夢幻の飛鳥~いにしえの記憶~

藍原 由麗

文字の大きさ
上 下
91 / 105

91

しおりを挟む
「ただ俺も、あの時は皆殺しにされたと聞いてました。だがもしかすると手違いで、その子供だけ生き延びていたのであれば」

(躬市日みしび、お前はあの時死んでなかったというのか、ならどうして……)

「でも、それと糠手姫皇女ぬかでひめのひめみこの誘拐は繋がりがあるようには思えない。
なのでその青年が、今回は偶々関わっていただけのような気もする」

  厩戸皇子うまやどのみこは、椋毘登くらひとやその場にいる人達にそう話す。
  物部の生き残りが糠手姫を誘拐したところで、恐らく何の意味もないだろう。

「確かに厩戸皇子のいう通りだ。きっとその青年は何らかの理由で、糠手姫皇女の誘拐に加担したのだろう」

  蘇我馬子そがのうまこも彼に同調してそう話す。彼からしてみれば、恨みの元は自分達蘇我だ。皇女の誘拐などで、蘇我が特別痛手を受けることもないだろう。

「ところで椋毘登、その躬市日って青年が隠れていそうな場所に心当たりはないのか?」

  椋毘登は蘇我馬子にいわれて、ふと考えてみる。

  稚沙ちさが誘拐されてから、まだ1日も経っていない。
  なので意外にこの近くに、躬市日達がまだ潜んでいる可能性もあった。

  だが実際に彼らのいる場所など、椋毘登には全く検討がつかない。

(くそ、何かないのか……)


「ただちょっと不思議なんだが、何故やつらは糠手姫皇女を誘拐したんだ?最近の彼女の場合だと、押坂彦人大兄皇子おしさかのひこひとのおおえのみことの婚姻の問題ぐらいだろ?」

  蝦夷えみしはそんな椋毘登の様子を見て、殴られて傷む鼻を押さえながらいった。

(確かに蝦夷のいう通りだ。糠手姫皇女がいて困るやつらといったら……)

  椋毘登がふと脳裏に考えを巡らせている時である。

「それは、推坂彦人大兄皇子の2人の妃達ではないのですか?」

  突然、また別の青年の声がした。
  どうやらこの部屋にまた誰かが入ってきたようである。

「なんだ、妹子いもこか。お前までやってきていたのか」

  その場に現れたのは、何とあの小野妹子おののいもこだった。

「はい、彼女らは元々推坂彦人大兄皇子と糠手姫皇女の婚姻をひどく嫌がってると聞いてましたので。
  それと私が今日小墾田宮おはりだのみやにくる際に、その2人の皇女が何故か、この近くにある宮に向かっている話を偶然聞きました」

「まぁ、皇女が行ける場所など限られるからな」

  厩戸皇子はそういうと、それまで口を閉ざしていた炊屋姫に目を向ける。

  すると他の人達も同様にし、息を呑んで彼女の言葉を待った。

「ふぅー、分かりました。妃の2人は私の娘です。なので私が何とか吐かせましょう」

  とりあえず2人の皇女の元に行けば、そこに稚沙がいるかもしれない。

  もしいなかったとしても、無理やり居場所を吐かせるまでである。


  それで一旦はこの場をお開きにしようかと思ったその矢先。

  椋毘登が慌てて炊屋姫の前に出ていき、彼女にいった。

「炊屋姫、躬市日のしたことはどのみちもう許されない。なら、彼の始末は俺にさせて貰えないでしょうか?」

  椋毘登はこの問題について、自身でけりをつけたいと思っているようである。

「まぁ、どのみち今回の件に関しては、刀の腕のたつあなたに協力して貰えるなら、こちらとしても願ったりです。
  馬子、彼がそういってますが、どう思いますか?」

  炊屋姫はそういって、蘇我馬子に目を向ける。

  この状況からして、さすがに彼もこれは同意するほかないと考えた。

「はい、分かりました。その青年の始末は椋毘登に任せます」

「炊屋姫、叔父上、有り難うございます!」


(待っていろ、稚沙。お前は絶対に俺が助け出してやる……)

  椋毘登は断固たる決意を持って、彼女を救うことを決めた。


  だが、そんな彼の姿を糠手姫皇女が呆然と眺めていた。
  彼女からしても、椋毘登の真剣さがとてもひしひしと伝わってきているようだ。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

金蝶の武者 

ポテ吉
歴史・時代
時は天正十八年。 関東に覇を唱えた小田原北条氏は、関白豊臣秀吉により滅亡した。 小田原征伐に参陣していない常陸国府中大掾氏は、領地没収の危機になった。 御家存続のため、選ばれたのは当主大掾清幹の従弟三村春虎である。 「おんつぁま。いくらなんでもそったらこと、むりだっぺよ」 春虎は嘆いた。 金の揚羽の前立ての武者の奮戦記 ──

夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~

藍原 由麗
歴史・時代
稚沙と椋毘登の2人は、彼女の提案で歌垣に参加するため海石榴市を訪れる。 そしてその歌垣の後、2人で歩いていた時である。 椋毘登が稚沙に、彼が以前から時々見ていた不思議な夢の話をする。 その夢の中では、毎回見知らぬ一人の青年が現れ、自身に何かを訴えかけてくるとのこと。 だが椋毘登は稚沙に、このことは気にするなと言ってくる。 そして椋毘登が稚沙にそんな話をしている時である。2人の前に突然、蘇我のもう一人の実力者である境部臣摩理勢が現れた。 蘇我一族内での権力闘争や、仏教建立の行方。そして椋毘登が見た夢の真相とは? 大王に仕える女官の少女と、蘇我一族の青年のその後の物語…… 「夢幻の飛鳥~いにしえの記憶」の続編になる、日本和風ファンタジー! ※また前作同様に、話をスムーズに進める為、もう少し先の年代に近い生活感や、物を使用しております。 ※ 法興寺→飛鳥寺の名前に変更しました。両方とも同じ寺の名前です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部

山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。 これからどうかよろしくお願い致します! ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

戦国三法師伝

kya
歴史・時代
歴史物だけれども、誰にでも見てもらえるような作品にしていこうと思っています。 異世界転生物を見る気分で読んでみてください。 本能寺の変は戦国の覇王織田信長ばかりではなく織田家当主織田信忠をも戦国の世から葬り去り、織田家没落の危機を迎えるはずだったが。 信忠が子、三法師は平成日本の人間が転生した者だった…

まほろば大戦

うさはら
ファンタジー
ぼくは人の考えがわかる。 頭の中が読めるのだ。 でもそれは、ある大きな役割を全うするために与えられたものだった・・・。 聖徳太子、法隆寺。 僕たちの知る歴史は真実なのか。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

処理中です...