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王都編 〜お茶会〜
おっさん、お茶会に行く
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馬車に揺られながら、足にまとわりつくローブが邪魔で、何度もその位置を変える。
「可愛いわよ~」
ジャニスがそのローブ姿の俺を見てニコニコと微笑む。
「可愛いとかよりも、かっこいいって言われたいよ」
とほほと聖女仕様の衣装に苦笑した。
出来れば夜会の時のような騎士服に近い衣装がいいと思うが、今日のお茶会の衣装はかっこいいというよりも綺麗だと思えるものだった。
「まぁ仕方がないな。今日はお見合いのようだし」
グレイがニヤニヤと笑い、その言葉に顔を顰めた。
目覚めてから5日後、午後1時からシェリー・シギアーノが主催するお茶会に参加するために、馬車に揺られていた。
目覚めた翌日、フィッシャーが瑠璃宮を訪ねて来て、お茶会の詳細を把握することが出来た。
参加者は27名。
王都のシギアーノ邸の一角で開催される。
主催者のリーダーは、シェリー・シギアーノ侯爵令嬢だが、サブとしてマース侯爵家次男アーネスト、チェルニー伯爵家長女ブリアナの名前があった。
他は招待を受け、参加を表明した各貴族の子息子女達が17名。残りの6名は富裕層からの出席だった。
今回のお茶会に聖女が参加することは発表されていないが、別に隠しているわけでもなかったので、噂を聞きつけた者が参加したいと、受付を締め切った後から次々と現れるが、シェリーは断固として追加の参加者を認めなかった。
「お茶会では席が決められておりますが、最初だけです。
始まると、それぞれお目当ての方へ話しかけたり、かけられたりするでしょう」
フィッシャーが流れを説明し、苦笑しながら俺を見る。
「きっとショーヘイ君は囲まれますよ。今回シェリー嬢を始めとした主催者3名のそばを離れない方がよろしいかと思います」
そうアドバイスされて、従うことにする。
そして、シェリー、アーネスト、ブリアナについて詳しく教えてもらった。
3名とも独身で、伯爵家のブリアナは世話好きな女性で、孤児院や貧困層へのボランティア活動を積極的に行っている。
侯爵家のアーネストは後継である兄を補佐する仕事をしているが、物静かで控え目。自ら伴侶を探すという行動をするような男ではなかった。
ただ、事務能力が高く、グラーティアの会では裏方の仕事を一気に引き受けていた。実は、彼がこのグラーティアに入ったのは、病弱な妹に変わって、彼女の伴侶を見つけるためだと噂されていた。
そしてシェリー。
彼女はシギアーノ家の長女として、王都邸宅を管理する女主人でもあり、領地にいる父と後継の兄の補佐的業務を行っている。
ただ、彼女もまた優秀で、父である現侯爵の仕事の半分以上を彼女が行なっている、という噂もあった。
後継の兄が領地からほぼ出て来ないのも、シェリーに頭が上がらないからだと言われている。
このグラーティアの会が出来たのは5年前。ロマーノ公爵家が取り潰されてすぐ後のことだった。
立ち上げたのはシェリーとジェンキンス侯爵家の次女クレアで、今は5名の主要メンバーが1、2ヶ月に1度の割合で、10名程度から100名を越える大規模なものまで、お茶会やパーティーを開催している。
5年の間に成立したカップルは多くはないが、結婚を前提に付き合う者は多く、おそらく2、3年後には今の倍以上の成婚があるだろうと予測されていた。
だが、主要メンバーは誰1人して結婚しておらず、優秀な彼女達目当てに参加する者も多かった。
フィッシャーからの話を聞いて、首を傾げる。
「どうしました?」
「いえ…なんと言えばいいのか…」
「どうぞ思ったことを率直におっしゃってくださって構いませんよ」
そうイケオジのフィッシャーに優しく微笑まれ、少し頬を紅潮させながら話す。
「お話を聞く限り、お見合いを成功させることが彼女達の目的ですよね。
夜会で、シェリー嬢が俺の好みのタイプを聞いてきたのも、俺が独身だから、相手を見つけてあげようっていう親切心のようにも思えてきました」
てっきり、夜会でのシェリーの態度からすると、父親に言われて俺の嗜好を探りに来たと思ったのだが、会の目的などを聞いた後ではそう思えなくなった。
お見合いババア。
若く可愛いシェリーには全く当てはまらないが、やっていることは、元の世界にも居たお節介な会社のお局達と同じだ、と思い出していた。
「シェリー嬢は、その物言いから敬遠されがちですね。もう少し柔らかい言い方をすればいいと、私も思います」
フィッシャーが言い、誰に対してもああいう話し方なんだと知る。
「ですが、侯爵のように差別意識を持っているわけでもないようで、一度、お茶会で粗相をした使用人を庇ったこともあるそうです」
「へぇ…」
俺の中でシェリーという女性がどんどんわからなくなってくる。
父親が侯爵という威光を傘に傍若無人だったセシルの姉であり、無数の若い愛人を侍らせたスケベ侯爵の娘。
先入観を捨てて彼女自身を見極める必要があると思った。
「アル様、ありがとうございます。参考になりました」
ニコリとフィッシャーに礼を言うと、握手を交わした。
その後、質問されるであろう内容を考えつつ、その答えをどうするかキースと話し合った。
瑠璃宮を出て20分後、貴族街の一角にあるシギアーノ侯爵邸に到着した。
屋敷の門を通り抜け、少ししてから馬車が停まる。
先にグレイとジャニスが出て、続いてキースが、最後に俺がキースのエスコートで馬車から降りた。
すぐに周囲を見渡すと、他にも家紋付きの馬車が数台停まり、その従者達が王家の馬車の俺たちに頭を下げているのが見えた。
「聖女様、お待ちしておりました」
玄関前にシェリー、アーネスト、ブリアナが揃い丁寧にお辞儀する。
「この度はお招きありがとうございます」
俺も、彼女達の前に行き、丁寧に貴族流の挨拶をする。
顔を上げると、ブリアナはニコニコと満面の笑みを浮かべていたが、シェリーとアーネストは口角を僅かに上げた薄い微笑みを浮かべているだけだった。
「こちらへどうぞ」
シェリーが先頭を歩き、付き従うようにアーネストとブリアナが続く。
その後ろをついていく。
「寒くなりましたわね」
ブリアナがすぐ後ろを歩く俺にニコニコと声をかけてくる。
「そうですね。もう10月ですから」
俺もブリアナに微笑みながら返し、ここで、軽口を言ってみることにした。
「毎朝布団と仲良くなりすぎてお別れするのが悲しくて」
俺の言葉を聞いたジャニスがプッと噴き出すのが聞こえた。
ブリアナも、俺の言葉に一瞬だけキョトンとした後、すぐに破顔しコロコロと楽しそうに笑う。
アーネストもシェリーも振り返り、本当に一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。
「今日のお召し物も素敵ですわ」
「ありがとうございます。ブリアナ嬢も大変可愛らしくてお似合いです」
少々ふっくらした彼女は、濃い茶色のドレスを身に纏っていた。焦茶色の長い髪をアップにし、その頭にケモミミが可愛く動く。
熊?アライグマかな。
その色といい、形といい、丸っこいブリアナを素直に可愛いと思った。
前を歩くアーネストは俺よりもずっと背が高く、ひょろっとした痩せ型の人族だった。
頬がこけたように肉がなく、神経質そうな細い目と薄目の唇。イケメンとは言い難いが、不男でもない。
シェリーは騎士服のような赤い刺繍の入った詰襟の上着を着ているが、ふわりと広がるクリーム色のスカートが女性らしさを醸し出す。
猫耳がたまにピクリと無意識に動き、おそらく尻尾はスカートの下にあるのだろうと思った。
案内されたのは、中庭を通った先にあった温室だった。
中には、色とりどりの花が咲き乱れ、緑も多く、整備された森のようだった。しかも非常に暖かい。
「素晴らしいですね…」
その温室に素直に感想を告げる。
「いつでも楽しめるように、庭師が丹精込めて世話をしてくれています」
シェリーがやはり薄い笑みを浮かべて説明してくれる。
そして、他の参加者がいる奥まで温室を進む。
かなり広い温室の中に、ガーデンパーティのようにテーブルやソファがあちこちに置かれて、すでに何人かが寛いでいた。
だが、シェリー達が来たとわかった瞬間、全員が立ち上がり、こちらに向かってお辞儀する。
「皆様、お待たせいたしました」
シェリーがよく通る綺麗な声で言い、丁寧に頭を下げる。
「本日は特別なゲストをご招待させていただいております」
そう言って、俺を振り返る。
「聖女ショーヘイ様です」
紹介され、一歩前に進むと、シェリーと同じようにお辞儀をした。
参加者達の目が一斉に俺を捉え、目を輝かせる。
数人は俺が来ることを知らなかったのか、はっきりと、やった!という表情を浮かべるのを見て苦笑した。
「聖女様はこちらへ」
シェリーに案内され、会場を見渡せる位置にある1人掛けのソファ席に案内された。キースとグレイ、ジャニスは俺の後方にある椅子席に案内される。
「座るわけには」
グレイが、案内したブリアナに座席を断る。
「グレイ、お言葉に甘えて」
振り返って微笑むと、3人とも渋々椅子に座る。
「それでは始めましょう」
シェリーの声で、使用人達が一斉に出席者達に飲み物を配り始めた。
全員の手にグラスが行き渡ったところで、全員が起立する。
「出逢いに乾杯」
ブリアナが音頭を取り、お茶会という名のお見合いがスタートした。
最初は誰しもが様子見と言った感じで、最初の席から移動せずに、同じ島の中で会話を続けている。
ざっと見渡しても、誰がどこの誰なのか全く覚えていない。
夜会で紹介されたのは1回だけで、顔と名前を覚えられるはずもなかった。
俺は最初主催者3人と同じ席に座り、ほぼブリアナとだけ話していた。というか、ブリアナはよく喋る女性で、彼女が一方的に喋る、という時間が続いた。
「この間の夜会、聖女様にお怪我はありませんでしたの?」
「はい。騎士様に守っていただきましたので…」
そう言うと、ブリアナが後ろに控えるグレイとジャニスを見て、こそっと俺に言う。
「あの方達は独身でいらっしゃるの?」
その言葉に破顔し、1人、大きい方は心に決めた方がいらっしゃるようです、とグレイのことを言うと、あきらかにブリアナはがっかりしていた。
「それにしても、あのコークス一族がみんな犯罪者だなんて…世も末ですわ」
ブリアナがブルっと身を震わせて呟く。
つい先日、コークスの残虐極まりない罪を知り、その被害者を治療したばかりで、それについては何も答えず、ただ苦笑だけを返した。
「ブリアナさん、その話は相応しくないわ」
シェリーがすかさず、ブリアナのおしゃべりを咎める。
「あら、私ったら、ごめんなさい」
シェリーが俺に目配せし、薄く微笑んだ。
その目を見て、彼女はコークスの罪を少なからず把握しているんだと感じた。
「聖女様、記憶がないとお伺いしましたけど、全く何も覚えてらっしゃらないのですか?」
静かにそう聞かれ、頷く。
「本当に名前しか覚えていないんです。
記憶にあるのは、ディーゼル殿下、ロイ様、グレイ様に助けられた後からのものだけです」
「それ以前の記憶は全く?」
返事の代わりに首を振った。
「自分がどこから来て、なぜあの場所にいたのか、なぜ魔力暴走を起こしたのか、何も覚えていません」
自虐的に微笑みながら3人に向かって答え、お茶を口にした。
「夜会で、シェリー様は私の好みのタイプを聞かれましたよね?」
始まって10分ほど、世間話のような内容が続いたため、こっちからシェリーにかまをかけてみることにした。
「ええ」
「その時は確か、優しくて包容力のある人って答えたと思うんですけど…。
シェリー様に無難だと言われて」
俺の言葉にシェリーの眉がピクリと動き、決まり悪そうななんとも言えない表情になった。
「あの時は…ごめんなさい」
いきなりシェリーが謝罪してきて、意外な反応に驚いてしまう。
「あ!いえ、そんなつもりで言ったのではなくて」
両手をパタパタと振り、責めているわけではないと答える。
「実は、好みのタイプ、というのがわからないというのが正直な所なんです」
そうシェリーに笑顔を向ける。
「どういうことですの?」
ブリアナが興味深々と言った感じで身を乗り出してくる。
「今までの記憶がないので、好みのタイプも覚えてないんですよ。
今こうして話している私も、本当はもっと粗野でガサツな人間だったのかもしれませんし、無愛想で鼻持ちならない男だったかも。
私が何を考え、どういう行動をする男だったのかも記憶がなくて」
「……そんな…」
3人が愕然とした。
「生きていく上での必要最低限のことは、きっと習慣もあったと思うので覚えているんですけど、この国のことも、常識ですら、全く覚えていません」
覚えていないのではなく、最初から知らない、というのが事実だが。
「ですから、私の好みのタイプの答えは、わからない、が正しいですね」
そう言って笑顔を3人に向けた。
「それでは、あなたのそのピアスは?」
右側に居たアーネストが右耳のピアスホールを指摘する。
それに、やっぱり来たか、と思い答えた。
「これは…」
ヴィンスに説明したことと同じ内容を3人に説明した。
「どうも私は男性に好意を抱かれることが多いようでして。
身を守るために、ディーゼル殿下とロイ様が提案してくださったんです。
その時、左右のピアスの意味も知りました」
「驚かされることばかりですわ…」
シェリーが呟く。
「私もです。ここに来るまで4ヶ月の旅の中で色々なことに驚きました。
見るもの、聞くもの、全てが初めてのことで」
「大変でしたのね」
シェリーが目を細め、同情するような視線を向ける。
「大変ですけど、楽しいと思うこともたくさんありますよ。
こうして、誰かと話すこともとても楽しいんです。今は色々な方と話をして勉強しています。
もしかしたら、会話から記憶が蘇ることがあるかもしれませんしね」
「そうですわね」
シェリーがニコリと微笑む。
初めて、シェリーが心から笑ったように見え、俺もニコリと微笑み返す。
「私たちとばかりお話ししていては申し訳ないですわね。
先ほどから、ショーヘイ様とお話ししたくて、ウズウズしてらっしゃるようですし」
シェリーが席を立ち、合わせるようにブリアナとアーネストも立った。
とりあえず、主催者側に俺の事情を説明し終わったことに安堵する。
後は、どこまで突っ込んで話が出来るかだ、と考えながら、俺と話したいと順番待ちしていた人へ微笑みかけた。
入れ替わり立ち替わり、たくさんの人と話をする。
大体は質問されて答える、という形だが、俺自身についてではなく、ロイとディーについて聞かれることも多かった。
考えてみれば、2人も独身で、その伴侶の座を狙っている者も非常に多いと気付かされる。
中には、俺は眼中になく、はっきりとロイとディーに近付くために、俺に話しかける者もいて苦笑してしまった。
あらかた全員と話し終わったが、特に収穫があったわけでもなく、今日参加した人たちは、本当に婚活を頑張っているんだな、と感想を持った。
年齢もさまざまで、20代から40代までの男女が語り合って、お互いに人となりを探り合っている。
最初は聖女といい感じになれればと思っていたであろう人も、それぞれ相手を見つけたようで、俺に話しかけてくる人も少しづつ減って行く。
中には必死に俺を誘おうと頑張る男もいたが、こっちは婚活ではないので、適当に返事を返すと、がっかりと肩を落として立ち去っていくのを見て、逆に申し訳なく思ってしまったくらいだ。
そんな中、シェリーが俺の所へ戻って来る。
「いかがですか?楽しまれてますか?」
「はい」
「好みのタイプ、見つかりそうですか?」
そう聞かれ、シェリーを見て、その思わせぶりな顔から揶揄われたと気付いた。
「私を…、俺を誘ったのは、独身だからですか?」
一人称を俺に変えて、少しだけ素を出すことにする。
「それもありますわ」
「も、とは?他にも理由が?」
聞き逃さず、逆に聞き返す。その途端、シェリーが失言した、というような表情を作り、すぐに元の表情に戻す。
「…それは…」
はっきりと言い淀んだので、逆にこちらから切り出した。
「お父上に何か言われたのでは?」
「…仕方なくです。父は貴方をいたく気に入っているようなので」
「そのようですね。
先日、劇場のロビーでお会いした時もしつこく誘われました」
わざと迷惑だったと表情に出して言った。
「…申し訳ありません」
「侯爵に俺の趣味嗜好を探れと言われたんじゃないですか?」
はっきりと聞いた。
シェリーは黙りこみ、少し経ってから小さくため息をついた。
「その通りです。貴方を欲しいとはっきりと言っていました」
シェリーの口調が変わる。
俺の反応を伺うように首だけを俺に向けじっと見て来る。
「欲しいとは、どういう意味でしょう」
「聖女様を伴侶に、もしくは愛人に迎えたいんでしょうね」
シェリーの言葉に、そうだろうな、と目を細める。
シギアーノは最初からそういう目で俺を見てきた。会うたびに、ねっとり視姦するように俺を見ていた。
「それは俺が聖女だから、ですかね」
「それもありますが、貴方は父の好みのタイプでもありますから」
言いながら冷笑した。
「父は、公爵の地位を狙っているのです」
「ああ…なるほど」
「5年前にロマーノ家が取り潰されて、今回アドルフ・ベネットの失脚。そして現れた聖女様。
公爵になる材料が揃ったと勘違いしたんでしょう」
シェリーが淡々と語る。
「勘違い、ですか」
「あの人は、その器ではありませんもの。ただ長子だったから侯爵になっただけで、別に実力を買われたわけでもなんでもありませんわ」
自分の父親をあの人呼ばわりするシェリーに笑った。
「シェリー嬢は、お父上のことを」
「嫌いです」
俺の言葉に被せるようにシェリーが断言した。
「あんな能無し、父だと思うことも恥ずかしい」
舌打ちしそうな勢いで吐き捨てるように言った。
そんなシェリーにクスクスと笑う。
「なんですの?」
「いえ、最初のイメージとだいぶ違うな、と思って」
「あら、最初はどんなイメージを抱いたのかしら」
言っていいかどうか悩む。
「どうせ、傲慢で高飛車な女とでも思ったんでしょう」
「そこまでは…」
実際にそうだと思っていたが言えなかった。
「いいんです。そう思わせるようにしていますから」
フイッと首を正面に戻し、じっと参加者を見つめる。
彼女の本心を少しだけ垣間見た気がした。彼女もまた家族との軋轢に苦しみ、自ら仮面を被って、決して弱みを見せないように必死に戦っているんだと思った。
「俺はお父上の好みのタイプなんですね」
「ええ」
シェリーがニヤリと笑って再び俺を見る。
「嗜虐心を煽られるタイプが好きなんですよ」
その言葉にうわっと反応してしまう。
「そんなに俺はいじめがいがありそうに見えますかね」
「見えますわ」
シェリーがコロコロと笑った。
なんとなくだが、シェリーがこの会を立ち上げた理由がわかった気がした。
ぜひともその理由を本人の口から聞きたいと思った。
「シェリー嬢」
声をかけて、次の言葉を言おうとした瞬間、ガシャン!と派手にガラスの割れる音が聞こえた。
続けて怒鳴る男の声。
「何事ですの!?」
グレイを残し、ジャニスがすぐに音のした方へ飛び出し、グレイとキースが俺とシェリーを背中に庇う。
参加者達が、一斉に悲鳴を上げながら音とは逆の方へ逃げ、1箇所に固まる。
「シェリー!!」
男の叫び声がして、再びガラスの割れる音が響いた。
だが、ジャニスにいとも簡単に拘束された。
「あらぁ。ロペス男爵家のダンじゃないの」
後ろ手に拘束されたダンが持っていた酒瓶を落として割れ、中の酒が床に飛び散った。温室の中に酒の匂いが広まる。
「お嬢様!」
執事が駆けつけ、シェリーの無事を確認する。
「申し訳ありません。暴れられて手がつけられず」
見ると、初老の執事が顔に痣を作っていた。
他にも駆けつけてきた執事が持ってきたロープでダンを縛ったためジャニスも手を離す。
「どういうことなの~?」
ジャニスが俺の方へ戻りながら呟く。
それと入れ違いに、シェリーがつかつかと縛られて膝をついたダンの前に来ると、その手で思い切り平手打ちした。しかも何度も。
ものすごい痛そうな音に、全員が顔を顰める。
「シェリー様、お手が」
アーネストがシェリーを背後から止め、ブリアナが全員を落ち着かせながら、近くの席に座るように言った。
「ご説明しますから、お座りください」
必死なブリアナの言葉に、参加者達も素直に従い、俺たちも参加者側の集団に混じった。
ブリアナの説明によると、今回のお茶会に聖女が来ると知ったダンが、参加したいと申し出たそうだが、それ以前に彼に招待状を送ってはおらず、断っていたという。
だがそれでも諦めきれないダンは何度もシェリーに直談判に来ては参加を迫った。それでもシェリーは断り続け、最後には応対することも止めた。
今回のダンの侵入はその腹いせによるものだった。
キースがそのブリアナの説明に補足する。
「ルメール家のイライジャ様の件は皆様もご存知かと思います。
先日、イライジャ様と親しかったベッカー家のトラヴィス様が瑠璃宮に侵入するという事が起きました。その繋がりで、同様に親しかったロペス家のダン様、ガルシア家のデレク様からの贈り物やお手紙を全て拒否させていただく手続きをとった次第です」
「それでダンは慌てて聖女様に取り入ろうとしたのか…」
アーネストが呆れたように呟いた。
シェリーがダンを殴りいささか怒りがおさまったのか、全員を振り返ると、丁寧に頭を下げて謝罪した。
「大変申し訳ございません。皆様にはご不快な思いをさせてしまい…」
「シェリー様のせいではございませんわ」
「そうですよ。全てこいつが悪い」
参加者が口々にシェリーを慰める。
「本日はもうお開きにいたします。誠に申し訳ございませんでした」
シェリーが再び頭を下げるが、全員が恐縮しながら、お辞儀を返していた。
「ぜひ狩猟祭にもお越しくださいませね」
ブリアナが言いながらアーネストとともに、温室の外まで見送った。
参加者達は、俺にも丁寧に挨拶し、ダンを捕らえたジャニスにもお礼を言って帰って行く。
「聖女様。申し訳ございません。こんな終わり方で…」
「貴方のせいではありませんよ。
それより、執事の方がお怪我を」
振り返って、痣を作った執事を見て、近づく。
「他に怪我をされた方はいらっしゃいますか?
いらっしゃるなら、こちらに来るように伝えてください」
執事がシェリーに確認し、彼女が頷くと、すぐに若い執事が怪我人を呼びに走って行った。
「ありがとうございます。
騎士様も、貴方がいてくださって本当に良かった」
ニコリと本心からの笑顔を向けられて、ジャニスが照れていた。
少しして、5、6人の顔に殴られた跡のある執事やメイドが温室に入ってくる。
すぐに、全員にヒールをかけると、ものの数秒で跡が消えた。
使用人達が驚愕の表情で、殴られた顔や腕を触って治ったことを確認していた。
「本当にすごいわ…」
シェリーも集団を一気に治したヒールに驚いた表情をする。
「そういえば、先ほど何かおっしゃいかけてませんでしたか?」
「あー…なんでしたっけ。すみません、忘れちゃいました」
本当は覚えていたが、忘れたフリをした。
一度瑠璃宮に戻って、相談してからにした方がいいと思い直し、先ほど言わなくて良かったと考えた。
「聖女様、狩猟祭にもお越しいただけませんか」
「狩猟祭?」
「今月末に開催されるのですが…」
「ああ、アストリアの狩猟祭か」
グレイが呟く。
「すぐにお返事しなくてもよろしいですか?」
キースが答える。
「はい。構いません。招待状を送付しますのでご検討ください」
ニコリと笑う。
「是非ともよろしくお願いします」
ブリアナがニコニコと俺の手を握る。
アーネストも最後の最後でようやっと笑顔を見せた。
見送ろうとするシェリー達に、後始末も大変でしょうからと丁寧に断り、玄関まではメイドに案内してもらった。
こうして俺の初お茶会は終わりとなったが、シェリーに関して色々とわかったこともあったし、まずまずの収穫だな、と思いながら帰路に着いた。
「可愛いわよ~」
ジャニスがそのローブ姿の俺を見てニコニコと微笑む。
「可愛いとかよりも、かっこいいって言われたいよ」
とほほと聖女仕様の衣装に苦笑した。
出来れば夜会の時のような騎士服に近い衣装がいいと思うが、今日のお茶会の衣装はかっこいいというよりも綺麗だと思えるものだった。
「まぁ仕方がないな。今日はお見合いのようだし」
グレイがニヤニヤと笑い、その言葉に顔を顰めた。
目覚めてから5日後、午後1時からシェリー・シギアーノが主催するお茶会に参加するために、馬車に揺られていた。
目覚めた翌日、フィッシャーが瑠璃宮を訪ねて来て、お茶会の詳細を把握することが出来た。
参加者は27名。
王都のシギアーノ邸の一角で開催される。
主催者のリーダーは、シェリー・シギアーノ侯爵令嬢だが、サブとしてマース侯爵家次男アーネスト、チェルニー伯爵家長女ブリアナの名前があった。
他は招待を受け、参加を表明した各貴族の子息子女達が17名。残りの6名は富裕層からの出席だった。
今回のお茶会に聖女が参加することは発表されていないが、別に隠しているわけでもなかったので、噂を聞きつけた者が参加したいと、受付を締め切った後から次々と現れるが、シェリーは断固として追加の参加者を認めなかった。
「お茶会では席が決められておりますが、最初だけです。
始まると、それぞれお目当ての方へ話しかけたり、かけられたりするでしょう」
フィッシャーが流れを説明し、苦笑しながら俺を見る。
「きっとショーヘイ君は囲まれますよ。今回シェリー嬢を始めとした主催者3名のそばを離れない方がよろしいかと思います」
そうアドバイスされて、従うことにする。
そして、シェリー、アーネスト、ブリアナについて詳しく教えてもらった。
3名とも独身で、伯爵家のブリアナは世話好きな女性で、孤児院や貧困層へのボランティア活動を積極的に行っている。
侯爵家のアーネストは後継である兄を補佐する仕事をしているが、物静かで控え目。自ら伴侶を探すという行動をするような男ではなかった。
ただ、事務能力が高く、グラーティアの会では裏方の仕事を一気に引き受けていた。実は、彼がこのグラーティアに入ったのは、病弱な妹に変わって、彼女の伴侶を見つけるためだと噂されていた。
そしてシェリー。
彼女はシギアーノ家の長女として、王都邸宅を管理する女主人でもあり、領地にいる父と後継の兄の補佐的業務を行っている。
ただ、彼女もまた優秀で、父である現侯爵の仕事の半分以上を彼女が行なっている、という噂もあった。
後継の兄が領地からほぼ出て来ないのも、シェリーに頭が上がらないからだと言われている。
このグラーティアの会が出来たのは5年前。ロマーノ公爵家が取り潰されてすぐ後のことだった。
立ち上げたのはシェリーとジェンキンス侯爵家の次女クレアで、今は5名の主要メンバーが1、2ヶ月に1度の割合で、10名程度から100名を越える大規模なものまで、お茶会やパーティーを開催している。
5年の間に成立したカップルは多くはないが、結婚を前提に付き合う者は多く、おそらく2、3年後には今の倍以上の成婚があるだろうと予測されていた。
だが、主要メンバーは誰1人して結婚しておらず、優秀な彼女達目当てに参加する者も多かった。
フィッシャーからの話を聞いて、首を傾げる。
「どうしました?」
「いえ…なんと言えばいいのか…」
「どうぞ思ったことを率直におっしゃってくださって構いませんよ」
そうイケオジのフィッシャーに優しく微笑まれ、少し頬を紅潮させながら話す。
「お話を聞く限り、お見合いを成功させることが彼女達の目的ですよね。
夜会で、シェリー嬢が俺の好みのタイプを聞いてきたのも、俺が独身だから、相手を見つけてあげようっていう親切心のようにも思えてきました」
てっきり、夜会でのシェリーの態度からすると、父親に言われて俺の嗜好を探りに来たと思ったのだが、会の目的などを聞いた後ではそう思えなくなった。
お見合いババア。
若く可愛いシェリーには全く当てはまらないが、やっていることは、元の世界にも居たお節介な会社のお局達と同じだ、と思い出していた。
「シェリー嬢は、その物言いから敬遠されがちですね。もう少し柔らかい言い方をすればいいと、私も思います」
フィッシャーが言い、誰に対してもああいう話し方なんだと知る。
「ですが、侯爵のように差別意識を持っているわけでもないようで、一度、お茶会で粗相をした使用人を庇ったこともあるそうです」
「へぇ…」
俺の中でシェリーという女性がどんどんわからなくなってくる。
父親が侯爵という威光を傘に傍若無人だったセシルの姉であり、無数の若い愛人を侍らせたスケベ侯爵の娘。
先入観を捨てて彼女自身を見極める必要があると思った。
「アル様、ありがとうございます。参考になりました」
ニコリとフィッシャーに礼を言うと、握手を交わした。
その後、質問されるであろう内容を考えつつ、その答えをどうするかキースと話し合った。
瑠璃宮を出て20分後、貴族街の一角にあるシギアーノ侯爵邸に到着した。
屋敷の門を通り抜け、少ししてから馬車が停まる。
先にグレイとジャニスが出て、続いてキースが、最後に俺がキースのエスコートで馬車から降りた。
すぐに周囲を見渡すと、他にも家紋付きの馬車が数台停まり、その従者達が王家の馬車の俺たちに頭を下げているのが見えた。
「聖女様、お待ちしておりました」
玄関前にシェリー、アーネスト、ブリアナが揃い丁寧にお辞儀する。
「この度はお招きありがとうございます」
俺も、彼女達の前に行き、丁寧に貴族流の挨拶をする。
顔を上げると、ブリアナはニコニコと満面の笑みを浮かべていたが、シェリーとアーネストは口角を僅かに上げた薄い微笑みを浮かべているだけだった。
「こちらへどうぞ」
シェリーが先頭を歩き、付き従うようにアーネストとブリアナが続く。
その後ろをついていく。
「寒くなりましたわね」
ブリアナがすぐ後ろを歩く俺にニコニコと声をかけてくる。
「そうですね。もう10月ですから」
俺もブリアナに微笑みながら返し、ここで、軽口を言ってみることにした。
「毎朝布団と仲良くなりすぎてお別れするのが悲しくて」
俺の言葉を聞いたジャニスがプッと噴き出すのが聞こえた。
ブリアナも、俺の言葉に一瞬だけキョトンとした後、すぐに破顔しコロコロと楽しそうに笑う。
アーネストもシェリーも振り返り、本当に一瞬だけ驚いた表情を浮かべた。
「今日のお召し物も素敵ですわ」
「ありがとうございます。ブリアナ嬢も大変可愛らしくてお似合いです」
少々ふっくらした彼女は、濃い茶色のドレスを身に纏っていた。焦茶色の長い髪をアップにし、その頭にケモミミが可愛く動く。
熊?アライグマかな。
その色といい、形といい、丸っこいブリアナを素直に可愛いと思った。
前を歩くアーネストは俺よりもずっと背が高く、ひょろっとした痩せ型の人族だった。
頬がこけたように肉がなく、神経質そうな細い目と薄目の唇。イケメンとは言い難いが、不男でもない。
シェリーは騎士服のような赤い刺繍の入った詰襟の上着を着ているが、ふわりと広がるクリーム色のスカートが女性らしさを醸し出す。
猫耳がたまにピクリと無意識に動き、おそらく尻尾はスカートの下にあるのだろうと思った。
案内されたのは、中庭を通った先にあった温室だった。
中には、色とりどりの花が咲き乱れ、緑も多く、整備された森のようだった。しかも非常に暖かい。
「素晴らしいですね…」
その温室に素直に感想を告げる。
「いつでも楽しめるように、庭師が丹精込めて世話をしてくれています」
シェリーがやはり薄い笑みを浮かべて説明してくれる。
そして、他の参加者がいる奥まで温室を進む。
かなり広い温室の中に、ガーデンパーティのようにテーブルやソファがあちこちに置かれて、すでに何人かが寛いでいた。
だが、シェリー達が来たとわかった瞬間、全員が立ち上がり、こちらに向かってお辞儀する。
「皆様、お待たせいたしました」
シェリーがよく通る綺麗な声で言い、丁寧に頭を下げる。
「本日は特別なゲストをご招待させていただいております」
そう言って、俺を振り返る。
「聖女ショーヘイ様です」
紹介され、一歩前に進むと、シェリーと同じようにお辞儀をした。
参加者達の目が一斉に俺を捉え、目を輝かせる。
数人は俺が来ることを知らなかったのか、はっきりと、やった!という表情を浮かべるのを見て苦笑した。
「聖女様はこちらへ」
シェリーに案内され、会場を見渡せる位置にある1人掛けのソファ席に案内された。キースとグレイ、ジャニスは俺の後方にある椅子席に案内される。
「座るわけには」
グレイが、案内したブリアナに座席を断る。
「グレイ、お言葉に甘えて」
振り返って微笑むと、3人とも渋々椅子に座る。
「それでは始めましょう」
シェリーの声で、使用人達が一斉に出席者達に飲み物を配り始めた。
全員の手にグラスが行き渡ったところで、全員が起立する。
「出逢いに乾杯」
ブリアナが音頭を取り、お茶会という名のお見合いがスタートした。
最初は誰しもが様子見と言った感じで、最初の席から移動せずに、同じ島の中で会話を続けている。
ざっと見渡しても、誰がどこの誰なのか全く覚えていない。
夜会で紹介されたのは1回だけで、顔と名前を覚えられるはずもなかった。
俺は最初主催者3人と同じ席に座り、ほぼブリアナとだけ話していた。というか、ブリアナはよく喋る女性で、彼女が一方的に喋る、という時間が続いた。
「この間の夜会、聖女様にお怪我はありませんでしたの?」
「はい。騎士様に守っていただきましたので…」
そう言うと、ブリアナが後ろに控えるグレイとジャニスを見て、こそっと俺に言う。
「あの方達は独身でいらっしゃるの?」
その言葉に破顔し、1人、大きい方は心に決めた方がいらっしゃるようです、とグレイのことを言うと、あきらかにブリアナはがっかりしていた。
「それにしても、あのコークス一族がみんな犯罪者だなんて…世も末ですわ」
ブリアナがブルっと身を震わせて呟く。
つい先日、コークスの残虐極まりない罪を知り、その被害者を治療したばかりで、それについては何も答えず、ただ苦笑だけを返した。
「ブリアナさん、その話は相応しくないわ」
シェリーがすかさず、ブリアナのおしゃべりを咎める。
「あら、私ったら、ごめんなさい」
シェリーが俺に目配せし、薄く微笑んだ。
その目を見て、彼女はコークスの罪を少なからず把握しているんだと感じた。
「聖女様、記憶がないとお伺いしましたけど、全く何も覚えてらっしゃらないのですか?」
静かにそう聞かれ、頷く。
「本当に名前しか覚えていないんです。
記憶にあるのは、ディーゼル殿下、ロイ様、グレイ様に助けられた後からのものだけです」
「それ以前の記憶は全く?」
返事の代わりに首を振った。
「自分がどこから来て、なぜあの場所にいたのか、なぜ魔力暴走を起こしたのか、何も覚えていません」
自虐的に微笑みながら3人に向かって答え、お茶を口にした。
「夜会で、シェリー様は私の好みのタイプを聞かれましたよね?」
始まって10分ほど、世間話のような内容が続いたため、こっちからシェリーにかまをかけてみることにした。
「ええ」
「その時は確か、優しくて包容力のある人って答えたと思うんですけど…。
シェリー様に無難だと言われて」
俺の言葉にシェリーの眉がピクリと動き、決まり悪そうななんとも言えない表情になった。
「あの時は…ごめんなさい」
いきなりシェリーが謝罪してきて、意外な反応に驚いてしまう。
「あ!いえ、そんなつもりで言ったのではなくて」
両手をパタパタと振り、責めているわけではないと答える。
「実は、好みのタイプ、というのがわからないというのが正直な所なんです」
そうシェリーに笑顔を向ける。
「どういうことですの?」
ブリアナが興味深々と言った感じで身を乗り出してくる。
「今までの記憶がないので、好みのタイプも覚えてないんですよ。
今こうして話している私も、本当はもっと粗野でガサツな人間だったのかもしれませんし、無愛想で鼻持ちならない男だったかも。
私が何を考え、どういう行動をする男だったのかも記憶がなくて」
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3人が愕然とした。
「生きていく上での必要最低限のことは、きっと習慣もあったと思うので覚えているんですけど、この国のことも、常識ですら、全く覚えていません」
覚えていないのではなく、最初から知らない、というのが事実だが。
「ですから、私の好みのタイプの答えは、わからない、が正しいですね」
そう言って笑顔を3人に向けた。
「それでは、あなたのそのピアスは?」
右側に居たアーネストが右耳のピアスホールを指摘する。
それに、やっぱり来たか、と思い答えた。
「これは…」
ヴィンスに説明したことと同じ内容を3人に説明した。
「どうも私は男性に好意を抱かれることが多いようでして。
身を守るために、ディーゼル殿下とロイ様が提案してくださったんです。
その時、左右のピアスの意味も知りました」
「驚かされることばかりですわ…」
シェリーが呟く。
「私もです。ここに来るまで4ヶ月の旅の中で色々なことに驚きました。
見るもの、聞くもの、全てが初めてのことで」
「大変でしたのね」
シェリーが目を細め、同情するような視線を向ける。
「大変ですけど、楽しいと思うこともたくさんありますよ。
こうして、誰かと話すこともとても楽しいんです。今は色々な方と話をして勉強しています。
もしかしたら、会話から記憶が蘇ることがあるかもしれませんしね」
「そうですわね」
シェリーがニコリと微笑む。
初めて、シェリーが心から笑ったように見え、俺もニコリと微笑み返す。
「私たちとばかりお話ししていては申し訳ないですわね。
先ほどから、ショーヘイ様とお話ししたくて、ウズウズしてらっしゃるようですし」
シェリーが席を立ち、合わせるようにブリアナとアーネストも立った。
とりあえず、主催者側に俺の事情を説明し終わったことに安堵する。
後は、どこまで突っ込んで話が出来るかだ、と考えながら、俺と話したいと順番待ちしていた人へ微笑みかけた。
入れ替わり立ち替わり、たくさんの人と話をする。
大体は質問されて答える、という形だが、俺自身についてではなく、ロイとディーについて聞かれることも多かった。
考えてみれば、2人も独身で、その伴侶の座を狙っている者も非常に多いと気付かされる。
中には、俺は眼中になく、はっきりとロイとディーに近付くために、俺に話しかける者もいて苦笑してしまった。
あらかた全員と話し終わったが、特に収穫があったわけでもなく、今日参加した人たちは、本当に婚活を頑張っているんだな、と感想を持った。
年齢もさまざまで、20代から40代までの男女が語り合って、お互いに人となりを探り合っている。
最初は聖女といい感じになれればと思っていたであろう人も、それぞれ相手を見つけたようで、俺に話しかけてくる人も少しづつ減って行く。
中には必死に俺を誘おうと頑張る男もいたが、こっちは婚活ではないので、適当に返事を返すと、がっかりと肩を落として立ち去っていくのを見て、逆に申し訳なく思ってしまったくらいだ。
そんな中、シェリーが俺の所へ戻って来る。
「いかがですか?楽しまれてますか?」
「はい」
「好みのタイプ、見つかりそうですか?」
そう聞かれ、シェリーを見て、その思わせぶりな顔から揶揄われたと気付いた。
「私を…、俺を誘ったのは、独身だからですか?」
一人称を俺に変えて、少しだけ素を出すことにする。
「それもありますわ」
「も、とは?他にも理由が?」
聞き逃さず、逆に聞き返す。その途端、シェリーが失言した、というような表情を作り、すぐに元の表情に戻す。
「…それは…」
はっきりと言い淀んだので、逆にこちらから切り出した。
「お父上に何か言われたのでは?」
「…仕方なくです。父は貴方をいたく気に入っているようなので」
「そのようですね。
先日、劇場のロビーでお会いした時もしつこく誘われました」
わざと迷惑だったと表情に出して言った。
「…申し訳ありません」
「侯爵に俺の趣味嗜好を探れと言われたんじゃないですか?」
はっきりと聞いた。
シェリーは黙りこみ、少し経ってから小さくため息をついた。
「その通りです。貴方を欲しいとはっきりと言っていました」
シェリーの口調が変わる。
俺の反応を伺うように首だけを俺に向けじっと見て来る。
「欲しいとは、どういう意味でしょう」
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シェリーの言葉に、そうだろうな、と目を細める。
シギアーノは最初からそういう目で俺を見てきた。会うたびに、ねっとり視姦するように俺を見ていた。
「それは俺が聖女だから、ですかね」
「それもありますが、貴方は父の好みのタイプでもありますから」
言いながら冷笑した。
「父は、公爵の地位を狙っているのです」
「ああ…なるほど」
「5年前にロマーノ家が取り潰されて、今回アドルフ・ベネットの失脚。そして現れた聖女様。
公爵になる材料が揃ったと勘違いしたんでしょう」
シェリーが淡々と語る。
「勘違い、ですか」
「あの人は、その器ではありませんもの。ただ長子だったから侯爵になっただけで、別に実力を買われたわけでもなんでもありませんわ」
自分の父親をあの人呼ばわりするシェリーに笑った。
「シェリー嬢は、お父上のことを」
「嫌いです」
俺の言葉に被せるようにシェリーが断言した。
「あんな能無し、父だと思うことも恥ずかしい」
舌打ちしそうな勢いで吐き捨てるように言った。
そんなシェリーにクスクスと笑う。
「なんですの?」
「いえ、最初のイメージとだいぶ違うな、と思って」
「あら、最初はどんなイメージを抱いたのかしら」
言っていいかどうか悩む。
「どうせ、傲慢で高飛車な女とでも思ったんでしょう」
「そこまでは…」
実際にそうだと思っていたが言えなかった。
「いいんです。そう思わせるようにしていますから」
フイッと首を正面に戻し、じっと参加者を見つめる。
彼女の本心を少しだけ垣間見た気がした。彼女もまた家族との軋轢に苦しみ、自ら仮面を被って、決して弱みを見せないように必死に戦っているんだと思った。
「俺はお父上の好みのタイプなんですね」
「ええ」
シェリーがニヤリと笑って再び俺を見る。
「嗜虐心を煽られるタイプが好きなんですよ」
その言葉にうわっと反応してしまう。
「そんなに俺はいじめがいがありそうに見えますかね」
「見えますわ」
シェリーがコロコロと笑った。
なんとなくだが、シェリーがこの会を立ち上げた理由がわかった気がした。
ぜひともその理由を本人の口から聞きたいと思った。
「シェリー嬢」
声をかけて、次の言葉を言おうとした瞬間、ガシャン!と派手にガラスの割れる音が聞こえた。
続けて怒鳴る男の声。
「何事ですの!?」
グレイを残し、ジャニスがすぐに音のした方へ飛び出し、グレイとキースが俺とシェリーを背中に庇う。
参加者達が、一斉に悲鳴を上げながら音とは逆の方へ逃げ、1箇所に固まる。
「シェリー!!」
男の叫び声がして、再びガラスの割れる音が響いた。
だが、ジャニスにいとも簡単に拘束された。
「あらぁ。ロペス男爵家のダンじゃないの」
後ろ手に拘束されたダンが持っていた酒瓶を落として割れ、中の酒が床に飛び散った。温室の中に酒の匂いが広まる。
「お嬢様!」
執事が駆けつけ、シェリーの無事を確認する。
「申し訳ありません。暴れられて手がつけられず」
見ると、初老の執事が顔に痣を作っていた。
他にも駆けつけてきた執事が持ってきたロープでダンを縛ったためジャニスも手を離す。
「どういうことなの~?」
ジャニスが俺の方へ戻りながら呟く。
それと入れ違いに、シェリーがつかつかと縛られて膝をついたダンの前に来ると、その手で思い切り平手打ちした。しかも何度も。
ものすごい痛そうな音に、全員が顔を顰める。
「シェリー様、お手が」
アーネストがシェリーを背後から止め、ブリアナが全員を落ち着かせながら、近くの席に座るように言った。
「ご説明しますから、お座りください」
必死なブリアナの言葉に、参加者達も素直に従い、俺たちも参加者側の集団に混じった。
ブリアナの説明によると、今回のお茶会に聖女が来ると知ったダンが、参加したいと申し出たそうだが、それ以前に彼に招待状を送ってはおらず、断っていたという。
だがそれでも諦めきれないダンは何度もシェリーに直談判に来ては参加を迫った。それでもシェリーは断り続け、最後には応対することも止めた。
今回のダンの侵入はその腹いせによるものだった。
キースがそのブリアナの説明に補足する。
「ルメール家のイライジャ様の件は皆様もご存知かと思います。
先日、イライジャ様と親しかったベッカー家のトラヴィス様が瑠璃宮に侵入するという事が起きました。その繋がりで、同様に親しかったロペス家のダン様、ガルシア家のデレク様からの贈り物やお手紙を全て拒否させていただく手続きをとった次第です」
「それでダンは慌てて聖女様に取り入ろうとしたのか…」
アーネストが呆れたように呟いた。
シェリーがダンを殴りいささか怒りがおさまったのか、全員を振り返ると、丁寧に頭を下げて謝罪した。
「大変申し訳ございません。皆様にはご不快な思いをさせてしまい…」
「シェリー様のせいではございませんわ」
「そうですよ。全てこいつが悪い」
参加者が口々にシェリーを慰める。
「本日はもうお開きにいたします。誠に申し訳ございませんでした」
シェリーが再び頭を下げるが、全員が恐縮しながら、お辞儀を返していた。
「ぜひ狩猟祭にもお越しくださいませね」
ブリアナが言いながらアーネストとともに、温室の外まで見送った。
参加者達は、俺にも丁寧に挨拶し、ダンを捕らえたジャニスにもお礼を言って帰って行く。
「聖女様。申し訳ございません。こんな終わり方で…」
「貴方のせいではありませんよ。
それより、執事の方がお怪我を」
振り返って、痣を作った執事を見て、近づく。
「他に怪我をされた方はいらっしゃいますか?
いらっしゃるなら、こちらに来るように伝えてください」
執事がシェリーに確認し、彼女が頷くと、すぐに若い執事が怪我人を呼びに走って行った。
「ありがとうございます。
騎士様も、貴方がいてくださって本当に良かった」
ニコリと本心からの笑顔を向けられて、ジャニスが照れていた。
少しして、5、6人の顔に殴られた跡のある執事やメイドが温室に入ってくる。
すぐに、全員にヒールをかけると、ものの数秒で跡が消えた。
使用人達が驚愕の表情で、殴られた顔や腕を触って治ったことを確認していた。
「本当にすごいわ…」
シェリーも集団を一気に治したヒールに驚いた表情をする。
「そういえば、先ほど何かおっしゃいかけてませんでしたか?」
「あー…なんでしたっけ。すみません、忘れちゃいました」
本当は覚えていたが、忘れたフリをした。
一度瑠璃宮に戻って、相談してからにした方がいいと思い直し、先ほど言わなくて良かったと考えた。
「聖女様、狩猟祭にもお越しいただけませんか」
「狩猟祭?」
「今月末に開催されるのですが…」
「ああ、アストリアの狩猟祭か」
グレイが呟く。
「すぐにお返事しなくてもよろしいですか?」
キースが答える。
「はい。構いません。招待状を送付しますのでご検討ください」
ニコリと笑う。
「是非ともよろしくお願いします」
ブリアナがニコニコと俺の手を握る。
アーネストも最後の最後でようやっと笑顔を見せた。
見送ろうとするシェリー達に、後始末も大変でしょうからと丁寧に断り、玄関まではメイドに案内してもらった。
こうして俺の初お茶会は終わりとなったが、シェリーに関して色々とわかったこともあったし、まずまずの収穫だな、と思いながら帰路に着いた。
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