おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜赤い月〜

おっさん、結界を張る

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 部屋の中が静まり返る。


 ロイを隔離する。


 その意味がわからず放心してしまった。
「どういうことですか?ロイが何かしたんですか?」
 ディーが焦ったようにロマに問いただす。
「何かしたわけじゃない。おそらく、これからするんだ」
「?」
 ロマが残りのお茶を飲み干すと、キースにおかわりを頼む。
「詳しく説明を」
 ディーが真剣に聞く。
 俺も呆然としながらロマの話に耳を傾ける。
「すっかり忘れてたんだ…」
 ロマが小さくため息をついて眉間に皺を寄せる。
「明後日は数十年に一度の赤い月なのは聞いてるかい?」
「ええ。報告が上がっていました」

 普通の満月とは違って、月が真っ赤に染まる現象が数十年に一度、不定期に発生する。
 それが明後日の満月で起こるというのは数日前に研究棟の魔導士から報告があった。
 特に何があるというわけではないが、非常に珍しいものなので、月を見るために夜間外出する人が増えることから、明後日は王都の夜間巡回の人数を増やすことになっていた。

「白狼族は赤い月の時にその本能が爆発するんだよ。
 45年前、ロイの父であるガイも爆発した」
 亡くなったロイの父と母は、ロマの弟子だった。
 ロマに弟子入りした時期は違うが、一緒に修行をする内に、愛を深めて結婚まで至った。そして、生まれたのがロイ。
 両親は尊敬するロマから一文字を貰ってロイと名付けていた。

「白狼族にそういう習性があることは、ガイから聞いて知っていたから、赤い月の時は前日から、その衝動が消えるまで隔離したんだ」
「衝動とは…?」
 キースがロマに新たなお茶を差し出しながら聞いた。
「…ようするに、発情期に入るんだよ」
 ロマが苦笑する。
「しかも普通の発情じゃない。
 相手を殺しかねないほどの強烈なものでね。
 同じ白狼族ならいざ知らず、妻のイヴは人族だから、まず耐えられない。
 だからガイを閉じ込めたんだよ」
 ロマの言葉に何も言えず黙り込む。
 単純に、明後日の赤い月で、ロイも発情期に入るということだ。
「衝動はどのくらい続くんですか…?」
 事態を理解し、飲み込むまで数十秒かかり、間を開けた後、ディーが質問した。
「個人差もあるが2、3日だそうだよ。ガイの時は月が赤くなり始める前日から、満月の夜が空ける朝までだった。」
「ということは、ロイも明日から隔離するということになるんですね」
「そうなるね」
 ロマが頷く。
「ロイにはもう説明して、納得してもらったよ。
 もっと前からこの習性について教えておけば良かったんだが、本当にすっかり忘れていてね…。
 数日前に研究棟の魔導士と話をしていて思い出したんだ」
「しかし…教えていたとしても、今の状況が変わるわけでは…」
 ディーがロマの苦しそうな表情を見て言い、俺もロマのせいではないと、ディーに同調して頷く。
「そうだね…」
 ロマが苦笑する。

 数十年に一度という赤い月の存在を意識していろという方が無理な話だと思った。
 いつ起こるかわからない赤い月を予測するのは難しく、現象の発生が近くなってようやく思い出したのだろう。

「ロイは今何処に?」
「王城の外れにある昔の訓練場にいる。
 すでに結界の準備も始まっていて、エイベルを中心に魔導士団総出で、夕方から多重結界の構築を始めているよ。
 今はまだ自由に出入り出来るが、結界が完成次第隔離することになる」

 副士団長であるディーは、今日の午後から聖女護衛担当でずっと翔平といた。だから自分には連絡が来なかったんだと気付いた。
 もし魔導士団で勤務していたなら、今頃は自分もロイを閉じ込める結界を張っていたことだろう。

 じっとりと冷や汗をかき、隣に座っている翔平を見る。
 その体が細かく震え、顔が青ざめている翔平の手を握ると、翔平も震える手でギュッと握り返してきた。
 突然降って湧いた話に、翔平はかなり動揺しているのはわかった。だから今ここに自分がいることが出来て良かったと思う。

「衝動を抑える方法は…」
「ないわけじゃない…」
 ロマが苦笑する。
「ようするに発情期だからね。欲求が治ればいいだけの話だよ。
 だが、無理なんだ」
 ロマがじっと翔平を見る。
「ロイはショーヘイを生涯の番として選んだ。自我を失っても、本能が求めるのはショーヘイだけなんだよ…。
 普通の人族が、赤い月の発情に耐えられるわけがない。
 だから、ロイとショーヘイを引き離す必要があるんだ。
 でなければショーヘイは…」

 殺される。

 最後の言葉は声に出なかったが、そこに居た全員がわかった。


 生涯の番。

 その言葉を初めて聞いた。
 俺が預言者に告げられた運命の相手だと、ロイからもギルバートからも聞いていた。
 だが、それはロイの思い込みや勘違いだということも考えられる。
 俺はその運命の相手でありたいと思っていたが、どこかで違うかもしれないという不安はあった。

 だが、今この状況になって、それが証明された。
 ロイが理性を失っても、生涯の番、運命の相手の俺だけを求めてくる。

 涙が溢れ、視界がぼやける。



「ロイが隔離されてお父さんと同じように数日耐えれば…」
 震えながら、振り絞るように掠れる声でロマに聞いた。
「ショーヘイ」
 ロマが真剣に俺を見る。
「もし完璧に隔離出来たとしても、ロイはただじゃ済まない。
 父親のガイも優秀な魔導士で騎士だった。それがたった2日の隔離でボロボロになって、死にかけたんだ。
 今のロイはガイの数倍の魔力と力がある。これがどういうことかわかるだろ」

 ロマの言葉にヒュッと息を呑む。

 理性を失ったロイを見たことがある。
 この世界に来た最初の頃、スペンサーに襲われた時、ロイは自ら腕を引き千切ろうとした。
 あの時のロイは、俺を救うことだけを考え、完全に理性を失っていた。

 理性を失ったその力は自らを破壊する。

 体の震えが止まらない。
 口を閉じていても、カチカチと歯が鳴った。


「ロマ様…」
 キースが静かに聞く。
「その結界は、本当にロイ様を隔離できますか」
 その言葉にディーも俺もハッとした。

 ロイの魔力総量は大賢者と呼ばれるロマに匹敵する。彼自身が賢者クラスの魔導士だ。さらにロイは戦士としても圧倒的な強さを持つ。
 ギルバートから伝授された竜族の技を、別種族でありながら習得した戦闘センス。その魔力と体術が合わさった技は、結界や防御魔法壁など容易に破壊できる威力がある。

「難しい、だろうね」
 ロマが悲しそうに言った。
「あの子は強い。
 魔力もそうだが、それに加えてロイにはギルバート仕込みの戦闘術がある。
 魔導士がいくら束になって結果を張ろうとも、打ち破るだろうね…」
 ロマが苦しそうに言う。
「ロイは、ショーヘイを求めて、必ず奪いに来る。
 それをあたし達は迎え撃たなくちゃならないよ…」
 ディーが脱力し、ソファにもたれかかった。
「それは…ロイを殺すってことですか…」
「その可能性も…ある…」
 ロマの言葉に目の前が真っ暗になった。

 結界から出れなくても、出たとしても、どちらにしても待つのは死。
 その事実に打ちのめされて、頭の中で心臓の鼓動がガンガンと鳴り響いた。

「緊急事態として、レイブン達もすぐに動いてくれた。
 ショーヘイの守りには騎士団第一部隊とギルバートが入る。
 全魔導士をロイ周辺に配置して結界を張り続けるが、負傷者を出すわけには行かない。押さえ込むのが無理だと判断した時点で、即座に引かせる」
 ロマが苦しそうに、だが冷静に今後の流れを説明する。
「他の騎士達は…」
 キースが、翔平の守りが少な過ぎると声に出したが、すぐにそれは無理だと悟って言葉を止めた。

 ロイが翔平を求める姿を、2人の関係を知らない者に見せるわけには行かない。
 見られれば、簒奪者にも2人の関係がバレて、今までの苦労が水の泡となり、さらに翔平の命が狙われることになる。
 それは絶対に避けねばならない。
 今現存する騎士達の中に、簒奪者の、黒幕の手が及んでいないとは言い切れないからだ。
 こんな状況になっても、先のことを考え何としても秘密は守らねばならない。

「ロイ周辺で結界を張る者達には、ロイが赤い月の影響で錯乱状態に陥ると伝えてある。
 なるべく時間をかせぐつもりだけど、どれだけ持つか…」
 ロマの顔が苦しそうに歪み、膝の上で握りしめた手が力を込めたせいで白くなっていた。

「ショーヘイは明日すぐにここを出て、ロイを迎え撃つライブ平原に向かってもらう」
 ロイとの戦闘は、おそらく相当派手になる。魔法弾が飛び交い、魔力がぶつかり合う衝撃波が周辺を襲う。
 周辺に被害が及ばないようにする必要があった。
「なんでこんなことに…」
 ディーが両手で顔を覆い、あまりの事態にがっくりと項垂れた。

 まさか翔平を守るためにロイと戦うことになるなんて、とディーの心が潰れそうになるほど痛み、苦痛に顔を歪ませた。

 ディーのそんな様子を見て、俺も胸が張り裂けそうになる。

「ロマ様…」
 翔平が静かに口を開く。
「ロイに…、ロイに会わせてください」
 翔平の目から涙が落ちた。







 それからすぐにロマの案内で王城の外れ、現魔導士団のさらに奥にある、昔の訓練場跡まで連れて行ってもらった。
 すでに夜10時を過ぎ、辺りは夜のとばりに包まれていたが、訓練場跡地周辺は魔鉱照明によって明るく照らされ、大勢の魔導士が行き交っていた。
 雑草が生い茂った野球場ほどの広さの原っぱの中央にロイがポツンと座っている。
 俺やディーが来たことに気付いて立ち上がり、にこやかに手を振っているが、その場所から動こうとはしなかった。
 周囲に大勢の魔導士が居て、今もなおその原っぱを取り囲むように結界魔法の構築を続けている。
 結界の構築状況を確認するために、アランとギルバートも来ており、俺たちの姿を見つけると、わずかに微笑むが、その顔はやるせなさを感じさせるものだった。
「今の結界を張り終えた者から休憩に入ってくれ」
 アランが指示を出し、さりげなく人払いをしつつ、全員がこの場からいなくなるまで待った。

 10分ほど待ち、全員いなくなったことを確認すると、すぐにロイの元に向かう。
 震える足で歩み寄ると、ロイがそばまできた俺に向かって両腕を広げた。
「ロイ…」
 その腕の中に体を預け、背中に腕を回して力強く抱きしめる。
「ショーヘー…」
 ロイもギュッと俺を抱きしめ、頭を撫でる。
「悪いなぁ…こんなことになっちまって」
 ロイが笑いながら言う。
「ロイ…ロイ…」
 何度も名前を呼び、顔をその体に押し付けた。
「あー…やっぱりいい匂いだ…」
 ロイが俺の耳元に顔を近付けてスンスンといつものように匂いを嗅ぐ。
「ロイ…」
 ディーやアラン、ギルバートがロイに近寄る。 
 ロイが全員の顔を見て笑顔を見せる。
「白狼族の数が少なくて希少種だっつーのは、このせいなんだな」
 ロイが笑う。
「全く難儀な習性だよw」
 屈託なく笑うロイに、誰も何も言えない。
 優しく俺の頭を撫で、額に頬にキスを落とす。そして両頬に手を添えてじっと目を合わせた。
「いいか、ショーヘー。
 俺から離れろ。逃げるんだ」
 子供に言い聞かせるように、ゆっくり、言葉を一つ一つはっきりと言う。
 俺の目から、返事の代わりに涙が落ちた。
「泣くな。お前が泣くと辛い」
 ロイが辛そうに、笑う。
「ロイ、愛してる」
「ああ、俺もだ。愛してるよ、ショーヘー」
 ロイが俺の目から落ちる涙を指で掬い、ゆっくりと唇を重ねる。
 目を閉じて、ロイの唇を感じ、首に両腕を回してしっかりと抱きしめた。
「ロイ…ロイ…」
 ロイの顔が涙で滲んでボヤける。
 そんな俺を慰めるように再び力強く抱きしめる。
「ショーヘー。
 お前の結界で俺を閉じ込めてくれ。
 俺がお前を傷つけないように、お前が俺を閉じ込めるんだ」
 抱きしめて、耳元でそう言われ、ますます涙が溢れた。
「嫌だ…出来ない…」
 小さく首を振り、拒否を示す。
「やるんだ」
「やりたくない…」
 ロイの手が俺の両肩を掴み、そっと離すと正面から真剣な眼差しを向けられる。
「ショーヘー…。お願いだ。やってくれ」
 ロイのその眼差しに歯を食いしばる。
「愛してる、ショーヘー」
「ふ…ぅ…」
 嗚咽を漏らしてボロボロと大粒の涙をこぼす俺の肩から手を離し、ロイが離れて行く。
「嫌…やだ…行くな…行かないで…」
 だんだん離れて行くロイに近付こうと、一歩前に出る。
「ショーヘー!!やれ!!」
 ロイが怒鳴る。
 その声にビクッと体が反応し、ロイがもう覚悟を決めていると理解した。
「うわああああ!!!」
 その場で大声で悲鳴を上げ、両手に魔力を集中させると、一気に凝縮させた小さな箱を作り出す。
「結界!!」
 そのまま両手を広げると、その箱が10m四方の大きさまで一気に広がり、ロイを中に閉じ込めた。
「ロイ!」
 自ら張った結界に近付き、その魔法壁に触れる。もう己ですらその結界の中に入ることは出来ない。
 ロイが静かに魔法壁に近付くと、俺が触れている壁越しに自分の手を重ねる。
「ありがとう、ショーヘー」
 ニコリとロイが笑う。
「なぁ、いつもみたいに、大丈夫って言えよ。大丈夫だって!心配すんなって!」
 泣きながら叫ぶ。
 だが、ロイは笑顔を見せるだけだった。
 ロイは、どんな時でも俺に大丈夫だと言ってくれた。それは確信があって、彼の自信の表れでもあった。
 だが、ロイは言ってくれなかった。
「ロイ…」
 両手を壁に付き、壁越しに手を重ね、唇を重ねた。
「キース、連れて行ってくれ」
 後ろにいたキースに声をかける。
「嫌だ…嫌…」
 キースの手が俺の肩に触れて、ロイから離そうとするのに抵抗した。
「ショーヘイさん」
 キースも涙を流す。
 もう時間がない。休憩を終えた魔導士が戻ってくる。
「ロイ!」
 腕を伸ばし、暴れる俺をキースは辛そうな表情で押さえる。
 見かねたアランも手伝って2人がかりで俺をロイから離した。
「離せ!ロイ!!」
「キース、眠らせろ」
 ロイが苦笑しながら言った。
 その言葉にハッとして、キースに止めるよう懇願するように顔を向けた瞬間、手で両目を覆われた。
 その瞬間、視界も思考もブラックアウトし、眠りに落ちた。

 グッタリと力を失った翔平の体をキースがしっかりと抱き支える。
「すまんな、キース。損な役回りをさせて」
「いえ…」
 ロイが苦笑しながら言い、キースは涙を手で拭う。
「ロイ様…。どうか無事で…」
 翔平を姫抱きに持ち上げると、会釈して背を向け、歩き出した。
「先に瑠璃宮に戻ります」
 涙を堪えながら、じっと動かないディーに言う。
「お願いします…」
 ディーが震える声で言い、翔平が横を通過した直後、ようやっと体を動かしてロイの元へ向かうことが出来た。



「見事なものだ…」
 ギルバートが翔平の張った魔法壁に触れてその強度に感想を漏らした。
「あたしらが作る何倍もの強度だよ…」
 ロマも壁に触れて苦笑する。
「ギル、ロマ、アラン、ディー」
 ロイが壁越しに声をかける。
「すまんな、迷惑かけて」
「…あたしこそ、ごめんよ…。もっと早く思い出していれば…」
 ロマの目に涙が浮かぶ。
「いや、知っていたとしても変わらんさ。たとえ遠くにいても、俺はショーヘーの元に向かっていた。
 その行程で確実に何かしらの被害は出るだろうよ。
 これが一番いい方法だ」
 笑いながら、コンコンと壁を叩く。
「ギル…。マスター。
 この中で俺を殺せるのはあんただけだ」
 薄く微笑みながらロイがギルバートを見る。
「もし俺がショーヘーを傷付けそうになったら、躊躇わず殺してくれ」
 ニコリと笑うロイに、ギルは苦笑しながら何も言わず、ただ少しだけ俯いた。
「ロイ、絶対にそんなことはさせない。
 第一部隊もいる。ギル様も、私もです!絶対にそんなことさせるものか!」
 ディーが叫ぶ。
「ディー…」
 ロイがディーに向き直り、ゆっくりとその正面に移動する。
「ディーゼル。
 ショーヘーを頼むぞ」
 ただ一言だけ告げ、破顔した。
 その一言で、全てが伝わる。
 ディーの顔がみるみるうちに歪む。

 かけがえのない親友。
 兄弟のように育ち、いつも一緒で、笑い、喧嘩をし、信頼し、助け合った、自分の半身のような存在。
 1人の男を同時に愛して、同時に愛された。

「許さない…。絶対に許さねーからな!!
 白狼族の習性だぁ!?んなの関係あるかよ!
 ロイはロイだろうが!!
 てめぇならそんくらい簡単に乗り越えられるだろ!」
 ディーが昔の口調に戻り、泣きながら怒鳴る。
「殿下、お言葉がw」
 ロイが笑いながら言う。
「うるせーな!
 てめぇはショーヘイを置いて死ねるのか!?無理だろうが!
 愛してるんだろ!?
 一緒に!俺たちでショーヘイを幸せにするって!!一緒に幸せになるって言っただろうが!!」
「ディーゼル」
 アランがガンガンと魔法壁を殴る弟を泣きながら押さえつける。
「約束しろ!
 本能なんかに負けんじゃねー!
 死ぬな!絶対に死ぬんじゃねーぞ!!」
 アランに後ろから押さえつけながらも、足で壁を蹴りまくる。
「ロイ!返事しろ!
 生きろ!!生きるって言え!!!」
 ロイはディーの言葉を聞き、返事をせずにただ笑っていた。
「アラン、ディーとショーヘーを頼む」
 ロイが歯を見せて笑う。
「あぁ、それと。
 キースを幸せにしてやれよ」
 アランがギャンギャンと怒鳴るディーを押さえながら、ボロボロと涙をこぼす。
「ロイ。俺はもう家族を失いたくねー。
 頼む。抗ってくれ。
 ショーヘーのために、俺たちのために、抗ってくれ」
 アランが言い、ディーを押さえそのまま後ろへ引きずって離れて行く。

 その背後から、休憩を終えた魔導士達がぽつらぽつらと現れ始め、結界構築が再開されようとしていた。
 魔導士団団長のエイベルが各班に指示を出し、それぞれが旧訓練場を取り囲むように散って行く。

 ギルバートもロマもその様子にゆっくりとロイから離れる。
「ギル、ロマ」
 少し離れたところで、ロイが2人に声をかけた。
「ありがとう、父さん、母さん」
 かけられた言葉に2人が振り返る。
 2人の目に、小さい頃のロイの姿が映った。
 ロマの目に涙が溢れ、静かに頬を伝った。

 ロイが2人にゆっくりと頭を下げた。
 そして、顔を上げて、最高の笑顔を2人に見せた。



 ギルバートが泣き崩れそうなロマを支えながら離れて行く。
 旧訓練場の外れまで来た所で、エイベルに合図すると、すぐに結界構築が始まった。
 数十人の魔導士が一斉に一枚の結界を構築していく。慎重に隙間無く、厚みを均等に壁を作り、数十分かけて1枚構築し終わると、次の班と交代して、その外側に重ねるようにまた1枚の壁を作っていく。



 ロイはその結界の中心で、静かに腰を下ろすと胡座をかいた。

 これでいい。
 仕方がないんだ。

 ゆっくりと夜空を見上げて、満月に近づいた月を見る。
 ほんの少しだけいつもよりも赤みがかった月が、体をざわつかせていた。

 本能でわかる。
 きっと俺は全力でショーヘーを求める。

 お願いだ。
 俺にショーヘーを傷つけさせないでくれ。


 ショーヘーを守ってくれ。




 それだけを願い、ゆっくり目を閉じた。

 

 
 
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