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  その後も忙しく稚沙ちさが働いていると、他の女官からまた配膳の仕事を頼まれた。

「稚沙、悪いけどこのお酒と菓子を厩戸皇子うまやどのみこに元に運んでもらえる?」

「え、私が厩戸皇子にですか?」

「ええ、そうよ。他の女官だとキャーキャーいいそうだから。それにあなたは皇子とは割と仲が良いでしょう?」

  それを聞いて稚沙も思う。
  確かに他の女官なら「自分が行く!」と何人もがいってきそうである。

  その点稚沙は、わりと厩戸皇子には目をかけて貰えているので、問題なく出きそうだ。

「分かりました。ではこれを持っていったら良いんですね」

  稚沙は頼まれたお酒と少量の菓子を受け取ると、そのまま厩戸皇子の元へと向かった。



  その後稚沙は、皇子の元につくなり、彼にそっと笑顔で声をかける。

「厩戸皇子、頼まれたお酒と菓子をお持ちしました!」

  すると皇子も彼女の声に反応して、ふと彼女に目を向けた。

「あぁ、稚沙が持ってきてくれたのか。本当に有り難う」

  厩戸皇子は機嫌良くして、彼女にそう答えた。どうやら彼もお酒で、今は少し酔っているようだ。

「へぇ、皇子が女官の娘にこんなに親しく話されるのは珍しいですね」

  すると厩戸皇子のとなりに座っていた人が思わず、彼らの話に入ってきた。

  年齢は厩戸皇子よりも数歳年下ぐらいに思える。

(あれ、この人は一体誰だろう?)

  厩戸皇子の横にいる青年に対して、稚沙は少し不思議に思った。

「あぁ、この子は稚沙といって、平群へぐり額田部ぬかたべ筋の生まれの女官だ」

  厩戸皇子は隣の青年に、稚沙のことをそう説明する。

「うん?平群の額田部筋……もしかしてあなたが額田部比羅夫ぬかたべのひらぶの親戚にあたる娘ですか?」

  その青年は少し驚いた表情をしながら、そう稚沙に聞いてきた。

「はい、その通りですが。ただ、どうしてそのことを?」

(この人は一体誰なの?それにどうして私の出自を知っているのかしら?)

  稚沙には何とも不思議に思えてならない。恐らく今日が初対面のはずだろうに。

「うん?妹子はどうしてそのことを知っているのだ」

「はい、実はここに来る道中、比羅夫殿との会話の中で出ておりました」

(うん?妹子??)

  稚沙は妹子という名前を聞いて、ふと脳裏にとある人物が浮かび、思わず驚く。

  妹子と呼ばれた青年は、そんな稚沙の様子を見て、慌てて彼女にあいさつをした。

「あ、先に名前をいうべきでしたね。私は小野妹子おののいもこといいます。この度、遣隋使として隋に渡っていた者です」

  彼は思わず微笑んで、稚沙にそう自身の紹介をした。

「あ、あなたが小野妹子殿だったのですね!大変失礼しました!!
  私は平群の額田部筋にあたる者で、名を稚沙と申します。今は女官として、小墾田宮に仕えてます」

  稚沙はそういうと、慌てて彼に対して頭を下げた。

  そんな彼女を見た小野妹子は、愉快そうにして少しクスクスと笑いだした。

「別に頭を下げなくても良いですよ。そうですか、あなたが比羅夫殿のご親戚の方でしたか。私も一度、あなたには会ってみたいと思っていたところです」

「そうだったのですね。ただ叔父が私のことを口にしていたのは、本当に驚きです……」
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