大和の風を感じて2〜花の舞姫〜【大和3部作シリーズ第2弾】

藍原 由麗

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1P《序章 新たな大王の誕生》

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  佐由良さゆら瑞歯別皇子みずはわけのおうじが最初に出会った丘の上での再会から、6年が経過していた。

  佐由良は瑞歯別皇子の妃となり、2人の間には1人の姫が生まれていた。
  その姫は阿佐津姫あさつひめと名付けられ、今年で4歳になる。

「見て、お父さま。あそこに鳥が止まってるわ」

「あぁ、そうだな。もうすぐ春だから、きっとまた沢山見られるさ」

  父親である瑞歯別皇子は、娘を抱き上げたまま、一緒にその鳥を眺めていた。

「阿佐津姫、お父様はこれから大王の所に行かないといけないから、それぐらいにしなさい」

  彼女の母親の佐由良が横から声を掛けた。

「お父さま、もう行っちゃうの?」

  阿佐津姫はシュンとした。

「あぁ、悪いな。どうも大王の体調が優れないらしく、稚田彦わかたひことちょっと行ってくるよ」

  先日大王の家臣達から、瑞歯別皇子の元に連絡が来ていた。
  最近何かの病にでもかかっているのか、大王は酷い頭痛と体の怠さが消えず、部屋の中で寝ている事が多いとの事だった。


  皇子はそんな娘の頭を撫でてやってから、そのまま佐由良に渡した。

「さぁ、阿佐津姫。お母さまと一緒に待ってましょう」

  それを聞いた阿佐津姫「はーい」と答えた。

  そんな親子水入らずで話している丁度その時、その場に稚田彦がやって来た。

「瑞歯別皇子、お待たせして申し訳ありません」

「あぁ、稚田彦。来たか」

  彼はそばに来るなり、皇子の横にいた佐由良と阿佐津姫にも挨拶をした。

「佐由良様、阿佐津姫、どうもご無沙汰してます」

「稚田彦もお元気そうね」

  佐由良が彼ににっこりと言った。

  ただ彼女の腕の中にいる阿佐津姫はキョトンとしていた。

  それから稚田彦は、皇子達親子をとても興味深く見てから言った。

「それにしても、阿佐津姫もすっかり皇子に懐かれましたね。姫が産まれた時なんか、皇子が抱く度に大泣きでしたから」

「本当そうだったわ。それに引き換え、伊莒弗いこふつのお父様が抱くととても喜んでいたのよね」

  そう言うと佐由良はクスクスと笑いだした。

「おい、佐由良。もうその話しはよせ」

  瑞歯別皇子は、当時娘に余りに嫌がられていたので、非常に気にしていた。




  その時だった。
  別の家臣の者が、大慌てで彼の元にやって来た。

「瑞歯別皇子ー!!」

「うん、一体慌ててどうした」

  家臣の男は「ぜーはーぜーはー」と呼吸を整えてから言った。

「たった今大王の従者の者から連絡が入りました。
  今日の朝方から大王の体調が急に悪化し、その後大王が崩御されました」

「何だって大王が!お前、それは本当か!!」

  瑞歯別皇子は余り事に一瞬で顔を青ざめた。
そして彼はその家臣に詰め寄り、家臣を揺さぶった。

(そ、そんな事があるはずない。大王……兄上がまさか!!)

  家臣もそんな状態の瑞歯別皇子を見て、涙が出そうなの必死で堪えて言った。

「ほ、本当でございます」

  それを一緒に聞いた、佐由良や稚田彦も言葉を失った。

「な、何で大王が……」

  瑞歯別皇子は俯いて手を強く握りしめた。
  そして、彼の目からは一筋の涙が落ちた。

「皇子……」

  佐由良は皇子の肩にそっと手を当てた。

「佐由良、済まない。予定よりも帰りが遅くなるかもしれん」

「はい、分かってます。阿佐津姫とここで待ってます」


  その後瑞歯別皇子は、稚田彦と他数名を引き連れて大王の宮へと向かった。




  こうして即位から6年目にして、去来穂別大王いざほわけのおおきみは崩御した。

  それから暫くして葬儀も行われ、皆大王の崩御をとても悲しんだ。

  だがいつまでも悲しみに浸っている訳にはいかない。
  次の新たな大王を決めないといけないからだ。

  現状では、大王の皇子の市辺皇子いちのへのおうじはまだ6歳になったばかりである。
  2年前に、皇子の母親である黒媛くろひめも既に他界している。

  そんな幼い皇子を大王にするのは無理があった。


  そこで臣下達は考えて、弟の瑞歯別皇子を次の新たな大王にする事を決めた。

  彼の唯一の妃である、皇女ではない佐由良を皇后にするかどうかは意見が分かれた。
  そこで佐由良に関しては、一旦妃のままでいる事で話しがまとまった。


「瑞歯別皇子いえ、瑞歯別大王みずはわけのおおきみ。この度はご決断頂き、真にありがとうございます」

  臣下達は皆彼に頭を下げた。

(今のこの現状では、自分が大王になる他ない)

  彼は何の抵抗もなくこの事実を受け入れた。




(出来れば、佐由良や阿佐津姫とこのまま静かに過ごしたかった。だがあの2人を守る為なら、俺は何だってやってみせる)


  こうしてこの大和王権に、新たな大王が誕生した。
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