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94《椋毘登と躬市日の戦い》

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    一方その頃、2人の皇女は驚きを隠せないでいた。

「ちょっと、これはどういうことよ?糠手姫皇女ぬかでひめのひめみこじゃないじゃない!」

「本当にそうね。どうして間違ってしまったのか、とても信じられないわ……」

  今稚沙ちさは縄で縛られており、そんな彼女の前には2人の女性が立っている。

  ここに連れてこられてから聞いた彼女らの会話で、この2人が皇女だということは分かった。しかもこの2人はあの推坂彦人大兄皇子おしさかのひこひとのおおえのみこの妃である。

(つまりこの2人は、推坂彦人大兄皇子と糠手姫皇女の婚姻を邪魔したかったようだわ)

  とりあえず今回の経緯は彼女も理解することができた。

  だが自分は糠手姫皇女ではない。であれば彼女らの計画はまだ達成出来ていないことになる。

「お二方、本当に申し訳ありません。この娘が、自分が糠手姫皇女と名乗ったものでしたので……」

  躬市日みしびはとんでもない失敗をしてしまい、内心とても冷や冷やしている。

「やはり、直接顔を見ることにして正解だったわ」

  2人のうちの小墾田皇女おはりだのひめみこがそう話した。

「でもお姉さま、これでは失敗だわ、蘇我蝦夷そがのえみしにも知られたみたいだし、今回は諦めた方が良さそう」

  もう1人の桜井弓張皇女さくらいのゆみはりのひめみこが、続けてそうつげる。

「確かにそうするしかないわね。じゃあこの娘は殺して、どこかに捨てておいたら良いわ」

  それを聞いた稚沙は一瞬にしてぞーとした。このままだと自分は、彼女らに殺されてしまう。

「じゃあ、私達は戻るから。躬市日あとは頼んだわ。報酬は最初に渡した口止め料だけね」

  2人の皇女は躬市日にそういってから、この部屋を後にして出ていった。

  そしてこの部屋には、躬市日と稚沙のみが残されてしまう。

「お前も、自分が糠手姫皇女なんて嘘をつくからこうなるんだ」

  躬市日はそういってから鞘から刀を抜き、稚沙の前に立った。

(今度こそ駄目だ。私このまま死んじゃうの……)

  稚沙はそんな彼をみて、ガクガクと体を震わせる。こんな状況では自分を助けに来る人など誰もいない。

(最後にお父様達や、炊屋姫様達に会いたかった。それに椋毘登、もうあなたの顔を見ることも出来ない)

  そして彼が刀を振り下ろそうとした、その瞬間だった。

「躬市日、そこまでだ!」

  躬市日は自身の名前を呼ばれ、思わず後ろを振り向く。

  彼が相手の顔を見ると、そこにいたのは椋毘登と厩戸皇子うまやどのみこだった。

「お、お前は、椋毘登なのか?それに厩戸皇子まで」

  躬市日も意外な2人の登場にとても驚き、思わず目を丸くする。

「やはり今回の事件の犯人は躬市日、お前だったんだな!」

  椋毘登は怒鳴り声を上げて叫んだ。

「今日ここに2人の皇女が来ているという情報を聞いた。それで犯人のめぼしがついたのさ」

  厩戸皇子も不適な笑みを見せて、躬市日にそう答える。

  稚沙もこういう時の厩戸皇子は、かなりの怒りを覚えている時であることを知っている。

(椋毘登だけでなく、厩戸皇子も相当に怒っている……)

  そして椋毘登は、そんな厩戸皇子に何やら小さく耳打ちした。

  厩戸皇子もそれを聞いて、どうやら彼のいったことを理解したようで「よし、分かった」とだけ返事をする。

  そして厩戸皇子は、躬市日の後で腕を縄で縛られて座っている、稚沙に目を向ける。

(2人とも一体どうしたんだろう?)

  稚沙はふと首をかしげる。

 もしかすると、自分を助ける相談でもしていたのだろうか。

  一方の躬市日は、意外な2人の登場でかなり動揺していた。

  そんな彼を見て椋毘登はいった。

「躬市日、まさかお前が生きていたとはな」

  椋毘登はそういって、自身の刀を抜く。

  躬市日も椋毘登の刀の腕前がかなりのものなのは知っていたので、稚沙に向けていた刀を彼に向け直した。

  普通なら稚沙を人質にとっても良いのだが、椋毘登がそんな小手先の事で倒せる相手ではない。

  それよりも早くここから逃げることの方が重要だと彼は思った。

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