大和の風を感じて~運命に導かれた少女~【大和3部作シリーズ第1弾】

藍原 由麗

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その後、瑞歯別皇子みずはわけのおうじは苛立ちを抱えながら1人で歩いていた。

「あいつは一体何なんだ。無礼にも程がある。どうして葛城はあんな奴を寄越したんだ!」

(くそ、あんな娘なんかのどこがそんなに良いって言うんだ)


そんな皇子の前に、偶然佐由良が通り掛かった。

(あれは瑞歯別皇子、先程の葛城の方とはもうお話し終わったのかしら)

佐由良は軽くお辞儀をして、皇子の側を離れようとしたその矢先。

「おい、お前!」

彼は急に大きな声を上げて佐由良を呼び止めた。

(え、一体何?)

今まで一度も目を会わせてくれなかった皇子が、急に怒鳴り声で呼ばれたので佐由良もさすがに怯えた。

「お、皇子。何でしょうか」

佐由良は少し怯えながら彼に返事をした。

「お前、さっき来たあの男を案内していたな」

皇子は怒りの先を佐由良に向けるかの如く、低めの声で彼女にそう言った。

(さっき来られたって、葛城の人達の事よね)

「はい、先程葛城から来られた方々を案内しましたが、それが何か」

「お前、あの男に色気でも使ったのか。なんてやましい女なんだ、お前は」

(え、一体何の事?)

「皇子、私はそんな色気なんて使ってません。ただ普通に案内しただけです。
それに葛城の方に生まれを聞かれて、吉備と答えても嫌な顔を全くせず、とても親切な方でした」

「生まれを気にしないと言われて、ほいほいその気になったって訳か。お前自分の立場を分かってるのか!」

佐由良は、ただただ訳も分からなく皇子に攻められてしまい、訳が分からない。

「私は何も悪い事なんてしてません。私には男性を好きになる資格なんてないですし……」

それを聞いた瑞歯別皇子は、酷く彼女をあざ笑うかのような口調で言った。

「まぁ釆女の分際であれば、主君に相手にされなければ、行く当てもないからな」

(私、何でそんな事言われないと行けないの) 

皇子にそう云われた瞬間、佐由良の目から涙が流れた。
そして思わずその場で彼女は泣き出してしまった。

そんな彼女を見て、彼は思わず「はっ!」と我に返った。  

(俺は今なんて事を……)

「悪い、ちょっと苛立ってただけだ」

だがそれでも彼女の涙は止まらない。

「あーもう責めないから、お前はさっさと行け」

そう言われた佐由良は、無言で頭を下げてそのままその場を去っていった。


「はぁー、おれは一体何をしてるんだ」

ふと彼の脳裏に、先程の佐由良の泣き顔がよぎった。

(泣かせるつもりなんてなかったんだ……)



佐由良はしばらくそのまま走って、皇子が見えなくなる所まで来て止まった。

「大和にやって来て、やっと自分は周りから受け入れて貰えてると思ってたのにな……」

彼女は目から流れてる涙を手で拭き、そしてそのまま仕事へと戻って行った。





そして次の日。
嵯多彦さたひこ嵯多彦は若宮の中を見て回っていた。どうやら供に連れてきた者達とは別行動らしい。

ただ瑞歯別皇子も少し怪しんでいた為、嵯多彦達を見張るように家臣に言っていた。

嵯多彦が歩いていると、また偶然佐由良に会った。
佐由良は嵯多彦から声を掛けられるも、昨日の瑞歯別皇子との事があったので、軽く会釈だけしてその場から逃げ出してしまった。

(とりあえず、あの人とは話しをしないようにしないと)

しばらく走ってから彼女は立ち止まった。

「まぁ、あと数日だけだしね」

「何が数日だって」

(え?)

彼女が思わず振り替えると、そこには嵯多彦が立っていた。どうやら佐由良を追いかけて来たみたいだ。

「えーと、ごめんなさい。昨日あなたとの事で皇子から怒られてしまい。それでつい逃げてしまって」

「皇子に怒られた?」

(一体どう言う事だ……)

「はい、私は失礼な事はしてないと思うのですが、何故か皇子が酷くご立腹されてまして」

(ふーん、なる程。自分がこの娘を誉めたのが気に食わなかったのか)

「あなたは何も悪くない。多分私の言い方に問題があっただけだから。皇子がただ疎いだけの事なので」

(あの皇子、恐らくまだ気付いてないんだな……これは何とも面白い話だ)

「皇子が疎い?」

「あぁ、それはこちらの話し。とりあえずあなたが気にする事ではないですよ。皇子には私からも言っておくので安心して下さい」

「ほ、本当ですか。有り難うございます」

佐由良はそれを聞いて少し気持ちが楽になった。

(確かにこの娘、本当にちょっと欲しくなる)

「佐由良そこで何をしている」

佐由良は見張りの男性に呼ばれた。
どうやら瑞歯別皇子の命令で、嵯多彦を見張っている男のようだ。

「す、すみません」

佐由良は急いでその男に謝った。

(こんな所で道草でもされていると思われたら、叱られるかもしれない……)

「では、私はこれで失礼します」

そう嵯多彦に言ってその場を離れた。

(なる程、何となくそうかなと思っていたが、やはり俺を見張っているのか。あの皇子らしいな)

そして嵯多彦もまた歩き出した。
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