おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜狩猟祭 ハニートラップ〜

165.おっさん、鎮める

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 昼12時少し前になってようやっと1人目の参加者が獲物を携えて戻って来た。
「今大会のトップバッターは!
 このアストリアの地で森林組合に勤めるヨナだぁ!」
 サローニャが20代の犬耳を持つ青年をステージに上げて紹介する。
「狩ったのは、難易度7のメズー!」
 星7個のメズーと聞いて、俺は冊子の中からその動物のページを探して開く。難易度からしてもこの森での平均的な獲物と言えるだろう。
 そこに、大きな翼を持つ狸と猫を足して2で割ったような姿の動物が描かれていた。
「果たして点数は!!」
 観客達の目線がステージ上の巨大なボードに釘付けになる。
 もったいぶらすかのように、ドラムロールがなり、数字が表示された。
「種類47、大きさ66、比重40、状態77!合計230点!!
 流石森林組合員!模範的な平均点数だ!!」
 サローニャの若干ディスりが入ったMCについつい笑ってしまう。
 ステージ横や天幕内の壁に立てかけられたランキングボードに、すぐにヨナの名前と各点数が表示されて、暫定1位となった。
 サローニャがステージ上のヨナにインタビューをしている。
 どうやら、彼はまたすぐに森に入り、次の獲物を狙うらしい。

 その後、順調に参加者達が戻ってくる。
 現在の最高得点は262点。ランクAの傭兵で、難易度10の大きな角を持つ豚のような動物を狩ってきた。
 獲物の中から魔石が見つかったという情報も入り、参加者はすぐにその魔石を受け取って、次の狩りのため森に入って行く。
 魔石を手にしたらすぐに告白に行くわけでもなく、何回も獲物を狩り、手に入れた魔石の中からより大きい物を意中の人に贈る傾向にあるらしい。
 中には、すぐにその人の所に行って告白する場合もあったり、手にした魔石を、好みのタイプの人に手当たり次第贈る参加者もいた。
 まだ貴族の天幕に魔石を持って現れる参加者はいなかったが、一般人区画の中では、すでに告白が行われているらしかった。
 同じ席のブリアナがソワソワした感じで一生懸命首を伸ばして一般人区画を眺めているのを見て、クスクスと笑った。


 12時30分になり、会場がどよめいた。
「難易度13!!ジャッカリだ!!しかもかなり大きいぞ!!」
 冊子を開いてその動物を確認すると、角を持った犬の姿で、爬虫類のように棘のある長い尾を持つ動物だった。
「世界でもたった25人しかいないランクトリプルSの称号を持つこの男!
 ブラァァァッド!!
 こいつぁ思わぬダークホースの出現だ!!」
 サローニャの紹介に、ブラッドがかなりの猛者だと初めて知った。
「出ました!合計348点!!いきなり2位と大差をつけたぞ!」
 ランキング1位にブラッドの名前が瞬時に刻まれ、パチパチと拍手した。

 その後、アラン、アビゲイル、ディー、グレイ、ロイの順で1時前に獲物を持って帰って来た。
 それぞれの点数は高得点ではあるが、ブラッドには及ばなかった。しかし、全員が上位10位以内に入る。


「んだ、てめぇ、適当に狩るなんて言っときながらジャッカリかよ」
 ステージ裏でロイがランキングボードを見ながらブラッドに苦笑いを浮かべた。
「たまたまだ。たまたま」
 そのセリフとは裏腹に、ニヤリと口角を上げてドヤ顔を決める。
「まぁ、さっきは時間もなかったからな」
 後ろからグレイも言うが、明らかに悔しがり負け惜しみの言葉に、ロイもブラッドも笑う。
「アビー、魔石があったって?」
「1センチくらいのやつね」
 言いながら受け取った、歪な形をした赤い魔石を見せた。
「もっとでかいの見つけないと」
 横からディーが魔石を覗き込み、ニヤリとアビゲイルの顔を見る。
「な、何よ」
 アビゲイルが魔石をしまいながら口を尖らせた。
「ほらほら、そろそろ時間だぞ」
 アランが和やかムードの緊張感のない面々に苦笑しながら声をかけた。
「それじゃぁ、手筈通りに」
 ブラッドが言うと、それぞれ相槌を打ち、その場で解散する。

 20分ほど前、フィンからハイメが暗殺場所に選んだであろう場所を3箇所に絞り込んだと連絡があった。
 可能性の高い順から、
 ブラッド、ディー。
 ロイ、フィン。
 グレイ、アビゲイル。
 の3チームに別れ、残りのアラン、エミリア、アリーは遊撃チームとして3箇所から程近い場所に待機することになっていた。

 そして時は来る。
 12時59分。
 各待機場所でそれぞれが顔を見合わせる。
 俺とシェリー、キースも、チラリと目線を合わせ、その目で状況開始の合図をした。





 午後1時。
 森の中で轟音が鳴り響き、木々の間から強烈な光が漏れた。
 続いてそれに驚いた動物達の鳴き声も響き渡り、鳥がバタバタと飛び去った。
 会場にいた人達が一斉に森の方を見て何事かと目を見開いた。
 続いて起こる轟音と光。
 一般客の中から悲鳴が発せられたのが合図となり、一気に会場内が大騒ぎになった。
 再び起こる轟音と光。
 時間差で4回鳴り響き、貴族の天幕でも悲鳴があがった。
 シェリーが立ち上がると、大声で警備兵に叫ぶ。
「状況確認を!同時に一般客の避難と誘導を直ちに!
 会場周辺の警備兵は通路ゲートに!!」
「シェリー様!!」
 天幕の外側から、シギアーノ家の執事が叫び、シェリーが席を離れつつ指示を的確に出して行く。
「侯爵閣下と兄の避難を!」
 そう叫ぶと、執事後方から走ってきた私兵10名が、慌てふためいて席に座ったままオロオロしているアレらを無理矢理立たせて天幕から連れ出した。
「オスカー様!皆様をお願いします!」
 シェリーはそのまま会場の混乱を鎮めるために、天幕から出て行く。
「オリヴィエ!シェリー様の警護に入って!」
 咄嗟に俺が叫び、オリヴィエが頷くとすぐにシェリーを追いかけた。
「全員!落ち着け!!」
 オスカー、ジャニスが席を立って逃げようとする貴族達を押さえ込むため、何度も怒鳴る。
「大丈夫だ!音だけだ!!」
「慌てて逃げようとすると怪我するわよ!冷静になりなさい!!」
 2人の怒鳴り声に、落ち着きを取り戻した者もいたが、それでも半分以上は悲鳴を上げて、席を離れ天幕から出ようとしていた。
「出ないでください!!」
 俺も叫ぶ。
「今から結界を張ります!
 皆さんをお守りしますから!!」
 立ち上がり叫ぶが、俺の声が悲鳴にかき消された。
 全く聞いてくれない貴族達に、苛立ち、テーブルの上に上がると音を拡散させる魔法を使う。
「落ち着いてください!
 防御結界を張ります!
 そのまま座ってて!!」
 天幕に俺の声が響き渡り、テーブルに立つ俺に全員の視線が集まった。
 同席していたエリカとブリアナはポカンと口を半開きにして俺を見上げていたが、ニコールは流石に司法局で場数を踏んでいるのか、1人冷静で、お茶を飲んでいた。
 すぐに魔力を解放する。
 パンと両手を前で合わせると、その手の平の中に魔力を集め、手を離すと同時に四角い箱を作り出した。
「防御結界」
 呟きつつ、その箱を放りなげるように両手を上に持っていくと、空中に上がった箱が天幕全てを包み込むほど大きく膨れ上がった。
「なんと…」
「これは…」
 席に座っている貴族達がキョロキョロとあたりを見渡して、その防御壁を確認する。
「安心しろ。聖女の防御結界は騎士が束になっても破れん」
 オスカーが全員に聞こえるように言い、実際にロイを閉じ込めた時と同じものを見て、その強度はよくわかっている。
 束、というのは言い過ぎだが、少なくても自分クラスの騎士が4、5人は必要だろうな、と心の中で笑っていた。
 外と天幕を隔てる透明だが、ゆらゆらと時折揺れる壁に貴族達は唖然としていた。
 やっと静かになりテーブルから降りようとすると、キースがサッと手を差し出してくれた。
「ありがとう」
 その手に捕まって降りると、元の席に座る。
「あ~あ、テーブルクロス汚しちまった」
 足跡がついてしまった白いクロスを気にしてどうしようと思った。
「皆様、そのまま動かないでください」   
 キースが身を乗り出し、俺と女性陣に声をかける。
 そして、テーブルクロスの端を掴んだと思った瞬間、シュッと音がして一瞬でテーブルクロスが引き抜かれた。もちろん、上にあったお茶やお菓子類は数ミリ動いただけで、溢れることはなかった。
 間近で見たテーブルクロス引きという芸当に、俺も女性陣も目を丸くしてじっとキースを見る。キースは何もなかったようにニコリと微笑み返しながらクルクルとテーブルクロスを手早く畳んでいた。
「聖女様、お見事でした」
 ニコールがニコリと微笑み、俺も笑顔で返した。



 シェリーがステージの上に立ち、逃げ惑う一般客に向かって叫ぶ。
「皆さん落ち着いてください!
 音だけです!!
 獲物を追い込むためものです!!」
 何度も叫ぶと、時間はかかったが、徐々に一般客も落ち着いていく。
 逃げるために、会場ゲートに殺到し、押し合いになっていた場所も、警備兵達によって、少しづつ人同士の間隔も開いて行く。
「近くにいた調査班からの報告で、参加者が獲物を追い込むために、光と音の魔法を使ったと。
 ただ、威力を間違えたせいで、大きなものになってしまったそうです」
 シェリーが鎮まりつつある会場に語りかける。
「単純に驚かせるためのもので、それ以外の効果はないとのことです」
「なんだよそれ!」
「焦るじゃねーか!!」
「運営側のミスじゃねーのか!!」
 観客から次々に罵声が飛ぶ。
「確かに間違えたのは褒められたものではありませんね。
 しかし、獲物を追い込むためには非常に有効な手段です」
 ニコリとシェリーが答える。
「ただ、今回は失格には致しませんが、減点対象にはさせていただきます。
 それでご納得していただけませんか?」
 そう言いながら丁寧に頭を下げる。
「シェリー様がそう言うなら」
「そうよ!何をシェリー様に頭下げさせてんのよ!」
「シェリー様に謝りなさいよ!」
 罵声を浴びせた人たちが逆に責められることになった。
「皆さんありがとう。
 この狩猟祭は伝統あるもので、ここに参加し、獲物を狩ること自体が、大変栄誉あることです。
 頑張りすぎて空回りしてしまうことって誰にでもあるでしょ?」
 シェリーがニコッと微笑むと、罵声を浴びせていた数人の顔が絆されていく。
「どうか責めないであげてくださいませね」
 ダメ押しでキュルンと可愛く微笑むと、観客達から笑いが起こった。
「狩猟祭はまだ始まったばかりです。
 まだまだ本気を出されていない方達もいらっしゃいますわ。
 皆様、どうぞ最後までお楽しみくださいませ」
 最後に一般人に向かって丁寧に頭を下げた。
 観客達から拍手が起こり、場の空気が元のお祭り状態に戻っていった。




 シェリーがステージから天幕に戻る前に、防御結界を解除する。
 ステージの話は天幕にも聞こえていて、あの爆発音と光が、ただの罠だとわかって貴族達にももう騒ぐ者はいなかった。
 シェリーが天幕に戻ると、中にいる貴族達に丁寧に頭を下げる。
「大変お騒がせをいたしました」
「流石ですなぁ、シェリー様」
「あの騒ぎを見事抑えられた」
「咄嗟の避難誘導といい、称賛に値します」
 口々に賛辞を贈る。
 俺はそれを聞きながら、我先に逃げようとしたくせに、と心の中で鼻で笑う。
 そして、それこそ我先に避難した主催者のアレらのことを誰も口にしないことに、このイベントがシェリー1人の手で開催されていることを、ここにいる全員がわかっているんだと理解した。
「あら…」
 席に戻り、テーブルクロスがなくなっていることにシェリーが首を傾げた。
「これはね…」
 残っていたニコール、エリカ、ブリアナが俺がやったことをシェリーに説明し、シェリーも声に出して笑った。

「お疲れ様、お見事でしたね」
 メイドの手によって、新しいテーブルクロスが敷かれ、お茶もお茶菓子も新しいものが置かれた。
「聖女様も」
 お互いに目を見て微笑む。
「それにしてもニコール様は流石ですわ。全く動じませんでしたもの」
 エリカが感心したように言った。
「もしこれが本物の襲撃でしたら、私にも皆様をお守りすることくらい出来ますわ」
 ニコリと笑い、自分の袖を少し捲る。
 そこに、キースと同じような暗器が仕込まれていることに気付き、流石司法局副長官だと思った。
 やはりニコールは司法局を束ねるという重積を充分に理解している。単純に後継であるという認識だけではなく、それに付随した責任感や実力もきちんと養われていると納得した。
 ほんとにジャレッドとは大違いだ、と思わざるを得なかった。

 轟音騒ぎから約20分ほどで、会場はすっかり落ち着きを取り戻した。







 午後1時10分。
 いち早く会場から避難離脱したジェロームとジャレッドは、自分たちの私兵に囲まれて必死に走っていた。
「ど、どこまで…」
 走っているといっても、そのスピードは遅く、とっくに息を切らせてゼーゼーと大きく早い呼吸を繰り返す。
 とっくに天幕は見えなくなり、平地を抜けて、狩りの会場とは別の小さな森近くまで連れて来られていた。
「森の中に隠れる場所をご用意してあります」
 私兵の1人がジェロームに言い、もう少しです、と2人を急かす。
 ヒーヒーと言いながらドスドスと重たい体を揺らして走る2人に、私兵がその遅さに舌打ちをした。
「おい、お前たち、戻って状況を確認してこい!」
 先頭で誘導していた男が、後方にいる男2人を指差しながら言うと、黙って列から離れて今来た道を戻って行く。
「お前とお前…」
 さらに残った私兵を3つに分け、それぞれ別の避難先の確認に行かせた。
 ジェロームとジャレットを3人で取り囲み、周囲に警戒しながら森に入る。
 警戒といっても、襲ってくるのを警戒しているような風ではなく、明らかに人の目を気にしているような動きだった。
「ハイメさん、問題ありません」
 後方を確認しながら最後に森に入った私兵が先頭の男に言う。
「よし。お前らもういいぞ」
「な、なんだ、何の話だ」
 ジェロームが男を見て、さらに周囲を見渡す。走ったせいで呼吸もまだ落ち着かず、肩で息をしながらも、連れてこられた場所に何もなく、ようやくおかしいと気付いたらしかった。
「侯爵閣下。ここでさよーなら」
 ハイメが被っていたヘッドガードを脱ぎ放り投げると、腰に下げていた長剣を抜く。
「護衛で私兵を雇うのはいいけどよ。もっとちゃんとした装備品用意してやれや。こんな駆け出しの雑魚がつけるようなもん、意味ねーわ」
 言いながら、私兵の装備品を次々その身から取って行く。
「ああ、そうか。お前にとって私兵は護衛じゃなくて肉の壁ってことか。
 ならこの装備でも十分だな」
 ハイメの仲間2人も同じように脱ぎ捨てて、地面に座り込んだ2人をニヤニヤと眺めた。
「き、き、きさ、ま、な、なに」
 ジェロームがガタガタと震えながら置かれた状況を理解して声を出すが、恐怖でまともに話すことが出来なかった。
「ほんとクズだな、あんた」
 そんな怯えるジェロームを馬鹿にしたように笑いながら、切れ味の悪そうな剣を振り上げる。
「あんたが支給した剣だ。すげー粗悪品で切れ味最悪だから一振りじゃ死なねーかもな」
 ひひひと笑いながらその剣をジェロームに向かって振り下ろす。
「ひぃ!!!」
 両腕で頭を庇い悲鳴をあげる。

 ギン!!!

 その振り下ろされた剣が一瞬で弾かれ、ハイメの手から離れてくるくると弧を描きながら宙をまった。そのまま地面にドスッと音を立てて落ち突き刺さる。
「ブラッ…!!」
 剣が振り下ろされた瞬間、ブラッドが飛び込み、一瞬で己の長剣で弾き返していた。
 ハイメがブラッドの顔を見て名前を呼ぶのと同時に3人は何も言わず、一瞬でジェローム達から背中を向けて一目散に逃げ出した。
「いい判断だ」
 あっさり暗殺を諦めて逃げ出したハイメにブラッドが鼻で笑うと、ハイメを追いかける。
 さらに2名がバラバラに逃げたため、木陰で見守っていたディーが1人を追いかけ、もう1人逃げた方向を確認して、アランに連絡した。
「もう1人はこっちで処理する」
 アランからの返事があり、ディーは目の前を走る1人に集中した。
「雷、矢」
 ある程度のところまで追いついた所で、立ち止まると、弓を構える動作に切り替えた。
 光の弓が現れて雷の矢を構えた。その矢の先が男の背中を捉えた瞬間放たれた。
「ぎゃ!」
 背中に命中した矢は、男を射抜いたわけではなく、矢に付随した雷魔法で感電し、その場に倒れ込んだ。そのまま全身の痺れで動けなくなり、意識はあるが、ビクビクと体を痙攣させていた。
「あっけな…」
 ディーがつまらないという表情を浮かべながら近寄り、持っていたロープでササッと縛り上げた。
「こちらディー、3人の内、1人拘束。弱すぎてクソつまんないんですけど」
 全く手応えのない男を蹴飛ばしながら文句を言った。
 そのディーの通信に笑い声で数人が応えた。
 それと同時に、少し離れた場所から雷が落ちる音が聞こえた。
「ほんと手応えないわ。面白くない」
 遊撃チームのエミリアがもう1人の逃げた男を捕らえたらしく、ディーと同じのように怒ったように言った。
「こっちは、ただの私兵だなー。ウロウロしただけで、そっちに戻ってったわ」
 ロイがハイメから指示されて、別れた私兵の様子を確認しつつ、悟られないように後をつける。
「ロイに同じく」
 グレイもまた同じように確認だけに来た私兵を監視しつつ尾行した。
「ロイ、グレイ、そいつらはハイメとは関係ねぇから放置していいぞ」
「念の為だ。最後まで監視だけは続ける」
 グレイが答え、離れていた私兵が戻り、地面にへたり込んでいるジェロームとジャレッドを見つけて助けて移動を始めるのを、アビゲイルと共に木陰から監視した。
 そのグレイのそばに、ロイとフィンが木の上から降り立つと、互いに顔を見て苦笑した。
「アイツら無事で、今戻っていったわ」
 ロイが全員に伝える。
「了解。その場でブラッドが戻るまで待機してくれ。ディーゼル、エミリア、確保した奴を連れて元の場所に戻れ」
 アランが森を見ることの出来る場所で待機し、私兵数人に抱えられるようにして出てきたジェローム達を確認した。
「アリー、ご苦労だった。持ち場に戻ってくれ」
「はい」
 背後を見ずに言うと、アリーが返事と共に一瞬で姿を消した。
 そしてアランも皆の元に向かう。 



 ハイメが何度も何度も背後を確認しつつ全速力で森を走り抜ける。
 その後ろをブラッドが追いかけた。
「諦めろや」
 後ろからハイメに声をかけるが、その声は笑っていた。
 一気に速度を上げ、ものの数秒でハイメに追いつき、再び後ろを振り返ったハイメの視界からブラッドが消える。
「あ?」
 再び進行方向に視線を戻した瞬間、人の拳に視界が塞がれた。
 ゴギャッと鈍い音がして、ブラッドの拳がハイメの顔面にめり込み、そのまま振り下ろした拳に寄って、進んでいた方向とは逆に吹っ飛ばされた。
 勢いで後ろに飛ばされ、そのままゴロゴロと地面を数回転がり、バタッと倒れる。
 ブラッドがすかさず腰にぶら下げていた黒いロープに魔力を通して操ると、あっという間にハイメをグルグル巻きにした。
 ハイメの魔法を封じるための魔力を通さない素材で作られたロープだった。
 魔法を得意とする犯罪者の拘束に使われている。
 鼻も歯も頬骨も折られ気を失ったハイメが、顔面を血でドロドロにしながらブラッドに担ぎ上げられる。
「終わったぞ」
 ロイとグレイに通信を入れ、そのまま元来た方向へ戻った。





 午後1時40分。
 ジェロームが殺されかかった場所に全員が集まる。
「これで、依頼完了っと」
 ハイメをドサッと放り投げ、全員に向き直る。
「もっと手応えがあるかと思ったわ」
 エミリアが怒りながら言い、フィンがまぁまぁと宥めた。
「こいつらもそこそこやるんだが…。相手が悪すぎたな」
 ブラッドが他の2名の顔を見て、ハイメと同じ組織で、クラスBのランクだと教えた。
 第1部隊は全員がクラスS以上の猛者揃いのため、そんなエミリアからしてみればクラスBなんて子供を相手にするようなものだと、ブラッドは笑う。
「こいつらどうするんだ?」
 転がった3人を見ろしてグレイが聞く。
 捕らえたはいいが、このままここに放置するわけにもいかない。
「あー…このまま連れて国に帰ろうかと思ってたんだが…」
 目的を果たしたらすぐに帰ろうと思っていたが、協力者のジャレッドはまだだ。それに、何かしようとしているロイ達も気になる。
「大丈夫ですわ」
 シェリーの声が聞こえた。
「そちらに自警団を向かわせましたから、引き渡してください。
 ブラッド様にはまだ狩猟祭に参加して頂かなくてはなりませんもの。
 その者達はこちらでお預かりいたします」
「シェリー、流石ですね」
 ディーが捕縛後のことも考えていたことに笑う。
「なんか悪いなぁ。協力してもらった上にそこまでしてくれるなんてよ」
 ブラッドが苦笑した。
「いや、ハイメの件は無関係というわけでもないし、こっちの都合もあるからな。気にせんでくれ」
 アランが笑う。
「よし。これで一仕事終わったな」
「ああ、これで狩りに集中出来る」
 ロイとグレイがニヤニヤした。
「それでは、自警団に引き渡し後、一時解散。それぞれ戻ってくれ」
「了解」
 アランが言い、自警団が到着するまで、雑談が始まった。
 シェリーや翔平の会場を鎮めた行動や、ジェロームの情けない行動を笑いあった。



 午後1時55分。
 無事に自警団に3名を引き渡し、ブラッドは念の為に自警団と共に留置所まで一緒に行く。
 それ以外は元の持ち場へと散った。






「終わりましたわね」
 シェリーが微笑む。
「アイツらは?」
「一応事が事ですから、落ち着くまで下がらせました。
 夕食の時にはケロッとしていますわ。暗殺未遂なんて今までにも何度もありましたもの」
 何度もと聞いて、そうだろうね、と思った。恨みも反感も数えきれない程買っているだろうし、殺したいと思っているやつはごまんといるはずだ。
 アレらが会場にいないだけで、空気が変わったような気がする、と晴れ晴れした気分になった。


 コンテストはすでに再開されており、ステージ上では次々と参加者と獲物の紹介がされ、点数がつけられていく。

 真っ白だったランキングボードが100位までびっちりと表示され、1位のブラッド、2位アラン、3位ロイ、4位アビゲイル、7位グレイ、8位ディーゼルと上位10名の名前が、ボードの中でも大きく表示されているのを眺める。
 まだ戻っていない参加者もいるため、今後も順位は変動していくだろう。

 狩猟祭が始まって約5時間。
 狩りはこれからが本番だ。



 
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