おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜密会とデート〜

139.おっさん、密会する2

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 すでに20時をとうに超え、21時になろうとしていたが、本題はこれからだ。
 個室の外にいるグレイとアビゲイルは、遅いとやきもきしているだろうと思った。
 だが、ここで中座するわけにはいかない。
 シェリーが決意を固めた表情で俺をじっと見ている。
 俺も彼女を見つめ返して、聞く姿勢になった。

「私が何故ジェローム・シギアーノを嫌い、その座から引きずり下ろそうとしているのか」
 シェリーは、自分の考えを一つ一つ整理するように言葉を選ぶ。
「ショーヘイ様は私の過去のことをご存知でしょう?
 私が傷物になったことも」
「ええ…。知っています…」
 彼女の過去は先日の報告会で聞いた。

 ロマーノ公爵家の長子と婚約していたが、ロマーノ家の犯罪が明るみに出て爵位が剥奪され、当主及び婚約者だった長子や深く関わった一族の者が死罪になった。
 その長子と婚約していたという事実はその後の良縁を遠ざけ、彼女の未来を大きく変えた。
 その婚約は紛れもなく政略結婚であり、ジェロームが公爵との縁を持ちたいがために娘を生贄に差し出したようなものだった。

「あの人は、自分のことしか考えていません。
 権力に固執して、上の立場の者には擦り寄って媚を売り、下の者からはひたすら搾取する。
 すごく単純な思考回路なのです。
 反吐が出ますわ」
「本当にお嫌いなんですね」
 令嬢らしからぬ言葉に、心底嫌っているのがわかって笑った。
「あれの血が僅かでも自分に流れているのかと思うと鳥肌が立ちます」
「僅かって…」
 少なくても半分はあれの血だろうと苦笑する。
「僅かですわ。それは事実です。
 あれは私の父ではありませんから」
 シェリーの言葉に、笑顔が一瞬で真顔になった。
 そんな俺の驚いた表情に逆にシェリーが笑う。
「ジェローム・シギアーノは、私の父ではないのです」
 そう可笑しそうに笑った。





 個室のドアの前で、翔平とシェリーの密会が終わるのをずっと待つが、始まって3時間以上経ってもまだ出てこない。
「かかってるわね」
 隣でアビゲイルがボソリと呟いた。
「だな」
 グレイも眉間に皺を寄せ、小さくため息をついた。
「一度報告を入れてくるわ。
 まだかかりそうな雰囲気だしな」
 チラリと、同じように廊下で待つシェリーの執事とメイドを見て、彼らが無言で焦った様子もなくじっと待っているのを見て言った。
「そうね」
 グレイがその場を離れ、個室が見える位置だが、人気のない場所に来ると、ポケットに忍ばせた通信用魔鉱石を取り出した。
「グレイだ。聞こえるか」
「おー、連絡待ってたぞー。終わったか?」
 ロイの嬉しそうな声が聞こえてきて苦笑する。
「残念だがまだだ。
 雰囲気的に、まだ終わりそうにない」
「えー」
 ロイの文句が聞こえ、すぐに声が遠ざかり、今度はディーの声がする。
「だいぶ話し込んでる様子なんですか?」
「個室の外にいるからわからんが、シェリー側の従者にも全く動きがないから、遅くなると言われているんだと思う」
「そうですか…」
「安心しろ。たまに見回りに出ているが、特に変わった様子はない」
「わかりました。引き続きよろしくお願いします」
「了解」
 ブツっと音が切れる。
 魔鉱石をポケットにしまい、再び個室前に戻り、アビゲイルに何もない、と伝えた。


 今回の密会の護衛にグレイとアビゲイルがついたが、実はそれ以外にも黒騎士が、シャルル内、その周辺に潜伏している。
 シェリーの出した条件が、2人きりでと言われた時点でフィッシャーが手配し、シャルルの従業員や店に出入りする業者として侵入させていた。
 シェリーの周囲も事前に調査され、日時が決まった日から、今日従者2人を伴って邸宅を出る時から店に入る時までも、全て監視されていた。
 シェリーが翔平に何かを仕掛けた時の予防策ではあったが、彼女に意思はなくとも、ジェロームが密会を知り邪魔をしてくる可能性なども全て考慮されていた。
 幸いにも、シェリーがジェロームよりも何枚も上手だったため、密会がジェロームにバレルことはなかったが、それでも万が一に備えて万全の体制でこの密会に挑んでいた。





「では…、貴方の本当のお父上は…?」
「ジェロームの腹違いの弟、ブレンダンです」
 シェリーの目が細められ、少しだけ俯いた。
「私の母とは会いましたよね?」
「…はい…。謁見と、夜会で…」
 シギアーノの伴侶として紹介された、人族の小柄な可愛らしい女性を思い出す。
 シェリーとセシルは完全に母親似で、母親も整った顔の美人だった。
 位置的には第2夫人といった体で、もう1人の伴侶である女性よりも後ろに、控え目に立っていた。
「母は領主邸のメイドだったのですが、ブレンダンと恋に落ち、将来を誓い合いました」
 先を聞かなくても結末が分かり、顔を顰めた。
「もうおわかりですわね」
 その俺の表情に苦笑しながら、シェリーが続きを話す。
「ジェロームはブレンダンから母を奪ったのです」
「黙って…渡したのですか…?」
 愛した人を奪われて、ブレンダンは何も言わなかった、しなかったのだろうか、と不思議に思った。
「シギアーノではそれが当たり前なのです。現侯爵とその後継だけが優遇され、それ以外の一族は全て道具。
 小さい頃からそう洗脳されます」
 洗脳という言葉にさらに顔を顰め、俯いた。
「ですが…」
 シェリーが続ける。
「ブレンダンは愛を選んだ」
 その言葉に顔を上げる。
「愛を選んだのですが、彼は壊れた」
 シェリーが泣き笑いのような表情を浮かべる。
「ブレンダンは当時、領地経営を1人で担っていました。
 勉強熱心で、頭が良い人だったと聞いています」
 その言葉で、シェリーは実の父親と会ったことがないとわかった。
 だとしたらブレンダンは…。
「彼は母を奪い返し、ジェロームに復讐することだけに心血を注ぎ、策略を練りました。
 そして母もその父の計画に加担し、表面上は侯爵とジェロームのためにと尽くした」
 シェリーの言葉に、心の中に嫌な予感がどんどん募って行く。
 結婚を約束した愛した人を奪われて、何もなかったように過ごせるわけがない。きっと腹の中ではドス黒い復讐心が渦巻いていたはずだ。
「まさか…」
「ショーヘイ様も頭が良い方ですね」
 察した俺に気付いて、ニコリとシェリーが微笑む。
 その返答に、俺の考えが正しいのだと気付かされた。
「だから、貴方が生まれた…。
 貴方をジェロームの子として育て、内部から破滅させるために…」
 シェリーが破顔した。
「その通りです。
 私はそのために生まれました」
「そんな…」
 シェリーの母は、ジェロームの妻となった後も、ブレンダンと逢瀬を繰り返していた。
 そしてブレンダンとの子を産み、ジェロームの子として育てた。
 全てはジェロームへの復讐のために。

 シェリーがジェロームを蹴落としたい理由は、利用されたという個人的な恨みどころの話じゃない。
 もっとずっと恨みの根が深い。
 その恨みの強さに体の奥から寒気が走った。

「貴方はそれを知って、母君に協力されているということですか」
「…それは少し違います」
 シェリーは話してスッキリした顔をしていた。

 きっとこの話は誰にもしたことがないのだろうと思った。
 俺の協力を取り付けるためとはいえ、誰にも話したことのないことを打ち明けるにはかなり勇気がいるはずだ。
 しかも、まだ数回しか会ったことのない俺に。
 互いに騙し合いのような探り合いをしていた俺に話すというのは、もう彼女もなりふり構っていられない状況にあるのかもしれない。
 
 だが、そう思っても、この彼女の話が真っ赤な嘘だという可能性も捨てられない。

 彼女は頭が良く、状況を理解する力もある。
 まだ彼女を信じるわけにはいかないと思いつつも、彼女の話を信じたいと思う気持ちが膨れ上がっていた。

「父は壊れていたんです。おそらくその時は母も」
 そして微笑みながらゆっくりと息を吐き出す。
「私が産まれた時、父も母も、正気に戻ったと言っていました。
 私が泣き、その小さな指でしっかりと両親の指を握った時、父も母も復讐しようとしたことを後悔したと」
 復讐の道具として産んだ子が両親の壊れた心を癒した。何も知らない純粋無垢な赤ん坊を見て、きっと両親は後悔し涙しただろうと思った。
 鼻の奥がツンとして涙が出そうになるが、必死に堪える。
「お父上は…?」
 会ったことがないだろうという事実から、復讐心を失くしたブレンダンがその後どうしたのか、予測はつく。
 だが、その推測が間違いであって欲しくて、シェリーに聞いた。
「…自害しました」
「ぅ…」
 推測が当たり、小さく呻く。
「母も一緒に死のうとしたそうですが、私の存在が生きる道を選ばせた。
 もう復讐する気は失くなり、ただ私を守るためだけに、生きると決めたそうです。
 おかげで、私はシギアーノの洗脳を受けることはなかった」
 ニコリと笑う。
「母も頭の良い人で、周囲からは私が他の一族同様に道具として生きているように見せかけることに成功したのです。
 私は実の父から受け継いだ能力を駆使して、ジェロームと兄を助け、領地を、領民を守っています」
「お父上と同じように、全て貴方が取り仕切っているのですね?」
「はい。ジェロームも、兄も、そんな私に頼り切りで、私がいなければ何も出来ない能無しです」
 フフッと笑い声を漏らす。
「貴方がそう仕向けたんですね?」
「そうです。シギアーノは私が全て管理し、決定権も私にあります。
 あれと兄は、私の言葉に従うだけ」
 楽しそうにシェリーが笑う。
「母君にはもう復讐心はないとおっしゃいましたが、では、何故貴方は…」

 シェリーは話が理解できる大人になってから今の話を母親から聞いたのだろう。その時、もう復讐心はなく、ただシェリーを洗脳からも守り育てたと言ったはずだ。
 決して、ジェロームを陥れろと育てたわけではない。
 だが、くしくも彼女がやろうとしていることは、両親が考えた計画そのものではないかと思った。

「両親のため、というのもあります。
 さらに、私があれから受けた仕打ちへの個人的復讐も。
 そして…」
 シェリーが核心に迫る。


「私は両親の悲劇を招いた、この国の世襲という制度を廃したいのです」


 その言葉に思わず口を半開きにし、大きく目を見開いた。







「おーい…」
 小さく聞こえた声に、グレイがギクっと体を震わせると、隣にいるアビゲイルを見る。
 アビゲイルも顔を顰め、そのまま顎でグレイにあっちに行けと示した。
 チラッとシェリーの従者を見て、聞こえなかったことを確認し、素知らぬ顔でまた見回りに行くフリをしながら、ドアの前から離れた。

 角を曲がった所で、大きな体を縮こませてコソコソしながらポケットから魔鉱石を取り出して、口元に持っていった。
「おま!ロイ!何考えてんだ!」
 ものすごく小さな声で魔鉱石に向かって叫ぶ。
「まだ終わんねーの?」
「まだだ。っつーかそっちから連絡してくんなよ!」
「だぁって~、ショーヘーが居なくて寂しくてよ~」
 泣き声のような情けない声が魔鉱石から聞こえて呆れてしまう。
「グレイ、すみません。そうじゃないんです」
 慌てたようなディーの声がして、ロイの情けない声が遠ざかっていった。
「シギアーノ邸で動きがありました。
 侯爵がシェリーを探しているそうで、居場所を確認するために私兵を放ちました」
 ディーの言葉に丸めた背筋をシャンと伸ばす。
「わかった。打ち切る」
「お願いします」
 ブツッと交信が終わり、足早に戻る。
「終わりだ」
 一言だけアビゲイルに言い、アビゲイルもすぐに何かが起こったと察した。
 グレイがドアをノックし、返事を待たずに個室に入った。
 シェリーの従者も、グレイの行動に慌て、一緒に個室に入る。


 突然ノックされて、間髪入れず入ってきたグレイに驚いた。
 シェリーも一瞬だけ驚き、すぐに無表情に変わる。
 そして、そのグレイの表情ですぐに何かがあったと悟った。
 グレイが俺に近づき耳打ちし、その内容に眉間に皺を寄せた。
「シェリー嬢、今すぐ邸宅にお戻りください」
 言いながら席を立ち、彼女の後ろに回って椅子に手をかける。
「何か…」
「侯爵が貴方を探しています」
 俺の言葉に驚き、そしてすぐにコクっと頷いた。
「戻ります」
 従者へそう言い、立ちあがろうとする彼女の椅子を引いた。
「近いうちにまた」
 真剣な目で彼女に言った。
「はい。今日はありがとうございました」
 急いでいるが、それでもシェリーは深々と俺にお辞儀をし、俺もそれにお辞儀で応えた。

 慌ただしくシェリーが出て行き、個室に3人が残る。
「はあああぁぁぁ~」
 そのままシェリーが座っていた椅子にだらしなく座った。
「お疲れさん」
「長かったわね~」
「重たいわ…」
 彼女の話が重すぎて、今になって精神的疲労を感じ、ぐったりする。
「そんな重たい話だったのか」
「もしシェリーの話が嘘じゃなく事実なら、重たいなんてもんじゃないよ…」
 深いため息をついて、よっこらしょと言いながら立ち上がった。
「おっさんくせえな」
「俺はおっさんですw」
 俺とグレイの会話にアビゲイルが笑った。





 瑠璃宮に着いたのは、23時の少し前だった。
「おかえり~」
「お帰りなさい」
 ニコニコと玄関で出迎えてくれるロイとディーにホッとする。
「遅くなってごめんな…」
 ロイに正面から抱きしめられて、すりすりと顔を寄せられながら言う。
「随分と話し込みましたね」
「ああ…」
 はっきりと疲れたという表情でディーに振り向く。
「本当はすぐに報告を聞きたい所ですが、今日はもう遅いので、明日にしました」
 ディーが苦笑しながら言い、ロイに私にもハグさせろと、ロイを俺から引っ張り剥がす。
「みんな待っててくれたんだろ?
 ごめんな~」
 ディーにキュッと抱きしめられながら言った。
 見送る時にいたオスカーやジャニスはすでに官舎に戻ったようで、来るはずだったサイファーやアラン達もいない。
 流石に今から報告をしたら、夜中になってしまう。
 おそらく話はすごく長くなるし、俺も整理してから話したいと思った。
 それだけシェリーの話は重たくて、重要な内容だった。
 最後、バタバタして俺が聞くだけ聞いて、協力するしないの結果を出さずに別れてしまったことが気がかりだった。
 それに、夜遅くにシェリーを私兵を使ってまで探そうとした侯爵の行動も気になる。

 シェリー、大丈夫かな。

 あの可愛い顔を思い浮かべ、心から心配する。
 出来ればすぐまた会って話したい。
 彼女が嘘をついているようには見えなかった。
 あれが嘘なら、彼女はよっぽどの女優だと思うし、嘘を付くにしてももっと別な話があっただろうと思う。

 彼女が、世襲制度を廃したいと言った時の真剣な眼差しが、俺の目に焼き付いて離れなかった。





「ショーヘー、眉間の皺」
 ロイに額をつんつんと指でつつかれる。
「ん」
 つつかれて初めて自分が皺を寄せていたことに気付いて、眉間を手で撫でながら苦笑した。

 自室に戻って寝る前のまったりタイムを満喫しながら、ロイとディーの間にはさまれて2人に甘やかされていた。
 
 キースにもっと甘えろと言われてから、自分なりに頑張って甘えているつもりではあるが、なかなか今までの行動が抜けず、いまだに恥ずかしさが邪魔をしてなかなか自分から甘えることは出来ていない。
 そんな俺をわかっているのか、2人から俺を甘やかしてくれる。
 こうして周囲に人がいなくなると、俺を膝に座らせたり、ただずっと肩を抱いてそばに寄り添ってくれたり、頭や体を撫でてくれたり。
 そうされることが嬉しくて、心地よくてされるがまま受け入れる。

 シェリーは、甘やかしてくれる人がいるのだろうか。

 またシェリーのことを考えていた。

 あの話が真実なら、彼女はずっと1人で戦ってきたことになる。

 1人で、誰にも打ち明けられず。
 1人で、苦しんで。
 1人で。



 また眉間の皺を指でつつかれた。

 
  
 



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