125 / 206
王都編 〜観劇〜
125.おっさん、報告する
しおりを挟む
朝6時過ぎ。
いつも通りの時間に、体内時計で目を覚ます。
一度身についた習慣はなかなか抜けないものだな、と考えつつ体を起こした。
俺をはさんで寝ているロイとディーを起こさないように、足元の方からそっと降り静かに寝室を出た。
まだキースは来ていないので、さっさと顔を洗って身支度を整え、鼻歌混じりで朝のお茶の用意を始めた。
「おはようございます」
ノックの後、静かに入ってきたキースが俺を見つけて微笑む。
「お二人はまだ?」
「ああ、まだ寝てるよ」
2人分のお茶を用意して、キースに座るように促した。
「これじゃ立場が逆ですよ」
笑いながらも促さるままダイニングテーブルに座った。
「キースだってアランと結婚したら、お茶を出される側になるんだから、今から慣れておけよ」
言いながらどうぞ、とティーカップを置いた。
「アラン達、何時くらいにこっちに来るかな」
「多分9時過ぎには」
「わかった。今日の訓練は?」
「報告が終わったら始めましょう」
「はーい」
なんだ訓練は休みじゃないのか、と少しだけがっかりする。またあの激痛が待っているかと思うと、小さくため息が出てしまった。
「昨日、シギアーノ家のシェリー様からお茶会の招待状が届きました」
「シギアーノ…」
その名前を聞いて、ロビーで絡まれたことを思い出して顔を顰めた。
キースがすぐに気付いて聞いてきたので、ロビーでの一件を話した。
「どうしようもないですね、あの方は…」
思い切り嫌悪感を露わに呟く。
あのスケベ親父の娘であるシェリーが主催のお茶会がどんなものなのか想像も出来ない。
「報告会で、その話もあると思います。出席することになると思いますので」
「ちなみにいつ?」
「10日後です」
ヴィンスからの誘いはすぐだったため、随分と離れてるなと思った。
「観劇の約束が早すぎたんですよ。10日後でも早い方ですね」
キースがすぐに俺の思考を察してニコリと笑う。
「そうなんだ」
そういえば、シェリーが主催するのは独身貴族が集まるお見合いだったと思い出した。
「もしかして、そのお茶会もお見合いパーティみたいなもん?」
それなら参加者も色々と準備が必要になるんだろうと思った。
「どうでしょうか…場所が王都のシギアーノ邸なので、そんなに大人数ではないと思うんですが…」
キースがしばらく考え込み会話が止まったため、俺も思考を巡らせる。
9年前結婚が流れて、新たな出会いを見つけるために婚活パーティに参加しようかと真剣に悩んだ記憶が蘇る。
悩んでいる内に、恋愛が出来なくなっていることに気付いて、結局一度も参加はしなかった。
まさか異世界で婚活パーティに参加することになろうとは、と自虐的に笑った。
「どうかしましたか?」
その俺の笑いを見て、キースが首を傾げる。
「いやね、俺が元居た世界でも似たようなパーティーがあってさ」
「そうなんですか…ショーヘイさんも参加されてたんですか?」
素直に驚かれながら、聞かれる。
「いや俺は参加したことはないよ。
ちょっと事情があって、恋愛恐怖症になっちゃって」
恋愛が出来ない、しようとすると発汗、動悸、息切れ、恐怖が込み上げる。あの状態を一言で説明するなら、恐怖症という言葉がしっくりくると思った。
「今は大丈夫なんですか?」
「ああ。今はロイとディーと恋愛してる自覚あるし。
今度その事情も話すよ」
「では、次のパジャマトークで」
キースに言われ目を合わせて笑いあった。
「おはよう…」
「おはようございます…」
ロイとディーが起きて来る。
寝癖をつけて大きな欠伸をしながら、まだ眠そうにしている2人に笑った。
ジャニスとアビゲイルも起き、一緒に朝食を済ませて、朝の日課となっているサインを終えた後に玄関ロビーでサイファー達が来るのを待った。
先にグレイとオスカー、そしてフィッシャーが到着する。
「やぁ、おはよう」
昨晩同様、キラキラとしたイケオジの姿が眩しくて目を細める。
オスカーとフィッシャーがにこやかに会話する姿をじっと眺めた。
野生味溢れるイケオジ、オスカー。
理知的な紳士のイケオジ、フィッシャー。
2人が並ぶとかなり絵になると思ってしまった。そのままファッション誌の表紙を飾れる程のモデル並みの2人に、あんなおっさんになりたいと憧れ、羨望の眼差しを向ける。
「おっさんが珍しいか」
ロイが背後から俺の肩に腕を絡ませ、ムスッとした口調で聞いてきた。
「かっこいいなと思って」
「俺の方がかっこいいぞ。若いし」
口を尖らせながら言うロイが嫉妬していると気付き笑う。
「はいはい。かっこいいかっこいい」
笑いながら受け流すが、ロイはムッとしたまま俺の腹部に背後から両腕を回して頭をすりすりと寄せてくる。
「揃ってるな」
そこにサイファー、アラン、ギルバートが現れる。
すかさず、ロイが腕に力を入れ、ギルバートに見せないように自分の体で俺を隠した。
「おい」
そんな行動に笑った。
2階の会議室に移動し、全員が席に着く。
「今回からアルヴィンも同席してもらう」
「よろしく」
フィッシャーがニコリと紳士的な微笑みを浮かべる。
「やっぱり昨日隣に来たのは…」
「ショーへー君の想像通りだよ」
ディーがどういうことですか?と俺に聞いてきたので、劇場で隣のボックス席にフィッシャーが居たことを話した。
「そうならそうと先に言ってくれれば良かったのに。あたしもびっくりしちゃったわよ。一緒に居た人も黒騎士なの?」
ジャニスが肩をすくめながら言った。
「ああ、そうだよ」
隠そうともせず、にこやかに答える。
「それにしても隣なんてよく取れたわね」
アビゲイルが言ったが、フィッシャーはただニコリと笑っただけだった。
その笑顔に全員が察する。
要するに、ヴィンスがボックス席を予約した時点で、すでにフィッシャーが隣に入ることは決まっていたということだ。
すでに芸術を愛する会メンバーの調査は始まっており、あらゆる手を使って情報を集めている。
隣の席で、ヴィンスが誰を同伴するのか、何を、どんな話をするのか、それを探る手筈になっていたのだろう。
今回はたまたま俺が同伴者だった。ただそれだけの事だ。
「もしかして、盗聴とか…?」
つい聞いてしまった。
「それは秘密です」
フィッシャーが口の前に人差し指を立て、楽しそうに微笑んだ。
「では始めようか」
キースがお茶を配膳し終わり、サイファーが告げる。
「ヴィンスは、下っ端も下っ端。
ウォルター・ジェンキンス以下に良いように使われている印象ですね」
話しづらいので、あえて、それぞれの敬称を省かせてもらうことにした。
「芸術をこよなく愛しているのは事実だと思います。逆をいえば、それだけです」
「ふむ…では、何故聖女を誘ったのか…」
「その理由は聞けませんでしたが…おそらくは」
昨晩ヴィンスが話した内容を思い出しながら話す。
「ヴィンスは、芸術分野を高尚なものにしたいと言っていました。
なので、聖女が芸術を高く評価することが、その夢を実現させる近道だと考えたのではないかと」
「なるほど」
サイファーが相槌を打つ。
「ただ、そう仕向けられた可能性もあるわよね」
ジャニスが続け、俺も賛同して頷いた。
「その近道を考えたのがヴィンスかどうかは、怪しいわね」
アビゲイルも同調する。
「俺もそう思う。
ヴィンスは純粋に芸術が好きで、芸術家を支援する活動をしていますが、彼自身が支援内容を考えているわけはなさそうなんです」
「はっきりと自分で言ってたわよねぇ。
ウォルターやザカリーが内容を考えて、自分はそれを実行するって。
それってただの使いっ走りってことよね」
ジャニスが小馬鹿にしたように笑う。
「そうそう、それ。
だから、聖女を利用しようと持ちかけたのは他のメンバーだと思ったんです。
それともう一つ」
一度お茶を飲んで口を潤す。
「今度ブルーノ男爵邸で開催される演奏会に誘われました。
返事は濁しましたが」
「演奏会?」
「若手演奏家の修練のために不定期に開催されているそうで、小規模な演奏会だと言っていました」
「まぁ、個人邸でやるくらいだから、そんな大きな物ではないだろうな。
ブルーノか…」
アランが呟き考え込む。
「この誘いも、ヴィンス個人の判断で招待しようと考えたとは思えなくて。
多分、誘えと誰かに言われたのでは」
「私もそう思う。
誘うタイミングを計っていたように見えたわ」
「使いっ走りの身分で勝手に招待なんて出来ないでしょうしね」
ジャニスもアビゲイルも俺の考えに同意してくれ、2人を見てニコリと微笑む。
「ブルーノ邸ですから、間違いなくメンバーのダミアンは参加するはずです。
ヴィンス以外のメンバーと話をするのにはチャンスだと思います」
「そうだな。いつかは言ってなかったのか?」
「決まり次第招待状を送ってくださるそうです」
「わかった」
サイファーがアランとギルバートを見て、頷く。
「では、その演奏会にも参加するつもりでいてもらいたい」
「わかりました」
即答しながら頷く。
「それじゃぁ、ヴィンスは…」
ディーが呟いた。
「白ね」
「白よ」
ジャニスとアビゲイルの言葉が重なった。
「会はグレーだけど、ヴィンス個人は白だと、俺も思うよ」
「ただね」
ジャニスがニヤリと意味深な表情でロイとディーを見た。
「ヴィンスはショーへーちゃんにお熱よ」
「はぁ!?」
ロイとディーが大きな声を上げた。俺もジャニスの言葉に驚いた。
「な、なんで!?そんなことあるわ…け…」
「何言ってんのよ。手を握ってこようとしたのも、恋人がいるか確認しようとしたのもそのせいよ」
俺の言葉に被せてジャニスが言う。
「そうね。私もそう思うわ。何度も頬を染めてたしね。
ショーへーちゃんが誘いを受けたことで、その気になっちゃったと思う」
アビゲイルも苦笑しながら言った。
「そんなぁ…」
ヒイィと小さく悲鳴を上げ、青ざめた。ヴィンスに想いを寄せられることに、鳥肌が立ってしまった。
人として友人としてなら考えられるかもしれないが、恋愛対象としては絶対にあり得ない。
「すまんな、ショーへー…」
サイファーが恐縮したように謝罪してくる。
「仕方ありませんよ。ショーヘイ君は可愛いですからね。
君の人となりを知れば好かれるのも当然です」
しれっと言うギルバートに、ロイとディーはぐぬぬと悔しそうな表情をした。
2人が言ったことが本当で、もしヴィンスに告白されたら、絶対に断ろうと決意を固める。
「他に何かあったか?」
アランが脱線した話を元に戻した。
「これは関係ないと思いますが…」
とりあえず、劇場であったことは全て話そうと思い、ロビーでシギアーノと鉢合わせして、ヴィンスから俺を奪おうとしたことを話した。
それを聞いて、サイファーもアランも、ギルバートすら顔を顰めた。
「本当にあの男は…」
サイファーがはぁと深いため息をつく。
「3男のセシルと言い、あの家は欲望に忠実過ぎる…」
「まだコークスのように犯罪に走らんだけマシだがな」
アランがチッと舌打ちした。
そういえば、夜会の日に一族もろとも拘束されたコークス家はどうなったんだろうと思い出した。
後で確認しようと心に留める。
「まぁ丁度シギアーノの名前も出たし、次の話に移るか」
アランがキースに目配せすると、キースが持っていた資料の中から1通の招待状を出し、全員で回し読む。
「お茶会ですか…」
ディーが招待状を眺め考える。
「今朝、ショーヘイ様とも話したのですが、お茶会の規模や内容がわからないため、探りを入れて事前準備が必要かと思ったのですが」
「そうだな」
キースの言葉にアランが頷く。
「相手はシェリーだ。ある程度質問される内容を想定して決めておいた方がいいかもな」
そう言われ、夜会で出会ったシェリーを思い出す。
見た目は猫の獣人でかなり可愛かったが、上から目線のずけずけした物言いに怯まないよう準備が必要だと、俺も思った。
「グラーティアだったか?会の名称」
ロイがキースに聞く。
「はい。一応会の目的は縁を結ぶための社交の場を提供する、となっています」
キースがすぐに答え、要するに集団お見合いですね、と付け加えた。
「お見合いねぇ…」
ロイが苦笑する。
「もうショーヘイさんには必要ないんですけどね…」
ディーがため息混じりに呟いた。
そんな2人に苦笑しつつ、話を切り出す。
「シギアーノ侯爵当人も、やたら俺を誘いたがるし、彼女自身も俺に興味があるのかは気になる所です。
夜会で話した時は、俺の好みのタイプをはっきりと聞かれましたし、その意図も知りたい」
「10日後か…。時間はあるな」
「私どもでお茶会の情報を集めましょう」
フィッシャーが引き受け、ひとまずお茶会への参加が決定し、その返事を出すことになった。
1時間ほどで一通りの報告が終わり、席を立つ。
キースが茶器を片付けるので、先に会議室を出た。ロイとディーはここでお別れとなり、2人とも名残り押しそうに最後まで手を握っていた。
玄関でそれぞれの勤務先に戻る人を見送り、今日の護衛のグレイとオスカーと共に部屋に戻った。
「そういやな、朝ここに来る時に王城を通って来たんだが、昨日お前がヴィンスと観劇に行ったことがもう噂になってたぞ」
オスカーに言われ、もう!?と驚いた。
「他にも行ってた奴がいたんだろう」
「今日あたり、真似をしてそっち方面に誘いをかけてくる奴も出てくるだろうな」
また手紙やら何やらが増えるのか、とげんなりした。
キースが戻るまでに訓練に向かう準備だけをしておく。
そしてキースが戻ってすぐに訓練場に向かい、今日の激痛を思う存分味わった。
いつも通りの時間に、体内時計で目を覚ます。
一度身についた習慣はなかなか抜けないものだな、と考えつつ体を起こした。
俺をはさんで寝ているロイとディーを起こさないように、足元の方からそっと降り静かに寝室を出た。
まだキースは来ていないので、さっさと顔を洗って身支度を整え、鼻歌混じりで朝のお茶の用意を始めた。
「おはようございます」
ノックの後、静かに入ってきたキースが俺を見つけて微笑む。
「お二人はまだ?」
「ああ、まだ寝てるよ」
2人分のお茶を用意して、キースに座るように促した。
「これじゃ立場が逆ですよ」
笑いながらも促さるままダイニングテーブルに座った。
「キースだってアランと結婚したら、お茶を出される側になるんだから、今から慣れておけよ」
言いながらどうぞ、とティーカップを置いた。
「アラン達、何時くらいにこっちに来るかな」
「多分9時過ぎには」
「わかった。今日の訓練は?」
「報告が終わったら始めましょう」
「はーい」
なんだ訓練は休みじゃないのか、と少しだけがっかりする。またあの激痛が待っているかと思うと、小さくため息が出てしまった。
「昨日、シギアーノ家のシェリー様からお茶会の招待状が届きました」
「シギアーノ…」
その名前を聞いて、ロビーで絡まれたことを思い出して顔を顰めた。
キースがすぐに気付いて聞いてきたので、ロビーでの一件を話した。
「どうしようもないですね、あの方は…」
思い切り嫌悪感を露わに呟く。
あのスケベ親父の娘であるシェリーが主催のお茶会がどんなものなのか想像も出来ない。
「報告会で、その話もあると思います。出席することになると思いますので」
「ちなみにいつ?」
「10日後です」
ヴィンスからの誘いはすぐだったため、随分と離れてるなと思った。
「観劇の約束が早すぎたんですよ。10日後でも早い方ですね」
キースがすぐに俺の思考を察してニコリと笑う。
「そうなんだ」
そういえば、シェリーが主催するのは独身貴族が集まるお見合いだったと思い出した。
「もしかして、そのお茶会もお見合いパーティみたいなもん?」
それなら参加者も色々と準備が必要になるんだろうと思った。
「どうでしょうか…場所が王都のシギアーノ邸なので、そんなに大人数ではないと思うんですが…」
キースがしばらく考え込み会話が止まったため、俺も思考を巡らせる。
9年前結婚が流れて、新たな出会いを見つけるために婚活パーティに参加しようかと真剣に悩んだ記憶が蘇る。
悩んでいる内に、恋愛が出来なくなっていることに気付いて、結局一度も参加はしなかった。
まさか異世界で婚活パーティに参加することになろうとは、と自虐的に笑った。
「どうかしましたか?」
その俺の笑いを見て、キースが首を傾げる。
「いやね、俺が元居た世界でも似たようなパーティーがあってさ」
「そうなんですか…ショーヘイさんも参加されてたんですか?」
素直に驚かれながら、聞かれる。
「いや俺は参加したことはないよ。
ちょっと事情があって、恋愛恐怖症になっちゃって」
恋愛が出来ない、しようとすると発汗、動悸、息切れ、恐怖が込み上げる。あの状態を一言で説明するなら、恐怖症という言葉がしっくりくると思った。
「今は大丈夫なんですか?」
「ああ。今はロイとディーと恋愛してる自覚あるし。
今度その事情も話すよ」
「では、次のパジャマトークで」
キースに言われ目を合わせて笑いあった。
「おはよう…」
「おはようございます…」
ロイとディーが起きて来る。
寝癖をつけて大きな欠伸をしながら、まだ眠そうにしている2人に笑った。
ジャニスとアビゲイルも起き、一緒に朝食を済ませて、朝の日課となっているサインを終えた後に玄関ロビーでサイファー達が来るのを待った。
先にグレイとオスカー、そしてフィッシャーが到着する。
「やぁ、おはよう」
昨晩同様、キラキラとしたイケオジの姿が眩しくて目を細める。
オスカーとフィッシャーがにこやかに会話する姿をじっと眺めた。
野生味溢れるイケオジ、オスカー。
理知的な紳士のイケオジ、フィッシャー。
2人が並ぶとかなり絵になると思ってしまった。そのままファッション誌の表紙を飾れる程のモデル並みの2人に、あんなおっさんになりたいと憧れ、羨望の眼差しを向ける。
「おっさんが珍しいか」
ロイが背後から俺の肩に腕を絡ませ、ムスッとした口調で聞いてきた。
「かっこいいなと思って」
「俺の方がかっこいいぞ。若いし」
口を尖らせながら言うロイが嫉妬していると気付き笑う。
「はいはい。かっこいいかっこいい」
笑いながら受け流すが、ロイはムッとしたまま俺の腹部に背後から両腕を回して頭をすりすりと寄せてくる。
「揃ってるな」
そこにサイファー、アラン、ギルバートが現れる。
すかさず、ロイが腕に力を入れ、ギルバートに見せないように自分の体で俺を隠した。
「おい」
そんな行動に笑った。
2階の会議室に移動し、全員が席に着く。
「今回からアルヴィンも同席してもらう」
「よろしく」
フィッシャーがニコリと紳士的な微笑みを浮かべる。
「やっぱり昨日隣に来たのは…」
「ショーへー君の想像通りだよ」
ディーがどういうことですか?と俺に聞いてきたので、劇場で隣のボックス席にフィッシャーが居たことを話した。
「そうならそうと先に言ってくれれば良かったのに。あたしもびっくりしちゃったわよ。一緒に居た人も黒騎士なの?」
ジャニスが肩をすくめながら言った。
「ああ、そうだよ」
隠そうともせず、にこやかに答える。
「それにしても隣なんてよく取れたわね」
アビゲイルが言ったが、フィッシャーはただニコリと笑っただけだった。
その笑顔に全員が察する。
要するに、ヴィンスがボックス席を予約した時点で、すでにフィッシャーが隣に入ることは決まっていたということだ。
すでに芸術を愛する会メンバーの調査は始まっており、あらゆる手を使って情報を集めている。
隣の席で、ヴィンスが誰を同伴するのか、何を、どんな話をするのか、それを探る手筈になっていたのだろう。
今回はたまたま俺が同伴者だった。ただそれだけの事だ。
「もしかして、盗聴とか…?」
つい聞いてしまった。
「それは秘密です」
フィッシャーが口の前に人差し指を立て、楽しそうに微笑んだ。
「では始めようか」
キースがお茶を配膳し終わり、サイファーが告げる。
「ヴィンスは、下っ端も下っ端。
ウォルター・ジェンキンス以下に良いように使われている印象ですね」
話しづらいので、あえて、それぞれの敬称を省かせてもらうことにした。
「芸術をこよなく愛しているのは事実だと思います。逆をいえば、それだけです」
「ふむ…では、何故聖女を誘ったのか…」
「その理由は聞けませんでしたが…おそらくは」
昨晩ヴィンスが話した内容を思い出しながら話す。
「ヴィンスは、芸術分野を高尚なものにしたいと言っていました。
なので、聖女が芸術を高く評価することが、その夢を実現させる近道だと考えたのではないかと」
「なるほど」
サイファーが相槌を打つ。
「ただ、そう仕向けられた可能性もあるわよね」
ジャニスが続け、俺も賛同して頷いた。
「その近道を考えたのがヴィンスかどうかは、怪しいわね」
アビゲイルも同調する。
「俺もそう思う。
ヴィンスは純粋に芸術が好きで、芸術家を支援する活動をしていますが、彼自身が支援内容を考えているわけはなさそうなんです」
「はっきりと自分で言ってたわよねぇ。
ウォルターやザカリーが内容を考えて、自分はそれを実行するって。
それってただの使いっ走りってことよね」
ジャニスが小馬鹿にしたように笑う。
「そうそう、それ。
だから、聖女を利用しようと持ちかけたのは他のメンバーだと思ったんです。
それともう一つ」
一度お茶を飲んで口を潤す。
「今度ブルーノ男爵邸で開催される演奏会に誘われました。
返事は濁しましたが」
「演奏会?」
「若手演奏家の修練のために不定期に開催されているそうで、小規模な演奏会だと言っていました」
「まぁ、個人邸でやるくらいだから、そんな大きな物ではないだろうな。
ブルーノか…」
アランが呟き考え込む。
「この誘いも、ヴィンス個人の判断で招待しようと考えたとは思えなくて。
多分、誘えと誰かに言われたのでは」
「私もそう思う。
誘うタイミングを計っていたように見えたわ」
「使いっ走りの身分で勝手に招待なんて出来ないでしょうしね」
ジャニスもアビゲイルも俺の考えに同意してくれ、2人を見てニコリと微笑む。
「ブルーノ邸ですから、間違いなくメンバーのダミアンは参加するはずです。
ヴィンス以外のメンバーと話をするのにはチャンスだと思います」
「そうだな。いつかは言ってなかったのか?」
「決まり次第招待状を送ってくださるそうです」
「わかった」
サイファーがアランとギルバートを見て、頷く。
「では、その演奏会にも参加するつもりでいてもらいたい」
「わかりました」
即答しながら頷く。
「それじゃぁ、ヴィンスは…」
ディーが呟いた。
「白ね」
「白よ」
ジャニスとアビゲイルの言葉が重なった。
「会はグレーだけど、ヴィンス個人は白だと、俺も思うよ」
「ただね」
ジャニスがニヤリと意味深な表情でロイとディーを見た。
「ヴィンスはショーへーちゃんにお熱よ」
「はぁ!?」
ロイとディーが大きな声を上げた。俺もジャニスの言葉に驚いた。
「な、なんで!?そんなことあるわ…け…」
「何言ってんのよ。手を握ってこようとしたのも、恋人がいるか確認しようとしたのもそのせいよ」
俺の言葉に被せてジャニスが言う。
「そうね。私もそう思うわ。何度も頬を染めてたしね。
ショーへーちゃんが誘いを受けたことで、その気になっちゃったと思う」
アビゲイルも苦笑しながら言った。
「そんなぁ…」
ヒイィと小さく悲鳴を上げ、青ざめた。ヴィンスに想いを寄せられることに、鳥肌が立ってしまった。
人として友人としてなら考えられるかもしれないが、恋愛対象としては絶対にあり得ない。
「すまんな、ショーへー…」
サイファーが恐縮したように謝罪してくる。
「仕方ありませんよ。ショーヘイ君は可愛いですからね。
君の人となりを知れば好かれるのも当然です」
しれっと言うギルバートに、ロイとディーはぐぬぬと悔しそうな表情をした。
2人が言ったことが本当で、もしヴィンスに告白されたら、絶対に断ろうと決意を固める。
「他に何かあったか?」
アランが脱線した話を元に戻した。
「これは関係ないと思いますが…」
とりあえず、劇場であったことは全て話そうと思い、ロビーでシギアーノと鉢合わせして、ヴィンスから俺を奪おうとしたことを話した。
それを聞いて、サイファーもアランも、ギルバートすら顔を顰めた。
「本当にあの男は…」
サイファーがはぁと深いため息をつく。
「3男のセシルと言い、あの家は欲望に忠実過ぎる…」
「まだコークスのように犯罪に走らんだけマシだがな」
アランがチッと舌打ちした。
そういえば、夜会の日に一族もろとも拘束されたコークス家はどうなったんだろうと思い出した。
後で確認しようと心に留める。
「まぁ丁度シギアーノの名前も出たし、次の話に移るか」
アランがキースに目配せすると、キースが持っていた資料の中から1通の招待状を出し、全員で回し読む。
「お茶会ですか…」
ディーが招待状を眺め考える。
「今朝、ショーヘイ様とも話したのですが、お茶会の規模や内容がわからないため、探りを入れて事前準備が必要かと思ったのですが」
「そうだな」
キースの言葉にアランが頷く。
「相手はシェリーだ。ある程度質問される内容を想定して決めておいた方がいいかもな」
そう言われ、夜会で出会ったシェリーを思い出す。
見た目は猫の獣人でかなり可愛かったが、上から目線のずけずけした物言いに怯まないよう準備が必要だと、俺も思った。
「グラーティアだったか?会の名称」
ロイがキースに聞く。
「はい。一応会の目的は縁を結ぶための社交の場を提供する、となっています」
キースがすぐに答え、要するに集団お見合いですね、と付け加えた。
「お見合いねぇ…」
ロイが苦笑する。
「もうショーヘイさんには必要ないんですけどね…」
ディーがため息混じりに呟いた。
そんな2人に苦笑しつつ、話を切り出す。
「シギアーノ侯爵当人も、やたら俺を誘いたがるし、彼女自身も俺に興味があるのかは気になる所です。
夜会で話した時は、俺の好みのタイプをはっきりと聞かれましたし、その意図も知りたい」
「10日後か…。時間はあるな」
「私どもでお茶会の情報を集めましょう」
フィッシャーが引き受け、ひとまずお茶会への参加が決定し、その返事を出すことになった。
1時間ほどで一通りの報告が終わり、席を立つ。
キースが茶器を片付けるので、先に会議室を出た。ロイとディーはここでお別れとなり、2人とも名残り押しそうに最後まで手を握っていた。
玄関でそれぞれの勤務先に戻る人を見送り、今日の護衛のグレイとオスカーと共に部屋に戻った。
「そういやな、朝ここに来る時に王城を通って来たんだが、昨日お前がヴィンスと観劇に行ったことがもう噂になってたぞ」
オスカーに言われ、もう!?と驚いた。
「他にも行ってた奴がいたんだろう」
「今日あたり、真似をしてそっち方面に誘いをかけてくる奴も出てくるだろうな」
また手紙やら何やらが増えるのか、とげんなりした。
キースが戻るまでに訓練に向かう準備だけをしておく。
そしてキースが戻ってすぐに訓練場に向かい、今日の激痛を思う存分味わった。
301
お気に入りに追加
1,106
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
ヤンデレ化していた幼稚園ぶりの友人に食べられました
ミルク珈琲
BL
幼稚園の頃ずっと後ろを着いてきて、泣き虫だった男の子がいた。
「優ちゃんは絶対に僕のものにする♡」
ストーリーを分かりやすくするために少しだけ変更させて頂きましたm(_ _)m
・洸sideも投稿させて頂く予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる