大和の風を感じて2〜花の舞姫〜【大和3部作シリーズ第2弾】

藍原 由麗

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8P《盗賊と謎の青年》

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  翌日、忍坂姫おしさかのひめはいよいよ雄朝津間皇子おあさづまのおうじがいる磐余稚桜宮に向かう事になった。
  とは言っても歩いてそれ程離れていない距離の為、道のりはさほど大変ではないと思った。

  見送りには稚野毛皇子わかぬけのおうじ百師木姫ももしきのひめ夫婦、使用人数名が来ていて、忍坂姫は使用人の衣奈津いなつと、従事者の男2人で向かう事になった。

「忍坂姫、では雄朝津間皇子にくれぐれも失礼のないようにするのだぞ」

  娘の婚姻がかかっているとは言え、年頃の娘を持つ親としては、やはり心配もしていた。

「そうですよ。同じ皇族の者として、しっかりとした振る舞いを忘れずに。あなたは息長にいた期間が長いから、余りお転婆な事は慎みなさいね」

  母の百師木姫も、夫の稚野毛皇子と同じ心境だった。雄朝津間皇子に何かあったとなれば、それは大王も知る事になる。

  今の大王は、皇子時代に実の兄を謀反があったとはいえ、その兄の暗殺もしている。その時はとても残忍な皇子と思われていた。
  だがそんな瑞歯別大王みずはわけのおおきみも、今は割と温厚だ。

「お父様、お母様、そんなに心配なさらなくても大丈夫です。私だってそれぐらいの分別はあります。
  仮にもし何かあったら、直ぐに連絡もしますから」

  忍坂姫はそんな心配性な親達も見て、少しため息をついた。自分はそんなに頼りないと思われてるのかと。
  そもそもこの婚姻を勧めてきたのは、自分達だろうに。

(はぁー、何か気落ちしそう)

  それでも自分をここまで心配してくれている親だ。その気持ちは本当に有り難い。

「稚野毛皇子、百師木姫様、私衣奈津が責任を持って雄朝津間皇子の元に送り届けます。どうぞご安心下さい」

  衣奈津が横から皇子夫婦に言った。彼女は忍坂姫を雄朝津間皇子の宮まで送り届ける事になっている。

「では、そろそろ行きますね」

  今回の移動は距離が近いので、もっぱら徒歩で向かう事になっていた。

  こうして、忍坂姫は雄朝津間皇子のいる宮に向かう事になった。




「本当に、お父様もお母様も、私が何か問題でもおこしそうな感じに思ってるのね」

  忍坂姫は少し不満気味に思いながら、宮までの道のりを歩いていた。
  今は丁度お昼を過ぎている頃に差し掛かっていた。

「まぁ、お二人とも姫様がそれだけ心配なんですよ。それに今日は天候にも恵まれて本当に良かったですね」

  衣奈津が忍坂姫にそう言った。

  道の横では小さな川が流れていて、基本はこの川に沿って進む形になる。
  もうすぐ春なので、川沿いには少し花も咲いていた。

「まぁ、それはそうなんだけど……」

  とりあえず、そんな事をいちいち気にしていても仕方ない。久々に宮から離れて歩いてるのだ。これはこれで楽しもうと思った。

「こんな天気の良い日には、舞でも踊りたいものね。雄朝津間皇子おあさづまのおうじの宮に着いたら舞ってみようかしら」

  忍坂姫の唯一の特技が舞で、これは幼少の時からずっとやっており、この舞だけは両親からも誉められていた。

「姫様、それは良いですね。雄朝津間皇子も姫様の舞を見られたらきっと喜ばれますよ」

  それを聞いた衣奈津も嬉しそうに言った。
  もうじき来る春と共に、忍坂姫の舞は見る人を魅了するだろう。



  そしてまたしばらく歩いていると、道が細くなりなり、太陽が雲に隠れ少し薄暗くなってきた。
  皇子の宮までの道のりは、あと半分ぐらいの距離だった。

(何か変な感じね。早いところ皇子の宮に行かないと)

  忍坂姫が変な胸騒ぎをし出した丁度その時である。
  忍坂姫一行以外に人の気配はそれまで無かったが、何か足音が聞こえて来た。
  しかも速足で何かが近づいて来る感じがした。

「姫様、何か足音が聞こえて来ませんか?」

  衣奈津は辺りを見回した。
  また他の従事者の男2人も辺りをキョロキョロ見ている。

(やっぱり、誰か来てる?)

  忍坂姫がそう思った瞬間、彼女達の前に、2人の男が現れた。
  男は武器を持っており、どうやら盗賊のようだ。

「あんた達、随分と身なりの良い服装だな。何か金目のものとか持ってるんだろう」

  男の1人がギラギラした目で言った。どうやらこの辺りを通る人を待ち伏せしていたようだ。

  忍坂姫の従事者が思わず彼女の前に出た。

「姫様は後ろに下がってて下さい」

  忍坂姫は従事者の男にそう言われて、思わず後ろに下がった。衣奈津も忍坂姫を守るように、彼女を抱きしめている。

  するともう一人の盗賊の男が話し掛けてきた。

「どうせ、剣もそんなに使える訳でもないんだろう。逃げられても何かと面倒だ、さっさと殺そうぜ。それから持ち物を確認すれば良い」

  それを聞いた忍坂姫は一気に血の気が引いた。この状況を考えると、自分達の方が断然不利だ。
  距離が短いから大丈夫だと思ったその考えが甘かった。
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