夢幻の飛鳥~いにしえの記憶~

藍原 由麗

文字の大きさ
上 下
94 / 105

94《椋毘登と躬市日の戦い》

しおりを挟む
    一方その頃、2人の皇女は驚きを隠せないでいた。

「ちょっと、これはどういうことよ?糠手姫皇女ぬかでひめのひめみこじゃないじゃない!」

「本当にそうね。どうして間違ってしまったのか、とても信じられないわ……」

  今稚沙ちさは縄で縛られており、そんな彼女の前には2人の女性が立っている。

  ここに連れてこられてから聞いた彼女らの会話で、この2人が皇女だということは分かった。しかもこの2人はあの推坂彦人大兄皇子おしさかのひこひとのおおえのみこの妃である。

(つまりこの2人は、推坂彦人大兄皇子と糠手姫皇女の婚姻を邪魔したかったようだわ)

  とりあえず今回の経緯は彼女も理解することができた。

  だが自分は糠手姫皇女ではない。であれば彼女らの計画はまだ達成出来ていないことになる。

「お二方、本当に申し訳ありません。この娘が、自分が糠手姫皇女と名乗ったものでしたので……」

  躬市日みしびはとんでもない失敗をしてしまい、内心とても冷や冷やしている。

「やはり、直接顔を見ることにして正解だったわ」

  2人のうちの小墾田皇女おはりだのひめみこがそう話した。

「でもお姉さま、これでは失敗だわ、蘇我蝦夷そがのえみしにも知られたみたいだし、今回は諦めた方が良さそう」

  もう1人の桜井弓張皇女さくらいのゆみはりのひめみこが、続けてそうつげる。

「確かにそうするしかないわね。じゃあこの娘は殺して、どこかに捨てておいたら良いわ」

  それを聞いた稚沙は一瞬にしてぞーとした。このままだと自分は、彼女らに殺されてしまう。

「じゃあ、私達は戻るから。躬市日あとは頼んだわ。報酬は最初に渡した口止め料だけね」

  2人の皇女は躬市日にそういってから、この部屋を後にして出ていった。

  そしてこの部屋には、躬市日と稚沙のみが残されてしまう。

「お前も、自分が糠手姫皇女なんて嘘をつくからこうなるんだ」

  躬市日はそういってから鞘から刀を抜き、稚沙の前に立った。

(今度こそ駄目だ。私このまま死んじゃうの……)

  稚沙はそんな彼をみて、ガクガクと体を震わせる。こんな状況では自分を助けに来る人など誰もいない。

(最後にお父様達や、炊屋姫様達に会いたかった。それに椋毘登、もうあなたの顔を見ることも出来ない)

  そして彼が刀を振り下ろそうとした、その瞬間だった。

「躬市日、そこまでだ!」

  躬市日は自身の名前を呼ばれ、思わず後ろを振り向く。

  彼が相手の顔を見ると、そこにいたのは椋毘登と厩戸皇子うまやどのみこだった。

「お、お前は、椋毘登なのか?それに厩戸皇子まで」

  躬市日も意外な2人の登場にとても驚き、思わず目を丸くする。

「やはり今回の事件の犯人は躬市日、お前だったんだな!」

  椋毘登は怒鳴り声を上げて叫んだ。

「今日ここに2人の皇女が来ているという情報を聞いた。それで犯人のめぼしがついたのさ」

  厩戸皇子も不適な笑みを見せて、躬市日にそう答える。

  稚沙もこういう時の厩戸皇子は、かなりの怒りを覚えている時であることを知っている。

(椋毘登だけでなく、厩戸皇子も相当に怒っている……)

  そして椋毘登は、そんな厩戸皇子に何やら小さく耳打ちした。

  厩戸皇子もそれを聞いて、どうやら彼のいったことを理解したようで「よし、分かった」とだけ返事をする。

  そして厩戸皇子は、躬市日の後で腕を縄で縛られて座っている、稚沙に目を向ける。

(2人とも一体どうしたんだろう?)

  稚沙はふと首をかしげる。

 もしかすると、自分を助ける相談でもしていたのだろうか。

  一方の躬市日は、意外な2人の登場でかなり動揺していた。

  そんな彼を見て椋毘登はいった。

「躬市日、まさかお前が生きていたとはな」

  椋毘登はそういって、自身の刀を抜く。

  躬市日も椋毘登の刀の腕前がかなりのものなのは知っていたので、稚沙に向けていた刀を彼に向け直した。

  普通なら稚沙を人質にとっても良いのだが、椋毘登がそんな小手先の事で倒せる相手ではない。

  それよりも早くここから逃げることの方が重要だと彼は思った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~

藍原 由麗
歴史・時代
稚沙と椋毘登の2人は、彼女の提案で歌垣に参加するため海石榴市を訪れる。 そしてその歌垣の後、2人で歩いていた時である。 椋毘登が稚沙に、彼が以前から時々見ていた不思議な夢の話をする。 その夢の中では、毎回見知らぬ一人の青年が現れ、自身に何かを訴えかけてくるとのこと。 だが椋毘登は稚沙に、このことは気にするなと言ってくる。 そして椋毘登が稚沙にそんな話をしている時である。2人の前に突然、蘇我のもう一人の実力者である境部臣摩理勢が現れた。 蘇我一族内での権力闘争や、仏教建立の行方。そして椋毘登が見た夢の真相とは? 大王に仕える女官の少女と、蘇我一族の青年のその後の物語…… 「夢幻の飛鳥~いにしえの記憶」の続編になる、日本和風ファンタジー! ※また前作同様に、話をスムーズに進める為、もう少し先の年代に近い生活感や、物を使用しております。 ※ 法興寺→飛鳥寺の名前に変更しました。両方とも同じ寺の名前です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

まほろば大戦

うさはら
ファンタジー
ぼくは人の考えがわかる。 頭の中が読めるのだ。 でもそれは、ある大きな役割を全うするために与えられたものだった・・・。 聖徳太子、法隆寺。 僕たちの知る歴史は真実なのか。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

処理中です...