MLG 嘘と進化のゲーム

なべのすけ

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第1章 チラシ

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 いい天気だな。
 机の上に肘をついて、窓の外の空を見上げながら茂木彰(もぎあきら)はなんとなしにそう思った。
 登校時間には早い時間なので、教室の中はガランとしており、まだ生徒はあまり来ていない。
 彰は目線を再度教室から空へと向ける。
 ちらほら生徒が来る中、ホームルームぎりぎりまでボーとしていると、横合いから声を掛けられた。
「よぉ彰。何してるんだよ?」
 聞き覚えのある軽い調子の声に話し掛けられ、彰は視線を空から声の主に向ける。
「別に。それよりもまた遅刻ぎりぎりに来たのか。もう少し余裕を持って来いよ、陸斗」
 髪を茶色に染めて、ボタンを第二まで外している校則違反の男、赤城陸斗(あかぎりくと)は、軽く頭を掻いて笑った。
「だってよ、早く来てもすることなんてないだろ。それならぎりぎりまで寝てた方が得じゃんか」
「だからたまに遅刻するんだよ。せめて五分前には来るようにしろ」
「絶対無理!」
「お前は……」
 呆れて突っ込もうとした彰の声を遮って、教室のドアが開いて担任が入ってきた。
「おい赤城、早く席に着け。久しぶりに遅刻してないと思ったら、いつもそれだな。お前は」
 担任の皮肉たっぷりの言葉に、陸斗ははーいと気だるそうに返事をして自分の席に着いた。
 担任は簡単な連絡事項だけ言ってすぐに出て行き、陸斗はまた俺の所にやってきた。
「まったくあの糞眼鏡は同じことしか言わねぇな。馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返しやがって」
 陸斗の愚痴に、彰は溜め息をついた。
「それはお前がいつも同じことをしてるからだろ。俺の言った通り五分早く来れば何も問題ないんだ」
「いや、だからそんなの無理だって。お前なら俺の睡眠欲の深さは知って……」
 陸斗の言葉を遮るように、軽快な着信音が彼のポケットから鳴った。陸斗は慣れた調子で携帯を取り出して電話に出る。
「あ、もしもし麻美ちゃん。うん。昨日は俺もすっごく楽しかったよ。来週の日曜? 勿論空いてるよ。用事があったとしても、麻美ちゃんのためならいつでもキャンセルしちゃう。だって麻美ちゃん可愛いんだもん。いやお世辞じゃないって。こんな恥ずかしいこと麻美ちゃん以外には言えないよ。はいはーい、またねぇ」
 陸斗がポケットに電話をしまうのを見計らって、彰は声をかけた。
「麻美ちゃん以外には言わない? 俺はお前の口から、名前の部分を里美ちゃんに変えただけの言葉を最近聞いたぞ」
「いつの話してるんだよ。あの子とはもう一週間前に別れたって」
「女の敵め」
「違う違う。俺は女の子とはギブアンドテイクの良好な関係を気付いてるんだぜ。お互い異性と気軽に話せる楽しい関係を、な」
「そ・れ・が、女の敵って言うのよ」
 突然横合から掛けられた声に、陸斗が驚いて振り返った。
「陸斗がそんな調子だから先生に怒られるんでしょ。もうちょっと真面目になりなさいよ」
 いきなり話に入ってきた女子生徒は、腰に手を当てて陸斗に説教した。
「俺のどこが真面目じゃないんだよ、奏(かなで)。こんなに真面目なプレイボーイはどこにもいないぞ」
「お前は真面目の上に『不』がつくだろうが」
「つかんわ! むしろ『生』がつくわ!」
 陸斗は声を上げた抗議したが、彰と奏の罵倒によりすぐに勢いを失ってしまった。二人とも事実しか言っていないのだが、それを否定できないのは日頃の行いの所為だろう。
「ったく、二人して俺を責めやがって。俺が何したって言うんだ」
「そんなの自分の胸に聞けば分かることじゃない?」
「二分前の電話を振り返れ」
 二人の言葉にガックリとうな垂れる陸斗。それを見て奏がケラケラと笑った。
「陸斗ってなんか子供っぽいところあるよね。見てて面白いよ」
「これは女の子を落とすテクの一つなんだよねぇ。なんつーの、母性本能をくすぐるって言うのかな」
「素ならまだしもわざとなら今すぐやめろ。気持ち悪くて仕方ない」
「お前、俺のこのテクで落ちた女性の皆さんに謝れ!」
「まずはお前が謝るべきだろ」
「誰にだよ?」
「だから自分の胸に聞け」
「そうそう。土下座じゃ生温いかもね」
 二人に責められて、やっぱり陸斗はぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。うるさい陸斗の叫び声と、それを見て笑う奏の声を諌める様に、学校中にチャイムの音が鳴り響いた。

 奏でも陸斗も本当に楽しそうに過ごしている。
 自分にも夢とか希望とかがあれば楽しく過ごせるのだろうが、生憎将来は親の仕事を継ぐだけだということは容易に想像がつく。
そんな将来の確約された未来のない人生を、彰には退屈にしか感じられなかった。金持ちの息子ということが、最近ではコンプレックスに近いものにまでなっている。
 思考がマイナスの方向に進んでるのに気がついて、彰は授業中にも関わらず窓の外を見上げた。
 鮮やかな青空と、点々とした雲が視界いっぱいに広がっていく。
 その光景を目にして、彰は微かに笑みを零した。
 彰には昔から、嫌なことや辛いことがある度に空を見上げる癖がある。綺麗な青空は心を晴らしてくれるし、景色を薄暗くする雲は嫌なこともたくさん起こると教えてくれる。そして天から降る雨粒は終われば希望があることを信じさせてくれる。陸斗には年寄り臭いと揶揄されるが、どんな天気だろうが、彰はどこまでも続く空が大好きだった。窓際の席をくじ引きで引いた時は、思わずガッツポーズまでしたものだ。
 顔に当たる日光に目が眩み半眼になるが、眩しいからといってカーテンを閉めようとは全く思わない。太陽の光の煩わしいさより、その温もりの気持ち良さの方が断然上回る。
面白くもない教師の話を右から左に聞き流し、彰は授業が終わるまでずっと空を見上げていた。

 昼休み。

 彰と陸斗と奏の三人は、いつも通り教室の隅に席をくっつけて、昼食を食べていた。
「そういえば彰また授業中に空見てたよね。何考えてたの?」
「まーた黄昏てたのか。暇だねぇお前も」
「うるさいな。少し考え事してただけだよ」
「本当に彰は空が大好きだよね」
「愛してます空さん。ってか。将来彰が結婚するとしたら、お相手の名前は絶対空さんだな」
「好きの意味が違うだろうが」
 溜め息混じりに答えた彰を見て陸斗が笑う。
「まぁ冗談はさておき、お前も恋でもしてみたらどうだ? そしたら部長面が少しは笑顔になるかもよ」
「仏頂面だろ。なんでどっかの会社の部長みたいな疲れた顔しなきゃいけないんだよ」
「そこはボケたんだよ!」
 二人の漫才を聞き流して、奏は輝いた目で陸斗を見た。
「それより陸斗、今『お前も』って言ったよね。ということは、陸斗には好きな人いるの?」
「へ……?」
 陸斗は奏の問いにとんでもないアホ面を浮かべて目を丸くした。その反応はもはや肯定しているのと同じだった。
「い、いや、いないって。だ、だって俺、今五人も彼女いるんだよ。そんな一人に恋してる暇なんてないって……」
 両手を振って否定する陸斗だが、その今までにないくらい慌て振りに彰思わず笑ってしまった。
 それが気に障ったのか、陸斗が不貞腐れたように呟く。
「何が可笑しいんだよ彰」
「いや、お前があまりに分かりやすいもんだからな」
「なんだとコノヤロウ!」
 拳を振り上げた陸斗と、口元に手を当てて笑う彰の間に奏が割って入った。
「ストップ。冗談でも暴力は振るうものじゃないよ。彰もいつまでも笑ってないの」
 諌められて渋々拳を下げる陸斗を見て、彰はまたも笑いそうになるが、奏に睨まれてしまったので、軽く両手を挙げて首をすくめる。
「それで、陸斗は誰のことが好きなのかな? 私の知ってる人?」
「そ、それは……」
 顔を赤くしながら目を逸らす陸斗が、チラッと興味津々に自分を見つめる奏に目をやるのを見て、彰は陸斗の想い人の正体に勘付いた。
 そしてこの状況では流石に陸斗が哀れなので、とりあえず助け舟を出してやることにする。
「奏。そこまでにしといてやれ」
「えーなんでよ。彰だって気になるでしょ? 陸斗の好きな人」
「いんや、俺は別に」
 彰はニヤッと陸斗に向かって意味深な笑みを浮かべた。
「あっ、もしかして彰は知ってるの? 陸斗の好きな人」
「まぁ知ってると言えば知ってるかな」
「ホント? 誰なの?」
「それはおま……」
「シャラップ!」
 陸斗は言いかけた彰の口を音速で塞ぎ、指差そうとした手を高速で叩き落とした。
(テメェがなんで知ってるんだよ彰)
(お前がバレバレなだけだよ)
「ねぇ何話してるの? 私は早く陸斗の好きな人が知りたいんだけど」
 陸斗は小声で、彰は口を塞がれたまま話していたせいで、奏には会話が聞こえていなかった。
「悪いけどそれはトップシークレットだ。知りたいなら国家機密レベルの俺の心の中にハッキングしてくれ」
「何それ。それなら彰はハッキングに成功したってこと?」
「いや、こいつは俺のPCにウイルスを仕掛けやがったんだ」
「お前、言ってる事が意味不明だぞ」
 呆れながら突っ込み、彰はまた心の中で笑いを堪える。
(それにしてもあの女好きの陸斗が、奏を好きだとはな)
 確かに意外ではあったが、彰はそれを好ましく思った。陸斗は女遊びが激しいが、一つのことに集中すると他のことがまるで手をつけられなくなるような気質の男だ。奏との恋が成就すれば、他の女と遊ぶようなことはしなくなるかもしれない。そう考えると、応援はしなくとも相談くらいは乗ってやろうかと思う。
 問い詰める奏と必死に話を逸らそうとする陸斗を、彰は軽く笑いながら眺めた。
 確かに退屈だ。でも……こういう退屈も悪くないのかもな。

 放課後。彰は一人で駅前を歩いていた。陸斗は女遊びに忙しいようだし、奏は部活で遅れるらしいので、一緒に帰る相手はいない。
 周りを見ると、駅前はそれなりに人で賑わっていた。やはりというべきか学生が多かったが、ちらほらスーツ姿の男性や買い物に来た子供連れなども見える。
 列車が来るまでまだ時間があったので、彰は暇を潰すために少しぶらつくことにした。ぶらつくと言っても一人ではあまりすることがないので、雑誌を立ち読みするべく駅前の売店に向かって歩き出す。しかし、振り返った拍子に通行人にぶつかってしまった。
「あ、すいません」
 ぶつかった男はよっぽど急いでいたのか、返事もせずに早足で去って行く
 彰は頭を掻いて再び歩き出そうとするが、足元に何やら一枚の紙切れが落ちていることに気が付いた。
「あの人が落としていったのかな?」
 拾い上げて周りを見るが、男の姿はもう群衆に紛れて消えていた。
「まいったな。これじゃ返せそうもない」
 困りながら男の落としていった紙に目をやると、それは何かのチラシらしかった。
「んと……ミッシング・リンク?」
 あまり聞きなれない単語に疑問符が浮かんだが、とりあえずチラシを黙読してみた。
『ミッシング・リンク。人の真の姿になれる、素晴らしきゲームを貴方もプレイしてみませんか? ただしその真の姿は、本性を出した、低俗な姿ではありません。ゲームの優勝者には成績によって多額の賞金が出ます』
「……どういう意味だ?」
 確かミッシング・リンクとは、種族Aから種族Cに進化するまでの劇的な変化の中間に種族Bがいると推測される、というものだった気がする。
 その過程ではなくて人の真の姿となると……。
「新しい人生があるってことか?」
 呟いて、彰は有り得ないと首を横に振った。人が今まで歩み続けてきた人生を、常識的に考えてこんな簡単に再出発出来る訳がない。もしそんな事が出来れば、人は今まで築きあげて来た物を全部失ってしまうのだ。
「それともその真の姿を擬似的に体験出来るってことか? ……だとしても、胡散臭いな」
 あまりに突拍子がない内容に興味をなくし、彰はそのチラシを捨てようとしたが、周りの目が気になったので、仕方なく鞄の中に突っ込んでその場を後にした。
 昼休みにゲームをしていた陸斗だが、ゲームオーバーになったらしく頭を抱えた。
「チクショー、女の子の対応だったらミスったことねぇのに」
「それ、自慢にならないわよ陸斗」
「奏。陸斗の唯一の自慢を奪わないでやってくれ」
「なんで俺はゲームやってるだけなのに貶されなきゃなんねぇんだよ」
 酷い言われように陸斗が抗議の声を上げたが、二人は気にせずに続ける。
「陸斗はなんで女の子にもてるんだろうね? 普段はこんなんなのに」
「こいつは自分の元気とか力を全部それに使ってるんだよ。だからいつもはこんなんなんだ」
「勿体ないね」
「それがこいつの生き様だよ」
 散々言われた陸斗は拗ねてしまい、椅子の上に体育座りをしてゲームをし始めた。
教室の女子に遠巻きから可愛いと言われるたびに、口元が緩んでるのが二人には分かる。
「反省してないわね」
「そんな殊勝な奴じゃなかったな」
 呆れて話す二人に、陸斗は早くも立ち直ったのか呑気に口を開いた。
「なぁ、戦略ゲームの攻略するにはどうしたらいいと思う?」
「簡単だろ。攻略本を買えばいいんだ。格闘ゲームと違って正解がそのまま載ってるから確実だ」
「それじゃ面白くないだろうが」
「なら自分でやれ」
 にべもない彰の言葉に、陸斗がガックリとうな垂れる。それを見て奏がまぁまぁと苦笑いを浮かべた。
「少しくらい一緒に考えてあげてもいいじゃない。陸斗も真剣に考えた上で分かんないから訊いてる訳だし」
 よしよしと奏は陸斗の頭を撫でた。撫でられている陸斗は、滅茶苦茶嬉しそうなしまりのない顔になっている。
「そういやゲームといえば、昨日おかしなチラシ拾ったんだよ」
 面倒くさいのでチラシを拾った経緯は省き、鞄の中に放置したままだった現物を見せた。
「何? このミッシング・リンクっていうの?」
 聞き慣れない単語に奏が首をかしげると、陸斗がすかさず説明した。
「ミッシング・リンクっていうのは単純に言えば、生物が別の生物に進化する間には、もう一つまた別の生物がいるはずなんだ。そうやって段階を踏んで進化して、その進化の中間に生まれる未確認の生物のことを、ミッシング・リンクって言うわけ」
「へー陸斗ってただのピエロじゃなかったんだね」
「そもそもピエロじゃないから」
 陸斗のツッコミを無視して、奏は彰に訊いた。
「で、このチラシがなんなの? 彰、まさかこれに行くつもり?」
「いや、別に行く気はないんだが……」
「けど……なに?」
「ちょっと、気になるんだよな」
「おいおい彰。このチラシに書いてある事が本当だと思ってんのか? そもそも進化の過程で別の存在が生まれたのかも分かってねぇじゃんか。それなのにこんな怪しい広告の言うこと信じるなんて、どうかしてるぞ」
「まぁ確かにそうなんだけどな……」
 彰も確かにこの広告を信じてはいなかった。だが改めて見ると引っ掛かるというか、説明できない何かが彰の好奇心に囁きかけてくるのだ。
「まぁ行くか行かないか彰の勝手だけど、無駄足だと思うぞ。実はどっかの宗教でしたーみたいな可能性も高そうだしな」
 この話は終わりとばかりに再度ゲームをやり始める陸斗。奏も陸斗の意見に同意した。
「私も陸斗の言う通りだと思うな。なんか最近悪徳の宗教が流行ってるって言うし、彰も行かない方がいいと思うよ」
 奏がチラシを返してきたので、それを受け取って彰は答える。
「分かってるって。ただちょっと気になっただけだから、そんなに心配すんな」
 チラシをポケットの中に突っ込み、彰はまたくだらないゲームに悪戦苦闘している陸斗と、それについてアドバイスする奏を一瞥すると、空を見上げた。朝は曇っていたはずなのに、今はもう雲一つない青空が広がっていた。

 彰は放課後、例のミッシング・リンクのゲームが開催される場所に来ていた。
 そこは人通りの多くない商店街の外れにある、もう潰れてしまっている店の地下だった。
「こんな所でやるのか?」
 流石に不安になる彰だが、ここまで来たらもう行くしかない。覚悟を決めて恐る恐る階段を下りていく。
 陸斗や奏に止められたのにも関わらず彰がここに来た理由は、なんてことはないただの暇潰しだった。宗教ならどんな詭弁を弄してご高説に仕立て上げるのか見てやろうと思ったし、もし本当にゲームをするなら遊び半分でクリアしてみるのも悪くない。要は冷やかし半分の物見遊山だ。
 扉の前に立ち、そっと開いた。
 中はがらんとしていて、あまりにも殺風景だったが真ん中にアンティークラジオの乗った丸テーブルが置いてあった。
「すいませーん。誰かいませんか?」
 返事はなく、場所を間違えたかなと思って店を出ようとすると、ラジオから音が聞こえて来た。
「ようこそ、ミッシング・リンク・ゲームへ。このゲームでは人の再出発をお手伝いします。楽しみ方は人それぞれ。人の、新しい真の姿になってみませんか? ようこそ、ミッシング・リンク・ゲームへ楽しみ方は無限です……」
 アンティークラジオから機械で合成された音声が聞こえて来て、一瞬驚いたが、すぐに落ち着いた。
「なんだこのラジオは?」
 疑問に思い近づいてみると、部屋の中に爆音が響き、どこからともなくピンク色のガスが部屋の中に満ち始めた。
 思わぬ状況に彰は反射的に扉に向かおうとしたが、どうやら知らない内にガスを吸い込んでしまったらしく、彰は意識を失った。
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