大和の風を感じて2〜花の舞姫〜【大和3部作シリーズ第2弾】

藍原 由麗

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  そして今日は、大王が訪問に来られる前日で、今は夜に差し掛かる時間帯だった。

「そう言えば、そろそろ雄朝津間皇子おあさづまのおうじが戻って来てる頃かしら。この分だと先日のいざこざが解決しないまま、明日出掛ける事になりそうね」

  忍坂姫おしさかのひめがふとそんな事を考えている、そんな時だった。
  なにやら誰かの足音が聞こえてきた。どうやらこの部屋に誰かが向かってきているようだ。

(誰かしら、こんな時間に?)

  そして彼女の部屋の前で、ふと足音が止まった。

「忍坂姫、俺だ。中に入って良いかな」

  その声を聞いて、彼女は思わずぎょっとした。その声の主は何と雄朝津間皇子だった。

(まさか雄朝津間皇子の方から、やって来るなんて……)

  忍坂姫は突然の皇子の訪問にかなり動揺した。だが流石にこのまま無言を続ける訳にもいかず、彼の返事に答えた。

「は、はい。大丈夫です」

  忍坂姫の返事を聞いて、雄朝津間皇子はそのまま部屋の中に入ってきた。
  雄朝津間皇子は、意外にも普段と変わらない感じの表情であった。

  そして彼女の前まで来ると、その場に座った。

  忍坂姫は彼にどう対応したら良いか分からず、中々上手く彼と目を合わせられずにいた。

(一体何で、こんな時間に来たんだろう)

「今丁度宮に戻って来たところ。何でも明日大王がこっちに来るんだってね」

  忍坂姫はとりあえずコクコクと頷いた。
  今宮に戻って来たと言う事は、その足でそのまま自分の部屋に来たと言う事だろうか。

  そんな忍坂姫を見て、雄朝津間皇子は思わずため息をついた。

「何か俺、かなり警戒されてるみたいだね。まぁ無理もないかもしれないけど……」

  忍坂姫はふと雄朝津間皇子の顔を見た。すると彼は真っ直ぐ自分の事を見つめていた。

「皇子、どうもお帰りなさい。こんな時間に何か用ですか?」

  忍坂姫は、とりあえずそれだけ彼に返事をした。

  それを聞いた雄朝津間皇子は、一瞬だけ少し驚いたような表情を見せる。
  だがすぐに彼は、彼女に対して優しい目を向けた。

  そんな皇子を見て、忍坂姫は彼が今日はいつもと少し感じが違っているように見えた。

そのため彼女は、そんな彼にどう接したら良いか分からず、少し困ってしまった。


すると雄朝津間皇子は忍坂姫に向かって話し出した。

「先日あんな事になって、本当はもっと早く謝りたかった。でもすぐに出掛けないと行けなかったら、こんな時になってしまった。本当にあの時は済まなかった」

  そう言って雄朝津間皇子は彼女の前で頭を下げた。

(え、皇子が私に頭を下げるなんて……)

  そんな彼を見て、忍坂姫は慌てて言った。

「雄朝津間皇子!そんな皇子が頭なんてさげないで下さい。あの時は私も流石に言い過ぎました」

  忍坂姫にそう言われ、雄朝津間皇子は頭を上げた。彼女の発言に少し驚いてる感じだった。

「いや、元々の原因は俺にあるよ。あんなふうにして君を傷付けてしまって。でも今の君の発言だと、俺の事を許してくれるのか?」

  許すも何も、どうやって皇子と仲直りしようかと思っていた所だった。
  それがまさか皇子の方から謝ってくるとは思ってもみなかった。


「まぁ、許す許さないと言う事であれば、私はもう怒ってません。私の方こそ結構酷い事言ってしまったので」

  それを聞いた雄朝津間皇子は彼女に言った。

「そんな事俺は全然気にしてない!とりあえず君がもう怒ってないと知って、本当に安心したよ」

  そう言って雄朝津間皇子は安堵した。
  彼もやっと心配事から解放されたようだ。

(もしかして、皇子今回の事をかなり気にしていたのかしら。てっきりまだ凄く怒っているとばかり思っていたわ)

「じゃあ、とりあえずは仲直りって事で」

  雄朝津間皇子はニコニコしながら、彼女に言った。

「そうですね。では今回はそういう事にしておきます」

  忍坂姫も、とりあえず雄朝津間皇子と仲直り出来た事にほっとした。
  これで明日は変な心配をせずに出掛けられる。


  すると雄朝津間皇子は、急に腰にあった袋を取り出した。

(うん?袋なんか取り出してどうしたんだろう)

  忍坂姫は不思議そうに彼の行動を見ていた。

  すると彼は袋から何かを取り出した。
  それはどうやら腕飾りのようで、黄や緑、褐色と言ったガラス製の玉が紐で通してあった。

「今回の偵察時に見つけたんだ。これを君に贈ろうと思って」

  彼はそう言うなり、その腕飾りを彼女の腕に通した。
  忍坂姫はまじまじとその腕飾りを見つめた。色がとても鮮やかで、恐らくとても高価な物なのだろう。

「皇子、良いんですか!こんな高価な物頂いて」

  忍坂姫は急な贈り物にとても喜んだ。そして、幸せそうにその腕飾りを眺めていた。

  そんな彼女を見て、雄朝津間皇子もとても嬉しそうにしていた。

「君の為に持って帰ってきたんだ。喜んで貰えて本当に嬉しいよ」

(まさか、雄朝津間皇子からこんな素敵な贈り物を頂けるなんて……)

「じゃあ、明日も出かける事になるから、そろそろ俺は失礼するね。君も今日は早く休みたいだろうし」

  そう言って、雄朝津間皇子は立ち上がった。

  そんな彼を見て、せめて部屋の入り口でお見送りをしようと思い、忍坂姫も彼の後を追った。

「では、雄朝津間皇子、今日は本当にありがとうございました」

  忍坂姫は笑顔で彼にそう言った。

  そんな彼女を見て、雄朝津間皇子もとても嬉しそうな笑みを浮かべた。

「あぁ、こんな時間に本当に済まなかった。じゃあ、これで失礼するよ」

  そう言って雄朝津間皇子は、自分の部屋へと帰って行った。


  そんな彼の後ろ姿を見送って、忍坂姫はとても幸せな気持ちになった。

(明日は本当に楽しみね。じゃあ今日は早く寝る事にしましょう)

  そして彼女は部屋の中へと戻っていった。






  その頃、雄朝津間皇子は忍坂姫の部屋から自分の部屋に戻る為、外を歩いていた。
  ふと空を見上げると、月が白く綺麗に輝いている。

「とりあえず仲直りは出来たみたいだ。ずっと気まずいままなのは、流石にしんどい」

  雄朝津間皇子はそんな事を思いながら、部屋へと戻って行った。
 
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