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  すると雄朝津間皇子おあさづまのおうじは剣を再度強く握って、彼らに向かって行った。

(3人か、この人数なら何とかなるか)

  男の1人が上から剣を大きく振りかざした。すると皇子はその剣を受け止めて、素早くその男の腹辺りを横向きに斬った。

「く、貴様は!!」

  そう言ってその男はその場に倒れた。

  そしてすぐ隣いた男にも、素早く彼は剣を一振りして前から斬り、そのまま後ろに回って剣を刺した。

  その男も一瞬にして彼に斬られてしまい、そのまま悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。

  そんな光景を見た最後の男は、思わず体を震わせた。

  そんな彼を雄朝津間皇子はじっと睨んだ。

(だ、駄目だ。俺も殺される……)

  そんな皇子の目を見て、どのみち自分は逃れられないとその男は悟った。
  そして半ばやけくそになり、男は皇子に斬りにかかった。

  すると皇子は男が剣を振りかざす前に、彼の腹に剣を刺した。
  そして剣が抜かれると、男はそのまま後ろに下がって、その場に倒れた。

  男達の中には、まだ息のある者もいるが、ひとまずは動けないだろう。

(とりあえずは、何とかなったな)

  雄朝津間皇子は思わず「ふぅー」と呼吸を整えた。


  そんな雄朝津間皇子の姿を見ていた嵯多彦さたひこは驚いた。

(この皇子思っていたよりも強いな。大炯でひょんがまだいるが、ここは念の為に)

  そして皆が皇子達の戦いに気を向けている隙間に、彼は佐由良さゆらに近付いた。

  佐由良は、嵯多彦が近付いて来たの見て、阿佐津姫に「忍坂姫の所に行ってなさい!」と言って無理やり彼女を忍坂姫の方へ走らせた。

  忍坂姫は自分の元にやって来た阿佐津姫をしっかりと抱いた。
  すると阿佐津姫は彼女の腕の中で泣きながらブルブルと震えていた。

  そして、嵯多彦は佐由良の前に来ると、いきなり彼女の腕を掴んだ。

「へへ、お前さえ捕まればこっちのもんだ!」

  佐由良は嵯多彦に腕を捕まれて、恐ろしさの余り悲鳴を上げた。

「きゃー!!」

(え、佐由良?)

  雄朝津間皇子は思わず彼女の方を見た。彼女は嵯多彦に捕まっていた。

  その瞬間、彼の表情が物凄く険しいものに変わった。
  そして嵯多彦をめがけて飛び掛かって行った。

「貴様、佐由良を離せ!!」

  彼は嵯多彦の背中を思いっきり剣で斬った。すると彼は余りの傷みにその場に倒れた。

  そして雄朝津間皇子は佐由良の元に駆けよった。

「佐由良、大丈夫か!!」

  彼は物凄い真剣な表情で彼女に行った。
  そんな彼に対して、彼女は首を縦に降った。

(え、雄朝津間皇子。これは一体どういう事なの?佐由良様の悲鳴を聞いた途端に)

  忍坂姫おしさかのひめは彼の急な行動に驚きを隠せない。しかも妃の事を佐由良と名前で呼んでいた。今まで彼女の名前を呼んでいる所なんて見た事がなかった。

  それまでこの様子を見ていた大炯が、雄朝津間皇子の前にやって来た。

「これは凄いな。君が大和の皇子と言う事なら、あの聖帝と呼ばれた王の息子か」

(服装が倭国の物とは少し違うな?それに話し方にも少し違和感がある。
  それにこの殺気だった空気、恐らくかなりの剣の使い手だ……)

  雄朝津間皇子は、思わず佐由良の前で剣を構えた。彼女は絶対に守らなければいけない。

「そうか、では一度お相手させて頂こう。俺の名は姜大炯かんでひょん。隣の半島の国から来た者だ。そこに倒れている嵯多彦から大王の暗殺を頼まれてな」

  それを聞いた雄朝津間皇子は、もしかすると彼が稚田彦が言っていた人物かも知れないと思った。

「もしかして、半島から来たと言う殺し屋とはお前の事か?」

  雄朝津間皇子は剣を構えたまま彼に言った。


「ほぉー、私の事が伝わっていたとは、それは意外だった。であれば話しは早い。ここで私の存在を知られてしまったからには生かしておく訳にはいかない」

  そう言って、大炯は腰から剣を抜いた。
  彼は雄朝津間皇子を倒すつもりでいるようだ。

(こいつは、かなり強そうだな。兄上達が来るまでは何とか時間を稼がないと)

「良いか、佐由良。お前は俺が必ず守ってやるから少し後ろに下がっていろ」

「分かったわ。雄朝津間皇子も気を付けて」

  そう言って彼女はゆっくりと彼の後ろに下がった。

  忍坂姫はそんな2人のやり取りをただただ呆然と見ていた。この2人に一体何があったのだろう。
  それに雄朝津間皇子の彼女に対する接し方は、単なる大王の妃に対しての接し方とは到底思えない。

  皇子は彼女が後ろに下がった事を確認すると、再び剣を持ち直して大炯に目を向けた。

  そして2人は互いに飛び掛かって行った。

  すると剣のぶつけ合いの音が、その場で激しく響いた。
  大炯が剣を振ると、彼は必死でそれを受け止める。すると大炯は1歩後ろに下がり、また素早く皇子に襲い掛かって来る。

  雄朝津間皇子は、彼の剣を受け止めるので精一杯の状態だった。しかしそれも少しでも油断すれば、確実に自分が斬られてしまう。

(くそ、こいつ何て強いんだ……)

  彼の息は徐々に上がって来ていた。
  このまま剣の戦いが続けば、確実に彼の方が倒れてしまう。

(これは何とか勝てそうだ。しかしこの青年、なんと言う集中力なんだ)

  大炯は時間が長引けば、彼の仲間がやって来るかもしれないと思った。であれば早いところ決着を付けないといけない。


  そんな様子を忍坂姫はただだた見ているほか無かった。

(どうしよう、このままじゃ雄朝津間皇子が……)



  そんな頃だった。瑞歯別大王みずはわけのおおきみ達がこの丘までやって来ていた。
  先程の雄朝津間皇子の行動が気になり、宮に戻るのを早めたのだ。

  そして宮に戻ると、ここの丘に行くよう言われ、数名の腕の立つ従者を引き連れてやって来た。

「あれは雄朝津間?」

  瑞歯別大王は彼らの状況を見て、これはただ事ではないと思った。

(あの雄朝津間が、押されている!)

稚田彦わかたひこ、頼む!!」

  瑞歯別大王は慌てて彼にそう言った。
  早く行かないと弟があの敵に殺られてしまう。

  稚田彦も大王に言われて、事の重大さを悟った。

「分かりました。急いで行ってきます」

  そう言うなり、稚田彦は馬から降りると、急いで雄朝津間皇子の元へと向かった。

  一方瑞歯別大王は、この付近に他に人が潜んでいないか、また怪我人がいないかの確認をしながら向かう事にした。

(佐由良、阿佐津姫、済まない。俺が大王じゃなかったら直ぐに向かえるんだが...稚田彦を行かせてしまった以上、俺が指示を出さないと行けない。それに今は雄朝津間を早くたすけないといけないんだ)
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