大和の風を感じて2〜花の舞姫〜【大和3部作シリーズ第2弾】

藍原 由麗

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  雄朝津間皇子おあさづまのおうじは、急に忍坂姫おしさかのひめが話さなくなったので少し不思議に思った。
  そして彼がふと彼女の顔を見ると、少し動揺しているふうにも思えた。

「忍坂姫、どうかしたか?」

  雄朝津間皇子がふと忍坂姫の頬に触れると、彼女が一瞬ビクンと震えた。
  少し緊張させてしまっているみたいだ。

(今これ以上すると、怯えさせてしまうか)

  雄朝津間皇子はそう思って、ふと彼女の頬から手を離した。
  最近彼女への接し方には、かなり気を使うようにしていた。

「とりあえず、君に何か不安にさせるような事は要求しない。これからだんだん薄暗くなるだろうから、今日はもうゆっくり休んだら良いさ」

  雄朝津間皇子は、忍坂姫に優しくそう言った。彼自身今は彼女に余計な不安を与えたくはない。

  忍坂姫はそんな雄朝津間皇子の優しさにとても嬉しさを感じた。彼だって疲れているかもしれないのに。

(この人は何だかんだで、人に対する思いやりはとてもある方なのね)

「雄朝津間皇子、有難うございます。ではお言葉に甘えて、今日はもう部屋に戻って休む事にします」

  忍坂姫はそう言って立ち上がると「では、皇子失礼しますね」と言って、彼のいる部屋を出ていった。

  そして雄朝津間皇子は、そんな彼女の後ろ姿を少し切ない目で見送っていた。



  忍坂姫は部屋へ戻って再び横になってから、考え込んでいた。

「やっぱり今回は雄朝津間皇子に迷惑を掛けているし、何かお礼をさせて頂こう。でも皇子が喜ぶ事って何だろう?」

  忍坂姫はああでもない、こうでもないと色々考えていた時、ふと台の上の鏡を見た。

「鏡を見たら教えてくれるのかな……いや、今回は自分で考えてみよう」

  それから彼女はふと思い付いた。雄朝津間皇子は、何分外に出掛ける事がとても多い。なので、その際に使う餌袋えぶくろを作ってはどうかと考えた。

  餌袋とは、鷹狩りに際して携行した、鷹のえさや獲物を収める竹かごの容器のような物だった。
  それ以外に菓子や出先で食べる食料等も入れたりする事もある。

「そうだわ!そう言った物は多くても困る事ないし、折角なんで自分で作ったもの皇子にあげよう。そこまで大きい袋じゃなければ時間も余り掛からないだろうし」

  忍坂姫は昔からそう言った物は衣奈津いなつから作り方を教わっていた。そこまで上等な物が作れる訳ではないが、通常使う分に関しては問題なかった。

「じゃあ、早速明日製作に取り掛かる事にしよう!材料等は申し訳ないけど、伊代乃に頼んで用意してもらったら良いわ」

  明日は恐らく、ずっとその作業に追われる事になるだろう。
  市辺皇子も、明日は使用人に面倒を見てもらうようお願いしたら、特に問題はない。

  そう決めると、忍坂姫はそのまま再度眠りに付く事にした。




翌日、忍坂姫は早速餌袋作りに取り掛かる事にした。

伊代乃は、まさか皇女である忍坂姫がそんな物を作るとは、最初とても驚いた。
だが雄朝津間皇子への贈り物と言う事を聞いて、それならばと材料となる細い竹を持ってきてくれた。

幸い竹は宮にもあったらしく、宮の者に事情を説明して少し分けてもらえたようだ。

そして彼女は自分の部屋にこもって、黙々と作業を始めた。

「頑張ったら今日中には出来そうね。折角だし、市辺皇子いちのへのおうじの分も作って上げよう」

こうして、忍坂姫は順調に餌袋を作っていった。





そんな中、雄朝津間皇子が宮を歩いていると、市辺皇子がブラブラしている所を見つけた。どうも彼は少し元気が無さそうだった。

(うん?あいつ1人でどうしたんだ)

そう思った雄朝津間皇子は、市辺皇子の元にやって来た。そしてそんな元気の無い彼に声を掛けた。

「おい、市辺いちのへ、お前どうかしたのか?」

すると市辺皇子は、雄朝津間皇子を見て言った。

「今日朝から、忍坂姫が部屋でやりたい事があるって言って、ずっと部屋にとじ込もっているんだよ。何でって聞いても教えてくれないし……」

そう言って、市辺皇子はシュンとした。どうやら忍坂姫に構ってもらえないのが、寂しいようだ。

(忍坂姫が、部屋に閉じこもりきり?)

雄朝津間皇子は思わず首を傾げた。彼女は朝から部屋にとじ込もって、一体何をしているのだろう。
ただ彼女の事だから、普通の姫がやらないような事をしているような気はする。

「まぁ、別に部屋で寝込んでいる訳じゃないんだろう。本人が何かしたいと言ってやっているようだし、しばらく様子を見たら良いんじゃないか?」

市辺皇子はそれを聞いて、とりあえずコクコクと頷いた。

「仕方ないな。じゃあ今日は俺がお前の遊び相手になってやるから、それでお前も機嫌を直せ」

市辺皇子はそれを聞いて、急にはしゃぎ出した。雄朝津間皇子に遊んでもらえるのはどうも久しぶりのようだ。

それから雄朝津間皇子は、市辺皇子とおっ駆けっこをしたり、皇子を肩車したりとして、色々と遊んでやっていた。

すると、気が付けば夕方に差し掛かっていた。流石に遊び過ぎたと思った雄朝津間皇子は、市辺皇子を連れて部屋の中に戻ろうかと思った。

そんな時だった。
彼の目線の先に忍坂姫が立っていた。そして彼女は皇子2人を見つけて、自分達の元にやって来た。

雄朝津間皇子がそんな忍坂姫を見ると、彼女は腕に布で何か包んだ物を大事そうに持っていた。

(一体何を持って来たんだ?)

雄朝津間皇子は、彼女が持っている物が何なのか少し不思議に思った。
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