おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜密会とデート〜

おっさん、デートする

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 指定されたカフェで、指定された本を読みながらお茶をしていると、スッと席に近付いた者がいた。
「ここ、いいかしら」
 割と混み合ってはいるが、まだ空席はある。だが、彼女はあえて相席を求めて来た。
 スラッとした長い金髪の美人に、一瞬見惚れてしまう。
 このカフェに来て4人目だ。
 手紙には、ここで偽装デートの私の相手と合流すると書かれていた。
 目印は今読んでいる本で、前の3人は誰も本に触れてこなかったし、相席を求めることもせずに、ただ誘いをかけてきただけだった。

 午前11時。
 時間的には、そろそろ相手が来る頃だ。
「…どうぞ」
 静かに無表情で答えた。
 すぐに彼女がお茶を注文し、少し間が開く。
 お茶が届いて、ゆっくりとお茶を飲むその姿がとても上品で、どこかの貴族なのかしら、と考えていた。
 何度か彼女を見ていたことに気付いたのか、不意に視線が合い、そのままじっと見つめられて少しだけ居心地が悪くなった。
「なんの本?」
 彼女の視線が本に落ち、静かに聞かれた。
「私と君が出会った日…」
 本のタイトルを言い、何故こんな恋愛本を指定してきたのか、と苦笑した。
 聖女の趣味なのかしらと考えていると、彼女はニッコリと微笑み、私も読んだわと返してきた。
「貴方、可愛いわね」
 唐突にテーブルに置かれた私の指先にそっと触れてきた。
 その瞬間、目の前の彼女が先日の密会で聖女の護衛についていた、青いワンピースの騎士だと気付いた。
 彼女が私の相手だと認識する。
「ありがとう。貴方も素敵よ」
 そう返すと彼女も微笑む。
「1人?待ち合わせ?」
「1人よ」
「じゃあデートしない?」
 ニコッと笑い彼女に微笑み返す。
「いいわね」
「アビーよ。よろしくね」
 アビゲイルが手を差し出す。
「リリー。よろしく」
 その彼女の手を握った。
 騎士らしく、手の平が厚いその手が温かくて、微笑んだ。
「私と君が出会った日」
 カフェから出る時、突然アビゲイルが本のタイトルを言い、思わず首を傾げた。
「今の私達のことね」
 そう微笑みかけられて、少しだけ頬を染めてしまった。






「ねぇ。1人? 奢るから食事に行こうよ」
「連れがいるから行かない」
 大柄のオークっぽい男と人族の男に声をかけられ、見ていた店のショーウィンドウから目を離してキッパリと断る。
 2人が舌打ちして立ち去り、再び視線を戻してショーウィンドウの中にあるキラキラした小物を見る。
「買ってあげようか?どれがいいの?」
 人族の男が横から俺の顔を覗き込む。
「いや、いらない…」
 一歩横に移動して男から離れるが、離れた分だけ寄ってこられた。
「ショー、お待たせ」
「ディー」
 後ろにテイクアウトのカップを持ったディーが立つと、男が舌打ちしてすぐに立ち去っていった。
「何組に声かけられたんですか?」
 ディーが立ち去る男の背中をムッとした表情で見つめながら俺にカップを渡す。
「3組」
 ディーが屋台に飲み物を買いに行ったたった7、8分で3組の男達にナンパされた。
 相変わらずこの世界の美的感覚がわからないし、馴染めない。
「やっぱり1人に出来ませんね」
 ディーの手が俺の肩を引き寄せる。
「油断も隙もない」
 ディーの言葉に笑いつつ、なんで女性からはナンパされないんだろうと、心の中でがっかりする。口が裂けても言えないが。
「アビー、ナンパ成功したかな」
 肩から手を離し、ディーが俺の手を取ると恋人繋ぎをしてゆっくりと散策を始める。
「この通りで偶然出会う予定なんですけど」
 ディーが通りを見渡して、ナンパに成功しているであろうアビゲイルの姿を探す。
「ディー、あれ何?」
 露店に並ぶ綺麗な棒を指差してディーの手を引っ張る。
「ああ、魔導ペンですよ」
 そう言われて、俺がいつも使っているのも魔力を通せば永遠に使えるペンだったと思い出す。
 だが、俺が使っているのはただの黒い棒のような飾り気ない品物で、露店に並ぶのは装飾が施された物からカラフルな色までたくさんあった。
「可愛いな」
 ペンの前にしゃがみ、そのカラフルなペンを見つめる。
「買ってあげましょうか?」
「いいの?」
「選んでいいですよ」
 そう言われ、んーとペンを手に取って持ち易さを確認していると、露店の主人が紙を差し出してくれて、サラサラと書き心地も確認する。
「彼氏にプレゼントかい」
 店主がディーに話しかける。
「メモを取る癖がある人でね」
 笑顔でディーと店主が会話をしている間にペンを試し書きして一本選んだ。
「これにする」
 今の俺の髪色と同じ水色の、持ち手部分に模様が入ったペンを選んだ。
 ディーがお金を払い、俺はすぐに持っていた肩掛けカバンにしまった。
「ありがとう。ディー」
 露店を離れて満面の笑顔をディーに向けると、ディーが赤面する。

 宝石よりもペンがいいなんて。
 可愛すぎる。

 喜ぶ翔平が可愛くて、ディーの口元がニヤけた。

 
 瑠璃宮を出て、第4城壁ルヴァンと第5城壁セドアの間にある商業区に来ていた。
 ここは比較的中流階級以下の一般人が買い物に来る場所だ。
 色々な店が乱雑に立ち並び、屋台や露店がひしめき合う。
 
 下町の商店街みたいだ。

 どことなく元いた世界の馴染みある商店街の雰囲気に似ていて、懐かしい感じがした。


 馬車を降りてアビゲイルと別れ、再び合流するまでの間、ディーと2人でブラブラしていた。
 手を繋ぎ、いろんな店を見て周り、疲れたらベンチに座る。
 まさにデートという雰囲気に、少し気恥ずかしくなる。
 俺が今までに経験したデートと違うからだ。俺がエスコートされる側だということにどうしても恥ずかしさがあった。

 ディーは優しい。
 常に俺を気遣って、やれ喉が渇いてないか、やれ疲れてないか、などなど声をかけてくれる。
 気恥ずかしいが、それが嬉しくて、楽しかった。


「ディー、ショー」
 露店から少し離れた所で、後ろから声をかけられた。
「アビー」
 振り返り、アビゲイルだとすぐに気付く。そのすぐ後ろに、その辺の女の子と似たような街娘の格好をしたシェリーがいた。
 ドレス姿もこの間のワンピース姿も可愛かったが、街娘の格好もまた可愛い。
 可愛い子は何を着ても似合うんだな、と顔がニヤついてしまった。
「アビー達もデート?」
「そうよ。紹介するわ、リリーよ」
「こんにちは」
 シェリーが一歩前に出て俺たちにペコリと会釈した。
「ディーです。こちらはショー」
「初めまして」
 ディーが名乗り、俺を紹介する。
 なんか変な感じだな、とクスッと笑いながらシェリーに頭を下げた。
「リリー、すごく可愛いね」
 本心からそう言い、微笑みかけると、シェリーは一瞬だけ驚いた表情をして頬を染めた。
「でしょ。思わず声かけちゃったわ」
 アビゲイルが微笑み、自然な動作でシェリーの手を握ると、シェリーも偽装デートを楽しもうとするかのようにアビーにそっと寄り添った。

 人混みの中で立ち止まり、互いに彼氏彼女を紹介する普通の光景に、認識阻害の魔法のせいもあるが、誰1人として気にするものはいなかった。

 そうして、ダブルデートが始まった。

 2組で街中をぶらつきながら、屋台でスイーツを食べ、露店に並ぶ小物を見て周り、本屋で立ち読みする。
 雑貨屋に入って、シェリーがたくさん並ぶ可愛い小物達に目を輝かせているのを見ると、本当に可愛いと思う。
「これ、可愛い」
「ほんとだ」
 俺とシェリーが小物入れを見ながら話す。
「ショーは何入れるの?」
「んー…、指輪とか?ちっちゃな魔道具かな」
 他愛のない会話を2人でしていると、俺も小さな小物入れが欲しくなってきた。
 以前ギルバートにもらった守りの指輪を、贈り物のお菓子の空き箱の中に入れて、キャビネットの引き出しにしまったのを思い出した。
 流石にあれはないか、とそんな貧乏くさいことはやめようと苦笑する。。
 それにペアピアスを入れる小箱も欲しいと思った。
「これ、とても可愛い…。どうしよう…買おうか迷うわ」
「私がプレゼントするわよ」
 突然俺たちの後ろからアビゲイルが言った。
「いえ、そんな」
「いいのよ。プレゼントさせて。これがいいの?」
 ヒョイとシェリーが悩んでいた小物入れを取ると、彼女は慌て出す。
「いいです、自分で」
 小物入れを持って会計に行こうとするアビゲイルを引き止めようとするが、アビゲイルが小物入れをシェリーから奪われないように高く上げた。
「アビー、いいってば」
「駄目よ。私が買うの」
 2人がキャッキャする姿に目を細める。

 可愛い…。
 眼福とはこのことか。

 とニマニマしてしまった。
「ショーはどれがいいんですか?」
「え?」
 唐突にディーに言われ、焦った。
「俺はいいよ。さっきペンを買ってもらったし」
 ディーが俺が見ていた小物入れを手に取って、これ?と聞いてくる。
「いいってば」
 シェリーと同じセリフを言ってしまった。
「欲しいんでしょ?」
 ディーもアビゲイルと同じように会計しに行こうとしたが、俺はディーから小物入れを取り戻すと陳列台に戻す。
「無駄使いすんな」
 無駄使いと言われ、ディーは笑う。
 小物入れについてあった値札には、30,000とついていた。
 おそらく円に換算すると35,000~40,000円くらいだ。
 王族のディーには安い物なのだろうが、ザ・庶民の俺にその金額は大金だった。

 結局シェリーは小物入れをプレゼントしてもらい、俺はディーが買おうとするのを止めることに成功した。

「良かったね」
「あ…う、うん…」
 アビゲイルにプレゼントされ、綺麗に包んでもらった小物入れを大事そうに両手で持つシェリーに声をかけると、彼女が頬を染めて嬉しそうにはにかむ。

 その後も散策を続け、スイーツを屋台で買って、一度休憩のために公園の一角にあるベンチテーブルに向かいあって4人で座る。
 この世界にもあるクレープのようなクリームも果物もたっぷり入った甘いスイーツにニコニコしながらパクつく。
「そっちのも美味しそうですね」
 隣に座ったディーが俺のクレープをじっと見たので、一口どうぞ、と差し出すと、その一口が大きくてガブリと持って行かれた。
「あー…」
 一気に減ってしまったクレープにがっかりしたような表情になると、ディーが自分のを俺に差し出したので、俺も同じように大口の一口を頬張った。
「こっひもほいひーな(こっちも美味しーな)」
 もっもっと頬を膨らませて食べていると、ディーがニヤニヤしながら顔を寄せ、口元をペロリと舐めた。
「クリームついてますよ」
 ボッと一瞬で耳まで真っ赤になり、さらに正面にいたシェリーに、目を丸くした驚いた表情でじっと見られていたことに気付いて、さらに赤くなった。
 シェリーがじっと自分の手の中にあるクレープを見つめ、一口食べるとその甘さにニッコリと微笑む。
「あたしにもちょうだい」
 そんなシェリーのクレープを横からアビゲイルが横から一口齧り付いた。
「あ!」
 隣のアビゲイルを見上げ、食べられたことに頬を膨らませた。
「私のも味見して」
 アビゲイルが自分のクレープを差し出すと、俺と同じように大口を開けてバクッとアビゲイルのクレープを齧った。そのまま頬をリスのように膨らませて、俺と同じようにもっもっと頬張る。
「リリーも、ついてるわよ」
 そんなシェリーにアビゲイルが笑い、シェリーの口元についたクリームを指で掬い、それをペロリと舐める。
 シェリーも俺と同じように一瞬で顔を真っ赤に染めた。

 何この光景。
 可愛すぎる。

 ニヤける口元を手で抑えながらプルプルしてしまった。
 というか、このダブルデートが偽装工作で、シェリーは平民を演じていると思っていたのだが、シェリーは心から楽しんでいるように見えた。
 この間の密会の時のような令嬢らしい言葉ではなくて、普通の言葉でよく喋るし、口を開けて笑う。どこにでもいる普通の女の子に見えた。
 演技には、とても見えなかった。

 俺の方はと言うと、完全に楽しんでいる。
 これがシェリーと話すための計画だと分かっていても、デートが楽しくて、ついつい偽装だと忘れてしまいそうになっていた。
 そういえば、この世界に来て初めての街で一緒に買い物したのもディーで、あの時もデートみたいだったな、と思いだした。
 まさか、今本当にデートしているなんて。




 そして、本日のメインイベントが始まる。

 一緒に夕食を取るために、酒場に入った。
 ガヤガヤとうるさくて、酔っ払いがあちこちで大口を開けて笑っている。
 酒の匂いと、脂っこい料理の匂いが店内に充満し、旅の途中でよく利用した雰囲気に、たった数ヶ月前のことなのに懐かしさを感じた。
「リリーはこういう所、初めて?大丈夫?」
「初めてです…。いつもは1人なので」
 キョロキョロと見渡して、怖がっているというよりも、興味津々といった感じだった。
「みんなはこういう所慣れてるのね」
「あたしはしょっちゅう来るし」
「私たちもついこの間まで旅に出ていましたから。こういう酒場で食事をするのは普通でした」
 ディーが注文を取りに来た店員に、適当に酒とつまみを頼む。
 ずっと屋台で食べ歩きをしていたせいで、夕食といってもすでにお腹が膨れている。
 なので、つまみ程度のものだけを注文した。
 酒がジョッキで運ばれてくると、シェリーはその大きさに驚く。
「こういうのも初めて?」
「え、ええ…」
「それじゃ、我々の出会いに」
「かんぱ~い」
 ジョッキを掲げ、シェリー以外がゴキュッゴキュッといい音を立てて飲む。
 3人が飲む姿にシェリーもゴクリと喉を鳴らし、小さく乾杯と言うと、ジョッキを両手で持つと口に運んだ。
 同じように数口一気に喉に流し込む。
「ふは!」
 そして、声を上げた。
「いい飲みっぷり」
 アビゲイルが笑い、シェリーのジョッキに自分のをぶつけた。

 それからも、酒を飲みながら色々な話をした。
 主に俺たちの旅の話だったが、シェリーはよく笑っていた。

「さて…、そろそろ時間ですね」
 午後7時を周り、ディーがジョッキを置く。
 それに俺は、え?と思った。
 まだ例の話をしていない。
 この酒場でするんじゃなかったのか、とディーを見る。
「行きましょうか」
 ディーもアビゲイルも席を立ち、俺もシェリーも慌てて立った。
「行くって何処に?」
 後ろからディーの腕を掴んで引き留める。
「上ですよ?」
 ディーがキョトンとしながら言った。
「は?上?」
「えっと…どういうこと?」
 シェリーも俺と同じで意味がわからず、アビゲイルに聞いてくる。
「部屋を取ってあるのよ」
 アビゲイルがシェリーの肩を抱き引き寄せると、一瞬でその意味がわかったシェリーが真っ赤になる。
 俺も、シェリーと同様に顔を赤く染めた。

 つまり、平民に扮してダブルデートをし、その行き着く先は…。そういうことだ。
 いや、何もないというのはわかっている。いるけど、周囲にいる人達からは、俺達が上に移動するということの意味をわかっている。
 だから、何人かが俺たちを冷やかすような目で見ていた。
「リリー、嫌?」
「…ぁ…」
 シェリーもはっきりと戸惑っていたが、本来の目的はそっちじゃない。それをわかっているから、赤くなりつつも頷いた。
「では、行きましょう」
 ディーが俺の手を引っ張り、酒場から上に続く階段を上がる。その後ろをアビゲイルがシェリーの肩を抱いてついてくる。





 4人で一つの部屋に入る。
 なんのことはない。ただの宿屋の一室だ。
 シングルベッドが2つあり、小さな机とテーブル、壁にコート掛けがあるだけのシンプルな部屋。
 ドアが閉まると、それぞれが認識阻害の魔法を解除して元の姿に戻り、遮音魔法を3人で重ねがけする。
 シェリーはすぐにディーに綺麗なカーテシーをし、頭を下げた。
「改めまして、ディーゼル殿下、ご機嫌麗しゅうございます。
 このような格好で大変申し訳ございません」
「それはお互い様ですよ」
 ディーが笑いながらシェリーの手を取り、頭を上げさせる。
「シェリー様、数々のご無礼、どうぞお許しください」
 アビゲイルが胸に手を当て、シェリーに深く頭を下げる。
「いいのです。
 アビー…本当のお名前は?」
「アビゲイルと申します」
「アビゲイル…」
 シェリーがそっとアビゲイルの両手を取ると顔を上げさせ、じっとアビゲイルの目を見つめ、何かを言いたそうな表情になったが、何も言わずに手を離し、俺を見る。
「ショーヘイ様、この度はお誘いありがとうございます」
 ニコリと微笑み、俺も笑顔で返す。

 そして、それぞれが座る。
 流石にシェリーをベッドに座るわけにはいかず、一つだけの椅子に座らせると、俺とディーがベッドに座り、アビゲイルはドアの前に護衛らしく立った。
「万が一を考えてこのような形を取らさせていただきました。
 このような場所にお連れして、本当に申し訳ない」
 ディーが再びシェリーに言い、シェリーは笑う。
「大変貴重な体験をさせていただきました」
 シェリーに、みんな微笑む。
 シェリーは楽しそうだった。きっとそれは演技ではなく本物だと、みんな思ったはずだ。



 1人の時の散策とは全く違う内容に、どれも新鮮で、楽しくて、誰かと一緒にいるということが、こんなにも楽しいことだなんて思わなかった。
 1人で出来ないことが、2人なら出来る。
 
 例え偽装行為であっても、心の底から今日のデートを楽しんだ。

 ディーゼル殿下もショーヘイ様も。
 アビーも…。
 みんな優しい。
 
 ちらりとアビゲイルを見る。
 私のデート相手が彼女で良かったと、心からそう思った。



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