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王都編 〜歴史〜
おっさん、感情移入する
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朝食を食べながら、ジャニスと昨日読んだ本の話で盛り上がった。
「ギル様が前線に飛び出して、残されたシュウ様が指揮を取るシーンがあったじゃない?
もうあの時のシュウ様がかっこいいのよ~」
「わかる~。味方に1人も犠牲者を出さないで、敵を一網打尽。すげーよな~」
「そうなのよ。でも、シュウ様、本当は怖くて怖くて戦闘が終わった後、隠れてギャン泣きするのよね~。
んで、前線から帰ってきたギル様がそれを見つけて~」
ジャニスが頬に両手を添えて、体をくねらせながら身悶える。
さすがにその後の話は朝食の席では出来ない。それもそのはず、本の中ではその後濡れ場に入るのだ。
「そんなに面白いんですか…?」
ディーが俺とジャニスの会話を聞いて少し興味が湧いたらしい。
「うん、まぁ」
その濡れ場を思い出し、少しだけ言い淀んだ。
「読んでみようかな…」
「面白いわよ~」
ジャニスが興奮したようにディーに勧めるが、俺は勧めることをしなかった。
俺がその本にのめり込んだ理由。
まさに、登場人物のシュウに自分を重ねて読んでしまったせいだった。
ジュノーという立場が一緒である、ということも大きいが、それよりも、書かれていたシュウの思考や行動が自分に当て嵌まることが多くて、思い切り感情移入してしまった。
それが人に知られること、特にディーやロイに知られることが恥ずかして、勧めることが出来なかった。
きっとディーは、シュウと俺が似ていると気付くと思ったからだ。
出来れば、読んで欲しくないと思ってしまい、ディーの前で話をしなければ良かったと後悔した。
朝食を終えて自室に戻り、朝食後の日課となっている、前日分の贈答品へのお礼状、ラブレターのような手紙、夜会やお茶会への返事へサインをしていく。
キースが全て返事を書いてくれているので、俺は名前を書くだけでいいのだが、それでも数十通にサインすると手が痛くなる。
「最後にこちらを」
キースが手紙を出してきた。
「ヴィンス様へのお返事です。
観劇のお誘いを了承する内容になっていますので、確認していただけますか?」
そう言われ、完璧に俺の字を模倣したキースが書いた手紙を読んだ。
お誘いに対する丁寧なお礼と、ぜひ連れて行って欲しい、という内容で書かれていた。
「これ…、誰が考えたの?」
その文面が、デートに誘われてちょーうれしー、みたいな恋する女の子のように見えて、顔を顰めた。
「アラン様です」
キースもその文面に違和感を感じているのか少しだけ顔を顰めた。
「あからさま過ぎると言ったんですけど…。このくらいが丁度良いって」
「まぁ…、いいけどさ…」
言いながら、手紙の右下にサインした。
「おそらく、すぐに返事が来ると思いますよ」
「わかった」
「楽しみねー、お芝居」
ジャニスがウキウキしながら言い、ディーが苦笑する。
「ジャニス、お願いしますよ。
絶対にヴィンスに指一本触れさせないでくださいね」
「わかってるわよぉ。心配性ねぇ」
そう返事をするが、ジャニスの意識はすでにお芝居の方に向かっている様子だった。
「今日はどうしますか?外出されますか?」
相変わらずやることはない。
そう言われて、また散歩に行こうかなと考えているとドアがノックされ、メイドに案内されて、意外な人物が現れる。
「ギル様…」
「おはよう、ショーヘイ君」
そろそろ護衛の交代時間でもあるし、今日の護衛かと思ったのだが、現れたギルバートに全員が驚く。
「ギル様、どうされたんですか?」
「今日、ヴィンスへ返事を出すと聞いたのでね。
彼と、彼が所属する芸術鑑賞のメンバーについ…て…」
部屋に入ってきたギルバートは円卓に置かれた本に気付く。
あ、と思った時には遅かった。
その本を見せられないと取りに行くよりも先にギルバートが本を手に取っていた。
「ギル様!」
思わず、本を奪い返そうとするが、ギルバートはサッと俺の手を掴んで防ぎ、片手で器用にパラパラとめくった。
その顔が一瞬驚き、スゥッと目が細められる。
「読んだんですか?これを」
手首を掴まれたまま、俺をまっすぐ見つめてくるギルバートにドキッとする。
本の登場人物の本人を目の前にして、かなり気まずくなってしまった。
「読みました…」
小さい声で答え、その視線から逸らす。
「ギル様、あたしも読んだわ。すごくいい本よ」
「いい本ね…」
ギルバートがはっきりと苦笑いを浮かべた。
「これは…」
何かを言いかけてすぐに口を閉じた。
そしてすぐに、本を円卓に戻すと、俺の手首を離して手を握ってきた。
「シュウのこと、知りたいですか?」
ニコリと間近で微笑みかけられた。
「離れてください!」
ディーが俺との距離が近過ぎると文句を言い、その手を離させる。
「知りたいなら教えて差し上げますよ」
目を細めて俺を見るその視線に思わず赤面したが、それでも、その目の奥に今まで見たこともないような、揺らぎをみた。
悲しそうな、だが満たされているような、言葉では表現できないような切なげな視線に心臓が跳ねる。
「知り、たいです…」
「いいですよ」
ニコリとギルバートが微笑む。
「ただし」
ニヤリと笑う。
「2人きりで話すのが条件です」
「え」
ギルバート以外が声を出した。
「駄目です!」
「駄目ですよ!」
「あたしも聞きたい!」
ディーとキースは2人きりになることに猛反対し、ジャニスは自分も聞きたいと叫んだ。
「シュウのことは、あまり他の人に言いたくないんですよ」
そう言って苦笑すると、ジャニスは黙り込んだ。
「でも、同じジュノーであるショーヘイ君には知る権利がある」
目を見てはっきり言われ思わず胸元をギュッと握りしめた。
「どうしますか?それでも聞きたいですか?」
「2人きりになんてさせられません!」
ディーが俺の肩を掴むと、ギルバートから引き剥がして守るように自分の後ろに隠す。
「そうですよ!絶対にショーヘイ様を襲う気でしょう!」
「君たちは私をなんだと思っているんですか」
今までやってきた自分の行動を棚に上げ、ディーとキースに顔を顰める。
「さんざんショーヘイさんの唇を奪っといて、痴漢行為を働いてきて何を言ってるんですか」
ディーが捲し立てる。
「挨拶のつもりなんですけどねぇ…」
挨拶にしては濃厚過ぎるキスに乾いた笑いを漏らした。
「ショーヘイさん、駄目ですよ」
ディーが何も言わない俺に振り向き、肩を掴む。
だが、俺は迷っていた。
正直な話、シュウの話を聞きたいと思う。
どんな人だったのか、彼と実際に会ったことのある、ましてや夫だったギルバートから直接聞きたいと思った。
だが、ディーやキースが心配するように、俺自身の貞操の危機であるとも強く感じた。
話を聞きたい。シュウのことを知りたい。
だが、身の危険を感じる。
ディーとキースに守られながら、口を真横に結んで真剣に悩んだ。
「悩まないでください!駄目だったら駄目です!」
ディーが必死に俺の肩を揺する。
「ショーヘイ君、2人きりになりますが、何もしませんよ。貴方にはシュウの話を聞いて欲しい」
「嘘です!」
キースが叫ぶ。
「嘘じゃありませんよ。約束は守ります。私は紳士ですからね」
胸に手を当てて、何もしないと誓うようなポーズを取った。
「…本当に、何もしませんか…?」
おずおずとギルバートへ聞く。
「ショーヘイさん!」
ディーが慌てたように声を張り上げた。
「約束します」
「キスもしないし、触りませんか?」
今まで会う度にキスされ、抱きしめられ、触られた。それを考えると迂闊に信用は出来ないと思う。
だが…。
「シュウの話をするだけです」
ギルバートの目が細められた。
「……教えてください」
欲求に負けた。
知りたい。
同じジュノーで、近い年代から迷い込んだ同じ日本人。この国を作った立役者。
この世界で、彼はどんな思いで、どんな葛藤を抱いたのか。
本ではなく、ギルバートを選んだ理由を当事者から聞きたいと心から思った。
「ディー、キース、ジャニス。頼む。ギル様と2人にしてくれ」
「ショーヘイさん…」
ディーの表情が曇り、キースがキッとギルバートを睨む。
「ショーヘイ様、ギル様を信用しないでください。絶対に警戒心だけは解かないで」
キースが主人である俺の決めたことに、もう異論を唱えることはしなかった。だが、ギュッと俺の手を強く握って訴えかける。
「そうですよ。ギル様は本当に息するように嘘を吐きますからね」
ディーが俺の両肩を掴んで真剣に言う。それにしても、すごい言われようだと思った。
だが、ギルバートもディーの言葉を否定しなかったことで、一瞬早まったかもと思ってしまった。
いざとなったら、魔力を圧縮した固い防御魔法を張ろうと決意を固めた。
「絶対に手を出さないでくださいよ!絶対ですからね!」
部屋を出て行く時に、ディーが何度も何度もギルバートへ叫ぶように言った。
キースが、何かあったらこれで刺してもいいですから、と俺に暗器の小型ナイフを握らせてきて、物騒な、と思わず笑ってしまった。
「あたしも聞きたかったなぁ…」
ジャニスが口を尖らせてブツブツと部屋を出ていった。
こうしてギルバートと2人きりになり、緊張する。
「ショーヘイ君」
ギルバートの手が背後から肩に触れ、ビクッ!っと思い切り体をすくませた。
「ずいぶんな反応ですねえ…」
「ははは…」
全身で警戒する俺にギルバートが眉を顰めつつ笑う。
「さ、こちらへ」
3人が出ていったドアを向いたままだった体を、普通に肩を抱かれてソファへと促された。
「ふ、触れない約束じゃ…」
「これは触れているうちに入りませんよ」
その言い方に、はぁ?と文句を言いたくなるが、ソファに近づくとすぐに手を離したため、ホッとしつつ座った。
「君が読んだ本。愛の奇跡ですか。
あの本の中のシュウは全く実物と違いますよ」
「え」
ギルバートがお茶を淹れてくれて、渡された後、向かいに座って開口一番にそう言われた。
「ギル様も読んだんですか?」
「ええ、著者から進呈されたので…。読み物としては面白いと思いましたけど、事実と違う所もかなりあります」
ギルバートがおかしそうに笑った。
本の中のシュウは、物静かで恥ずかしがり屋で、優しく、真面目な男として書かれていた。
感情の起伏もあまりなく、物語の序盤では、人の顔色を窺うように、オドオドしていることも多く、徐々に打ち解けて行くという流れになっていた。
物語の中で、シュウは発見されてから、怯え、恐怖に常に震えているような男で、ロマによって徐々に状況を理解し、受け入れて行く。
自分が別の世界から来たジュノーであることを理解し、自分が保護されたルイスのサンドラーク領の領民たちとも交流をしていく。
そして、ルイスが領地を一つの国にしようとしていることを知ったシュウは、出来うる限り力になると、約束した。
ここまでが序盤である。
中盤では建国に向けて、様々な知識を持って領地内の改革を行うシュウの姿が書かれ、様々な出会いもある。
自分に好意を抱く女性の存在に大きく揺れ動き、また男性からもセックスアピールされて逃げる、という話もあった。
本の中でのシュウは男性が苦手とされており、男性から猛烈なアタックを受けて、嫌悪感を抱き戸惑う姿も書かれていた。
そして、ギルバートとの絡みも増えてくる。
領地軍を統括していたギルバートが、シュウが行う改革に反発することが多数あり、会えば口論という状況だった。
軍のあり方に対する考え方の違いで、何度も何度も衝突する。
だが、それでも最初は友人から、そして次第に惹かれあって行く姿が書かれていた。
終盤では、建国を成し遂げた数ヶ月後、サンドラークを奪い返すために進軍してきた帝国軍をギルバートとシュウが協力して打ち破る。
ギルバートとロマが前線で敵軍を撃破し、シュウが王都に留まって軍の指揮を取ったのだが、戦争という行為にシュウは耐えられなかった。
自分の采配で味方が死ぬかもしれない、数万人の命を1人で預かり、背負い込んだことで、その重圧と恐怖にシュウの心が壊れかかった。
ギルバートが帝国軍の侵攻を打ち破り王都に戻った時、シュウは半ば廃人のようになっていた。
国を立ち上げた仲間として、ギルバートはシュウのことを強い人間だと勘違いしていた。
だが、実際のシュウはルイスのため、国のため、国民のために、必死に心を殺し続け、そして侵攻が終わった時、抜け殻のようになってしまった。
それを見たギルバートは、戦争という行為が、例え安全地帯にいても人の心を蝕み、簡単に人の心を殺せる愚かな行為だと気付く。
ギルバートは、懸命にシュウの世話をし、シュウが抱える葛藤や思いを直に感じて、彼を守りたいと思うようになった。
シュウに寄り添い、手を重ね、唇を重ね、体を重ねた時、その想いに気付く。
シュウもギルバートを受け入れ、自分を守ってくれる、気持ちを理解しようとしてくれるギルバートに想いを寄せて行く。
そして2人は全国民の前で、愛を誓い合った。
「まずね、性格が全然違います」
ギルバートが苦笑する。
「物静かでも、恥ずかしがり屋でもありませんでしたよ。
この世界に来た時は、さすがに戸惑いや恐怖もあったようで大人しかったですが、数ヶ月で自分が置かれた状況や、帝国やルイス、サンドラークのことを理解していました。
非常に頭の良い男だった」
お茶を飲みながら話す。
「順応力も高いし、数ヶ月後には友人も出来て、大口を開けて馬鹿みたいにゲラゲラ笑うような男でした」
よく一緒に酒を飲んだ、と微笑む。
「かなり大酒飲みでね、ルイスと3人で朝まで飲んで、よくロマに怒られたものです」
ギルバートの言葉に、シュウのイメージが文系から体育会系に変わっていく。
「それに、複数の女性と関係していました。ジュノーであるがゆえ、シュウを手に入れようと言い寄ってくる男女は後を立ちませんでしたから。
ああ、でも、男性は駄目でしたね。
シュウは女性だけが性の対象でしたから」
複数の女性と関係を持ったという事実もかなり驚きだった。
本の中のシュウと自分を重ねていたが、ギルバートから聞くシュウは全く自分と違うと思った。
「じゃぁどうしてギル様と…」
俺の質問にギルバートが笑う。
「酒の席で、なぜ男性が駄目なのか、という話になりましてね。
ものは試しに、ということで私とSEXしたんです」
あっけらかんと笑いながら教えてくれて、思わず赤面してしまった。
「それから、私だけは平気になったようで。酒が入っている時だけですが、シュウから求めてくる時もありました。
他の男性には見向きもしないが、私だけは彼を抱ける。
優越感に浸りましたよ」
ギルバートの目が細められ、懐かしいという感情の中に切なさが垣間見えた。
シュウが自分と同じ受け身側だと知ってますます赤くなる。
「…男性が駄目な理由は…?」
「シュウの元の世界では、同性同士というのは忌避されるものだったそうです。
そういう環境で育ったせいか、彼自身、男性は恋愛対象外だと言っていました」
「やっぱりそうか…」
そう小さく呟いた。
おそらく自分と同じ日本人なのだから、そう思っても不思議はない。事実俺がそうだった。
もしかして、シュウは同性愛者、もしくは男女問わずだった可能性もあるとは思ったが、今のギルバートの話を聞く限り、この世界へ来た時の俺と同じ性の価値観を持っていたということだ。
「やっぱり、とは?」
「あ…えと…実は…」
ギルバートに、おそらく俺とシュウが同じ国から来た可能性が高いと説明し、俺も同じ価値観を持っていたと話した。
それを聞いたギルバートがかなり驚いた表情をして、しばらく黙り込んだ。
口を真横に結び、少しだけ険しい表情になり、何かをじっと考えているようだった。
「ショーヘイ君…、君はこの世界に来てから男性と…?」
「はい…。実は男性からアプローチされるのは…今もまだ少し抵抗があります…」
ははっと自虐的に小さく笑いながら言った。
ギルバートに元の世界の話をするのは初めてだ。
「そうでしたか…。シュウと同じ…」
手を口元に当てて何かを考えているような仕草をする。
「よく、ロイとディーゼル殿下を受け入れられましたね」
「ぁ…はい。本当に…。自分でも変化に驚いてます…」
少しだけ俯きながら話す。
本当に今だに信じられない、という気持ちは残っている。
それでも、ロイとディーを好きだという気持ちは抑えられない。
2人のことを考えると、心がポカポカして、心臓がドキドキと跳ね上がる。2人に恋をしていることは紛れもない事実だった。
「話が逸れてしまいましたね」
ギルバートが考えるのをやめ、いつもの表情に戻ると続きを話し出した。
「シュウはルイスの腹心となり、色々な提案をし、改革を行った。
軍については何度も衝突しましたよ。
その当時私はサンドラークを守るために、軍事力に力を注ぐべきだと、それが正解だと思っていましたから」
ギルバートが席を立ち、新たなお茶を淹れながら続ける。
「シュウは過剰な軍事力は弊害を生むと。
軍は国を守るべきもので、他国を圧倒するものじゃないと。
軍備へ金を使うなら、もっと内側に、国内へ金を使うべきだと、何度も何年も討論しました」
俺の手の中にあったティーカップをギルが受け取って、新たに温かいお茶を注いでくれる。
「とにかく、シュウは戦いが、戦争が嫌いだった。
彼は元の世界で歴史を研究していると言っていました。
別の世界でも、戦争が生むものは何もなかったと。戦争が生むのは苦しみだけで、その苦しみを背負うのは王ではなく国民だと」
ギルバートが再び俺の向かい側に座る。
シュウの軍への考え方には、俺も賛同する。
戦うための軍ではなく、戦わないための軍。はたから見れば、お飾り以外の何ものでもない。
それでも、戦争するよりずっとマシだ。
「シュウと私とでは、国民のための国、という言葉は一緒でも、その方法が違っていた。
私は、国を強大に、強固にすることが国民のためだと思っていた。
だが、シュウは国民の生活そのものを守ることだと言った。戦争によって生活を壊すことが国民のためになるのかと、罵られましたよ」
ギルバートが苦笑する。
「それでも私はシュウの言葉は理解出来なかった。
酒の席で、素面で、何度も衝突しましたが、彼を嫌いにはなれなかった。
シュウもジュノーの言葉として言いなりになる他者よりも、私と口論している方がずっと楽しいと言った。
シュウは…」
ギルバートが話を区切る。
小さく息を吐くと、お茶を飲んで喉を潤す。
「シュウは、ずっと孤独だった。
ジュノーである自分は見てくれるが、誰も自分自身を見てくれない、と。
俺は、道具でしかないんだ、とね。
だから、自分の言葉に意見してくれる私が好きだと言って笑った」
それを聞いて少し切なくなった。
誰もシュウ本人を見てくれない。
ジュノーであるシュウが必要で、シュウという1人の人間の言葉を欲しているわけではない。
逆を言えば、ジュノーでなければ、誰からも相手にされない…、そんな風にもとれる。
「最初は酒が入った時だけSEXする関係でしたが、次第に素面でも、口論した後でも、体を重ねるようになっていました。
彼は、私には素直に寂しさを訴えた。
ジュノーとはなんなのか」
ギルバートが目を伏せる。
「俺の居場所はここにあるのか。
そう言って泣くこともありました」
ギルバートの表情が少し悲しくなった。
「私はその時にはもうシュウを愛していました」
それに気付いたのはだいぶ後ですが、とギルバートが笑った。
「彼がルイスのために、サンドラークのためにいろいろな知識をもたらしてくれたのは事実です。
たった12年という短い間で建国出来たのは、シュウのおかげです。
シュウがいなければ、おそらくその倍、いや3倍は時間がかかっていたはずです」
そう言って微笑む。
「ルイスの考えに賛同してくれたのも事実ですが、シュウは自分の居場所を作ることに必死になっていた。
シュウは…寂しかったんです」
寂しい、その言葉を聞いて胸が締め付けられた。
全く別の世界に、いきなり迷い込んで、誰も知り合いもいなければ、自分のことを知っている人もいない。
この世界にとって、自分は異物。
以前、俺も似たようなことを考えた。その時の辛さは、今思い出しても泣きたくなるほどの不安と恐怖に駆られる。
シュウの気持ちが痛いほどわかった。
「本に、建国した後帝国軍が侵攻してきた話があったでしょう?」
「はい」
「あれは、事実です。
事実ですが、全てではないんです」
ギルバートが俺の目を真っ直ぐ見る。
「あの時、確かにシュウはルイスを、王都を守り切った。
ですが、シュウが壊れかけた理由は…」
ギルバートの顔が、辛そうに歪んだ。
「ルイスを守り抜いたが、シュウは帝国側に拉致されたんです。
そして…わかるでしょう…?」
ヒュッと息を飲んだ。
「建国の裏に、シュウというジュノーの存在があると気付かれていた。
帝国軍が侵攻することで、私とロマを前線に誘き出し、密かにルイスの暗殺とシュウの拉致の計画が進んでいた。
シュウはルイス暗殺の危険を察して、侵攻してくる帝国軍から防戦するだけにし、王都に半数の軍を残すように言ったんです。
ですが、私は聞く耳を持たなかった。
2度と侵攻などと考えないように、完膚無きまで叩きのめすべきだと考え、シュウの言葉を聞かず、進軍した」
ギルバートが目頭を揉んで、その時の後悔を思い出したのか辛そうな表情をした。
「シュウは王都の守りとして残された軍を統率し、完璧に暗殺の刺客を防いだ。
それと同時に、我々も侵攻軍を壊滅させ王都へ帰還したのですが…」
ギルバートが目を閉じる。
「その帰還途中で、シュウ拉致の情報が入りました。
暗殺はシュウの戦略によって未然に防がれましたが、自分が狙われていると、そこまでは気が回らなかったんです。
ルイスはすぐに帝国側へ追っ手を差し向け、シュウを奪還すべく行動していましたが、それでも軍の大半を私が動かしてしまったため、出遅れてしまった」
視線を落とし、ティーカップのお茶を揺らしながら話を続ける。
だが、俺はその先を聞きたくなかった。
もう結末だけでいい。
そう思いながら、歯を食いしばる。
「すぐに精鋭部隊を連れて奪還に走り、帝国領にあと少しという所で発見しました。
帝国軍の兵士でも、騎士でもなく、ただの傭兵団は、生きて連れて帰れば金になると雇われただけで、その扱いはかなりぞんざいだった。
…シュウは集団で暴行され、見るも無惨な姿になっていました…」
聞きたくない言葉に、下を向いて頭を抱え込み、ぎりぎりと歯を噛み締めた。
寂しいと、孤独だと感じ、必死に居場所を作ろうとしていた。
ジュノーとしてではなく、1人のシュウという男を受け入れてもらうために必死に。
だが、結局ジュノーであるがゆえに拉致され、男としても、人としても尊厳を踏み躙られた。
悔しくて悲しくて、膝の上に涙が落ちた。
「王都へ戻り、ルイスから今回の侵攻が揺動だったと聞かされ、はらわたが煮えくりかえるほと怒り狂った。
すぐに軍をまとめ、帝国へ報復に向かおうとしたんです。
ですが、それを止めたのもシュウだった。
報復は報復を生む。
連鎖を止めるためには、我慢するしかないと。
幸い被害にあったのは自分1人だけで、ルイスや王都、国民に被害があったわけではない。自分が我慢すればいいことだと」
ギルバートの顔が歪んだ。
「あんな目にあっておきながら、笑うんです。
私はその時初めてシュウの考えが理解出来ました。
国を守る軍。
それは、国民を、愛する人を守るためのものだと気付いたんです」
ギルバートも辛いのか、顔に持っていくと、そのこめかみを抑えた。
しばらく無言になり、俺は頭から手を離すと、膝をギュッと握りしめ、嗚咽を我慢しながらポタポタと涙をこぼした。
そんな俺を見たギルバートが立ち上がると、静かに俺の隣に座った。
「君は優しい。シュウのために泣いてくれて、ありがとう」
そっと肩を抱かれ引かれる。
そのままギルバートの胸に頭を押し付けられ、溢れる涙を抑えられなかった。
背中と頭を撫でられて、慰めてくれる。
泣きたいのは、きっとギルバートも同じだろう。
800年近く前のことを、いまだに鮮明に覚えているのだ。
辛くないわけがない。
「体も心の傷も、時間が解決してくれます。
シュウは徐々に元に戻っていきました。そして、今まで通り…いやそれ以上に国のために色々な知識を与えてくれた。
そんなシュウを私は全身全霊をかけて、彼を守り、愛そうと誓いました。
必死にこの世界に居場所を求めていた彼の居場所に、彼の帰る場所になろうと誓ったんです」
帰る場所。
その言葉に、呻くような声をあげた。
ギルバートがロイに帰る場所を与えようとしたのは、シュウに対する愛から始まったと知った。
「ショーヘイ君、君にも帰る場所を。
この国が、ロイやディーゼル殿下の隣が、君の居場所であらんことを」
「う…うぇ…え」
嗚咽を漏らしながら、ギルバートの服を握りしめる。
「シュウに愛を告げプロポーズして、彼が受け入れてくれるまで数年かかりましたよ。
さんざん焦らされて、ようやっと結婚したんです」
ギルバートが笑いながら言い、俺の肩を掴むとそっと離す。
そして指で涙を拭ってくれる。
「笑ってください」
そう言われ、ポロッと涙を落としたが、笑顔を作る。
「そうそう。笑って。きみは笑顔の方がいい」
ギルバートの手が俺の頬をそっと包み撫でた。
「ショーヘイ君…」
じっと見つめられ、ゆっくりと近づくギルバートに笑顔を向ける。
静かに唇が触れ、ギルバートのキスを受け入れた。
そのキスは、俺に向けたものではなく、シュウへのキスだと感じた。
「ギル様が前線に飛び出して、残されたシュウ様が指揮を取るシーンがあったじゃない?
もうあの時のシュウ様がかっこいいのよ~」
「わかる~。味方に1人も犠牲者を出さないで、敵を一網打尽。すげーよな~」
「そうなのよ。でも、シュウ様、本当は怖くて怖くて戦闘が終わった後、隠れてギャン泣きするのよね~。
んで、前線から帰ってきたギル様がそれを見つけて~」
ジャニスが頬に両手を添えて、体をくねらせながら身悶える。
さすがにその後の話は朝食の席では出来ない。それもそのはず、本の中ではその後濡れ場に入るのだ。
「そんなに面白いんですか…?」
ディーが俺とジャニスの会話を聞いて少し興味が湧いたらしい。
「うん、まぁ」
その濡れ場を思い出し、少しだけ言い淀んだ。
「読んでみようかな…」
「面白いわよ~」
ジャニスが興奮したようにディーに勧めるが、俺は勧めることをしなかった。
俺がその本にのめり込んだ理由。
まさに、登場人物のシュウに自分を重ねて読んでしまったせいだった。
ジュノーという立場が一緒である、ということも大きいが、それよりも、書かれていたシュウの思考や行動が自分に当て嵌まることが多くて、思い切り感情移入してしまった。
それが人に知られること、特にディーやロイに知られることが恥ずかして、勧めることが出来なかった。
きっとディーは、シュウと俺が似ていると気付くと思ったからだ。
出来れば、読んで欲しくないと思ってしまい、ディーの前で話をしなければ良かったと後悔した。
朝食を終えて自室に戻り、朝食後の日課となっている、前日分の贈答品へのお礼状、ラブレターのような手紙、夜会やお茶会への返事へサインをしていく。
キースが全て返事を書いてくれているので、俺は名前を書くだけでいいのだが、それでも数十通にサインすると手が痛くなる。
「最後にこちらを」
キースが手紙を出してきた。
「ヴィンス様へのお返事です。
観劇のお誘いを了承する内容になっていますので、確認していただけますか?」
そう言われ、完璧に俺の字を模倣したキースが書いた手紙を読んだ。
お誘いに対する丁寧なお礼と、ぜひ連れて行って欲しい、という内容で書かれていた。
「これ…、誰が考えたの?」
その文面が、デートに誘われてちょーうれしー、みたいな恋する女の子のように見えて、顔を顰めた。
「アラン様です」
キースもその文面に違和感を感じているのか少しだけ顔を顰めた。
「あからさま過ぎると言ったんですけど…。このくらいが丁度良いって」
「まぁ…、いいけどさ…」
言いながら、手紙の右下にサインした。
「おそらく、すぐに返事が来ると思いますよ」
「わかった」
「楽しみねー、お芝居」
ジャニスがウキウキしながら言い、ディーが苦笑する。
「ジャニス、お願いしますよ。
絶対にヴィンスに指一本触れさせないでくださいね」
「わかってるわよぉ。心配性ねぇ」
そう返事をするが、ジャニスの意識はすでにお芝居の方に向かっている様子だった。
「今日はどうしますか?外出されますか?」
相変わらずやることはない。
そう言われて、また散歩に行こうかなと考えているとドアがノックされ、メイドに案内されて、意外な人物が現れる。
「ギル様…」
「おはよう、ショーヘイ君」
そろそろ護衛の交代時間でもあるし、今日の護衛かと思ったのだが、現れたギルバートに全員が驚く。
「ギル様、どうされたんですか?」
「今日、ヴィンスへ返事を出すと聞いたのでね。
彼と、彼が所属する芸術鑑賞のメンバーについ…て…」
部屋に入ってきたギルバートは円卓に置かれた本に気付く。
あ、と思った時には遅かった。
その本を見せられないと取りに行くよりも先にギルバートが本を手に取っていた。
「ギル様!」
思わず、本を奪い返そうとするが、ギルバートはサッと俺の手を掴んで防ぎ、片手で器用にパラパラとめくった。
その顔が一瞬驚き、スゥッと目が細められる。
「読んだんですか?これを」
手首を掴まれたまま、俺をまっすぐ見つめてくるギルバートにドキッとする。
本の登場人物の本人を目の前にして、かなり気まずくなってしまった。
「読みました…」
小さい声で答え、その視線から逸らす。
「ギル様、あたしも読んだわ。すごくいい本よ」
「いい本ね…」
ギルバートがはっきりと苦笑いを浮かべた。
「これは…」
何かを言いかけてすぐに口を閉じた。
そしてすぐに、本を円卓に戻すと、俺の手首を離して手を握ってきた。
「シュウのこと、知りたいですか?」
ニコリと間近で微笑みかけられた。
「離れてください!」
ディーが俺との距離が近過ぎると文句を言い、その手を離させる。
「知りたいなら教えて差し上げますよ」
目を細めて俺を見るその視線に思わず赤面したが、それでも、その目の奥に今まで見たこともないような、揺らぎをみた。
悲しそうな、だが満たされているような、言葉では表現できないような切なげな視線に心臓が跳ねる。
「知り、たいです…」
「いいですよ」
ニコリとギルバートが微笑む。
「ただし」
ニヤリと笑う。
「2人きりで話すのが条件です」
「え」
ギルバート以外が声を出した。
「駄目です!」
「駄目ですよ!」
「あたしも聞きたい!」
ディーとキースは2人きりになることに猛反対し、ジャニスは自分も聞きたいと叫んだ。
「シュウのことは、あまり他の人に言いたくないんですよ」
そう言って苦笑すると、ジャニスは黙り込んだ。
「でも、同じジュノーであるショーヘイ君には知る権利がある」
目を見てはっきり言われ思わず胸元をギュッと握りしめた。
「どうしますか?それでも聞きたいですか?」
「2人きりになんてさせられません!」
ディーが俺の肩を掴むと、ギルバートから引き剥がして守るように自分の後ろに隠す。
「そうですよ!絶対にショーヘイ様を襲う気でしょう!」
「君たちは私をなんだと思っているんですか」
今までやってきた自分の行動を棚に上げ、ディーとキースに顔を顰める。
「さんざんショーヘイさんの唇を奪っといて、痴漢行為を働いてきて何を言ってるんですか」
ディーが捲し立てる。
「挨拶のつもりなんですけどねぇ…」
挨拶にしては濃厚過ぎるキスに乾いた笑いを漏らした。
「ショーヘイさん、駄目ですよ」
ディーが何も言わない俺に振り向き、肩を掴む。
だが、俺は迷っていた。
正直な話、シュウの話を聞きたいと思う。
どんな人だったのか、彼と実際に会ったことのある、ましてや夫だったギルバートから直接聞きたいと思った。
だが、ディーやキースが心配するように、俺自身の貞操の危機であるとも強く感じた。
話を聞きたい。シュウのことを知りたい。
だが、身の危険を感じる。
ディーとキースに守られながら、口を真横に結んで真剣に悩んだ。
「悩まないでください!駄目だったら駄目です!」
ディーが必死に俺の肩を揺する。
「ショーヘイ君、2人きりになりますが、何もしませんよ。貴方にはシュウの話を聞いて欲しい」
「嘘です!」
キースが叫ぶ。
「嘘じゃありませんよ。約束は守ります。私は紳士ですからね」
胸に手を当てて、何もしないと誓うようなポーズを取った。
「…本当に、何もしませんか…?」
おずおずとギルバートへ聞く。
「ショーヘイさん!」
ディーが慌てたように声を張り上げた。
「約束します」
「キスもしないし、触りませんか?」
今まで会う度にキスされ、抱きしめられ、触られた。それを考えると迂闊に信用は出来ないと思う。
だが…。
「シュウの話をするだけです」
ギルバートの目が細められた。
「……教えてください」
欲求に負けた。
知りたい。
同じジュノーで、近い年代から迷い込んだ同じ日本人。この国を作った立役者。
この世界で、彼はどんな思いで、どんな葛藤を抱いたのか。
本ではなく、ギルバートを選んだ理由を当事者から聞きたいと心から思った。
「ディー、キース、ジャニス。頼む。ギル様と2人にしてくれ」
「ショーヘイさん…」
ディーの表情が曇り、キースがキッとギルバートを睨む。
「ショーヘイ様、ギル様を信用しないでください。絶対に警戒心だけは解かないで」
キースが主人である俺の決めたことに、もう異論を唱えることはしなかった。だが、ギュッと俺の手を強く握って訴えかける。
「そうですよ。ギル様は本当に息するように嘘を吐きますからね」
ディーが俺の両肩を掴んで真剣に言う。それにしても、すごい言われようだと思った。
だが、ギルバートもディーの言葉を否定しなかったことで、一瞬早まったかもと思ってしまった。
いざとなったら、魔力を圧縮した固い防御魔法を張ろうと決意を固めた。
「絶対に手を出さないでくださいよ!絶対ですからね!」
部屋を出て行く時に、ディーが何度も何度もギルバートへ叫ぶように言った。
キースが、何かあったらこれで刺してもいいですから、と俺に暗器の小型ナイフを握らせてきて、物騒な、と思わず笑ってしまった。
「あたしも聞きたかったなぁ…」
ジャニスが口を尖らせてブツブツと部屋を出ていった。
こうしてギルバートと2人きりになり、緊張する。
「ショーヘイ君」
ギルバートの手が背後から肩に触れ、ビクッ!っと思い切り体をすくませた。
「ずいぶんな反応ですねえ…」
「ははは…」
全身で警戒する俺にギルバートが眉を顰めつつ笑う。
「さ、こちらへ」
3人が出ていったドアを向いたままだった体を、普通に肩を抱かれてソファへと促された。
「ふ、触れない約束じゃ…」
「これは触れているうちに入りませんよ」
その言い方に、はぁ?と文句を言いたくなるが、ソファに近づくとすぐに手を離したため、ホッとしつつ座った。
「君が読んだ本。愛の奇跡ですか。
あの本の中のシュウは全く実物と違いますよ」
「え」
ギルバートがお茶を淹れてくれて、渡された後、向かいに座って開口一番にそう言われた。
「ギル様も読んだんですか?」
「ええ、著者から進呈されたので…。読み物としては面白いと思いましたけど、事実と違う所もかなりあります」
ギルバートがおかしそうに笑った。
本の中のシュウは、物静かで恥ずかしがり屋で、優しく、真面目な男として書かれていた。
感情の起伏もあまりなく、物語の序盤では、人の顔色を窺うように、オドオドしていることも多く、徐々に打ち解けて行くという流れになっていた。
物語の中で、シュウは発見されてから、怯え、恐怖に常に震えているような男で、ロマによって徐々に状況を理解し、受け入れて行く。
自分が別の世界から来たジュノーであることを理解し、自分が保護されたルイスのサンドラーク領の領民たちとも交流をしていく。
そして、ルイスが領地を一つの国にしようとしていることを知ったシュウは、出来うる限り力になると、約束した。
ここまでが序盤である。
中盤では建国に向けて、様々な知識を持って領地内の改革を行うシュウの姿が書かれ、様々な出会いもある。
自分に好意を抱く女性の存在に大きく揺れ動き、また男性からもセックスアピールされて逃げる、という話もあった。
本の中でのシュウは男性が苦手とされており、男性から猛烈なアタックを受けて、嫌悪感を抱き戸惑う姿も書かれていた。
そして、ギルバートとの絡みも増えてくる。
領地軍を統括していたギルバートが、シュウが行う改革に反発することが多数あり、会えば口論という状況だった。
軍のあり方に対する考え方の違いで、何度も何度も衝突する。
だが、それでも最初は友人から、そして次第に惹かれあって行く姿が書かれていた。
終盤では、建国を成し遂げた数ヶ月後、サンドラークを奪い返すために進軍してきた帝国軍をギルバートとシュウが協力して打ち破る。
ギルバートとロマが前線で敵軍を撃破し、シュウが王都に留まって軍の指揮を取ったのだが、戦争という行為にシュウは耐えられなかった。
自分の采配で味方が死ぬかもしれない、数万人の命を1人で預かり、背負い込んだことで、その重圧と恐怖にシュウの心が壊れかかった。
ギルバートが帝国軍の侵攻を打ち破り王都に戻った時、シュウは半ば廃人のようになっていた。
国を立ち上げた仲間として、ギルバートはシュウのことを強い人間だと勘違いしていた。
だが、実際のシュウはルイスのため、国のため、国民のために、必死に心を殺し続け、そして侵攻が終わった時、抜け殻のようになってしまった。
それを見たギルバートは、戦争という行為が、例え安全地帯にいても人の心を蝕み、簡単に人の心を殺せる愚かな行為だと気付く。
ギルバートは、懸命にシュウの世話をし、シュウが抱える葛藤や思いを直に感じて、彼を守りたいと思うようになった。
シュウに寄り添い、手を重ね、唇を重ね、体を重ねた時、その想いに気付く。
シュウもギルバートを受け入れ、自分を守ってくれる、気持ちを理解しようとしてくれるギルバートに想いを寄せて行く。
そして2人は全国民の前で、愛を誓い合った。
「まずね、性格が全然違います」
ギルバートが苦笑する。
「物静かでも、恥ずかしがり屋でもありませんでしたよ。
この世界に来た時は、さすがに戸惑いや恐怖もあったようで大人しかったですが、数ヶ月で自分が置かれた状況や、帝国やルイス、サンドラークのことを理解していました。
非常に頭の良い男だった」
お茶を飲みながら話す。
「順応力も高いし、数ヶ月後には友人も出来て、大口を開けて馬鹿みたいにゲラゲラ笑うような男でした」
よく一緒に酒を飲んだ、と微笑む。
「かなり大酒飲みでね、ルイスと3人で朝まで飲んで、よくロマに怒られたものです」
ギルバートの言葉に、シュウのイメージが文系から体育会系に変わっていく。
「それに、複数の女性と関係していました。ジュノーであるがゆえ、シュウを手に入れようと言い寄ってくる男女は後を立ちませんでしたから。
ああ、でも、男性は駄目でしたね。
シュウは女性だけが性の対象でしたから」
複数の女性と関係を持ったという事実もかなり驚きだった。
本の中のシュウと自分を重ねていたが、ギルバートから聞くシュウは全く自分と違うと思った。
「じゃぁどうしてギル様と…」
俺の質問にギルバートが笑う。
「酒の席で、なぜ男性が駄目なのか、という話になりましてね。
ものは試しに、ということで私とSEXしたんです」
あっけらかんと笑いながら教えてくれて、思わず赤面してしまった。
「それから、私だけは平気になったようで。酒が入っている時だけですが、シュウから求めてくる時もありました。
他の男性には見向きもしないが、私だけは彼を抱ける。
優越感に浸りましたよ」
ギルバートの目が細められ、懐かしいという感情の中に切なさが垣間見えた。
シュウが自分と同じ受け身側だと知ってますます赤くなる。
「…男性が駄目な理由は…?」
「シュウの元の世界では、同性同士というのは忌避されるものだったそうです。
そういう環境で育ったせいか、彼自身、男性は恋愛対象外だと言っていました」
「やっぱりそうか…」
そう小さく呟いた。
おそらく自分と同じ日本人なのだから、そう思っても不思議はない。事実俺がそうだった。
もしかして、シュウは同性愛者、もしくは男女問わずだった可能性もあるとは思ったが、今のギルバートの話を聞く限り、この世界へ来た時の俺と同じ性の価値観を持っていたということだ。
「やっぱり、とは?」
「あ…えと…実は…」
ギルバートに、おそらく俺とシュウが同じ国から来た可能性が高いと説明し、俺も同じ価値観を持っていたと話した。
それを聞いたギルバートがかなり驚いた表情をして、しばらく黙り込んだ。
口を真横に結び、少しだけ険しい表情になり、何かをじっと考えているようだった。
「ショーヘイ君…、君はこの世界に来てから男性と…?」
「はい…。実は男性からアプローチされるのは…今もまだ少し抵抗があります…」
ははっと自虐的に小さく笑いながら言った。
ギルバートに元の世界の話をするのは初めてだ。
「そうでしたか…。シュウと同じ…」
手を口元に当てて何かを考えているような仕草をする。
「よく、ロイとディーゼル殿下を受け入れられましたね」
「ぁ…はい。本当に…。自分でも変化に驚いてます…」
少しだけ俯きながら話す。
本当に今だに信じられない、という気持ちは残っている。
それでも、ロイとディーを好きだという気持ちは抑えられない。
2人のことを考えると、心がポカポカして、心臓がドキドキと跳ね上がる。2人に恋をしていることは紛れもない事実だった。
「話が逸れてしまいましたね」
ギルバートが考えるのをやめ、いつもの表情に戻ると続きを話し出した。
「シュウはルイスの腹心となり、色々な提案をし、改革を行った。
軍については何度も衝突しましたよ。
その当時私はサンドラークを守るために、軍事力に力を注ぐべきだと、それが正解だと思っていましたから」
ギルバートが席を立ち、新たなお茶を淹れながら続ける。
「シュウは過剰な軍事力は弊害を生むと。
軍は国を守るべきもので、他国を圧倒するものじゃないと。
軍備へ金を使うなら、もっと内側に、国内へ金を使うべきだと、何度も何年も討論しました」
俺の手の中にあったティーカップをギルが受け取って、新たに温かいお茶を注いでくれる。
「とにかく、シュウは戦いが、戦争が嫌いだった。
彼は元の世界で歴史を研究していると言っていました。
別の世界でも、戦争が生むものは何もなかったと。戦争が生むのは苦しみだけで、その苦しみを背負うのは王ではなく国民だと」
ギルバートが再び俺の向かい側に座る。
シュウの軍への考え方には、俺も賛同する。
戦うための軍ではなく、戦わないための軍。はたから見れば、お飾り以外の何ものでもない。
それでも、戦争するよりずっとマシだ。
「シュウと私とでは、国民のための国、という言葉は一緒でも、その方法が違っていた。
私は、国を強大に、強固にすることが国民のためだと思っていた。
だが、シュウは国民の生活そのものを守ることだと言った。戦争によって生活を壊すことが国民のためになるのかと、罵られましたよ」
ギルバートが苦笑する。
「それでも私はシュウの言葉は理解出来なかった。
酒の席で、素面で、何度も衝突しましたが、彼を嫌いにはなれなかった。
シュウもジュノーの言葉として言いなりになる他者よりも、私と口論している方がずっと楽しいと言った。
シュウは…」
ギルバートが話を区切る。
小さく息を吐くと、お茶を飲んで喉を潤す。
「シュウは、ずっと孤独だった。
ジュノーである自分は見てくれるが、誰も自分自身を見てくれない、と。
俺は、道具でしかないんだ、とね。
だから、自分の言葉に意見してくれる私が好きだと言って笑った」
それを聞いて少し切なくなった。
誰もシュウ本人を見てくれない。
ジュノーであるシュウが必要で、シュウという1人の人間の言葉を欲しているわけではない。
逆を言えば、ジュノーでなければ、誰からも相手にされない…、そんな風にもとれる。
「最初は酒が入った時だけSEXする関係でしたが、次第に素面でも、口論した後でも、体を重ねるようになっていました。
彼は、私には素直に寂しさを訴えた。
ジュノーとはなんなのか」
ギルバートが目を伏せる。
「俺の居場所はここにあるのか。
そう言って泣くこともありました」
ギルバートの表情が少し悲しくなった。
「私はその時にはもうシュウを愛していました」
それに気付いたのはだいぶ後ですが、とギルバートが笑った。
「彼がルイスのために、サンドラークのためにいろいろな知識をもたらしてくれたのは事実です。
たった12年という短い間で建国出来たのは、シュウのおかげです。
シュウがいなければ、おそらくその倍、いや3倍は時間がかかっていたはずです」
そう言って微笑む。
「ルイスの考えに賛同してくれたのも事実ですが、シュウは自分の居場所を作ることに必死になっていた。
シュウは…寂しかったんです」
寂しい、その言葉を聞いて胸が締め付けられた。
全く別の世界に、いきなり迷い込んで、誰も知り合いもいなければ、自分のことを知っている人もいない。
この世界にとって、自分は異物。
以前、俺も似たようなことを考えた。その時の辛さは、今思い出しても泣きたくなるほどの不安と恐怖に駆られる。
シュウの気持ちが痛いほどわかった。
「本に、建国した後帝国軍が侵攻してきた話があったでしょう?」
「はい」
「あれは、事実です。
事実ですが、全てではないんです」
ギルバートが俺の目を真っ直ぐ見る。
「あの時、確かにシュウはルイスを、王都を守り切った。
ですが、シュウが壊れかけた理由は…」
ギルバートの顔が、辛そうに歪んだ。
「ルイスを守り抜いたが、シュウは帝国側に拉致されたんです。
そして…わかるでしょう…?」
ヒュッと息を飲んだ。
「建国の裏に、シュウというジュノーの存在があると気付かれていた。
帝国軍が侵攻することで、私とロマを前線に誘き出し、密かにルイスの暗殺とシュウの拉致の計画が進んでいた。
シュウはルイス暗殺の危険を察して、侵攻してくる帝国軍から防戦するだけにし、王都に半数の軍を残すように言ったんです。
ですが、私は聞く耳を持たなかった。
2度と侵攻などと考えないように、完膚無きまで叩きのめすべきだと考え、シュウの言葉を聞かず、進軍した」
ギルバートが目頭を揉んで、その時の後悔を思い出したのか辛そうな表情をした。
「シュウは王都の守りとして残された軍を統率し、完璧に暗殺の刺客を防いだ。
それと同時に、我々も侵攻軍を壊滅させ王都へ帰還したのですが…」
ギルバートが目を閉じる。
「その帰還途中で、シュウ拉致の情報が入りました。
暗殺はシュウの戦略によって未然に防がれましたが、自分が狙われていると、そこまでは気が回らなかったんです。
ルイスはすぐに帝国側へ追っ手を差し向け、シュウを奪還すべく行動していましたが、それでも軍の大半を私が動かしてしまったため、出遅れてしまった」
視線を落とし、ティーカップのお茶を揺らしながら話を続ける。
だが、俺はその先を聞きたくなかった。
もう結末だけでいい。
そう思いながら、歯を食いしばる。
「すぐに精鋭部隊を連れて奪還に走り、帝国領にあと少しという所で発見しました。
帝国軍の兵士でも、騎士でもなく、ただの傭兵団は、生きて連れて帰れば金になると雇われただけで、その扱いはかなりぞんざいだった。
…シュウは集団で暴行され、見るも無惨な姿になっていました…」
聞きたくない言葉に、下を向いて頭を抱え込み、ぎりぎりと歯を噛み締めた。
寂しいと、孤独だと感じ、必死に居場所を作ろうとしていた。
ジュノーとしてではなく、1人のシュウという男を受け入れてもらうために必死に。
だが、結局ジュノーであるがゆえに拉致され、男としても、人としても尊厳を踏み躙られた。
悔しくて悲しくて、膝の上に涙が落ちた。
「王都へ戻り、ルイスから今回の侵攻が揺動だったと聞かされ、はらわたが煮えくりかえるほと怒り狂った。
すぐに軍をまとめ、帝国へ報復に向かおうとしたんです。
ですが、それを止めたのもシュウだった。
報復は報復を生む。
連鎖を止めるためには、我慢するしかないと。
幸い被害にあったのは自分1人だけで、ルイスや王都、国民に被害があったわけではない。自分が我慢すればいいことだと」
ギルバートの顔が歪んだ。
「あんな目にあっておきながら、笑うんです。
私はその時初めてシュウの考えが理解出来ました。
国を守る軍。
それは、国民を、愛する人を守るためのものだと気付いたんです」
ギルバートも辛いのか、顔に持っていくと、そのこめかみを抑えた。
しばらく無言になり、俺は頭から手を離すと、膝をギュッと握りしめ、嗚咽を我慢しながらポタポタと涙をこぼした。
そんな俺を見たギルバートが立ち上がると、静かに俺の隣に座った。
「君は優しい。シュウのために泣いてくれて、ありがとう」
そっと肩を抱かれ引かれる。
そのままギルバートの胸に頭を押し付けられ、溢れる涙を抑えられなかった。
背中と頭を撫でられて、慰めてくれる。
泣きたいのは、きっとギルバートも同じだろう。
800年近く前のことを、いまだに鮮明に覚えているのだ。
辛くないわけがない。
「体も心の傷も、時間が解決してくれます。
シュウは徐々に元に戻っていきました。そして、今まで通り…いやそれ以上に国のために色々な知識を与えてくれた。
そんなシュウを私は全身全霊をかけて、彼を守り、愛そうと誓いました。
必死にこの世界に居場所を求めていた彼の居場所に、彼の帰る場所になろうと誓ったんです」
帰る場所。
その言葉に、呻くような声をあげた。
ギルバートがロイに帰る場所を与えようとしたのは、シュウに対する愛から始まったと知った。
「ショーヘイ君、君にも帰る場所を。
この国が、ロイやディーゼル殿下の隣が、君の居場所であらんことを」
「う…うぇ…え」
嗚咽を漏らしながら、ギルバートの服を握りしめる。
「シュウに愛を告げプロポーズして、彼が受け入れてくれるまで数年かかりましたよ。
さんざん焦らされて、ようやっと結婚したんです」
ギルバートが笑いながら言い、俺の肩を掴むとそっと離す。
そして指で涙を拭ってくれる。
「笑ってください」
そう言われ、ポロッと涙を落としたが、笑顔を作る。
「そうそう。笑って。きみは笑顔の方がいい」
ギルバートの手が俺の頬をそっと包み撫でた。
「ショーヘイ君…」
じっと見つめられ、ゆっくりと近づくギルバートに笑顔を向ける。
静かに唇が触れ、ギルバートのキスを受け入れた。
そのキスは、俺に向けたものではなく、シュウへのキスだと感じた。
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