大和の風を感じて2〜花の舞姫〜【大和3部作シリーズ第2弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
上 下
52 / 68

52P《雄朝津間皇子の奮闘》

しおりを挟む
「わぁ、やっと着きましたね。ここが佐由良さゆら様が話されていた丘の上なんですね」

  忍坂姫おしさかのひめは丘の上からここら一体の村や景色を眺めた。桜は散ってしまっているが、木々と一緒に農民の住居や田畑が見えて、確かにここは村一体を見渡すのには丁度良いと思った。

「えぇ、そうなの。だから大王も良くここから村を見渡しているわ」

  佐由良は彼女にそう答えた。大王は自身だけで来る事もあれば、佐由良や阿佐津姫あさつひめと一緒に見に来る事もあるのだそうだ。

「本当に素敵な場所ですね」

(ここなら、また来てみたいかも)

  忍坂姫はそんなふうに思った。

  また佐由良の横にいた阿佐津姫は、彼女に抱っこして欲しいとせがんでいた。

  そんな姫を見て、仕方ないと言った感じで佐由良は彼女を抱き上げた。
  すると阿佐津姫は「きゃ!きゃ!」と言った感じで喜んでいた。



  そしてそんな時だった。急に人の足音が聞こえて来る。それも1人ではなく、数名はいるであろうと思えた。

(一体誰が来たんだろう?)

  忍坂姫は思わず、後ろを振り返った。
  するとそこには5人組の男達が立っており、こちらをずっと見ている。

「あ、あなた達は一体誰なの?」

  忍坂姫はその男達に声を掛けた。
  だがその男達は、明らかに自分達を狙っているような目線を向けていた。

  そんな忍坂姫の横で、佐由良も危険を察知したのか、阿佐津姫をしっかりと腕に抱き締めた。

「何とも威勢の良い娘がいるな。だが俺達が用があるのは、そこにいる大王の妃の方だ」

  それを聞いた佐由良は思わず身震いした。どうしてこの者達は自分なんかに用があるのだろう。

  彼女にそう言った男は、一歩前に出てきた。

「妃久しぶりだな、俺を覚えていないか。前に会ったのは6年程前だったかな。
  お前が今の大王の宮で采女として使えていた頃で、確かあの時は肩に大きな傷を負わせてしまったな」

  それを聞いた佐由良は思わず「ハッ」とした。この肩の傷は当時まだ皇子だった大王を守る為に自ら付けた傷だ。

「あ、あなたもしかして。嵯多彦さたひこなの?」

  佐由良はここに来てこの男が誰だかはっきりと分かった。6年前に今の大王の命を狙った男だ。

「あぁ、名前まで覚えていてくれたのか。それは有り難い。でもまさかお前があの弟皇子の妃になっていたのは流石に驚いた。まぁ、あの男らしいと言えばそれまでだがな」

  そう言って彼はケラケラと笑い出した。

(これでこの女を拐って、あの男を一泡吹かせられる)

「ちょっと、あなた佐由良様にどうするつもりなの?」

  思わず忍坂姫が横から話しかけた。

「お前は誰だ?まぁそんな事は今はどうでも良い。俺達の目的は今の大王への復讐だ。だから大王の妃を拐っていったら、あの男もさぞ動揺するだろうよ」


  嵯多彦はそう彼女達に言った。

(何て事なの。大王への復讐の為に、佐由良様を拐うですって……)

  忍坂姫は思わず佐由良の前に立った。この人は何が何でも守らないといけない。

  そしてそんな彼女達の前に、従者の男2人が立って剣を抜いた。だが彼ら2人ではこの男達には到底歯が立たないだろう。

  その事を悟った佐由良はその男達に言った。

「分かったわ。あなた達の目的は私なんでしょう。ではあなた達に従います。その代わり他の人達には危害を加えないで」

  そう言って佐由良は男達の前に出ようとした。
  しかしそれを慌てて忍坂姫が止めた。

「佐由良様、やめてください!そんな事をしたら向こうの思うつぼです!!」

「で、でもそうしないと。あなた達にまで危害が」

  佐由良はそう言って必死で忍坂姫の手を払いのけようとした。しかし忍坂姫は意地でも彼女の手を離そうとしない。

(一体どうしたら良いの……)

  忍坂姫がそう思った丁度その時だった。



「おい、お前達。何をしているんだ」

  ふと1人の青年の声が聞こえてきた。

  忍坂姫達が思わずその青年を見た。するとそれは何と雄朝津間皇子おあさづまのおうじだった。

(お、雄朝津間皇子がどうしてここに?)

「うん?何だ貴様は!?」

  嵯多彦は思わず、彼の方を見て言った。
  それなりに身なりの良い服を来ているから、どこかの豪族の皇子だろうか。

「皇子どうして、ここが分かったの?」

  忍坂姫が思わず彼に聞いた。

「宮に君が持って来ていた不思議な鏡のお陰だよ」

  それを聞いて、それが何を意味しているのかを知ってるのは忍坂姫のみである。
  まさか彼もその鏡から不思議な光景を見たのだろうか。

  忍坂姫がそんな事を考え込んでいると、彼は嵯多彦に向かって言った。

「それでお前、大王に復讐するとか言っていたけど、俺の事は知らないのか?」

  雄朝津間皇子は嵯多彦を嘲笑うかのようにして言った。

「お、雄朝津間皇子、男達は5人もいるわ。皇子1人で大丈夫なの?」

  忍坂姫は動揺の余り、思わず彼にそう言ってしまった。この人数を彼1人で倒すのは流石に難しいのではと。

「うん?雄朝津間皇子……そ、そうか。お前が大和の第4皇子か!!」

(し、しまった。磐之媛いわのひめの産んだ大雀大王おおさざきのおおきみの息子はもう1人いたんだった。6年前はまだ全然子供だったからすっかり忘れていた...)

  嵯多彦はその時思った。今の時期に倭国わこくに来ていて良かったと。
  これが数年後だったら、今の大王を倒してもまだこの弟皇子が残っている為、それだけでは大和王権はぐらつかない。
  であれば、今ここで一緒に倒してしまえば良い。

「そう言う事。じゃあお前達は、俺1人で何とかするしかないか」

  そう言って、雄朝津間皇子は腰から剣を抜いた。すると彼の目つきが完全に変わってしまった。

「仕方ない。ではまずはお前から倒すとするか」

  嵯多彦がそう言うと、皇子の前に男が3人でて来て、そして彼らも剣を抜いた。

  それを見た忍坂姫達は少し離れた方が良いと考え、少し後ろに下がる事にした。
  そして、嵯多彦達も同様に後ろに下がったみたいだ。

  そして男達は雄朝津間皇子をめがけて飛び掛かっていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~

藍原 由麗
歴史・時代
稚沙と椋毘登の2人は、彼女の提案で歌垣に参加するため海石榴市を訪れる。 そしてその歌垣の後、2人で歩いていた時である。 椋毘登が稚沙に、彼が以前から時々見ていた不思議な夢の話をする。 その夢の中では、毎回見知らぬ一人の青年が現れ、自身に何かを訴えかけてくるとのこと。 だが椋毘登は稚沙に、このことは気にするなと言ってくる。 そして椋毘登が稚沙にそんな話をしている時である。2人の前に突然、蘇我のもう一人の実力者である境部臣摩理勢が現れた。 蘇我一族内での権力闘争や、仏教建立の行方。そして椋毘登が見た夢の真相とは? 大王に仕える女官の少女と、蘇我一族の青年のその後の物語…… 「夢幻の飛鳥~いにしえの記憶」の続編になる、日本和風ファンタジー! ※また前作同様に、話をスムーズに進める為、もう少し先の年代に近い生活感や、物を使用しております。 ※ 法興寺→飛鳥寺の名前に変更しました。両方とも同じ寺の名前です。

妖刀 益荒男

地辻夜行
歴史・時代
東西南北老若男女 お集まりいただきました皆様に 本日お聞きいただきますのは 一人の男の人生を狂わせた妖刀の話か はたまた一本の妖刀の剣生を狂わせた男の話か 蓋をあけて見なけりゃわからない 妖気に魅入られた少女にのっぺらぼう からかい上手の女に皮肉な忍び 個性豊かな面子に振り回され 妖刀は己の求める鞘に会えるのか 男は己の尊厳を取り戻せるのか 一人と一刀の冒険活劇 いまここに開幕、か~い~ま~く~

まひびとがたり

パン治郎
歴史・時代
時は千年前――日ノ本の都の周辺には「鬼」と呼ばれる山賊たちが跋扈していた。 そこに「百鬼の王」と怖れ称された「鬼童丸」という名の一人の男――。 鬼童丸のそばにはいつも一人の少女セナがいた。 セナは黒衣をまとい、陰にひそみ、衣擦れの音すら立てない様子からこう呼ばれた。 「愛宕の黒猫」――。 そんな黒猫セナが、鬼童丸から受けた一つの密命。 それはのちの世に大妖怪とあだ名される時の帝の暗殺だった。 黒猫は天賦の舞の才能と冷酷な暗殺術をたずさえて、謡舞寮へと潜入する――。 ※コンセプトは「朝ドラ×大河ドラマ」の中高生向けの作品です。  平安時代末期、貴族の世から武士の世への転換期を舞台に、実在の歴史上の人物をモデルにしてファンタジー的な時代小説にしています。 ※※誤字指摘や感想などぜひともお寄せください!

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

TAKAFUSA

伊藤真一
歴史・時代
TAKAFUSAとは陶隆房のことである。陶隆房の名は有名ではないが、主君大内義隆を殺害し、のち厳島の合戦で毛利元就に討たれた陶晴賢といえば知っている人も多いだろう。その陶晴賢の歩みを歴史の大筋には沿いながらフィクションで描いていきます。 全く初めての小説執筆なので、小説の体はなしていないと思います。また、時代考証なども大嘘がたくさん入ってしまうと思いますがお許しください。少数の方にでも読んでいただければありがたいです。 *小説家になろう  にも掲載しています。 *時間、長さなどは、わかりやすいと思うので現代のものを使用しています。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...