33 / 55
33
しおりを挟む
そんな椋毘登の思いをよそに、厩戸皇子は続けて話をする。それは彼の身内のものだった。
「だが椋毘登、私は逆に君が羨ましいとも思うよ。私にも複数の妻と子供達がいるが、自身の立場上、その者らを優先出来ない時も今後起こりうるかもしれない」
(厩戸皇子、それは……)
それはつまり、政を優先する余りに大切な自身の家族を犠牲にしないといけない場合が起こるかもしれないといっているのだ。
もちろん、彼がそんなことを本気で望むことはないだろう。きっと何としてでも彼は自身の大切な人達を守ろうとするはずである。
「厩戸皇子、それはあくまでも最悪の場合でお考えでしょう。あなたが軽々しく自身の家族を犠牲にするとは思えない」
「あぁ、もちろんそうだ。だが私にしか成しえない宿命もきっとあるだろう」
そういって彼はまた前を向いて歩きだした。
そんな彼の後ろ姿を、椋毘登はただただ眺めていた。
(俺はただ自分の大事な人を守れたら、それで良いと思ってた……まぁ、人それぞれ持って生まれた宿命は違う。だから俺にも皇子とは違う何かがあるかもしれない)
椋毘登はそんなことを考えながら、再び彼の後について前に歩き出した。
それからしばらくして、厩戸皇子がどうやら1匹の若い鹿を見つけたようで、とっさに肩に担いでいた弓矢を取り出した。
椋毘登も彼に続いて、その場で背をひそめ声を消した。
それから厩戸皇子はひと呼吸おくと、弓を構え、鹿をめがけてすっと矢を引いた。
すると矢は真っ直ぐに飛んでいき、見事にその鹿に命中させることができた。
厩戸皇子と椋毘登は、そのまま鹿の側までやってくる。どうやら皇子の矢が急所に刺さったようで、その若鹿はあさったりと息たえた。
「よし、何とか1匹仕留めたな。きっと遊びに夢中になって、群れからはぐれたのだろう」
厩戸皇子は側にやってきた従者に、この鹿を任せてから、先を急ぐことにした。
しばらく歩いていると、ざわざわと音した。
2人はその音のする方向に目を向ける。
するとその場所に鹿の群が現れた。どうやら厩戸皇子の言っていた事は正しかったようだ。
「上手く鹿の群れに出くわしたようだ」
厩戸皇子はふと椋毘登に目を向ける。
彼の意図することを理解したい椋毘登は、さっと自身の弓矢を取り出した。
そして鹿が逃げてしまわないうちに、一気に矢を引いた。
だが矢は鹿の横をかすってしまい、それに驚いた鹿立ちは一目散に走り出してしまった。
(しまった、矢がそれてしまったか)
しかしまだ1頭だけ、後れをとっている鹿がいる。この鹿ならまだ矢が届くかもしれない。
(大丈夫、落ち着いてやればまだ間に合う)
「だが椋毘登、私は逆に君が羨ましいとも思うよ。私にも複数の妻と子供達がいるが、自身の立場上、その者らを優先出来ない時も今後起こりうるかもしれない」
(厩戸皇子、それは……)
それはつまり、政を優先する余りに大切な自身の家族を犠牲にしないといけない場合が起こるかもしれないといっているのだ。
もちろん、彼がそんなことを本気で望むことはないだろう。きっと何としてでも彼は自身の大切な人達を守ろうとするはずである。
「厩戸皇子、それはあくまでも最悪の場合でお考えでしょう。あなたが軽々しく自身の家族を犠牲にするとは思えない」
「あぁ、もちろんそうだ。だが私にしか成しえない宿命もきっとあるだろう」
そういって彼はまた前を向いて歩きだした。
そんな彼の後ろ姿を、椋毘登はただただ眺めていた。
(俺はただ自分の大事な人を守れたら、それで良いと思ってた……まぁ、人それぞれ持って生まれた宿命は違う。だから俺にも皇子とは違う何かがあるかもしれない)
椋毘登はそんなことを考えながら、再び彼の後について前に歩き出した。
それからしばらくして、厩戸皇子がどうやら1匹の若い鹿を見つけたようで、とっさに肩に担いでいた弓矢を取り出した。
椋毘登も彼に続いて、その場で背をひそめ声を消した。
それから厩戸皇子はひと呼吸おくと、弓を構え、鹿をめがけてすっと矢を引いた。
すると矢は真っ直ぐに飛んでいき、見事にその鹿に命中させることができた。
厩戸皇子と椋毘登は、そのまま鹿の側までやってくる。どうやら皇子の矢が急所に刺さったようで、その若鹿はあさったりと息たえた。
「よし、何とか1匹仕留めたな。きっと遊びに夢中になって、群れからはぐれたのだろう」
厩戸皇子は側にやってきた従者に、この鹿を任せてから、先を急ぐことにした。
しばらく歩いていると、ざわざわと音した。
2人はその音のする方向に目を向ける。
するとその場所に鹿の群が現れた。どうやら厩戸皇子の言っていた事は正しかったようだ。
「上手く鹿の群れに出くわしたようだ」
厩戸皇子はふと椋毘登に目を向ける。
彼の意図することを理解したい椋毘登は、さっと自身の弓矢を取り出した。
そして鹿が逃げてしまわないうちに、一気に矢を引いた。
だが矢は鹿の横をかすってしまい、それに驚いた鹿立ちは一目散に走り出してしまった。
(しまった、矢がそれてしまったか)
しかしまだ1頭だけ、後れをとっている鹿がいる。この鹿ならまだ矢が届くかもしれない。
(大丈夫、落ち着いてやればまだ間に合う)
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
夢幻の飛鳥~いにしえの記憶~
藍原 由麗
歴史・時代
時は600年代の飛鳥時代。
稚沙は女性皇族で初の大王となる炊屋姫の元に、女官として仕えていた。
彼女は豪族平群氏の額田部筋の生まれの娘である。
そんなある日、炊屋姫が誓願を発することになり、ここ小墾田宮には沢山の人達が集っていた。
その際に稚沙は、蘇我馬子の甥にあたる蘇我椋毘登と出会う。
だが自身が、蘇我馬子と椋毘登の会話を盗み聞きしてしまったことにより、椋毘登に刀を突きつけられてしまい……
その後厩戸皇子の助けで、何とか誤解は解けたものの、互いの印象は余り良くはなかった。
そんな中、小墾田宮では炊屋姫の倉庫が荒らさせる事件が起きてしまう。
そしてその事件後、稚沙は椋毘登の意外な姿を知る事に……
大和王権と蘇我氏の権力が入り交じるなか、仏教伝来を機に、この国は飛鳥という新しい時代を迎えた。
稚沙はそんな時代を、懸命に駆け巡っていくこととなる。
それは古と夢幻の世界。
7世紀の飛鳥の都を舞台にした、日本和風ファンタジー!
※ 推古朝時に存在したか不透明な物や事柄もありますが、話しをスムーズに進める為に使用しております。
また生活感的には、聖徳太子の時代というよりは、天智天皇・天武天皇以降の方が近いです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香
冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。
文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。
幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。
ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説!
作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。
1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。
WEAK SELF.
若松だんご
歴史・時代
かつて、一人の年若い皇子がいた。
時の帝の第三子。
容姿に優れ、文武に秀でた才ある人物。
自由闊達で、何事にも縛られない性格。
誰からも慕われ、将来を嘱望されていた。
皇子の母方の祖父は天智天皇。皇子の父は天武天皇。
皇子の名を、「大津」という。
かつて祖父が造った都、淡海大津宮。祖父は孫皇子の資質に期待し、宮号を名として授けた。
壬申の乱後、帝位に就いた父親からは、その能力故に政の扶けとなることを命じられた。
父の皇后で、実の叔母からは、その人望を異母兄の皇位継承を阻む障害として疎んじられた。
皇子は願う。自分と周りの者の平穏を。
争いたくない。普通に暮らしたいだけなんだ。幸せになりたいだけなんだ。
幼い頃に母を亡くし、父と疎遠なまま育った皇子。長じてからは、姉とも引き離され、冷たい父の元で暮らした。
愛してほしかった。愛されたかった。愛したかった。
愛を求めて、周囲から期待される「皇子」を演じた青年。
だが、彼に流れる血は、彼を望まぬ未来へと押しやっていく。
ーー父についていくとはどういうことか、覚えておけ。
壬申の乱で散った叔父、大友皇子の残した言葉。その言葉が二十歳になった大津に重く、深く突き刺さる。
遠い昔、強く弱く生きた一人の青年の物語。
―――――――
weak self=弱い自分。
命の番人
小夜時雨
歴史・時代
時は春秋戦国時代。かつて名を馳せた刀工のもとを一人の怪しい男が訪ねてくる。男は刀工に刀を作るよう依頼するが、彼は首を縦には振らない。男は意地になり、刀を作ると言わぬなら、ここを動かぬといい、腰を下ろして--。
二人の男の奇妙な物語が始まる。
下田物語 -幕末の風景-
夢酔藤山
歴史・時代
幕末、下田。
どこよりも真っ先に海外に接した場所。少女・きちや、のちの通辞・村山滝蔵と西川助蔵に写真家・下岡蓮杖など、若い力が芽吹いた場所。そして、幕末の世相に翻弄された彼女たちの涙と笑いの染みた場所。
いざ。下田から、ニッポンが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる