかったので見聞き流した。名前と名字で呼ばれるプレイヤーの違いが少し気になったが、どうせ些事だろう。
『それではこのゲームのクリア条件から先に述べたいと思います。ゲームのクリア条件は、ただ出口への扉をくぐる、それだけです』
 彰は固唾を飲んで続きを待った。容易に見えるゲームこそ一番用心すべきだと、これまでの体験が告げていた。
『ですが出口は鍵がなくては開きません。その出口の鍵とは石版です。石版は門番により二つに砕かれ隠されており、予備の鍵も同様に門番は砕いて隠してしまいました』
 概要が掴めてきた。つまりこのゲームは、鍵を見つけ出口への扉をくぐるゲームという事か。
『このゲームでの貴方の役割は逃走者です。資金は先程渡した五百ミル。ミルはこの世界でのお金の単位であり、価値は日常で使うお金の千分の一ほどしかありません。ですがその資金を使えば、闇ショップでマップなどの商品を買うことが出来ます』
 マップを買えるという事は、このゲームで使うフィールドはかなり広いのだろう。いままでのゲームとは違い、知力だけでなく体力も必要になる可能性が出てきた。
『逃走者である貴方に残された時間は八時間。それまでに鍵を手に入れ、出口への扉をくぐらなければ、包囲網が完成され捕まってしまうでしょう』
 八時間。その制限時間を聞けば長期戦が予想される様に聞こえるが、おそらくそれは罠だ。広大な土地と、鍵を探す時間。それを合わせれば八時間など、スズメの涙程度の時間でしかないのだろう。
『なお、このゲームには鍵の在り処を記す暗号があります。暗号は数多くの種類があり、鍵一個につき一つという訳ではありません。そしてその暗号は、逃走者を手助けする闇ショップにて買うことが可能となります。それでは、ゲームスタートです』
 説明が終わり、目の前のドアが開かれた。
 彰の目に飛び込んできたのは、おおよそ信じられない、都会の建物や道路だった。
 整備されたコンクリートの道路に、家やビルのがっしりとした建物がびっしりと並んでいる。車や町を歩く人は一切見受けられないし、音も全くせず静寂に包まれていたが、そこは都会の風景を完璧に再現させたような世界だった。
 あまりの驚きに、彰はしばらく呆然と口を開いている事しか出来なかった。
「ここって、本当はもう東京かどこかなんじゃないか?」
 半ば本気で呟くが、そんな訳はなかった。
 さっきも言った通り、ここには車も人も通っていないのだ。ここが本当に都会だったとしたら、こんな事はありえない。
 だが彰には、ここが残虐非道なMLGの中だとは、到底信じられなかった。
 彰はゲームを行っているのは地下だろうと予測していた。地下ならばいくつもの部屋を用意出来た事も、カジノなどの広い空間が有った事も頷ける。しかしだとすれば、地下にこんな広大な都会を再現することが可能なのだろうか? もはやこれは一個人やそこらの犯罪グループが造れる範疇を超えている。明らかに国家レベルの権力や財力が必要になる規模のステージだろう。
 彰はもしや、と思い空を見上げた。
 実はここは地下なのではなく、地上なのではないかという希望を持って。
「やっぱり、そんなわけないよな……」
 彰の目に空が映る事はなかった。頭の上には、確かな石の天井があったからだ。
 しばらく空虚な瞳で天井を見ていた彰だが、やがて前を向いて歩き出した。
 時間は有限だ。こんな所でいつまでも立ち尽くしているわけにはいかない。
 誰もいない道路を歩いていると、左手の方に明らかに異彩を放つ建物があった。
 建物全体の色が黒で統一されている不気味な店だった。他の建物は基本的に白などの明るい色をしているのに、この建物だけは黒一色の様相で、看板には赤いペンキでこう書かれていた。
『闇ショップ』
 所々ペンキが伸びているのは、手抜きなどではなく血をイメージした文字のためだろう。
 彰はあまりの不気味さに息を呑んだが、意を決してその店に入った。
 ドアを開け中に入ると、カランカランと客が来たことを知らせる鈴が鳴った。
 中は薄暗く、正面にカウンターと主人らしき人影がわずかに見える程度の明るさしかない。
「いらっしゃい」
 その人影が声を発する。あまり気持ちのいい声とは言えない、低くて不気味なものだった。
「ここでは何が買えるんだ?」
 彰は内心の恐怖を表に出す事なく、人影に訊ねる。
「それは店に入った時点で端末に表示されていますよ」
「なに?」
 彰は慌ててポケットに入っている端末を取り出し画面を見た。
 確かにそこには商品の一覧と価格が表示されている。
「結構数が多いな」
「品揃えが豊富なのはいい事でしょう?」
 店主らしき男が下品な笑いを浮かべるのが気配で分かった。
 品揃えがいいというのは、現実の店なら確かにいい事だが、このゲームにおいては実はそうでもない。資金が五百ミルと決まっていては、数ある品揃えは逆に判断を鈍らせる要因となるからだ。目移りもしてしまうため、時間も削られるだろう。
 端末に表示されている商品はこんな感じだった。
『マップ・百ミル』
『ローラスケート・三十ミル』
『スケボー・四十ミル』
『折りたたみ自転車・八十ミル』
『建物の鍵・百ミル』
『双眼鏡・二十ミル』
『棍棒・二十ミル』
『スタンガン・八十ミル』
『拳銃・弾丸一ダース・三百ミル』
『防護服・九十ミル』
『救急箱・六十ミル』
『ダウジングロッド・八十ミル』
『非常食・五十ミル』
『プレイヤー探知機・八十ミル』
『情報通知システム・六十ミル』
『情報非公開・七十ミル』
『暗号・百五十ミル』
 以上の十七品目。
「明らかにフェイクの商品があるな」
「フェイクなどとはとんでもない。どれもうちの大切な商品ですよ」
 店主の言葉を無視して、彰は品定めを開始した。
 といっても実物がないので、目でなく頭でするしかない。防護服やダウジングロッドは必要なさそうだが、逆にマップと暗号は絶対に必要なアイテムだろうな。だがその前に一番気になるのは。
 彰が目をとめた商品は、拳銃。
 これを買うプレイヤーは、おそらく現れる。暗号の解読が難しいのは確実なんだから、それなら無理に解こうとせず、暗号を解いたプレイヤーから奪い取った方が効率がいいと考える馬鹿は、絶対に出てくるはずだ。
 それを促すかの様に、プレイヤー探知機なんてものが売られている。これは主催者側が思考を誘導しようとしている証拠だろう。
 彰は一つ疑問に思った点を店主に訊いてみた。
「この情報通知システムってのはなんなんだ?」
「それを買った場合、このゲームで自分以外の誰かにアクションがあった時、自動で携帯端末に情報が通知されます」
「つまり誰かが鍵を見つけたりしたら分かるって事か?」
「それだけではありません。誰が闇ショップで何を買ったかも分かりますし、プレイヤー探知機を使ったプレイヤーがいれば、それを誰が誰に使ったかも全て分かります」
「なるほどな。じゃあこの情報非公開ってのは?」
 頷いて納得すると、彰は続け様に質問を口にした。
「これは自分が通知されるはずの情報を、三度だけ通知されないようにすることが出来る商品です」
 使いどころが重要になるアイテム、というわけか。
「建物には鍵がなくちゃ入れないのか?」
「いいえ。ピッキングで錠を外したり、窓を破れば入れます。ですが針金などは売ってませんし、窓を破ったりすれば痕跡が残ってしまうので、建物に入ったことが他プレイヤーにばれてしまうでしょう」
「なるほどな」
 ここまで聞いたところで、彰は改めて自分が買うべき商品を吟味する。
 数分間悩み続け、彰はようやく購入すべき商品を決めた。
「マップとスケボー、それに情報公開システムを一つずつと、暗号を二つくれ」
「はい。合計五百ミルになります」
 彰はお金が入った袋ごと店主に渡した。
 資金を全て使ってしまう事に抵抗はあったが、残しておいて結局使わなかったり、他のプレイヤーに奪われてしまっては意味がない。ここで躊躇うのは愚策だろう。
「それでは携帯端末をお貸し下さい。情報通知システムを追加するので」
 彰は素直に携帯端末を渡した。
 受け取った店主は店の奥に引っ込んで行く。
 待っている間に、彰は店内を見渡した。薄暗さにも目が慣れてきたため、入った当初より周りがよく見える。といっても、めぼしい物は殆どなかった。壁に立てかけている物もなければ、商品という商品もない。ある物といえば、カウンターの上に置いてある天使と悪魔の置物くらいだ。
 彰はそれを見て思わず眉を顰めた。
「趣味が悪いな」
 カウンターの上では、天使が持っている剣で悪魔の腹を突き刺している光景があった。ご丁寧に傷口から吹き出す血まで再現されている。まるで第三ゲームの結末のようだ。
 置物を眺めている内に戻ってきた店主が、持っていた品物をカウンターの上に置く。
「こちらがお買い求めの商品となります。携帯端末もお返しします」
 携帯端末を受け取り、彰はカウンターを見た。
 古びた地図に意外と新しいスケボー。そして小さな紙が二つあった。おそらくこの紙が暗号なのだろう。
「ありがと」
 心の籠らない、形だけの謝辞を告げて、彰は品物を持って店を出ようと背を向ける。すると店主が、最後にRPGのNPCみたいな台詞を言ってきた。
「ここでは無料で今までのゲームを振り返ることが出来ます。ですので、いつでも気軽にお越し下さい」
 彰は軽く聞き流して外に出た。
 スケボーを道路に置いて、地図を広げる。
「随分と独特な地図だな」
 その地図は方角が時計の形で示されていた。つまりこの空間は円形になっているという事になる。
 十二時が上、つまり北に位置し、南が六時である地図の下に記されている。
 彰の現在地は九時方面の大通りであるようだった。ご丁寧に端から端までの距離が徒歩二十分と明記されている。
 そこまで見て、彰はおかしな点がある事に気がついた。
「出口が……ない?」
 森林や闇ショップの位置も細かに書かれている地図の中に、このゲームの出口は記されていなかった。かろうじて東西南北に門があるようだが、開くかどうかは分からないし、そこが出口である保証はない。
 本来このゲームは出口への鍵を探すゲーム。それなのに目的地である出口が、地図に記されていないというのは、どういう事なのだろうか。
「もしかして、待ち伏せを防ぐためか?」
 いや、それにしたっておかしい。鍵を手に入れても出口が分からなければ、出口まで行けないのだから待ち伏せも何もあったものじゃない。
 ため息をつきながらマップをしまう。いくら考えても結論の出ない問題を先延ばしにして、彰は暗号の方を先に見ることにした。
 まずは鍵を手に入れなければ、出口が分かったところでどうしようもない。
 二つの内、適当に一つ取り出して目を通す。
『虎が咆哮を響かせると、逃走者は慌てて逃げ出そうとしたが、狼に退路を阻まれ、闇夜の月に背を向けて漆黒の中へと身を隠した』
 記されている内容を読み終えた彰は、素直に感想を呟く。
「本当にゲームみたいな暗号だな」
 虎と狼が出てきたという事は、前門の虎、後門の狼の例えなのだろうか。逃走者とは自分の事なのだろうが、分かるのはそれくらいだ。
 とりあえず彰は、持っていたペンで休憩室から拝借してきた紙に、暗号の文字をひらがなで書いてみた。
「これは違うよな」
 他にもカタカナ、ローマ字、英語で翻訳してみる。
 だがやはり意味は分からなかった。
「定番の解読方法じゃ解けないか……」
 気を取り直して、彰はもう一つの暗号を取り出して目を通す。
 ひらがながびっしり書かれた表に、眉根を寄せる。
 その表には、ゲームオーバーと書かれた下に表があり、ひらがながアトランダムに書かれ、プレイヤーは雫のごとく、水をやりすぎた木のように散らしたと書かれている。
 ゲームオーバーやプレイヤーという単語から、自分達の事を言っているかのようだが、その意味はまるで分からない。
「なんなんだよこれ」
 苛立ち混じりの声で呟き、彰は乱暴に頭を掻いた。
 二つある暗号の内、一つは内容の意味が少し理解出来るだけ。もう一つは何を言いたいのかも分からない。一応これもカタカナ、ローマ字に変換して書いてみたが、やはり意味が通じる事はなかった。
 必死で彰が考え込んでいると、端末がポケットの中で震え出した。
 ……バイブにしたっけ? というか出来たか?
 どうでもいいことを考えながら、彰はポケットから端末を取り出して画面を見た。
『プレイヤー三島がプレイヤー鹿島の居場所を探知』
「なっ……!」
 彰は驚きに目を瞠る。
 鹿島とは琴音の名字だ。ということは琴音の居所が三島に知られた事になる。
 彰の心の中で憎悪の炎に火がついた。秋を蹴落としておいて、今度は琴音まで!
 三島は以前彰を仲間に誘ってきた。だが彰はその誘いをすげなく断っている。そして第四ゲームでも彰は彼女を負かしたのだから、腹いせに自分を狙うのならばまだ許容出来る。だが、それを親しいという理由だけで、秋や琴音にまで飛び火させるのだけは絶対に赦せなかった。
「琴音が危ない!」
 彰は端末を乱暴にポケットにしまうと、スケボーに乗って駆け出した。
 といっても正確な場所が分かる筈もなく、辺りを見渡しながら当てもなく交差点を右に左に曲がって行く。
 しかし当然ながら、この広大なステージではいくら交差点を曲がっても、琴音どころか蟻一匹見つからない。
 体力的な面だけでなく、緊張と不安と焦りで身体がびっしょりと汗で濡れる。
 だがそれでも彰は、必死に琴音を捜し回った。
「琴音! どこだ、どこにいる!」
 有らん限りの声で叫び彰は琴音の姿を捜すが、その姿を見つけることは叶わない。
「クソ! なんで見つからないんだ!」
 拳を握り締めて叫んだが、答えが返ってくることはない。
 肩で息をしながら壁に身体を預け、彰は体力回復に努めた。
「こんな事なら、プレイヤー探知機を買っておくんだった……」
 悔しそうに彰は唇を噛む。
 そんな彰に近付いてくる人影があった。
「やあ彰君。久しぶりだね。といっても、そんなに時間は経っていないけれど」
「武長!」
 見れば五メートルくらい先の路地裏から出て来た武長が、顔に友好的な笑みを張りつかせて立っていた。
「こんなところで会うなんて奇遇だね。嬉しいよ」
 白々しくそんなことを言う武長に、彰は侮蔑の視線を向けた。
「よくそんな出鱈目言えるもんだな。どうせ俺が琴音を呼ぶ声を聞いて、ここに来たんだろう?」
「あれ? 良く分かったね。流石は彰君だ」
「黙れよ。用件はなんだ? 俺はまだ鍵なんて見つけてないぞ」
 睨みを利かせる彰に、武長は肩を竦める。
「そんなことは分かってるよ。まだゲーム開始から三十分も経ってないんだ。僕はそこまで君を過大評価していない」
「ならどうしてここに来たんだよ。お前が理由もなく俺の前に現れるわけがないだろう」
「君の顔を見に来たんだよ」
「ふざけるな!」
 彰の怒声に、武長は薄く笑った。
「冗談が通じないね。まぁ僕も遊んでる暇はないし、本題に入ろうかな」
 そう言うと、武長は胸元に手を入れた。
 嫌な予感が胸をよぎり、彰は近くにあった路地裏に駆け込んだ。
 直後鼓膜を破るような破裂音が耳朶を打つ。
 それを銃声だと認識しながら、彰は振り向くこともせず、走りながらスケボーを地面に放って飛び乗った。
 狭い路地裏をスケボーに乗って全力で駆け抜ける。
 後ろから銃声が響き渡り、弾丸は彰の横にあるゴミ箱を貫いた。
「彰君。君の持っている暗号さえ渡せば命だけは助けてあげるよ!」
 後ろからの声を聞いて、彰は武長の目的を理解した。
 武長は拳銃を買ったせいで、暗号を買う金がなかったのだ。だからそれを力ずくで彰から奪おうとしている。
 だが彰としてもこの暗号は生命線。これを失えば暗号を買う金はもうないのだ。たとえここで殺されなくても、ゲームに脱落すれば同じ事。そうなれば、命が助かったところで彰の人生は崖にしかつながっていない。落ちるのが早いか遅いかだけだ。
 彰は必死に地面を蹴って加速した。一発でも銃弾が当たれば、激痛で動けなくなる事は間違いない。
 後ろから聞こえる銃声に恐怖心を煽られながらも、彰は全速力で路地裏を抜け左に曲がった。武長は移動ツールを持っていなかったようなので、これでかなりの時間を稼げるはずだ。そのまま全力で真っ直ぐ進み、交差点を右に曲がって向かいの通りの路地裏に入った。音でばれる可能性があるので、スケボーから降りて息を殺す。
 そのまま音を出さないようにゆっくりと路地裏を進んでいき、半ばまで来たところで物陰に身を隠した。
 しばらく息を殺して様子を窺ったが、危険がなさそうだと判断すると、彰は警戒を解いて大きく息を吐いた。
「どうやら、撒いたみたいだな」
 小声で呟き、ポケットから暗号の書いた紙を取り出した。
 さっぱり解読出来ないその文章を見て、溜め息をつく。
「分からなくても、失う訳にはいかないんだ……」
 暗号をポケットにしまうと、彰は来た方向とは逆の方向に歩き出した。戻ってわざわざ武長に出くわす可能性をあげる必要はない。
 再び大通りに出て左右を見渡す。
 プレイヤーのいる様子はなかった。
 彰は地図を取り出して現在地を確認する。
 この時計の地図に当てはめれば、どうやらここは十時と十一時の間にある通りのようだ。
「とりあえずどこか安全な所で考えたいんだが……」
 琴音の事はいまどうしようもない。捜し始めれば、再び武長が襲ってくるだろう事を考えれば、琴音の捜索は諦めるしかない。
 ふと考えて、彰は手近な建物のドアノブを回してみた。しかし予想通り鍵が掛かっていて開かない。
「やっぱり闇ショップで『建物の鍵』を買わないと入れないか」
 溜め息混じりに呟くと、彰は路地裏に入った。
 物陰に隠れると、暗号を取り出しその意味を考え始める。
 一つ目の暗号では虎と狼が出てきている。やはりそれは前門の虎、後門の狼の例えだと考えるのが普通だろうか。だがそう解釈しても、鍵の位置は結局分からない。ならば虎や狼が出る伝承みたいなのが関係してるのか?
「たしか狼は北欧神話でフェンリルとして登場していた気が……」
 昔軽く読んだ神話を思い出す。
 だがあれに狼と方角を示唆するような場面はなかったはずだ。それならば虎か……?
 彰は不意に思いついた。
 時計で方角を示される十二匹の動物のことを。
 それは第一ゲームでも重要な役割を果たした干支だ。あれなら虎もいるし、少しニュアンスが違うとはいえ狼、つまり犬もいる。ならば干支に当てはめてこの文の通り鍵を探せば、もしかしたら見つかるかもしれない。
「寅(とら)は四時、戌(いぬ)は二十時だったな。確か定時法じゃ本来十二時は今の時計の六時だから、寅が二時で戌が十時の位置になるのか。つまり二匹から逃げて漆黒の中に身を隠したって事は、その丁度中心にある零時、北の方角に鍵があるってことか?」
 地図を開いて十二支を当てはめて書き足してみると、丁度寅と戌の間に子。つまり十二の数字があった。
 ずさんな推理だと自覚しつつも、彰は十二時の方角に鍵があると信じ、暗号をしまって路地裏から出た。
 スケボーを使って北へ向かう。その間も琴音の姿を捜したが、見つける事はできなかった。
 数分後、十二時の位置に来たはいいが、彰はここでまた難題にぶち当たった。
「何処に鍵があるんだ?」
 一言に十二時の方角といっても、この広大な範囲を十二分の一にした大きさなのだ。決して狭いわけではないし、具体的な場所が分からなければ探しようがない。
「とりあえず辺りを回ってみるか」
 愚痴を言っている暇もないので、彰はスケボーで走りながら周りに鍵がないか目を光らせた。
 しかし、石版はどこにも見当たらない。
 それもそうだろう。彰が探したのはあくまで、マップ中央から十二時の方角に直線を引いた両サイドの路地裏。十二時の方角全てを回ったわけではない。
「漆黒の中ってキーワードなら路地裏かゴミ箱の中だと思ったんだが、やっぱり違うのか?」
 その他に何かキーワードになる言葉を探してみたが、やはりこれ以上は思いつかない。
 必死に頭を悩ませていると、不意に後ろから物音が聞こえ、彰は勢い良く振り返った。
 十メートルくらい先に、一つの人影があった。
 それは見間違うはずもない、今までずっと捜し続けていた琴音の姿だった。
「琴音!」
 思わぬ偶然に驚きながらも、彰は琴音の元に駆け寄ろうとして、彼女の様子がおかしい事に気付く。
 琴音は遠目からでも分かるくらい震えていた。彰の声も届いているはずだが、こちらを見ようともしない。
 不審に思いながらももう一度呼び掛けようとして、琴音の横から伸びている路地裏に誰かがいる事を察する。
「誰だ?」
 足を止め、緊張した面持ちで、彰は慎重に口を開いた。
 よく見てみると、琴音の背中には何か分からないが光る物が突きつけられていた。
 彰に呼び掛けに応じ、路地裏から人影が現れる。それはある程度予想通りだったが、決して会いたくないと感じていた人物だった。
「三島!」
「はぁい彰君。ご機嫌いかが?」
 彰に憎悪が込められた目で睨まれながらも、三島は飄々と笑む。琴音の背にナイフの切っ先を突きつけながら。
「今すぐ琴音を離せ、三島」
 溢れんばかりの怒りに身を任せて飛び掛ってしまいたい衝動を抑え込みながら、なんとか彰は冷静な声を出した。
 だが三島は笑顔を崩さない。
「そんな口を利いていいと思ってるのかしら?」
 彰を嘲笑し、三島はナイフの切っ先を琴音の背中から首筋へとずらした。
「やめろ!」
 彰の叫びに三島の腕の動きが止まる。
「この子の命は私が握っている事を忘れないようにね。生意気な口を利いたら、いつこの柔らかい肌から真っ赤な血が飛び出すか分からないわよ?」
 底の見えない憎悪に心を支配されながら、彰はこの露骨な脅しに屈するしかなかった。先のゲームで秋を失ったばかりなのに、その上琴音まで殺されたでもすれば、精神をまともな状態で保てる自信はない。
「何をすればいい……」
 唇を思い切り噛み締め、彰は震える声を出した。口元からは軽く血が流れ出し、拳は跡がつく程強く握り締められている。
「また漫画に出てくる悲劇の主人公みたいな態度を取るのね。もしかしてあんた、オタクなの?」
 何も答えない彰を見てつまらないと感じたのか、三島は一つ溜め息をついて続けた。
「まぁいいわ。用件は一つ。あんたが持ってる暗号を渡しなさい」
 またこれだ。つい先程武長に拳銃で追い掛け回されたことが思い出される。どうやら、よっぽど俺は利用しやすいと考えられてるらしい。彰(カモ)が暗号(ネギ)を背負ってるようにでも見えるのだろうか。
 彰は逡巡の後、ポケットから暗号の紙を取り出した。
「もう一枚あるはずよ。騙そうとするなんて、自分の立場が分かってないのかしら?」
「待て!」
 三島がナイフを動かそうとする気配を感じ、咄嗟に制止の声を上げる。
「なら早く出しなさい。私は気が長い方じゃないの」
 カジノで勝負した時から十二分に分かってる事を本人の口から告げられ、彰は心の中で毒づくと、もう一つの暗号の紙を取り出した。
「それをその場に置いて下がりなさい」
 彰は言われた通り後ろに下がった。少しでも逆らい、万が一にでも琴音を傷付けさせるわけにはいかない。
 三島は琴音にナイフを突きつけたまま移動し、床に置いてある暗号を琴音に取らせた。彰を牽制する事を忘れない警戒心の高さは、カジノの時に一度負けているからだろう。
「これでいいだろ。琴音を解放してくれ」
 暗号は渡したのだ。これで琴音に利用価値はない。
 心中で少しだけ安堵しながら三島に代価を要求する。この時ばかりは、三島への憎しみよりも、琴音の無事を喜ぶ気持ちの方が大きかった。
 だが三島の返答は、予想を裏切るものだった。
「いやよ」
「な、に……? どういうことだ!」
 言葉の意味を理解し、彰は感情に任せに怒鳴る。
「この子を離せば、あんたはそのスケボーで私を追い掛けてくるかもしれないじゃない。それなのになんで私が、身の安全を保障する道具を手放さなくちゃならないのよ」
 彰は三島の言葉に完璧にぶち切れた。
 琴音が道具? 保険?
「ふざけるな! こっちは言われた通り暗号を渡したんだ。琴音は返してもらう!」
 彰が一歩踏み出そうとしたところで、三島は琴音の首筋に密着させたナイフをさらに強く肌に押しつけた。それだけで、彰の足がピタリと止まる。
「まだ分かってないようね。私はあんたと交渉しに来たわけじゃないの。ただあんたから暗号を奪うために来ただけなの。私が人質を取ってる時点で、あんたが口にできる返事はイエス以外にないのよ。お分かり?」
 今にも飛び掛ろうとする足を、彰は必死に止めた。ここで動けば琴音は殺される。この場で冷静さを失えば、傷付くのは自分ではなく琴音なのだ。
 頭の中でそう自分に言い聞かせ、彰は殴りかかるために握った拳をさらに強く握り締めた。
「それじゃあ、私は身を隠させてもらうわ。私が見てる間にあんたが一歩でも動いたら、この子の命はないわよ」
 三島はゆっくりと後ろに下がっていき、二十メートルくらい離れた所で背を向けて歩き出した。この距離からでは物を投げても届かないし、動こうとすれば何かする前にばれてしまう。
 五十メートル程も遠い交差点で、二人は右に曲がって姿を消した。
 その瞬間に彰はスケボーを道路に投げて飛び乗る。
たかだが五十メートルしかない距離が、この時ばかりは無限に遠く感じられ、彰は必死で足を動かした。
 交差点を駆け抜け、彰は二人が消えた交差点を曲がる。しかし二人の姿は、もはやどこにもなかった。
 足から力が抜けていき、冷たいコンクリートの床に彰は膝をつく。
「くそぉ……なんで…………!」
 誰にも聞かれぬ程の微かな呻き声を漏らしながら、彰は床を拳で殴った。
 守るはずの者を、またも守り切れなった無力感に打ちひしがれて。
 実際のところ、頭の中では分かっていた。
 まだ琴音は殺されたと決まったわけではない。むしろここに死体がない事を考えれば、生きている可能性の方が高い。死体を運ぶ事でのメリットなんてあるはずもないのだから。
 しかし理屈で分かっていようが、彰が琴音を守れなかった事は事実だった。ここに琴音の死体があった可能性は低くなかった。むしろ二分の一以上の確率であったのだ。それを考えると、彰は自身の無力さに耐えられない。
「うああぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 彰の叫びが、仮想の都会に響き渡った。

 数分後。彰は立ち上がると、壁に思い切り拳を打ちつけた。
 心はまだ地面に蹲ろうとしていたが、頭がそれを赦そうとしなかった。
 大きく息を吐き、盗られた暗号の紙とは別の紙をポケットの中から取り出す。
「一応予備を作っといて良かったな……」
 それは暗号の文章をそのまま書き写した紙だった。
 暗号を解く上で平仮名などに書き換えて活用した時に、一応文章も書き写しておいたのだ。それを武長に脅され殺されかかった時も渡さなかった事が、結果的に予備すら奪われるという危機を救ったと言える。
「暗号を奪われたからには、盗られる前にこっちが先に見つけないとな……」
 呟くと、彰は口元に手を当てて再度考え始めた。
 暗号というからには、鍵の所在が詳細に示されなければおかしい。やはりさっきの解読ではまだ足りないか、この解読自体が間違っているのだろう。
 手に持っている暗号をもう一度読み直す。
「闇夜の月に背を向けて漆黒の中へと身を隠した、か。この解釈を考えるか、それとも全く別の解読を試してみるか、悩みどころだな」
 彰はとりあえず前者を考えてみることにした。後者は考えようと思ってすぐに考えつくものではない。
 虎と狼の解釈をそのまま進めるとすれば、十二時の方角に鍵があるのはほぼ間違いないだろう。ならば他の文は鍵の詳細の位置を示しているのだろうか?
 その方向で考えようとした時、暗号の一文が彰の目に止まった。
「闇夜の月に背を向けて……!」
 そこで彰は突如閃いた。
 月に背を向けるという事は、定時法(十二支と時計を当てはめた呼び方のこと)では九時から三時までが夜の時間となる。つまり月が上がってるのは、全体の上半分なのだ。それに背を向けるという事は、月が見えない下半分にある事を指し、寅と戌の真ん中である十二時の逆方向は六時、つまり午となる。そしてそうなると漆黒の意味が変わってくる。昼に漆黒の中に身を隠すという事は、日の当たらない場所、つまり路地裏か建物の中に隠れたという事だ。
 唐突な閃きに高揚感を感じながら、彰はスケボーに乗って走り出した。
 わずか五分ほどで午の方角に着き、彰は地図を広げて現在地を確認する。
 彰の位置は南の方角ではあるが、どちらかといえばフィールドの中心に近い場所だった。
「ここから路地裏を探すと言っても、結構あるんだよな」
 大通りと違って、路地裏はかなり入り組んでいる。その中で小さな鍵を探すのは相当な手間だろう。
 考えていても仕方ないので、とりあえず彰は隠れられる場所というのを前提に、スケボーから降りて鍵を探し始めた。
 建物の中は手間が掛かるのでとりあえず除外し、路地裏だけを回る。
 六時の方角に進みながら半分ほどの距離を探し回ったところで、彰はふうっと息を吐いた。
 結論から言うと、まだ鍵は見つかっていなかった。
 色々と注意深く目を光らせながら探してはいるものの、そう簡単に見つかりはしない。
 もっと情報はないのか?
 彰は暗号を書いた紙をもう一度見直した。
 虎や狼、月の意味はもう読み取っている。他にも漆黒などのキーワードも解したのだから、これ以上は何もないように思える。
 いや待てよ。登場人物はもう一人いる。虎や狼から逃げた逃走者って主人公が。
 このゲームでのプレイヤーの役割も逃走者だ。ならば、ここにもまだヒントが隠されている可能性は高い。
 逃走者は虎の咆哮に慌てて逃げようとして、狼に逃げ道を塞がれたから闇の中に逃げたんだよな。それなら逃走者が逃げた場所に鍵があると見ていいか?
 実際そこ以外に鍵がありそうな場所もなかったので、彰は逃走者が逃げた場所に鍵あるととりあえず仮定した。
 それなら逃走者の思考を読む事が出来れば鍵は見つかる。
 たとえ設定のためのキャラクターとはいえ、それを作ったのは人間なのだから、そこには何かしらの感情の動き。つまり製作者側の意図が含まれているはずだ。
 俺が逃走者なら身を隠すだけじゃなく、同時に逃げる算段もする。そうしなければいずれ捕まってしまうからだ。そして逃げる者の心理からすれば、出口により近い場所に行きたがる。方角は南と分かっており、地図の四隅には門もあったはずだ。逃走者なら、その様子を窺いたいと思うのは当然の心理だろう。
 彰はスケボーに乗って思考を深めながら南下した。
 途中いくつか身を隠せそうな物があったが、彰はそれすらも無視して通り過ぎた。この辺りを探すのは予想が外れてからでも遅くない。今はとにかく、南に向かう事が先決だ。
 最南端に到達した彰は、本当に門があったことに驚いた。一応石版が入る穴みたいなものがないか確認したが、門のどこにもそんな穴はなさそうだ。
「やっぱり、こんな簡単には行かないよな」
 彰は門に背を向け、辺りを見渡した。
 あの門を隠れながら監視できる場所となれば限られてくる。まず正面に位置する区画は除外され、身を隠すことを考えれば当然建物の中だろう。その条件で最も効率よく門を見張れる場所を探せば、自ずと答えは出る。
 彰は条件に合致する建物の窓を割って中に入った。
 一階や二階では監視の最中に見つかる可能性が出てくる。四階や五階ではもし万が一見つかれば逃げるのが遅れる。となればおそらく三階だろう。
 他の階を無視して一気に三階まで登り、その中で門を見張るのに最適な部屋の扉を開ける。
 その部屋の中心には、招待客への伝言メッセージのように、半分に欠けた石版が小さな台座の上に乗っかっていた。
 その石版は表面が黒く塗られており、赤地で半円が描かれていた。また裏は、表面が白く塗られ、今度は青地で円が描かれている。
 本当にこれが鍵なのか。訝りながらも彰が石版を手にとった瞬間、ポケットの中の端末が震え出す。
『プレイヤー彰が六時の方角にて鍵の片割れを入手』
 悪意あるその情報を見て、彰は乱暴に舌打ちをする。方角まで示されていれば、鍵を狙ったプレイヤーが集まってくる事は目に見えている。このまま建物の中に隠れていても、窓を割ってしまった以上、不審に感じたプレイヤーが中に入ってくる可能性は捨てきれない。
「面倒な真似を……」
 闇ショップに情報非公開なんてアイテムが売っていたわけが今なら分かる。暗号一つでも手に入れれば、他プレイヤーにゲームが終わるまで狙われ続けてしまう。それならば少し値が張っていても買っておけば、結果的に被害は少なくて済むだろう。
 建物から出た彰は、音が出るスケボーを使えば他プレイヤーに気付かれる恐れがあるので、自分の足を使って全力で走りだした。
 大通りに出ることはせず、ひたすら路地裏を走り回り東の方角から逃げる。今考えてみれば、六時の最南端の位置に鍵があったのは、逃げる方向を限定して鍵を入手したプレイヤーを逃がさないためだったのかもしれない。いかにもくそったれな主催者側の考えそうな事だ。
 四時の方まで走ったところで、彰は物陰に隠れた。周りを警戒しながら全力で走っていたため体力と気力を大量に消耗しており、休まなければ動けそうにない。元々彰は体力がある方ではない。中学高校と帰宅部だった上、体育の成績も平均そこそこ。学力はある方だが、肉体的な面では中の中がいいところだ。
 荒くなった息を出来る限り殺し、体力回復に努める。すぐにでも逃げ出してしまいたかったが、身体は脳の命令に逆って動く事を拒否していた。
 数分後、ようやく息も落ち着いてきた彰は逃げ出そうと立ち上がる。
 だが歩き出す前に、後ろから聞き覚えのある声が彰を呼び止めた。
「手を上げてもらおうか、彰君」
 嫌な予感と共に、彰は相手を刺激しないようゆっくりと後ろを振り返った。
 数メートル先に、予想した通りの人物――武長がすでに彰に照準を合わせた拳銃を右手に立っていた。
「開始から二時間程度でもう鍵の半分を手に入れるなんて、流石は彰君だね」
 にこやかな笑みを浮かべて褒め称える武長。
「お褒めに与り光栄です。それにしても、あんたは俺のファンか何かなのか? このゲームが始まってから俺ばっかり追い回してるよな」
 彰の皮肉に返事をする事なく、武長は続けた。
「手に入れたっていう鍵を渡してもらおうか。この状況でさっきみたいに逃げられると思うほど、君は楽観的な人間ではないだろう?」
 あからさまな武長の脅迫に彰は唾を飲み込んだ。この距離で無理に動こうとすれば、武長は迷いなく引き金を引くだろう。かといって、やっとの事で手に入れた鍵を易々と渡せば、このゲームをクリアする事などできるはずもない。
「逃げられないとも限らないぜ」
 はったりをかます彰を見て、武長は再度笑った。
「強がっても無駄だよ。たとえ君が僕と同じように拳銃を持っていたとしても、すでに照準を合わせている僕には敵わない。まぁ命を張って逃げる事に挑戦するというのなら構わないけど、試してみるかい?」
 余裕を崩さない武長の声を聞きながら、彰は必死でこの場をやり過ごす策を考えた。
「なんでこの場所が分かったんだ?」
「プレイヤー探知機を使ったからさ。端末に通知されてたはずだけど、見る暇なんてなかっただろうね」
 確かに逃げる事に必死で端末など気にしていなかった。しかもそれを予想して、武長はアイテムを遅らせて使ったのだろう。自分が休む時間を計算して。
「それじゃあそろそろ鍵を渡してくれ。時間を稼いだところで、どうにかなるわけでもないんだからね」
 武長が拳銃を持っていない方の手を伸ばしてくる。
「石版は、元あった所に置いたまま取り出してない。こうなることは予想していたからな」
 緊張で喉がカラカラになっているのを自覚しながら彰はブラフを張る。
 しかし武長はそれを鼻で笑った。
「そんな嘘をついても無駄だよ。あの辺一帯は他のプレイヤーによって全て調べ尽くされる。そうなれば石版を誰かに盗られてしまうのは明白だ。その程度の事に気付かない君じゃない」
 彰は苦笑いを浮かべて皮肉を言った。
「妙なところで信頼されてるんだな」
「僕はこれでも君を評価しているんだ」
 皮肉を軽く受け流し、武長が再度同じ要求を繰り返す。
「さぁ、石版を出すんだ。君を殺してから奪っても良いんだよ」
「分かった……」
 武長の脅しにとうとう彰は折れた。
 震える手でゆっくりとポケットに手を突っ込み、石版を取り出す。
「それを僕の足元に向かって投げるんだ」
 彰は深く深呼吸すると、言われ通り地面に向かって石版を投げた。
 だが馬鹿正直に足元に落ちるように投げはしない。地面に強く叩きつける様にして彰は石版を投げつけた。半円の形をしている石版は、丸い部分が地面に接した瞬間あらぬ方向に飛んでいってしまう。
「なっ……!」
 石版を目で追った事で、一瞬武長の銃口が彰から逸れた。その隙を突いて彰は足元に置いてあったスケボーを、武長に向かって押し出す形で蹴り飛ばした。
 急加速したスケボーは、拳銃の照準が再度彰を捉える前に武長の脛に命中する。
 武長が小さな悲鳴をあげて膝をつく中、彰はすでに走り出して腰にセットしていたナイフを抜いていた。武長が痛みを堪え腕を振り上げる前に、ナイフの刃を武長の首筋に突きつける。
 その時点で形勢は逆転していた。
 この体勢なら、武長が拳銃を向ける前に、彰のナイフが武長の頚動脈を襲う。
「拳銃を遠くに捨てろ。抵抗すれば斬る」
 冷酷な彰の言葉に、武長は唾をごくりと飲んで拳銃を捨てた。
 拳銃は鈍い音を立てながら、彰の後ろへと消えていく。
「よし、そのままゆっくりと立って後ろを向け」
 武長は言われるがままに立ち上がって後ろを向いた。従順なその様子に彰は軽く安堵し、この場から消えるよう命令するため口を開く。
 そんな彰の一瞬の隙を武長は見逃さなかった。
「彰君」
「なんだ」
 彰の硬質的な声に対し、武長は余裕ぶった口調を崩さない。
「優位に立って油断したね」
 武長は予備動作なしに後ろに向かって跳躍した。
 真後ろに立っていた彰は、武長の身体を支えきれずに仰向けに倒れる。
 倒れた衝撃でナイフが武長の喉元を離れ、その隙に武長は立ち上がる。
 彰が慌てて起き上がった時にはもう遅かった。再び拳銃を手にした武長が、その照準を彰に定めていた。
「本当に凄い男だね、君は。だが僕の勝ちだ」
 武長はこれ以上ない笑みを浮かべ、余裕の態度で勝利を宣言した。
 事実彰にはもはや抵抗する術がなかった。今更何をしようとしたところで、武長の銃弾が自分を貫く方が早い。
「君が拳銃を持っていたら……。いや、仮にスタンガン程度の武器でも持っていれば、逆の結末を迎えていたかもしれないね。末恐ろしい子だ。殺さず逃がせば、どんな仕返しをされるか分かったもんじゃない」
 死刑宣告と同義の言葉を聞いた彰は、不意に学校での日常を思い出した。もしかしたら、これが走馬灯というやつなのかもしれない。
「じゃあこれで終わりだ。さようなら、彰君」
 反射的に彰は目を瞑る。
 だがいつまで経っても、耳をつんざくような銃声が響く事はなかった。替わりに前方から「ギャア!」という短い悲鳴が聞こえてくる。
 恐る恐る目を開くと、武長が気絶して地面に倒れていた。そしてその後ろにはもう一人、人影が立っている。
「琴音……」
 手にスタンガンを持った琴音が、無表情にこっちを見ていた。
「琴音、なんで……。いや、それより、無事だったのか!」
 彰は思わず駆け寄ろうとしたが、琴音にスタンガンを向けられ、止まらざるを得なくなった。
「琴音……?」
「勘違いしないで」
 呆然と呟く彰に、琴音は冷たい声で返した。
「私は石版を奪いに来ただけ。そして貴方を助けたのは、この男と戦うより楽そうだったから」
 こんな状況だと言うのに、琴音に冷たい言葉をぶつけられる事が彰には一番堪えた。
「でも、助けてくれただろう?」
「それは単なる結果。まぁ貴方のおかげで二回も労せずして利を得られたのだから、その点では感謝してる」
「二回?」
 第一ゲームと第二ゲームの事を言っているのだろうか。
「ええ。この石版と、さっきの暗号」
「ま、さか、あれは……」
「狂言よ。私と三島莉緒奈は、貴方を嵌めるため手を組んだ」
 信じられないような事を琴音はさらりと口にした。そしてその言葉は、彰の心をえぐっていく。
「三島莉緒奈は貴方に恨みがあり、私に貴方を騙す策を持ち掛けてきた。私はそれに乗った振りをして貴方から暗号を奪い取り、あの女の利用価値はそこで消えたから、その時点で眠ってもらったわ」
 琴音は持っているスタンガンの電源の切入りを繰り返した。
 彰はそれに答える事も出来ず、ただただ琴音を凝視する。
「石版も手に入ったから、貴方は見逃してあげる。どうせ暗号も何も持ってないんじゃ、クリアなんて出来ないだろうしね」
 そう言うと、琴音はくるりと彰に背を向けた。
「死なないように、精々頑張るといいわ」
 歩きながら激励の言葉を口にし、琴音は姿を消した。
 何もできず、彰はその背を見送る。
 そのわずか数分の出来事は、彰の心に深いダメージを負わせた。
 鍵を奪われた事より、守る存在だったはずの琴音に裏切られた。その現実は、彰にとって耐えがたいものだった。たとえ口では冷たい事を言っていても、心の中では琴音が今でも変わらず優しい心を持っていると彰は信じていた。人格が変わろうが、その人の本質だけは変わらないと、勝手に思い込んでいた。いや、正確には思い込もうとしていた。だがその考えは、今や完璧に砕かれてしまった。
 琴音は自分の口で言ったのだ。協力者を裏切ったと。自分を騙したと。それは第二ゲームまでの琴音では、考えられない行動だった。
「琴音……本当にお前は、変わっちまったのか?」
 左手に巻きついているチョーカーを見ながら彰は呟いた。
 胸の奥で、何かが壊れる音がした。

 数分後、彰は武長を放置してその場を離れた(危険なので拳銃は奪っておいた)。
 端末を確認してみたところ、彰が石版を琴音に奪われた事は既に通知されていたので、もはや彰を狙って来るプレイヤーはいないだろう。
 何故だか彰は、不意にタバコを吸いたくなった。未成年なのでまだ吸った事はないが、今ならタバコを吸う大人の気持ちが分かる気がする。
 無気力なまま、解読していない方の暗号を取り出す。
 一つとして同じ文字がないひらがなの表。そして上に書かれた『ゲームオーバー』の文字に下の文章。正直どう解読していいのか、その取っ掛かりすら掴めない。
 何か法則性はないかと、表のひらがなを一文字一文字確認していくが、彰の見た限りでは文字はランダムに配置されていた。
 まさか上に書いてあるゲームオーバーの文字は、この暗号が外れである事を表しているのだろうか? 解読法はなく、正しい解答もない。いや、それならば表や下の文章の必要性がなくなる。しかしこれだけ表を見て解けないならば、まずは下の文章を解かなければ、この暗号は解読できないのかもしれない。
『プレイヤーはその清く永い命を、水をやりすぎた木のように散らした』
 プレイヤーと言うからには、これはMLGの参加者、つまり自分達の事を指しているのだろう。この文章をそのまま解釈するなら、ゲームオーバーと意味は同じ。プレイヤーが死ぬ事を示唆している文章に思える。おそらくだが、この暗号を解く鍵は文章の後半。『水をやり過ぎた~』の比喩にある。なぜなら、この例えはなくても文として成り立つからだ。『プレイヤーはその清く永い命を散らした』でも文章は成立する。だとすれば、そこにはなんらかの意図があってしかるべきだろう。
 試しに文に出て来るひらがなを。上の表から消してみる。そこになんらかの文字ができるかと期待したが、全く別々の場所が消えただけだった。
 マップを見る限りこのステージには池や林もあったが、暗号の文に出て来ているからとそこにいっても、なんの意味もないだろう。こういうものは総じて、文章自体には意味がないものが多い。
 となれば、やはり比喩云々以前にもっと視点を変えた見方が必要になってくるのかもしれない。だが、その視点を変えた見方というものがそもそも思いつかなかった。
 深く息をつき、壁に凭れる。
 暗号を眺めながらも、解く糸口すら見つからないもどかしさに、思考はあらぬ方向に飛んでいく。
 琴音は、なぜあそこまで変わってしまったのか。
 考えられるのは、個人戦となった第三ゲーム。あれは失敗しても次のステージに進めるが、その場合罰ゲームを受けねばならない特殊ステージだった。琴音はあのゲームをクリアできず、罰ゲームを受けた。そしてその結果が、あの豹変。そう考えるのが自然だろう。しかし一体何をすれば、あそこまで人を変えられるものなのか。心優しかった琴音を、冷徹な機械のようにするのにどれほど残虐な行為が行われたのか。
 それを想像しただけで胸が潰れそうだった。人間性を百八十度変えられるような仕打ちを受けた事を思えば、秋を見捨て自分を裏切るくらいの事はして当然なのかもしれない。
(私は鹿島琴音って言います)
(彰さんは怖くないんですか?)
(彰君を信じるよ)
(ありがとう。彰君)
 琴音の言葉が映像と共に脳裏に響く。
 琴音に頼られる事、それ自体が彰にとっては救いだった。たとえ自分の良心を守るためでも、琴音や秋を守りたいと本気で思った。二人だけでも助けたいと、心の底から望んだのだ。
 琴音の笑顔に、俺がどれだけ救われたか。だがその笑顔を、このゲームは奪った。
 それを思うと、耐えがたい憎しみに身体が切り裂かれるようだった。
 暴れだそうとする衝動を、大きく深呼吸する事で抑える。
 何度も深呼吸を繰り返し、心を落ち着けている最中に気付く。暗号の表に、鹿島というひらがなが並んでいた事に。それは琴音の名字だったはずだ。
「偶然か? いや……」
 琴音の名字に重なるようにして、三島の名字も表にはあった。よく見れば、彰の名前も斜めではあるが並んでいる。
「『ゲームオーバー』。もしかしてこれは、プレイヤーの名前を消せって事なのか?」
 彰は端末を開いて、ゲームの説明時にあったプレイヤーの顔写真を表示させる。そしてその内の、表に名前が並んでいるものだけを抽出して線で消していく。
 次々と表は黒い線で塗りつぶされ、やがて一つの名詞が出来上がる。
『ハカ』
 彰は慌ててマップを取り出した。確かに十時の方角に、小さいながら墓場がある。
 暗号の解読があっている事を確信し、スケボーに乗り走り出す。
 半ば偶然とはいえ、琴音の事を考えていて暗号が解けた。それはまだ、琴音が彰の希望である事を示唆しているようにも思えた。
 マップに書かれている墓場の位置には林があった。おそらくこの林の中に墓があるのだろう。
 スケボーから降りて脇に抱える。茂みでは車輪が上手く回らないので歩くしかない。林の中に入って墓を散策し始めてすぐに、物音が聞こえ彰は身を潜めた。木陰から様子を窺うと、それはプレイヤーの足音のようだった。彰より少し年上に見える青年が、辺りを見渡しながら歩いている。幸い、青年はまだこちらには気付いていないようだ。
 青年を観察しながら、彰は二択を迫られた。
 一度この場から遠ざかるか、それともここで倒し、戦闘不能にしてしまうか。
 荒事は避けたいが、もしあの青年が暗号を解いてここに来たのなら、この場から離れる事に意味はない。むしろ離れれば石版を取られてしまい、結局争いは回避できないだろう。
 彰はこのゲームを始める前に支給された、腰の辺りに忍ばせているナイフに手を触れた。
 果たして、自分に人を傷付ける事ができるのだろうか。
 そう考えた途端に緊張が一気に高まり、自分の身体が急に重くなるような錯覚を彰は感じた。
 今までの様に、他プレイヤーから逃げたり隠れたりする時や、いきなり争いに巻き込まれた時とは違う。自分から襲い掛かり、力で相手を制圧する。自らの意思で、ナイフを相手に突き立てる。
 行為の困難さよりも、その意味に彰の身体が震え出す。
 緊張からナイフを後ろ手で強く握る。その手が汗で湿っている事に気付いて、滑って落とさないか不安を覚えた時、意識せず唾が喉を鳴らして体内に落ちていった。
 もう逃げる事は出来ない。ここで逃げる様な覚悟しか持ち合わせていないのなら、到底このゲームをクリアして元の生活に戻る事など出来ないだろう。
 彰は次に青年が後ろを向いた時を見計らって、飛び出す事を決めた。距離はおよそ七メートル。二秒弱で埋められる距離だ。
 一秒一秒が永遠にも感じられる緊張の中、彰は自分に大丈夫だと言い聞かせ、とうとう青年が後ろを向いた。
 その瞬間、彰はナイフを引き抜いて木の陰から飛び出し青年に襲い掛かった。が、その突撃は意味を成さなかった。
 動き出そうとした瞬間、何者かによって彰は後ろから組み伏せられたのだ。
「ぐっ!」
 うつ伏せに押さえ込まれた状態で、彰は目だけで襲撃者を確認しようとするが、頭の後ろにある襲撃者の顔はどうやっても見えない。
 そうこうしている内に、こっちの揉め事に気付いた青年のプレイヤーが近付いて来ていた。
「おい理人、誰やそいつ」
「お前を襲おうとしてたんだよ。状況を見る限りじゃ、同じ鍵を探しにきたライバルに間違いないだろ」
 青年プレイヤーの問い掛けに、襲撃者、理人とかいう男が答えた。
 こいつらがぐるなのかを察した瞬間、彰は己の迂闊さを呪った。
 どうしてもっと慎重に行動しなかったのか。相手を襲う事に集中するあまり、周りの警戒を疎かにして捕まるなど、愚かにも程がある。
「ん? 確かこいつ、さっき鍵手に入れて奪われたっちゅう、彰ってプレイヤーやないか?」
「そういやそうだな。真っ先に手に入れたのに奪われるとか、間抜けな奴だ」
 嘲るように笑う理人に、関西弁風の男がとんでもない事を口にした。
「なぁ理人。間抜けゆうてもこいつ俺達と同じで暗号解いたからここにいるわけやろ。ほならごっつ頭ええって事やないか。鍵の数にも限りあるわけやし、ここで黙らせといた方がええんとちゃう?」
 ぞっとするえせ関西弁男の言葉に、理人とかいう男は賛同して頷いた。
「そうだな。出る杭は打っておいた方が、今後のためにもなるだろうし」
 彰を置いてけぼりにして、頭の上で交わされる会話は彰の悪い方向に進んで行く。
 彰が血の気を失っている間に、えせ関西弁の男がナイフを取り出して刃先を向けてくる。
「どっからいく? やっぱ指か?」
「いや、暴れてうるさくなっても困るから、まずは肩だな。それで抵抗も出来なくなるだろ」
「なるほど」
 迫る危機に、彰は全力で抵抗を試みた。
 足をばたつかせ、両手の拘束を解こうともがき、あらん限りの声を出して叫んだ。
 だが彰の必死の抵抗も虚しく、男は無情にも冷たいナイフを彰の肩めがけて振り下ろした。
「ぐっ、がああぁぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 耳を劈く彰の絶叫が、辺りに響き渡った。
 男は彰の左肩にナイフを刺した後、すぐに引き抜いた。傷口から漏れ出した血が草を赤く濡らしていく。
 背中からずっと感じていた圧力がなくなり、理人とかいう男が離れたのが分かった。だがいまの彰にそれを気にしている余裕はない。肩口からの激痛に耐えられず、のた打ち回りながら傷口を押さえる。
「さーてと、次はどこにしたらええやろか?」
「そうだな。足を封じるのがいんじゃないか? このゲームで機動力が削がれればもうクリアは目指せないだろ。太もも辺りをざっくりとやってやれ」
 その言葉を彰の頭が理解出来たのは、会話が耳に入ってきてから五秒ほど経った後だった。
 そして男達が近づいてきたのに気がつくと、痛みで蹲っていた身体を引き摺るように移動させ、樹木に背中を預けて男達と対峙する。
「お、やる気みたいやで、こいつ」
「根性だけはあるみたいだな。まぁ無謀なだけだが」
 彰は痛みで動く事を拒否し続ける身体を無理矢理動かし、懐からある物を取り出した。
 それを見た途端、男達の顔色が変わる。
 彰が手にしていたのは、男が持っているナイフなどより遥かに凶悪な、黒光りの拳銃だった。
「死にたく、ないなら……それ以上…………近寄るな」
 息絶え絶えに言う彰の拳銃を持つ腕は、小刻みに震えていた。痛みで重い物を持つだけで辛いのだろう。
 それを目敏く察した理人が引きつった笑みを浮かべる。
「おいおい、そんな震えた手でピストルなんか持って大丈夫かよ。照準なんてつかねぇだろ」
 そう言って理人が一歩踏み出した瞬間、彰は躊躇いなく引き金を引いた。
 銃声が響き、それとほぼ同時に男達の後ろの幹に銃弾が深くめり込む。
「確かに、照準が、つかないから……もしかしたら…………やばいところに、当たっちまうかもしれないな……」
 瀕死といっても過言ではない状態の彰の脅しに、男達はピタリと身体の動きを止めた。
「金を、置いていって、もらおうか。……有り金、全てだ」
 逆らうのは得策でないと判断したのか、男達は素直に金の入った袋を地面に置く。
「とっとと、消えろ……。それ、以外の……怪しい……動きを……した、ら……打つ」
 警戒する様子を見せながら、男達は何も言わず静かに去っていく。
 男達が視界から消えた後も、彰はしばらくそこから動く事が出来なかった。その間も止めどなく流れ出す血は、押さえつける手から溢れ、制服や木を伝って地面に落ちる。
 このままではやばいと、朦朧とする意識の中で身体を動かし、痛みを無視して無理矢理立ち上がった。
「ぐっ……!」
 歯を食いしばって激痛に耐えながら、彰は歩き出す。
 わずかな距離を、時間を掛けて歩いて行き、彰はなんとか目的の場所に辿り着いた。
 黒一色の建物に赤ペンキで書かれた看板。
闇ショップ。
その中に彰は扉を開けて入っていった。
「いらっしゃい」
 ゲームが開始してすぐに入った闇ショップと内装も殆ど変わらなければ、店主の背格好も殆ど変わらない。違うところといえば、店主の声がわずかに低くなっている事だろうか。だがそんな事を気にしている場合ではない。
 彰は店に入るなり、店主に向かって息絶え絶えに要求を伝える。
「救急箱をくれ」
 男達が置いていった金の入った袋ごとカウンターに投げる。
 店主は袋の中の金を確認し、必要額だけ取り出すと奥へと引っ込んでいった。
 椅子もない店内で、彰は入って来た扉に背中を預けて店主を待つ。
 店主はすぐに救急箱を持って戻って来たが、いまの彰には充分過ぎるほど長い時間だった。
 倒れそうになりながらも救急箱を受け取り、すぐに制服を脱いで応急処置を始める。
 細かい処置の仕方が分からない彰は、傷薬を豪快に傷口にぶっかけた。しみる程度では済まない激痛が彰を襲う。そのあまりの痛みに叫びだしそうになるが、歯を食いしばって押し留めた。
 呻き声を洩らしながら、次は痛み止めを傷口に慎重に塗る。手が血まみれになったが、そんな事を気にする余裕はない。最後に包帯を巻き終えると、彰は余ったお金で暗号を一つ買ってすぐに闇ショップを出た。
 あの男達が戻って来る前に、石版を見つけなければならない。そうしなければ、この肩の傷も全て無駄になってしまう。
 処置したおかげで、ほんの少しだけ痛みは和らいでいたが、まだ痛み止めが効果を発揮していないのか、一歩歩くごとに激痛と言って差し支えない痛みが彰を襲う。
 やっとのことで戻って来た彰は、早速鍵があるはずの墓場を探した。
 さして時間もかからず、それは見つかった。
 林に囲まれて、三十近い墓標が横四列にもなって並んでいた。
 墓というからには地面の下に鍵は埋まっているはずだ。しかし、これを全て掘り返すとなれば、相当な時間が必要となる。そして彰は肩に怪我をしており、地面を掘り返すのは一度か二度が限界だろう。
「どうすれば……」
 呟いて、暗号にはまだ続きがあった事に気付く。
 下の文章。それをまだ、彰は解読していなかった。
『プレイヤーはその清く永い命を、水をやりすぎた木のように散らした』
 これを解けば、おそらく鍵がどの墓標にあるかが分かるのだろう。
 そういえば、表の暗号に出てこなかったプレイヤーが何人かいた。
 彰は端末を操作し、そのプレイヤーの名前を確認する。
「雫に武長に木原(きはら)か」
 三人の内二人が見た顔だった。どちらも苦汁を舐めさせられた相手だ。嫌悪が心の中で渦巻く。だが個人的な感情に振り回されている場合ではない。負の感情を抑え込んで、彰は暗号の解読を優先した。
 まず表でやったように、ひらがなにしてそれを表にある文字から消してみる。しかしバラバラな上に形もなさなかったので、その考えは放棄する。今度は文章自体から三人の名前のひらがなを消してみた。
『ぷれいやー  よく  いいのちを、  をやりすぎ  のようにち   』
 これも意味が分からない。
 あれこれ文章をいじっている内に、彰はこの三人の漢字が文中に登場していることに気付く。
『雫』『水』『木』
 ない漢字は武長の『武』と木原の『原』の漢字。合わせれば武原となり、充分名前として墓標に書かれていても不思議はない。
 とりあえず、わずかばかりの期待と共に、彰は武原の文字が刻まれた墓標を探し始めた。
 一つ一つ墓標を確かめていくと、その期待は薄れていった。墓に刻まれている文字はどれも、普通の人名ではなかった。神、悪魔、青龍、妖精、吸血鬼、想像上の生き物の名前がどの墓標にも彫られている。
 落胆と共に見て回り、彰は一つの墓の前で足を止めた。
『玄武』
 墓にはそう刻まれていた。玄武は第一ゲームであった絵に出てきた生物の一匹だ。確か蛇に絡まれた亀だった。だが彰が目を止めたのはそこではない。玄武という文字だった。
 玄武、『げん』に『たけ』。『たける』。
 二つの漢字が浮かび上がる。
 彰は直感的に閃いた解答を信じ、玄武の墓を暴くため土を掘り返し始めた。
 傷を負っている肩からは激痛が走るが、歯を食いしばってそれに耐える。
 数分後、硬い感触と共に石版が土の中から出てきた。
 模様も琴音に取られた石版と同じ。鍵の片割れに、間違いなかった。
「おしっ……!」
 小さくガッツポーズをする。
 これで二つの暗号を解読した事になる。つまり、暗号を解読できるだけの実力が自分にはあるという事だ。それは彰にとって重大な事実だった。このゲームをクリアできるだけの力量が、確かにある。
 確信を持ち、とりあえず彰は石版をしまって逃げる事にした。
 すでに十時の方角で自分が鍵を入手した事が、端末を通じて他プレイヤーに通知されているはずだ。いつまでも悠長に考えている暇はない。
 今回は逃げる時に端末をチェックしながら走ったため、自分が探知される度に走る方向を変える事が出来た。そのおかげか、他のプレイヤーに出会うことなく十二時の方角にまで逃げ延びる。ここまで来れば、あとは身を隠すだけで充分だろう。
 彰は小さな公園の茂みに隠れた。逃げた場所に公園があった自分の幸運に感謝しつつ身体を休める。
 全力疾走でないにせよ、それなりの距離を走ったのだ。傷の痛みもあり、彰の体力は限界に近付いていた。おそらくかいている汗は、走ったからだけではない。
 少しして怪我の治療をした時、ついでに買った暗号を取り出す。
 まだ動ける程回復してはいないが、頭脳労働をできるくらいまでには痛みも和らいでいる。
『鍵は地図の中心の位置にあるよ』
『いいや違うね。空っぽの頭で嘘言うなよ』
『じゃあ本当の事言ってやるよ。鍵は実は南にあるんだ』
『出鱈目ばっか言うな! 頭真っぷたつにするぞ』
『やって見ろよ。ばん御飯までに返り討ちにしてやる』
『お前なんかめじゃない! お前に勝つのなんか朝飯前だ』
『こっちこそ、天狗になってるお前なんか簡単にぶちのめしてやる』
『言ったな。じゃあこっちはお前を鉄棒にぶら下げて宙づりにさせてやる!』
 子供が書いたせいか稚拙な文字と文章で書かれている暗号は、時々漢字で書かれていない箇所もあった。
 暗号の裏も確認し、首をかしげる。
「これだけか?」
 問題文もなく、ただ子供の会話の文が書いてあるだけ
 それはある意味、一番暗号らしい暗号だった。何を言っているのかまるで分からない。
 最初の男の子は鍵の場所を教えてくれている。嘘か本当かは分からないが、とりあえず地図の中心だと明言していた。まぁその後南だと言っているから、信憑性は皆無だし、これがそのまま鍵の位置を示していては暗号にはなり得ないだろう。
 この子供達の会話は、おかしなところがありすぎて、どれがおかしいのかもよく分からなくなる。しかし子供が書いた文章と会話というなら、納得は出来た。子供の話がいきなり飛ぶ事はよくある事だ。
 それでもこれだけ筋の通らない会話を読めば、どこに重点を置いていいか分からず、思考があちこちをさ迷い歩く。
 頭を掻きむしりながら意味不明な暗号文を眺めていると、ポケットの端末が震え出した。
 また自分の居場所が探知されたのかと思い、端末を取り出し画面を見る。
『プレイヤー鹿島が八時の方角にて鍵の片割れを入手』
 驚きに目を瞠る。すると数秒後、再び通知が来た。
『プレイヤー鹿島が石版を組み合わせ鍵を入手』
 彰はその文章を見て固まった。
 これで琴音はもはや出口を見つけてくぐるだけとなった。だがこれが通知された事によって、琴音は全プレイヤーからの標的となってしまったはずだ。無事出口へと辿り着ければいいが、そうでなければ……。
 暗澹たる想像に、彰は首を振った。
 自分を裏切り嵌めるほどに狡猾になった琴音が、そう簡単に他プレイヤーに捕まるとは思えない。助けようとしたところで、自分はきっと琴音を見つける事すらできないだろう。
「琴音……」
 左手に巻きつけているチョーカーを見ながら、小さくその名を呟くと、胸がちくりと痛んだ。
 それ振り払うように両手で頬を叩く。今考える事は別にある。
 琴音が暗号を見つけたという事は、もう暗号は残り一つしかない。誰かに取られてしまえば、奪い返すのは困難を極めるだろう。
 彰は再び暗号との睨めっこを開始した。
 しばらく悩み続けたが、全く解読は進まず、彰はたまらず後ろに倒れ込む。
 頭を使いすぎて脳がシェイクされてるような感覚に、彰はひとまず思考をシャットダウンして休憩を取る。
 時間を確認すれば、既に四時間が経過し、制限時間の半分が過ぎていた。
 何が起ころうが、あと四時間でこのゲームは終わる。
「なんで、こんな事になったんだかな……」
 遠くにある無機質な天井を眺めながら、なんとなしに思う。
(これが地上だったら、何処までも続く空が見えるんだよな……)
 もはや懐かしく感じる青空を思い出し、彰は笑った。
(こんなに空の事ばっかり考えてたら、また陸斗に馬鹿にされちまうな)
 女子から可愛いと称される幼馴染みの顔が思い出され、彰はもう随分と通ってない様に感じる学校の風景を記憶から呼び覚ました。
 陸斗と馬鹿を話した事。奏と二人で陸斗をからかった事。皆で一緒に食べた昼食の事。全員で遊んだ後に見た夕焼けの事。その全てがもう遥か昔の出来事の様に感じられる。
「帰らなくちゃ、な……」
 拳を天井に向けて握り、彰は呟く。
「そしてまた、陸斗の馬鹿をからかってやるんだ」
 拗ねて体育座りをする陸斗の姿を思い出し、彰は久しぶりに和やかに笑った。
(あれをわざとやってるんだから、陸斗も相当な役者だよ)
 冗談混じりに心の中で呟くと、自分の言葉に何か引っ掛かる物を感じた。
 わざとやってる……?
 彰は勢い良く起き上がって暗号を見た。
(おかしい……。これは子供の会話だが、本当は子供が書いてるはずがない。製作者が書いているはずだ。なのになんで漢字を使ってない部分がある?)
 子供らしく見せるためかとも考えたが、彰は自分の考えに首を振った。
(いいや違う。それなら位置が書けなくて鍵を書けるのはおかしい)
 良く見てみると、台詞一つにつき単語一つだけ漢字で書かれていない部分がある。
 彰はそれを別紙に抽出した。
 いち、から、みなみ、に、ぷた、ばん、め、てん、ちゅう。
「漢字に変換……」
 位置、空、南、似、二、晩、目、天、宙。
「これを読みやすいように直すと……」
 一から南、二番目、電柱。
「文に……なった」
 あまりにとんとん拍子に閃いた解読法に目を疑うが、暗号は分かりづらくとも確かに場所を示した文章になっている。
「多分この一ってのは地図上での一の方角の事だから、そこから南に歩いて、二つ目の電柱に鍵があるって事か?」
 半ば信じられない思いに駆られたが、とにかく彰はスケボーに乗って一時の方角を目指した。
 その道中やはり気になって琴音の姿を捜したが、琴音どころかプレイヤー一人見当たらなかった。
 一時の場所に辿り着き、彰はそこから南下した。一分も経たない内に一本の電柱を見つけ、さらに南下すると、すぐに二本目の電柱は見つかった。
 彰はキョロキョロと辺りを見渡して他プレイヤーの有無を確認した後、電柱を登り始めた。幸い電柱には手足をかけるところがあり、すんなりと登れる作りになっている。
 彰は出来る限り速く地面との距離を広げていく。こんな所を他のプレイヤーに見られれば、ここに鍵がありますと言っているのと同義だ。それでなくとも彰は、鍵を一つ持っているせいで他プレイヤーから狙われている。
 一番上まで登りきると、そこからはフィールドの端から端まで見渡せた。それはつまり、建物の陰にならなければどこからでも、自分の姿が他のプレイヤーから見えるという事だ。
 彰は電柱のてっぺんに石らしき物があるのを確認する。懸命に手を伸ばして、なんとか石版を掴む。ほぼ同時にポケットで端末が震えるのを感じ、彰は全速力で電柱から降り始めた。方角を知ったプレイヤー達がこちらを見れば、すぐに彰の姿は発見されるだろう。一刻も早く逃げなければならない。
 半分ほど降りた所で、七十メートルくらい先の交差点から誰かが曲がってくるのが見えた。間違いなく彰の石版を狙ったプレイヤーだろう。
 残り三分の一くらいになった所で、彰は電柱から飛び降りた。
 衝撃に足が痺れたため軽く蹲ったが、すぐにスケボーに乗って近くの路地裏に駆け込む。
 曲がれる所は全て曲がって全力で駆けて行き、途中からスケボーを降りて無音で走った。
 後ろで叫び声やらゴミ箱を倒す音やらが聞こえる中、彰は必死に逃げ回る。
(駄目か…………もう、追いつかれる)
 すぐ近くから聞こえる足音に、彰は半分諦め、心の中で弱音を吐く。
 視線を落とした彰の目に、捨てられたジュースの缶が目に入った。
 地下に造られたはずの場所に、ジュースの缶なんて物が落ちているわけがない。おそらく主催者側が演出のためにわざと置いた物だろう。
 利用できる、と瞬間的に思い至って彰はそれを拾い上げた。立ち止まり、大きく振りかぶって遠くにあるビルの窓に向かって放り投げる。
 缶は寸分違わず窓の中心にぶつかり、ガシャーンと大きな音を立ててガラスを破った。
 彰はその音を背中に聞きながら、反対方向に全力で走った。
 ガラスの割れた音を聞きつけた他プレイヤーが、声を上げてビルに向かっているのを音で確認すると、自分は路地を曲がって離れて行く。おそらく他のプレイヤーは、彰がそのままビルの中に隠れたと思い込み、自分を探し回るだろう。勘のいいプレイヤーはこれがフェイクだという可能性に気付くかもしれないが、ビルの中に隠れた可能性は捨てきれないし、ある程度の時間稼ぎにはなるはずだ。
 そのまま全力で五分以上走り続けたところで、ようやく喧騒が聞こえなくなり、彰も座り込んで身体を休めた。勿論物陰でだ。
 息が乱れる中、彰はポケットから二つの石版を取り出した。
 これで、これでやっと俺も、クリア出来る……。
 石版を合わせようとした瞬間、横合いから怒鳴り声がぶつけられる。
「待ちなさい!」
 振り向くと、そこには見慣れた女が立っていた。
「三島……」
「その石版をよこしなさい」
 血走った目で、ナイフを両手で握り締めながら脅しを掛けてくる三島。
 彰は疲れ切った身体に鞭打って立ち上がり、三島と向かい合った。
「悪いがそれは出来ないな」
「いいからよこしなさい!」
 親の仇でも討つかのように、切羽詰った形相で三島はヒステリックに叫んだ。利用したはずの琴音に裏切れ、さらにその琴音が鍵を手に入れたのだ。自尊心がズタズタに切り裂かれ、心も限界まで追い詰められているのだろう。
 彰は石版をポケットにしまうと、腰の辺りから武器を取り出す。
 それを両手で構えて三島に向けた。
「こいつで撃たれたくなかったら、素直に引き下がるんだな」
 彰は武長から奪った拳銃の照準を三島に合わせた。
 一瞬三島は目を瞠ったが、すぐに強硬な態度に戻り反論する。
「そんなもの、ただの脅しでしょう! あんたにそんなもの撃てる訳ない!」
「なら試してみたらどうだ?」
 彰は感情を感じさせない表情で、無機質な言葉を口にする。
 三島は逡巡した後、憎しみのこもった怒声を上げて突っ込んで来た。
「死ねえぇぇええぇぇぇぇ!」
 彰はわずかに銃口を下げると、突撃して来た三島に向かって躊躇いなく引き金を引いた。
 放たれた弾丸は、三島の右の太ももに着弾する。
「ぎゃあぁあぁああぁあぁぁぁぁぁぁ!」
 走っていた三島は勢いがついたまま前方に倒れ込み、絶叫を上げて撃たれた箇所を両手で押さえた。
 地面と壁が三島の太ももから噴き出す鮮血で所々赤く染まり、彰の顔にも軽く付着する。
 その様子を一瞥する事もなく、彰は冷めた目で三島を見下ろすと、地面をのた打ち回る彼女の横を通り過ぎて大通りに出た。
「ま、待ちやがれ糞ガキィィィィ! あんただけは許さない! 殺してやる! 絶対に殺してやる! 地獄の底まで追い回してぶっ殺すうぅぅぅー!」
 三島の怨嗟の叫びを背中に聞きながら、彰はその場を離れた。
 唇が切れるほど強く噛み、早足に歩いていく。
 途中また路地裏に入り、近くにあったゴミ箱の蓋を開けると、彰はその中にひたすら我慢していた吐瀉物をぶちまけた。
 両膝をついて、彰は滝のような勢いで嘔吐する。
 三島の姿や血を見て吐いたわけではない。
 彰はこれまで、たとえ敵といえども他人を傷付ける行為はしなかった。それはプライドだったのかもしれないし、良心の呵責だったかもしれないし、はたまた自分には絶対に出来ない行為だったのかもしれない。その全てとも思えるが、彰はその理由を自分で完全には言葉に出来ない。
 だがいま、彰は三島を撃った。
 今までどんなに追い詰められてもしなかった行為を、彰はその手で行った。自分が助かるために人を傷付け、見殺しにする。そんな残虐な自分に、彰は耐えられなかった。
 疲労感も全て無視して吐き続けて数分、ようやく嘔吐が収まる。汚れた口を拭い、休む間もなくポケットから二つの石版を取り出した。
 恐る恐るその二つを組み合わせる。
 すると石版はピッタリとくっ付き、何故だかもういくら力を込めても割れる事はなくなった。
 改めて石版を見ると、中心に血染めのような赤で、一文字だけ文字が浮かび上がっていた。
 二つ並んでいた円がくっ付きあい、綺麗な『8』の字がその姿を現す。
 その血染めのような文字と真っ黒な背景には見覚えがあった。闇ショップの看板だ。裏側には、対照的に白い背景に文字の青が綺麗に映えている。まるで青空と雲のようだ。比率は逆な気もするが。
 彰が石版を見ていると、ポケットの端末が情報を通知するため震え出した。
 内容は分かっていたが、彰は確認のために端末を取り出して画面を見る。
『プレイヤー彰が石版を組み合わせ鍵を入手』
 方角は示されていなかったので、ここが見つけられる事はないだろう。だが鍵を入手した事で、さっきの三島のように死に物狂いで鍵を狙われるだろう事は予想に難くない。とっとと出口を見つけて脱出してしまわなければ、鍵どころか命も危ないだろう。
 彰はポケットに石版。鍵をしまうと、スケボーを脇に抱え足音を立てないように注意しながら走り始めた。
 あの鍵が出口の場所を示すのなら、そこは八時の方向の闇ショップ以外にありえない。現在地は地図で確認しても正確には分からなかったが、おそらくここは一時と二時の間くらいの場所だろう。丸っきり正反対の方角にあるその場所に、誰にも見つからず行くのは至難の技にも思われるが、他プレイヤーの殆どはさっき自分を追ってきたはずなので、急げば見つからずに辿り着けるかもしれない。
 わずかな期待だったが、彰はそれを信じひたすらに走った。
 路地裏を中心にがむしゃらに走り続け、奇跡的に誰とも遭遇せずに闇ショップに辿り着く。安堵しながら扉を開けようとして、店の前に何かが落ちている事に気付いた。
 それはたいして大きくもない紙切れだった。
 今までこのゲームに空き缶などが落ちている事はあったが、小さな紙切れが落ちているのは初めての事だった。
 なんとなく気になり、拾って目を通してみる。
 それは、真っ赤な血で書かれた短い文章だった。
『見落しがちな目の前の真実』
 血が渇き切っていなかったため、所々血の文字が滴っていて読みづらかったが、確かにそう書かれてあった。
「暗号か……? それとも何かの罠……?」
 彰はその場で深く考える事はせず紙をしまうと、一度深呼吸をして意を決し、闇ショップの中に入った。
「いらっしゃい」
 軽く聞き慣れた店主の声に嫌なものを感じながら、彰はポケットから石版を取り出した。
「あぁ、なるほど。街を出たいのですね。では携帯端末をお貸しください」
 たったそれだけの動作で店主は理解したのか、彰に向かって手を出して端末を要求する。
 彰が素直に端末を渡すと、店主は奥に引っ込んでいった。
 数十秒後、すぐに店主は戻って来た。
「どうぞ」
 差し出された端末を彰が受け取ると、店主は口を開いた。
「その端末には出口の場所を示すメッセージを転送しておきました。ですがこのメッセージを転送する際、門番にハッキングされてしまったようで、貴方が逃走者だとばれてしまいました。こちらの不注意で非常に申し訳なく存じますが、あと一時間以内にこの街から出なければ、門番に場所を特定され殺されてしまうでしょう。どうか、お気をつけてください」
「なっ!」
 いきなり制限時間がわずかになり彰は息を呑む。渡された端末に残り時間が表示され、それがいまこの時も数字が減っている事に気付いた彰は、店主に背を向けて店を出た。
 端末を操作し、制限時間の画面から出口の場所を示しているというメッセージを開く。
『鍵を合わせ、金を十持って広場へ行け』
 またも暗号チックな文章に、彰は眉を顰めた。
 鍵は勿論この石版の事だろう。だが後半のお金を十持って広場に行けとはどういう事なのか?
 彰は懐から地図を取り出して広げる。
 地図全体を見渡すと、広場と思われる場所は三つほどあった。
 だがどの広場も地図の端にある。三時と五時と八時の方角だ。
 彰は地図をしまい、とりあえず近くにある八時の方角にある広場に行く事にした。何も分からないなら、少しでも手がかりがありそうなところに行くしかない。時間は一時間しかないが、ここで立ち往生するよりはマシだろう。
 スケボーに乗り、全速力で走り出す。
 数分で目的の広場に来ると、辺りをくまなく探した。
 何かの陰で見落とす事がないよう慎重に、しかし最大限迅速に探し回ったが、それらしい出口や暗号は見つからなかった。
 もうすでに八分ほど時間を費やしてしまっている。彰は休む事もせず、すぐに五時の方角にある広場に向かった。だがそこでも芳しい成果は得られない。
 そして最後の三時の方角にある広場に向かって走り出そうとした時、彰は視界の隅に人影を捉えた。
 慌てて物陰に隠れて、プレイヤーと思われる人影を盗み見る。そのプレイヤーは、彰の肩にナイフを突き刺した男だった。相方と思われる理人とか言うプレイヤーがいない事に気付き、周囲を素早く見渡す。だが視界のどこにもプレイヤーと思われる人影は見つからない。
 ここで接触するのはリスクを高めるだけだと判断し、彰はナイフ男(名前は顔写真と共に見たが、忘れてしまったので勝手に名付けた)に見つからないよう小走りでその場を離れると、急いで最後の広場に向かった。
 音が響いてしまうスケボーは使わず、自分の足で走る。さっき近くで一騒動起こしたので、この近くには多分複数のプレイヤーがいるはずだ。
 見つからないように、しかしなるべく素早く移動して広場に辿り着き、辺りを満遍なく散策する。
 見落としがないよう草の根掻き分けて探したが、どこにも出口は見つからなかった。
 もう一度地図を取り出して広場を探すが、やはり該当しそうな場所は他にない。
 だとすればやはり出口を示す文も暗号になっているという線が濃厚だが、悠長にそれを解く時間はあまり残されてはいない。
 焦りが心を支配する中、彰は端末を取り出そうとして後ろからの物音に気付く。
 慌てて振り返ろうとした彰だが、その前に何者かに頭を殴らりつけられ地面に転がった。衝撃で持っていたスケボーが手から零れ落ちる。
 転がりながらも相手を確認しようするが、襲撃者は彰が振り向くより前に、横腹に蹴りを入れ余計な行動を許さない。
「がは……!」
 口から呼気が漏れ、落ち着く間もなくさらなる蹴りが腹にぶちこまれる。
 それが何度も繰り返され、痛みで動けなくなった頃、彰は襲撃者に髪を引っ張られて無理矢理立たされた。
「いいざまだな。奇襲じゃ虎の子のピストルも使えないだろ」
 口角を斜め吊り上げ、余裕の笑みで自分を見下ろす男に、彰は見覚えがあった。理人とか言うナイフ男の連れだ。
 痛みで思考が薄れてくる中、彰は男の顔を確認する。
「お前の拳銃は没収させてもらうぜ。こいつは高校生にゃ過ぎたオモチャだからな」
 懐から重たい物が抜かれるのを感じる。
「ついでにこいつもいただくか」
 理人という男が手に取ったのは、拳銃と一緒に忍ばせておいた端末だった。鍵は大きさの関係で懐ではなくポケットにしまってある。
「『鍵を合わせ、お金を十持って広場へ行け』だと。なんだこれ?」
 端末に表示された暗号を見て、理人は首をかしげる。
 だがすぐにその意味に気付いたのか、にやりと意地を悪い笑みを浮かべた。
「なるほど。こいつが出口を示した暗号ってわけか。はっ、こいつはいい。だからこんな所にいたってわけだ」
 喜々した表情で理人は一度彰の腹をぶん殴る。
「ぐふっ」
「だが俺はテメェに取られた所為で金なんて一銭も持ってないんだ。とっとと返してもらうぞ」
 理人が金を探そうと再度彰の懐の中に手を入れる。
「お、これか」
 理人が彰の懐から手を戻し、手に入れたものを確認した。
「現実世界じゃ二束三文にもならないとはいえ、人様から金を盗むもんじゃないぜ」
 金の入った袋を見て、彰を嘲笑う理人。
 そんな中、彰は理人の発した言葉、「現実世界」に違和感を覚える。
「さて、次は鍵を頂こうか。それさえ手に入れれば、お前は用済みだしな」
 理人がポケットに手を伸ばそうとした瞬間、彰は身体に残る力を振り絞って動いた。
 力なく膝から折れていた足を踏ん張り、逆の足で理人の股の間を思い切り蹴り上げた。
 不意を突かれた理人は、なんの警戒もない状態で男の急所というべき場所に蹴りをくらい、声にならない悲鳴を上げ悶える。
 理人の手から離れて落ちた拳銃を思い切り蹴飛ばし、地面に落ちた端末を拾うと、彰は地面に転がっていたスケボーに飛び乗って走り出した。
 背後から理人の叫び声が聞こえたが、それを無視してその場から離れる。金と拳銃は置いてきてしまったが、そんなものに構っている余裕はない。
 彰は躊躇うことなく全力で逃げた。復活した理人に拳銃を撃たれては、これまでの全てが無駄になる。
 絶対に追って来られないと確信できる距離まで逃げ、彰は端末を取り出した。
 さっきの理人の台詞の一つが、彰の胸に妙に引っかかっていた。まずはそれを当たろうと、端末を操作する。
 画面を見ながらいくつか操作していくと、お目当ての情報はすぐに見つかった。
 彰が端末で呼び出したのは、最初に聞かされたゲーム設定の説明だった。
『このゲームでの貴方の役割は逃走者です。資金は先程渡した五百ミル。ミルはこの世界でのお金の単位であり、価値は日常で使うお金の千分の一ほどしかありません。ですがその資金を使えば、闇ショップでマップなどの商品を買うことが出来ます』
 真っ黒な画面に最初の説明が一字一句違わず表示される。
 彰が気になった部分は、この『ミル』と言うお金の価値だった。この『ミル』と言うお金は現実世界では千分の一の価値しかない。つまり、今現在自分が十万ミルも持っていたとしても、現実世界では百円の価値しかないのだ。逆に言えば、十円というのはこの世界では一万円に相当する。お金を十持つというのは、現実世界での十円を持つ、つまりこの世界で一万円を持つという事に等しい。そして、広場に行けというこの言葉。広場は英語でホール。この二つを合わせるならば、答えは一つ。
「マンホール……」
 どこにあっても不自然じゃないマンホールならば、確かに誰も出口だという事に気付かないだろう。カモフラージュとして、これほど適切な物はない。
「あとはどこのマンホールかってことか……」
 普通に考えれば八時の方角に間違いない。鍵である石版にはっきりと『8』の文字が刻まれているのだから。だがここまで綿密に暗号を作った主催者が、最後の最後でこんな単純な出口の示し方をするだろうか?
 見落としがちな目の前の真実、か。
 不意に闇ショップで拾った血染めの文字が思い浮かんだ。ポケットに入っているそれは、この暗号の意味を表してるように思えた。ミルの本当の価値と、広場の意味、その見落としていた二つを合わせる事で、出口がマンホールだと分かったのだ。
 鍵を合わせ……お金を十持って……。
「まさか……!」
 鍵に書かれている八、そして暗号に書かれている十、それを合わせれば十八。定時法で考えれば、十八は九時の方角になる。
「一応筋は通る……か?」
 確証はない。だが考え得る出口がそこにしかないのも確かだった。
 不安を胸に抱きながらも、彰は足元のスケボーに乗り走り始めた。
 プレイヤーに見つからない様に路地裏を中心に進んでいき、目的の場所まで五分ほどで辿り着く。
 奇しくもそこは彰のスタート地点にほど近い場所だった。西門を一度見上げ、どでかい門の前から半円状を描くように彰はマンホールを探していく。しかし、すぐにマンホールは見当たらず、次第に彰の中の不安が膨張していく。そして案の定、いくら距離を踏もうともマンホールは見つからなかった。
「そんな……」
 焦りが心を侵食していく。
 暗号の解き方が間違っていたのか。だが残り時間はあと二十分弱しかない。悠長に一から考え直して間に合うかは随分と怪しい。
 焦燥が混乱へと変わっていき、地に膝をつく彰に影が歩み寄る。
「やっと見つけたよ、彰君」
 その声に悪寒を感じた彰は、咄嗟に身構えながら振り返った。
「君と僕は中々縁があると思わないかい? こんな狂ったゲームで、ここまでお互いを敵対し合えているんだからさ」
 いままでとは違う、異質な笑みを浮かべた武長がこちらに向かって歩いて来る。
「そうとは思えないな。いつも突っかかってくるのはお前が先だろう」
 焦燥よりも警戒心が先立ち、彰は冷静さを取り戻す。
 だがそれは事態が悪化している事を意味していた。
「つれないなぁ。少しは会話を楽しもうって気はないのかい? これが君の人生最後の会話になるんだよ」
 不穏当な事を口走る武長。やはり自分を殺す気だったと確信した彰は、逃げ出す機会を窺いながらも話を続けた。
「人生最後の会話か。お前に未来予知ができるとは知らなかったな。スタンガンで気絶させられる事も予知してたのか?」
「フフフ…………」
 急に武長は喉の奥を震わせて笑い始めた。
「少しゲームをしないかい? 君が本当に生き残れるか賭けてさ」
 唐突な提案に、彰は眉をひそめる。
「僕と君、死ぬのはどちらか。命というチップを君はどちらに賭ける?」
 本当に楽しそうに笑う武長に対し、彰は嘲笑を返す。
「ルールが崩壊してるぞ。勝敗条件とチップが同じじゃ、賭けは成り立たない」
「ならゲームは止めて、ただ殺し合ってみようか!」
 言い終わるのを待たず、不意を突いて武長はこちらに向かって走り出す。
 だが彰はその気配を察して、武長が動き出すより先に踵を返して逃走を開始していた。
 路地裏へと入り、曲がり角をランダムに曲がって武長を振り切ろうとする。
 しかし、しばらく走って彰は違和感に気付いた。
 一向に武長が追って来る気配がないのだ。
 彰が路地裏に入ってすぐに、武長の足音はおろか怒鳴り声すらも聞こえなくなっていた。
 気配を殺しながら追ってきているのか、それとも諦めたのか。後者は考えにくいので、おそらくは前者だろう。だがそれでは確実に追うスピードは落ちる。効率的な方法とはとても思えないし、武長がそれを理解できないはずもないが……。
 疑問に抱きながらも、彰は路地裏を抜けて大通りに出た。
 その瞬間、彰は何者かに地面に引き倒された。
「余計な行動はしないでおくれ。寿命を縮めるよ。どうせ数分の差だろうけどね」
 暴れる視界に銀色に光る物体が映る。焦点が戻り行動を起こせる状態になる頃には、首筋にナイフを突きけられ動きを封じられていた。自分の見下ろしていたのは、予想通り武長だ。
 ニヤニヤと不愉快な笑みを浮かべる武長への恐怖を抑えながら、時間稼ぎになるかも解らない質問を口にする。
「なんでここから出て来ると分かった? 路地裏に繋がる道なんていくらでもあるだろう」
 彰の問いを武長は鼻で笑う。
「簡単な事だよ。君が鍵を取る度に、プレイヤー探知機を使って逃走傾向を調べていたんだ。ある程度範囲の予測をして先回りすれば、あとは足音からどこから出てくるのかは一目。いや、一耳瞭然(いちじりょうぜん)。理解したかい?」
 武長がご丁寧に説明してくれている間にも彰は必死に打開策を考えたが、ここまで絶望的な戦況を引っくり返す一発逆転のアイディアなど思いつくはずもない。
「さて、鍵を出してもらおうか。君もここで殺されたくはないだろう?」
「生かすつもりもないのに、よくそんな出任せを言えるな」
 皮肉の一つも返す余裕のない彰に、武長は再度鍵の献上を促す。
「それが分かってるなら話は早いね。勝負は僕の勝ちだ。今すぐに鍵を渡して殺されるか、殺されてから無理矢理鍵を取られるか選んでくれ」
 ゴクンと、彰は喉を鳴らし唾を飲み込んだ。
 態度こそ穏やかなものの、迷いのない目、ナイフを突きつけているのに汗もかいてない手、そして何より有無を言わせない殺気とも言える威圧感。その全てが自分を殺すのだと物語っていた。
「どちらにするか、あと五秒で答えてくれ。僕も気が長い方じゃないからね」
 その言葉を聞いて彰の身体が目に見えて強張る。
「一」
 死のカウントダウンが始まる。
「二」
 彰は動けない。
「三」
 自分の生死の決定づける行動なんて、そう簡単に取れるはずもない。
「四」
 そんな中、武長の指定した五秒が終わりを告げた。
「五。さぁ、どうする彰君」
 首筋に突きつけられる死の恐怖に抗えず、彰は震える手を動かした。
 ポケットにある石版を取り出す。
 武長はそれを毟り取るように奪うと、左手でそれを軽く上に投げながら満足そうに笑う。
「中々素直じゃないか。さて、次は僕の拳銃と出口を示す地図みたいなものでも渡してもらおうか。持ってないわけはないだろう?」
 武長の頭の回転の速さに感心と苦々しさを感じながら、それでも出口を示した暗号が、地図のような紙媒体だと勘違いしている事実は、わずかな光明と言えるのだろうか。
「その二つはもう他のプレイヤーに盗られた。嘘だと思うなら、調べればいい」
 平静を装って喋っているが、彰の言葉にはもう相手を挑発するような棘がなくなっている。恐怖に抗えず、彰は強気の姿勢を保てなくなり掛けていた。
「それじゃあ君はもう用済みだ。たった半日以下の付き合いだったとはいえ、君とのゲームは楽しかったよ」
 武長のナイフを持つ手に力が加わる。
「さよなら、彰く……」
「本当に俺を殺していいのか?」
 死の宣告を遮って、彰は口を開いた。
「どういう意味だい? 苦し紛れの命乞いをするなんて、君らしくないじゃないか」
「俺を殺せば、お前はこのゲームをクリア出来なくなるぞ」
 声が震えていないかの確信もない中、彰はなんとか張りぼての虚勢を張る。
 その脅しに興味を引かれたのか、冷たいナイフによる圧力がわずかに弱まる。
「説明してもらおうか」
 ここが正念場だと、彰は感じた。もし不用意な発言を一つでもすれば、容赦なく殺される。
「まず一つ目の理由は、出口を記した暗号の内容を俺は覚えている」
「そんなのは今、君に無理矢理吐かせれば済む事だろう」
「話は最後まで聞け。二つ目の理由は、その鍵はあと十数分で使用不可能になる」
「どういう事だい?」
「出口を記し暗号を貰う時に、この鍵を逃走者が持ってる事がばれたんだ。もし一時間以内に脱出できなければ、この鍵は永遠に使えなくなる」
 彰の話を聞いて武長は軽く黙考すると、再度ナイフを強く押しつけてくる。
「信じる根拠が乏しいね。それに、それがなんで君の命を助ける要因になるんだい? さっきも言ったけど、いまここで暗号の内容を吐かせれば済む話じゃないか」
「前者に関して言えば、端末で店主の発言は確認が可能だ。だが後者に関しては、俺が暗号の内容を吐く事は絶対にない。出口までの案内だったらしてやるがな」
 彰に魅力的な提案ができた自信はなかった。しかしここで武長を言いくるめられなければ、彰に命はない。
「馬鹿馬鹿しいね。どうせ君はそう言って、案内の途中に逃げるつもりだろう? 僕がそんなチャンスを許すとでも思うのかい?」
「俺はお前に鍵を奪われた時点で、もうゲームを脱落したも同然だ。それならせめて、生きてこのゲームを脱落したいと思うのはおかしいか? お前がゲームをクリアすれば、邪魔だった俺を殺す理由はなくなる。どちらにもメリットがある話だと思うがな」
 気付かれない程度に息を呑んで、彰は武長の反応を待った。
 極限状態の中で、でき得る限りの事はした。自分を殺す事でのデメリットと、自分を生かす事でのメリットの提示。鍵の部分の説明では、咄嗟に嘘も混ぜ込んで都合よく話を捏造する事も成功した。もう一度同じ状況に陥っても、同じ事はできないと思えるほど、上手くやったと言っていい。
 だが結局、そんな命懸けの説得も武長の気まぐれ一つで水泡に帰すのだ。武長が殺したいほど自分を憎んでいた場合、一にも二にもなく殺されるだろう。所詮は焼け石に水程度の悪足掻きだといういう自覚はある。それでも助かる可能性はゼロではないのだ。
 身体が震え出しそうなのを必死で押さえ込み、なんとか余裕の笑みを浮かべて武長の決断を待つ。数秒後、ゆっくりとナイフが喉元から離されていき、彰は表情には出さず心底安堵した。といっても完全に開放された訳ではもちろんなく、ナイフの切っ先が身体からわずか数センチ離されただけだ。
「中々に魅力的な君の可愛い命乞いを受け入れてあげるよ。だけど僕の言う事には全て従ってもらうからね」
「出口の場所を今すぐ吐け、なんてのは聞けないぞ」
「まずはナイフとそのスケボーを没収させてもらおうか。抵抗や逃走なんてものは諦めてもらうよ」
 予測していた事態に、彰は素直に従う。これで逃げる事も相打ち覚悟で戦う事もできなくなったが、武長の言う通りそんなものはもう諦めている。
「それじゃあ早速案内してくれるかい。僕の前を歩いてもらうけど、決して逃げたりはしないようにね」
 ナイフの切っ先が背中に当てられる感触を確認し、彰は慎重に歩き出す。
 時間稼ぎのような行動や、不審な所作を取れば迷わず武長は背中にナイフを突き刺してくるだろう。だが実際問題として、彰は出口の場所を知らない。さっきまではこの辺りにあると思っていたのだから当然だ。そうなると彰には、案内する振りをしてどうにか逃げる以外に生きる道はないのだが、背中にピッタリとくっ付く濃密な敵意と圧力は、逃げる隙など微塵も許してくれそうにはない。
 とりあえず八時の方向に向かって彰は歩き始める。
 石版の指し示す通りなら、出口はそこにあるはずだ。そんな安直な考えで解ける暗号ではないだろうが、もうそこ以外に思い当たる場所はない。
「彰君、もう少し速く歩いてくれないか? このままじゃ鍵の有効時間が過ぎてしまうんだろう?」
「あぁ……」
 考え事をしていたせいか歩調が緩まっており、武長の穏やかでありながら冷たい声音に肝を冷やす。だが武長にはなぜか苛立ちも焦りも感じられなかった。時間制限が迫り、彰が本当に出口に向かっている確証もないのに、余裕綽々の態度を貫いている。
 その様子に違和感を覚え、彰は武長の真意について考えを巡らす。
 もしかしたら、武長はこのゲームをクリアする事に興味がないのではないだろうか。だからこそ自分が本当にゴールに案内するかなんて、実はどうでもいいと思っているのではないか。
 しかし武長がクリアを目指していないのならば、自分を殺すチャンスを逃すのはおかしい。逃げられる危険を冒してまで、出口を知らない自分を生かす理由はないだろう。ならなぜ、武長はこんなにも落ち着いているのか。
 思考が出発点に戻って堂々巡りする中、彰は視界の隅におかしな影を捉えた。思わず歩きながら振り返る。
「ん? どうしたんだい」
 武長が急に振り向いた彰を見て不審げに訊ねる。
 誰もいない横道を見つめながら、彰は首を横に振った。
「いや、なんでもない。気にするな」
 そう言いながらも、本当に見間違いかの確信が彰には持てなかった。
 もし自分の気のせいか何かじゃなければ、まず間違いなくプレイヤーだろう。彰が鍵を奪われた事は端末を通して通知されているはずなので、狙いは十中八九武長という事になる。だが実際問題、こんなにも短時間で自分達を見つけられるものだろうか。まだ鍵を奪われてからは数分しか経っていない。たまたま近くにいたとしても、それならばなんらかの気配は察知できそうなものだ。見つけられるよりも早く自分達を発見し、音もなく近付く。しかもそれを数分でやってのけているとしたら、それこそ漫画の中のキャラクター並のスペックが必要となりそうなものだ。
 思考に没頭し、注意が疎かになっている彰は気付かなかった。自分が今まさに通ろうとしているすぐ横の路地に、ナイフを持った男が潜んでいた事に。
 何かに反射する光を感じて咄嗟に振り向いた彰だが、その時にはもう遅かった。男の持つナイフはもはや彰の目と鼻の先に迫っていた。
 咄嗟に目を閉じた彰だが、その肌が無慈悲な刃に貫かれる事はなかった。代わりにすぐ横でガキィンという金属音が響き渡る。
 恐る恐る目を開くと、武長が襲撃者の突き出したナイフを自分のナイフで防いでいた。
 彰は咄嗟に考えるよりも速く横に転がってその場を離れた。
 彰が行動したのとほぼ同時に、武長と襲撃者も互いに距離を取る。距離がひらいた事で、彰にも襲撃者の顔がはっきりと目視できる。襲撃者は、自分の肩をナイフで刺したあのえせ関西弁男だった。
 奇襲が失敗したのにも関わらずへらへらと笑う関西弁男は、武長に向かって軽快な口笛を吹いた。
「あんさんやるやないか。わいの奇襲を防ぐなんて、どっかで格闘技でもやっとったんか?」
「君こそ、人を刺す事になんの躊躇いも見られなかったようだけど?」
 いきなり襲われたというのに、武長に動揺した素振りは見られなかった。至って冷静そのもの。冷や汗をかいた様子さえない。
 対して関西弁男も余裕の笑みを崩さず、にやにやと武長を観察していた。
 この二人の様子に、彰は戦慄を禁じ得なかった。普通に生活しているだけの人間がこんな狂った状況下で、こんなにも平静に自分のペースを保っていられるわけがない。楽しんでいるような気配すら感じさせる二人に、彰は知らず知らず喉を鳴らした。
「わいはあんさんがあの坊主から奪ったっちゅう鍵を貰いに来ただけやで。おとなしゅう渡してくれんなら、それでええんけど」
「生憎だけど鍵はもう僕の物だ。渡す理由は一つもないよ」
「そか。ほなら行くで」
 飯でも食べに行くかのように気軽な口調で、関西弁男は武長に襲い掛かる。
 右手に持っていたナイフを斜め上から目にも止まらぬ速さで振り下ろす。彰であればなす術もなく斬られていたであろう攻撃を、武長はステップを踏むかのように後ろに軽く下がるだけでかわし、お返しとばかりに男に向かってナイフを真横に薙ぐ。リーチは武長の方が長く、決まるかに思われたそのナイフを、男は攻撃した勢いを利用して前方に転がる事で避けた。
 その後も紙一重の戦闘が目の前で繰り広げられる。
 彰はその光景を呆然と見ていた。命のやり取りをしているにも関わらず、片や笑いながら、片や眉一つ動かさずに、必殺の凶器を振り回す。そんな狂気じみた光景を呆然と眺めて、彰は自分の置かれた状況に気付く。
(いまなら、逃げられる……)
 流石の武長も、この状況で自分を追っては来られまい。武長が戦闘に集中しているいまだけが、危険を冒す事もなく逃げられる唯一のチャンスだった。
(でも、それでいいのか?)
 漫画やアニメの世界みたいな戦闘を繰り広げる二人を前にして、彰は己に問う。
 確かに武長が戦いに夢中になっているいまなら、簡単に逃げ出せるだろう。だがその代わり、自分はこのゲームをクリアする手段を失う。鍵を奪われ、タイムリミットも迫っているこの状況で逃げ出せば、ゲームオーバーは確実だ。罰ゲームとやらが何かは知らないが、どっちにしろまともな生活はもう二度と送れないだろう。
 目の前で行われている戦闘を見ながら、彰は右の拳を強く握った。
 いま、生き残る術があるとすれば方法は一つ。
 ゴクッと大きく息を呑み、彰は覚悟を決めた。
(どうせ死ぬなら、せめてちょっとでも格好良く死んだ方が華々しいしな)
 虚言で自分を奮い立たせ、彰は漁夫の利を狙うべく、戦闘に巻き込まれず、尚且つすぐに飛び出せるような位置に移動して機会を待った。
 こちらの動きに気付いていない二人は、お互いに攻撃と防御を繰り返し、必殺のタイミングを窺っている。
 長い攻防の末、関西弁男は武長に蹴りをいれられ、致命的な隙を作った。そこに武長は容赦なくナイフを振り下ろす。
 だが武長がナイフを振り下ろす前に、彰は動いていた。
 弾丸のように突進を仕掛け、全力で武長の身体に体当たりをする。
 予期せぬ方向から衝撃をくらい、武長はなす術もなく彰と一緒に転がる。だが彰は地面に倒れるまでの一瞬の間に、武長のポケットから鍵を抜き取っていた。
 二人揃って転がり、その勢いを殺さずに走り出した彰は、近くの路地へと脱兎のごとく逃げ出した。
 数秒後、思わず肩を竦めてしまう程の怒声が後ろから聞こえてくる。
「っの、ふざけるなあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ!」
 人生で初めてというほど死に物狂いで足を動かし、今度はルートを読まれないよう意識して角を曲がっていく。しかしあまりに慌てていたためか、彰は足元にある何かに躓いて大きく転倒した。勢いがついているせいで、回転運動でもしているかのような盛大な転び方をし、ビルの壁に身体を打ちつける事でようやく止まる。あまりの衝撃に顔を大きく歪ませ、痛みに一瞬状況を忘れる。だがそれもわずかな間で、すぐに彰は逃げるために地面に手をついて起き上がろうとする。だがそんな彰の眼前に、鋭い白銀のナイフが突きつけられた。
「やはり裏切ってくれたね、彰君」
 これ以上ないほどの笑顔を浮かべる武長に、彰の顔から血の気が失われる。
「僕は君がもう一度絶望するところが見たくて、あんな出まかせな命乞いに乗ってあげたんだよ。それがこうも完璧に期待に沿ってくれるなんて、もう大満足さ」
 そう言って武長はナイフを振りかぶる。
「というわけで、死んでくれ」
 これで賞金は俺のものになった。と、武長は心の中で微笑んだ。
 今度こそ死を確信した彰は、恐怖に固く目を瞑った。
 だが生きる事を諦めた彰を襲ったのは、冷たいナイフの刃ではなく、力なく倒れ込んできた人の身体だった。
 反射的に身体が反応して目を開き後ずさると、背中にナイフの刺さった武長が、自分に凭れ掛っていた。
「う、うわぁ!」
 さらに後ろに離れ壁に背中を押しつけると、武長の身体は力なく地面に倒れ伏す。
「や~と隙見せてくれたな。まぁ来世で返り咲いてくれや」
 ナイフを刺した当人であろう関西弁男が、人を刺した後とは思えない軽薄な口調で笑う。
 一瞬目の前の現実が飲み込めず呆けた彰だが、我を返ると、武長の落としたナイフを拾い上げ一目散に逃げ出した。
「逃がさへんでぇ」
 関西弁男が楽しそうに、彰を追って走り出す。
 まるで動物狩りでもするかのような軽いノリは、怒声を叩き付けられるよりも遥かに恐怖心を煽られる。
 もはや見慣れつつある路地裏を走り回り、彰は膝が崩れそうになるのを感じた。
 さっきから走りっぱなしだったのが、ここに来て響いているようだった。体力も残ってない上に、痛み止めが切れたのか肩の傷も痛み出している。
 全力で走る中、道に落ちている缶やゴミを拾う。
 ある程度集まったところで、それを一つずつ投げて左右の建物の窓を彰は割っていった。
 曲がり角を曲がって五つほど割ったところで、最後に割った建物の一つ前の建物の中に入り、窓の死角に隠れる。
 その後すぐに関西弁男が角を曲がった音がし、自分の姿がない事を怪訝に思ったのか走るのをやめて立ち止まった。
 荒れる息を必死に抑えながら、彰は耳を澄ませて関西弁男の出方を探る。
「なんや建物の中逃げたんか。追いかけっこの次はかくれんぼ、なんてわれは小学生かいな」
 呆れたように言って、関西弁男は向かいの建物へと入っていったようだった。ガラスを踏む音でそれが分かったし、少しだけ覗き見して、入って行くのも確認した。
 たっぷり三十秒ほど待って、逃げ切れた事に確信した彰は深く息を吐いた。
「助かったのか…………?」
「いいや、そんな事あらへんで」
 小声で呟いた独り言に返事があった事に驚き、思わず前方に転がって振り返る。
「あかんでぇ、一度撒いたくらいで安心しとったら。そんなんじゃ、あのサラリーマン君みたいにすぐ死んでまうで」
 関西弁男が一歩踏み出したのと同時に、彰は踵を返して再び逃げ出した。
 あんな化け物と戦う選択肢など最初からない。格闘技の経験などない自分では、五秒で殺されるだけだろう。
 五階までの階段を二段飛ばしで一気に駆け上がり屋上に出るが、そこに逃げ場などあるわけもなく、彰は立ち尽くした。
 何も出来ず右往左往してる間も、階段からは一段一段関西弁男が上がってくる音が、現実の恐怖として聞こえてくる。
 そんな中、彰は開けた屋上では隠れ場所として唯一と言っていいかもしれない給水塔を見つける。だがこんな所に隠れたところで即座に見つかるだろう。かといって、隠れる場所など他にはない。
 彰が屋上から姿を消したのと同時に、扉が開いて関西弁男が現れた。
「あっれ? 一体どこ行ったんやあの小坊主君は」
 辺りを見渡し、関西弁男はすぐに給水塔を気付く。
「あぁそこか。まぁ隠れられそうなのはそこしかないしな。往生際が悪いのは褒められた事やないけど、その諦めの悪さはだけはごっつ尊敬するで」
 関西弁男は梯子をゆっくりと上ると、顔だけ覗かせてそこに隠れているはずの彰と顔を合わせる。が。
「あら? いてへんやん」
 彰の姿はどこにもなかった。
 再び屋上を見返すが、彰の姿はどこにもない。試しに給水塔の中も覗いたが、もちろん彰はいなかった。
「どこいったんや?」
 その時彰は、関西弁男のいる場所の遥か下、地上の建物の影で痛みに耐えていた。
 関西弁男から隠れるために給水塔に登ろうとした彰の目についたのは、地面から屋上まで続いている長い電柱だった。それを見た瞬間、彰は直感的にそっちに向かって走り出していた。
 屋上から電柱までの距離はおよそ二メートル。飛び移れない距離ではない。
 関西弁男の足音がすぐそこに迫ってくるのが聞こえる中、彰は無我夢中で電柱に跳びついた。
 電柱に掴まり、勢い余って頬を思い切り打ちつけ、重力に従って加速しながら彰は滑り落ちた。数秒で電柱を掴んでいる手の平が摩擦で悲鳴を上げ始め、あまりの痛みと熱さに歯を食いしばるのも束の間、地面がそこまで迫っているのを目視して衝撃に備え目を瞑る。
 数秒と経たず足の裏から全身に衝撃が拡がり、足にとんでもない鈍痛が襲い蹲るが、なんとか足を引き摺るようにして建物の陰に隠れ、いまに至るというわけだ。
 五階分の高さから落ちた足は未だにかなりの激痛が襲い掛かり、両の手の平は摩擦熱で焼け酷い事になっている。おまけに肩の傷が色々あったせいで開き始めて血が滲んでいた。だがそれでも、休んでいる時間はなかった。急がなければ、制限時間が過ぎて鍵が使い物にならなくなってしまう。残り時間はもはや五分を切っていた。
 最大の問題であった出口の場所は、まだ分かっていない。いまから暗号を解いていたのでは、どうしたって間に合わないのは明白だ。せめて石版をはめられるようなマンホールはなかったか思い出そうと、ポケットから鍵を取り出す。手に取った石版は黒の背景に赤字の表面ではなく、白い背景に青地で描かれた裏面だった。だがそこで彰は、自分の思考に疑問を抱いた。なんでこれを裏面だと思った?
 答えは簡単に出た。表面の黒と赤のコントラストが闇ショップにそっくりだったからだ。しかし、それならなぜ裏面も同じデザインにしなかったのか?
『見落としがちな目の前の真実』
 不意に、闇ショップの前に落ちていた血染めの文章が頭に浮かぶ。
 わずかに記憶に引っかかり、彰はいままでのゲームを脳をフル回転させて思い出す。
 そして気付く。赤、黒、青、白、この四色全てにつながるものがあった事に。それは第一ステージの絵に出てきた四神。朱雀、玄武、青龍、白虎、の四体だ。どれがどの方位かは忘れたが、確かそれぞれが東西南北のどれかを司っていた。そしてこのゲームのマップでも、東西南北には門が設置されている。色が一つだけならばその方位の門まで行けばいいのだが、その全てが描かれているという事は、それだけではまだ足りない。石版に描かれたこの『8』の文字。これは何を意味するのかが分からなければ、正確な場所は分からない。
 と、そこで彰は表面と裏面では『8』の角度が九十度変わっている事に気付く。
「もしかして……」
 色を東西南北とし、文字を『8』と『∞』として地図上に合わせればどうなるか。実際にやってみるまでもない。大きさを合わせれば、文字は必ず地図の中央の一点で重なる。つまり、出口はこのステージの中心にある。
 その答えに思い至るのと同時に、彰は痛む足に鞭打って全力で走り出した。武長に奪われたスケボー取りに行く余裕もない。とにかく全力で仮想の街の中心に向かう。
 残り時間を一分ほど残して中央に辿り着いた彰は、そこにいままで一度も見つけられなかったマンホールを発見する。
 ポケットに手を突っ込んで鍵を取り出しながら走り寄るが、マンホールまであと数歩という所で、何者かに呼び止められた。
「待ちなさい!」
 ここに来てプレイヤーに遭遇した事実に驚きつつ、焦る思いを押しとどめて振り返ると、そこには拳銃の照準をこちらに定めて立つ女がいた。
「また会ったわね。貴方とは意外に、縁があるのかもしれないわ」
 その女は、前回のゲームで唯一彰を知略のみで負かした、雫だった。
 雫は拳銃をこちらに向けたままゆっくりと近付いてくる。そして二メートルほどの距離を空けて止まると、彰に向かって笑い掛けた。
「貴方が前のゲームをクリアしたっていうのも驚いたのだけど、まさかこのゲームでここまで来るなんて、想像もしてなかったわ。どうやら私は、貴方を相当見くびっていたようね」
「そんな世辞はどうでもいいんだけどな。どうしてお前はこんなところにいたんだ?」
 出口の場所を知っているのは、鍵を見つけて暗号を解いた彰だけのはずだ。雫がここで待ち伏せできる理由はない。だがこの場所で偶然会ったと思えるほど、彰も楽観的ではなかった。
「先にこの出口を通ったプレイヤーを見たのよ。ゲームの難解さからいって、出口の場所を二つも用意してるわけはないと踏んで張ってたら、貴方が来たってわけ」
「先に通った……? まさか、琴音のことか!」
「あら、知り合いなの? まぁそんなことはどうでもいいわ。その鍵を早く渡してもらいましょうか」
 彰の疑問に答える事なく、雫は彰が右手に持っていた鍵を渡すよう催促する。
 鍵を渡すため自分に向かって歩き出そうとする彰を、しかし雫は制止した。
「動かないで。鍵はその場で地面に置きなさい。置いたらゆっくりと後ろに下がって、背を向けてここから立ち去って」
「分かった」
 彰は頷くと、ゆっくりと腰を下げながらしゃがみ、鍵を地面に置こうと手を下げる。
 その瞬間、彰は手首の返しだけで、雫に向かって石版を投げつけた。
 予想外の彰の行動に、雫は咄嗟に銃を撃とうとするが、石版にもしも当たったらという不安から、引き金を引く事を躊躇う。その一瞬の隙をついて、彰は石版と身体が重なるようにして雫に突進した。石版が迷う雫の顔に当たるのとほぼ同時に、その腹に思い切り拳をぶち込む。見るからに身体を鍛えている様子のない雫がむせて怯んでいる隙に、その手から拳銃を弾き飛ばし、さらにもう一発蹴りを入れる。
 そのまま雫の様子を確認する事なく、地面に転がっていた鍵を拾いマンホールに差し込む。
 この時端末が表示していた時間は残り四秒。
 鍵である石版がはめ込まれたマンホールは、真ん中から左右に割れて開き始める。だがそのスピードは予想より遥かに遅い。マンホールが徐々に徐々に開いていく間に、動けるようになった雫が拳銃を拾おうと行動を起こしていた。
 拳銃を拾った雫は、銃口を彰に向け照準を定める。しかしマンホールはまだ半分程度しか開いていない。
 焦燥と恐怖から、彰は到底人一人など入れそうにない隙間にその身体をねじり込んだ。同時に激しい銃声がこだまする。
 数秒後、マンホールの蓋が開き切る前にその口を閉じた。

 その部屋はMLGというゲームを体現しているかのような部屋だった。
 真っ暗な空間にポツンとロウソクが一本燃えており。光源はそれのみ。いまにも消えそうなロウソクの灯は、完全な暗闇から自分を救うたった一つの希望の灯りのようにも映る。事実その光を吹き消してしまえば、辺りは完璧な暗闇に包まれるだろう。五センチ先の景色も、自分の腕すらも見えない真っ暗闇の中、人は果たして何分正気を保っていられるのか。
 そんな儚げな明かりに助けられた部屋に入った彰だが、当人にその程度の些事を気にしている余裕はなかった。
「っ、うぅうああぁぁ! があぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 床に額を擦りつけて蹲り、左肩を抑えて絶叫をする。
 押さえられている左手の裾からは血が滴り落ち、その出血量を物語る。
 雫が放った銃弾は、彰の左肩に命中していた。
 元々ナイフの刺し傷があった箇所に、さらに銃弾をくらった彰は、これまで経験した事のない激痛に蝕まれ、それを必死に耐えようと歯を食いしばる。
 制服の内ポケットに入れておいた包帯を取り出し、それを制服の上から右手で強引に巻きつけ、口を使ってきつく縛る。制服を脱いで丁寧に処置する余裕はなかった。
 部屋の中を這って進み、ロウソクの灯りで微かにしか見えない壁に身体を預けると、彰は荒い息を繰り返しながら痛みと戦う。
 いっそのこと気絶できれば楽なのだろうが、彰の身体を駆け巡る激痛はそれを許してはくれない。
 脂汗を滲ませながら痛みに耐える彰に、近付く影が一つあった。
「貴方がクリアしたんだ。意外な結果」
 独り言のように呟かれた声に、彰はなんとか顔を向ける。
「怪我してるんだ。よく見えないけど、痛そうね」
 その人影。鹿島琴音は本当にそう思ってるのか分からない、感情の込められていない声音で呟くと、いきなり話を百八十度転換した。
「そんな事になってるところ申し訳ないけど、この部屋で行われるゲームの説明はもう見た?」
 彰はゆっくりとした動作で首を横に振る。それだけで多大な労力が要求された。
 彰がまだ知らない事を知ると、琴音はロウソクの方を指差して話し始める。
「あそこに石碑が見えるでしょう」
 彰は痛みでぼやける視界で焦点を合わせるべく、目を細めてロウソクの向こうを見た。
 確かに、薄っすらとだが奥に何かあるのが見える。
「あの石碑に書いてあるのはたった一行の単純な数式だけ」
「なんて……書いて、あるんだ?」
 やっとの事で言葉を搾り出す彰。
 琴音は彰の目を覗き込みながら、一文字一文字区切るようにその内容を告げた。
「『2-1=1』たったそれだけの数式よ」
 小学校低学年の子供ですら簡単に解ける数式。これまでと比べてあまりに情報不足の内容だが、それが意味するところはなんなのか。
「端末を見てみたけど、他になんの指示も出てなかった。だからこのゲームをクリアするためには、あの石碑の数式を成立させるしかない」
 琴音の言葉には初めて感情が込められていた。力が入っていた、といった方が正しいかもしれない。
「この部屋に二つあるものは何か。私だけなら、目、耳、眉毛、手、足、色々ある。そして貴方も含めれば、携帯端末、カードキー、口、鼻、頭、それなりに多くあるけれど、どれも決定的じゃない。それなら何を一つにすればこの数式を満たせるのか。そう考えたら、答えは意外と簡単に出てきた」
 中に飲み込まれそうなる瞳で彰を見つめながら、琴音は断言する。
「それは私達の命。このゲームのいままでの傾向的に、プレイヤーの命を数値に置き換えたと考えるのが、おそらく一番理にかなってる」
 琴音は懐からナイフを取り出し、それを彰に向ける。
「つまり貴方を殺せば、私はこのゲームをクリア出来る」
 琴音は彰に向かって一歩踏み出した。その思考と行動に一瞬放心するが、彰は慌てて、肩の痛みさえ無視して口を開いた。
「ま、待ってくれ琴音。そんな安直に出した結論で簡単に動くな。考える時間はまだある」
 彰の言葉に、琴音はにべもなく首を振る。
「いくら考えたとしても、これ以上に納得出来る結論なんて出るはずもない。私は貴方を殺して、日常に戻る」
 冷徹な言葉に心が折れかけるが、それでもなんとか彰は、再度説得の言葉に投げ掛ける。それはもしかしたら願いだったのかもしれない。死にたくないではなく、琴音に人殺しなんてしてほしくないという、願い。
「人を殺して、本当にいままでと同じ生活に戻れると思うか? そうじゃないだろ。人を殺してしまったら、その時点でもういままでの自分には戻れないんだ」
「そんな事は現実に戻ってから考える。いま最優先されるのは、このゲームをクリアして日常に戻る事だけ」
 取り付く島もない琴音の意志に、彰はもう理屈ではなく感情だけで訴えかける。
「待ってくれ。答えは他にもあるはずなんだ。考えるから。俺がどうにかするから。だから、もう少しだけ待ってくれ。俺はお前と戦ったりなんかしたくないんだ」
「それなら貴方が死ねばいい。そうすれば、戦う必要なんてない」
 彰の懇願は、無情な一言によってあっさりと切り捨てられる。
 こんなにも頑なになっている琴音を止める術など、彰にはもう何も思いつかなかった。
 近付いてくる琴音の持つナイフを見た途端、言いようのない恐怖が心を支配する。それはいままで感じた事のない、絶対的な恐怖だった。前のゲームでも殺されそうになった事は何度もあったが、それはどれも命を賭けて戦っている時だった。必死に抵抗し、抗っている中、それでも力及ばずに殺されそうになったのだ。だからこそ死の間際でもいくらか冷静でいられたし、諦めもついた。いまみたいに、動けない中じわじわと死が迫るような状況は初めてだ。
 恐怖がゆっくりと身体を蝕んでいく。琴音の冷たい表情、鋭利なナイフ、そして彼女の一挙手一投足に底知れない絶望と恐れが際限なく膨れ上がる。
 琴音の持つナイフが、腕と共に振り上げられる。その目がカッと見開かれ、ナイフの切っ先が彰の額目掛けて無慈悲に振り下ろされるのを、彰は何もできずただ見ていた。
 だが自分の死を確信した瞬間、彰の身体は自分の意思とは無関係に、恐怖で勝手に動いていた。
「うわあああぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 腰に挟んでいたナイフを引き抜いて無雑作にそれを突き出す。
 銀と赤に染められたナイフと、二人の身体が交錯する。
「……………え?」
 その時、最初に感じたのは、ナイフが皮膚を突き破って胸に刺さるヌメッとした感触だった。
 続いて胸元を見ると、胸に刺さったナイフからは血がドクドクと大量に流れ出している。
 自分に凭れ掛っている琴音は、ナイフを持つ手を震わせていた。いや、全身が震えているのか?
 完全なる静寂が辺りを支配していた。ロウソクの灯りが揺れているのが、やけにはっきりと分かる。
 信じられない物を見るかのように、彰はもう一度胸元を見た。
 確かに胸に突き刺さっている銀色のナイフ。
 肩の痛みはもう気にならなかった。もっと衝撃的な事態が、目の前にある。
 呆然と自分に凭れ掛る彼女の顔を見ると、視線がピッタリと合った。目を合わせている彼女は、その瞬間、確かにこちらに向かって笑い掛け、そして。
 琴音の身体が、彰の胸から滑り落ちた。
 どさっと人が倒れる音がし、彰はゆっくりと床に視線を移した。
 琴音は口から血を吐き出し、手に持っていたナイフを床に落とす。
 我に返り、彰は慌てて琴音を抱き起こすと、その胸に刺さるナイフを引き抜いた。
「ことね、琴音! しっかりしろ。琴音!」
 刺した。刺した。刺した。自分を守るために、琴音を。
「琴音! 琴音! ことねぇぇぇ!」
 必死に叫ぶ彰の呼び掛けに、余喘(よぜん)を保っているような状態で、琴音は聞き取れないくらい小さな呟きを洩らした。
「あ……きら………………くん」
「ごめん……おれ…………おれ……」
 涙を流して謝る彰の顔に向かって手を伸ばすと、琴音は弱々しくその頬を撫でた。
「これ……は……むく…………から………………あ…………りが…………」
 琴音の手が力を失って垂れ下がり、その目から生気が抜け落ちる。
「うわぁぁぁぁぁぁ! ことねええぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
 彰の手に巻かれていたチョーカーが、紅くに染まって地面に落ちた。
 生臭い血の臭い、手に残るナイフが肌を貫く感触、腕の中から失われていく体温、その全てが彰の心を壊していく。
 抱きかかえている琴音の顔は安らかなはずなのに、その瞳には生気が宿っていない。
 走馬灯のように、初めて会ってからいままでずっと見てきた琴音の色んな表情が、目の前に浮かんでは消えていく。
 琴音の頬に水滴が一粒落ちる。それが自分の涙だという事に、彰は気付いてすらいなかった。そしてそれは、悲しみの涙ではなかった。
 琴音を殺した罪の意識、琴音が死んだがために生まれた喪失感、そして何よりも、自分が行った事に対する悔恨と憎悪の念が、彰に琴音の死を悲しむ事さえも忘れさせる。
 彰の心はいま、憎しみに支配されていた。
 琴音を殺した自分に復讐しようと、本気で考えていた。
 床に落ちているナイフを見つけ、手を伸ばす。
 ナイフに手が届く前に、どこからともなく声が響き渡った。
『ゲームクリア、おめでとうございます』
 同時に部屋の至る所からガスが噴射される。
 ロウソクが消え真っ暗になる中、彰は手探りで見つけたナイフを強く握る。
 琴音の復讐しようと自分の腹に向けてナイフを振り下ろす。それが自身の刺さる前に、彰の意識は闇の中へと沈んでいった。
 暗闇に支配される部屋の中、二人は隣り合って、深い眠りに落ちた。
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 田舎ではないが、発展から取り残された地方の街。  誰しもが口にしないキャンプ場での出来事。  同級生たちは忘れていなかった。  忘れてしまった者たちに、忘れられた者が現実に向って牙をむく。  不可解な同窓会。会場で語られる事実。そして、大量の不可解な死。  同級生だけではない。因果を紡いだ者たちが全員が思い出すまで、野に放たれた牙は止まらない。  ただ、自分を見つけてくれることを願っている。自分は”ここ”に居るのだと叫んでいる。誰に届くでもない叫び声。  そして、ただ1人の友人の娘に手紙を託すのだった。  手紙が全ての真実をさらけ出す時、本当の復讐が始まる。

朧《おぼろ》怪談【恐怖体験見聞録】

その子四十路
ホラー
しょっちゅう死にかけているせいか、作者はときどき、奇妙な体験をする。 幽霊・妖怪・オカルト・ヒトコワ・不思議な話…… 日常に潜む、胸をざわめかせる怪異── 作者の実体験と、体験者から取材した実話をもとに執筆した怪談短編集。

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

都市伝説 短編集

春秋花壇
ホラー
都市伝説 深夜零時の路地裏で 誰かの影が囁いた 「聞こえるか、この街の秘密 夜にだけ開く扉の話を」 ネオンの海に沈む言葉 見えない手が地図を描く その先にある、無名の場所 地平線から漏れる青い光 ガードレールに佇む少女 彼女の笑顔は過去の夢 「帰れないよ」と唇が動き 風が答えをさらっていく 都市伝説、それは鏡 真実と嘘の境界線 求める者には近づき 信じる者を遠ざける ある者は言う、地下鉄の果て 終点に続く、無限の闇 ある者は聞く、廃墟の教会 鐘が鳴れば帰れぬ運命 けれども誰も確かめない 恐怖と興奮が交わる場所 都市が隠す、その深奥 謎こそが人を動かす鍵 そして今宵もまた一人 都市の声に耳を澄ませ 伝説を追い、影を探す 明日という希望を忘れながら 都市は眠らない、決して その心臓が鼓動を刻む 伝説は生き続ける 新たな話者を待ちながら

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

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