おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜夜会〜

おっさん、寝坊する

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 翔平が救出される約10分前。
 王都の貴族街の一角に、黒い騎士服とフード付きのマントを着た部隊が音もなく現れる。
 静かにその屋敷を取り囲み、深くフードを被った1人の騎士が屋敷の門を開け、数人の部下を引き連れて正面玄関に辿り着いた。
 静かに両開きの扉に近付くとドアについた大きなノッカーを数度叩く
「どちら様でしょうか」
 中から問いかける男の声がして、フードの男が口を開く。
「開けろ」
「本日、お客様のご予定は…しかもこのようなお時間に」
 執事が中から不信感丸出しで、しかも面倒くさそうに言ったが、その言葉に被せるように男が答える。
「開けるぞ」
「は?」
 執事がその内容を聞き返す間もなく、大きな音と共に簡単にドアの鍵が壊され、左側が大きく開けられた。
「な!なんなんですか!!」
 ズカズカと入り込んでくる黒騎士達に、執事が慌てて制止しようとするが、その執事の前に男が立ちはだかり、一枚の書簡を広げる。
「人権侵犯の疑いによりレイ・コークス王都邸の捜索差押に入る」
 執事が眼前に広げられた書簡をじっと眺め、目を白黒させた。
 その書簡の一番下に王と宰相のサインが入っていることがわかり、執事の顔が一瞬で青ざめた。
「あ、あの、主人は今、夜会で王城に」
「知っている」
 男が書簡をしまうと、執事を無視しズカズカと中に入り、指示を始めた。
「くまなく探せ。
 表に護送の馬車を回しておけ」
「ちょ、ちょっと!困ります!」
 慌てて執事が男のマントを後ろから掴むと引っ張るが、次の瞬間執事の横から黒い刃の長剣が目の前に現れた。
「っひ」
「邪魔をするな」
 部下の1人がいつのまにか抜剣し、執事に向けて刃を向けていた。
「この者も含めて、邸内の使用人を全て拘束」
「っは」
 部下はすぐに剣をしまうと、マントから手を離して座り込んだ執事の腕を捕まえ、引きずって行く。
 それと同時に邸内の奥からガラスの割れる音と物が壊れる音が響いてくる。
「逃げた者は外の連中に任せておけ。
 中の捜索急げ」
 男が言い、中から拘束されて出てくる使用人達を眺め、奥へと進んだ。

 そして20分後、使用人達は屋敷の庭先で縛り上げられ、その横をシーツのような布を羽織った若い男女6人が身を寄せ合うようにしながら通過し、真っ黒い馬車に乗せられて行く。
「これで全部だな。ミゲル、残って自警団に引き継ぎを。
 他の隊はどうなった」
「全箇所、滞りなく」
「わかった。撤収する」
 男が全員に伝えて、数名の部下を残し馬車に乗り込んだ。
 先に乗り込んでいた6人の男女が乗り込んできた男にビクッと反応し、逃げるように隅に移動する。
「お前たちの安全は保証する」
 男が馬車の中から御者席に座った部下に合図すると馬車が動き出した。
「わ、私たちは、どこに」
 6人のうちの1人がビクビクしながら男に聞いた。
「場所は言えないが、もうあの腐れ貴族に会うことはない。安心しろ。
 これからお前たちはそこで治療を受ける。あとは証言さえしてくれればいい」
 そう言い、それっきり何も話すことはなく、馬車は闇夜に紛れて消えて行った。



 夜が明ける頃、1羽の黒鳥が1人の女の肩に舞い降りる。
 黒鳥が女の手に乗ると小さく丸い球に変わり、女がそれを握りしめた。
「許可が降りた。行くわよ」

 コークス領、領都ゲネス。
 その領主邸の周囲にある木の上で、黒いフードを目深に被った黒騎士が1人、イヤリングのような通信用魔鉱石を使って全員に連絡する。
「まずは転移魔法陣の確保を第一優先。
 それから奴隷達の捜索と解放。
 あとは手筈通りに」
「了解」
 次々と女の魔鉱石に連絡が入る。
「突入」
 そう言った瞬間、邸宅の塀を数十人の黒衣の者が飛び越え、中へ侵入した。


 王都内のコークス家所有の邸宅と同じように、使用人及び警備兵、雇われていた私兵を全員拘束し、邸内の庭に並べ、外に声が漏れないように遮音魔法を重ね掛けする。
 そして、邸内地下から大勢の若い男女が救出された。


 邸内の一角にある部屋の扉が開き、中からシーゲルが現れる。
「シーゲル様。邸内にいた者全て拘束完了しています」
「関連各所は?」
「そちらも滞りなく」
「よろしい。それでは全ての証拠品の押収、奴隷売買契約書及び購入記録、帳簿の精査に入ります。
 それとは別件になりますが、ホレス、ロドニー・コークスの部屋を徹底的に捜索してください」
「了解」

 シーゲルが窓に近寄ると、一羽の伝達魔鳥を王都の主人に飛ばした。


 


「なんで一緒に寝てるんだ」
 アランがはっきりと困惑した表情で2人の姿を凝視する。
「兄さん、声が大きいですよ」
 ディーが眠っている2人を気にして、口の前に人差し指を立てて、しーっと声を落とせと言った。
「キースが心配だから、そばにいたいって言ってたぞ」
 ロイがアランとディーの後ろで欠伸をしながら言った。
「それにしたって、なんでくっついて寝る必要があるんだよ」
 小さい声でボソボソと呟くように言うが、明らかにアランは不機嫌になっている。
「なんだアラン。嫉妬か」
 ロイがニヤリと笑う。
「…悪いか」
 不貞腐れたように言い「狡い」とブツブツと呟く。
「まぁまぁ。きっと夜中に目が覚めて話でもしてたんでしょう」
 ギルバートがニコニコと2人の寝顔を可愛い可愛いと覗き込みながら、ベッドサイドのテーブルに置かれたティーセットやお菓子類の食べ残しを示す。
「寝かせてあげましょう。我々も仮眠を取らねばなりませんし」
 ギルバートがそう言うと、寝室のドア付近にいた全員を寝室から追い出して行く。
 ギルバートに背中を押されつつ、アランはまだ納得いかない表情をしていたが、起こすことはせずにそのまま寝室を出た。

 翌朝、9時を過ぎても姿を見せない翔平達に、アランはソワソワと落ち着かず、瑠璃宮まで行くことにした。
 当然のようにディーとギルバートも後ろをついてくることに苦笑する。
「おはようアラン」
 ちょうど瑠璃宮から出てきたアビゲイルと遭遇し、挨拶を交わす。
「交代か?」
「ええ。昨日の今日だもの。まだ寝かせてあげてね」
 その言葉でまだ寝てるとわかったが、それにしても、それならそうと報告にくればいいのに、とキースの顔を思い浮かべる。
 だが、昨日パニックを起こして自分が気絶させたことを思い出し、もしかしてまだ目覚めていないのかとアビゲイルと別れた後、急いで翔平の部屋に向かった。
 そして、翔平の部屋のリヴィングで寛ぐロイを見つけ、寝室で仲良く眠る2人を見つけた、というわけだ。



「ロイ、ショーヘーは大丈夫なのか。あんな目にあって…」
 寝室を出て、ソファに座ったロイに確認する。
「ああ…大丈夫だとは言い難いがな…。とりあえずは落ち着いたと思う」
 昨晩、部屋に戻って2人きりになってから崩れ落ちた翔平を思い出し、ロイは顔を顰めた。
「ショーヘイさんは、痩せ我慢が得意なんですよ。
 ヒールをかけた直後の態度は空元気で、実際はかなり我慢してたと思います」
 ディーが苦笑しながら言い、それを聞いたアランが黙り込み、眉間に皺を寄せた。
「ディーの言う通りだ。
 ここに戻ってから…、耐えきれなくなって爆発した。
 怖かったって、泣いたよ…」
「無理もない…。あれだけ痛めつけられて犯されそうになったんですから…」
 ギルバートがあと数分、数十秒でも遅ければ、翔平は今よりももっと傷を負うことになった。
 それこそ、一生消せない心の傷を。
「…ショーヘーは強いな…」
 自分で怪我を治し、かつ負傷者を治療した。
 平然とした表情をしながら、助けてくれてありがとう、と笑っていた姿を思い出す。
「あんな目にあって、まだ他人に気を使うんですから…。精神力の強さは並々ならぬものですよ」
 ディーがその翔平の気遣いという優しさが、いつか自分自身を傷付けるのではないかと、心配そうな表情をした。
「ここで心配してても仕方ありません。
 ロイ、貴方は私と来なさい。
 お二人はここで仮眠を」
「いや、俺もまだ」
 アランがギルバートと一緒に行こうとしたが、それを止められた。
「アラン。キースのそばにいてやりなさい」
 ポンとアランの肩を叩き、それ以上何も言わせなかった。
 ロイが渋々といった感じでソファから立ち上がるとギルバートと共に部屋を出る。

「それじゃお言葉に甘えて仮眠するか」
 アランが言いつつ欠伸をした。
「そうですね…」
 ディーもうなづき、マントを取ると上着を脱ぎソファーの背もたれにかけると、当然のように寝室に行こうとした。
「おい、どこに…」
 驚いたアランが上着を脱ぐ手を止めた。
「どこって寝室に」
「キースとショーヘーが寝てるだろ」
「一緒に寝ればいいじゃないですか。
 私はショーヘイさんの隣で寝ますから、兄さんはキースの隣に」
 そう言われてアランの目が点になる。
「…いいのか」
「いいでしょ」
 答えながら欠伸をすると先に寝室に入って行った。
 それを追いかけるように寝室に入ったアランは、ベッドの中央でキースと向かい合って眠る翔平の背後に、その体に腕を回して抱きしめるように横になるディーの行動をじっと見つめた。
「俺も…」
 そして自分も同じようにキースを後ろから抱きしめるように横になった。

 キースの頭に顔を近づけると、ふわりと甘い匂いがする。
 もう何年も一緒に眠っていない。
 SEXはするのに、事が終わるとキースはすぐに部屋から出て行く。
 本当は抱きしめて、昔のように一緒に眠りたいのに、キースは自分を抱きしめることも、触れることもしなくなった。

 愛してる。

 アランの腕に力が籠る。

 子供の頃からずっと、キースを、キースだけを愛してきた。
 これからもずっと。

 キースを抱きしめ、その匂いを、温もりを感じながら目を閉じる。
 懐かしいと、そう思った。

 キース、愛してるよ。

 心の中で何度も呟きながら眠った。


 
 

「ん…」
 温かい、というか暑い。

 じっとりと汗ばむような暑さに、身じろぐと薄く目を開けた。
 視界にキースの顔と、ウサ耳が目に入る。
 目をぱちぱちさせて意識を覚醒させ起きようとして、体にのしかかっている重さに気付いた。
「?」
 不思議に思ったが、そのまま上半身を起こして、ディーが隣で眠っていることに気付いて、起き抜けからかなり驚いてしまった。
 俺が動いたことでキースも目を覚まし、目を擦りながら体を起こし、彼もまた己の体にアランが腕を回して眠っていることに驚いて固まり、ウサ耳がピコンと垂れ下がった。
「…どういう状況ですか?」
「さぁ…」
 2時間ほど前に、ディーとアランが交わしたセリフを今度は翔平とキースが交わしたが2人は知るよしもない。
「と、とにかく起きよっか」
 ディーを跨いで、とはいかず、足元の方から降りようとして、その腕を掴まれた。
「おはようございます」
 振り返ると、ディーがにっこりと微笑んでいた。
「もう昼だけどな」
 フワァと欠伸をしたアランも起き上がる。
「お、おはよう…」
 咄嗟に返事をしたが、この状況が飲み込めずしどろもどろに挨拶する。
「なんでキースと寝てたんですか?」
 ディーがにっこりと聞いてくる。だが、その目は少し怒っているようだった。
「あ、昨日の夜話し込んじゃって。そのまま寝落ちした…」
「そんな遅くまで?」
「遅くというか…、夜中から明け方まで…」
「へぇ…」
 ディーがジト目で俺を見る。
 その視線が責めているようで思わず目を逸らした。
「話だけですか?」
「…は?」
「お前ら、まさか…」
 アランも責めるような目でキースを見た。
「な!なんもない!なんもないよ!」
 何を言われているのか、アランの言葉で気付き、顔を真っ赤にして両手をバタバタさせ慌てて否定する。
「キースも男だったってことか…」
「私というものがありながら…」
 2人同時に言い、深いため息をつかれ、ますます狼狽えた。
「ち、違!違うから!!」
「ショーヘイさん、揶揄われてるんですよ」
 キースが冷静に言った。
「バラすなよ、面白くねーな」
 翔平の慌てふためく様子にアランが笑いつつ、キースを小突く。
「揶揄っ…」
 グッと口を真横に結ぶとディーを睨む。
 ディーは吹き出しそうに口元をひくつかせている。

 また揶揄われた。
 なんでいつも俺ばっかり。

 恥ずかしさと悔しさでますます赤くなった。

 精神的処女。

 その言葉が一瞬脳裏を掠め、眉間に皺を寄せると深いため息をついた。

「キース。大丈夫か」
 アランが自然な動きでキースの頬に触れて優しく撫でる。
「はい…。ご心配おかけしました」
 キースがアランに微笑み返す。
 そのキースの態度に、アランが驚いた表情を見せる。すぐに自分の手から逃げる、外させると思ったのに。
「キース、お前…」
 何かを言いかけ、すぐに口を閉じた。
「ショーヘイさん、貴方は?大丈夫ですか?」
 ディーも同じように俺の頬を優しく撫ぜた。
「ああ。大丈夫。上書きしたし」
「上書き?」
 ディーに聞き返されるが、それには答えずにただ笑顔を向けた。
 昨日、ロドニーに触れられた所はロイによってその感触を忘れさせてもらっている。
 自分でも荒療治だとは思うが、ロイとのSEXで不快な感触は払拭された。
「ごめん、こんな時間まで寝ちゃって」
 時計を見て、昼12時をすっかり回っており、完全に寝過ごしてしまったと謝罪した。
「それは問題ない。
 むしろ寝ててくれて良かった。
 あれから色々あってな。おそらくショーヘーの話を聞く時間もなかったよ」
 アランが苦笑しながらベッドから降りると、ごく自然にキースへ手を差し伸べ、キースがベッドから降りるのを助ける。
 キースも当たり前のようにアランの手を取ると立ち上がる。
 その2人の自然な行動を見て、思わずニヤニヤしてしまった。
 しかも、面白いと思ったのは、2人が無意識でそういう行動をしていて、俺がニヤついているのにも不思議そうにしていることだった。

 なんだよ。その夫婦みたいな動きは。

 そう思いほくそ笑んだ。
「着替えてきます」
 キースが出ていくと、当然のようにアランもついていく。
 ワンセットで行動する2人にさらにクスクスと笑った。
「ショーヘイさん」
 俺も、ベッドから降りると、後ろ手にディーに引っ張られる。
 そしてそのまま抱きしめられた。
「本当に大丈夫ですか?辛くないですか?」
 心配そうに俺を覗き込むディーの頬に触れる。
「大丈夫、だよ」
 俺の手に自分の手を重ね微笑むとディーも俺の頬に手を添えた。
「ディー…」
 そのままゆっくりと唇を重ねる。
 じんわりと唇からディーの温かい魔力が伝わり、唇から全身に広がり満たされた。
 唇が離れると、どちらかともなく微笑み、もう一度軽く口付けた。




 寝室を出て着替えを済ませた所で、しっかりと執事服を着たキースがトロリーワゴンに食事を載せて戻ってきた。
「とりあえず食って、王城に行こう。15時から会議だ。
 食べながらで悪いが、今朝まで起こったことをかいつまんで説明する」

 ダイニングに並べられた食事に、ぐうとお腹がなった。
 4人で食事をしながら、昨日ルイス宮殿を後にしてから今朝まで、何があったのかをアランが事柄別に説明してくれた。

 首謀者のロドニーや聖教会の信者達は騎士達の手によって、牢へ収容された。
 夜会で翔平を襲った貴族達は、やはり飲み物に混入されていた興奮剤によって一時的に異常な行動をとっていただけだと判明し、すぐに帰宅することが許された。

 朝になってすぐに聖女教会がルイス宮殿を襲撃したことが公表され、その首謀者としてロドニー・コークスの名前も発表された。
 翔平が一時的に行方不明になったこと、地下宮殿の存在は隠されることになったが、事態が終息した後、翔平がヒールを行使し襲撃による負傷者を全員救ったことは国民にも知らされることになり、ますます聖女ショーヘイの力を知らしめることになった。

「聖女教会の件に関しては、今後司法局局長のテイラー卿が陣頭指揮を取ることになった。
 部下が信者で今回の事件を起こしたことに責任を感じて辞任するとまで言い出してな。
 止めるのに苦労したよ」
 アランがいつも冷静沈着なマキアスがあんなに取り乱したのを初めて見たと笑っていた。
「ロドニーは、本当に仕事の出来るやつでな。誰もその正体に気付かなかった」
「確かガリレア聖教会の集会も開いていたって…」
「ああ。隠れ蓑にしてたのか…。疑う者は1人もいなかった」
 アランが顔を顰めた。
「ロドニーが捕まって、父親の伯爵は…? 兄も妹達も来てたよな。伴侶連れで」
 夜会で、レイ・コークス伯爵やその伴侶、長男や長女、次女を紹介されたのを思い出す。
 確か、独身だったのはロドニーと一番下の妹だけだったはずだ。
「コークスの一族は、別件で拘束されました」
「……え?」
 ロドニーの件と別件と聞いて、クエスチョンマークが飛んだ。
「この子にしてこの親あり、というやつだな。
 以前から内偵調査が進んでいて、昨日の夜会で一族全員留守にする機会を狙って捜索差押だ」
 アランがかなり渋い表情になった。
「実は、俺も王も全員知らされていなかったことでな」
 そう言われてピンと来る。
「ユリア様…?黒騎士ですか…」
「そう。ユリアがやってくれたよ」
「一体なんの罪で…?」
「人権侵犯です。奴隷の違法売買及び人権を迫害した罪がメインですが、他にも色々と…」
「奴隷…」
 その言葉に顔を顰める。

 この国に奴隷制度があるのは知っている。
 借金苦で奴隷に落とされた人の話、犯罪を犯し奴隷になった人の話、奴隷に近い扱いを受ける人の話を耳にはしていた。
 元の世界でそんな身分の人は周りにいなかったが、他国では今だに奴隷のような扱いを受ける人の話は聞いたことがある。それに、歴史や空想上の物語においても、奴隷がどういうものかはわかっているが、決して良いイメージはない。むしろ無くてもいいものだと、翔平は思っていた。

 そんな俺の表情から察したのか、ディーが苦笑しつつ、この国においての奴隷について簡単に説明してくれる。

「我が国の奴隷は、主に犯罪奴隷が一般的です。
 罪の贖いとして強制労働させるために奴隷としますが、人としての尊厳は尊重しています。
 犯罪を犯したとはいえ、人ですからね」

 ディーの説明によると、この国の奴隷にはランクがあり、一番軽いランクの場合は、屋敷の下男下女として働かされたりするが、最も重い犯罪奴隷になると、辺境の開拓であったり、農奴であったり、一般の人がやりたがらない過酷な仕事に従事させることが一般的だという。
 奴隷紋を刻まれることで、その場から逃げることは叶わず、契約期間及び刑期が終了するまでずっと監視下に置かれる。
 もし与えられた労働から、その場から逃げようとしても、一定の距離を離れると、その時点で奴隷紋から全身に毒が回って死にいたる。
 ただ、どのランクにおいても、最低限の衣食住は保証され、病気や怪我なども治療を受けさせるし、契約期間や刑期が満了すれば奴隷から解放されて、一般社会に復帰することが出来る。
 翔平が想像していたような、ムチを打たれるような劣悪な環境で無理やり働かせるようなことはないとわかり、少しだけホッとする。

「じゃあ、伯爵の罪って…」
「我が国では許可されていない性奴隷です」
「しかも、正規の奴隷ではなく、国内外から見た目のいい男女を誘拐し、強制的に奴隷化していた」
 アランが顔を顰めて話すことも憚るように舌打ちする。
「今朝、王都にあるコークス邸、領都の邸宅から、数十人の男女を救出しました」
「コークス一族の全員を数ヶ月前から内偵していたそうだ。
 それでもロドニーの件を把握することが出来なかったと、ユリアが悔しがっていたよ」
「もう少し早くレイ・コークスを断罪出来ていれば、今回のショーヘイさんの襲撃も防げたと」
 一気に話を聞いて、驚いたのと、その内容の濃さに黙り込んでしまった。
「まぁ、そんなことがあったわけだ」
 アランが話を閉める。
 黙って俯き、食後のお茶を飲まずにただティーカップを揺らし続けた。
「ショーヘイ様、大丈夫ですか?」
 そんな俺の様子を心配してキースが声をかけてくる。
「ああ…、うん、大丈夫。
 ただちょっとショックなだけ」
 薄く微笑みながら返した。
 誘拐されて、強制的に性奴隷にされる人達の事を考えると、ジュノーである自分もその被害にあっていたかもしれないと怖くなった。
 それでなくても、昨日レイプされかかって、その恐怖が蘇ってしまう。
「すまんな…昨日の今日でこんな話を…」
 俺が若干青ざめ、複雑な表情を浮かべたため、アランが恐縮したように言った。
「いや、大丈夫…。
 それにしてもユリア様は…一体どうやってそんな情報を…」
「それな…」
 ディーとアランが俺の言葉にそれはそれは深いため息をついた。
「あの子の情報網は、一体どうなってるのか、俺も、親父も、サイファーも把握出来ん」
「あんなに可愛いのに…」
 ディーが両手で顔を覆い、可愛い妹が時折化け物に思えることを悲しんでいた。
 そんな2人の様子に苦笑しつつ食事が終わった。






 15時前に王城の会議室に向かい、その中にいた夜会襲撃に関わる錚々たる顔ぶれに唖然としてしまった。
 何人も俺のそばに来て、無事で良かった、と抱きしめてくれたが、その中で、司法局局長のテイラー卿が一際恐縮しながら俺に謝罪してきた。
 そして、ロドニーについては、厳正に対処すると真剣な目で確約してくれる。

「無事で良かったなぁ」
 レイブンが俺を抱きしめて、頭をワシワシと撫でられた。

 15時になり、今までの経過報告から始まり、先ほど聞いたレイ・コークスの件は司法局に委ねられ、コークス領の当面の管理については法務局が引き継ぐことになった。

「それでは、ロドニーの件に移りましょう。
 ショーヘイ、奴から聞いたという話をしてもらえるか」

 サイファーに言われ、頷くと、詳しく説明を始める。
 パレードの襲撃もロドニーの計画の一部だったと知って全員が驚愕していた。
 それを見抜けなかったアランやサイファーが目に見えて悔しそうな顔をする。
 たっぷりと1時間かけて、計画と地下宮殿についても詳細に説明し終わると、全員が肩の力を抜く。
 その中でユリアが口を開く。
「王都のコークス邸および領都の邸内にあるロドニーの部屋に隠し部屋がありました」
 ユリアが後ろにいた自分の執事に目配せすると、持っていた資料をサイファーに手渡す。そして次々とその資料を回し見ていく。
 それに目を通した者が一瞬で顔を顰める。 
「王都邸の彼の部屋に今回の夜会襲撃の詳細な計画書がありました。
 今ショーヘイ様がおっしゃられたことがそのまま書かれております。
 さらに、地下宮殿の詳細な地図、内部調査の資料もございました」
 ユリアがニコニコしながら淡々と語る。
「地下宮殿があったとはな…」
 レイブンが呟き、なんの目的で作られたのか、遠い先祖のことを思い浮かべる。
「地下宮殿については研究塔の魔導士や学者に委ねよう」
 サイファーが言い、17時に会議が終了した。






 今日の護衛につくジャニスとグレイと一緒に瑠璃宮に戻るが、ロイとディーが2人を恨めしそうに見つめる。
 そしてもう1人恨めしそうに見つめる人物がいた。

 アランだ。

 王城側の玄関まで3人が一定の距離を保ってついてくる。
「ウザいな」
「ウザいわね」
 グレイとジャニスの言葉に、キースと声に出して笑ってしまった。
 結局王城を出るギリギリまでついてきた3人へ手を振ると瑠璃宮へ帰った。
 瑠璃宮でを夕食を摂るが、キースの分が用意され並べられていたことに、キースが顔を顰める。
「慣れろよ」
 以前、1人で食べることに慣れろとキースに言われたことを思い出し、同じように言うと、苦笑しながらも席についてくれた。
 それからグレイとジャニスは2階の部屋に行き、キースと3階の自室に戻る。

「なぁキース」
「なんでしょう」
 キースがお茶を俺の前に置く。
「明日、なんか予定あったっけ」
「今はまだ入っていませんが、明日か…、おそらく近いうちに例の件について話はあると思います」
「そっか」
 お茶を飲んでキースをじっと見る。
「何ですか?」
「あのさ、取り急ぎ用事もないなら、アラン様の所行けば?」
 ティーセットを片付けていたキースがポットの蓋を落とし、ガチャンと音を立てる。
 その反応に思わず笑ってしまう。
「い、行きませんよ」
「なんで?」
 首を傾げて聞くと、キースが振り返る。
「なんでって…私は貴方の専属執事です。貴方を置いて…」
 その顔が赤い。ウサ耳も少しだけ赤い。
「キース…」
 立ち上がると、キースの横に立ちその肩にスクラムを組むように腕を回した。
「その主人がいいって言ってんの。
 もう自分が勘違いしてたって気付いたろ?
 あんまりアラン様を待たせてやるなよ。
 それに…」
 キースの顔がどんどん赤くなる。
「アラン様、お前がなんか変わったの気付いたぞ」
「え」
 昼間、アランが何かを言いかけてやめたのを見逃していなかった。
 ずっとキースを愛してきたアランだから、些細な変化に気付いたんだと思っていた。
「行けよ」
「しかし…」
「キース」
 踏ん切りのつかないキースに追い打ちをかける。
「時間が経てば経つほど揺らいで、また拗らせるぞ」
 そう言って、片付けようとしていたティーセットをキースの手から奪い取った。
「ほら、行け。今日は帰ってくんな」
 グイグイとドアの方へキースの肩を押す。
「ちょ!ショーヘイさん!」
 2人きりになると、様からさん付けに変わったキースに笑顔を向ける。
「明日もゆっくりでいいからな」
 ドアを開け、満面の笑みでキースを追い出した。
「じゃ、アラン様によろしく」
「ショーヘイさん…」
 ドアの所で俺の方を向いてキースが泣きそうな顔をする。
 そして、突然抱きついてきた。
「ありがとうございます…行って…来ます」
 最後はとても恥ずかしそうに、茹蛸のように真っ赤になっていた。
「うん。行ってらっしゃい」
 笑顔でキースを送り出し、立ち去っていくキースの背中を見つめた。
 そして、
「可愛がってもらえ」
 そう背中に向けて言うと、ボン!と湯気が出そうなくらい赤くなったキースが振り返った。
 昨日揶揄った仕返しだ、と笑った。
「ちょっと強引だったかな」
 ドアを閉め1人になると、広い部屋がますます広く感じた。






 小さくドアをノックする。
 本当に中に聞こえているのか、と思うくらい控え目に小さく。
「どうぞ」
 中から声がするが、自分で開ける勇気はなかった。
 なのでもう一度小さくノックする。
 中で音がしてドアに近づいてくる気配がした。
 そしてドアが開く。
「…キース…」
「…アラン様…」
 アランの手がキースの腕を掴み、勢いよく中に引き入れ、ドアを閉める前に唇を重ねていた。
 キースの両腕がゆっくりと上がり、アランの背中に回される。

 ゆっくりとドアが閉まった。
 









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【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

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