おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜密会とデート〜

145.おっさん、演奏会に出発する

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 朝食前に、起きてきたロイに手伝ってもらいながら部屋の中で軽く柔軟体操をする。
 最近は護身術を習う時間がなくて、しっかりした運動は出来ていないが、朝の柔軟体操だけは続けていた。
 柔軟を始めて1ヶ月弱。最初に比べたら、だいぶ柔らかくなってはきている。
 前屈で床に指の腹で触れることが出来るようになり、あと少しで手のひらがつく。最初は指先すらつけられなかったんだから地味に効果は出ていた。
「いたたたた…」
 ロイに容赦なく背中に体重をかけられて、苦痛の声を上げる。
「まだまだー」
 楽しそうなロイの声に悲鳴を上げた。




 朝食を終え、恒例となっているサインをする。
 昨日ディーに買ってもらったペンをニコニコしながら取り出すと、キースがペンを見て可愛いですね、と褒めてくれた。
 それが本当に嬉しくて、思わずギュッとペンを握りしめて頬を紅潮させる。
 だが、好きな人からプレゼントされた物を褒められて嬉しい、だなんてどんだけ乙女な思考だよ、自虐的に笑ってしまった。

「昨日のお話聞きました」
 キースが俺の前にティーカップを置くと、静かに言った。
「あのお方も、辛い思いをされていたんですね」
「何年続けていたのかはわからないけど、元々の性格は、作っていた性格とは真逆だったんだろうね」
 昨日ダブルデートした時の姿がシェリーの素だったんだろうと確信していた。
「ディーゼル様と同じ年に学校を卒業されて、それからすぐ領地経営に着手されていますから、11年ですね」
「11…」
 そんなにも長い間仮面を被ったままだったのか、と顔を顰めた。
「ぼっちは辛いよな…」
「そうですね…」
 ぼっちではないが、同じように長い間仮面を被ってきたキースも同調し、2人でお茶を飲みながらしんみりしてしまった。
 
 パラパラと送られてきたラブレターのような手紙にさらっと目を通していたが、その中にあった名前に手を止める。
「ジョン・ベルトラーク…」
 辺境伯次男からの手紙に、その中身をしっかりと読んだ。
「なんとも微妙な誘い方なんですよ」
 キースが内容に苦笑し、俺もそう思った。

 時候の挨拶から始まり、季節の事、今のベルトラーク領の冬に向けた備えの話、今が旬を迎えている特産品の話。
 はっきり言うと、ただの近況報告のような内容に苦笑する。
 そして最後に、


 王都ではご苦労も多いでしょう、是非息抜きのために一度遊びに来ませんか?


 と誘いの文句で締めくくられていた。
 社交辞令のような誘い言葉に、微妙な顔しか出来なかった。

「アラン様も、サイファー様も、顔を顰めてらっしゃいました。
 誘われているのか、そうでないのかがはっきりしないと」
「だな…」
 誘いに伸るか反るか、これは判断に迷うと思った。
「狩猟祭にジョンは来ないのかな」
「それが、ベルトラークは毎年不参加なんです」
「なんで?」
「シギアーノとの関係が良くなくて」
「あー…、そういうこと」
 おそらくは当主同士の剃りが合わないんだろうと察した。
 うろ覚えのショーン・ベルトラークは、いかにも武人という風貌だった。かたやジェロームはいかにも成金小悪党といった風貌で、見た目からして合わないだろうな、というのはわかる。
「議会でも対立することが多いようです」
「へぇ…」
 単純な対抗意識なのか、本当に意見が合わないのかはわからないが、ジェロームの発言はシェリーが指示しているはずだから、シェリーもまたベルトラークに何らかの政治的思想を感じているのではないかと思った。

 シェリーも仲間に。

 少し前に思った考えがまた頭の中を過ぎる。
 サイファー、アラン、ディー、そしてユリア。それにシェリーが入れば、強力な策士集団の完成だ、とほくそ笑んだ。
 頭の中で、5人の戦隊特撮ものが思い浮かび、思わず1人で笑った。

「なんです?」
「いや、なんでもない」
「またなんか1人で妄想してるんだろ」
 ロイに言われ、失礼な、と文句を言ったが、その通りだったため慌てて妄想を打ち消した。




 サイン等が一区切りつき、まったりしているとディーとギルバートが訪れる。
「ショーヘイ君、昨日のデート、楽しかったようですね」
 ニコニコとギルバートが言いつつ、俺の手を握り、私とも今度お出かけしませんか?と挨拶のように誘ってくる姿に苦笑する。
 ディーがそのギルバートの手から俺を救うと、ロイと2人で俺を引きずって距離を取った。
 そんな2人にギルバートが楽しそうに笑いつつ、ソファに座った。
「明日の演奏会の参加メンバーについて話しましょう」




 ギルバートから資料を渡されると、その中に参加メンバーの名前が書かれた一覧が目に入る。
「げ」
 そして、その中にジェロームの名を見つけて、思わず声を上げた。
「シェリーの策略ですよ。根回しして、あれが招待されるように持っていったようです」
 ディーがキースからお茶を受け取りながら言った。
「ジェロームに関しては、午後から王城にシェリー嬢が来ることになっていますので、彼女に話を聞いてください。
 今は、別のメンバーについて説明しましょう」
 ギルバートが静かにお茶を飲みながら言い、名簿の上位にいる、会のメンバーの名前を見た。

 ジェンキンス侯爵家次男ウォルター
 ローレン男爵家長男ヴァージル
 ブルーノ男爵家次男ダミアン
 リンドバーグ子爵家3男ヴィンス

 もう1人の会のメンバーである、ルメール伯爵家3男ザカリーは不参加だった。
 ルメールと言えばシェリーのグラーティアの会の主要メンバーにも次男のフランクがいるが、先日のお茶会には参加していなかった。
 4男のイライジャが俺に媚薬を盛り襲おうとした事件は誰もが知っている。
 おそらくは、どちらも会も、俺とイライジャの兄弟と会わせないように配慮しているのだろうと思った。

「ヴィンスについてはもう対象外ということでいいでしょう。
 残りの3人について現時点でわかっていることをを説明します」
 ギルバートがそれぞれの特徴や性格を話し始めた。


 ブルーノ男爵家次男ダミアン・ブルーノ33歳。
 普段は財務局局員として働いており、部下もいて真面目に仕事に取り組んでいた。
 性格は温厚で人見知り。
 見た目はゴブリン族の血が濃く出ており、背が低く鷲鼻が特徴だった。
 彼は特に音楽を愛しているようで、録音、再生用魔鉱石を持ち歩き、仕事場である財務局の自分の執務室でも、仕事に支障が出ない音量で音楽を流しているという。
 一緒に働く部下たちも、その影響で音楽に興味を持った者が多く、会とは関係なく、同僚や部下たちとコンサートにも行くことも多い。


 ローレン男爵家長男ヴァージル・ローレン40歳。
 彼は父親であるダリル・ローレン環境局副局長の補佐官として働いている。
 父親もそうだが、犬族の獣人であり、頭部は犬そのもので、黒く尖った耳と、黒と茶色が混ざった尻尾を持っていた。
 夜会で会った時、シェパード犬を連想したのを覚えている。
 性格は楽観的で軽い所があり、局長補佐官を務める姉(ローレン家長女で後継)に叱責されることも多い。
 彼は芸術を愛するというよりも、演劇の俳優達にかなりご執心のようで、複数の俳優のパトロンになっていた。
 パトロンになる代わりに、性行為を求めることも多く、何度かそれで問題を起こしたこともあるという。
 
 
 最後に会のリーダーである、ジェンキンス侯爵家次男ウォルター・ジェンキンス36歳。
 人族だが耳だけは犬族の血が出ており、薄茶色の髪にフサフサの大きな耳がある。
 彼は環境局局長の父親の秘書官を務めている。
 ジェンキンス家は長子である長女が家を継ぎ、局長の座は次子である長男のヒューが継ぐことになるが、そのヒューを蹴落とす勢いでウォルターが迫っていた。
 彼もまた複数の芸術家達のパトロンになっており、愛人のような関係を築いている。
 ヴァージルよりも慎重で、執着心が強く、彼の意に背いた芸術家がその道を断たれることもあった。



「注意すべきはウォルターでしょう」
 ギルバートが言う。
「彼は比較的野心家です。環境局局長の後継である兄のヒューは、己の環境に胡座を掻き努力を怠ったせいで、弟のウォルターに蹴落とされる寸前です。
 実際に、後継をウォルターにという声も多く上がっています」
「その野望が後継にとどまらず、さらに上を目指している可能性がある、ということなんですね」
「ええ。聖女を手中に出来れば、父親と同等、もしくはそれ以上の爵位を得るのは間違いないですからね」
 ギルバートの言葉に顔を顰める。
「ちょっと質問なんですけど、俺と結婚したら、爵位持ちになれるんですか?」
 素朴な疑問のつもりで言ったが、聞いていた全員に失笑された。
「簒奪に関係なく、君との結婚は確実に高位貴族に仲間入りすることが約束されるんですよ」
 ギルバートが笑う。
「そうですよ。聖女の伴侶が木端貴族や平民だなんて、そんなの国が認めません。聖女に相応しいそれ相応の爵位を与えることになります」
 ディーも笑う。
「……つまり、俺と結婚するだけでウハウハってことか…」
「お前、今更気付いたのか。
 だから、争奪戦をやってるんじゃねーか」
 ロイもゲラゲラと笑った。
 笑われてますます顔を顰めた。
「それってさ…、誰も俺を見てないってことだよな。
 俺の聖女としての立場が欲しいだけで、俺自身を見て好きになってくれるわけじゃ…」
 俺の言葉に、ギルバートが真顔になった。
「…そうですね…。君の言う通りだ」
 ギルバートの表情が少しだけ曇り、すぐに俺はシュウのことを思い出したんだと気付いた。
「大丈夫だ。俺はショーヘーがいいんだ。
 聖女じゃなくても、ジュノーじゃなくても、俺はショーヘーがいい。
 愛してるぞ」
 ロイが俺の頭を引き寄せると、頬にチュッとキスする。
「そうですよ。そんなショーヘイさんを見もしない奴らに貴方を渡すもんですか。
 貴方は貴方だからこそ私は好きになったんです」
 ディーも同じように逆の頬にキスをする。
 そんな2人の、俺個人を愛しているという言葉が泣きたくなるほど嬉しくて、耳まで真っ赤になった。
「でも…」
 後ろでキースが呟く。
「ショーヘイさんを知れば、好意を抱く者は多いと思いますよ」
 その言葉に、2人が少し青ざめる。
 ヴィンスや、夜会で翔平に声をかけたディアス男爵家次男のティム。それにダニエル・クルス男爵だって、口説きたいと言っていた。
「確かにそうですね。
 ショーヘイ君は自然体で人を惹きつける。とても魅力的な人ですから」
 一番は目の前にいるギルバートだ。
 ロイとディーが俺を両側から抱きしめる。
「絶対渡さねー」
「絶対渡すもんですか」
 2人に左右からギュウギュウと力強く抱きしめられて、暑い、と笑いながら文句を言った。

 明日の演奏会では、特にウォルターに探りを入れるということになり、彼が何を考え、何を語るのかを注意することになった。






 午後になって、王宮に向かう。
 シェリーは午後1時の約束通り、王城に入り、レイブンとサイファーと打ち合わせをしている。
 名目は領地に関してと、狩猟祭についてとなっており、さりげなく周知されたために、シェリーが王城に姿を現しても誰も気に留める者はいなかった。

 そして俺は今はこうして王宮の談話室で、打ち合わせが終わるのを待っている。
 周囲の目を誤魔化すため、たまたま王宮の図書室に本を借りにきた聖女が、帰りがけのシェリーに遭遇して声をかける、という体で話しかけることになっていた。
 何も知らない周囲の人間を欺くためとはいえ、回りくどいやり方にため息をついた。
 ショー、遊びに来たよ、くらいの感覚にはいつなれるのかと、と遠い未来を妄想しながら談話室で待つ。

 午後4時前に、終わったという連絡を受け、さりげなくシェリーが通る廊下に俺も出る。
 そして、王城の階段を降りてくるシェリーの姿を見つけた。
「シェリー嬢」
 すぐに声をかけ、貴族流の挨拶を交わす。
 周囲を歩く王城勤務の人達の前でお茶会へ参加した時の話題を持ち出し、お時間がございましたら是非話を、と持ちかけると、シェリーも半分仮面を被った状態で了承した。

 俺とシェリー、キース、そして護衛の体のロイが王宮ではなく、王城の談話室に移動する。
 この談話室は、王城勤務の人達の休憩室にもなっているが、大きなホール以外にも、個室がいくつか併設されていた。
 その空いている個室に入ると、念入りに遮音魔法をかける。
「シェリー、昨日はお疲れ様」
「はい。ショーも」
 仮面を脱ぎ捨て、シェリーがニコリと微笑むと、初めて見たシェリーの屈託のない笑顔にロイもキースも一瞬目を丸くした。
「なんだ。そんな笑い方も出来るんだな」
 ロイが素直に言うと、シェリーが苦笑し、俺はロイの腕を小突いた。
「あの…、今日アビーは…?」
 護衛にアビゲイルがいないことに、シェリーが聞いてくる。
「ああ、今日は俺が担当だ」
「毎日1人づつ交代で護衛に付いてくれているんだよ」
 そう説明し、心の中ではガッツポーズを決める。

 やっぱりシェリーはアビゲイルに…。

 何とか含み笑いを堪えて、何も気付いていないフリをした。
「先ほど、王と宰相様にあれについてのお話をいたしました。
 今後、どのように罠を仕掛けるかまでは時間がなくて出来ませんでしたが、明日、演奏会であれとショーが遭遇することになるので…」
 そこまで言ってシェリーが頭を下げる。
「ごめんなさい、貴方の了承も得ず、会わせることになってしまって」
「なんもなんも。気にしないで。遅かれ早かれそうなっていたんだから」
 そう言ってすぐにシェリーの頭を上げさせる。
「あれはショーに近付けると、本当に喜んでいて…。気持ち悪いくらいに」
 その姿を思い出したのか、顔を顰めた。
「それなんだけど、罠の内容はまだにしても、あれの性格とか、好きなものとか、そういうのがあれば教えて欲しい。対応に困らないように事前に情報が欲しくて」
 明日、ジェロームに会った時の心構えとして、それだけは聞きたかった。
「もちろん。私もそれをきちんとお話しなければと思っていました。
 あれの嗜好や物の考え方、全てお話します」
 シェリーが真剣な目で言い、ジェロームについて語り始める。


 ジェローム・シギアーノ侯爵51歳。
 猫族の特徴を持つ、脂ぎった顔と、せり出した腹をゆすって歩く太った中年の男。
 身なりは他の貴族達と代わりないが、それでも身につけている宝飾類で彼がいかに強欲で成金主義なのかがわかる。
 彼の中では、貴族がこの世界の基準で、平民はその下僕であり、貴族のために働くのが当然であるという考えだった。平民にとって、貴族は選ばれた神のような存在で、自分たちを敬い尽くすことが当たり前だと、実際に公言するような男だ。それは一族の者にも浸透しており、血が繋がった身内であっても同じで、爵位を持つ者と後継以外は全て自分達のために存在していると思っている。
 その偉い貴族様は、存在するだけで価値があり、その地位を保つためにはなんだってやる。
 直訴しようとした領民を殺害した時も、何の罪悪感も感じておらず、ただ、目の前の邪魔な石ころを取り除いただけ、という思考だった。

 さらに、頭の中は遊ぶこと、とりわけ性的欲求を満たすことが重要で、その愛人の数は数十人に及び、伴侶がいる領主邸でも愛人と乱行にふけるという行為を繰り返していた。
 その愛人達には共通した特徴があり、ほぼ全員が見た目が良く大人しい者で、支配欲を掻き立てる者を好んで選んでいた。

 それを聞いて、顔を顰めながら劇場であれが連れていた若い男女を思い出す。
 確かに、全員見た目が可愛くて、控え目な感じがした。

「あー…ショーヘー、まんまだな」
 ロイが呟く。
「いじめがいがある人が好みだって…」
 お茶会で聞いたあれの好きなタイプを思い出し、シェリーにも俺がそう見えると言われたことを思い出した。
「俺って、そんなに支配欲を掻き立てるかぁ?」
「見た目は…確かに」
 キースも苦笑する。
「中身は全然違うけどな」
 見た目と中身が合わないと笑い、シェリーもそうですわね、と笑った。
「ん~…そっか…」
 罠を仕掛けるにはジェロームの好みに添わなくてはならない。
 俺の見た目がクリアしているなら、問題は中身か、と考える。
「あれについてはわかったよ。
 明日は罠の前哨戦ってことで、なんとか乗り切ってみる」
 そう言うとシェリーが苦笑した。
「ロイ様…」
 シェリーがじっとロイを見つめる。
「なんだ?」
「申し訳ありません…。愛した人を危険な目に合わせることになってしまって…」
 悲しそうに謝罪したシェリーに、組んでいた腕を解くと、彼女に近付き、ぽんと頭に手を置き、そのままよしよしと頭を撫でる。
「仕方ねーよ。ショーヘーが言い出したことだ。お前が気にすることはない」
 笑いながら言った。
 頭を撫でられたことにシェリーはかなり驚き、恥ずかしそうにロイを見た。
「ああ、あと俺のこともロイでいいぞ。敬称をつけられる身分じゃねーから」
 ニカッと笑うロイにシェリーが破顔する。
「覚えてらっしゃいますか?子供の頃…」
 突然シェリーがロイに言った。
 そういえば、ロイ、ディー、シェリーは同じ年だ。
 さらに、ディーの友人候補として子息子女達が集められていた話を思い出す。
「ああ、覚えてる」
 ロイが破顔した。
「一緒に王宮の噴水で水遊びして、マーサに無茶苦茶怒られたよな」
 懐かしいと笑い、シェリーも笑った。
「あー、ありましたねー。アラン様も一緒で全身ずぶ濡れで…」
 キースもありし日の記憶にクスッと笑った。
「そんなことあったんだ」
 それは楽しそうだ、と俺も笑う。
「今度子供の時の話聞かせてよ」
 そう2人に言うと、笑顔で頷いた。
「あの頃はお前も普通だったよな。
 学校卒業してから、変わっちまった…。
 辛かったな」
 ロイが再びシェリーの頭を撫でた。
 その瞬間、シェリーの目から涙が落ちた。
「ありがとう、ロイ。また一緒に遊びましょう」
「そうだな」
 涙を拭いながらロイに微笑み、ロイも優しく微笑み返した。
 2人の様子に、俺も少しだけうるっとしてしまった。
 本当に涙脆くなったな、とつくづく思った。







「うわぁ…」
 翌日、演奏会に出席するために聖女になる。
 衣装班の3人に着せられた衣装は、今までのどんな衣装よりも綺麗だった。

 ズボンだ。ズボンだけども…。

 見た目ドレスようなローブに笑うしかない。
「あらぁ~綺麗ねぇ~」
 ジャニスが俺を見て身をくねらせる。
「あり…がとう…」
 素直に喜べない。それだけ今回の衣装は女性的だった。
「確かに綺麗だな…」
 オスカーも顎に手を添えてじーっと俺を見てくる。
「これなら侯爵もイチコロよ!」
 ジャニスがはしゃぎ回る。
「ありだな…。うん、これはありだ…」
 オスカーがブツブツと呟き、ありって何だと突っ込みたいが墓穴を掘りそうなので止めた。
「出発のお時間です」
 キースが正装の執事服を身にまとい、中に仕込んだ暗器を確認しながら言った。
「なんかキースも今日はカッコいい…」
 いつものキースは雰囲気が柔らかい。
 だが今日は特にキリッとして近寄りがたいオーラがあった。
 まるで騎士だ、と顔付きも違うキースに見惚れた。
「ショーヘイさんに手を出す奴は私が切って捨てます」
 ゆらりとキースの体から闘気を含んだ魔力が立ち昇る。
「殺しちゃダメだろ…」
「キースちゃん…護衛騎士のあたし達を忘れないでね…」
 笑顔で物騒なことを言い、オスカーとジャニスに突っ込まれた。



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