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第1獣

怪獣1-14

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 それはサービス付き高齢者向け住宅、花・水・木も同じであった。入所者達が職員の誘導で安全な場所に逃げようとしていた、その矢先であった。
 しかし、焦っていたのは職員たちだけで、入所していた高齢者たちはどこか落ち着いた感じだ。それはもう覚悟を決めた。或いは認知症が進んで何が起こっているのか分からないのかもしれない。
「そう言えば、昔こんなことありましたね……」
「えぇ、小さい時に露助が来るからって……、国後島から小さな船で母の手を握りながら逃げましたねぇ」
 老婆たちは小さい時に体験した、引き上げの話をしていた。
 幼い時に母親に手を引かれ、ほうほうの体で、日本領だった国後島から引き揚げてきたころを思い出し、感慨にふける。
「露助に捕まったら、殺されるなんて言って、母は恐ろしい思いで逃げて、日本に着いた時には泣き出したと言ってましたよ……」
「私は、家族を失って、弟と逃げてきたんです……」
「あの化け物と、露助どっちが怖いんですかね……」
 昔の引き上げの悲劇を思い出しながら、遠くから見える、巨大不明生物を見た。
「そうか! 皆逃げるな! 止まれ! 止まるんじゃあ!」
 眼鏡をかけた、禿げ頭の老人が杖を突きながら、車いすから立ち上がり両手を広げて、立ち塞がった。
「何を言っているの! おじいちゃん!」
 それを、職員が見とがめる。
「日本は神の国だ! 怪獣如きに負けはせん!」
 この老人は少年の頃、軍国少年だったのだろう。そして今、巨大不明生物の出現と避難で、精神がすっかり昔に戻ってしまった。
「踏みつぶされてしまいますよ! 早く!」
 男性職員が、車いすを持って来て座るように腕を掴んだ。しかし、それを振りほどいて、持っていた杖を振りまわしながら叫ぶ。
「やかましい! 見ていろ、今にきっと神風が吹いてあんな怪獣の一匹や二匹……」
「79年前も神風なんか吹かなかったじゃないの」
 近くにいた老婆が、咎めるうなことを言うも、聞いていない。
「我らは、天皇陛下の赤子だ! 陛下のために戦って死ねば本望だ!」
「怪獣に殺されても、靖国神社に祭ってくれるのかの?」
 それに同調した老人が言う。
「さぁ! 早く逃げて!」
 職員が再び手を掴んだ。それと同時に突風が吹いた。
「天皇陛下万歳!」
 軍国少年に戻ってしまった、老人は怪獣の方に向かって叫び、両手を上げて万歳をするのと同時に肉片と化した。それは老人だけではなくサービス付き高齢者向け住宅そのものを破壊した。それは突風ではなく超音波であることを理解することなく、その場に居た全員が死んだ。
 巨大不明生物はゴリアスの気配に気づいたのか、破壊活動を止めた。
 薄暗く淀んだ複眼でゴリアスを見る。その目はまるでゴリアスを敵と認識してないようにも感じられ、異様な不気味さを放っていた。
「随分好き勝手してくれたな! だが、もう終わりだ! 自分のしたことを後悔するんだな!」
 蘭がそう言い放つと、拳を掌に打ち付けその音が辺りに響いた。それは戦闘開始を意味する合図だ。
『蘭! 待て!』
 ふいにゴリアスが話しかけてくる。
「何だよゴリアス! これから始まるんだ、邪魔するなよ!」
 水を差されて、蘭が抗議の声を上げる。
『こいつには、意思が感じられない……。まるで、なんて言ったらいいんだ? 誰かによって、作られたような……』
「分かる。意思や感情が全く感じられなくて、ロボットや人形みたいなものなんだ……」
「どういうことだよ? それって……」
 秀人とゴリアスの言葉を聞いて、蘭もどうしていいのか分からず戸惑う。
 ただ、確かに前に戦った、ジラノの時は怒りや挑発等の、意思を感じ取ることが出来て、生物としての感情があった。
 ゴリアスと対峙しているのにも関わらず、まるでどこか他人事のように、物を見ている感じがしている。
「どうするんだ? まさか、あいつを放っておくわけにもいかないだろ!」
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