大和の風を感じて~運命に導かれた少女~【大和3部作シリーズ第1弾】

藍原 由麗

文字の大きさ
上 下
53 / 55

53P

しおりを挟む
その頃、瑞歯別皇子みずはわけのおうじは自分の宮にいた。

(自分は一体なんて事をしてしまったんだ。佐由良をあんな風に手放してしまうなんて)

「はぁー本当に自己嫌悪だ……」


瑞歯別皇子はただひたすら後悔していた。

「まぁ、物部伊莒弗もののべのいこふつの元にいるのであれば安心だが」

「何が安心だですか、皇子」

瑞歯別皇子が振り返ると、そこには稚田彦わかたひこが立っていた。

「稚田彦、来ていたのか」


稚田彦は皇子の前までやって来た。

「自業自得ですよ。皇子らしくもない。佐由良の事が好きだったのでしょう」

「お前、気付いていたのか?」

稚田彦は思わず「はぁー」と嘆いた。

「そんなの横で見ていればバレバレですよ皇子」

(そう言うものなのか?)

「元々の原因は、皇子がちゃんと佐由良に自分の気持ちを打ち上げなかったのが悪いんでしょうが」

「何、自分の気持ちだと」

(そうだった。確かに俺は一度もあいつに気持を言ってなかった……)

「もう一度、佐由良と向き合ってみたらどうですか」

「佐由良と向き合う?」

「そうです。彼女が急に皇子から離れようとしたのは、きっと何か理由があったに違いありません」

「それはそうかも知れないが。だが俺がその事を聞いても、あいつは教えてくれなかったんだぞ」

(その為に、俺がどんな思いをしたか)

「皇子。だからこそ、ちゃんと自分の気持ちを伝えるべきなんです。
何事もちゃんと言葉にしないと相手には伝わりませんよ」

(ちゃんと言葉にしないと伝わらない……)

「確かに。稚田彦、お前の言う通りだ。
俺は佐由良にちゃんと気持を伝えて無かった」

それを聞いた稚多彦は、「はぁー」とまたため息を付いた。

「ちなみに皇子、急がないと手遅れになりますよ」

(何、手遅れだと?)

雄朝津間皇子おあさづまのおうじが佐由良を妃として譲って欲しいと言う話し、皇子がやけくそ半分で了承しましたからね。
佐由良自身がどう思ったかは分かりませんが、大王もこの件は反対されませんでした。なので大王がこの話しをもし進められていたら厄介です」

「な、何だって!」

瑞歯別皇子は思わずその場で大声で叫んだ。もしそれが本当なら、早く何とかしないと取り返しがつかなくなる。

「皇子、だから自業自得って言ってるんです」

「それはそうだが……」

「とにかく大王の方も気になりますが、自分の気持を整理して、まずは彼女にちゃんと気持を伝えて下さい」

「あぁ、相手が雄朝津間皇子だろうが、他の奴だろうが、あいつを誰にも渡す訳にはいかない」

そして彼は部屋を出ていった。

そんな王子を見て、稚田彦は言った。

「ふぅー、やれやれ。世話のかかる主だ」





それから皇子は宮内を歩いていた。

「とにかく、明日にでも物部伊莒弗の元に行ってみるか。それより先に雄朝津間に会うか……いや、今は佐由良に会う事の方が先だ」

その時ふと、初めて佐由良に会った時の事を思い出した。


(俺は、元々吉備が嫌いだった。子供の時、母上はいつも泣きながら俺に言った。
大王はどうしてあの娘の元へばかり行ってしまうのかと。
だから俺は言った、自分がそばにいるから悲しまないでと。

ただどれだけ俺がそう言っても、母上の悲しみを癒やす事は出来なかった。

そしてそんな母上は結局その悲しみを抱いたまま亡くなってしまった。

そしてそれから1年後、俺は佐由良と出会った。
その頃はもう俺も小さな子供ではなかったし、父上の事情も理解していた。

ただそれでも、やっぱり吉備の姫と聞いて怒りを抑える事が出来なかった)

「そんな状態だったのに、まさかその吉備の姫に恋するようになるとは、何とも皮肉だな」

ふと皇子はそんな事を思い返していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夢幻の飛鳥2~うつし世の結びつき~

藍原 由麗
歴史・時代
稚沙と椋毘登の2人は、彼女の提案で歌垣に参加するため海石榴市を訪れる。 そしてその歌垣の後、2人で歩いていた時である。 椋毘登が稚沙に、彼が以前から時々見ていた不思議な夢の話をする。 その夢の中では、毎回見知らぬ一人の青年が現れ、自身に何かを訴えかけてくるとのこと。 だが椋毘登は稚沙に、このことは気にするなと言ってくる。 そして椋毘登が稚沙にそんな話をしている時である。2人の前に突然、蘇我のもう一人の実力者である境部臣摩理勢が現れた。 蘇我一族内での権力闘争や、仏教建立の行方。そして椋毘登が見た夢の真相とは? 大王に仕える女官の少女と、蘇我一族の青年のその後の物語…… 「夢幻の飛鳥~いにしえの記憶」の続編になる、日本和風ファンタジー! ※また前作同様に、話をスムーズに進める為、もう少し先の年代に近い生活感や、物を使用しております。 ※ 法興寺→飛鳥寺の名前に変更しました。両方とも同じ寺の名前です。

陸のくじら侍 -元禄の竜-

陸 理明
歴史・時代
元禄時代、江戸に「くじら侍」と呼ばれた男がいた。かつて武士であるにも関わらず鯨漁に没頭し、そして誰も知らない理由で江戸に流れてきた赤銅色の大男――権藤伊佐馬という。海の巨獣との命を削る凄絶な戦いの果てに会得した正確無比な投げ銛術と、苛烈なまでの剛剣の使い手でもある伊佐馬は、南町奉行所の戦闘狂の美貌の同心・青碕伯之進とともに江戸の悪を討ちつつ、日がな一日ずっと釣りをして生きていくだけの暮らしを続けていた…… 

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

夢占

水無月麻葉
歴史・時代
時は平安時代の終わり。 伊豆国の小豪族の家に生まれた四歳の夜叉王姫は、高熱に浮かされて、無数の人間の顔が蠢く闇の中、家族みんなが黄金の龍の背中に乗ってどこかへ向かう不思議な夢を見た。 目が覚めて、夢の話をすると、父は吉夢だと喜び、江ノ島神社に行って夢解きをした。 夢解きの内容は、夜叉王の一族が「七代に渡り権力を握り、国を動かす」というものだった。 父は、夜叉王の吉夢にちなんで新しい家紋を「三鱗」とし、家中の者に披露した。 ほどなくして、夜叉王の家族は、夢解きのとおり、鎌倉時代に向けて、歴史の表舞台へと駆け上がる。 夜叉王自身は若くして、政略結婚により武蔵国の大豪族に嫁ぐことになったが、思わぬ幸せをそこで手に入れる。 しかし、運命の奔流は容赦なく彼女をのみこんでゆくのだった。

葉桜よ、もう一度 【完結】

五月雨輝
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞特別賞受賞作】北の小藩の青年藩士、黒須新九郎は、女中のりよに密かに心を惹かれながら、真面目に職務をこなす日々を送っていた。だが、ある日突然、新九郎は藩の産物を横領して抜け売りしたとの無実の嫌疑をかけられ、切腹寸前にまで追い込まれてしまう。新九郎は自らの嫌疑を晴らすべく奔走するが、それは藩を大きく揺るがす巨大な陰謀と哀しい恋の始まりであった。 謀略と裏切り、友情と恋情が交錯し、武士の道と人の想いの狭間で新九郎は疾走する。

雨降る朔日

ゆきか
キャラ文芸
母が云いました。祭礼の後に降る雨は、子供たちを憐れむ蛇神様の涙だと。 せめて一夜の話し相手となりましょう。 御物語り候へ。 --------- 珠白は、たおやかなる峰々の慈愛に恵まれ豊かな雨の降りそそぐ、農業と医学の国。 薬師の少年、霜辻朔夜は、ひと雨ごとに冬が近付く季節の薬草園の六畳間で、蛇神の悲しい物語に耳を傾けます。 白の霊峰、氷室の祭礼、身代わりの少年たち。 心優しい少年が人ならざるものたちの抱えた思いに寄り添い慰撫する中で成長してゆく物語です。 創作「Galleria60.08」のシリーズ作品となります。 2024.11.25〜12.8 この物語の世界を体験する展示を、箱の中のお店(名古屋)で開催します。 絵:ゆきか 題字:渡邊野乃香

大和の風を感じて3~泡沫の恋衣~【大和3部作シリーズ第3弾】

藍原 由麗
歴史・時代
豪族葛城の韓媛(からひめ)には1人の幼馴染みの青年がいた。名は大泊瀬皇子(おおはつせのおうじ)と言い、彼は大和の皇子である。 そして大泊瀬皇子が12歳、韓媛が10歳の時だった。 大泊瀬皇子が冗談のようにして、将来自分の妃にしたいと彼女に言ってくる。 しかしまだ恋に疎かった彼女は、その話しをあっさり断ってしまう。 そしてそれ以降、どういう訳か2人が会う事は無くなってしまった。 一方大和では、瑞歯別大王(みずはわけのおおきみ)が即位6年目にして急に崩御してしまう。 その為、弟の雄朝津間皇子(おあさづまのおうじ)が家臣や彼の妃である忍坂姫(おしさかのひめ)の必死の説得を受けて、次の新たな大王として即位する事となった。 雄朝津間皇子が新たな大王となってから、さらに21年の年月が流れていった。 大王となった雄朝津間大王(おあさづまのおおきみ)の第1皇子である木梨軽皇子(きなしのかるのおうじ)が、同母の妹の軽大娘皇女(かるのおおいらつめ)と道ならぬ恋に落ちてしまい、これが大和内で大問題となっていた。 そんな問題が起こっている中、大泊瀬皇子が 4年ぶりに韓媛のいる葛城の元に訪ねてくる。 また韓媛は、父である葛城円(かつらぎのつぶら)から娘が14歳になった事もあり、護身用も兼ねて1本の短剣を渡された。父親からこの剣は【災いごとを断ち切る剣】という言い伝えがある事を聞かされる。 そしてこの剣を譲り受けて以降から、大和内では様々な問題や災難が起こり始める。 韓媛はこの【災いごとを断ち切る剣】を手にして、その様々な災いごとに立ち向かっていく事となった。 ~それは儚くも美しい、泡沫の恋をまとって~ 前作『大和の風を感じて2~花の舞姫~』から27年後を舞台にした、日本古代ファンタジーの、大和3部作第3弾。 《この小説では、テーマにそった物があります。》 ★運命に導く勾玉の首飾り★ 大和の風を感じて~運命に導かれた少女~ 【大和3部作シリーズ第1弾】 ★見えないものを映す鏡★ 大和の風を感じて2〜花の舞姫〜 【大和3部作シリーズ第2弾】 ★災いごとを断ち切る剣★ 大和の風を感じて3〜泡沫の恋衣〜 【大和3部作シリーズ第3弾】 ※小説を書く上で、歴史とは少し異なる箇所が出てくると思います。何とぞご理解下さい。(>_<") ☆ご連絡とお詫び☆ 2021年10月19日現在 今まで大王や皇子の妻を后と表記してましたが、これを后と妃に別けようと思います。 ◎后→大王の正室でかつ皇女(一部の例外を除いて) ◎妃→第2位の妻もしくは、皇女以外の妻(豪族出身) ※小説内の会話は原則、妃にしたいと思います。 これから少しずつ訂正していきます。 ご迷惑をお掛けして、申し訳ありません。m(_ _)m

シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。 朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。 禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。 ――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。 不思議な言葉を残して立ち去った男。 その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。 ※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

処理中です...