夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~

藍原 由麗

文字の大きさ
上 下
25 / 60

25【甘樫丘】

しおりを挟む
「私は、ここの仏像が気になって見に来ただけなので、ここで失礼させて頂きます」

「あぁ、止利とりもすまないな。ではここの仏像の件はお前に任せるよ」

「はい、必ずや。また近いうちに炊屋姫かしきやひめ様の元にも、仏像の制作状況をお伝えに、小墾田宮おはりだのみやに伺うように致します」

 鞍作止利くらつくりのとりはそういうと厩戸皇子うまやどのみこに頭を下げ「では、失礼します」とだけ行ってその場を静かに離れていった。

 稚沙はそんな鞍作止利のうしろ姿を見届けると、ふととなりの厩戸皇子に声をかける。

「厩戸皇子、止利殿は本当にどうするんでしょうね」

「まぁ彼が出来るといっているんだ、きっと上手くことをおさめるつもりなんだろう。それに飛鳥寺の時はここよりもさらに大きな仏像だった。それも彼はやってのけたよ」

「そうですか。では、ここはあの方を信じるほかないですね」

 稚沙も腕に抱いている雪丸の頭を軽くなでながら、皇子にそう答える。
 また雪丸の方も、だいぶ稚沙に慣れてきたようで、気持ち良さそうにしながら彼女に身を任せている。

(どうかこの仏像の製作が上手くいくことを祈るばかりだわ)

「じゃあ、そろそろここを立つとしようか」

「はい、そうですね。厩戸皇子まだ他に行く所があるんですか?」

「うーんそうだね。じゃあ帰りに甘樫丘あまかしのおかにも寄ってみるかな。今の季節ならきっと綺麗な花や草木がたくさん見られるだろうから」

「まぁ、それは良い考えですね。私も是非行ってみたいです!」

 甘樫丘は、飛鳥寺付近にある小盆地よりも西側にある小高い丘で、そこからは飛鳥一帯を一望することができた。
 稚沙もそんな厩戸皇子の思いがけない提案に大賛成した。本来なら椋毘登くらひとに連れて行ってもらえたら尚良かったことだろう。
 だが今は雪丸もいることだし、折角の機会である。なので椋毘登にはまた別の機会に連れていってもらうとしよう。

 ここから甘樫丘までは、馬ならそこまで時間のかかるものでもない。
 厩戸皇子は、稚沙と雪丸を馬に乗せてから、勢い良く馬を走らせた。

 飛鳥川は、東南や南側から北西に向かって盆地内を流れ下っている。そして川の水は農作用水としての役割も非常に大きく、この辺りに住む人々にとっては無くてはならないものだ。それぐらいこの川から受ける恩恵はとても大きい
 だがその反面では、この地域は平時は渇水のため干害を招きやすく、降雨時は出水が激しく度々水害もおこしていた。

 そして甘樫丘の手前では、その飛鳥川が大きく流れており、急流のごうごうたる音が力強く彼らの耳にも聞こえてくる。
 彼らは飛鳥川の川筋に沿って、尚も勢いよく馬を走らせていく。

 その後に厩戸皇子達は甘樫丘の側までやって来ると、続けて丘の頂上まで一気に登っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夢幻の飛鳥~いにしえの記憶~

藍原 由麗
歴史・時代
時は600年代の飛鳥時代。 稚沙は女性皇族で初の大王となる炊屋姫の元に、女官として仕えていた。 彼女は豪族平群氏の額田部筋の生まれの娘である。 そんなある日、炊屋姫が誓願を発することになり、ここ小墾田宮には沢山の人達が集っていた。 その際に稚沙は、蘇我馬子の甥にあたる蘇我椋毘登と出会う。 だが自身が、蘇我馬子と椋毘登の会話を盗み聞きしてしまったことにより、椋毘登に刀を突きつけられてしまい…… その後厩戸皇子の助けで、何とか誤解は解けたものの、互いの印象は余り良くはなかった。 そんな中、小墾田宮では炊屋姫の倉庫が荒らさせる事件が起きてしまう。 そしてその事件後、稚沙は椋毘登の意外な姿を知る事に…… 大和王権と蘇我氏の権力が入り交じるなか、仏教伝来を機に、この国は飛鳥という新しい時代を迎えた。 稚沙はそんな時代を、懸命に駆け巡っていくこととなる。 それは古と夢幻の世界。 7世紀の飛鳥の都を舞台にした、日本和風ファンタジー! ※ 推古朝時に存在したか不透明な物や事柄もありますが、話しをスムーズに進める為に使用しております。 また生活感的には、聖徳太子の時代というよりは、天智天皇・天武天皇以降の方が近いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

梅すだれ

木花薫
歴史・時代
江戸時代の女の子、お千代の一生の物語。恋に仕事に頑張るお千代は悲しいことも多いけど充実した女の人生を生き抜きます。が、現在お千代の物語から逸れて、九州の隠れキリシタンの話になっています。島原の乱の前後、農民たちがどのように生きていたのか、仏教やキリスト教の世界観も組み込んで書いています。 登場人物の繋がりで主人公がバトンタッチして物語が次々と移っていきます隠れキリシタンの次は戦国時代の姉妹のストーリーとなっていきます。 時代背景は戦国時代から江戸時代初期の歴史とリンクさせてあります。長編時代小説。長々と続きます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

処理中です...