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王都編 〜トラウマ〜
おっさん、風邪を引く
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熱くて頭がボーッとするし、頭がズキズキと痛む。喉も痛いし、鼻も詰まって呼吸がし辛い。
寝夜着のまま、長時間寒い中庭にいたのがまずかった。
あの時は、寒さなんて全く感じなかったのに。
「っくしゅ!」
鼻がむずむずしてくしゃみをする。
そばに積み重ねらたガーゼタオルを手に取ると、ブビーと鼻をかんだ。
「はぁ…」
ズズッと鼻を啜りながらベッドに横になって天井を見上げる。
部屋に戻った後、キースが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
クリーンを何度も俺にかけて、大慌てで風呂の用意をして、熱めのお湯に浸かった。
肩までしっかりお湯に浸かっていると、リヴィングの方からキースの怒鳴り声が聞こえてくる。
その声に、4人に説教しているのがわかり、1人でクスクス笑った。
お湯から出て服を着てリヴィングに戻ると、壁に並べられ正座させられた4人が、仁王立ちしたキースにガミガミと怒られている所だった。
まるで、子供が母親に叱られている光景に思わず噴き出してしまう。
「ほんとあり得ませんから!!
いったい貴方達はいくつなんですか!!」
キースが俺がバスルームから出てきたことにすぐ気付き、温かいお茶を淹れてくれるが、その間も4人への罵倒は続いていた。
オスカーとアビゲイルには睡眠をとってもらうために、すぐに2階の部屋に戻ってもらった。
本当はキースにも寝てもらおうと思ったが、頑なに拒否されてしまった。
ギルバートとグレイはソファに座り、ゆったりとお茶を飲んでいるが、その口元がキースの罵倒に笑っている。
「キース、もういいよ」
「ショーヘイさん…」
お茶を受け取って、円卓の椅子に座るとキースを宥めた。
その瞬間、ロイとディーが顔を上げて俺を見る。
「ショーヘー」
「ショーヘイさん」
立ち上がり、俺のそばに来ようとするのが気配でわかり、真顔で2人を見る。
「勘違いすんな。まだ許してないよ」
ビシッと言い放つと、2人がシュンと項垂れ、再び正座する。
「しばらくそのままでいなさい」
キースが言い、俺に温かい上着を羽織らせると、食事を取りに部屋に出て行った。
壁際で小さくなっている4人を見て苦笑する。
ゆっくりと立ち上がって4人の前に行くと、1人1人手を取って立たせた。
「俺も落ち着かないので、そっちに座って」
4人をソファに促すと、項垂れたままそれぞれソファに移動した。
「優しいですね、ショーヘイ君は」
ギルバートがニコリと笑い、俺は苦笑いを浮かべた。
あれだけ怒っていたキースも、結局、すごく優しい。
部屋に食事が乗ったカートを押して戻ってくるが、きちんと人数分の朝食が用意されており、こういう所がキースなんだよな、と心の中で笑った。
食事を終えてから、改めて俺が知らされていなかった話を聞いた。
「ロイとディーゼルも、ショーヘーに恋愛感情を抱いていないことを証明しなければならなかった。
2人の影がショーヘーの周りにちらつくだけで、敵は寄って来ないと判断して、今回の計画を実行したんだ」
アランがじっと俺の目を見て話す。だが、その目ははっきりと申し訳なささが滲み出ていて、時折俺から視線を逸らせて泳がせていた。
「それならそうと最初から教えてくれれば良かったのに」
苦笑しながら言ったが、隣に座ったロイがおずおずと俺の手を握る。
「嫌だったんだ…。
お前の過去を知っていて、例え偽装でも、お前以外のやつとデートに行くのを知られるのが嫌だった」
「ロイ…」
「ショーヘイさんに計画を話していたとしても、中身は変わりませんから…。
だから、知らない方がいいと思ったんです」
ディーがそっと俺の足に手を乗せた。
「確かに、偽装でもいい気分じゃないよな。
でもさ、俺もお前達に同じことしてる。ヴィンスと観劇に行ったし、お前達も嫌だ嫌だって言ってたろ」
2人の手を強く握り、それぞれを見ながら言った。
「でも、お前達は隠して行くんだ。
それって、ものすごく不平等じゃないか?」
「ごもっともです…」
「隠していて悪かった。
だが、これだけは言わせてくれ」
サイファーが真剣に俺を見る。
「ディーゼルもロイも絶対にお前を裏切ってはいない。それは間違いし、確実だ」
それに対して俺は微妙な表情をした。
「それに関しては…完全に信用できません」
はっきり言うと、ロイとディーがびくりと体を竦めて泣きそうな表情になる。
改めて、あの会話が翔平からの信用を失ったと自覚させた。
「そうですね…。それはショーヘイ君の言う通りだ。2人の過去を見れば、当然と言えば当然でしょうね」
ギルバートが苦笑する。
その過去というのが、俺と出会う前のことだとわかる。
「ですが…」
ギルバートが俺に優しい目を向けた。
「今回ばかりは2人の味方をしましょう。私も保証しますよ。2人は君を裏切っていません。
なぜなら、2人の相手は黒騎士が調査し、私が選んでいるからです」
そう断言した。
「でも、例え2人にその気がなくても、相手がその気で、据え膳状態なら…」
俺の言葉に2人の目が泳ぎ、ダラダラと冷や汗を流した。
それだけで、2人が今までそういうことがあって、据え膳を食ってきたことが何度もあるんだろうとすぐに察して呆れてしまった。
「選んだ相手は、確実に2人に気がない人物なんですよ。
今度食事をするアルベルト公爵家のベティ嬢とカーラ嬢も、心に決めた相手がいますがまだ公爵に告げていないんです。
しかし、公爵が娘に良かれと2人にお見合いを申し込んできましてね。
逆に焦った当人達から、食事はするが断ってくれと申し入れてきました」
「い、今まで会った相手は全部そういう人なんです!」
「絶対に何もしてない!手も握ってないから!」
2人が涙目で必死に俺に訴えかけてくる。
だが、俺はむぅと口を真横に結びそんな2人を一瞥しただけで何も言わなかった。
そんな俺たちを見てギルバートがクスクスと笑う。
「今までの素行の悪さのつけがまわってきましたね。
あれほど何度も注意したのに。
一度失った信用はちょっとやそっとじゃ回復しませんよ。
これに懲りて肝に命じなさい」
「はい…」
しゅんと2人が縮こまり、がっくりと肩を落とした。
そんな2人にほんの少しだけ情けを持ったが、意識してその情けを打ち消した。
「それで、この計画の効果はありましたか?」
一番肝心なことを聞いた。
「ああ。それはもう」
サイファーが答える。
「3人の噂は消えてはいないが、かなり少なくなった。
それに、ロイとディーが相手を探しているという噂が出始めてから、意外な人物からショーヘイにアプローチがあってな」
「ああ。俺たちが目をつけていた人物だ」
サイファーとアランの言葉に驚く。
毎日届く俺宛の贈り物や手紙は全てキースが管理している。
俺も、誰からきているのかはざっと目を通して把握していたが、同じ人物からのものも多く、そんなに気にしてはいなかった。
少しだけ考え込んで、そんな人物がいたかと記憶を辿り、ふと思い出した。
「ベルトラーク辺境伯…」
数日前に、目録の中に初めてその名前を見つけた。
もちろん、貴族の紹介の時に実際に会っているし話もした。
だがそれっきりで、王都に来てから約1ヶ月。貴族のほぼ全ての子息子女から、何らかのアプローチを受けていたのに、ベルトラークの名前を見たのは初めてで、なんとなく覚えていた。
ショーン・ベルトラーク辺境伯。
見た目は60代くらいで、確か長男と次男、長女の子供がいる。
辺境伯本人は人族だが、熊の獣人の血が濃く出ており、グレイのような大柄で熊の丸い耳と尻尾があった。
その子息2人は熊耳と尻尾があり、長女は長いトカゲの尻尾を持ち、ショーンの伴侶であるリザードマンの血を濃く引いていた。
今回俺に贈り物と手紙を送ってきたのは、確か次男だったはずだ。
顔を思い出そうとするが、どうしても熊耳だけが印象に残って顔そのものを思い出せなかった。
「そうだ」
翔平の勘の鋭さにアランが微笑む。
「えっと…たしか辺境伯は、侯爵と同じ位でしたっけ…?」
「そうだな。公と侯の中間といった位置付けか。
公国の貴族の中でも特殊な位置にいる」
「それはどうして…?」
「この国の歴史にも関係するんだが…」
サイファーが説明を始めた。
ベルトラークは、サンドラークと同様に、帝国の一地方だった。
今から約550年前、ベルトラークも帝国からの独立を宣言し、反旗を翻した。
だが、その独立は失敗に終わり、帝国の怒りを買った当時の領主一族は反逆の罪で処刑され、代わりに別の領主が統治することなった。
それからは以前と同様に帝国の一地方として存在していたが、独立失敗から150年後、帝国で再び勃発した内戦の混乱に乗じて独立を宣言し、今度は成功を収める。
新たに国として順調に歩み始めたと思ったが、その歴史は100年ほどで終わりを迎えた。
国を立ち上げ、初代国王からその息子の代になってすぐ、弾圧政治を行ったせいで暴動が起こり、あっという間に崩壊した。
国王一族をその座から引きずり下ろした民衆は、その首を持って再び帝国へ国土を返還し、統治を求めたが、今度は帝国側が拒否を示した。
統治者を失った国は荒れ、弱い者から淘汰されていく暗黒時代が数十年続き、隣接している帝国と公国にもその被害が及ぶようになって無視することが出来なくなった。
帝国と公国が協議し、お互いに出資し、統治者を決め、ベルトラークを治めることになり、民衆の暴徒化を押さえ込んで落ち着きを取り戻す。
そして、今から200年ほど前、ベルトラークを公国の一地方として迎え入れ、当時の公国国王のすぐ下の弟をその領主として辺境伯の爵位を与えて統治させた。
ちなみに、それから15年ほど後に、公国では国王の末弟が王位簒奪事件を起こした。
その背景には、兄2人が国や領地(元々は国であり、公国内最大の領土)を統治するという行為に羨望と妬みがあったからだった。
「はー…」
ベルトラークが貴族の中でも特別というのは理解できた。
ベルトラークとサンドラークが似たような名前なのもそういうことか、と思った。
ようするに、ディー達王家の遠い親戚で、しかも、元々同じ帝国から独立した国だったとわかり、その歴史の深さに感嘆を覚える。
「それで、目をつけていたってどういう理由で?」
有力な簒奪者候補とわかって確認する。
「ショーン・ベルトラークの人となりだな」
「野望が垣間見えるんですよ。
実際に彼は議会において、王家に反発するような発言を何度かしていますし、領地経営においても不審な点が見受けられてね」
サイファーとギルバートが理由を言った。
その反発や不審な点については何に対してなのかは聞いてもわからないので、詳細を求めることはしなかったが、それでも、疑いがあるというのだけは理解した。
「あのよぉ」
ロイが声を出した。
「もしかして、ロマが辺境伯の領地に住んでるのって…」
ロイの質問にギルバートがニコリと答えた。
「お察しの通りですよ」
この世界に来てすぐに見た世界地図で、ロマの家がベルトラーク辺境伯の隅にあることを知った。
領都までは徒歩で2日程の距離だが、それでも領地内であることは変わらない。
つまり、あの場所に居を構えたのは、あの時すでにロマは簒奪者の疑いがある辺境伯を監視し、調べていたということだ。
本人は引退して隠居していると言っていたが、そんなのは真っ赤な嘘で、目的があってあの場所に住んでいた。
簒奪者の話を知らなかったロイも今この時に初めて知ったということだ。
ロマの家周辺に強力な結界と隠蔽魔法が施されていたことも、これで納得がいった。
ただの世捨て人じゃなかったな。
と最初の印象が一瞬で消えた。
「なんだよ…そういうことかよ…」
はぁとロイが深いため息をつき、俺と同じ事を考えたのかと笑って、ロイの手を握り、微笑みかけた。
「今回のアプローチは贈り物と手紙だけだが、もしあちらから何らかの招待があった時は、必ず受けてもらうことになるだろう」
アランが真剣に言い、コクコクと頷いた。
話がひと段落し、それぞれが帰路に着く。
「ショーヘイ、本当に申し訳なかった」
「悪かったよ。どうも兄弟4人で話すると悪い癖が出ちまって…」
ドアまで見送ると、最後にもう一度サイファーとアランに謝られた。
すっかりロイが兄弟の中に含まれていることに心の中で笑った。
「次はないから」
満面の笑みを2人に向けて言うと、2人は真顔になり、俺たちも肝に命じます、と小さくなった。
「アラン」
部屋を出て行くアランにそっと声をかけ、早口でボソボソとアランにだけ聞こえるように言った。
「キース、かなり怒ってるからな。頑張れよ」
その俺の言葉にアランが青ざめ、泣きそうになり、俺は笑った。
キースは昨日の夜の予定通り、シェリーを招待するための手紙を作成するために、アラン達と一緒に行き、ギルバートもそのまま帰って行く。
「ギルは結局朝早くに何をしに来たんだ」
ロイが独り言のように呟いた。
言われてみればそうだ。
だが、その理由が思い当たらず部屋に残ったいつものメンバーで首を捻った。
「なんかこの4人だけになるの、すごい久しぶりなような気がする」
俺、ロイ、ディー、グレイ。
ずっと一緒にいたメンバーの顔を見渡して破顔した。
「言われてみればそうだな。
まだあれから1ヶ月ほどしか経ってないのにな。すごい昔のような気がする」
「1ヶ月の中身が濃いんだよ。ほんと色々ありすぎて」
笑いながら言い、改めて4人を見た。
「ごめんグレイ。ちょっと席を外してもらっていいかな」
「ああ。談話室にいるわ」
グレイがすぐに察して部屋を出て行く。
部屋に3人だけになり、しんと静まり返る。
「ロイ、ディー」
ソファに座っていた2人が、はい、と立ち上がり姿勢を正す。
その緊張した態度に破顔した。
「キスしよっか」
2人に微笑みかけると、2人の顔が泣きそうに歪んだ後、我先に俺に近付き、抱きしめてきた。
「口は一つしないんだから、順番に」
同時にキスしようとする2人に押されつつ、目の前でじゃんけんを始めた2人に笑う。
勝ったのはロイで、ディーが舌打ちする。
「ショーヘー…」
ロイの腕が俺の腰に周り、片方の手が頬に触れる。そのままゆっくり唇を重ねた。
触れるだけの長いキスを交わし、何度か角度を変えてお互いの唇を味わった。
キスの最中に薄目を開けてロイの後ろを見ると、ディーがソワソワと体を揺すりながら順番を待っている姿に笑う。
「はい、ディーも」
ロイとのキスを終え、すぐにディーが俺を抱きしめる。
「ショーヘイさん…」
嬉しそうな、泣きそうな顔で見つめられ、愛おしくて俺から軽めのキスをすると、すぐに深いキスを返してくる。
ディーの舌が俺の唇を舐め、俺もディーの唇を舐めると、舌同士が触れ合ってジワっと快感が滲み出る。
「ん…」
そのまま舌を絡ませるとゾクゾクと鳥肌がたった。
「狡い…」
舌を絡ませ合う濃厚なキスにロイが悔しそうに呟くのを聞いて、ディーとキスを終えると、再びロイとも濃厚なキスをした。
「はぁ…」
何度も交互にキスを繰り返し、うっとりと体から力を抜くと、2人がギュウっと俺を抱きしめてくる。
2人の温かい腕の中に包まれて、ほぅっと息を漏らし、しばらくそのままでいた。
「あの…」
ロイがおずおずと俺に声をかける。
「何?」
「ショーヘーは、俺のこと…、俺たちのこと…好き?」
怯えるような表情で聞いてくるロイに笑った。
「好きだよ。好きじゃなきゃ、キスなんてしない」
言いながら、2人にチュッチュッと軽いキスをした。
「俺も好きだー」
「大好きです」
2人にギュウギュウと抱きしめられて、痛い痛いと言いながら笑った。
あの猥談は、本当に冗談だったと今ならわかる。
だけど、わかっても一度感じた不信感はそう簡単に拭えない。
この不信感が無くなるまで、2人には頑張って俺を愛して、愛して、愛しまくってもらおう。
2人を抱きしめ返しながら、フフフと心の中で笑った。
グレイを呼びに行き、そのまま昼食をとるために食堂に行った。
オスカーとアビゲイルも起きて来て、一緒に食事にする。
「狩猟祭のこと教えてもらいたいんだけど」
昨日、後でと言われた狩猟祭のことを食べながら質問した。
「アストリア狩猟祭は秋に開催される伝統行事でな」
もぐもぐとグレイが肉を頬張りながら言う。
それに口に物を入れて喋るな、と指摘すると、次にアビゲイルが説明した。
「シギアーノの領地にあるアストリア森林地帯で毎年開催されるの」
「へぇ、毎年」
「元々はアストリア地方の冬の蓄えのために村人総出で狩猟を行う年中行事だったんですが、いつの頃からか貴族や富裕層が集まる大きなイベントに変わって行ったんですよ」
ディーが続ける。
元の世界でも、昔そういうのがあったというのを何かの本で読んだな、と思い出していた。
「狩猟祭自体は千年以上前からあるらしいが、数百年前から狩猟意外の別の目的も加味されるようになってな」
「別の目的?」
「そうよ。今はそっちの方がメインじゃないかしら」
アビゲイルが嬉しそうに、かつ楽しそうに笑う。
「何すんの?」
狩猟祭なんだから狩りを当然するだろうが、別の目的と聞いて、大規模なバーベキューでもするのかと考えた。
「告白よ!」
アビゲイルがウキウキしながら満面の笑みを浮かべる。
「……は?」
何を告白するんだ、と思わず色々な告白を思い浮かべた。だがすぐに、独身者が参加すると思い出して、その告白の意味がわかった。
「告白って、好きですとかいう告白!?」
「そうよー」
ニコニコするアビゲイルの顔を見ながら、眉根を寄せる。
狩猟と愛の告白が全く結びつかず、困惑した。
「狩猟祭で獲物を意中の相手に贈り、その場で交際や結婚を申し込むのが通例となっていましてね」
「あー…だから独身…」
「そういうこと」
「でもさ、意中の相手がいない人は?既婚者は?」
「それは普通の狩猟だけ」
「本来は狩猟がメインだからな。獲物を狩って、その獲物の優劣を決めるコンテストもある」
「ああ、そっちもあるんだ」
「あたしは断然告白の方がメインだけどねー」
「アビーも意中の相手がいるの?」
「いないわよ」
ウキウキしているアビゲイルに聞いたが、即答された。
「見るだけで面白いのよ。狩る方も贈られる方も必死で」
狩る方が必死になるのはわかるが、贈られる方も必死の意味がわからなかった。
「贈られる側もね、自分が誰かに告白されるんじゃないかとドキドキだし、告白されたい相手が別の相手に贈っちゃったりとか」
「1人で複数から贈られてウハウハだったりなw」
「獲物をたくさん狩って手当たり次第贈る奴もいるしw」
「とにかく、他人の恋愛模様が面白いのよ」
うふふふとアビゲイルが笑う。
聞いた話を想像して、確かにそれは見てみたいかもと思ってしまった。
「あ、でもさ、告白を受けて返事は?」
「その場でする場合がほとんどだな」
「じゃぁ断られる場合も…」
「当然あるわな」
「うわぁ…公開処刑じゃん…」
俺の言葉に全員が笑った。
狩猟祭の内容を知って、少しだけ俺も楽しみになった。
他人の恋愛事情ほど面白いものはないと、下世話な考えも沸き起こってしまい、アビゲイルがウキウキしているのにも納得した。
「ショーヘー、きっとすげぇぞ」
グレイがニヤニヤしながら俺を見る。
「何が」
「気付けよ。独身の聖女様だぞ」
その言葉を飲み込み、意味がわかって口をあんぐりと開けた。
「まさか、俺に贈るやつが?」
「そりゃぁいるだろうさ。おそらくショーヘーが一番人気じゃねーか?w」
オスカーも笑う。
その言葉にロイとディーがムッとした表情を隠さず明らかに不機嫌になった。
「ショーヘーに贈ったやつ、シメる」
ボソッとロイが物騒なことを呟き、俺、ロイ、ディー以外が声に出して笑った。
「内容はこんなもんだけど、一応色々準備もあるから、キースに確認した方がいいわよ」
アビゲイルに言われて、うん、と返事をしたが、楽しみだと感じた狩猟祭が苦行に感じ始めていて、それどころではなかった。
昼食後、オスカーとアビゲイルは官舎に戻り、再び4人になった。
「腹が膨れると眠くなるな」
グレイが言い、そうだな、と全員が答える。
「昼寝しようか」
欠伸をしながら言うと、ロイとディーも賛成と言った。
確かに2人とも徹夜だし、俺も眠りが浅く、夢のせいで何度も夜中に目を覚ましたためすごく眠かった。
「寝るわ…」
ソファで寝ようかと思ったが、横になれるのは2人だけ。
場所を考えて、結局寝室で昼寝することにした。
ついでに、ロイとディーを呼ぶ。
「お前らも寝ろ。隣でいいから」
少しだけ照れながら、一緒のベッドで昼寝することを許可すると、2人とも目に見えて喜び、俺よりも先に寝室に入っていく姿に笑った。
ベッドに上がると、早速2人が左右から俺をはさみ抱きしめる。
流石に眠いらしく、体を弄るようなことをせずに、俺にぴったりとくっついて、すぐに寝息を立て始めた。
その2人の温かさを感じ、寝息を聞いていると、俺もすぐに眠りに引き込まれた。
数時間後、熱くて目を覚ます。
「熱…」
はぁと息を吐き、息も体も熱くて、じっとりと寝汗を掻いていることに気付いた。それと同時に喉の不快感も。
喉が渇いて上半身を起こすと、くらりと目眩に襲われる。
午後4時を周り、昼寝にしてはかなり長く寝てしまったと考えながら、水を飲みに行こうと思いベッドから降りようとする。
「ショーヘー?」
俺が動いたため、2人も目を覚ました。
「喉乾いた…」
言いながら足を床につき立ちあがろうとして、強烈な目眩に襲われてそのままベッド脇にへたり込んでしまった。
「!!」
「ショーヘイさん!?」
驚いた2人が飛び起き、ロイが俺を抱き起こす。
「熱…」
ディーが俺の額に手を触れ、すぐに熱があることに気付いた。
「ロイ、ベッドに寝かせてください。水を持ってきます」
「おう」
バタバタとディーが出て行き、ロイが俺をベッドに寝かせると、俺を覗き込み、頬に触れる。
「大丈夫か」
「熱い」
ハァハァと呼吸を乱す俺にロイが心配そうな表情をする。
すぐにディーが戻ってくると、コップの水を飲ませてくれる。
「ロイ、キースを呼んできてください」
ディーが俺の額に手を当てて、魔力を注ぎ込んで状態を確認する。
「多分、風邪です」
ロイが急いで出て行き、バタバタした物音にグレイも起きて寝室を覗き込む。
「グレイ、バスルームから水を張ったボウルを持ってきてください」
「お、おう」
ディーに指示されてすぐに取りに行き、戻ってくると、ディーがそのボウルに魔法で氷を入れる。
ガーゼタオルに氷水を含ませて絞ると、俺の額に乗せた。
「冷たくて、気持ちい…」
その冷たさにはぁと息を吐く。
「今朝、寝夜着でずっと外にいたからな。そのせいだろ」
グレイが呟き、昨夜のことで風邪を引かせてしまったことにディーが苦しそうに顔を歪ませた。
ロイに呼ばれたキースが慌てて戻り、テキパキと看病の準備を始める。
38.6度
結構な高熱に頭がボーッとする。
前回、5年ほど前に引いた時は、誰も看病してくれる人がいなくて、しんどい体に鞭打って全部1人でやった。
だが、今回は必死に看病してくれる人がいる。
それだけで、とても嬉しかった。
寝夜着のまま、長時間寒い中庭にいたのがまずかった。
あの時は、寒さなんて全く感じなかったのに。
「っくしゅ!」
鼻がむずむずしてくしゃみをする。
そばに積み重ねらたガーゼタオルを手に取ると、ブビーと鼻をかんだ。
「はぁ…」
ズズッと鼻を啜りながらベッドに横になって天井を見上げる。
部屋に戻った後、キースが甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
クリーンを何度も俺にかけて、大慌てで風呂の用意をして、熱めのお湯に浸かった。
肩までしっかりお湯に浸かっていると、リヴィングの方からキースの怒鳴り声が聞こえてくる。
その声に、4人に説教しているのがわかり、1人でクスクス笑った。
お湯から出て服を着てリヴィングに戻ると、壁に並べられ正座させられた4人が、仁王立ちしたキースにガミガミと怒られている所だった。
まるで、子供が母親に叱られている光景に思わず噴き出してしまう。
「ほんとあり得ませんから!!
いったい貴方達はいくつなんですか!!」
キースが俺がバスルームから出てきたことにすぐ気付き、温かいお茶を淹れてくれるが、その間も4人への罵倒は続いていた。
オスカーとアビゲイルには睡眠をとってもらうために、すぐに2階の部屋に戻ってもらった。
本当はキースにも寝てもらおうと思ったが、頑なに拒否されてしまった。
ギルバートとグレイはソファに座り、ゆったりとお茶を飲んでいるが、その口元がキースの罵倒に笑っている。
「キース、もういいよ」
「ショーヘイさん…」
お茶を受け取って、円卓の椅子に座るとキースを宥めた。
その瞬間、ロイとディーが顔を上げて俺を見る。
「ショーヘー」
「ショーヘイさん」
立ち上がり、俺のそばに来ようとするのが気配でわかり、真顔で2人を見る。
「勘違いすんな。まだ許してないよ」
ビシッと言い放つと、2人がシュンと項垂れ、再び正座する。
「しばらくそのままでいなさい」
キースが言い、俺に温かい上着を羽織らせると、食事を取りに部屋に出て行った。
壁際で小さくなっている4人を見て苦笑する。
ゆっくりと立ち上がって4人の前に行くと、1人1人手を取って立たせた。
「俺も落ち着かないので、そっちに座って」
4人をソファに促すと、項垂れたままそれぞれソファに移動した。
「優しいですね、ショーヘイ君は」
ギルバートがニコリと笑い、俺は苦笑いを浮かべた。
あれだけ怒っていたキースも、結局、すごく優しい。
部屋に食事が乗ったカートを押して戻ってくるが、きちんと人数分の朝食が用意されており、こういう所がキースなんだよな、と心の中で笑った。
食事を終えてから、改めて俺が知らされていなかった話を聞いた。
「ロイとディーゼルも、ショーヘーに恋愛感情を抱いていないことを証明しなければならなかった。
2人の影がショーヘーの周りにちらつくだけで、敵は寄って来ないと判断して、今回の計画を実行したんだ」
アランがじっと俺の目を見て話す。だが、その目ははっきりと申し訳なささが滲み出ていて、時折俺から視線を逸らせて泳がせていた。
「それならそうと最初から教えてくれれば良かったのに」
苦笑しながら言ったが、隣に座ったロイがおずおずと俺の手を握る。
「嫌だったんだ…。
お前の過去を知っていて、例え偽装でも、お前以外のやつとデートに行くのを知られるのが嫌だった」
「ロイ…」
「ショーヘイさんに計画を話していたとしても、中身は変わりませんから…。
だから、知らない方がいいと思ったんです」
ディーがそっと俺の足に手を乗せた。
「確かに、偽装でもいい気分じゃないよな。
でもさ、俺もお前達に同じことしてる。ヴィンスと観劇に行ったし、お前達も嫌だ嫌だって言ってたろ」
2人の手を強く握り、それぞれを見ながら言った。
「でも、お前達は隠して行くんだ。
それって、ものすごく不平等じゃないか?」
「ごもっともです…」
「隠していて悪かった。
だが、これだけは言わせてくれ」
サイファーが真剣に俺を見る。
「ディーゼルもロイも絶対にお前を裏切ってはいない。それは間違いし、確実だ」
それに対して俺は微妙な表情をした。
「それに関しては…完全に信用できません」
はっきり言うと、ロイとディーがびくりと体を竦めて泣きそうな表情になる。
改めて、あの会話が翔平からの信用を失ったと自覚させた。
「そうですね…。それはショーヘイ君の言う通りだ。2人の過去を見れば、当然と言えば当然でしょうね」
ギルバートが苦笑する。
その過去というのが、俺と出会う前のことだとわかる。
「ですが…」
ギルバートが俺に優しい目を向けた。
「今回ばかりは2人の味方をしましょう。私も保証しますよ。2人は君を裏切っていません。
なぜなら、2人の相手は黒騎士が調査し、私が選んでいるからです」
そう断言した。
「でも、例え2人にその気がなくても、相手がその気で、据え膳状態なら…」
俺の言葉に2人の目が泳ぎ、ダラダラと冷や汗を流した。
それだけで、2人が今までそういうことがあって、据え膳を食ってきたことが何度もあるんだろうとすぐに察して呆れてしまった。
「選んだ相手は、確実に2人に気がない人物なんですよ。
今度食事をするアルベルト公爵家のベティ嬢とカーラ嬢も、心に決めた相手がいますがまだ公爵に告げていないんです。
しかし、公爵が娘に良かれと2人にお見合いを申し込んできましてね。
逆に焦った当人達から、食事はするが断ってくれと申し入れてきました」
「い、今まで会った相手は全部そういう人なんです!」
「絶対に何もしてない!手も握ってないから!」
2人が涙目で必死に俺に訴えかけてくる。
だが、俺はむぅと口を真横に結びそんな2人を一瞥しただけで何も言わなかった。
そんな俺たちを見てギルバートがクスクスと笑う。
「今までの素行の悪さのつけがまわってきましたね。
あれほど何度も注意したのに。
一度失った信用はちょっとやそっとじゃ回復しませんよ。
これに懲りて肝に命じなさい」
「はい…」
しゅんと2人が縮こまり、がっくりと肩を落とした。
そんな2人にほんの少しだけ情けを持ったが、意識してその情けを打ち消した。
「それで、この計画の効果はありましたか?」
一番肝心なことを聞いた。
「ああ。それはもう」
サイファーが答える。
「3人の噂は消えてはいないが、かなり少なくなった。
それに、ロイとディーが相手を探しているという噂が出始めてから、意外な人物からショーヘイにアプローチがあってな」
「ああ。俺たちが目をつけていた人物だ」
サイファーとアランの言葉に驚く。
毎日届く俺宛の贈り物や手紙は全てキースが管理している。
俺も、誰からきているのかはざっと目を通して把握していたが、同じ人物からのものも多く、そんなに気にしてはいなかった。
少しだけ考え込んで、そんな人物がいたかと記憶を辿り、ふと思い出した。
「ベルトラーク辺境伯…」
数日前に、目録の中に初めてその名前を見つけた。
もちろん、貴族の紹介の時に実際に会っているし話もした。
だがそれっきりで、王都に来てから約1ヶ月。貴族のほぼ全ての子息子女から、何らかのアプローチを受けていたのに、ベルトラークの名前を見たのは初めてで、なんとなく覚えていた。
ショーン・ベルトラーク辺境伯。
見た目は60代くらいで、確か長男と次男、長女の子供がいる。
辺境伯本人は人族だが、熊の獣人の血が濃く出ており、グレイのような大柄で熊の丸い耳と尻尾があった。
その子息2人は熊耳と尻尾があり、長女は長いトカゲの尻尾を持ち、ショーンの伴侶であるリザードマンの血を濃く引いていた。
今回俺に贈り物と手紙を送ってきたのは、確か次男だったはずだ。
顔を思い出そうとするが、どうしても熊耳だけが印象に残って顔そのものを思い出せなかった。
「そうだ」
翔平の勘の鋭さにアランが微笑む。
「えっと…たしか辺境伯は、侯爵と同じ位でしたっけ…?」
「そうだな。公と侯の中間といった位置付けか。
公国の貴族の中でも特殊な位置にいる」
「それはどうして…?」
「この国の歴史にも関係するんだが…」
サイファーが説明を始めた。
ベルトラークは、サンドラークと同様に、帝国の一地方だった。
今から約550年前、ベルトラークも帝国からの独立を宣言し、反旗を翻した。
だが、その独立は失敗に終わり、帝国の怒りを買った当時の領主一族は反逆の罪で処刑され、代わりに別の領主が統治することなった。
それからは以前と同様に帝国の一地方として存在していたが、独立失敗から150年後、帝国で再び勃発した内戦の混乱に乗じて独立を宣言し、今度は成功を収める。
新たに国として順調に歩み始めたと思ったが、その歴史は100年ほどで終わりを迎えた。
国を立ち上げ、初代国王からその息子の代になってすぐ、弾圧政治を行ったせいで暴動が起こり、あっという間に崩壊した。
国王一族をその座から引きずり下ろした民衆は、その首を持って再び帝国へ国土を返還し、統治を求めたが、今度は帝国側が拒否を示した。
統治者を失った国は荒れ、弱い者から淘汰されていく暗黒時代が数十年続き、隣接している帝国と公国にもその被害が及ぶようになって無視することが出来なくなった。
帝国と公国が協議し、お互いに出資し、統治者を決め、ベルトラークを治めることになり、民衆の暴徒化を押さえ込んで落ち着きを取り戻す。
そして、今から200年ほど前、ベルトラークを公国の一地方として迎え入れ、当時の公国国王のすぐ下の弟をその領主として辺境伯の爵位を与えて統治させた。
ちなみに、それから15年ほど後に、公国では国王の末弟が王位簒奪事件を起こした。
その背景には、兄2人が国や領地(元々は国であり、公国内最大の領土)を統治するという行為に羨望と妬みがあったからだった。
「はー…」
ベルトラークが貴族の中でも特別というのは理解できた。
ベルトラークとサンドラークが似たような名前なのもそういうことか、と思った。
ようするに、ディー達王家の遠い親戚で、しかも、元々同じ帝国から独立した国だったとわかり、その歴史の深さに感嘆を覚える。
「それで、目をつけていたってどういう理由で?」
有力な簒奪者候補とわかって確認する。
「ショーン・ベルトラークの人となりだな」
「野望が垣間見えるんですよ。
実際に彼は議会において、王家に反発するような発言を何度かしていますし、領地経営においても不審な点が見受けられてね」
サイファーとギルバートが理由を言った。
その反発や不審な点については何に対してなのかは聞いてもわからないので、詳細を求めることはしなかったが、それでも、疑いがあるというのだけは理解した。
「あのよぉ」
ロイが声を出した。
「もしかして、ロマが辺境伯の領地に住んでるのって…」
ロイの質問にギルバートがニコリと答えた。
「お察しの通りですよ」
この世界に来てすぐに見た世界地図で、ロマの家がベルトラーク辺境伯の隅にあることを知った。
領都までは徒歩で2日程の距離だが、それでも領地内であることは変わらない。
つまり、あの場所に居を構えたのは、あの時すでにロマは簒奪者の疑いがある辺境伯を監視し、調べていたということだ。
本人は引退して隠居していると言っていたが、そんなのは真っ赤な嘘で、目的があってあの場所に住んでいた。
簒奪者の話を知らなかったロイも今この時に初めて知ったということだ。
ロマの家周辺に強力な結界と隠蔽魔法が施されていたことも、これで納得がいった。
ただの世捨て人じゃなかったな。
と最初の印象が一瞬で消えた。
「なんだよ…そういうことかよ…」
はぁとロイが深いため息をつき、俺と同じ事を考えたのかと笑って、ロイの手を握り、微笑みかけた。
「今回のアプローチは贈り物と手紙だけだが、もしあちらから何らかの招待があった時は、必ず受けてもらうことになるだろう」
アランが真剣に言い、コクコクと頷いた。
話がひと段落し、それぞれが帰路に着く。
「ショーヘイ、本当に申し訳なかった」
「悪かったよ。どうも兄弟4人で話すると悪い癖が出ちまって…」
ドアまで見送ると、最後にもう一度サイファーとアランに謝られた。
すっかりロイが兄弟の中に含まれていることに心の中で笑った。
「次はないから」
満面の笑みを2人に向けて言うと、2人は真顔になり、俺たちも肝に命じます、と小さくなった。
「アラン」
部屋を出て行くアランにそっと声をかけ、早口でボソボソとアランにだけ聞こえるように言った。
「キース、かなり怒ってるからな。頑張れよ」
その俺の言葉にアランが青ざめ、泣きそうになり、俺は笑った。
キースは昨日の夜の予定通り、シェリーを招待するための手紙を作成するために、アラン達と一緒に行き、ギルバートもそのまま帰って行く。
「ギルは結局朝早くに何をしに来たんだ」
ロイが独り言のように呟いた。
言われてみればそうだ。
だが、その理由が思い当たらず部屋に残ったいつものメンバーで首を捻った。
「なんかこの4人だけになるの、すごい久しぶりなような気がする」
俺、ロイ、ディー、グレイ。
ずっと一緒にいたメンバーの顔を見渡して破顔した。
「言われてみればそうだな。
まだあれから1ヶ月ほどしか経ってないのにな。すごい昔のような気がする」
「1ヶ月の中身が濃いんだよ。ほんと色々ありすぎて」
笑いながら言い、改めて4人を見た。
「ごめんグレイ。ちょっと席を外してもらっていいかな」
「ああ。談話室にいるわ」
グレイがすぐに察して部屋を出て行く。
部屋に3人だけになり、しんと静まり返る。
「ロイ、ディー」
ソファに座っていた2人が、はい、と立ち上がり姿勢を正す。
その緊張した態度に破顔した。
「キスしよっか」
2人に微笑みかけると、2人の顔が泣きそうに歪んだ後、我先に俺に近付き、抱きしめてきた。
「口は一つしないんだから、順番に」
同時にキスしようとする2人に押されつつ、目の前でじゃんけんを始めた2人に笑う。
勝ったのはロイで、ディーが舌打ちする。
「ショーヘー…」
ロイの腕が俺の腰に周り、片方の手が頬に触れる。そのままゆっくり唇を重ねた。
触れるだけの長いキスを交わし、何度か角度を変えてお互いの唇を味わった。
キスの最中に薄目を開けてロイの後ろを見ると、ディーがソワソワと体を揺すりながら順番を待っている姿に笑う。
「はい、ディーも」
ロイとのキスを終え、すぐにディーが俺を抱きしめる。
「ショーヘイさん…」
嬉しそうな、泣きそうな顔で見つめられ、愛おしくて俺から軽めのキスをすると、すぐに深いキスを返してくる。
ディーの舌が俺の唇を舐め、俺もディーの唇を舐めると、舌同士が触れ合ってジワっと快感が滲み出る。
「ん…」
そのまま舌を絡ませるとゾクゾクと鳥肌がたった。
「狡い…」
舌を絡ませ合う濃厚なキスにロイが悔しそうに呟くのを聞いて、ディーとキスを終えると、再びロイとも濃厚なキスをした。
「はぁ…」
何度も交互にキスを繰り返し、うっとりと体から力を抜くと、2人がギュウっと俺を抱きしめてくる。
2人の温かい腕の中に包まれて、ほぅっと息を漏らし、しばらくそのままでいた。
「あの…」
ロイがおずおずと俺に声をかける。
「何?」
「ショーヘーは、俺のこと…、俺たちのこと…好き?」
怯えるような表情で聞いてくるロイに笑った。
「好きだよ。好きじゃなきゃ、キスなんてしない」
言いながら、2人にチュッチュッと軽いキスをした。
「俺も好きだー」
「大好きです」
2人にギュウギュウと抱きしめられて、痛い痛いと言いながら笑った。
あの猥談は、本当に冗談だったと今ならわかる。
だけど、わかっても一度感じた不信感はそう簡単に拭えない。
この不信感が無くなるまで、2人には頑張って俺を愛して、愛して、愛しまくってもらおう。
2人を抱きしめ返しながら、フフフと心の中で笑った。
グレイを呼びに行き、そのまま昼食をとるために食堂に行った。
オスカーとアビゲイルも起きて来て、一緒に食事にする。
「狩猟祭のこと教えてもらいたいんだけど」
昨日、後でと言われた狩猟祭のことを食べながら質問した。
「アストリア狩猟祭は秋に開催される伝統行事でな」
もぐもぐとグレイが肉を頬張りながら言う。
それに口に物を入れて喋るな、と指摘すると、次にアビゲイルが説明した。
「シギアーノの領地にあるアストリア森林地帯で毎年開催されるの」
「へぇ、毎年」
「元々はアストリア地方の冬の蓄えのために村人総出で狩猟を行う年中行事だったんですが、いつの頃からか貴族や富裕層が集まる大きなイベントに変わって行ったんですよ」
ディーが続ける。
元の世界でも、昔そういうのがあったというのを何かの本で読んだな、と思い出していた。
「狩猟祭自体は千年以上前からあるらしいが、数百年前から狩猟意外の別の目的も加味されるようになってな」
「別の目的?」
「そうよ。今はそっちの方がメインじゃないかしら」
アビゲイルが嬉しそうに、かつ楽しそうに笑う。
「何すんの?」
狩猟祭なんだから狩りを当然するだろうが、別の目的と聞いて、大規模なバーベキューでもするのかと考えた。
「告白よ!」
アビゲイルがウキウキしながら満面の笑みを浮かべる。
「……は?」
何を告白するんだ、と思わず色々な告白を思い浮かべた。だがすぐに、独身者が参加すると思い出して、その告白の意味がわかった。
「告白って、好きですとかいう告白!?」
「そうよー」
ニコニコするアビゲイルの顔を見ながら、眉根を寄せる。
狩猟と愛の告白が全く結びつかず、困惑した。
「狩猟祭で獲物を意中の相手に贈り、その場で交際や結婚を申し込むのが通例となっていましてね」
「あー…だから独身…」
「そういうこと」
「でもさ、意中の相手がいない人は?既婚者は?」
「それは普通の狩猟だけ」
「本来は狩猟がメインだからな。獲物を狩って、その獲物の優劣を決めるコンテストもある」
「ああ、そっちもあるんだ」
「あたしは断然告白の方がメインだけどねー」
「アビーも意中の相手がいるの?」
「いないわよ」
ウキウキしているアビゲイルに聞いたが、即答された。
「見るだけで面白いのよ。狩る方も贈られる方も必死で」
狩る方が必死になるのはわかるが、贈られる方も必死の意味がわからなかった。
「贈られる側もね、自分が誰かに告白されるんじゃないかとドキドキだし、告白されたい相手が別の相手に贈っちゃったりとか」
「1人で複数から贈られてウハウハだったりなw」
「獲物をたくさん狩って手当たり次第贈る奴もいるしw」
「とにかく、他人の恋愛模様が面白いのよ」
うふふふとアビゲイルが笑う。
聞いた話を想像して、確かにそれは見てみたいかもと思ってしまった。
「あ、でもさ、告白を受けて返事は?」
「その場でする場合がほとんどだな」
「じゃぁ断られる場合も…」
「当然あるわな」
「うわぁ…公開処刑じゃん…」
俺の言葉に全員が笑った。
狩猟祭の内容を知って、少しだけ俺も楽しみになった。
他人の恋愛事情ほど面白いものはないと、下世話な考えも沸き起こってしまい、アビゲイルがウキウキしているのにも納得した。
「ショーヘー、きっとすげぇぞ」
グレイがニヤニヤしながら俺を見る。
「何が」
「気付けよ。独身の聖女様だぞ」
その言葉を飲み込み、意味がわかって口をあんぐりと開けた。
「まさか、俺に贈るやつが?」
「そりゃぁいるだろうさ。おそらくショーヘーが一番人気じゃねーか?w」
オスカーも笑う。
その言葉にロイとディーがムッとした表情を隠さず明らかに不機嫌になった。
「ショーヘーに贈ったやつ、シメる」
ボソッとロイが物騒なことを呟き、俺、ロイ、ディー以外が声に出して笑った。
「内容はこんなもんだけど、一応色々準備もあるから、キースに確認した方がいいわよ」
アビゲイルに言われて、うん、と返事をしたが、楽しみだと感じた狩猟祭が苦行に感じ始めていて、それどころではなかった。
昼食後、オスカーとアビゲイルは官舎に戻り、再び4人になった。
「腹が膨れると眠くなるな」
グレイが言い、そうだな、と全員が答える。
「昼寝しようか」
欠伸をしながら言うと、ロイとディーも賛成と言った。
確かに2人とも徹夜だし、俺も眠りが浅く、夢のせいで何度も夜中に目を覚ましたためすごく眠かった。
「寝るわ…」
ソファで寝ようかと思ったが、横になれるのは2人だけ。
場所を考えて、結局寝室で昼寝することにした。
ついでに、ロイとディーを呼ぶ。
「お前らも寝ろ。隣でいいから」
少しだけ照れながら、一緒のベッドで昼寝することを許可すると、2人とも目に見えて喜び、俺よりも先に寝室に入っていく姿に笑った。
ベッドに上がると、早速2人が左右から俺をはさみ抱きしめる。
流石に眠いらしく、体を弄るようなことをせずに、俺にぴったりとくっついて、すぐに寝息を立て始めた。
その2人の温かさを感じ、寝息を聞いていると、俺もすぐに眠りに引き込まれた。
数時間後、熱くて目を覚ます。
「熱…」
はぁと息を吐き、息も体も熱くて、じっとりと寝汗を掻いていることに気付いた。それと同時に喉の不快感も。
喉が渇いて上半身を起こすと、くらりと目眩に襲われる。
午後4時を周り、昼寝にしてはかなり長く寝てしまったと考えながら、水を飲みに行こうと思いベッドから降りようとする。
「ショーヘー?」
俺が動いたため、2人も目を覚ました。
「喉乾いた…」
言いながら足を床につき立ちあがろうとして、強烈な目眩に襲われてそのままベッド脇にへたり込んでしまった。
「!!」
「ショーヘイさん!?」
驚いた2人が飛び起き、ロイが俺を抱き起こす。
「熱…」
ディーが俺の額に手を触れ、すぐに熱があることに気付いた。
「ロイ、ベッドに寝かせてください。水を持ってきます」
「おう」
バタバタとディーが出て行き、ロイが俺をベッドに寝かせると、俺を覗き込み、頬に触れる。
「大丈夫か」
「熱い」
ハァハァと呼吸を乱す俺にロイが心配そうな表情をする。
すぐにディーが戻ってくると、コップの水を飲ませてくれる。
「ロイ、キースを呼んできてください」
ディーが俺の額に手を当てて、魔力を注ぎ込んで状態を確認する。
「多分、風邪です」
ロイが急いで出て行き、バタバタした物音にグレイも起きて寝室を覗き込む。
「グレイ、バスルームから水を張ったボウルを持ってきてください」
「お、おう」
ディーに指示されてすぐに取りに行き、戻ってくると、ディーがそのボウルに魔法で氷を入れる。
ガーゼタオルに氷水を含ませて絞ると、俺の額に乗せた。
「冷たくて、気持ちい…」
その冷たさにはぁと息を吐く。
「今朝、寝夜着でずっと外にいたからな。そのせいだろ」
グレイが呟き、昨夜のことで風邪を引かせてしまったことにディーが苦しそうに顔を歪ませた。
ロイに呼ばれたキースが慌てて戻り、テキパキと看病の準備を始める。
38.6度
結構な高熱に頭がボーッとする。
前回、5年ほど前に引いた時は、誰も看病してくれる人がいなくて、しんどい体に鞭打って全部1人でやった。
だが、今回は必死に看病してくれる人がいる。
それだけで、とても嬉しかった。
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