おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜トラウマ〜

おっさん、正気に戻る

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 障壁の中で、ギルバートの連打が続く。
 顔を、腹を、全身をその魔力で固めた拳で殴り、魔力と体重を乗せた重たい蹴りを叩き込む。
 ロイもディーは一切抵抗せず、甘んじてギルバートの制裁を受け入れる。
「ぐ…ぅ」
 ロイが腹を蹴られ、内臓が傷付いて、口からビシャビシャと音を立てて吐血するが、それをギルがすぐにヒールで治す。

 だた、ギルバートのヒールは翔平のように2人同時も、ましてや数秒で治すことも出来ない。確実に治るまでに時間がかかり、その間苦しむことになる。
 治っても、さらなる苦痛が2人を襲う。
 それでも2人は抵抗せず、何も言わず、ただ受け入れる。




 5人が障壁を展開した時、ピクリと翔平が反応した。
 続けてギルバートの凄まじい怒りの魔力も感じ取り、そのあまりにも大きな魔力に体が無意識に動いた。
「ギル様…」
 泣いているキースの肩を掴んで離すと、ベッドから降りた。
「ショーヘイさん…」
 そのままフラフラと魔力の元へ足が向かう。
「待ってください!」
 キースが慌てて涙を拭って追いかけ、引き止めようとしたが、その手を振り払って裸足のまま部屋を出た
 そのまままっすぐ今も感じるギルバートの魔力へ向かう。

 行かなくては。

 なぜかそう思った。

 行かないと後悔する。

 なぜそう思ったのかはわからない。
 わからないから、考えるのを止めた。
 思考を止め、直感だけで体を動かす。

「待って!」
 キースが叫ぶが、翔平は止まらなかった。そのまま1階に降り、中庭に続くドアを抜ける。

 そこで、ギルバートに制裁を受ける2人を見た。
 その光景にただひたすら見入る。

 何が起こっているのかもわからない。
 なぜ自分がここに来たのかもわからない。
 何も感じない。
 何もわからない。

 だが、制裁を受ける2人から目が離せなかった。



「ショーヘー…」
 中庭の入口に現れた翔平にグレイが気付き、すぐに駆け寄った。
「大丈夫か。あいつらに酷いことを言わ…れ…。ショーヘー?」
 肩を掴み、気遣う言葉をかけたが、翔平はじっと殴られている2人を見つめたまま動こうとしない。
「おい、ショーヘー」
 グレイが肩を強く揺すると、バランスを崩した翔平はそのまま膝を折り、キースに背後から支えられながらペタリと地面に座り込んでしまった。
 グレイが翔平の顔を覗き込んだ瞬間、息を呑む。
 まるでどこも見ていないかのような目。どこにも光がなく、深い闇がその目を包み、虚無を見つめているようだった。
「キース…」
 キースに確認する。
「ショーヘイさんは…」
 その先を言えず、キースが歯を食いしばり、顔を歪める。

 壊れてしまった。

 グレイはその先の言葉を理解する。
 ただ脱力した状態で座り込んだ翔平を見て、グレイの顔が苦しそうに歪む。

 旅の間、翔平がロイとディーとの関係に悩み、苦しみ、1人殻に閉じ籠った時を思い出す。
 あの時も、今のように翔平はじっと動かず話すこともせず、目を伏せて何かに耐えるように考え込んでいた。
 だが、今の翔平は考えることさえしていない。いや、出来ないんだと悟った。
 

 嗚咽を漏らすキースにアランが近づくと、そっと抱きしめる。
 そして翔平の肩に触れ、謝罪の言葉を口にする。
「ショーヘー、すまない…」
 サイファーもまた翔平のそばに行き、膝を、両手を地面につき、頭を下げた。
「すまないことをした。本当に申し訳ない」
 一国の王子2人が翔平に頭を下げる光景に、オスカーもアビゲイルも見ていられず、何も出来ず、ギュッと目を瞑る。


「助けてください…」
 キースが小さく呟く。
「誰でもいい…、誰か…ショーヘイさんを、助けて」
 誰に向けた言葉でもない、ただ願いを込めて言い、アランにしがみつき、泣くことしか出来なかった。


 ディーの頭を鷲掴み、そのまま顔面を地面に叩きつけ、鼻も歯も折れる。
 血まみれになってもなお叩きつけることを止めず、みるみるうちに美しいディーの顔が変形した。
 その姿にサイファーもアランも顔を背ける。
 そんなディーにもすぐにヒールを使い元の綺麗な顔に戻すと、転がったディーの腹を、ボールを壁にぶつけるように障壁まで蹴り上げる。
「痛いですか」
 苦痛に呻く2人に、声をかける。
「ヒール」
 そんな2人を交互に治し、再び拳を叩き込む。
「痛みも、傷も、ヒールですぐに消える」
 ロイに正面から拳の連打を浴びせ、身体中の骨を折る。そしてまたヒールをかける。
「ショーヘイ君の心の痛みと傷は、ヒールでは消えない」
 ギルバートの拳が2人の腹にめり込み、2人がくの字に折れ曲がると、血を口から吐き出した。
「ショーヘイ君はもっと痛い思いをしている。もっと辛い思いを。今この時も」
 前のめりにうずくまった2人の顎を、下から蹴り上げ、顎の骨を折った。
「あ…」
「うぅ…」
 2人の口から呻き声が漏れる。
「お前達が軽々しく口にした言葉が彼の心を深く抉った」
 ギルバートが2人の頭を足で踏み付け、顔を地面にめり込ませた。
「しかも傷があることを知りながら、塩を塗り込むような真似を」
 また2人にヒールをかけ、怪我を治す。
「立ちなさい」
 ギルバートの言葉に、2人がよろよろと立ち上がる。
「お前達は何を見てきた」
 再びその拳で2人に連撃を放ち、足も腕も砕いて地面に転がした。
「4ヶ月共に過ごして、彼の何を知った。何を理解した」
 今度はすぐにヒールを使わず、その痛みを長引かせ、語りかける。
「彼がこの世界に戸惑い、悩み、苦しんでいる時、お前達は何をしていた」
 ギルバートがしゃがみ、ロイの髪を握ると頭を引き上げる。
「愛していると、よくもその口で言えたものですね」
 そのまま顔面を地面に叩きつける。
 同じように、ディーも顔を上げさせた。
「お前は王家のために、彼を利用するために愛していると言ったんですか」
「ちが、う…。私、は…心から…」
 ディーの反論の言葉を途中で打ち消し、地面に叩きつける。
「この世界の物差しで物事を考え、価値観を押し付け、彼のことを理解しようともせず、ただ好きだ、愛していると」
 ギルバートが吐き捨てるように語る。
「もう何を言おうと彼の心には届かない」
 スッと立ち上がると、順番にヒールをかけた。
 みるみるうちに砕けた両手足が元に戻り、血の跡だけが残る。

 2人とも多くの血を流し、立て続けに起こる身体への衝撃に、全身が萎縮し、怪我が治ってもまともに動かすことが出来なかった。

 それでも、ゆっくりと立ち上がる。
 たくさんの血を流し、貧血状態の2人は、立ち上がってもゆらゆらと揺れ、視界が霞んでいた。
 意識を保っているだけでもやっとの状態なのは誰が見てもわかる。
 だが、2人は精神力だけでその体を動かしていた。

「ショーヘイ君を見なさい」
 ギルバートが2人の正面から移動し、その背に隠れて見えなかった翔平の姿を晒す。
 朦朧とする意識で、障壁の外側に、寝夜着のまま座り込む翔平を視界に捉えた。
「ショーヘー…」
「ショーヘイさん…」
「よく見なさい。今のショーヘイ君を」
 吐き出すようにギルバートが言う。

 翔平がじっと2人を見ている。
 何も言わず、動かず、そこに2人がいることもわかっていないような、空間だけを見つめた目を見て、2人の顔が苦痛に歪んだ。

「お前達が彼の心を殺したんだ!!」
 ギルバートが2人の体に触れ、そのままインパクトを放った。
 即死しない程度に威力を弱め、それでも最大限の苦痛を与えるように放たれた衝撃は、2人の身体を障壁まで弾き飛ばし、2人の体をボロ雑巾のようにドシャッと音を立てて地面に落とした。


 その光景を目で追った。
 何も聞こえていないわけじゃない。
 音も声も聞こえている。
 だが、その意味を考えられなかった。
 全て、目に映るただの情報として受け止め、その内容を理解することは出来なかった。

 だが、無抵抗のままギルバートの拳を受け、治され、繰り返される制裁にピクリと翔平の体が時折反応していた。

 それが意識してのものなのかはわからない。


 だがギルバートの言葉に大きく反応した。


 殺した?
 誰を?
 誰が?


 翔平の目の奥に、僅かな光が揺らめいたが、その光に誰も気付かなかった。



 ギルバートの手が、2人の襟首を掴み上に持ち上げる。
 インパクトによって内臓を破壊され、ゴボゴボと血を口から吐きだし、ギルバートの手を赤く染めた。
「ヒール」
 死ぬことのないように、たが苦痛が残るように治療し、問いかける。
「言いたいことがあるなら、今ここで言いなさい。
 お前たちが壊してしまったショーヘイ君の前で」
 腕を離し、2人を座らせる。


 ロイとディーの目が翔平を見る。

 そこにいる翔平の目が闇を含み、じっとロイとディーを見つめている。
 その目は、いつも優しく包み込むような温かいものではなく、何かが欠落した冷めた目だった。

 ロイとディーの顔が歪み、目から涙が溢れ落ちた。





 翔平に甘えていた。
 翔平はいつも優しくて、何をしても許してくれる。
 何を言っても、しても、仕方ないな、と笑って許してくれた。
 我儘もたくさん聞いてくれて、怒ってもその時だけで、全部受け入れてくれる。

 甘えて、甘やかされて、無意識のうちにそれが当然で当たり前になり、慣れてしまった。

 全て、何もかもを受け入れてくれた。
 優しくて、温かい人。
 全力で愛して守ると誓った人。

 なのに、自分の手で傷つけ、壊してしまった。



 ロイもディーも嗚咽を漏らす。
 取り返しのつかないことをし、もう元に戻らない。
 はっきりとそう思った。

「ギル…」
 ロイの口が動き、ギルバートを見上げる。


「俺を殺してくれ」
「私を殺してください」


 2人同時に、同じことを言った。


 その瞬間、サイファーとアランが叫び喚く。
「止めろ!なぜだ!」
「ギルバート!止めてくれ!!」
 5人が障壁を打ち消し、オスカーとグレイが暴れるサイファーとアランを押さえ込む。
「ギルバート様!」
 キースも叫ぶ。


「なぜ、死にたいんですか?
 ショーヘイ君を壊した責任を取るとでも?」
 ギルバートが冷静に2人に問うが、2人は首を振った。
「違う。もう生きている意味がないからだ」
「そうです…。もう全てに意味がない」
 2人が体の痛みも忘れ、そのまま力を抜いて深く息を吐いた。
「俺たちは誓ったんだ。
 ショーヘーを全力で愛して、守ると」
「でも、やったことは真逆です」
 ディーが泣きながら笑う。
「あんな戯言、聞いたとしてもショーヘーは本気にしないと、ただの冗談だと、そう笑って許してくれると勝手に思い込んで」
「ショーヘイさんは何でも受け入れてくれるから。
 何でも笑って許してくれるから…」
 涙が止まらない。
 壊してしまった愛した人が、ただ無表情で自分達を見ている。
「甘えるだけ甘えて、俺たちはショーヘーに何もしてやれなかった」
 ハハハと2人が自虐的に笑い声を漏らす。
「何が英雄だ。
 愛した人1人守れない…。それどころか、甘えて、傷付けて…」
 ボタボタとロイの目から涙が落ちて行く。
「彼のそばにいると…落ち着くんです。
 ただ…そばに、そばで笑ってくれるだけで、嬉しくて…。満たされて」
「ああ…そうだ。
 温かくて、体も心も全部満たされた」
 2人の目が空を見つめ、そして閉じられる。

 翔平を抱きしめ、抱きしめ返された時の心地よさを思い出し、嬉しそうに笑った。

「ようやっと気付きましたか」
 ギルバートが静かに言う。
 2人の視線がギルバートに向く。
「お前達は、ショーヘイ君を愛していると、守ると言いながら、彼に守られていた」
 ギルバートがゆっくりと語りかける。
「ショーヘイ君は、お前達の心を守っていたんです。
 お前達の心に空いた穴を、隙間を、彼は埋めようとしていた」
 ギルバートの言葉に、ハラハラと涙を流す。


 翔平と出会い、愛し、愛されて、どんどん心が満たされていくのを感じていた。
 ぽっかりと空いた穴が、翔平からの愛でどんどん埋まって行く。

 だが、それを自分から手放すようなことをした。

「…もう生きていても意味がない」
「ええ…。彼に愛されないなら、もう…」

 ロイとディーが目線を合わせ、2人で笑い合う。

「ギルバート、殺してくれ」

 笑顔でロイが言った。
 それにギルバートは答えない。
 ただじっと2人を見つめた後、小さく息を吐き、目を閉じ空を見上げる。

「殺しません。
 死にたいのなら、自分でやりなさい」

 ギルバートの返事にロイもディーも破顔した。
 足に力を入れ、フラフラと立ち上がると、2人が向かい合う。
「同時に、打ち込む」
「ええ。それで」
 お互いに殺し合おうと、笑った。




 殺す?
 死ぬ?


 翔平の頭の中に、「死」という言葉が溢れて、恐怖が奥底から這い上がってくる。

「や…」

 死ぬ。
 失う。

「止めろ」

 小さいが、声が出た。
 停止していた思考が、ゆっくりだが動き始める。

 殺して。
 死にたい。

 その言葉が翔平の意識を覚醒させた。

「…ふ…んな」
 思考が戻るのと同時に、今まで風景として見えていたものの情報が一気に脳内を駆け巡り、一瞬で状況を理解した。

 真後ろにいたキースが、翔平の異変に気付き、顔を上げた。
「ショーヘイさん…」
 微かな声で翔平を呼び、その背中に手を触れようとしたが、スクッと立ち上がった翔平に、その手が空振る。

「ふざけんな!!」

 大声で怒鳴った。

 立ち上がり、全身から怒りを込めた魔力を放つ翔平に、全員が目を丸くして驚いた。




 ギルバートが、俺を傷付けたロイとディーに制裁を加えたと理解した。
 半殺しの状態にして、何度もヒールを使い、また半殺しにする。
 2人もそれを抵抗せずに甘んじて受け入れ、今は死なない程度に治療されただけで、その体はボロボロになっている。

「ヒール!!」
 怒鳴り、2人に向かって魔力を爆発させる。
 その瞬間、2人を包む真っ白い光の柱と金色の光の粒が、ものの数秒で2人の怪我を消し去った。

「ショーヘー」
「ショーヘイさん」
 完璧に怪我が治り、お互いに心臓を打ち抜くために構えた右拳をそのままにして、ポカンと翔平の怒りに満ちた顔を見る。
「殺すとか死ぬとか!!
 軽々しく口にするな!!!」
 怒鳴りながら、ズカズカと2人に近付くと、魔力を込めた拳で、2人の頬にグーパンを入れる。
「へぶ!」
「はが!」
 その拳に2人が数メートル先に吹っ飛ぶ。
 拳を握りしめ、フゥフゥと鼻息を荒くする翔平に、ギルバートが目を細め微笑む。
「正気に戻りましたね」
 ギルバートが俺の握りしめた拳に触れ、そっと撫でて開かせると手を握った。
「…ギル様…」
 ロイとディーを半殺しにした張本人を前にして、俺のためにやってくれたこととはいえ、いささか複雑な気持ちになった。
「そんな顔しないで。可愛い顔が台無しですよ」
 ニコニコとギルバートが俺の手を撫で、じわじわと距離を詰めて行く。
「駄目です!!」
 手を取られているため逃げることも出来ず、あと少しで腰に手を回されそうになった時、キースが俺を抱きしめてギルバートが入る隙間を失くしてしまった。
「触らせません!」
 そのまま俺をギルバートから引き離し、俺の頬をむぎゅっと両手で挟むと、じっと正面から覗き込まれた。
「キーシュ?」
 頬を押さえ込まれて、口がおかしな形になったため、発音がおかしくなった。
 じっと見つめられ、目の前でキースの顔が歪み、ボロボロと泣き出した。
「良かった…。ショーヘイさん…。良かった…」
 そのまま脱力して座り込み、うわーんと泣くキースに狼狽える。
「な、泣くなって。もう大丈夫だから」
「あのままだったらどうしようかと…」
 泣きながらキースが言い、俺も苦笑した。
 キースの前にしゃがみ、キースの頭を撫でる。
「ごめん。パニックを起こしたんだ。
 裏切られたって思って…。
 多分だけど、さっきまで本当に壊れてたんだと思う」
 頭を撫でながら、さっきまでの自分を思い出す。

 全部ではないが、自分がどうなったのかは、ほぼ記憶に残っている。

 裏切られたと思い、パニックを起こし、一瞬で心の中にシャッターが下ろされたような気がした。
 一切受け付けず、何も信じられず、自暴自棄になり、何もかもが嫌になった。
 全てどうでもいいと感じて、そう言ったし、全てをあるがまま受け止め、自分は思考を止め、流されるだけでいいと思った。

 心を殺して閉じ込め、人形になる。

 それが一番楽な方法だと。
 
「ごめんな。キース。心配かけちゃって」
 キュッとキースを抱きしめる。


「ショーヘー」
 グレイが近付き、その大きな手で俺の頭を撫でる。
「焦ったわ。
 マジで壊れたかと思った」
「いや、さっきまで壊れてたよ」
 笑いながら言うと、グレイが苦笑する。
「なんで戻れたの?」
 アビゲイルが不思議そうに言った。
「あー…」
 言いながら、ギルバートを見て、その笑顔に苦笑した。
「一か八かの賭けでしたよ」
 ギルバートがニコニコと笑う。
「どういうことですか」
 オスカーがギルバートに問いかける。
「ショーヘイ君が壊したのは、心の中でも恋愛感情の部分です。
 ですから、それ以外の感情に訴えかけたんです」
「もっとわかりやすく言ってくれませんか」
 グレイが首を傾げながら顔を顰めた。
「命を尊ぶ気持ち、正義感、そういったものに訴えたんです」
「あー…」
 グレイがわかったようなわからないような返事をした。
「ロイとディーの言葉よ。
 殺してくれだのなんだのって」
「それに対してギル様はてめぇでやれ、だもんな」
 オスカーが笑い、俺も苦笑した。
「ショーヘイ君は、命の大切さを良くわかっていると踏んだんです」
「じゃあなに?ロイとディーが自殺するように仕向けたってわけ?」
 アビゲイルの言葉にギルバートが笑う。
「仕向けたわけではありませんよ。流石に私でもそこまでは…。
 ただ、ショーヘイ君に、私が2人を殺すかもしれないという状況を見せるだけで良かったんです。
 2人のあの言葉は自発的なもので、おそらく本心でしょう」
 本心だと聞いて、チラリとロイとディーの方を見る。
 俺に殴られて、地面に倒れたまま、動かない2人をサイファーとアランが介抱していた。
 そんなに強く殴ったわけではないが、おそらくは色々考え込んで動かないんだと察する。
「ギル様の魔力を感じた時、ここに来なきゃって思ったんです。
 あれは、何か魔法ですよね?」
「そうですよ。人寄せの魔法です」
 そんなのもあるのか、と心の中で呟いた。
「ショーヘイさん」
 まだグスグスと泣くキースを引き寄せて、肩を抱きしめる。
「キース。ありがとう。
 ちゃんとキースの声は届いてるから」
 手を握り微笑んだ。

 キースの、俺を助けて、という悲鳴はずっと聞こえていた。
 あの時は答えたくても答えられなかったけど、本当に嬉しかった。

「さて…と…」
 くるりと振り向き、地面に転がっているロイとディー、その脇にしゃがむサイファーとアランに近付く。

 そのそばに立ち、猥談を楽しげに話していた4人をじっと見下ろした。

「ロイ、ディー、サイファー、アラン」
 名前をしっかりはっきり呼ぶ。
 もうサイファーへの敬称もこの際だから省く。
「俺に言うことあるよな」
 ロイとディーがガバッと起き上がり、慌てて正座する。サイファーもアランもその横に並んで正座した。
「すみませんでした…」
 土下座まではいかないが、頭を下げ口々に謝罪の言葉を口にする。
「キースから大体の事情は聞いたけど、後でもう一度詳しく聞きたい」
「はい…」
「それと…」
 4人の前に俺も正座する。
「…本当に辛かったんだ。
 あの時、目の前が真っ暗になって、一瞬で足元が崩れて地の底に落とされた気分になった」
 今思い出しても体が震えるほどの恐怖を感じる。
 俺の言葉に、4人が口を真横に結ぶ。
「ほんと、あれはないわ。
 冗談でも、人を裏切るようなことを平気で、しかも笑いながら言うなんて」
 4人の体が萎縮して小さくなる。
「ロイ、ディー」
 頬が腫れた2人の顔を見る。
「はい」
 返事をする2人に少し笑った。
「俺は、前ほどお前達を信用できないよ」
 その言葉に2人の目が見開き、すぐに泣きそうな顔になった。
「冗談でも浮気を仄めかしたせいだ。
 笑って許せるほど俺は寛容じゃない」
 まだ怒っているとわからせるために、4人に怒りの魔力をぶつけた。
 その魔力に、4人がますます萎縮する。
「この世界と俺のいた世界との価値観の差もあるのかもしれないけど、それでも俺は許せない」
「…はい…」
 2人の返事が小さくなる。
「許せないけど…、でも、俺は2人が好きだよ」
 俺の言葉に2人が大粒の涙を落とした。
「ごべんなざい…」
「ずびばぜん…」
 泣きながら濁点いっぱいの謝罪を言い、鼻水をすする。
「サイファー、アラン」
「はい」
 2人が姿勢を正す。
「歯ぁ食いしばれ」
 立ち上がり、拳を構えた。
 サイファーとアランが歯を食いしばった瞬間、2人の頬にも一発づつグーパンを入れた。
 綺麗に決まったグーパンに、ギャラリーが拍手した。

 フンと鼻を鳴らして、4人から離れると、スススとギルバートが近付いてきた。
「私にお礼をしたくはありませんか?」
 ニコニコと言うギルバートに、キースが怒る。
「それは、壊れた俺を救ったから、ということですか?」
 キースを制してギルバートに問う。
「そうですね」
「それなら、ロイとディーの見合い話を俺に隠していたこととチャラですよ」
 ニコリとギルバートに微笑むと、ギルバートが面食らったような表情になり、苦笑した。
「これは手厳しい」
 そしてクスクスと笑う。
「オスカー、アビー。心配かけてごめん」
 昨日からずっと見守っていてくれた2人にも礼を言う。完徹させてしまったことにも謝罪した。
「いいのよ。ほんとショーヘーちゃんが戻って嬉しいわ」
 そう言いながら頬にキスをしてくれて、思わず真っ赤になる。
「サイファー、アラン、俺たちに特別手当出せよ」
 オスカーが笑いながら、頬を腫らした2人に言った。
「ショーヘイさん、あの人たちは放っておいて、部屋に戻りましょう」
 キースが4人を一瞥し、俺の背中を押す。
 寝夜着のまま外に居て、今更ながら寒さに体を震わせてくしゃみを連発した。


 放置された4人は、しばらくその場でがっくりと項垂れたまま放心していた。


 その日の夜、寝夜着のままで外にいたせいなのか熱を出し、その日から2日ほど寝込むことになった。




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