おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜トラウマ〜

おっさん、壊れる

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 キースを見送るために一緒に玄関ロビーまで行った。
 階段を降りている途中で、4人の笑い声が聞こえてきて、その姿も見えた。
 3兄弟の中にロイが混ざった状態だが、楽しそうに喋る姿は、4人兄弟のようにも見えて、本当に仲がいいんだな、と思った。
 いったい何をそんなに盛り上がっているんだろうと思って、少しだけ会話を聞いた。

 その会話の内容に一気に地獄に叩き落とされた。



 ロイとディーが女性達と食事に行く。プレゼントも用意して。
 その女性達はすごくいい体をしているらしい。胸も尻も大きくて、ロイは楽しみだと言った。

 何を?
 何が楽しみなんだ?
 その体を見ることが?触ることが?

 さらに、ロイは男と遠乗りに行くらしい。
 遠乗りが何なのかは知らない。だが2人でどこかに出かけるのはわかった。
 狩りの練習になると言い、きのこを狩ると笑っていた。
 狩られるきのこもその気があるから、その場で食うと。
 ディーが味見程度にしろと。

 味見って?
 何を?
 きのこって男のペニスのことだろ?
 どこか2人で遠くに行って、野外でSEXするってことか?




 会話を聞きながら、俺の頭の中でその光景が浮かび上がった。

 食事の後、宿の部屋でロイとディーが女性2人とSEXする姿を。
 野外で、ロイが男を犯す姿を。

 そんな光景が浮かび、目を見開いてロイとディーを見た。
 2人が楽しそうに笑っている。これから誰かとSEXするのが楽しみで笑っている。
 そう思った。

 2人を見ていたはずなのに、目の前が真っ暗になった。
 頭の血液が一気に足まで落ちて、立ちくらみを起こす。

 次の瞬間、気がついた時には、ロイとディーが俺の方に向かってきていた。

 その2人にはっきりと恐怖を覚えた。
 ヒッと悲鳴を上げて、一目散に逃げた。
 廊下で追いつかれて、触れられそうになって咄嗟に2人を風魔法で弾いた。
 触られたくないと思った。

 2人が怖くて、寝室に閉じこもった。
 ドアと叩いて何か叫んでいるけど、必死に耳を塞いで聞かないようにした。

 なぜ2人を怖いと思ったのか。
 それがわからなかった。

 俺は2人を愛してる。
 恐怖なんて感じるわけがないのに。
 だけど怖かった。

 どうして。
 なぜ。

 わからない。
 ただ、2人が怖い。


 気持ち悪い。
 
 込み上げてくる吐き気を我慢出来なかった。何度も吐いて、それでも気持ち悪くて。


 ああ…、そうか。
 2人が怖くて逃げたのは、裏切られたからか。
 俺は、また、裏切られたのか。
 だから怖くて逃げたんだ。


 まるで他人事のように考え、そこで意識が途切れた。






 ギルバートの怒りの魔力に瑠璃宮全体がビリビリと震えた。
 目の前にいる4人がダラダラと脂汗を流し、その覇気に必死に耐える。
「なんということを…」
 ギルバートの口元がワナワナと震え、今にも魔力を全開にして何もかもを破壊し尽くしそうな勢いに、何も出来ずにひたすら耐える。

 キースから、4人の猥談を翔平に聞かれ、その内容が翔平を裏切る内容だったこと。
 さらに翔平が過去に愛する人からの裏切りを受け、心に深い傷を負っていることを説明した。
 聞いていたギルバートの表情がみるみると憤怒に変わり、爆発寸前まで魔力が膨れ上がったが、何度か深く深呼吸を繰り返し、その魔力を無理矢理抑え込んだ。

「サイファー、アラン」
 睨まれた2人がヒュッと息を飲む。
「全ての責任を貴方達に負わせるつもりはありません。私にもその一端がある」
「それは…」
「ロイとディーゼルに見合いをさせたのも、誘いを受け逢引に行かせたのも、こちらに責任がある」
 ギルバートが悔しそうに吐き捨てるように言った。
「だが、今回の件はあまりにも杜撰で浅はか過ぎる。何のためにショーヘイ君に隠してきたと思っているんですか。
 まさにこういう事態を防ぐためでしょう」
「…申し訳ありません…。まさか聞かれるとは…」
「そのまさかを常に想定しなさいといつも言っているでしょう」
 サイファーの言葉にピシャリと言い放つ。
「返す言葉もありません…」
「ロイとディーゼルはどこですか」
「談話室におります」
 それを聞き、ギルバートが踵を返し、ドアノブに手をかけた。だが、一緒に来ようとしたキースを振り返り、翔平が目を覚ましているから側にいるように言った。
 聞いたキースが慌てて寝室へ駆け込んで行く。



 ベッドに翔平が起き上がっていた。
 座り俯いたまま動かず、じっと自分の手を見つめていた。
「ショーヘイさん」
 そっと側により、肩に触れる。
「キース…」
 翔平が返事をする。
 その声にキースが嬉しそうに微笑み、翔平が落ち着き会話が出来ると喜び、話しかけようと顔を見る。
 だが、その目を見て、一瞬で笑顔を打ち消した。

 目が死んでいた。

 どんよりと闇を抱えた瞳がじっと一点だけを見ている。

「ショーヘイさん…」
「もう…いいわ…」
 ボソリと翔平が呟く。
「いいって…なにが…」
「全部。何もかも」
 今度ははっきりといつもと変わらない声で話す。だが動いているのは口だけで、他はピクリとも動いていない。
「もう…全部どうでもいい」
「それは…あの会話のせい…ですか」
 キースの言葉に翔平からヒュッと息を飲み込むのがわかった。
「…そうだよ」
「お二人から聞きました。ショーヘイさんの過去のこと。
 愛していた人に裏切られたと…。そのせいで恋愛出来なくなったと」
「…そうだよ」
「でも、貴方はロイ様とディーゼル様を愛されたんでしょう?
 お二人に人を愛するという感情を呼び覚ましてもらった」
「…そうだよ」
「今もまだお二人を愛していらっしゃるんでしょう?」
「…そうだよ…だから、もうどうでもいいんだ。
 2人の好きなようにすればいい」
 フフッと小さく笑った。
「俺はもう何も望まないし期待しない。
 俺は2人を愛しているけど、もう2人が俺を愛してくれなくもいい」
 今度は本当に声に出して笑う。
「あははは、最初からこうすれば良かったんだ。向こうに期待するから裏切られた時に辛いんだ。
 最初から何も望まなければ裏切られても怖くない」
 キースはただ黙って翔平の言葉を聞いた。
「俺さ、次に裏切られたら、もう立ち直れないと思ってた。
 完全に心が壊れるって思ってたけど、案外平気なもんだな」
 キースを見て、ニコリと笑う。
「安心してくれ。囮はちゃんとやるし、ジュノーとしても、聖女としても、務めは果たすから」
 うんうん頷きながら自分で納得したよう話す翔平に、キースの表情が曇る。
「お二人とはどうするつもりですか…?」
「何も変わらないよ。俺が2人を愛しているのも変わらないし、2人が俺を抱きたいというなら抱けばいい。もう俺はどんな状況であっても絶対に拒まないよ」
 ニコッと笑う。
「ただ、2人とも絶倫だからな。きっと俺だけじゃ満足出来ないんだよ。
 今はこそこそと会うことしか出来ないし溜まってんだろ。
 だから俺に会えない時は、他の誰かとSEXしてくればいい。俺よりも若くて体力のあるいい男も女もいっぱいいるし。
 2人ともイケメンだから相手には困らないだろ」
 ハハハと笑った。
「俺が2人を満足させられるならいいんだろうけど、何せ受け身側にまだ慣れなくてさ。
 あぁ、そうだ。今度ギル様に抱いてもらおうかな。数をこなせばSEXも上手になるかも。
 スカーレット様に性技を教えてもらうのもありだな」
 次々とあり得ないことを口にする翔平にキースの顔が苦しそうに歪む。
「本気で言ってるんですか」
「なんで?
 本気だよ」
 急に翔平が真顔になる。
「俺は2人を愛してる。
 2人のためならなんだってやる。
 死ねと言われたら、死ぬよ」
 翔平の闇を抱えた目がキースを見据える。


 壊れた。


 翔平の言葉を聞き、その目を見てそう思った。
「ショーヘイさん。お話があります」
「何?」
「ロイ様とディー様のお相手の話です」
「ああ、もういいよ。もうどうでもいいから」
 笑いながら翔平が答えた。
「どうでもよくありません」
「いいんだよ。
 もう気にしてないし、しないから」
 手をヒラヒラと振って、ウザがるような態度を取った翔平の肩を掴む。
「いいから聞きなさい!」
「…もういいんだってば」
「よくありませんよ!」
 キースが怒鳴り、翔平がビクリと反応する。
「案外平気ですって?
 どこがですか!?
 壊れてるじゃないですか!!
 ショーヘイさんはそんなこと言う人じゃないでしょう!」
「……お前に、俺の何がわかるわけ?」
「わかりますよ。
 貴方は照れ屋で、泣き虫で、優しくて、他人を気遣ってばかりで…自分のことはいつも後回しで…」
 キースの目からボロボロと涙がこぼれ落ちる。
「今の貴方は、ショーヘイさんじゃない…。私を救ってくれたショーヘイさんを…返してください」
 泣きながら翔平の目をじっと見る。
 そして、その瞳の奥、闇に覆われたその影が揺らめくのが見えた。
「聞くんです。聞かなくてはならないんです。いいですね」
 キースの気迫に押されたのか、翔平は黙り込んだ。




 3人の関係を非公表にして、翔平を囮に敵を誘き出す。
 そこまでは翔平も理解し納得している。
 だが、実はもう一つ翔平に隠している行動があった。

 ロイとディーも他者からの誘いを受けること。

 3人に恋愛感情はなく一切無関係であり、ただの聖女と護衛であると示すために取った作戦だった。

 翔平意外のメンバーでこの作戦を決めたが、ロイとディーは最初猛反対した。
 それは翔平の過去のトラウマを知っていたからだ。
 そのトラウマを説明することはしなかったが、もし自分たちが翔平以外と逢引することを知ったら、翔平は確実に自分達に、この国に不信感を持つと言い放った。
 だが、ペアピアスが偽装であったと公表しても、3人の関係を疑うものは思ったよりも多く、2人は渋々ながら、条件をつけて承諾するしかなかった。

 絶対に翔平にはバレないようにすること。

 もしそれが出来ないようなら、すぐにでも関係を公表し、翔平に今後一切誰も手が出せないようにする。

 そういう条件を提示した。

 それを聞いたサイファーやアランは「大袈裟だな」と笑っていたが、翔平の人となりを知るにつれ、翔平がいかにロイとディーを愛し、信頼しているのかを感じて、2人の条件が絶対必要だと思い直すことになった。

 翔平は純粋で、一途で、優しく、思いやりがある。
 だからこそ、囮を引き受けてくれた。

 3人の関係を非公表にした時点で、かなり精神的に追い込んでいるのに、さらに愛した人が他人と逢引するのを知ったら、ますます追い込むことになる。

 それを考え、絶対に翔平に悟られないように細心の注意を払っていた。
 
 翔平が誘いを受けるのを仕事だと言ったように、ロイとディーも見合いや逢引を仕事だと割り切ることにした。

 すでに何度か見合いも逢引もしている。王都に戻った第3王子と英雄が伴侶となるべき人を探している、という噂が少しづつ広まりつつあった。
 そのおかげで、3人が恋愛関係にあるという噂はなりを顰め、ロイとディーに近付こうとする者も、翔平へのアプローチと同様に増え始めていた。

 報告の合間にジャニスが口を滑らせた、「2人も優良物件だ」という言葉はここに起因している。


 そんな中、回数を重ねるに連れて油断も出てくる。

 それが、今回の会話に繋がった。
 くしくもこの計画に猛反対し、絶対に翔平に知られてはいけないと言っていた当事者2人が原因になるとは、誰も予測出来なかった。


 ロイとディーが食事に行くのは、アルベルト公爵家の長女ベティと次女カーラだった。
 実際は、ただの食事会。
 ベティにもカーラにも、実はすでに決めた人がいる。
 だが、親の顔を立てるためにロイとディーと食事をすることになっていた。
 彼女達は、食事をしたがお互いに合わなかったと、父の公爵に進言することになっていた。

 さらに、ロイを遠乗りに誘ったのは、テイラー侯爵家の長男アントニーで、彼の目的は、会話にも出ていたが、本当に狩猟祭の練習のためだった。
 ロイが狩猟経験が豊富だと聞いたアントニーが教えを乞い、ロイがそれを受けた、というだけの話だった。



 そんな内容の話を、猥談に変換して面白おかしくネタにしてしまった。

 もしこれが騎士団の仲間内で、または酒場で話されたなら、他愛のない猥談で済んだだろう。
 だが、気の緩みもあり、最も聞かせてはならない翔平がいる場所で、話を持ち出した。


 そして、それを聞いた何も知らない翔平は裏切られたと誤解した。

 もし、2人が誰かの誘いを受けることが作戦だと知っていたなら、ここまで翔平が打ちのめされることはなかっただろう。



 翔平はキースの説明を黙って聞いていた。
 微動だにせず、瞳の闇もそのままで、じっと自分の手を見つめたままキースの話に耳を傾ける。

「ロイ様もディーゼル様も、貴方を裏切るようなことは一切していません。
 それは、お二人だけではなく、サイファー様やアラン様、騎士の皆様たちも知っています」
 そうキースが言い切る。
 だが、翔平が顔を上げてキースを見ると、小さく笑った。
「今更だよ。口では何とでも言える」
 バカにしたように言った。
「ショーヘイさん…」
「見合い?逢引した時に何もなかったって、誰が保証出来る?
 誰か監視でもしてたわけ?
 2人きりになってSEXしたのに、何もなかったって嘘をつくなんて簡単だろ」
 もし、いつもの翔平ならこんなことは言わない。
 ロイとディーを、周囲の人を信頼して、素直に受け止めるだろう。
 だが、今の翔平はまるで人を信用していない。その証拠に、翔平の瞳は闇に包まれたままだ。
「あんな話が出来るのも、そういう気が根本にあるからだろ。
 食うとか味見とか、普通言わねーよ」
 鼻で笑いながら翔平が言った。
 キースの顔が歪み俯き、両手を膝の上でギュッと白くなるほど握った。

 どうやったら救える。
 何を言えば、信用してもらえるのか。

 必死にその答えを探す。

「キース。
 例え、何もないのが事実だとしても、もう遅いよ」
 キースがその言葉にバッと顔を上げる。
 翔平の声が、口調がいつもの優しいものになったことに気付いた。
「俺はもう…恋愛に疲れたんだ…」
 微笑みながら翔平が言った。

 その笑顔に胸が締め付けられる。
 微笑む翔平に涙が出た。
 
「泣かないで、キース」
 そんなキースを翔平が抱きしめる。
 自分の腕の中に涙するキースを包み込み、そっと頭を撫でる。
「お前が泣くと辛いよ。だから泣かないで。
 キースはアランと幸せになれ」
 その言葉は、いつもの翔平のものだった。
 涙が止まらず、嗚咽を漏らす。


 救いたい。
 この人を助けたい。

 誰か助けて。
 ショーヘイさんを助けて。


 キースは翔平にしがみつき、泣きながら心の中で叫んだ。
 





 ギルバートが談話室に入ったが、ロイとディーはその気配にも気付かない。
 ただ呆然と座りこみ項垂れる2人にギルバートの目が細められた。
「ロイ。ディーゼル」
 ギルバートが話しかけるが、何も反応を返さなかった。
「2人ともずっとこんな様子です」
 サイファーが辛そうに顔を歪める。
「…ショーヘイ君を傷付けたという自覚はあるようですね」
 ギルバートが眉間に皺を寄せ、顎に手を添えてしばらく考えた後、ツカツカと2人に近づき、その頭を鷲掴んだ。
「自覚があるなら結構。
 2人とも表に出なさい」
 目の焦点が合わない2人の頬を何度か打つと、ハッと2人がギルバートに気付いた。
「ギル…」
「聞こえてないんですか?
 表に出ろと言ったんです」
 ギルバートの怒りの魔力がロイとディーを襲う。
 頭を鷲掴んだ手を乱暴に離し、部屋を出る。
「早くしなさい」
 怒気を含んだギルバートの声に、ビクリと震えた2人が後に続く。
 サイファーとアランが狼狽え、弟が、ロイがどんな目に合わされるのかと心から心配したが、どうしようも出来なかった。

 そこに、護衛の交代のため、グレイが姿を見せた。
「なんだこりゃ。何があった」
 その空気の重さに眉間に皺を寄せ、オスカーに近付く。
 オスカーがため息をつきながら事の経緯を素早くざっと説明すると、グレイの体からも怒りのオーラが湧き起こる。
「ロイ!ディー!てめえら!!」
 廊下を歩く2人に殴りかかったが、ギルバートに止められる。
「グレイ、ちょうど良かった。
 中庭に障壁を張りなさい」
 廊下から玄関の対面にある中庭に抜けるドアを通る。
 瑠璃宮前の庭園の半分ほどの広さの庭が広がり、その中央までロイとディーを連れてくると、そのまま立たせた。
「お前達全員、全力で障壁を張りなさい」
 サイファー、アラン、グレイ、オスカー、アビゲイル、それぞれは戦闘において一流で、その1人1人の障壁の強さは一般兵の数十倍の強度がある。
 それを同じ場所に1箇所に張るということは、今から中で行われる衝撃が凄まじいことを示していた。
「ショーヘイ君を泣かせたら、私を敵に回すと言いましたよね。
 それに対してお前達はあり得ないと宣った。
 なのに、舌の根も乾かないうちに何をしているんですか」
 障壁が張られてすぐ、ギルバートが魔力を解放する。
 ただそれだけで、5人分の障壁がビリビリと震えた。
「殺しはしません。
 ですが覚悟なさい」
 ギルバードの金色の目が揺らめいた。




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