おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜夜会〜

112.おっさん、理由を聞く

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 キースが16歳で王宮執事になって2年後、アランの専属執事に抜擢された。
 それまでは王宮内の雑務をこなしつつ、戦闘執事として視察に同行することもあった。
 その一方で、年が近いという理由から王子、王女の遊び相手になることも多々あり、特にアランが戦闘執事の自分に模擬戦を何度も挑み、そのたびに負けて悔し涙を流す姿が可愛くて仕方がなかった。
 模擬戦で負けた腹いせなのか、自分に悪戯をしかけてくることも多く、王妃に何度も叱られている姿を見ていたが、それでも自分へのちょっかいを止めることはなく、キース、キースと寄ってくるアランが大好きだった。

 18歳の時、アランが15歳になり寄宿学校へ入るのをきっかけに専属執事となった。
 アランがキースじゃないと嫌だと駄々を捏ねたせいだと聞いて呆れたが、それでも嬉しいと思ったのを覚えている。
 
 寄宿学校は帝国と公国の共同出資で運営されており、帝国領ではあるが、公国にも近い都市にある。
 そこで3年間寮生活をしながら、学業に励む。
 そこは両国の貴族、さらに諸外国の王侯貴族の子息子女、富裕層の民が学ぶ場所だった。

 執事もしくはメイドを1人だけ伴うことを許可されており、寮においては、主人と続き部屋の専用の部屋を与えられる。
 主人が学校に行っている間、従者は洗濯などの身の回りの世話を行う。


 学校に入って半年ほど経った頃、公国からソフィア王妃の訃報が届いた。
 視察中に野盗に襲われ、ディーゼルを庇って亡くなった。

 急いで公国に戻り、国葬に参加した。
 その間アランは、目の前で母親を殺されたショックで抜け殻のようになってしまったディーゼルを気遣い、ずっと付き添っていた。
 それから3ヶ月、ディーゼルを精神的に守るため、学校へは戻らず必死に弟のために尽くした。
 ようやくディーゼルに回復の兆しが見え始めたため、年が明けてから学校へ戻ったが、アランは人が変わったように、笑わなくなっていた。
 本来は底抜けに明るい性格だったが、笑うことが無くなり、無口になり、日々授業と自室を行き来するだけを繰り返すし、引きこもるようになって行った。

「辛いな…」
「ええ…。本当に見ていられませんでした」
 キースがその当時を思い出して辛そうな表情をする。

 アランはどんどんやつれて行った。
 不眠症になり、眠れたとしても、数十分の浅い眠りを繰り返し、悪夢にうなされて目が覚める。そのせいで食も細くなり、どんどん痩せていく。
 精神的に追い詰められていくアランをキースはひたすら懸命に世話をした。
 そして、王妃の死から半年後、アランは16歳に、キースは19歳になっていた。
 もうアランは限界だった。
 必死にアランを助けようとありとあらゆることをした。
 散歩に連れ出したり、街に行ったり、気分転換をさせようとしたが、駄目だった。
 そこでキースはギルバートに手紙を出し助言を求めた。なんとしてもアランを救いたい。すがる思いでギルバートの返事を待った。
 そして数日後に届いた返事を読み、その助言を実行に移す。

「なんて書いてあったんだ?」
「抱きしめてあげなさい。
 ただそれだけでした」

 それまで使用人として仕えることだけに集中していたキースにとって、ギルバートの言葉は晴天の霹靂だった。
 執事という範疇を超える行為に戸惑い、躊躇いもあったが、アランのために全身全霊をかけて尽くすと決めた。
 その時、キースはアランに恋をしていると、愛していると自覚した。

 ある日の夜。
 眠れないアランがベッドで蹲っている隣に座り、そっとアランを抱きしめた。
 何も言わず、ただ抱きしめ、その背中を頭を撫で続けた。
 されるがままだったアランの腕がキースの背中に回ると、ギュッと抱きついてくる。
 そして、アランが初めて泣いた。
 王妃の葬儀でも泣かず、必死に耐えてディーゼルを気遣い続けたアランが、半年経ってようやっと感情を爆発させた瞬間だった。

 キースの腕の中で大声で泣き叫び、母上、とずっと呼び続けた。

「アラン様はディーゼル殿下のために、自分の感情を抑え込みすぎて、感情を表に出せなくなっていたんです。
 自分がしっかりしなければ、自分が弟と妹を、家族を守らなくては、そう思い続け強くあろうとした。
 でも、それは自分を殺すことだった」

 その日の夜、アランはキースの腕の中で久しぶりに眠ることが出来た。
 
 その日からキースはアランと同じベッドで共に眠るようになった。
 アランがすがるようにキースにしがみつき、眠りにつく。キースはずっと抱きしめ、子供をあやすように撫で続ける。
 
 眠れるようになると、アランは次第に回復していく。
 食事も摂れるようになり、顔色も良くなった。時々だが笑うようになり、精神的にも肉体的にも目に見えて回復していった。

 同衾を初めて3ヶ月ほど経ち、見た感じは以前と変わらないくらいまで回復し、学友たちとも普通に話せるようになった頃、キースはアランにもう大丈夫、同衾は必要ない、と告げる。
 
 少し前から、同衾するとアランがキースの体を撫で、弄るようになっていた。
 キースはそれに気付かないフリをしてきたが、はっきりとアランが自分に欲情しているとわかっていた。

 このままでは駄目だ。
 アランを救うために始めた同衾だったが、このままでは一線を超えてしまう。
 身分が違う。立場が違う。そう自分に言い聞かせ、アランから離れなくてはと思っていた。

 だが、アランはキースを求めた。
 その激しい欲情に晒され、キースの中で抑え込んでいたアランへの想いが溢れ出るのを抑えられなかった。
  
 その日、2人は一線を超えた。

「拒むことは出来たんです。そうしなければならなかった。
 でも、私はそれをしなかった」

 アランはキースを求め、毎日ようにキースを組み敷き、その欲望を刻み込む。

「私は…」
 キースが涙を浮かべて笑う。
「アラン様が弱っている時に、つけこんだんです…。
 アラン様に求められることが嬉しくて、自分の感情を優先させてしまった」
 キースは起き上がるとベッドに座る。
 俺も体を起こしてその向かいに座ると、じっとキースの話を考えていた。


 違う。
 それは間違ってる。


 弱みにつけこんだとキースは言うけど、それは違うとはっきり言える。
 だが、それをどう伝えていいのかわからず、言葉にすることが出来なかった。



 アランとキースの関係は卒業後も続いた。
 公国に戻り、そのまま専属執事としてアランのそばにいて、彼が2年間騎士団に入った時も、その後軍に所属してからも続いた。
 アランの部屋で、執務室で、資料室で、アランが求めたら、必ず受け入れた。

 キース、好きだ、愛してる。

 アランはSEXする時、必ずそう囁く。
 何度も何度も囁かれ、体が歓喜に震えてより淫らに彼を受け入れた。
 だが、自分から愛を告げることはどうしても出来なかった。

 アランの愛の言葉は、そう自分が仕向けてしまったものだから。
 弱みにつけ込んで、愛していると、錯覚させてしまったから。
 心の中で、愛していると返事をしても、絶対に口にすることはなかった。


「本当はすぐにでも止めるべきだった。
 アラン様の感情は追い込まれて生まれた錯覚だと、打ち明けるべきだった。
 でも、私はアラン様に求められ、必要とされてると思えて嬉しかった。
 私は、自分の感情を優先して、彼に勘違いさせたまま、何年も関係を続けたんです」

 涙を拭い、再び語り始める。


 アランが25歳、キースが28歳になった時、軍事演習で帝国に1ヶ月出向することになった。
 勿論キースも同行したのだが、そこで、キースはアランに持ち上がっていた縁談の話を聞いた。
 帝国皇帝の3女との縁談で、この軍事演習はお見合いを兼ねて仕組まれたものだった。

 演習は滞りなく進み、進捗状況の報告会の後の夜会で、アランと3女が出会う。
 和やかにお見合いは進んだが、最後にこれが3女と自分を引き合わせるため、という本当の理由を知ったアランが激怒する。
 たかがお見合いのために、軍を巻き込んだこと、騙し討ちのようなやり方に腹を立て、皇帝に怒りをぶつけた。

 皇帝と帝国貴族や軍人の前で怒りを露わにしたアランは、最後に言い放つ。

「私には伴侶にと決めた人がいます。
 私を救い、守り、支え続けてくれている。今この時も」

 それを壁際で聞いていたキースは、はっきりと動揺していた。
 アランが自分のことを言っているとわかったからだ。
 だが、伴侶に、という言葉を初めて聞いて、目の前が真っ暗になるほど動揺した。
 それと同時に、嬉しい、幸せだ、という感情も湧き起こり、葛藤が心の中で渦巻き始めた。


「結局、縁談は2つの理由から白紙に戻りました」

 キースが俯いて、両手をギュッと握りしめた。

「アラン様と私の関係は、暗黙の了解として、周知されていました。
 何年も関係を続けていれば、バレない方がおかしいです…」

 まるで他人事のようにキースが話す。

「その夜会から数日後、私は…」
 キースが言葉を詰まらせ、さらに強く手を握り、さらに腕を摩った。まるで腕に何かがくっついていてそれを拭うように、強く擦る。
「私は、襲われたんです…」
「襲われた…?誰に…」
「3女の取り巻き達です」


 アランの言葉で嵐のような葛藤を抱えていたキースは、表面上は何もなかったように淡々と仕事をこなしていた。
 だが、夜会から数日後、演習でアランが怪我をしたという知らせが入り、導かれるままにアランの元へ急いだ。
 だがそれは嘘で、演習場の外れにある小屋で複数の男に暴行を受けた。
 戦闘執事として訓練を積み、かなりの手練れだったキースであったが、数日前のアランの言葉からの動揺と、アラン負傷の嘘から、本来の動きをすることが出来なかった。
 頭に重たい一撃をくらい、意識が混濁したのを契機に、殴る蹴るの暴行を受け、最後に腕を拘束され、裸にされた。
 何をされようとしているかは一目瞭然で、必死に抵抗した。
 だが。

「使用人のくせに」
「子供の時から洗脳した」
「王妃が死んで、体で慰めた」
「体を使って取りいった」

 口々に罵られた。

「王妃の死で弱ってる時につけ込んだんだ」

 その最後の一言で、抵抗する気力がなくなった。
 本当のことだと思った。
 事実を突きつけられて、愕然と何も考えられなくなった。

 男の手が自分を嬲っても、何も感じなかった。
 ただ、アランへの自責の念が全身を覆い尽くす。


「レイプ…されたのか…?」
 小さく震える声で聞く。
 それにキースは頭を振った。
「寸での所でアラン様に助けていただきました…」
 静かにキースが言う。

 あの時、俺がロドニーに拘束されて、レイプされかかった時と同じ状況。
 だから。
 だからあの時、キースはフラッシュバックを起こして、パニックになった。
 状況だけじゃない。
 その時の感情も思い出したからだ。

 キースの告白に頭の中を色々な感情が駆け巡る。



 襲ったのは、キースが3女の結婚の障害になると、勝手に忖度した取り巻きの仕業だった。
 キースを襲い、アランとの関係を壊すことが目的だった。
 この事件が一つ目の理由となった。
 二つ目の理由は、アランと同じように、3女自身にもすでに決めた相手がいるとわかったためだった。
 3女のため、と息巻いた取り巻き達は処罰され、縁談の話は消え去り演習は終わる。

 アランは自分のせいでキースが襲われたと知り憤慨したが、これ以上騒ぐと両国間の関係にも響いてくると、悔しさを滲ませながらも帰国する。

 そしてこの演習を契機に、アランとキースの関係は変わった。
 周囲には今まで通りのように見えるが、それでも2人にしかわからない所で、その関係は変化していた。

 キースは平常通りに勤務し、専属執事として完璧な仕事をする。
 アランも軍務局局長となり、より忙しくなった。
 今まで通り、アランが求めればキースは応える。
 アランが愛の言葉を囁き、キースは心の中で同じように愛を囁く。
 だが、キースはこの勘違いから始まった関係を終わりにすべきだと考えていた。

 全てはアランのため。
 愛するアランが幸せになるために。

 そのために、身を引こうと考えていた。
 だからSEXの時、アランに触れるのを止めた。受け入れるが、されるがままの人形になった。
 そんな自分に嫌気がさし、自分を捨てるように。

 本当は、もう終わりにしようと告げるのが一番いい。
 だが、何度言おうとしても、言えなかった。
 言おうとすると、体が拒否反応を起こす。心が壊れそうになり、動けなくなり喋ることが出来なくなる。

「ズルいですよね…。結局、自分が可愛いんですよ。
 アラン様に捨てられたくなくて…、全身で拒否してるんですよ…」
 キースが自虐的に笑う。
 その笑顔に、強烈なやり切れなさを覚えた。

 2年間、そんな関係を続けたが、アランは一向にキースを捨てようとはしなかった。
 むしろ、演習での件から、キースが心の傷を負ったと思い、キースを優しく、壊れ物を扱うかのように接してくる。
「愛してる…キース…愛してる」
 何度も何度も、その傷を癒そうと囁き続ける。

 そして7年前、戦争が勃発し、内乱の兆しが現れた。
 アランは内乱が起こる前に終息させようと日夜問わず駆けずり回り、指揮を取った。
 アランは騎士としても腕の立つ方であったが、その力は戦術よりも戦略に長けており、得られる情報から予測し、時には操り、決起される数日前に寝返ったロマーノ派の貴族を使って撹乱と揺動を起こした。
 その結果、内乱が起こる前に反乱分子を急襲し捕えることに成功したが、その際、陣頭指揮を取っていたアラン個人に矛先が向いた。
 本来は前線に出ずとも、騎士団にまかせて後方で指揮を取っていれば良かったのだが、事が事だけに、騎士団の中でも一騎当千の少数精鋭で出陣したため、アラン自らもその場で、1人の騎士として参戦していた。
 だが、ここにくるまで数ヶ月。
 必要最低限の休息しか取ってこなかったため、気力も体力も限界に近付いていた。
 それが仇になった。
 敵陣を急襲したはいいのだが、敵兵も歴戦の猛者が揃っており、しかもすぐに反乱失敗と勘づいた一部が自棄を起こした。
 自暴自棄になって死ぬことも厭わない傭兵ほど厄介なものはない。
 レイン達第1部隊の間をすり抜け、王族であるアラン個人を狙った攻撃を仕掛けられ、アランを守るために数人が負傷した。
 その負傷した中に、キースも含まれていた。
 戦闘執事として、アランのすぐそばで次々と敵兵を打ち取っていくが、それでも数に押され、あわやという瞬間、キースは自分の体を盾にしてアランを守った。
 敵兵の切れ味の悪い大剣で胸から腹を裂かれるが、一瞬で反撃し敵兵の喉を刺し貫く。
 後ろでアランの叫ぶ声が聞こえ、裂かれた傷を全力で押さえながら後ろを振り返る。
 アランに怪我はない。
 それだけを確認して、その場に倒れた。

 これで、アラン様は自分から解放される。
 私が死ねば、錯覚から目を覚ます。 
 良かった。これで終わる。

 そう微笑みながら目を閉じた。



 だが、キースは死ななかった。
 死んでもおかしくないほど重傷を負ったのに、生き残った。
 キースを生かしたのも、またアランの愛だった。
 アランは感情のままキースを助けるために、王城に備蓄してあったエクストラポーションを何本も使い、他にも負傷者がいたにも関わらず、ヒールを使える騎士、魔導士を総動員してキースを助けた。
 一介の執事に対してする行為ではなかったが、アランの指示に全員が一致団結してキースを救った。




 キースが寝夜着の上着のボタンを外すと、その上半身を俺に見せる。
 そこに、大きく残る傷跡があった。
 
「あらゆる治療を施して、ここまで治すことは出来ました。
 でも、跡は消せませんでした」

 ヒールも完璧ではない。
 時間が経てば経つほど、完治させることは難しくなる。
 キースに残った傷跡で、どれだけ深傷だったのかはすぐにわかった。
 キースだから即死を免れた。

「助けられて、しばらくしてから戦争が終わりました」

 話しながら上着を着てボタンを閉める。

「終戦後ちょっとしてから…、アラン様にプロポーズされたんです」

 アラン29歳、キース32歳の時だった。
 戦争と内乱と、ロマーノ家の件でごたついている中、アランは、使用人官舎のキースの部屋を訪れる。
 その手に一輪の薔薇の花を持って。

「キース。俺の伴侶になってくれ」

 部屋に入ると、キースの前に跪き、薔薇を差し出す。

「愛している。結婚してほしい。
 あんな思いを味わいたくない。
 お前を失いたくない。
 ずっと俺のそばに、隣にいてくれ」

 嬉しくて、本当に幸せで、涙が出た。
 でも。



「出来ません」



 泣きながら微笑み、そう答えた。

 アランは愕然とし、腰を抜かしたように座り込む。
「アラン様、愛しています。心から。
 でも、結婚は出来ません」
「なんで…」
 アランがキースへ手を伸ばす。
 だが、キースはその手を取らなかった。



「あの時、アラン様が私を愛していると勘違いする前に、拒絶するべきでした。
 ずるずると関係を引き摺って、ここまで来てしまった。
 だから私はプロポーズを断るんです。
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「違う!!」
 思わず叫んでいた。
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 ボロボロと泣きながら、キースに怒鳴る。
「なんで貴方が泣くんですか…」
 キースが困惑したように笑う。
「お前馬鹿か!」
 馬鹿と言われ、ますます困惑した表情になった。
 嗚咽を漏らし、泣きながら手を握りしめる。
「アランが可哀想だ」
「ええ…。ずっと錯覚を…」
「だから、違うって!」
「お前、アランがそんな浅い考えの持ち主だと思うのか!?
 そもそもなんでお前を学校へ連れてった!なんでお前を指名したんだ!」
 ピクッとキースが反応する。
「キース。アランが可哀想だっていうのは、お前が勘違いしてるからだ。
 アランは、学校に入る前から、きっとお前に出会った時から、お前の事が好きなんだよ。
 お前にそばにいて欲しかったから、学校に連れてった。
 お前が先にアランに惚れたんじゃない。
 アランの方が先だ!」
 キースの目が見開き、体が固まった。
 ズズッと鼻水を啜って、涙を手で拭う。
「いいか、キース。
 王妃様が亡くなって精神的に追い詰められたのは事実だ。
 だけど、大好きなキースに抱きしめられて、アランは救われた。
 誰でも良かったわけじゃない。
 他の誰でもない、キースじゃなきゃ駄目だったんだ」
 キースの目をじっと見て話す。
「ギル様は気付いてたんだよ。アランがキースのことを好きだって。
 だから、抱きしめてやれ、ってお前に言ったんだ。
 それがアランを救う唯一の方法だったから」
 固まるキースの手を握る。
「弱くなった所をつけ込んだっていうのは、キースの思い込みだ。
 お前が勘違いしたんだよ。
 アランは最初からキースを好きで、キースだから救われた。
 キースだから心も体も求めて、欲しがったんだ」
「アラン様…」
 キースの顔が歪み、涙が流れる。
 そんな泣くキースの腕を優しく撫で、ベッドの上に膝立ちになると、そっとキースの頭を抱きしめる。
「キース。
 アランの愛は勘違いじゃない。
 本気で、全力でお前を愛しているんだ。でなきゃ、何年も愛し続けて、何度も諦めずにプロポーズなんかするもんか」
 説き伏せるように話しながら、キースの頭を撫でる。
「私は…」
 キースの腕が俺の腕を掴み、寝夜着の袖をギュッと握りしめた。
「私が勘違い…してた…?」
「そうだよ。
 想像だけど、一番最初…その…アランに求められた時、告白されただろ?
 ずっと好きだったって言われなかったか…?」
 翔平の言葉を聞いて、一瞬でその時の記憶が蘇る。


 キース。ずっと好きだった。
 出会ったときからずっと。
 あの時俺はまだガキだったけど…。今もまぁガキだけど…。
 それでもお前の事が好きだ。愛してる。

「ああ…」
 キースが俺にしがみつく。
 思い出した。一語一句鮮明に。
 その時のアランの表情も思い出せる。
「なんで…」
 なぜ忘れていたのか。
 こんなにも鮮明に覚えているのに、告白されて嬉しくて、幸せだったのに。
「きっと、その時のキースは、アランを救うことに必死だったんだ。
 執事として尽くして、アランのために、アランのことだけ考えて。
 それだけで精一杯だったんだと思うよ…」
 しがみついて泣くキースの頭を撫でて語りかける。
「あのな、ロイとディーは俺がジュノーだから、聖女だから愛しているわけじゃないよ。
 2人はショーヘイっていうただの男を愛してくれてる。
 アランも同じなんだよ。
 執事のキースじゃなくて、ただのキースっていう男を愛してるんだよ。
 そこに身分も立場も関係ないよ」
 キースの肩を掴むとそっと離す。
「だから、ただのキースとしてアランに応えたらいいんじゃないか?
 執事のキースじゃなくていいんだよ」
 翔平が微笑む。
 その言葉にキースの中にあった何かに亀裂が入る。

 執事じゃなくていい。

 そんなこと考えたこともなかった。
 執事として教育を受け、主人のために、アランのために尽くすことだけを考えていた。
「でも、私から執事を取ったら…」
「ただのキースが残るだけだよ」
 また何かに亀裂が入る。
「執事じゃなくてもキースはキースだよ」
 翔平が笑う。
 その笑顔に、完全に何かが弾け、消えていった。

「私は…、執事じゃなくてもいいんですか?」
「ああ、そうだよ。今俺と話しているのは、キースだろ?」

 執事服も着ていない、暗器も仕込んでいない、寝夜着姿のキース。



 パジャマトークしよう。
 ただのキースと話したい。
 無防備な状態で、ぶっちゃけて本音を。



 翔平の言った意味がわかった。
 ようやっとキースは本当の意味で執事服を脱ぐ事が出来た。

「私は…ただのキースとして、アラン様を愛しても…いいんですか?」
「そうだよ。いいんだ。
 アランがそれを望んでるんだ」
 キースの目からボロボロと涙が溢れる。
 そして、大きな口を開けて子供のようにワンワンと泣き始めた。

 そんなキースを見て翔平が笑い、キースを抱きしめ、その頭を撫で続けた。




 しばらく翔平の腕の中で泣いていたキースが徐々に落ち着きを取り戻していく。
「大丈夫か?お茶飲む?」
 顔を上げたキースが照れ臭そうに、はにかみながら笑う。
「いえ、大丈夫です」
 何度か深呼吸すると、赤くなった目を俺に向ける。
 思わずウサ耳に赤い目。まんま兎じゃんと心の中で笑った。
「スッキリした顔してんな」
「実際スッキリしました」
 ふぅと息を吐いて笑う。
 ずっと心の中にあった何か、つっかえが取れて晴れ晴れした気分だった。
「ショーヘイさん、ありがとうございます。とんでもない間違いを犯す所でした」
「間違いじゃないよ。ただの勘違いな。かなり拗らせてたけど」
 そう言って笑うと、キースも笑った。
「19年…ほぼ20年ですか…アラン様もよく耐えましたね」
「それこそ愛だろ愛」
 どこかで聞いたようなクサいセリフを言い笑った。
 そして大きな欠伸をする。
 流石にもう明け方近くなり、話も決着して睡魔が襲ってきた。
「そろそろ寝ますか」
「そうだな…」
 そのままゴロリと横になると、モゾモゾと布団を被った。
 その隣にキースも布団に入る。
「主人と同衾しないんじゃなかったのか?」
 わざとそう聞く。
「今の私はただのキースですから」
 ポスッと枕に頭を乗せて、横向きに向かい合うとお互いに顔を見て笑った。
「また喋ろうな」
「ええ、また」
 クスクスと笑いながら、おやすみと言い合って目を閉じる。
 そしてすぐに深い眠りに落ちていった。







「…どういう状況なんだ」
 アランが静かに呟く。
「さぁ…」
 ディーも目に映る光景に首を捻った。
「おやおやおや…これは…眼福ですな。2人とも可愛い寝顔だ」
 ギルバートがその光景に頬を紅潮させてニヤニヤと口元を歪めた。
「昨日一緒に寝るって言ってたからな」
 後ろからロイが言い、アランとディーが顔を顰める。
「寝るって…」
 その意味がわからずに混乱する。

 ベッドで体を寄せ合い、顔が触れるほどの近さで眠る翔平とキースに困惑した。
 

 
 
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