おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜観劇〜

128.おっさん、コークスの末路を知る

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 翔平が目が覚めたのは、コークスの被害者を救った日から3日後のことだった。
 薄く目を開けて、見覚えのある天井が視界に入り、ここが自室の寝室だと気付く。
 完全に瞼を開けることは出来ず、再び目を閉じて、しばらくしてからまた薄目を開ける、ということを繰り返して、徐々に頭の中が覚醒していった。
 パチパチと数度瞬きを繰り返して、目線を左右に動かし、右側に人がいることに気付いた。
 頭をそちらへ向けると、アビゲイルが椅子に座って本を読んでいた。
「アビー…」
 声を出すが、掠れて普通の声が出せなかった。
 だが、微かな俺の声に気付いたアビゲイルが慌てて本を放り投げ、ベッドに両手をついて俺の顔を覗き込む。
「目が覚めたのね」
 嬉しそうに微笑む美しい顔に照れてしまう。
「ちょっと待っててね」
 すぐにアビゲイルが本を拾って椅子に置き、寝室のドアを開けてキースを呼ぶ。
「ショーヘイ様」
 慌てた様子で寝室に入ってきたキースが泣きそうな顔で俺の側にくる。
「おはよ…」
 再び掠れた声を出すと、ハッとしたキースがパタパタと寝室を出て行き、すぐにコップに入った水を持ってきた。
 起きあがろうと思ったが、体に力が入らずキースに抱き起こしてもらうと、コップを口に当てられてゆっくり傾けられる。
「ゆっくり少しづつ飲んでください」
 ほんの少しだけ口に含み、口内を水で潤した後に喉を通す。
 それを数度繰り返した後、コップを受け取ろうとしたが、腕が震えて持つことが出来なかった。
 結局、キースに全部飲ませてもらうと、再び寝させられた。
 その後、キースが暖かい薬湯を淹れてくれ、キースと初めて会った時にも飲んだな、と美味しい味を思い出す。
「どのくらい寝てた?」
「2日と半日ほどです。
 たまに寝返りなどをさせましたが、体に違和感などはございませんか?」
「そんなに寝てたのか…」
 予想通り、消費した魔力は最初のカミロ村以上だったな、と考える。
 大量消費に体が慣れてきていたことも考慮すれば、おそらく2倍近くの魔力だったと漠然に思った。
「大丈夫。寝過ぎて力が入らないだけで、あんまりだるさも残ってないよ」
 笑いながら言い、手をグーパーと動かして、先端の方から体を動かして行く。
 時計を見ると午前11時。そろそろお昼かと考えた瞬間、グウゥゥとお腹が盛大に鳴った。
 その音にキースもアビゲイルも声を出して笑った。

 30分ほどベッドに座った状態で、体に力を入れ弛緩させる、という動きを繰り返すと、次第に震えも治ってきた。
「もう大丈夫かな」
 言いながらベッドに腰掛けて、キースの手を借りて立ち上がった。
 若干まだふらつくが歩けないことはない。
「そんなに無理に動こうとしなくてもいいんじゃない?」
「無理にでも動かさないと本当に動けなくなっちゃうよ」
 病気でもなんでもなく、ただ魔力を一気に大量消費して疲れてただけだから、と笑いながら答え、キースに捕まりながら寝室から出た。
 それから手を離し、壁に手をつきながら1人で歩き、フィッティングルームへ入ると着替えをする。
 流石に片足立ちは出来なかったので、椅子に座ってゆっくりズボンを履き、身支度を整えた。
 着替えている間に、キースが食事を取りに行ってくれて、リヴィングに戻った時にはダイニングに食事が並んでいた。
 3日ぶりの食事の匂いに顔が緩む。
「胃が驚いてしまいますから、まずは軽めの、消化の良い物から」
 絶食で何も入っていない胃の負担を考え、パン粥が俺の前に置かれた。
「肉食いたい…」
「やだもう。グレイみたいなこと言わないでよ」
 アビゲイルが笑い、一口一口味わって食べる俺をニコニコしながら見つめた。
「ショーへー!」
 食べている最中にバタバタと廊下を走る音が聞こえて、バタン!と勢い良くドアが開けられた。
 ロイがはぁはぁと息を切らせて入ってきた。
「ショ~ヘ~」
 俺の顔を見たロイの顔がデレ~っと崩れる。せっかく綺麗な顔なのに勿体無い、と思ってしまった。
 両手を広げて抱きつこうとするロイをキースが遮った。
「今は食事中なので、お待ちください」
 そう言われて、素直に手を引っ込めるが、「待て」をされたロイがソワソワとまだ?まだぁ?と体を揺する姿が可愛いと思ってしまい意地悪したくなった。
 わざとゆっくりとよく噛んで食べて時間をかける。
「ご馳走様でした」
 ふぅとお腹が満たされてお腹を撫でた。
 ロイが尻尾をブンブン振って「待て」が解除されるのを今か今かと待っている姿を見て笑った。
「全く…」
 呆れながらも、自分から両手を差し出した。
 途端にロイの表情が太陽のように明るくなると、すぐに俺を抱きしめ、抱き上げた。
「ちょ、おい!」
 抱きしめられるだけならいざ知らず、抱き上げられるとは思わなかったので、思わず抗議したが、それでもロイは嬉しそうに俺を運び、ソファに移動した。
 膝に座らせてチュッチュッと顔中にキスの雨を降らせ、すりすりと顔や頭を擦り付けてくる。
「犬ね」
「犬ですね」
 クスクスとキースとアビゲイルが呆れながら笑っていた。
 この間、ロイの膝に座り甘えたことを思い出し、さらにキースやアビゲイルの前でキスされることが恥ずかしくて、真っ赤になって抵抗した。
「せめて隣に」
 膝から降りようとして、腕を突っぱねるが、すかさず唇を重ねられた。
「パン粥の味がする」
 キスの後にデレ~っとした顔で言われて、真っ赤になってベチッとロイの顔面を手で叩いた。
 すったもんだの攻防戦の末に、ようやっと膝の上から降りることができるが、それからしばらくロイがベッタリとくっついて離れることはなかった。
 そのすぐ後にディーも駆けつけて、熱い抱擁とキスをされた。
「パン粥食べました?」
 そう聞かれキースとアビゲイルが声に出して笑っていた。
 そして当然のように2人にはさまれてソファに座らされる。





 俺が目覚めたと聞いて、次から次へと見舞いの人が入れ替わり立ち替わりやってくる。
 そのお見舞いの最後に、マキアス・テイラーとニコール親娘が瑠璃宮を訪れたことには驚いてしまった。

 今までは俺たちの関係を知っている人ばかりだったので、ロイもディーも気兼ねなくくっついていたが、流石にテイラー親娘の前でベタベタするわけにもいかず、ロイは円卓の方へ移動し、ディーも俺から離れた。

「聖女様、まずはお詫びをさせてください」
 ニコールが開口一番に頭を下げてきた。
「何をですか?」
「貴方に、治療を諦めろと…」
「ああ、それは気にしていませんよ。
 むしろ私を気遣って言ってくださったんですよね?
 大丈夫です。わかっておりますから」
 そう言って微笑むと、ニコールが恥ずかしそうに微笑んだ。
「それより、被害者の方たちはその後いかがですか?」
「はい。全員順調に回復しています」
「良かった…」
 意識を失う前、39人の体が元に戻ったという確信はあったが、その復元された部位に異常があるかもしれないと、少しだけ不安もあった。
「今は当局員の聴取にも応じてくれるようになり、まだ思い出すのも辛い状況ですが、彼らも必死に証言をしてくれています」
「出来ることなら、心の傷も癒やされることを願うばかりです…」
 体が元に戻っても、拉致監禁され、奴隷紋を刻まれて拷問を受けた記憶は消せない。おそらくその恐怖はこれからも彼らに一生付き纏うことになるだろう。
 願わくば、これからの人生が他人に脅かされず、平穏になりますようにと心から願った。
「コークス家は、末子のコリーン嬢を除いて極刑を求刑します。
 さらに、この件に関わっていた複数の者たちも同様です」
「コークスという名前はこの国の歴史からも抹消され、次代に引き継がれないよう、禁忌の名として記録するつもりです」
 マキアスが真剣に告げた。
「コリーン嬢はどうなるのですか?」
 唯一生き残る彼女が気になった。
「コークスの犯罪を告発したのは、コリーン嬢なのです」
 ニコールの言葉に息を飲んだ。
「レイ・コークスは、蛮行に加わらないコリーン嬢を疑い、監視下に置いていました。なので、通常の告発は出来なかった。
 通常の告発だと揉み消される恐れもあり、罪が露見する前に、証拠も自分も消されるかもしれないと考えたのです。
 そこで、噂だけは耳にしていた黒騎士の存在を信じ、何年もかけて探し出そうとしていたと」
 確か彼女はまだ20代前半だったはずだ。夜会で紹介された時、4兄妹の歳の差がすごいなと思った記憶がある。
 その彼女が家族の行いがおかしいと感じたのが思春期のあたりだとしても、10年近く家族に怯えて暮らしていたことになる。
 知っていて黙っていたから同罪だと聞いていたが、事実は言うことが出来ない状況だった。それでもなんとか告発しようと1人で奮闘していたと知った。
「それでは、ようやっと黒騎士を見つけることが出来たんですね…」
「いいえ、結局見つけられなかった」
「じゃぁどうやって…」
「逆なんです。
 黒騎士がコリーン嬢を見つけたんです」
 ニコールが苦笑する。
 ああ、そういうことか、と思った。

 コリーンが黒騎士を探していることに気付いた誰かが、彼女に近付いた。
 そしてなぜ黒騎士を求めているのか調べ、事情に気付き、黒騎士の方からコリーンに接触した、というのが正解なんだろう。
 影はあくまでも影。
 探そうと思っても見つかるわけもない。そんな簡単に見つかるなら影の存在の意味がない。

 改めて黒騎士の凄さに鳥肌がたった。

「コリーン嬢からの告発を受けてからは早かった。
 たった2ヶ月で情報を集め、先日の夜会で一族全員留守になるタイミングを見計らって一斉捜索を行ったそうです」
「我々司法局も黒騎士から連絡を受け、初めて事件を知りました。
 その時にはすでに証拠がほぼ揃っており、我々はその確認作業をするだけで良かった。
 全く不甲斐ない…」
 マキアスが眉間に皺を寄せてため息をついた。
「ではコリーン嬢は…」
「彼女は、拘束、留置ではなく、保護されたのです。
 今は長年の家族の監視から解放され、罪の意識に苛まれながらお過ごしになっています。
 彼女の希望で、今後は亡くなられた人のために生涯祈りを捧げるため修道院に入りたいと」
 その言葉で、ジワッと涙が込み上げてくるのを耐える。
 家族の中にも被害者がいた。
 身体的苦痛はないかもしれないが、彼女も精神的苦痛を与えられてきた。
「辛かったでしょうね…」
「今回、聖女様が生存者を治療し、失われた部位も復元されたと聞き、泣き崩れておりました…」
 涙を堪えようとしたが、ダメだった。
 落ちてくる涙を指で拭う。
「聖女様…」
 ニコールが俺に優しい目を向ける。
「本当にありがとうございました」
 ニコールとマキアスが頭を下げ、顔を上げた後、優しく微笑んだ。

 マキアスとニコールが退室した後、ロイとディーがすぐに俺の隣に戻りくっついてくる。
 2人同時にハンカチを差し出され、笑いながら2枚のハンカチで涙を拭った。
「ほんと、歳のせいなのか、この世界に来てから涙脆くなっちゃって困るよ…」
 そう軽口を言いながら、涙で濡れた目を隠す。
 そんな俺の頭や背中を2人が優しく撫でて慰めてくれた。

 



 

 それから半年後、レイ・コークス、長男と長女、それぞれの伴侶、伴侶の両親、レイの弟2人と伴侶、甥姪など、犯罪に関わっていた者は一族の7割にも及び、42名に極刑が下り、その3日後に刑が執行された。
 コークスという名前は抹消され、残りの3割の一族の者達はコークスと名乗ることをやめ、人知れず国内外に散って行った。
 領地は隣接するギルバートのランドール家に一時的に統合されることになった。

 ロドニーもその半月後に極刑が言い渡され、同じく3日後に執行される。

 残されたコリーンは本人の希望から被害者達へ個人所有の私財を全て差し出し、修道院へ入った。
 
 王都及び領地にあったコークス家の邸宅はすぐに壊され、その跡地に慰霊碑が建てられ、花が絶やされることのないように、フラワーガーデンとして管理されることになった。


 こうして建国当時から続いたコークス家はその歴史から姿を消すことになった。

 
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