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王都編 〜トラウマ〜
おっさん、待つ
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ロイとディーが、アルベルト公爵家の令嬢2人と食事に行くため、午後3時に王家の馬車で出発した。
出発する直前、準備を終えて2人が一度顔を出し、ものすごく申し訳なさそうに俺の手を握り、2人で交互に抱きしめてくる。
「9時前には帰ってくるから」
額をくっつけて帰宅時間を告げられる。
「ん…」
それに対して小さく返事をするが、偽装だとはわかっていても、やはり俺以外と2人がデートに行くことにモヤモヤが募って複雑な表情になった。
「キスしていいですか…?」
ディーに遠慮がちに聞かれ、小さく頷くと交互に重ねるだけのキスをする。
そして、名残惜しそうに手を離し、悲しそうに瑠璃宮を出て行った。
2人はこれから王都にある公爵邸に令嬢を迎えに行き、宝飾店に立ち寄ってからシャルルで食事をする。
食事は約3時間くらいだと聞いたので、遅くても20時に終わり、彼女達を送り届けて21時前には戻るはずだった。
「はぁ…」
1人掛けのソファに座って本を読んでいるが、まるっきり内容が頭に入って来ない。
ずっと心の中のしこりがズキズキと痛みに似た疼きを引き起こす。
彼女達とは何もない。
食事に行くだけだ。
終わればすぐに帰ってくる。
ロイとディーにも言われたし、皆が皆ただの偽装工作で、不安を感じることはないという。
それは頭では理解し、納得もした。
だが、それでも2人がデートしに行ったのは変わりなく、言い難い不安と恐怖はずっと付き纏っていた。
「はぁ…」
数十回目のため息をつき、キースがそんな俺を見て苦笑する。
「ショーヘイさん。絶対に大丈夫ですから」
「わかってる」
俺もキースに苦笑いを返す。
こんな恋人を待つ乙女のような自分を笑いたくなった。
39歳にもなって、こんな思いをすることになるなんてな。
全く内容が頭に入らない本をパタンと閉じて大きく伸びをする。
「ショーヘイさん、気を紛らわせる意味も含めて、狩猟祭の話をしましょうか」
キースに言われて、そういえばアビゲイルにも聞いておけと言われたことを思い出した。
「内容は聞きましたか」
「ああ。狩猟以外のイベントも聞いたよ」
狩った獲物を意中の相手に贈り告白するという内容に最初は面白そうだと思ったのだが。
「オスカーに俺が一番人気だって言われた」
ちらりと、今日の護衛のオスカーを見ながら口を尖らせて不貞腐れたように言うとキースが笑った。
「きっとそうなるでしょうね」
「当然だな」
こちらにどうぞ、と円卓の方へ招かれて、席を移動した。
向かいにキースが座ると、招待状とともに数枚の書類を俺に差し出す。
「昼過ぎに届きました。狩猟祭の招待状です。それと、狩猟祭のおおまかな流れをまとめたので、読んでいただけますか」
仰々しく装飾が施された厚めの紙に、アストリア狩猟祭のご案内、と書かれたタイトルと、その日時や場所が記載されていた。
そして最後に主催者の、ジェローム・シギアーノと、名が大きく署名されていた。
キースが作成した書類にざっと目を通して行くが、その内容に驚いて目を見開く。
「4日間もやんの!?」
思わず声に出した。
「そうです。
毎年10月の28日から31日で開催されます。
アストリアまではここから1週間ほどかかるので20日くらいには出発しますよ」
「うへぇ~」
驚いて変な声を出す。
狩猟祭には招待された貴族や富裕層の民間人が参加する。
それは国内に止まらず、帝国を含めた諸外国の貴族なども参加する大規模なものだった。
前祭、本祭が2日、後祭と4日かけて行われ、実際に帰路に着くのは11月1日の5日目だった。
メインイベントである狩猟は9時から17時までと決められており、連日行われる。
狩られた獲物は、順次種類や大きさなどを計測していき、会場内に掲げられたボードにランキング付けされて行く。
2日目の17時で締め切られ、上位10名がその日に表彰を受ける。
「面白そう…」
「実際に面白いですよ。
獲物がどんどん運び込まれて、ランキングが次々に入れ変わって行きますから。それを見ているだけでもワクワクします」
キースが言うのだから本当に面白いんだろうと思った。
「狩猟コンテストには何人くらい参加するんだ?」
「去年は300人程でした。
貴族だけではなく、現役の狩人も、騎士も参加しますから、見応えありますよ」
「へぇ~」
「今年は貴族の参加が多いと思うので、去年以上の集まりでしょうね」
キースが俺を意味ありげに見つめ、みんな貴方目当てですよ、と一言付け加えられ、苦笑する。
「オスカーも出るのか?」
ソファに座って本を読むオスカーに問いかける。
「いや、俺はもう参加しねぇよ。
若い奴らに譲ってやらんとな」
その言い方に、現役であることをドヤり、いつでも勝てると言わんばかりで笑ってしまった。
「ロイとディーは参加するんだろ?」
「はい。アラン様も。
狩猟コンテストの参加者は事前に登録しなければならないですし、発表もされます。なので、別な意味でコンテストを楽しむ方もいらっしゃるんですよ」
別な意味、と言われてピンと来た。
「もしかして、賭けるのか」
「そうです」
「俺はそっちには参加するぞ」
オスカーも賭けの話に身を乗り出した。
「それは面白いだろうな」
「ええ。オッズも出ますよw」
オッズと聞いて、競馬かよ、と笑った。
ここで話が脱線して、元の世界にあった賭け事の競馬の話を教えると、オスカーが妙に食いついてきて、これは不味いことを教えたかな、と苦笑した。
「今年はロイ様が久しぶりに出場しますからね。間違いなく優勝候補です」
「そっか…いろいろあったから出てなかったんだ」
「ええ。ロイ様が獣士団団長になられた時とその翌年の2回のみでした。
20、21の時ですね。22の時は戦争が始まっていましたので…」
「そっか…」
22で戦争が始まって、24で終戦。その後除隊して放浪の旅か、とロイの時系列を思い出す。
「その時のロイの結果は?」
「2年連続断トツの優勝ですよw」
「だろうなw」
お互いに笑い合った。
「ディーは?」
「ディーゼル様は毎年10位以内ですね。
おそらくわざと手を抜いていますし」
「あー…」
わざと、と聞いてなんとなくディーらしいと思った。
途中で面倒臭くなったのか、他者に花を持たせたのか、きっと理由があって手を抜いたんだろうと思った。
「ちなみにアランは?」
「まぁ、ぼちぼちですね…。毎年、途中で飽きてしまうんですよ」
それを聞いてアランらしいと、あははと声に出して笑った。
「サイファーは?」
「サイファー様はご結婚されてから参加されてません。今年もレイブン様とお留守番です」
狩猟コンテストについて教えてもらい、俄然楽しみになってくる。
どんな獲物を狩るのかもそうだが、ランキングにどんな名前が出るのかワクワクした。
「で、もう一つのイベントなんですが…」
キースが話を切り替えて、サブイベントである告白について説明する。
「告白のタイミングが決められているわけではありませんが、大体は獲物を狩ってすぐの場合が多いです。
しかも、断っても同じ人から何度も告白されます」
「えぇ~」
断られたらすぐに諦めろよ、と思ったが、キースによるとそうではないらしい。
要するに、駆け引きをするそうだ。
断っても諦めずに告白してくる相手の思いの強さや本気度を測る。
もちろん、一回の告白ですぐに成立することもあるが、多くの場合は数回の告白を経て成立するそうだ。
「面倒くさ~」
思い切り顔を顰めると、キースが声に出して笑う。
「ですので、ショーヘイさんも何度も同じ人から告白されると思いますよ」
キースがはっきりと面白いものを見るような目で俺を見る。
「~面白がってるだろ」
「そんなことありませんよw」
笑いながらキースが答え、俺は口を尖らせますます顔を顰めた。
「気をつけなければならないのは、人がいる前で告白されるのは問題ないのですが、呼び出された場合です」
呼び出しって…。学生じゃあるまいし。
と、放課後の体育館裏に来てください、などと呼び出す中学生の告白を想像して鼻で笑った。
「呼び出しに応じない、のはNG?」
「そうですね。そこは暗黙の了解で応じなくてはなりません。
ですので、応じても絶対に1人では行かないでください。護衛もつきますし、我々も当然注意しますが、何があるかわかりませんので。
それだけは意識してください」
「わかった…」
答えながらため息をつく。
何が悲しくてよく知らない奴らから告白されねばならんのだ。
どうせなら、ロイとディーから獲物を贈られたい。
自然にそう考えてしまった自分が恥ずかしくなり、頬を染めた。
とりあえず狩猟祭の簡単な説明が終わり、キースが夕食を取りに行く。
狩猟祭の話で、だいぶ気が紛れた。
時計を見ると午後7時。
あともう少しで2人が帰ってくる。
再び、心の中に重石が乗ったようにずうんと沈み込んだ。
ザワザワと心が落ち着かない。
俺がヴィンスと観劇に行った時、グラーティアのお茶会に行った時、2人とも今の俺と同じ気持ちだったんだろうと思った。
「はぁ…」
あと少し。
またため息ついた。
午後9時を過ぎても、2人は帰って来なかった。
9時前には終わっているはずなのに。
帰ってくると言ったのに。
「何かあったのか…」
オスカーが俺ががっくりと肩を落として項垂れるのを見かねて呟いた。
時間がただ過ぎて行く。
午後10時を過ぎてもまだ帰って来ない2人に、不安と恐怖はピークを迎えつつある。
皆、口を揃えて何もないと、2人の令嬢はもう決めた人がいると言う。
だけど、その人よりもロイとディーの方がいいと思い直したら?
プレゼントを貰って食事して、このまま帰りたくないと、2人に迫ったら?
据え膳状態になったら?
どんどん思考が悪い方向へ向かっていくのを止められなかった。
あの時何度も夢で見た、2人が女性を抱く姿を思い出して体が小さくカタカタと震える。
キースがそっと俺の背中を撫で慰めてくれる。
オスカーも俺の不安が移ったように、ソワソワと落ち着きがなく、さっきから貧乏ゆすりを繰り返していた。
「もうダメだ。確認してくる」
オスカーがガバッと立ち上がると、そのまま部屋を出て行こうとした。
その時、瑠璃宮の前に馬車が入り、停車する音が聞こえた。
帰ってきた!
バッと顔をあげて、オスカーが開けたドアを通り、走り出す。
転びそうになるくらい急いで階段を駆け下り、玄関に向かった。
「ショーへー、ただいま」
「遅くなってしまって…」
玄関に入り、階段を駆け下りてきた翔平に向かって声をかける。
「遅い!!」
そう大声で叫び、徐々にスピードを緩めて2人の前に立ちその顔を見た瞬間、不安と緊張から一気に解放されて、ボロッと涙が溢れた。
あー、くそ!
こんなことくらいで泣くなんて!
そう悔しさが襲ってくるが、一度溢れた涙を引っ込めることは出来ずに、そのまま袖で拭う。
ロイとディーが顔を見合わせて苦笑し、そっと俺を抱きしめてくれた。
「ごめん、遅くなって」
「すみません」
キュッと2人に抱きしめられ嬉しいと思うのと同時に、自分の女々しさが情けなくて、複雑な気持ちになってしまった。
「遅かったですね。何かあったんですか?」
俺を追いかけてきたキースが問う。
「公爵に捕まってしまって…」
ディーが俺の背中を撫でながら答える。
「立ち話もなんだ。部屋に戻ろう」
オスカーが言い、そのまま自室に戻るが、2人がギュッと俺の手を握り、俺も強く握り返した。
2人が遅くなった理由。
なんのことはない。
食事を終えて令嬢2人を公爵邸に送り届けたが、アルベルト公爵が待ち構えており、そのまま立ち寄ることになってしまった。
公爵は娘達の縁談が上手く行くようにと気を利かせたようだが、4人はこの状況に困惑した。
計画では、後日、ほぼ同じタイミングでお互いにこの縁談を断るという話になっており、今日のこの見送りで個人的に会うのも最初で最後ということになっていた。
だが、公爵は送り届けた時に、にこやかに会話する4人を見て上手くいったと勘違いを起こしてしまった。
そのままほぼ無理矢理邸内に引き入れられ、娘達の自慢話や、結婚についての話を矢継ぎ早にされてしまった。
まさか食事の後すぐに断りを入れるのもかなり失礼な行為で、ロイとディーはどうしようかとかなり焦り、言葉を濁していたが、ベティが勝手に話をする父親にキレてしまった。
その場で父親に怒り出し、この縁談はなかったことに、と2人にではなく、父親に向かって言い放つ。
突然怒り出した娘に公爵も焦り、宥めようとしたが、カーラも我慢出来なくなったのか、大泣きしてしまい、流れから自分達には好きな人がいると、その場で父親に打ち明けた。
当然公爵は唖然とし、そのすぐ後怒り出してしまった。
ロイとディーを置き去りにして、親子喧嘩が勃発し、2人は口を閉ざし貝になって見守ることしか出来なかった。
だが、そんな状況を打ち破ったのが、同席していた公爵の伴侶、ベディとカーラの母親で、夫を宥めつつ、なんとも言い難い圧を放つ。
娘を思う気持ちはわかるが、当人達の考えや気持ちを無視して勝手に話を進めた貴方が悪い、と母親も静かに怒り出し、3体1の状況になった公爵がロイとディーに救いを求める。
だが、ディーがすっぱりと言い放つ。
「私たちももういい年ですから身を固めるつもりでお相手を探しています。
ベティ嬢もカーラ嬢も、大変魅力的ですし、公爵から頂いたお話は大変光栄なことだと思います。
ですが、最初から我々は眼中にないのです。
今日は公爵の顔を立てるために、お嬢様方は無理してお見合いをしたのです。
お父上のためだったのですよ」
公爵の立場を尊重しつつ、縁談は元々最初から成立しないと告げた。
そのディーの言葉に公爵ががっくりと項垂れ、その場で娘達に謝罪した。
「で、お前達のお相手は誰なのかね」
公爵が娘に聞き、それは俺たちが帰った後でも、と言ったが、ベティがニコリと微笑み、ロイを見る。
「グスタフ様です」
彼女の口から、現獣士団団長の名前が出てロイの目が丸くなる。
さらに、カーラの相手は、まさかの今この場に控え、壁際に立っていたお茶を出してきたメイドだった。
公爵が驚愕した表情でメイドを見ると、メイドが涙を溢し、カーラが彼女に近づき、そっと抱きしめる。
「そうか、グスタフか。あいつはいい奴だ。本当にいい奴だ」
ロイが笑い、ベティが嬉しそうに笑った。
自室でロイとディーが遅くなった理由を聞き終わり、全身から力が抜ける。
修羅場というのとはちょっと違うけど、その内容に驚きと安心と、2人の令嬢の気持ちに絆された。
「グスタフかよ…」
オスカーが一番驚いていた。
「ベティ嬢が惚れ込んだようですよ」
ディーが言い、ホワホワとした空気に包まれる。
「メイドの嬢ちゃんも、ずっとカーラ嬢の専属だったようでな。もう何年も前から結婚を誓い合ってたそうだ」
ロイが優しげに微笑み、あれは公爵が折れるしかないわ、と笑った。
「ショーヘイさん、すみません。途中で連絡を入れられれば良かったんですけど…」
ディーに手を握られ、謝罪された。
「不安だったろ?ごめんな」
ロイも俺の肩を抱いて頬にキスをする。
「事情がわかったから、もういいよ」
さっきまで俺を襲っていた不安と恐怖が一気に拭いさられ、逆に温かい気持ちになる。
「ショーへー、今日一日ずっと上の空だったぞ。ため息ばっかりついてよ」
「オスカー」
ニヤニヤしながらバラされて顔を顰めつつ頬を染めた。
「だって…」
俯きながらゴニョゴニョと文句のように独りごちる。
そんな俺の様子に2人はニマニマとした笑いを必死に抑えていた。
玄関で翔平が流した涙は不安がピークに達したものだとわかる。
だがそれは俺たちに対する想いがあってこそで、愛しさが込み上げてくるのを抑えられなかった。
不安にさせたぶん、思う存分甘やかしたい。
幸い今日はたっぷり時間がある。
甘やかして、愛して、たっぷりと俺たちの愛を感じてもらおう。
そう思いながら翔平の手を握った。
出発する直前、準備を終えて2人が一度顔を出し、ものすごく申し訳なさそうに俺の手を握り、2人で交互に抱きしめてくる。
「9時前には帰ってくるから」
額をくっつけて帰宅時間を告げられる。
「ん…」
それに対して小さく返事をするが、偽装だとはわかっていても、やはり俺以外と2人がデートに行くことにモヤモヤが募って複雑な表情になった。
「キスしていいですか…?」
ディーに遠慮がちに聞かれ、小さく頷くと交互に重ねるだけのキスをする。
そして、名残惜しそうに手を離し、悲しそうに瑠璃宮を出て行った。
2人はこれから王都にある公爵邸に令嬢を迎えに行き、宝飾店に立ち寄ってからシャルルで食事をする。
食事は約3時間くらいだと聞いたので、遅くても20時に終わり、彼女達を送り届けて21時前には戻るはずだった。
「はぁ…」
1人掛けのソファに座って本を読んでいるが、まるっきり内容が頭に入って来ない。
ずっと心の中のしこりがズキズキと痛みに似た疼きを引き起こす。
彼女達とは何もない。
食事に行くだけだ。
終わればすぐに帰ってくる。
ロイとディーにも言われたし、皆が皆ただの偽装工作で、不安を感じることはないという。
それは頭では理解し、納得もした。
だが、それでも2人がデートしに行ったのは変わりなく、言い難い不安と恐怖はずっと付き纏っていた。
「はぁ…」
数十回目のため息をつき、キースがそんな俺を見て苦笑する。
「ショーヘイさん。絶対に大丈夫ですから」
「わかってる」
俺もキースに苦笑いを返す。
こんな恋人を待つ乙女のような自分を笑いたくなった。
39歳にもなって、こんな思いをすることになるなんてな。
全く内容が頭に入らない本をパタンと閉じて大きく伸びをする。
「ショーヘイさん、気を紛らわせる意味も含めて、狩猟祭の話をしましょうか」
キースに言われて、そういえばアビゲイルにも聞いておけと言われたことを思い出した。
「内容は聞きましたか」
「ああ。狩猟以外のイベントも聞いたよ」
狩った獲物を意中の相手に贈り告白するという内容に最初は面白そうだと思ったのだが。
「オスカーに俺が一番人気だって言われた」
ちらりと、今日の護衛のオスカーを見ながら口を尖らせて不貞腐れたように言うとキースが笑った。
「きっとそうなるでしょうね」
「当然だな」
こちらにどうぞ、と円卓の方へ招かれて、席を移動した。
向かいにキースが座ると、招待状とともに数枚の書類を俺に差し出す。
「昼過ぎに届きました。狩猟祭の招待状です。それと、狩猟祭のおおまかな流れをまとめたので、読んでいただけますか」
仰々しく装飾が施された厚めの紙に、アストリア狩猟祭のご案内、と書かれたタイトルと、その日時や場所が記載されていた。
そして最後に主催者の、ジェローム・シギアーノと、名が大きく署名されていた。
キースが作成した書類にざっと目を通して行くが、その内容に驚いて目を見開く。
「4日間もやんの!?」
思わず声に出した。
「そうです。
毎年10月の28日から31日で開催されます。
アストリアまではここから1週間ほどかかるので20日くらいには出発しますよ」
「うへぇ~」
驚いて変な声を出す。
狩猟祭には招待された貴族や富裕層の民間人が参加する。
それは国内に止まらず、帝国を含めた諸外国の貴族なども参加する大規模なものだった。
前祭、本祭が2日、後祭と4日かけて行われ、実際に帰路に着くのは11月1日の5日目だった。
メインイベントである狩猟は9時から17時までと決められており、連日行われる。
狩られた獲物は、順次種類や大きさなどを計測していき、会場内に掲げられたボードにランキング付けされて行く。
2日目の17時で締め切られ、上位10名がその日に表彰を受ける。
「面白そう…」
「実際に面白いですよ。
獲物がどんどん運び込まれて、ランキングが次々に入れ変わって行きますから。それを見ているだけでもワクワクします」
キースが言うのだから本当に面白いんだろうと思った。
「狩猟コンテストには何人くらい参加するんだ?」
「去年は300人程でした。
貴族だけではなく、現役の狩人も、騎士も参加しますから、見応えありますよ」
「へぇ~」
「今年は貴族の参加が多いと思うので、去年以上の集まりでしょうね」
キースが俺を意味ありげに見つめ、みんな貴方目当てですよ、と一言付け加えられ、苦笑する。
「オスカーも出るのか?」
ソファに座って本を読むオスカーに問いかける。
「いや、俺はもう参加しねぇよ。
若い奴らに譲ってやらんとな」
その言い方に、現役であることをドヤり、いつでも勝てると言わんばかりで笑ってしまった。
「ロイとディーは参加するんだろ?」
「はい。アラン様も。
狩猟コンテストの参加者は事前に登録しなければならないですし、発表もされます。なので、別な意味でコンテストを楽しむ方もいらっしゃるんですよ」
別な意味、と言われてピンと来た。
「もしかして、賭けるのか」
「そうです」
「俺はそっちには参加するぞ」
オスカーも賭けの話に身を乗り出した。
「それは面白いだろうな」
「ええ。オッズも出ますよw」
オッズと聞いて、競馬かよ、と笑った。
ここで話が脱線して、元の世界にあった賭け事の競馬の話を教えると、オスカーが妙に食いついてきて、これは不味いことを教えたかな、と苦笑した。
「今年はロイ様が久しぶりに出場しますからね。間違いなく優勝候補です」
「そっか…いろいろあったから出てなかったんだ」
「ええ。ロイ様が獣士団団長になられた時とその翌年の2回のみでした。
20、21の時ですね。22の時は戦争が始まっていましたので…」
「そっか…」
22で戦争が始まって、24で終戦。その後除隊して放浪の旅か、とロイの時系列を思い出す。
「その時のロイの結果は?」
「2年連続断トツの優勝ですよw」
「だろうなw」
お互いに笑い合った。
「ディーは?」
「ディーゼル様は毎年10位以内ですね。
おそらくわざと手を抜いていますし」
「あー…」
わざと、と聞いてなんとなくディーらしいと思った。
途中で面倒臭くなったのか、他者に花を持たせたのか、きっと理由があって手を抜いたんだろうと思った。
「ちなみにアランは?」
「まぁ、ぼちぼちですね…。毎年、途中で飽きてしまうんですよ」
それを聞いてアランらしいと、あははと声に出して笑った。
「サイファーは?」
「サイファー様はご結婚されてから参加されてません。今年もレイブン様とお留守番です」
狩猟コンテストについて教えてもらい、俄然楽しみになってくる。
どんな獲物を狩るのかもそうだが、ランキングにどんな名前が出るのかワクワクした。
「で、もう一つのイベントなんですが…」
キースが話を切り替えて、サブイベントである告白について説明する。
「告白のタイミングが決められているわけではありませんが、大体は獲物を狩ってすぐの場合が多いです。
しかも、断っても同じ人から何度も告白されます」
「えぇ~」
断られたらすぐに諦めろよ、と思ったが、キースによるとそうではないらしい。
要するに、駆け引きをするそうだ。
断っても諦めずに告白してくる相手の思いの強さや本気度を測る。
もちろん、一回の告白ですぐに成立することもあるが、多くの場合は数回の告白を経て成立するそうだ。
「面倒くさ~」
思い切り顔を顰めると、キースが声に出して笑う。
「ですので、ショーヘイさんも何度も同じ人から告白されると思いますよ」
キースがはっきりと面白いものを見るような目で俺を見る。
「~面白がってるだろ」
「そんなことありませんよw」
笑いながらキースが答え、俺は口を尖らせますます顔を顰めた。
「気をつけなければならないのは、人がいる前で告白されるのは問題ないのですが、呼び出された場合です」
呼び出しって…。学生じゃあるまいし。
と、放課後の体育館裏に来てください、などと呼び出す中学生の告白を想像して鼻で笑った。
「呼び出しに応じない、のはNG?」
「そうですね。そこは暗黙の了解で応じなくてはなりません。
ですので、応じても絶対に1人では行かないでください。護衛もつきますし、我々も当然注意しますが、何があるかわかりませんので。
それだけは意識してください」
「わかった…」
答えながらため息をつく。
何が悲しくてよく知らない奴らから告白されねばならんのだ。
どうせなら、ロイとディーから獲物を贈られたい。
自然にそう考えてしまった自分が恥ずかしくなり、頬を染めた。
とりあえず狩猟祭の簡単な説明が終わり、キースが夕食を取りに行く。
狩猟祭の話で、だいぶ気が紛れた。
時計を見ると午後7時。
あともう少しで2人が帰ってくる。
再び、心の中に重石が乗ったようにずうんと沈み込んだ。
ザワザワと心が落ち着かない。
俺がヴィンスと観劇に行った時、グラーティアのお茶会に行った時、2人とも今の俺と同じ気持ちだったんだろうと思った。
「はぁ…」
あと少し。
またため息ついた。
午後9時を過ぎても、2人は帰って来なかった。
9時前には終わっているはずなのに。
帰ってくると言ったのに。
「何かあったのか…」
オスカーが俺ががっくりと肩を落として項垂れるのを見かねて呟いた。
時間がただ過ぎて行く。
午後10時を過ぎてもまだ帰って来ない2人に、不安と恐怖はピークを迎えつつある。
皆、口を揃えて何もないと、2人の令嬢はもう決めた人がいると言う。
だけど、その人よりもロイとディーの方がいいと思い直したら?
プレゼントを貰って食事して、このまま帰りたくないと、2人に迫ったら?
据え膳状態になったら?
どんどん思考が悪い方向へ向かっていくのを止められなかった。
あの時何度も夢で見た、2人が女性を抱く姿を思い出して体が小さくカタカタと震える。
キースがそっと俺の背中を撫で慰めてくれる。
オスカーも俺の不安が移ったように、ソワソワと落ち着きがなく、さっきから貧乏ゆすりを繰り返していた。
「もうダメだ。確認してくる」
オスカーがガバッと立ち上がると、そのまま部屋を出て行こうとした。
その時、瑠璃宮の前に馬車が入り、停車する音が聞こえた。
帰ってきた!
バッと顔をあげて、オスカーが開けたドアを通り、走り出す。
転びそうになるくらい急いで階段を駆け下り、玄関に向かった。
「ショーへー、ただいま」
「遅くなってしまって…」
玄関に入り、階段を駆け下りてきた翔平に向かって声をかける。
「遅い!!」
そう大声で叫び、徐々にスピードを緩めて2人の前に立ちその顔を見た瞬間、不安と緊張から一気に解放されて、ボロッと涙が溢れた。
あー、くそ!
こんなことくらいで泣くなんて!
そう悔しさが襲ってくるが、一度溢れた涙を引っ込めることは出来ずに、そのまま袖で拭う。
ロイとディーが顔を見合わせて苦笑し、そっと俺を抱きしめてくれた。
「ごめん、遅くなって」
「すみません」
キュッと2人に抱きしめられ嬉しいと思うのと同時に、自分の女々しさが情けなくて、複雑な気持ちになってしまった。
「遅かったですね。何かあったんですか?」
俺を追いかけてきたキースが問う。
「公爵に捕まってしまって…」
ディーが俺の背中を撫でながら答える。
「立ち話もなんだ。部屋に戻ろう」
オスカーが言い、そのまま自室に戻るが、2人がギュッと俺の手を握り、俺も強く握り返した。
2人が遅くなった理由。
なんのことはない。
食事を終えて令嬢2人を公爵邸に送り届けたが、アルベルト公爵が待ち構えており、そのまま立ち寄ることになってしまった。
公爵は娘達の縁談が上手く行くようにと気を利かせたようだが、4人はこの状況に困惑した。
計画では、後日、ほぼ同じタイミングでお互いにこの縁談を断るという話になっており、今日のこの見送りで個人的に会うのも最初で最後ということになっていた。
だが、公爵は送り届けた時に、にこやかに会話する4人を見て上手くいったと勘違いを起こしてしまった。
そのままほぼ無理矢理邸内に引き入れられ、娘達の自慢話や、結婚についての話を矢継ぎ早にされてしまった。
まさか食事の後すぐに断りを入れるのもかなり失礼な行為で、ロイとディーはどうしようかとかなり焦り、言葉を濁していたが、ベティが勝手に話をする父親にキレてしまった。
その場で父親に怒り出し、この縁談はなかったことに、と2人にではなく、父親に向かって言い放つ。
突然怒り出した娘に公爵も焦り、宥めようとしたが、カーラも我慢出来なくなったのか、大泣きしてしまい、流れから自分達には好きな人がいると、その場で父親に打ち明けた。
当然公爵は唖然とし、そのすぐ後怒り出してしまった。
ロイとディーを置き去りにして、親子喧嘩が勃発し、2人は口を閉ざし貝になって見守ることしか出来なかった。
だが、そんな状況を打ち破ったのが、同席していた公爵の伴侶、ベディとカーラの母親で、夫を宥めつつ、なんとも言い難い圧を放つ。
娘を思う気持ちはわかるが、当人達の考えや気持ちを無視して勝手に話を進めた貴方が悪い、と母親も静かに怒り出し、3体1の状況になった公爵がロイとディーに救いを求める。
だが、ディーがすっぱりと言い放つ。
「私たちももういい年ですから身を固めるつもりでお相手を探しています。
ベティ嬢もカーラ嬢も、大変魅力的ですし、公爵から頂いたお話は大変光栄なことだと思います。
ですが、最初から我々は眼中にないのです。
今日は公爵の顔を立てるために、お嬢様方は無理してお見合いをしたのです。
お父上のためだったのですよ」
公爵の立場を尊重しつつ、縁談は元々最初から成立しないと告げた。
そのディーの言葉に公爵ががっくりと項垂れ、その場で娘達に謝罪した。
「で、お前達のお相手は誰なのかね」
公爵が娘に聞き、それは俺たちが帰った後でも、と言ったが、ベティがニコリと微笑み、ロイを見る。
「グスタフ様です」
彼女の口から、現獣士団団長の名前が出てロイの目が丸くなる。
さらに、カーラの相手は、まさかの今この場に控え、壁際に立っていたお茶を出してきたメイドだった。
公爵が驚愕した表情でメイドを見ると、メイドが涙を溢し、カーラが彼女に近づき、そっと抱きしめる。
「そうか、グスタフか。あいつはいい奴だ。本当にいい奴だ」
ロイが笑い、ベティが嬉しそうに笑った。
自室でロイとディーが遅くなった理由を聞き終わり、全身から力が抜ける。
修羅場というのとはちょっと違うけど、その内容に驚きと安心と、2人の令嬢の気持ちに絆された。
「グスタフかよ…」
オスカーが一番驚いていた。
「ベティ嬢が惚れ込んだようですよ」
ディーが言い、ホワホワとした空気に包まれる。
「メイドの嬢ちゃんも、ずっとカーラ嬢の専属だったようでな。もう何年も前から結婚を誓い合ってたそうだ」
ロイが優しげに微笑み、あれは公爵が折れるしかないわ、と笑った。
「ショーヘイさん、すみません。途中で連絡を入れられれば良かったんですけど…」
ディーに手を握られ、謝罪された。
「不安だったろ?ごめんな」
ロイも俺の肩を抱いて頬にキスをする。
「事情がわかったから、もういいよ」
さっきまで俺を襲っていた不安と恐怖が一気に拭いさられ、逆に温かい気持ちになる。
「ショーへー、今日一日ずっと上の空だったぞ。ため息ばっかりついてよ」
「オスカー」
ニヤニヤしながらバラされて顔を顰めつつ頬を染めた。
「だって…」
俯きながらゴニョゴニョと文句のように独りごちる。
そんな俺の様子に2人はニマニマとした笑いを必死に抑えていた。
玄関で翔平が流した涙は不安がピークに達したものだとわかる。
だがそれは俺たちに対する想いがあってこそで、愛しさが込み上げてくるのを抑えられなかった。
不安にさせたぶん、思う存分甘やかしたい。
幸い今日はたっぷり時間がある。
甘やかして、愛して、たっぷりと俺たちの愛を感じてもらおう。
そう思いながら翔平の手を握った。
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