昨日屋 本当の過去

なべのすけ

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第5時 修正された未来

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 三か月後、俺とツキは付き合う事になった。
 あの日以降俺は、ひたすらツキを慰め励まし、休日は気分転換と称してどこかへ出掛けたりした。必然的にツキと一緒の時間は増え、告白を断った気まずさからか、もしくは俺に気を遣っているのか、花咲は俺達から距離を置くようになっていた。
 ツキが落ち込んでいる様子を見る度に俺は罪悪感に苛まれたが、それを隠したりはしなかった。顔や態度に罪悪感が現れるほど、ツキの目にはそれが、自分の失恋を俺が悲しんでくれているように映ると分かっていたから。それによって俺の心は一層重くなっていったが、時間が経つほどにそんな重さや痛みにも慣れ始め、罪悪感に潰されそうになりながらでも俺は明るく笑えるようになった。
 最初に告白したのはツキが失恋してから一か月後。その時はまだ傷が癒えていなかったのか、断られた。次に告白したのが二か月後。それなりに傷は癒えていたようだが、まだ恋愛する気持ちにはなれないと断られた。そして三か月後、ようやく良い返事をもらえたというわけだ。もちろん、そう何度も告白してしつこい男と取られたくはないし、ツキとの関係が気まずくなる事も考えられたので、先の二回の告白は昨日屋を使ってその都度なかった事にしておいた。
 花咲の代わりに恋人の座に収まり、俺はやっと目的を達成した。犠牲にした良心の分の多幸は、感じられているんじゃないかと思う。あと身勝手な話ではあるが、ツキに負わせてしまった失恋の悲しみの分だけ、俺が幸せを感じさせてあげられたらと、そう考えていた。
「でもまさかさ、イタチが私を好きだなんて思わなかったよ。やっぱりあれかな。振られて落ち込んでる女の子は魅力的に見えるのかな。傷心女子ってやつ?」
 帰宅路を歩きながら、ツキは口元を綻ばせて揶揄してくる。ちなみに帰宅時間はツキのサークルが終わるのを図書館で待って合わせた。
「傷心女子って……変な造語を作るな。それ完全にメンヘラだぞ」
 メンヘラってリストカットとかする女子の事だったか? まぁ大雑把に構ってちゃんの子供って感じだろう。
「メンヘラ女子は嫌い?」
「誘導尋問しようとするな。イエスと答えれば悪趣味、ノーと答えれば私の事嫌いなんだとか言って責めるつもりだろ」
「……イタチってやたら勘がいいわよね」
「ツキはやたらいたずら好きだよな」
 してる会話はそれほど変わらないが、関係が友達から恋人に変わっただけで、どうにも特別感がある。それに、幸福度も上がってる。恐るべき恋愛脳だな。お花畑という言い方は、花咲の漢字が入っているのでNG。
「だけどホントに、イタチは私のどこを好きになったの? こういっちゃなんだけど、私ってあんまり顔とかスタイルとかずば抜けて良い方じゃないでしょ。そりゃ悪くないとは自分でも思うけどさ」
「……普通それは暗黙の了解として訊かない約束じゃないのか?」
「え? なんで?」
 どうやらツキにその手の秘すれば花は通じないらしい。といっても、ここで赤裸々に自分の恋愛感情を語るのも憚られる。
「なら要望通り、ツキの魅力的なとこを三十三個あげて赤面させてやろうか?」
「ん~聞いてみたい気はするし聞いたら予告通り赤面する気もするけど、それより何よりなんで三十三個? もしかして密かに私の魅力をカウントしてた?」
「ピンチを切り抜けるには三十三を出すしかないだろ。十面ダイスがないのは残念だが」
「ここにきて説明されなきゃ絶対に分からない上、キーワードだけでも気付くのが相当厳しいネタを挟んでくるあたりがイタチよね。しかも本筋のマジック&ウィザーズじゃなくてモンスターワールドって……」
 さすがはツキ。このネタは半ばスルーされるのを前提としていたのに、しっかりと拾ってきた。本人は呆れながらため息をついているが。
「で、どうする?」
「いいわよ、しなくて。ピンチとか言われて強要してたら、私悪女みたいじゃない」
 ふん、とツキは顔をそむけるが、顔が若干赤かった点を鑑みるに、単に照れただけだろう。そういうところが相変わらず可愛すぎる。
「今更じゃないか? 腹は元々黒いんだし」
「腹黒って……そんな話もしたっけ。よく覚えてたね」
「腹筋割れてるとかなんとか」
「割れてないから」
「ついでに頭も割れてるとか」
「私ゾンビだったの?」
「腕のいい錬金術師を紹介する約束、結局まだ守ってなかったな」
「私の人生がそんな軽い約束の上に? ていうか私いつから死んでるの?」
「確か八十年くらい前からじゃなかったか?」
「そんなに老けて……。そっちの方がゾンビだった事よりショックだわ」
「おいおい紹介してやるから、そんなに気にすんな」
「いっその事エクソシストを紹介して。お願いだから」
 冗談に切実さが帯びた。それほどまでに年寄り設定が嫌だったのだろうか。だがさすがにエクソシストの知り合いはいないし、いたとしても紹介してツキを処分させるわけにはいかない。そんな事をすれば、完全に俺は報酬のためにツキと恋人になって、密かに彼女を売るような三流の小物確定だ。そしてそういう奴は確実に、弟だか兄だか友達だかに復讐されて死ぬ。そもそも錬金術師もエクソシストも現代に実在する職種なのだろうか?
「だけどエクソシストって、呪符とかもって詠唱するイメージがあるけどさ、最近の漫画だと剣とか使って物理的に退治するのばっかりだよね」
 一息ついて通常運転に戻ったツキがそんな事を言ってくる。
「その方が見栄えするからな。どんな悪魔が来てもお札張って念仏唱えて退治じゃ面白くないだろ」
 最近じゃエクソシストなのに普通に銃とか使ったりするしな。
「身体中切り刻まれながらとか、お腹に風穴開けられながら必死に詠唱してたら格好良くない?」
「やってる事は攻撃に耐えながら詠唱してるだけだろ。飽きられておしまいだよ」
「むぅ、そんなもんか。でもそれなら、わざわざエクソシストって銘打たなくていいのに」
「敵が悪魔で主人公がそれを退治するなら、エクソシストって言っとけば説明が楽だろ。分かり易さ重視。結局は展開と格好良さで決まるから、細かい設定はまだしも職種自体は変える必要がないんだよ。物理的であろうと法力であろうと、退治する事に変わりはないんだから」
 俺の説明に納得いってない風のツキは、眉間にしわを寄せてブツブツと考え込む。漫画といっても色々あるんだから、作品も絞らないであれこれ言っても仕方ないのだけど。
「そもそも詠唱ってどうやってできたんだろう? 聖なる言葉が悪魔には有効だ、なんて普通思わないでしょ。まず聖なる言葉とか何って感じだし」
 根本的なところを言及してきた。確かに改めて考えると、どこからそんな発想が出てくるのか、不思議でならない。
「気休めっていうか、思い込みの類だったんじゃないか。病は気からって言うだろ。理由の分からない伝染病とかが悪魔の仕業って信じられて、そんな中で誰かがそれらしい台詞言ったら治ったから、そいつが調子乗ってそれを広めたとか」
 かなり乱暴な推理だったが、正直尤もらしい推測なんて咄嗟に思いつかない。ツキも似たようなものなのか、そうやもしれぬねぇ、と考え込みながら相槌を打っていた。
 それからも何個か仮説を立てて話したりしたが、結局納得のいく結論は出なかった。しかし別に本気で解き明かそうとしていたわけではないので、残念がったりはしなかった。ツキは少し悔しそうだったが。
「そういえばイタチ。今日待っててくれたのは嬉しいけど、明日からはいいよ。結構遅くまで掛かっちゃうし、退屈でしょ」
 これでも今日はかなり早い方だし、と分かれ道が近くなったところでツキは遠慮を口にした。もう陽は沈みかけており、多分本来なら、ツキのサークルが終わる頃にはとっくに街灯が道路を照らしているのだろう。そう考えれば遠慮するのも分かるが、恋人になった俺がツキに望むのは、遠慮ではなく我儘だ。
「どうせ家に帰っても本読んだりゲームしたりするだけで、やってる事はさして変わらないんだ。ならどこにいても同じだろ?」
「だけどやっぱ……悪いしさ」
 頬を掻きながら、目を合わせずにツキは俺が待つ事を拒否する。人を待たせる事に罪悪感を抱くのは当然の事で、美徳でもあるのだが、俺の要求を通すには些か厄介だ。俺は待ちたいから待つだけなのだが、それを納得させるにはどうすればいいのだろう?
「じゃ、じゃあさ……」
 普段の俺らしくない、上擦った声が出た。だがそんな事を気にする余裕はなく、俺はツキの空いている手を握った。
「一緒に帰る時は、手をつなぐって事でどうだ? それでチャラというかなんというかまぁ、おあいこみたいな……さ」
 羞恥で顔がとんでもなく熱くなっていく。いまなら多分ヤカンといい勝負ができるだろう。
 何がおあいこだ。どこで均衡が取れてるんだよ。っていうかツキの手って柔らかくてあったかいな。まさか顔と同じで手も熱くなったりしてないよな? そうだったらマジで恥ずかしさで死ねるぞ。
 そんな俺の心境を知ってか知らずか(知られてない事を切に願う)、ツキは一瞬キョトンとしたが、すぐに口元が綻んでいき、逆の手で口を押さえて笑いを堪え出した。このやろう。
「ぷ、くく……そう、だね。じゃあ、これでおあいこで……」
 いまにも爆笑しそうなツキから、真っ赤になってるはずの顔をそむける。本当に羞恥で死ねる気がした。だがこの苦労して手に入れた、卑近で小さな手(幸せ)だけは離さないでおく。
 手を握るだけで緊張して固くなりながら歩いていると、すぐに分かれ道がやってきた。手をつないでからまだ二分も経っていない。
「なぁ、家まで……」
「今日はここまででいいよ。明日からは送ってもらうかもだけど、今日はここまで」
 提案を遮られて断られる。しかも妙な断られ方だった。今日は不都合なわけがあるのだろうか?
 ツキの手が離れ、空いた手に余韻だけが残る。風が掌を撫でていくのが少し切ない。
「それじゃあまた明日ね。ありがとう。待っててくれて」
「あぁ。気にするな。また、明日な」
 別れるのが物悲しいというか、寂しさを感じさせたが、帰らないわけにはいかない。また明日も会えるのだから、我慢しよう。
 未練を振り切って帰ろうとしたところで、ツキが俺の名前を呼ぶ。
「ねぇイタチ。本当に、ありがとね」
 なんのお礼を言われたのか分からず、咄嗟に返事を返せない。
「慰めてくれて。ずっと一緒にいてくれて。……つらかったから、本当に助かったよ。好きな人が他の人の事を思って泣いてるのを見るなんて、イタチもつらかったよね」
「別に俺は……」
 俯きながら感謝の念を伝えてくるツキを見て、唇を噛む。その事で、ツキにお礼を言われる資格なんて、俺にはない。むしろ責められて、罵倒されて当たり前なのだ。後ろめたさから、俺は何も言えなかった。
「もしかしたらその頃はなんとも思われてなかったからなのかもしれないけど、恋愛相談とかされて、本当は嫌だったよね。なのにそんなとこ見せないで、真摯に応えてくれて……」
 声がなぜか萎んでいく。そしてツキは伏せていた顔をあげて、何かを決意したように俺と目を合わせた。
「そんな風に優しいイタチが大好き。ありがと!」
 お礼と共に背伸びして近付いてきたツキの唇が、俺の頬に当てられる。まさしく不意打ちの出来事に事態を把握できていない俺を放って、ツキは手を振りながら自分の帰宅路を駆け出した。
「じゃあね、秀晴!」
 初めて呼ばれる、俺の名前。
 ツキの姿が見えなくなるまで、俺はその場に立ち尽くしていた。
 しばらくして唇が触れた箇所に手を当て、自分の身に起きた事を思い出した俺は、甲子園で優勝した高校球児並の歓喜の声を上げながら、帰り道を鞄を振り回して全力疾走で走り抜けた。

 大学三年の夏から、俺の青春は薔薇色だった。花で例えるのは不快なので、芸術だったと言い換えておこう。爆発的な意味で。
 そのまま高校卒業して働き始めていいところで結婚して幸せになったとか、ありきたりな人並の幸せを語りたいところだが、そんな事にはならない。なぜならこれは小説だから、そんな起承転結もないリア充話は求められてないのだ。なんて自分を納得させてみる。
 亀裂は付き合ってそろそろ一年という三年の夏だった、ツキが唐突に、就職せずに大学院に行くと、進路を打ち明けてきたのだ。
「大学院……?」
「うん。私の夢を大学院で果たしたいの……」
「ツキの夢か……」
 些細な事だが、付き合い始めてから俺もツキも、互いを名前で呼び合っている。
「じゃあ俺も、大学院、目指してみるよ」
「えっ? だけど……」
「ま、やるだけやってみるって」
「……」
 ツキの言いたい事は分かる。ツキは大学で十番以内に入る成績の持ち主であり、俺は悪いとは言わないが、上にも下にも突出しない凡才だ。受験まで半年ほどしかないいまから勉強して、間に合うかはかなり危うい。
 そんなわけで、青春を犠牲にした俺の勉強ライフが、その日から始まった。サークルを引退したツキと下校だけは一緒にしたが、デートなどでのプライベートな接触は一切なくなった。それほどまでに勉強に心血を注がなければ、俺の合格は絶望的だったのだ。いや、実際のところそれでも成績は思うように上がらなかった。
花咲に勝てなかったからといって、成績を上げようとしてこなかった事がここにきて仇となった。
 模試でもいい結果は出ず、クリスマスも新年も勉強漬けで過ごして迎えた受験日。マークシートは全て埋めた、程度の手応えで正直受かってても、落ちていてもおかしくない。受験が終わって、受験問題を勉強し直す時間はなかったので、昨日屋を使ったカンニングを使う事はできなかった。答えが分からないのに、受験をやり直しても意味がない。
 そして受験が終わった日の夜、なぜか花咲から電話があった。
『もっしもーし。愛しの友人さくは』
 切った。テンションがうざかったから。
 五秒後再着信。
『なんで切るんだよ! 折角でん』
 切った。うるさかったから。
『なんか俺が悪かったからもう切らな』
 切った。誠意が伝わってこなかったから。
『すいませんごめんなさい申し訳ありませんでした。お願いですから切らないでください』
「なんの用だよ。寝ろ。パトラッシュでも抱いて」
『やめて! 名作の影に隠して永眠を促さないで! 俺別に疲れてない!』
「俺は疲れてるんだ。切るぞ」
『あぁぁすみませんお願い切らないで』
 面倒臭い。本当にこいつはうざいという言葉を体現したかのような男だな。
『イタチってばいつにも増して辛辣やない?』
「受験終わった直後に電話されれば、一刻も早く切って寝たいと思うのは普通の心境だ」
『そうそう、その受験だよ。それで電話したんだ。どうだった?』
「……」
 正直芳しい結果と言えないだけに、それを素直に伝えるのには抵抗があった。
『俺もイタチやツツキとは違う大学とはいえ、場所は北海道だからさ。遠い北の地でもまた三人で楽しくやりたいと思ってるわけですよ。うん』
「……やれるだけはやったよ」
 無難な返答で逃げる。試験の事はもうあまり考えたくない。悩もうが後悔しようがどうしようもないのだから。
『そっかそっか。受かってるといいなぁ。みんなで一緒にラーメン食う日が楽しみだぜ』
「結局は食欲か。お前はやっぱ犬だな」
『なんかもう犬扱いされても気にならなくなってきたわ……』
 複雑な心境なのか、諦観と虚しさを混ぜ合わせたような声でため息をつく花咲。
「で、そんな事話すために電話したのか? ならもう切るぞ」
 花咲との雑談を楽しもうという気など普段から一切なく、それが疲れ切っている時ならなおさらあるわけがない。俺は早く切る事だけを目標に電話をしていた。
『も一つ要件あるんだよ。あのさ、イタチ。覚えてる? イタチが俺に、ツキの事が好きだって相談してきた時の事』
「……」
 不意の問い掛けに心が揺さぶられ、返答に迷い黙り込む。
『俺ってば実は、イタチに相談されたその日に、ツキに告白されたんだ。付き合ってほしいって。ツキの事は好きだったけど、それは別に恋愛感情ってわけじゃなかったから、イタチの事もあって断った』
「そうか……」
 なんの意図があって花咲がこんな事を言い出したのか分からず、相槌を打つ事しかできない。
『そんでその後、結構経ってからイタチとツツキが名前で呼び合ってるの見て、上手くいったんだって思って嬉しかったよ。親友の恋が成就したんだからさ』
「……」
『でも、さ。後で考えて思ったんだけど……イタチ、多分知ってたよな』
「何をだ?」
『ツキが俺の事好きだって』
 今度こそ、本当に息が止まるほど驚いた。
『だっておかしいよな。ツキが告白するその朝に俺に恋愛相談するなんて。しかも相談してきた割に、その後は具体的な事なんも言ってこないし。それって、俺にツキの告白断らせるためだったんだろ。だから断らせた後は、相談も何もしてこなかった』
「……」
『勘違いしないでな。別に俺、責めてるわけじゃないんだよ。それだけイタチがツキの事好きだったって事なんだろうし、俺もさ、ツキの言った通り、ツキに恋愛感情持ってたわけじゃないし』
 動揺から、まともに思考が働かない。ただこれだけは知っている。花咲は善人だ。善人ぶる善人だ。だから言葉通り、親友の俺を責めてるわけではない。そういう気持ちがあったとしても、それを意識的にやる事は決してない。
『でもさ、やっぱツキにそれ隠してるなら、ちゃんと言った方がいいと思うんだよ。もうちょっとで大学も卒業だしさ、後腐れはなくした方がいいだろ。そっちの方がイタチも気が楽だろうし』
「…………余計なお世話だよ」
『いや、俺もそうだとは思うけど、でもさ……』
 食い下がろうとする花咲の言葉をそれ以上聞いていられず、無理矢理遮って感情のままに冷えた嘘をぶちまける。
「お前の言った事なんて、全部推測だろ。外れてるんだよ。俺はツキがお前を好きな事なんて知らなかったし、その後でお前に相談しなかったのも、ツキが失恋したって話を俺にしてきたから、そんな余裕がなくなっただけだ。勘違いで余計な世話焼くなよ」
 花咲の言ってる事が正しいのは分かる。こいつが真面目に何かを語る時は、いつも正論だ。嫌っていようが長い付き合い。それくらいの事は理解している。けれど花咲は知らない。俺がそんな後ろめたさを許容して、花咲が思っているよりも最低な行為をした事。そこまでして、俺がツキを手に入れたかったという事を。
 目的のために手段を選ばないのは卑怯者のする事だ。世に出る創作物の悪役は、そのせいで主人公にやられてきた。けれど、どうしても手に入れたいものが、正当な方法で手に入らないと分かって諦められるなら、誰も苦しんだり傷付いたりはしない。
手前勝手な理屈なのは自分でも理解していたが、それでツキに傷を押し付けた事も重々承知しているが、それでも俺は、あいつが好きなのだ。
『……イタチ』
「なんだ?」
『俺さ、イタチが好きだよ』
 なんのホモ発言だ。
『もう大好き。なんだかんだ言ってもう十年以上の付き合いだし、会話の波長とか合いまくりの相性マックスだし』
 波長も合ってなければ相性も最悪だ。なんだこの両極端な一方通行。全く噛み合ってない。
『だからさ、イタチが嘘とか言っても、俺すぐ分かるんだわ』
「……」
『イタチって面倒臭がる事はあっても、怒ったりとか殆どしないだろ。したとしても、それを表に出す事自体が面倒臭くなって黙り込むか、その場から離れる。だからもし俺が的外れな事言ったのを怒ったんなら、さツキみたいにむきになって否定するんじゃなくて、電話を切ったはずなんだよ。なのにしなかった。図星だから』
 一笑に付すのは簡単だった。だがそんな事をしたところで、誤魔化せるわけもなかった。たとえ俺が嫌っていようが、花咲が十年以上も俺の隣にいた事は事実なのだから。
『なぁイタチ、俺の言った事も一度考えてみてくれないか? 別にイタチとツツキを別れさせたいわけじゃなくて、それどころか是非結婚式に呼んでください、仲人やらせてくださいって感じなんだけど、だからこそ、こういうのは早いうちに清算した方がいいと思うんだ。お互いのために』
 俺のためを思っての花咲の助言。俺との関係がギクシャクする事なんて簡単に予想できただろうに、それを承知で、それでも俺のために言う決意をしたのだろう。相も変わらずいい奴過ぎる。いい奴過ぎて、眩し過ぎる。
「余計なお世話だよ」
 同じ台詞を繰り返す。けれど今回は、自分で聞いても弱々しいものになっていた。
『そっか。そうだよな。ごめんねぇ。ちょっと真面目君になっちゃった』
「含蓄ある説教は老人の特権だからな。大目に見てやる」
『なんと寛大な……って俺老人じゃねぇし。むしろ誕生日でいったらイタチの方が年上だろ』
「はいはいそうだな。じゃあ切るぞ。おやすみ」
『おざなりだぁ! でもおやすみイタチ。だいす』
 ブチッ。
 気持ち悪い愛情表現が聞こえる前に電話を切った。
 受験で疲れているところに、花咲からの電話。ダブルパンチでノックアウトされ、俺は椅子からベッドに倒れ込む。
 おそらく、受験が終わって、近いうちにツキとデートする事も予測した上で、あえてこのタイミングで電話してきたのだろう。受験の邪魔にならないよう、それまではずっと胸に秘めて。
 そういう花咲の、清廉潔白なところが俺は一番嫌いなのかもしれない。自分の汚いところを、嫌でも自覚させられるから。だが、嫌いなのにそれでも自分から離れようとしないのは、花咲がそういう奴だからなのだろう。
「やっぱり俺、あいつが嫌いだ」
 そんでツキが大好きだ。
 苦笑いして目を閉じると、あっという間に意識が遠のいていった。
 寝入る間近、ツキへの好意と花咲への嫌悪、どっちが大きいのかと、冗談交じりに考えた。
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