おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜観劇〜

123.おっさん、観劇に行く

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 18時にヴィンスが迎えに来るため、16時頃から準備が始まった。
 いつものように湯浴みから始まり、ヘアメイク、着替えと流れ、1時間ほどかけて聖女へと変身した。
 長いローブを羽織った聖女仕様の衣装ではあるが、体の中央にスリットが入っているため動きにくいということはなかった。
 万が一何かあった時のために、動けるように考えてくれたのかな、と着替え終わった後に思った。
「ショーへーちゃん、可愛いわ~」
「ほんと可愛い」
 リヴィングで待っていたジャニスとアビゲイルに褒められて、頬を染めながら照れてしまう。
「ありがとう。ジャニスとアビーもすごく綺麗」
 そんな2人もいつも以上にばっちりメイクを決めて髪もまとめられていた。
 2人に比べたら俺なんてちょっとだけフツメンがイケメンに近付いた程度なのだが、2人は可愛い可愛いとデレデレしている。

 俺はこの世界で動物のような可愛さなんだろうか。

 この世界の美的感覚がいまいちピンと来ないが、いつも可愛いと言われるのは、俺が子猫やリスなどの小動物系だと思われているせいかもしれない、と真剣に考えてしまった。

「ジャニス、アビー、マジで頼むぞ」
 全身でお芝居楽しみ、とウキウキしている2人に向かって、部屋の壁際でムッとした表情のままロイが言った。
「絶対に触らせないでくださいよ」
 ディーも同じようにムッとしている。
「わかってるわよぉ」
 ジャニスが笑顔で答える。
「そんなに心配すんな。
 まだ1回目なんだから、初回で手を出してくるなんてしないだろ、フツー」
 安心させるつもりで言ったが、逆に2人の顔が顰められた。
「フツーじゃないかもしれねーじゃねーか」
「2回目以降は手を出してくるってことじゃないですか」
 怒ったように2人に言われ、あははと渇いた笑いを漏らす。
「嫌だよぉ」
「行かせたくない…」
 最後には2人とも半べそ状態になり、着せ替え班のメイド達にクスクスと笑われてしまった。

 このメイド達3人は、カレーリアの時から俺を聖女に変身させている。
 マーサ直属の部下で、ジェニー、クロエ、シンシアという名前だ。
 彼女達は俺たち3人の関係、囮の件、簒奪者や黒幕の件も把握している。それもそのはず、彼女達は戦闘メイドで、俺を聖女へ変身させるという仕事もあるが、着替え中の無防備になっている時の俺の護衛でもあった。
 他にも、瑠璃宮に通っている執事やメイド、コック達も全員キースと王宮執事長によって選抜された優秀なメンバーで、ある程度の状況を把握していた。
 全員が俺たちのことを口外しないように誓約書を交わしているという。この誓約書にある条項を破った場合、一瞬で命を落とすことになると聞き、何もそこまで…、と思ってしまったが、状況を考えると必要なのかもしれないと考えを改めた。
 この話を聞いてから、使用人といえど簒奪者や黒幕に立ち向かう仲間、という意識が芽生えている。

「そんな顔するなよ」
「俺たちとすらデートしていないのに…」
「あんな奴に先を越されるなんて…」
 ブツブツと文句を言う2人に苦笑しながら近付くと、2人の頬に触れた。
「デートじゃないよ。俺にとっては仕事」
「奴がデートだと思ってるのが許せないんですよ」
 ディーがギュッと俺を抱きしめ、そのままキスされる。
「俺も」
 そのすぐ後にロイともキスをする。
「終わったらすぐに帰って来いよ」
「待ってますから」
「ああ」
 笑顔で2人に言い、手を振りながら部屋を出る。
 残されたロイとディーはずっと顔を顰めたまま悔しそうに俺を見ていた。

 瑠璃宮の玄関ロビーで訪問時と同じようにヴィンスを待つ。
「ショーヘイ様、触られても殴らないでくださいね」
「努力する」
 そう答え、笑い声が起こる。
 一昨日、ヴィンスに手を握られた時、つい手が出そうになっていることに気付いていたのか、と笑う。
「それにしてもお芝居楽しみよね~」
 ジャニスはすっかり観劇の方に意識が向かっており、キースが苦笑する。
「ジャニス様、お仕事をお忘れなきように」
「わかってるけどぉ~」
「今日は1回目だし、きっと護衛の出番はないよ。2人はお芝居を楽しみなよ」
 俺がそう言うとますますキースが苦笑した。
「俺も実は初めてだから少し楽しみだったりするんだよね」
 ロイとディーの前では言えないけど、と苦笑しながら言った。
「元の世界ではお芝居とかないの?」
「あるよ。でも、俺自身全く興味がないから行ったことはないんだけどね」
 一般の劇場というものがどんなものか想像も出来ない。俺が知っているのは、公民館や市民会館のようなホールくらいだ。
 だが、ドレスコードもあるようなので、写真や映像でしか見たことがない、かの有名なオペラ座のような所を想像して、楽しみでもあるが、緊張もしていた。
「劇場ってここから遠いの?」
「馬車で20分くらいかしら。
 デリアウォールを抜けて商業区域の端にあるわ」
 デリアウォールと聞いて、王都の城壁を頭に思い浮かべる。

 王都は一番外側に50mほどの高い城郭があり、そこから王城のある中心に向かって5層の壁から出来ている城郭都市だ。
 その5つの城壁は外側からセドア、ルヴァン、ヴィスタ、エルゼ、デリアと名前がある。
 この場合の商業区とは、中流階級以上の一般人や貴族達がよく利用する場所だった。
 ちなみにデリアウォールから王城までの間は貴族街となっており、各貴族の邸宅や貴族御用達の店などが並ぶ。

 王都について約3週間弱。
 ここに来てずっと王城の中に居て、外に出るのがロイとディー以外の男との観劇だなんて、と俺もかなりがっかりするが、仕方がない。
 この際だから、馬車からの景色を楽しもうと開き直った。



 17時55分。
 前回と同様、約束の時間5分前に馬車が玄関前に横付けされ、着飾ったヴィンスが降りてくる。
 今回はロビーに招き入れず、すぐに外に出てヴィンスを出迎えた。
「聖女様…、本日も大変お美しい…」
 ヴィンスがすぐに俺の手を取ってその手にキスをする。
「ヴィンス様、本日はよろしくお願いいたします」
 他所行きの笑顔を浮かべて挨拶すると、ヴィンスが背中を向けて左肘を差し出す。
 ロイやディー以外のエスコートなんて、心から嫌だと思ったが、我慢我慢と自分に言い聞かせつつ右手をそっと添える。
 だが、そんな俺を察してくれたのか、仕事なのか、アビゲイルがスッと前に出ると、お待ちください、と俺たちよりも先に馬車に乗り込み、中の確認を始める。
 ヴィンスはそんな護衛のアビゲイルに顔を顰めたが、そこは我慢して馬車になんの仕掛けもないことを確認させた。
「大丈夫です。聖女様、どうぞ」
 そして馬車の中からアビゲイルが手を差し出してくれた。
 本来であればヴィンスの仕事なのだろうが、それをアビゲイルが行ったことで、ヴィンスが明らかにムッとしていた。
 だが、聖女という立場の俺を伴うということにおいては仕方のないことで、ヴィンスも諦めたように馬車の手前まで俺をエスコートし、アビゲイルにバトンタッチする。
 当然馬車にはジャニスもアビゲイルも同乗する。
 先に乗り込んだアビゲイルの隣に俺が座り、俺の向かいにジャニスが。斜め向かいにヴィンスが座り、2人があからさまに俺とヴィンスの距離を離したことに、ヴィンスの表情はさらに険しくなる。
 そんなヴィンスの心情を知ってはいるが、何も気付いていませんよ、といった感じで、「お芝居楽しみです」と微笑みながら声をかけた。

 馬車がゆっくりと移動を始めると、その乗り心地の悪さに、悟られないように顔を顰めた。
 最初に乗ったギルバートの馬車も酷い揺れだったが、それ以上の揺れと振動にランドール家の馬車が高級品だったと、さらに振動の少ない王家の馬車はさらに高級品だと気付かされた。
 かなり失礼だとは思うが、子爵家だとこの程度の馬車なのか、と上から目線な感想を持ってしまった。

 馬車の車窓から街中の様子を眺める。街中を見るのはここに来た時のパレード以来で、その景色にじっと見入ってしまった。
 日本とはまるで違うが、でもテレビや写真で見たことのある異国の風景に似ている。
 そんな街並みを眺め、キョロキョロしていると、ヴィンスがクスッと笑った。
「街が珍しいですか?」
「あ…、すみません…。王城を出るのが初めてなので…」
 お上りさん状態で窓の外を眺めていたのを言われて、思わず赤面した。
「それでしたら今度街をご案内しましょうか」
「…そうですね…」
 その誘いには曖昧に返事をした。
「次はぜひお食事でも」
「…はぁ…」
 まだ観劇もしていないのに、早速次の誘いかけてこられて流石に戸惑いを隠さずに小さく返事をする。
「…すみません、あなたとお芝居を見れることに少々浮かれてしまって」
 俺の戸惑いをすぐに見抜いて、謝ってくる。自分でも強引だったと気付いたのだろう。
 それからは、これから見る劇団のことを嬉しそうに話していた。

 20分後、馬車道にたくさんの馬車が通るようになり、すっかり陽の落ちた通りに魔鉱石の街灯が灯る。
 そして一際周囲が明るく照らされ、道を行く人たちも着飾った人たちが増えてきたと思ったら、劇場前に到着していた。
 馬車が劇場前に並び、降車するための列が出来ていた。
 ようやっと俺たちの番が来る頃には、開演20分前となっており、少しだけホッとする。
 もしすぐに馬車を降りることになっていたら、他の貴族達や富裕層の人達に囲まれていたことだろう。
 それだけは不幸中の幸いだった。
 馬車から降り、大きな建物が目に入る。
 まさに想像していたようなお城のような外観だった。
 石造りの建物の外壁に施された彫像やレリーフが高級感を醸し出し、魔鉱石によりライトアップされている。
 その外観を呆然と眺め、ただただ圧倒された。
「どうぞ」
 ヴィンスにエスコートされながら、建物の入口まで階段を上がり、ドアマンが開けてくれたドアを通過すると、劇場ロビーにいた人達が全員俺たちを見る。
「聖女様…」
「聖女ショーヘイ様だ」
「一緒にいる男は誰?」
「なぜリンドバーグ家なんかが」
 こそこそと話しているように見えるが、はっきりと嫌味を言ってくる輩もいる。
 こそこそ話の中心は間違いなく俺たちで、俺は恥ずかしさから少しだけ俯き、ヴィンスは聖女を伴ったという優越感に浸りドヤ顔を披露しているのが、触れた左腕から伝わってくる。
「これはこれは聖女様。まさかここで貴方様にお目にかかれるとは」
 そんな中、ドカドカと近付いてきた男が居た。
「シギアーノ侯爵」
 すぐにヴィンスがシギアーノに向かって丁寧にお辞儀をするが、シギアーノはヴィンスに一瞥し会釈しただけで、すぐに俺の前に来た。
「お芝居にご興味があると知っていれば、私がご案内しましたものを」
 俺の手を取りキスをするが、軽い挨拶のようなキスではなく、ベチョッとくっつけられるようなものに、嫌な顔をしそうになってなんとか我慢する。
「リンドバーグ子爵の何子だったかな。これが用意した席よりも、もっと良い席をご用意出来たのに」
 馬鹿にしたようにヴィンスへ嫌味を言い、ヴィンスがピクリと反応する。
「ご一緒に観覧するお相手をもっとお選びならないといけませんぞ」
 そう言いながら、自分の周りに侍らせている複数の美男美女を示す。
 シギアーノの連れは伴侶ではなく、おそらく愛人達だと一目でわかる。年齢も見た目も釣り合わない連れに、一応ペコリと会釈すると、彼らは微妙な微笑みを浮かべて会釈を返してきた。
 心の中で、本当に芝居を見に来たのかこいつ、と毒付いた。
「侯爵様、申し訳ありません、時間が…」
 ヴィンスが申し訳なさそうに声をかけるが、シギアーノはお構いなしで俺に近付く。
「なんなら、私の個室でご一緒されませんかな?
 特別室ですので、聖女様のお一人くらい追加されても何の問題もございませんぞ」
 言いながら俺の肩を抱き、強引にヴィンスから奪おうとして、さすがにヴィンスも狼狽えた。
 だが、明らかに子爵位3男という立場と、侯爵位では格が違いすぎる。抗議も出来ず、黙り込むしかなかった。
「侯爵様、今回はヴィンス様にお誘いいただいたので、ご一緒することは出来ません。
 ヴィンス様はお芝居について、大変博識でいらっしゃいますので、劇中の解説も楽しみにしているのです。
 どうかご容赦を」
 掴まれた右肩に手を乗せて、そっと外させると、ヴィンスの左肘に手を添えた。
 途端にシギアーノの顔が歪む。
「ま、まぁ聖女様がそうおっしゃられるのでしたら…」
 言いながらヴィンスを睨みつけた。
「参りましょう、ヴィンス様」
 狼狽え固まってしまったヴィンスへエスコートを促すと、シギアーノに会釈してその場から立ち去る。
「貧乏貴族が。聖女もあんな男が良いとは趣味が悪すぎる。ワシならもっと…」
 背中を向けしばらくすると舌打ちの音と、ヴィンスと俺を貶す言葉がはっきりと聞こえてきた。
「申し訳ありません…」
 廊下を進みながら、ヴィンスが謝罪してくる。
「大した問題ではございません。
 あれ以上強引にされるのでしたら、ジャニスもアビーも黙っていませんでしたよ。
 それよりも、お芝居に集中しましょう」
 ニコリと隣のヴィンスを見上げ微笑むと、ヴィンスが頬を染めて笑顔になった。
 シギアーノが俺の肩を抱いた時、背後に居た2人がはっきりと威嚇の魔力を放った。
 シギアーノはそれに気付かないようだったが、背後の愛人達は一瞬で青ざめて主人を嗜めようとしていたのだ。

 4階まで階段を上がり、予約したというボックス席の入口まで来る。
 そこで以外な人物に出会った。
「おや」
「あ」
 フィッシャー伯爵が隣のボックス席に入る所で、お互いに顔を見合わせた。
「偶然ですね」
 白髪混じりの髪と髭が似合うイケオジがニコリと微笑み、隣に居た俺と同じくらいの年だろう女性が丁寧にお辞儀をした。
「確かヴィンス君だったかな。お隣に失礼するよ」
「これはフィッシャー伯爵、こちらこそお隣に失礼致します」
 ヴィンスが丁寧に挨拶する。
「ジャニスとアビーは聖女様の護衛か」
「はい」
「そうか」
 同じ第1部隊の同僚である2人にも声をかけ、ニコリと微笑む。
「話したいがそろそろ時間だね」
 そう言い、ヒラヒラと手を振って女性をエスコートしながらボックス席に入っていった。
 そして、隣のボックス席にフィッシャーが来たことは決して偶然ではないと気付いた。

 ユリア様、流石です。

 心の中で黒騎士の頂点であるユリアを思い浮かべる。
 おそらく同伴していた女性も黒騎士なのだろうと推測してほくそ笑んだ。

「我々も」
「はい」
 ヴィンスがドアを開け、俺を促す。
「うわ…」
 中に入って、そこから見える景色に声を上げた。
 位置的には、中心よりもかなり右にズレているが、4階から見える景色は、まさに想像していた通りのオペラ座のような姿だった。
 全てが眩しい。
 金色の装飾が施された壁、柱、俺がいるボックス席と同じような半個室が左右にずらりと並んでいる。
 その中に着飾ったたくさんの男女が見えた。
「すご…」
 思わず、窓際に駆け寄って、身を乗り出して上下左右をぐるりと覗き込む。
「すごい、綺麗」
「聖女様…」
 ジャニスが窓から身を乗り出した俺の肩を掴み、落ちます、と小さな声で嗜められる。
「落ちないよ。子供じゃないんだから」
 そう言いつつ振り返り、はたとヴィンス目が合った。
「本当に初めてなんですね…」
 ヴィンスの目が細められ、はしゃぐ俺を微笑ましく見ていた。
 途端に自分の行動が恥ずかしくなって顔を赤くする。
「初めてです…。来たのも見たのも…」
 記憶がないという設定通りに進めるが、実際にこのような場所に来たのは初めてで、仕事を忘れて興奮してしまった。
「そろそろ始まりますので、座りましょう」
 席に座ると、ジャニスがボックス席に備え付けられていた飲み物を用意し、座席に備え付けられていたテーブルに置いた。
「ありがとう」
 ジャニスにお礼を言うと、ニコリと微笑み、静かに後ろ一歩に下がると背筋を伸ばして立った。アビゲイルも同様に並んで立つ。
 その2人に、護衛という立場で、ゆっくり座って観劇出来ないのかと思ってしまったが、2人が表情から俺の思考を読み取ったのか、2人同時にウィンクして問題ないとアピールしてきた。
「上からだと全体を良く見ることは出来るんですが、俳優たちの細かい表情が見えないんですよ」
 ヴィンスの説明に、ふむふむと聞き入る。
「ですのでこれを」
 窓の下にあった棚から、棒のついた双眼鏡を出してくれた。
 それを受け取り、どうやって使うのか棒を持ってクルクルといじる。
「こうするんですよ」
 双眼鏡の向きを変えて、持ち方を教えてもらい、それを使って舞台の方を見ると、はっきりと大きく見えた。
「おお」
 ついでに一階席にはどんな人がいるのかと観客の方も覗いてみる。
 そんな俺の様子にヴィンスはクスクスと笑っていた。
「なんかすみません…。ほんと物珍しくて」
 恐縮しながらヴィンスに言うと、いいえと微笑みながら答えてくれた。
 その時、会場内にベルが響き渡る。
「開幕です」
 そう言われ、舞台へと視線を移動させる。会場内が次第に暗くなり、ゆっくりと金色の大幕が開いていくと、全てが初めてみる光景に心拍数が跳ね上がった。
 


 舞台はグランベル帝国第17代皇帝崩御のシーンから始まった。
 4人の王子達、元老院、貴族達の話し合いが始まり、怒鳴り合い、貶し合い、話が進まない中、ルイスがいち早く継承権放棄を告げた。
 第1王子、第2王子、第3王子の陣営がそれぞれ策略をねる中、第4王子のルイスはサンドラーク地方へと旅立つ。


 本と全く同じだ、と思いつつじっと見ていたが、芝居が進むにつれて、自分でも気付かない内に、次第に前のめりに、身を乗り出すようにして、凝視していた。
 本にあったセリフを俳優達が感情を込めて言うだけで、こんなに面白くなるのかと感動していた。


 そしてシュウが登場する。
 シュウを演じている役者は人族の黒髪の男性だった。
 本にあった通り、劇中でも怯え泣いていた。
 だが、ロマがシュウを気遣い、次第に打ち解けて行く。
 シュウがこの世界に馴染むまでの様子が面白ろおかしく脚色されており、勘違いや思い込みから起こるはちゃめちゃな騒動に涙を流して笑った。
 数ヶ月経ち、シュウがこの世界のこと、帝国や領地の状況を把握し、ルイスの信念を聞き、ジュノーとして自分の知識をルイスのために、領民のために使うことを決意する。


 開演から約2時間後に休憩となり、幕が下ろされた。
「はぁ…」
 かなり舞台に集中していたため、休憩に入るとソファにぐったりと体を投げ出した。
「いかがですか?」
 ヴィンスが席を立ち、劇場の執事が持ってきた軽食をテーブルに並べる。
「君たちも一緒に」
 ジャニスとアビゲイルにも声をかけ、4人で軽く食事をする。
「面白いです。早く続きが観たい」
 興奮冷めやらぬ、と言った感じで素直に感想を告げるとヴィンスが嬉しそうに微笑んだ。
「良かった。お誘いした甲斐がございました」
「本当にありがとうございます」
「一度もこういったお芝居をご覧になったことがないんですね…」
「…そうですね…。もしかしたら過去にあったのかもしれませんが、全く記憶にないので、全てが初めてです」
「街や村にいれば、旅の一座などがお祭りなどで呼ばれますので、ご覧になる機会も多いんですが、聖女様のご様子を見るに、本当に初めてご覧になったようだ…」
 本当に記憶がないんですね、と悲しそうに俺を見る。
「全く、記憶の断片も思い出さないのですか?」
「…残念ながら…。ですので、色々な方とお話をして、聞いて、何か思い出すきっかけになればと」
 先日決めた、俺が不特定多数の誘いを受ける理由を、ここで印象付けるように話した。
「私のお誘いを受けてくださったのも、そのためですか?」
 ヴィンスが少しだけ悲しそうに聞いた。
「それも、理由の一つです。
 でも、初めてお芝居を見て、本当に感動しています。
 連れて来てくださってありがとうございます」
 ニコリとヴィンスに微笑むと、ヴィンスの頬が赤く染まり、テーブルに置かれた俺の手に触れようと静かに動いた。

 あ、やば。

 また手を握られる。
 そう思って引っ込めようとした、その時、ベルが鳴る。
 タイミング良く、次幕開始のベルに、スッと手を引っ込めることが出来てホッとした。



 次幕はシュウとギルバートの恋愛から始まった。
 男性が苦手なシュウがギルバートから逃げたり、わざと距離を置いたりする行動がまるでリアルであるように演じており、シュウが次第にギルバートに好意を寄せていく心情の変化に心臓がバクバクしてしまった。
 この辺は建国物語の内容、というよりも、アビゲイルに借りた本、愛の奇跡の内容に近い内容で、本で読んだ時よりも、ますますシュウに感情移入してしまう。
 シュウがギルバートへの想いに気付き、さまざまな葛藤を抱えて思い悩む姿に、俺の胸も締め付けられた。
 そして建国を成し遂げるシーンでのルイスのセリフとその偉業に心がスカッとし、小さく拍手していた。
 舞台はまだ続き、例の新皇帝による侵攻が始まる。
 舞台の上での演技とわかっていても、魔法による舞台装置や演出にハラハラしてしまった。
 侵攻の終盤、シュウが身も心も疲れ果てて倒れるシーンに涙し、ルイスがシュウに頼りすぎていたと苦悩するシーンにも涙が出た。
 そしてギルバートがシュウを救う時には大号泣していた。
 
 舞台の終盤はルイスが亡くなるまでの数日間で思い出す回想シーンが続き、ロマの魔導士団設立、魔鉱石鉱山の発見、ギルバートとシュウの結婚式などの場面が続く。
 そして、ルイスは家族や仲間や家臣に看取られてこの世を去る。
 ルイスの長男が2代目国王となり、シュウは引き続き国のために、ジュノーの知識を惜しげもなく発揮した。
 最後、シュウの臨終のシーンでは、涙で舞台が見えないほど泣きまくった。

 締めくくりに、ギルバートとロマが真っ暗な舞台の中央でライトを浴び、一生涯このサンドラーク公国を見守ると誓い合い、舞台が終了した。

 幕が下ろされると、割れんばかりの拍手喝采が劇場を包み込み、俺も立ち上がって必死に拍手した。
 背後で、ジャニスもアビゲイルも何度も溢れる涙を拭っているの見て、視線を2人に向けると、ニコリと微笑む。



「はぁ…面白かった…」
 休憩と同じようにぐったりとソファに体を投げ出して、感動の余韻に浸る。
「これが史実って言うんだから、すごいですよね」
 ヴィンスにそう声をかけると、全くです、と相槌を打つ。
「お芝居をお気に召してくれたようで何よりです。
 まだお時間よろしいですか?」
「え?」
 舞台が終わり、後は帰るだけだ。
 だが、ヴィンスがじっと俺を見る。
「今出ても、おそらくすぐに馬車には乗れませんので、ロビーで待つことになります。
 でしたら、馬車が玄関前に到着する頃に呼びに来てもらった方が他の方たちに声をかけられることもないので良いのかと思ったのですが…」
 そう言われ、確かに今出ると帰ろうとする人たちの中に揉まれてしまう。シギアーノに再び会うのも嫌だと思った。
「そうですね、そうしましょうか」
 おそらく、馬車順も高位貴族からになるはずで、最下位の子爵位はまだまだ先の話だ。
 それならば、馬車を待つ間に、仕事をしようと考えた。

 ヴィンスがどういう男で、俺を誘った意味を探るなら今が絶好のチャンスだと思った。





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