上 下
43 / 105

43

しおりを挟む
  こうして、稚沙ちさ厩戸皇子うまやどのみこの約束から1週間が経過していた。

  そして今日は彼と約束した当日である。そのため彼女は、朝から少し気持ちが落ち着かないでいた。

(厩戸皇子は夕方頃に小墾田宮おはりだのみやに来ると聞いているから、まだ宮には到着してない。でも朝から何故か緊張してくる……)

  皇子曰く、今日は夕方頃に小墾田宮に行くので、稚沙は小墾田宮の門を出た所で待っていて欲しいと聞いている。

  そこから少し歩いて行ったところに、木立こだちがあるので、そこで一緒に見ようといわれていた。

  そして彼女は、今日一大決心をしていた。

  例え報われない想いと分かっていても、それでも厩戸皇子に自分の気持ちを伝えよう。彼女はそう考えたのだ。

  厩戸皇子には数人の妃がいて、その妃達をとても大切にしている。そんな中に自分が入れるとは到底思えない。

(でも自分の想いを伝えることが出来たら、きっと何かが変わる。そんな気がする)

  そしてそういう事情があったので、今日は早めに仕事を終わらせてもらえるよう、宮にも話してあった。

  そんな彼女の元に同じ女官の古麻こまがやってきた。

  彼女は文字は余り得意でないが、何分手先が器用なので、主に衣服の仕立てや、組紐を編んだりするのが、主な仕事であった。

  ちなみに稚沙も、始めは興味本位でやろうとしたが、何分彼女は不器用だったため、余りうまくいかなかった。

「稚沙、さっき宮に来た人が、この荷物を渡して欲しいって頼まれて……」

  そういう古麻の手には、複数の書物が置かれてあった。恐らく小墾田宮に慣れてない遠方からきた者、直接彼女に渡してきたのだろう。

「あ、古麻、ありがとう。じゃあ中身を確認しておくね」

  稚沙はそういって、彼女からその書物を受け取る。

「でも稚沙、今日は何かいつもと雰囲気が違う気がするけど、何かあったの?」

「え、それはどういう意味?」

  稚沙は思わず、横に首を傾げる。

「だってあなた、朝から妙に嬉しそうにしていると思ってたら、その後しばらくして急にソワソワし出すし……」

  恐らくそれは彼女が厩戸皇子の事をひたすら考えていたので、それがそのまま表情や行動に現れていたのだろう。

(先日の椋毘登くらひとがいっていたことは本当だったんだ。私ってそんなに表に現れやすいの?)

  そういう意味でいえば、先日の椋毘登の忠告は確かだったようである。
  やはり彼はちゃんと彼女を見抜いていたのだ。

「あ、ちょっと考えごとをしていただけよ。何か悩んでいる訳でもないから、余り気にしないで」

  稚沙は思った。とりあえずここは椋毘登を見習って、平常心でいようと。

「ふーん、まぁ確かに何か悩んでいる感じには見えない。なら大丈夫なのかしら?」

  古麻は若干まだ気にはなっているようだが、元々余り他人に詮索をかけない性格のようで、これ以上聞くのは彼女も控えることにしたみたいだ。

しおりを挟む

処理中です...