夢幻の飛鳥~いにしえの記憶~

藍原 由麗

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  それからしばらくして、躬市日みしびの遺体は部屋から出された。

  その後例の皇女2人は、炊屋姫かしきやひめによって取り調べを受けることになる。今回は糠手姫皇女ぬかでひめのひめみこの誘拐未遂事件として、扱われるとの事だった。

  一方椋毘登くらひとの方は、しばらく1人になりたいといって、1人でどこかに行ってしまっていた。


  そしてそのままここで翌日を迎えることになる。

  稚沙ちさはとりあえずことが済むまで、厩戸皇子うまやどのみこ達からこの宮で待っているようにいわれていた。

(昨日のことは本当に怖くて、お陰で昨夜は余り眠れなかった。他の皆は大丈夫なのかしら……)

だが今日になって、彼女も幾分気持ちが落ち着いてきている。

  そして今は昼を過ぎ、そろそろ夕方になるかといった時間帯に差し掛かっている。
  そもそもここは初めて来た場所なので、稚沙もどうすれば良いのか分からないでいた。

「厩戸皇子達まだかな。一人でいるとどうしても昨日の事を思い返してしまう」

  彼女がふと横を見ると、綺麗な夕焼けが出始めていた。

(今回の件、何とか大きくならずに済むと良いんだけど……)

  彼女がそう思っていた時である。急に誰かの足跡が聞こえてくる。

  稚沙が誰だろうと思って振り返ると、そこにいたのは椋毘登だった。

「く、椋毘登、もう大丈夫なの!」

  稚沙は慌てて彼の元にかけ寄った。

「あぁ、俺は大丈夫だ。それよりもお前の方が災難だったろ?体はどこも悪くないのか?」

  稚沙は確かに、誘拐されて縄で縛られてはいたが、少し腕が痛いだけである。
  躬市日も、そこら辺は気にかけてくれていたのかも知れない。

「うん、私は大丈夫。それよりも一人だとどうしたら良いか分からなくて……」

  稚沙がそう話そうとした瞬間、椋毘登は思いっきり彼女を抱き締めた。

「この馬鹿!俺がどれだけ心配したと思ってるんだ!!お前にもしものことがあったらと思うと、俺はずっと……」

  そういって椋毘登はなおも強く彼女を抱き締めた。

(椋毘登、そんなに私の事を心配してくれてたの?)

  彼女はそう思うと、嬉しい気持ちが込み上げてくる。そしてやはりこの人が好きなのだなと、改めて実感した。

「椋毘登、本当に心配かけてごめんなさい」

  稚沙はそういって、思わず彼の背中にそっと手を回した。今は言葉よりもこの方が彼に想いが伝わるような気がして。

  そして彼らの横では、大きく夕日が出て、辺りを夕日の光が包み込んでいた。


「はー、俺もそろそろ覚悟を決めないといけないのかもな……」

「え、覚悟?」

  稚沙は一体何の覚悟だろうと、少し不思議に思った。

  それを聞いた椋毘登は、ふとクスッと笑う。
  そしてそのまま少し彼女と間をあけてから、彼女の額に自身の額をくっ付けてきた。

「まぁ、それはまた次回で良いよ。今はただただこうしていたいんだ」

(うーん、本当に何なんだろう……?)

  稚沙にはさっぱり分からないままだ。




  だが、2人のそんな光景を、遠くから隠れて見ている人物がいた。

「椋毘登は、あの子が好きなのね……」

  糠手姫皇女はそんな2人を羨ましそうに眺めていた。

「糠手姫皇女、ここは潔く諦めた方が良いのではないか?」

  彼女がふと振り向くと、そこには蝦夷えみしがいた。どうやら2人で稚沙達を見ていたようである。

「そうね。あんな椋毘登見せられたら、どうすることも出来ない。そういうあなたこそ、それで良いの?」

「あぁ、俺は今回彼女を守れなかったんだ、そんな俺が今さら出る幕でもないんでね」

「じゃあお互い失恋同士ってことね」

  糠手姫皇女は少し意地悪くして、蝦夷にいった。

「本当だよ。今回のことがなければ、普通に稚沙に婚姻を申し込む気でいたからね。まぁ、俺とはそういう運命ではなかったんだろう」


  蝦夷が糠手姫皇女にそういうと、そのまま2人を残して、彼らはその場を離れていった。

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