48 / 60
48
しおりを挟む
稚沙は先日の椋毘登とのことを思い出す。彼は自分一人を見てくれるといっていた。
彼の自分に向けられたあの優しさは、己の立場を守りたいからといった理由とは、到底考えられるものではない。
「く、椋毘登はそのようなこと...」
稚沙は境部摩理勢を前にして、上手く言葉が出てこない。そしてどうして良いか分からず、震える手を握りしめて、何とかその場に立っている。
(椋毘登はそんな人じゃない、でもこの人は彼の親戚の人、私の知らないことだって知ってるかもしれない)
「私は彼と知り合って日が浅いので、まだ彼のことを全て知ってるとは思いません。ただ、それでも彼が自身の身を守る為に、私と一緒にいてくれているとは考えられないです」
境部摩理勢はまだ稚沙を少し睨んだまま、さらに言葉を浴びせてくる。
「ふん、お前も豪族の娘なら、余り口を出さない方が良いぞ。我々の手にかかれば、お前1人ぐらいどうにでも出来るからな」
「そ、そんな」
すとる摩理勢は腰の刀を抜き、彼女の前に突きつけた。
「いちいち口答えする娘だ!俺がその気になれば、今すぐここできさまの息の根をとめることだって出来るんだ」
そして彼は稚沙をそう罵ると、ゲラゲラと笑った。この人物はやはり気性の荒い性格のように思える。
(これまでは遠くから見掛けるだけで、それでも怖そうな人とは思っていたけど、こうやってまじかで見ると、凄い威圧感を感じる人だ)
椋毘登は以前に、稚沙に境部摩理勢達とは余り関わらせたくないといっていた。その意味が少し分かったような気がした。
前に椋毘登が境部摩理勢に話している時も、彼は少し普段と違っていて、意味深な笑みを浮かべていた。
あれはもしかすると、彼の警戒の表れだったのかもしれない。
「俺自身、兄の馬子を敵に回すつまりはないが、それ以外は邪魔なら始末するまで、そもそも蘇我は敵が多いからな」
この人は蘇我馬子以上に、人を軽く見ており、平気で人を貶めることが出来るのだろう。
それから境部摩理勢は、気がおさまったのか、刀を稚沙から離して鞘にしまった。
「わ、私は、あなたの全てを否定するつもりはありません...ただ、椋毘登自身の考えは別にあると思っております」
稚沙は震える体を必死で抑え、酷く弱々しい声であるものの、自分の意志をはっきりと伝えた。
「これだけ脅しをかけて話しているのに、自身の意見をのべるとは、何とも勇敢な娘だな」
だが摩理勢の声には余り感情が感じられず、とても低い声だった。そしてもう稚沙の顔すら見ていなかった。
「お前がいずれ蘇我の身内に入ることになれば、なかなか面白いかもしれん。だがそれも全ては椋毘登の出かた次第だ」
彼はそういうと、稚沙に背を向けてその場から静かに離れていった。
それから暫くして、稚沙はフラフラとその場に座り込んでしまった。
「こ、怖かった、本当にもう駄目かと思った」
彼女は緊張の糸が切れたのか、目からたくさんの涙を流す。そして体を両手で抱きしめてから、その場で声を出して泣いた。
(蘇我は本当に恐ろしい一族なのかもしれない。でも椋毘登は絶対に負けたりなんかしない...)
稚沙は初めて、いかに椋毘登が微妙な立場でいるのかを身を持って理解することが出来た。そしてこれは今後も続いていくことになるのだろう。
彼の自分に向けられたあの優しさは、己の立場を守りたいからといった理由とは、到底考えられるものではない。
「く、椋毘登はそのようなこと...」
稚沙は境部摩理勢を前にして、上手く言葉が出てこない。そしてどうして良いか分からず、震える手を握りしめて、何とかその場に立っている。
(椋毘登はそんな人じゃない、でもこの人は彼の親戚の人、私の知らないことだって知ってるかもしれない)
「私は彼と知り合って日が浅いので、まだ彼のことを全て知ってるとは思いません。ただ、それでも彼が自身の身を守る為に、私と一緒にいてくれているとは考えられないです」
境部摩理勢はまだ稚沙を少し睨んだまま、さらに言葉を浴びせてくる。
「ふん、お前も豪族の娘なら、余り口を出さない方が良いぞ。我々の手にかかれば、お前1人ぐらいどうにでも出来るからな」
「そ、そんな」
すとる摩理勢は腰の刀を抜き、彼女の前に突きつけた。
「いちいち口答えする娘だ!俺がその気になれば、今すぐここできさまの息の根をとめることだって出来るんだ」
そして彼は稚沙をそう罵ると、ゲラゲラと笑った。この人物はやはり気性の荒い性格のように思える。
(これまでは遠くから見掛けるだけで、それでも怖そうな人とは思っていたけど、こうやってまじかで見ると、凄い威圧感を感じる人だ)
椋毘登は以前に、稚沙に境部摩理勢達とは余り関わらせたくないといっていた。その意味が少し分かったような気がした。
前に椋毘登が境部摩理勢に話している時も、彼は少し普段と違っていて、意味深な笑みを浮かべていた。
あれはもしかすると、彼の警戒の表れだったのかもしれない。
「俺自身、兄の馬子を敵に回すつまりはないが、それ以外は邪魔なら始末するまで、そもそも蘇我は敵が多いからな」
この人は蘇我馬子以上に、人を軽く見ており、平気で人を貶めることが出来るのだろう。
それから境部摩理勢は、気がおさまったのか、刀を稚沙から離して鞘にしまった。
「わ、私は、あなたの全てを否定するつもりはありません...ただ、椋毘登自身の考えは別にあると思っております」
稚沙は震える体を必死で抑え、酷く弱々しい声であるものの、自分の意志をはっきりと伝えた。
「これだけ脅しをかけて話しているのに、自身の意見をのべるとは、何とも勇敢な娘だな」
だが摩理勢の声には余り感情が感じられず、とても低い声だった。そしてもう稚沙の顔すら見ていなかった。
「お前がいずれ蘇我の身内に入ることになれば、なかなか面白いかもしれん。だがそれも全ては椋毘登の出かた次第だ」
彼はそういうと、稚沙に背を向けてその場から静かに離れていった。
それから暫くして、稚沙はフラフラとその場に座り込んでしまった。
「こ、怖かった、本当にもう駄目かと思った」
彼女は緊張の糸が切れたのか、目からたくさんの涙を流す。そして体を両手で抱きしめてから、その場で声を出して泣いた。
(蘇我は本当に恐ろしい一族なのかもしれない。でも椋毘登は絶対に負けたりなんかしない...)
稚沙は初めて、いかに椋毘登が微妙な立場でいるのかを身を持って理解することが出来た。そしてこれは今後も続いていくことになるのだろう。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
夢幻の飛鳥~いにしえの記憶~
藍原 由麗
歴史・時代
時は600年代の飛鳥時代。
稚沙は女性皇族で初の大王となる炊屋姫の元に、女官として仕えていた。
彼女は豪族平群氏の額田部筋の生まれの娘である。
そんなある日、炊屋姫が誓願を発することになり、ここ小墾田宮には沢山の人達が集っていた。
その際に稚沙は、蘇我馬子の甥にあたる蘇我椋毘登と出会う。
だが自身が、蘇我馬子と椋毘登の会話を盗み聞きしてしまったことにより、椋毘登に刀を突きつけられてしまい……
その後厩戸皇子の助けで、何とか誤解は解けたものの、互いの印象は余り良くはなかった。
そんな中、小墾田宮では炊屋姫の倉庫が荒らさせる事件が起きてしまう。
そしてその事件後、稚沙は椋毘登の意外な姿を知る事に……
大和王権と蘇我氏の権力が入り交じるなか、仏教伝来を機に、この国は飛鳥という新しい時代を迎えた。
稚沙はそんな時代を、懸命に駆け巡っていくこととなる。
それは古と夢幻の世界。
7世紀の飛鳥の都を舞台にした、日本和風ファンタジー!
※ 推古朝時に存在したか不透明な物や事柄もありますが、話しをスムーズに進める為に使用しております。
また生活感的には、聖徳太子の時代というよりは、天智天皇・天武天皇以降の方が近いです。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】
藍原 由麗
歴史・時代
豪族葛城の韓媛(からひめ)には1人の幼馴染みの青年がいた。名は大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)と言い、彼は大和の皇子である。
そして大泊瀬皇子が12歳、韓媛が10歳の時だった。
大泊瀬皇子が冗談のようにして、将来自分の妃にしたいと彼女に言ってくる。
しかしまだ恋に疎かった彼女は、その話しをあっさり断ってしまう。
そしてそれ以降、どういう訳か2人が会う事は無くなってしまった。
一方大和では、瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)が即位6年目にして急に崩御してしまう。
その為、弟の雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)が家臣や彼の妃である忍坂姫(おしさかのひめ)の必死の説得を受けて、次の新たな大王として即位する事となった。
雄朝津間皇子が新たな大王となってから、さらに21年の年月が流れていった。
大王となった雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)の第1皇子である木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)が、同母の妹の軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)と道ならぬ恋に落ちてしまい、これが大和内で大問題となっていた。
そんな問題が起こっている中、大泊瀬皇子が 4年ぶりに韓媛のいる葛城の元に訪ねてくる。
また韓媛は、父である葛城円(かつらぎのつぶら)から娘が14歳になった事もあり、護身用も兼ねて1本の短剣を渡された。父親からこの剣は【災いごとを断ち切る剣】という言い伝えがある事を聞かされる。
そしてこの剣を譲り受けて以降から、大和内では様々な問題や災難が起こり始める。
韓媛はこの【災いごとを断ち切る剣】を手にして、その様々な災いごとに立ち向かっていく事となった。
~それは儚くも美しい、泡沫の恋をまとって~
前作『大和の風を感じて2~花の舞姫~』から27年後を舞台にした、日本古代ファンタジーの、大和3部作第3弾。
《この小説では、テーマにそった物があります。》
★運命に導く勾玉の首飾り★
大和の風を感じて~運命に導かれた少女~
【大和3部作シリーズ第1弾】
★見えないものを映す鏡★
大和の風を感じて2〜花の舞姫〜
【大和3部作シリーズ第2弾】
★災いごとを断ち切る剣★
大和の風を感じて3〜泡沫の恋衣〜
【大和3部作シリーズ第3弾】
※小説を書く上で、歴史とは少し異なる箇所が出てくると思います。何とぞご理解下さい。(>_<")
☆ご連絡とお詫び☆
2021年10月19日現在
今まで大王や皇子の妻を后と表記してましたが、これを后と妃に別けようと思います。
◎后→大王の正室でかつ皇女(一部の例外を除いて)
◎妃→第2位の妻もしくは、皇女以外の妻(豪族出身)
※小説内の会話は原則、妃にしたいと思います。
これから少しずつ訂正していきます。
ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。m(_ _)m
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる